第5話 寡黙に秘めた優しさ
ここに担ぎ込まれてから何日経っただろうか。
毎日変わらない光景が目の前に広がっている。その中には当然、痛みを取ってくれる聖女見習いの姿もあった。
俺の胸にできた傷は、未だにぱっと見ただけでは全く治っているようには見えなかった。
かろうじて止血だけを済ませた直後の傷跡にしか見えないのだ。
そんな傷だから、当然痛みが強い。最近では、寝て過ごすことしかできないせいで起こる身体の節々の痛みや床ずれが酷くなっていた。
「……くっ!」
真夜中や早朝は、彼女の疲労が少しでも減るようにと、痛みをできる限り我慢していた。しかし、小さく呻くその声にすら、あの子は気づいて駆けつけてくれるのだった。
「騎士様、我慢せずに呼んでくださって構いません」
「……」
「力が入ると、傷が開いてしまいます」
「全く治っていないから問題ない」
「治るのが遅くなると言っているのです」
「……そうか」
初めて交わした会話は事務的なものだった。治るのが遅くなるのは困ると考え、それからは痛みが強くなるたびに、彼女を呼ぶようになった。
それから半月ほど経った頃、やっと普通に言葉を交わせるようになった。
「大丈夫です、すぐに痛みを取ります」
「悪いな」
「いえ」
「君は、いつ寝ているんだ?」
「……」
「食事の時間を取っているようにも見えない」
「……取っています」
分かりやすく視線が泳いだ。騎士団の嘘つきたちが足元にも及ばないほど、拙い誤魔化しだった。だが、そこに込められた彼女の頑なな意思を、俺は責めることができなかった。
「君、名前は」
「……セレナです」
「そうか、俺はレオだ。セレナ、いつもありがとう。強い痛みが来るたびに呼び立ててしまって申し訳ないが、俺の主が今でも前線で戦っているんだ。早く治して戻らなければならない」
「痛みを感じず、穏やかに過ごしていただくのが一番の療養となります。痛みは取りますので、お申しつけください」
「ああ、よろしく頼む」
これまでで一番長い会話が今のものだろう。お互い多くを語る性格ではない。それでも、以前よりは言葉を交わせるようになっていた。
「お嬢ちゃんは優しかろう。少しは馴染んでくれたようで良かったわい」
隣のベッドの男が話しかけてきた。傷が痛むようなら彼女を呼べと教えてくれた男だ。
「ああ……だが、あの子……セレナがいなかったら、耐えられないほどの怪我だからな。あんなに働いているのに、まともな服すら与えられていないのか」
「あー、それは……」
言葉を濁す男の様子に、セレナが虐められたり、仕事の邪魔をされていることを、周囲も知っているのだと感じた。
「助ける気はないのか……」
小さな声でつぶやくと、男は申し訳なさそうな顔でベッドから身を乗り出し、俺の近くに顔を寄せ、小声で話し出した。
「助けたくても、下手をすれば儂らが追い出されてしまうんだ。あんたが来る前に、彼女を庇った者たちが有無を言わさず追い出されたらしくてな。それを知ったあのお嬢ちゃんはな、自分のせいで人が不幸になるのが耐えられなかったんだ。だから、わざと壁を作って、誰とも深く関わらないように心を閉ざしちまったんだよ……」
「そうか……」
この部屋の者たちは、セレナに痛み止めの魔法を使ってもらうたびに礼を言い、笑顔を見せていた。なのになぜ誰も助けようとしないのかが不思議だったのだが、やっと合点がいった。
きっと心優しい彼女は自分のせいで誰かが傷つき、治療を受けられなくなることを恐れているのだろう。
「いつか儂の怪我が治ったら、お嬢ちゃんにはお礼をしたいと思っているんだ。あんなにも優しい女の子が幸せになれないなんて、あってはならんだろう?」
悔しそうな顔で部屋の入り口を見つめる男は、トーマスと名乗った。
俺は「そうだな」と同意するように頷くことしかできなかった。しかし、胸の奥で燻る感情は、傷口よりも熱く脈打っていた。




