第57話 幼馴染の助言
時間も遅くなったため、侯爵とセドリックは帰路につくことになった。
「釣書のことは、また時間のあるときにゆっくり考えればよいでしょう」
二人はセレナに優しく微笑み、部屋をあとにした。
ユリウスの執務室のソファで一息ついていると、ユリウスがにやにやしながらセレナに話しかけた。
「くくっ。セレナは釣書も選び放題だな。まあ、まだ十五歳なのだから、ゆっくり考えても問題ないさ。なあ、レオンハルト」
「あ、ああ、そうだぞ、セレナ。ちゃんと人となりを知った上で選ぶと良い。上っ面に騙されるんじゃないぞ」
「……はい」
セレナは困ったように俯いた。やはり、大量の釣書を前にして戸惑っているのだろう。先ほど「離れたくない」と言ってくれたが、あれは俺を慕ってくれているというだけで、深い意味などないはずだ。
「レオンハルト。そんなんじゃ、侯爵が相手を決めてきてしまうかもしれないぞ?」
「なっ、何だって? 俺はあまり話したことがないから分からんのだが……父上に聞いてみるか」
「くくっ、そうだな。私も総長に進言しておこう」
「ん? 何をだ?」
「さて、何だろうな。セレナ、今日から文字の勉強をすると聞いているが、体調は大丈夫かい?」
ユリウスは意味深な笑みを浮かべてから、すぐに話題を変えた。前の発言が気になってはいたが、セレナの勉強という話に気を取られ、そちらに意識を向けた。
「はい、問題ありません」
「楽しそうだね。教師は幼少期の私たちに教えてくれた者だから、安心して学ぶと良い」
「ああ、アーノルドが教師なのか。とても優秀な男だぞ。良かったな、セレナ」
「はいっ」
嬉しそうに笑顔を向けてくるセレナが可愛らしい。胸の辺りがツキンと痛んだ。ユリウスの「大量の釣書」「侯爵が相手を決める」といった言葉が頭の中をぐるぐる回っている。
「それでは、行ってきます」
「いってらっしゃい」
「あ……が、頑張っておいで」
考え事をしているうちに、勉強の時間になったようだ。セレナの侍女が迎えに来ていた。
手を振って部屋から退出した彼女の背中を見送って、「はあ……」とため息を吐いた。
「レオンハルト、自分の気持ちには気づいているんだろう?」
「……何のことだ」
「本気で言ってるのか? あの大量の釣書を見れば分かるだろう。彼女はもう、聖女として多くの者から——」
「分かってる! だが、セレナは……」
「彼女はもう成人しているんだ。あっという間に婚約者が決まるぞ」
「……」
「スタンピード終息の立役者として、彼女に『大聖女』の称号を与えることを考えているようだ。そうなれば、近隣の国からも王族や上位貴族が釣書を送ってくるだろう」
「な、なんだって?」
セレナが隣国に行くかもしれない? もう会えない可能性があるというのか。それに、俺は耐えられるのだろうか……。
黙って考え込んでいる俺に、ユリウスは呆れた顔で肩を叩いた。
「レオンハルト、何が難しいんだ? お前が一言、『俺の嫁に来い』と言えば良いだけだろう」
「そ、そう簡単に言うが……」
「はあ……。よく考えろよ、レオンハルト。セレナが隣国にでも行ってしまえば、お前は護衛として近くに侍ることもできなくなる。国内の貴族だったとしても、その家の護衛がつくことになるだろう」
確かにそうだ。俺が守りたいと願ったセレナは、他の男の嫁に……。俺の近くにいない? 誰かのものになる? そんなの耐えられるはずがない!
「うがぁっ!」
「お、吠えたな。で、どうするんだ?」
「侯爵に直談判してくる」
「……順番が違うだろう。まずはセレナに想いを伝えなければ始まるまい?」
「はっ! ……だが、しかし。セレナに振られたら、俺は立ち直れんぞ……」
「何だ、その程度の気持ちなのか? お前には、他の男より先に想いを伝えられる時間がある。それを無駄にして後悔しても知らないぞ」
「……そ、そうか、そうだよな。当たって砕けたとしても、自分の気持ちを伝えられない弱い男よりはマシか」
「そりゃそうだ。レオンハルトは騎士団長で、王国で最も強い男だろう?」
「セレナが幸せになるなら、それで良いと思っていた。だが、違う。俺は、他の誰かの隣にいるあいつを見送るなんてできない。俺が近くで守りたい。俺の手で、幸せにしたい」
「やっと素直になったな」
ユリウスは昔のように、俺の背をバシバシと叩いた。
王子という立場になっても、こいつは昔から変わらない。俺が迷えば、面白がるふりをしながら、いつも正しい道へ背中を押してくれる。
「ありがとう、ユリウス」
「礼は、セレナに想いを伝えてからにしろ」
そう言って笑う幼馴染に、俺も小さく笑い返した。




