第61話 新たな家族
宰相が本当に『鳥』を飛ばしてくれたらしく、俺の実家であるアイゼンフェルト侯爵家に帰ると、家族から使用人までが浮かれ、祝う準備をしてくれていた。
「おう、帰ったぞー!」
「おかえりなさいませ!」
「旦那様、もう少し早くにご連絡なさってください!」
「お食事までもう少し時間がかかりそうですから、客間でごゆっくりお休みになってくださいね」
使用人たちはセレナにも笑顔で声をかける。彼女も小さな声だが、「ありがとうございます」と笑顔で返事をしていた。
「おかえり、父ちゃん。レオンハルト、久しぶりだねえ。もっと頻繁に帰っておいで! それで……この子がセレナちゃん?」
「は、はい。はじめまして。私はセレフィーナ・フォン・リヒトベルクと申しま——キャッ!」
セレナの挨拶を最後まで待たず、ぎゅーっと抱きしめる母上に、俺は執事たちと顔を見合わせて苦笑いした。
「細い! 可愛い! まさか、こんなに素敵な子がレオンハルトを見初めてくれるなんてね! これは奇跡だよ、父ちゃん!」
俺の両親とはいえ、酷い言われようだな……。
「ははは、そうだな! セレナ嬢は可愛いだろう、母ちゃん!」
「ああ、本当に可愛らしいねえ! 今日からうちの子だからね! いっぱい甘えな!」
「え……あの……」
完全に固まってしまったセレナを慌てて奪い返し、文句を言う。
「あー、もう、馬鹿力なんだから! 母上、セレナは立派なレディなんですから、もっと丁寧に扱ってください!」
「馬鹿力って誰に言ってるんだい!」
——ゴツン。
「痛ってぇ!」
「レディだから大事にするんだろう! ほら、あんたも抱きしめな! 今日から、あたしたちの家族になるんだからね!」
「なっ……」
「ほら!」
強引な母上から一歩、また一歩と後ずさりながら、どうすべきかと考えていた。セレナと二人きりのときならいくらでも抱きしめるし、愛も囁こうと思っているが、さすがに家族の前では恥ずかしい。
「くくくっ」
部屋の入り口で笑い声を上げたのはユリウスだった。
「レオンハルト、陛下から祝いの酒を賜ったぞ」
「おお! ありがたや、ありがたや! 母ちゃん、酒だ!」
「父ちゃん、飲み過ぎるんじゃないよ!」
ギャーギャーと皆が騒いでいる中で、あまりにも静かなセレナに視線を送ると、ハラハラと涙をこぼしていた。
「なっ!? どうした、セレナ!?」
「まあ! どこか痛いのかい!?」
慌てた俺はセレナを抱き上げ、近くのソファに腰を下ろして顔を覗き込んだ。
「いえ、違うんです……こんなふうに、家族みたいに迎えていただける日が来るなんて……思っていませんでした……」
セレナは俺の顔を見て、泣き笑いのような表情を浮かべている。俺は何と言葉をかければ良いのか分からず黙っていると、母上が微笑みながらセレナの頭を優しく撫でた。
「『みたい』じゃないよ。これから本当に、家族になるんだ」
「……はいっ!」
母上の後ろでは、親父が何度も大きく頷いている。執事も侍女たちも、まるで以前から俺たちの帰りを待っていたかのような温かい笑顔を浮かべていた。
セレナは一人ひとりの顔を確かめるように、ゆっくりと見渡す。
「私……ここにいても、よいのでしょうか」
「何を言ってるんだい。あんたの部屋だって、もう用意してあるよ」
「私の……部屋?」
「もちろんさ。気に入らなかったら、好きなように変えればいい。遠慮する必要なんてないんだからね」
「セレナ嬢の好きそうな花も飾らせたぞ!」
「父ちゃんは何もしてないだろう!」
「花を選んだ!」
「庭師に丸投げしただけじゃないか!」
再び始まった両親の言い争いに、セレナは目を丸くしたあと、小さく笑った。
「今日からうちの子だからね! しっかり甘えるのが仕事だよ!」
「……っ、はいっ!」
とてもいい笑顔で泣き続けるセレナの涙を俺は拭い、ぎゅっと抱きしめる。
「ふふっ、苦しいです」
「わ、悪い!」
慌ててセレナを見下ろすと、小さな声で恥ずかしそうに呟く。
「……嬉しいです」
「え?」
「こらこら! 二人だけの世界に入るんじゃないよ! セレナちゃんもこっちにおいで。今日はお祝いなんだから!」
「おう! 宴だ宴だ!」
いつの間にか、使用人たちは忙しそうに料理や酒を運び始めていた。母上はセレナの手を引き、親父は届いた酒を抱えて大喜びしている。
「あの馬鹿息子が婚約する日が来るとは!」
急に親父がわんわん泣き出した。酒には強いはずだが、よほど感極まったのだろう。
「泣くなら酒を置きな!」
大声で親父を叱る母上に、使用人たちまで笑っていた。
セレナもつられて笑い声を上げた。
「まあまあ! 笑うとまた可愛いねえ!」
「さすが俺の娘だ。セレナ、お父ちゃんと呼んでくれていいからな!」
「あたしのことは母ちゃんでも母上でも……なんなら、『お母様』なんて呼ばれてみたいねえ!」
セレナは驚いたように目を瞬かせたあと、照れくさそうに微笑んだ。
誰も彼女を腫れ物のように扱わない。聖女だからでも、侯爵令嬢だからでもなく、ただ新しく家族になる娘として迎えていた。
眺めていたユリウスは苦笑しながら俺の耳元で囁く。
「騒がしい家族になりそうだ」
「元々、賑やかな家だからな」
セレナは、俺や両親、ユリウスや使用人たち、みんなを見渡して微笑む。
「ふふっ……私、幸せです!」




