第8話 長くなった祈り
珍しく夜中に痛みを感じずに朝を迎えることができた俺は、少しでも怪我が良くなってきているのだろうかと、胸の傷を撫でる。
「レオさん、昨晩は随分とうなされておったが、大丈夫かのお?」
隣のベッドのトーマスに声をかけられる。
「うなされていた? 俺が?」
「ああ、お嬢ちゃんが額の汗を拭って、祈ってくれていた。白い光がお嬢ちゃん越しに見えたんじゃ」
「そうか」
「レオさんが覚えていなければ、きっと大丈夫だということじゃろう。今朝は顔色もいつもより良さそうじゃし、安心したわい」
「お気遣い感謝する」
夜中に起きずに済んだのは、セレナがうなされていた俺にも痛み止めの魔法をかけてくれたからだったのか。それにしては、なんだかいつもよりも体が軽い気がするが。
そんなことを考えていると、聖女が朝の治療に訪れた。彼女たちは、患者の傷を確認するわけでもなく、巻かれた包帯の上から魔法をかける。数日に一度、セレナが包帯を替えてくれる。要は、俺たちの怪我の具合を本当の意味で知っているのはセレナだけなのだ。
聖女の治癒魔法が終わる。
その瞬間、胸の奥が焼けるように痛んだ。
「ぐっ……」
思わず奥歯を噛み締める。
傷が治る過程なのだろうと自分に言い聞かせてきたが、この神殿へ運ばれてから何度も繰り返している痛みだった。
王城の聖女に治療してもらった時は、これほど痛みが増すことはなかったと思い出していた。
「すぐに痛みを取ります」
いつの間にか腕を優しく撫でてくれている感覚に、自分が思考の沼に嵌まっていたと気づかされる。
「ああ、助かる」
セレナは返事の代わりに微笑み、魔法をかけてくれる。——ん? いつもより、魔法をかけている時間……祈っている時間が長い気がするな。
すぐに顔を上げた彼女に、俺の気のせいだったのだろうと思考を切り替え、「ありがとう」と礼を伝える。彼女は微笑んで「いえ」と一言だけ言って、他の仕事に戻っていった。
★★★
数日経ったある日、セレナの指先が額に触れる。
静かな祈りの声。
いつもならすぐに離れる手が、今日もほんの少しだけ長く残った。
気のせいだろうか。
いや、三日前も、その前も同じだった。
たったそれだけのことなのに、不思議と心が軽くなった。
最近、傷も少しずつだが良くなっていると分かるから、焦らずに落ち着いて考えられるようになった。トーマスが言うには、夜にうなされることもなくなったようだ。
彼女が別の患者の元へ向かう。
小さな背中を見送りながら、俺は静かに目を閉じた。
ここへ運ばれてきた頃のような焦りは、もうなかった。




