地獄の日曜日
快晴の公園。
家族連れが芝生で笑い合い、相沢の7歳の息子も楽しそうにバドミントンをしている。
だが、相沢の装着したバイザーのレンズ越しには、全く別の世界が映っていた。
バイザーを片目だけずらす。
青空は消え、黒い汚泥が広がる暗雲の下、人々は血を流しながら巨大な鉄塊を叩き割っていた。息子が振っているのはラケットではなく、身の丈ほどもある重い鉄鎚だ。
「日曜日」——それは、週7日休むことなく強制労働させられる人類の精神を守るため、統治システムが脳へ直接送り込む「幸せな幻覚」の名称だった。
相沢の裏の顔は「日曜日保全士」。
人々の脳内データにノイズが混ざらないよう補正するエンジニアだ。
人々は血を流しながらも「心地よい汗をかいた」と笑っている。
絶望を遮断するこの幸福な嘘こそが、世界を維持する唯一の麻酔だった。
「お父さん、なんだか……痛いよ」
息子の声に相沢は息をのんだ。
バドミントンをしていたはずの息子の顔が歪み、握りしめた鉄鎚の重さに膝をついている。
受信システムの老朽化だ。
息子の脳内で幻覚の強度が急速に低下していた。
このままでは、近いうちに自分が置かれた地獄を正視し、激痛と恐怖で発狂してしまう。
修理プログラムを上書きすれば元に戻せる。だが、相沢は震える手でキーを打ち込んだ。
選択したのは修復ではなく、「日曜日プログラムの完全削除」だった。
(こんな嘘の世界に縛り付けて何になる。地獄でもいい、現実を二人で認め、逃げ出すんだ)
狂おしい親心だった。端末を操作した瞬間、息子の瞳から眩しい「日曜日」の光が消え去った。
「うあぁぁぁぁっ!?」
公園に息子の絶叫が響き渡った。
幻覚を奪われた息子は、己の手が血と泥に塗れ、周りの大人が自分を踏みつけながらヘラヘラと「ピクニック」を続けている現実に直面したのだ。
「逃げるんだ、父さんと一緒に!」
相沢は息子の肩を抱き寄せようとした。
だが、息子は血の涙を流しながら相沢の手を激しく振り払った。
「嫌だ! お父さん、痛いよ! 苦しいよ! 僕の楽しい日曜日を返してよ!!」
恐怖に狂った息子の瞳には、父親への感謝など欠片もなかった。
あるのは、自分から「幸福な夢」を奪い去った狂人への激しい憎悪だけだった。
相沢は呆然と立ち尽くした。
逃げ場など、最初からこの世界のどこにもなかったのだ。
過酷な現実から人間を守る術は、あの偽りの日曜日の中にしか存在しなかった。
泣き叫びながら鉄鎚を振り下ろし続ける我が子を前に、二度と彼を夢の中へ戻せないと悟った相沢は、静かに自らのバイザーを叩き壊した。
視界から、すべての光が消える。
相沢は泥の中に膝をつき、二度と訪れない穏やかな休日を思いながら、ただ冷たい鉄塊を運ぶ作業に加わるのだった。




