第4話 夜を駆ける足音
胸の痛みに目が覚めた俺は、何も言わず周りを見渡す。
あれから痛みで起きた者はいなかったようで、皆ぐっすりと眠っていた。
前線では、痛みに眠れない兵士たちの呻き声が、怪我人の集められたテントから絶えず聞こえていた。
あの地獄に比べれば、今の痛みなど大したことはないはずだった。だが、人間の耳は贅沢にできている。静寂のあとに響く他人の呻き声ほど、不眠の夜に堪えるものはない。
おかげで昨夜は、久しぶりに朝まで深く眠ることができた。
昨夜はたっぷり休ませてもらった分、朝早くから呼びつけるのは申し訳ない。今はまだ明け方だし、もう少しゆっくり休ませてあげたいと思った俺は、痛みを必死に堪えていた。
すると、斜め前の爺さんが苦しみ出した。こんな早朝でも誰かが来てくれるのだろうか?
気になった俺は、寝たふりをしながら部屋の扉が開くのを待った。すると……。
「大丈夫ですよ、すぐに痛みを取りますから」
パタパタという足音で分かってはいたが、早朝まで彼女は働いているのか?
そんな馬鹿なと思いながら彼女を目で追っていると、不意に振り向いた彼女と目が合った。
「すぐに痛みを取ります」
深夜と変わらぬ対応をしてくれる少女に俺は驚いた。夜通し働いているとしたら、苛々していてもおかしくはない。それなのに、彼女は昨日の昼間と同じ態度で俺たちに接してくれるのだ。
「これ、どうぞ」
額に浮かんだ汗を拭うようにと、手拭いまで渡してくれた。
「……ありがとう」
すぐに立ち去ろうとした彼女の後姿に、慌てて礼を言う。
「気にしないでください」
小さく頭を下げた彼女は、またパタパタと部屋を出て行くのであった。
★★★
昼前になると、他の聖女見習いや聖女たちが部屋を訪れては去って行った。俺はこっそりと観察しているつもりだったのだが、どうやら俺の視線が自分たちに向けられていることに怯えているようだ。
部屋を出た先で、彼女たちが話しているのが聞こえてきた。
「ねえ、あの騎士様、怖くない? 強面な上に目つき悪いわよね」
「本当にね。なんか、部屋に入った瞬間からずっと刺さるような視線を感じるし」
「いつものように、あいつに押し付けましょうよ」
そんな声が聞こえてきた。俺は観察しているだけなのだが、怖がらせてしまったらしい。
戦場では敵を威圧したこの貌も、平時の神殿ではただの怪物の類でしかないらしい。自嘲気味に息を吐きながら、俺は部屋の入り口とは反対側に顔を向けた。
しかし、できるだけ視線を合わせないように気を遣ってみるも、たまたま目が合ってしまうだけで彼女たちは厄介払いを押し付けるようにして、俺に背中を向けながら言葉を投げ捨てていった。
「あ、あとはセレナがやりますので!」
耐えきれないと言わんばかりに背を向け、見習い聖女たちは厄介払いを押し付けて去っていく。押し付けられた彼女――セレナは、それが当然の義務であるかのように、ただ静かに頷いた。
「はい、分かりました」
おいおい、見習い同士の役割分担はどうなっている。これでは昼も休まずに働いていることにならないか。
だが、まだ断定は早い。俺がこの神殿に来てから、まだ一晩しか経っていないのだから。そう自分に言い聞かせるしかなかった。
★★★
——その日の夜。
「今、行きますね」
昨晩と同じ光景が繰り広げられる。
彼女はどう見ても十歳ほどの少女だ。本当に、昼夜を問わず働かされているというのか?
俺には丸一日働き続けているように見えた。いや、それ以上なのかもしれない。
そんなことを考えていると、俺にも耐えがたい激痛が訪れた。
「うぐっ……」
彼女が痛みを取ってくれているから分からなかったが、尻や肩甲骨などが床ずれでかなり痛んでいた。ここのベッドは狭く、寝返りどころか、足を軽く開くだけで精一杯の幅なのだ。
当然のように彼女がパタパタと廊下を駆ける音がする。その足取りは昨晩より少しだけ重くなっているような気がした。しかし、その音を聞くだけで、俺は安心感を覚えるようになっていた。
痛みというのは人を狂わせる。昼間、改めて思ったのだが、この部屋で治療を受けている者たちは恐らく歴戦の猛者ばかりだろう。そんな者たちが、彼女の治療を受け入れ、礼までしっかり伝えている。きっと彼女が心の支えになっているのだろう。
俺は彼女の姿にホッと息を吐き、改めて「ありがとう」と伝えるのだった。




