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第56話 口にした願い

 裁判で聞いた話と現侯爵に聞いた話で、アウグストたちが光の侯爵家に不当な干渉をしていたことは理解した。まだ他にも、知らされていない真実があるのだろうか。

 そんな考えが顔に出ていたのだろう、現侯爵は俺に向かって頷いてから話し出した。


「先代侯爵夫妻が乗っていた馬車は、現在も侯爵家で保管しております」


「今まで処分しなかったのか?」


「事故と結論づけられてはいましたが、私はどうしても納得できなかったのです。いつか真相を調べられる日が来るかもしれないと、修理もせず、当時の状態のまま残しておりました」


 現侯爵は苦しげに拳を握った。


「実は、昨日の裁判で救助が意図的に遅らされたと知り、改めて馬車を調査させました。今度は、鑑定魔法に長けた者たちを集めて」


「……何か見つかったのか?」


「馬車の、崖とは反対側の側面に、複数人が崖へ向かって押した痕跡が見つかりました。成人男性と思われる手形が、いくつも重なるように残っていたそうです」


「では、馬車は滑ったのではなく……」


「恐らく、何者かが事故に見せかけ、崖へ押し落としたのでしょう」


「そ、そんな……」


 セレナの顔は青白くなり、セドリックもぶるりと身を震わせたのが分かる。そんな弟を守ろうと思ったのか、セレナが隣に座るセドリックの手をギュッと握った。


「……姉さま、お家に帰ってくるよね? ずっとお城にいるの? 僕、姉さまと一緒にいたいよ……」


 後ろで控えていたマティアスが、セドリックの近くまで歩み寄り、優しく声をかけた。


「セドリックくんは、セレフィーナ嬢の魔力が自分のものと同じだと、本能で理解しているのでしょうね。ここまで近い魔力は確かに珍しいのです。セレフィーナ嬢の魔力や技術も素晴らしいものでしたが、彼の能力も、まだ十歳と信じられないほど光るものがあります」


 なるほど、本能でセレナが家族だと認めているから共にいたいと言い切れるのか。本来ならばセレナを守るために騎士団で過ごしてもらおうと思っていたが……。

 俺の気持ちばかり押し付けるわけにもいくまい。彼女はもう、自分の人生を自分で選べる一人の女性なのだから。


「セレナはどうしたい? セドリックと……家族と暮らすことも、今なら選ぶことができる」


「……私? 私は……」


「お前の望みを聞かせてくれ。そうだな、釣書もたくさん来ているから、立派な男がいれば婚約も……」


 うん? 何だか胸の辺りが苦しいな。婚約……なんて言葉を発したからか。ああ、俺はセレナが離れていくことに衝撃を受けているのか。

 家族にまで嫉妬する自分の強い独占欲に呆れつつも、彼女が選ぶべきだと答えを待つ。


「……選べません」


 どうして良いか分からずオロオロするセレナに、ユリウスが優しい声色で話しかけた。


「セレナ、大丈夫だよ。ここにいる者たちは君を責めたりしない。セレナはどうしたいのかを聞かせてくれるかい? 上手く言葉にできなくてもいい。何が心配なのかな? こうすべき、なんて決まりはないんだ。言いたいことは何でも教えて。そうしたら、皆で考えることもできるだろう?」


 セレナはゆっくりと顔を上げ、ユリウスを見つめてから頷いた。


「私は、弟も大事だから一緒に過ごしたい。でも、騎士団で皆と過ごす暮らしも好き。どちらかなんて選べないわ。それに……レオ様と離れ離れになるのは嫌なの」

 

 セドリックは少しだけ寂しそうな顔をしたものの、すぐに何かを納得したように頷いた。そして、俺の方へ向き直る。

 

「姉さまは、レオンハルト様のそばにいたいのですね」

 

「セドリック?」

 

「それなら、これからも姉さまをよろしくお願いします」

 

「……ああ」

 

 思わず答えると、セドリックは今度はセレナの方へ向き直った。

 

「姉さま、時々は帰ってきてくれますか? 僕の誕生日も、一緒に過ごしてほしいです」

 

「ええ、もちろんよ。私もセドリックの誕生日を、家族として一緒に祝いたいわ」

 

 セレナはそう答えたあと、恐る恐る現侯爵へ視線を向けた。

 

「その……私がこちらへ帰ってきても、よろしいでしょうか」

 

「何を言っているんだ。ここはセレフィーナの家でもある。帰りたいと思ったときには、いつでも帰っておいで」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 弟の願いに応え、自分の望みを口にするセレナを見て、俺は彼女が急に大人になったように感じた。

 いや、きっと彼女は最初からしっかりしていたのだ。俺が守らなければと気負うあまり、そんな一面に気づけていなかっただけで。

 セレナのはにかんだ笑顔に、つい俺の頬も緩む。

 

 皆が柔らかな空気に包まれるなか、現侯爵は改めて二人へ向き直った。

 

「セレフィーナ、生きていてくれてありがとう。それだけで十分だよ。セドリックも、セレフィーナも、私の大切な子どもだからね」

 

「はい、父上」

 

 セドリックは迷うことなく答えた。

 セレナは唇を震わせ、しばらく現侯爵を見つめたあと、小さく息を吸う。

 

「……はい、お父様」

 

 その一言を聞いた瞬間、現侯爵の顔が感極まったように大きく歪んだ。

 彼は堪えきれずに涙をこぼしながら、二人を強く抱きしめる。

 セレナとセドリックも、その温かな腕の中で、現侯爵を強く抱き返した。


 ようやく三人は、家族として新たな一歩を踏み出したのだった。

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