知らない世界
鐘の音と自分が出てきた建物から逃げるようにその場から走って離れた。
言いようのない恐怖を感じ、どこへ向かっているのかさえわからないが、ただただ鐘の音から離れたいと思った。
どれほど離れただろうか、左手のフェンスの向こう、かなり遠くに軍隊のような集団が整列している事に気付いた。
(あれは、何をしているんだ?)
自然とフェンス近くに足が進む。
それは、およそ見聞きしたことのある軍隊のようであった。
軍服に身を包んだ者達は整列している。
必死すぎて気が付かなかったが、雪が降っているようだ。あたりに雪が積もっている。
(訓練をしているのか?あの人たち、まるで表情のないロボットみたいだ。)
軍隊と思しき者たちの表情は抜け落ちていて、何故か生きているようには見えなかった。
何をしているのかわからなかったが、フェンス越しに様子をじっと見つめていた。
(なんで俺、こんなところにいるんだろう…)
鐘の音から離れた安心感からか、急に疲れが出てきた。
どこに向かうかの当てもなく、心身共に疲れてその場から動けずにいた。
どこか気味の悪い様子をフェンス越しに眺めながら立ち尽くしていた。
雪が降る中、フェンスの向こうに不気味な軍隊、遠くに煙をあげる工場のような建物。
そして、色と音のない世界が更に不安を増長させていった。
「いたぞ!!」
大声に驚いて声のした方を振り返ると軍人のような格好をした人達が数人こちらに向かって走って来ていた。
手には銃剣のような武器を持っているように見えた。とても友好的な相手には見えない。
「なんなんだよいったい!!」
装備から明確な敵意を察して全力で逃げた。ちょうど軍服の者たちが追いかけてくる方と逆の方角に森が見える。
(もう森に逃げるしかないじゃないか!)
どこに繋がっているかもわからないが森の中に走って逃げて行く。
(くそっ!くそっ!くそっ!捕まってたまるか!)
こちらも必死に逃げているが軍人風の者たちも必死に追いかけているようであった。
後ろから発砲音が聞こえる。痛みはないため命中はしていないようだが発砲音は連続して聞こえている。
数人が持っていた銃器を使用しているようだ。捕まえるのではなく、殺しにきていると判断するのに十分な理由だった。
(どこかっ!こいつらのいないとこまでっ!逃げないと!)
「撃て!!!!」
後ろから大きな声と、発砲音とは何か違う大きな音が聞こえた。
(いやだ!!逃げないと!!)
足元が急にガクンとなり、足が何かにつまづいて転びそうになるが何とか転ばずに走り抜ける。
(っあっぶねぇ!)
先ほどより走りやすくなったのを感じ、全速力で走っていくのであった。
どれだけ走ったのだろうか、いつのまにか追跡者達の声と発砲音は聞こえなくなっていた。
後ろを振り返ると誰も追って来てはいなかった。
「な、なんとかなったのか?」
足を止め、その場で息を整える。
呼吸が落ち着くと、冷静になってきたのか、辺りの木々の様子も違うことに気がついた。
「あれ?さっきまでは少し雪が積もった感じだったのに…」
周囲に雪はなく、青々とした緑が広がっていた。
明らかにさっきまでの雰囲気とは違い、空気も暖かく感じた。
何故かどこか遠くまで逃げることができた安心感で恐怖が霧散していく。
「あー、助かったぁ〜」
ベッドで目覚めながら安堵の言葉を口にしていた。
(…あれ?)
ここは自分の部屋のようだ。どうやらただ夢を見ていただけのようだ。
(…リアリティのある夢だったな。怖かったし。)
ベッドに横になりながら今見たものを思い出す。
不思議な建物、同じ境遇の人達と合流、悍ましい化け物をけしかける謎の軍服の人物、化け物に捕まった男の末路、現実のようで見たことのない風景、銃器を使用して追いかけてくる軍人のようなやつら。
(怖かったけど、続きが気になる。逃げ切れたっぽいしもう安全だったもんな。…たまに夢の続きが見れる時があるし、すぐ寝れば続き見れるかな?)
怖かったが脅威が去り、しかも夢であるとわかったならもう何も恐れる事はない。
今は夢の続きが見れるなら見たいという好奇心の方が強くなっていた。
眠気がまだあるうちに、先ほど見た夢の続きを求めてまた眠りにつくのだった。
追跡者side
「おい!どうなった!」
指揮官の男は部下に兵器使用の結果を確認した。
「命中しました!」
ライフルのようだが銃口に透明な石が嵌め込んである魔道具と呼ばれる兵器を使用した軍人は成果を報告した。
軍人達は爆煙が上がる方を確認していた。
逃走した対象を殺処分するための強力な兵器を使用し、命中したようだ。
煙が薄くなってくると、何かが爆発したのか、焦げて抉れた地面が見えてきた。
「直撃したのなら問題ない!塔に戻るぞ!」
使用した兵器は対人兵器ではなく対魔獣兵器。人に命中すれば跡形も残らない威力を持っていた。
帰還命令を出した指揮官の男は、アクシデントが早々に片付いて安堵していた。
(危なかった…。万が一アレを逃していたら俺がどうなるかわからん。…部下たちにも口止めしとかねばな。)
「報告は私が行う!全員塔に帰還し、持ち場に戻るように!」
指揮官の男は今回の事態が上に報告される事を恐れて口止めをした。
(脱走者を出さない事が絶対のルールであるのにも関わらず、無様にもそれを許してしまうとは。せめて殺処分できて良かった…)
今回の事態が解決したと認識して、軍人達は時計塔へと戻っていった。その中の1人だけ兵器が炸裂して爆発した時に違和感を感じていた。
追跡していた対象が爆発に巻き込まれるその直前、その後ろ姿と周りの景色が一瞬歪んで見えた、そんな違和感を。




