第54話 悪人の退場
アウグスト元総大司教が退場したあとも、ローレンツは最後の悪あがきとばかりに中身のない反論を繰り返していた。
「証拠など捏造だ! 私は正しい! これまで間違えたことはない!」
仔犬のようにキャンキャンと吠えるローレンツに、審判を見守っていた人々はため息を漏らしていた。
「最後の証人を呼ぶ」
トーマス・フォン・ノルトヴァルト辺境伯が入場する。彼を知る貴族たちは、滅多に人前に現れない辺境伯の姿に驚き、言葉を失っていた。
「なんだ、神殿で転がっていた爺さんじゃないか。こいつが最後の証人と?」
「……黙れ」
「……っ」
トーマス殿を馬鹿にしたような物言いに、アーサーが珍しく怒りをあらわにした。低く、地を這うような声は、今にも視線で射殺されそうな恐怖を与えるには十分だったようで、ローレンツは顔を青くして黙り込んだ。
「ほほほ。アーサー卿、儂は大丈夫じゃ。挨拶が遅れてしもうたからのう。ローレンツ大司教よ」
「はあ? お前の名前はトーマスだろう」
「そうじゃ。儂の名は、トーマス・フォン・ノルトヴァルト。辺境を任されておる、しがない爺じゃよ」
「は……? ノルトヴァルト辺境伯……!?」
「儂は長くあの神殿に滞在し、セレフィーナ嬢が満足な食事も休息も与えられず、朝から晩まで働かされている姿をこの目で見ておる。治癒を終えたあとも雑用を命じられ、倒れそうになっても休ませてもらえなかったこともな。辺境を守る儂の領で、このような非道な行いがあったこと、誠に遺憾である」
好々爺としたトーマス殿の雰囲気しか見てこなかったセレナは、ノルトヴァルト辺境伯としての彼の威厳ある姿に驚いているようだった。
「そ、そんな……」
辺境の神殿に長く滞在し、治療を受けていた貴族の証言だ。これ以上の証人はいないだろう。
力なく項垂れたローレンツに、アーサーが冷ややかな視線を向け、「これで終わりで良いな?」と圧をかけた。
「いいや、まだだ! セレナは神殿の人間だ! 死ぬまで神殿で働くのだ!」
アーサーが「はあ……」とため息を吐いた。説明が面倒になったのだろう。しかし、これで最後だと言わんばかりにしっかりした口調で告げる。
「セレフィーナ・フォン・リヒトベルク嬢は今年十五歳だ。今後は本人の意思を最優先とし、何人たりともその自由を侵すことは許されない」
その瞬間、俺は頭が真っ白になった。
「は? セレナが……十五歳?」
十五歳だと? 俺はずっと十歳くらいだと思っていたのに……。
「ほう。すでに成人していたのか」
なぜかユリウスが楽しそうに笑っている。
「そんな馬鹿な! あの見た目で十五歳だと!?」
俺もそれには同意するが、馬鹿にするような言い方が気に入らない。ギロリとローレンツを睨むと、それに気づいた彼は、ビクリと体を震わせた。
「医師の診断によりますと、長年の栄養不足により成長が大きく遅れているようです」
お前たちが食事をちゃんと与えなかったからだろうと、睨みつけるアーサーに、ハッとした顔で縮こまるローレンツ。さすがの彼も、何も言えなくなってしまったようだ。
教皇が挙手して、アーサーに発言を求めた。
「発言を許可します」
「ノルトヴァルト辺境伯閣下にご報告いただき、我々も独自に神殿内の調査を行いました」
会場が静寂に包まれる。神殿のトップが発言するのだ。皆が固唾を呑んで見守っている。
「その結果は、アーサー殿が読み上げられた報告書と、一点の相違もありませんでした」
神殿独自の調査によっても全ての証言が裏付けられ、ローレンツたちに残された逃げ道は完全に塞がれた。
「彼女は光の侯爵家の令嬢です。これから先、神殿が彼女の人生に関与することはありません。彼女が自身の信じる道を選び、素晴らしい人生を歩んでほしいと願っています」
教皇の優しい微笑みがセレナへ向けられると、彼女は涙を溜めたまま大きく頷き、教皇に満面の笑みを向けた。
こうして、セレナを虐げてきたローレンツも、騎士に連行されて俺たちの前から退場したのだった。




