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第44話 総大司教の罪【回想2】

 十数年前のこの日も、私は王都から『聖オーグ孤児院』に向かう途中だった。

 昨晩からの大雨で道はぬかるみ、いまだに止まない雨に苛立ちながら、私は馬車を急がせていた。


「ヒヒ————ン!!」


 馬車を引く馬の嘶きと共に、馬車が急停止した。

 何事かと御者に声をかけると、どうやら前を走っていた馬車が崖から転落したらしい。高さは十メートルほど。まだ生存者がいるかもしれない。

 ちょうど雨が止みかけていたため、私は現場を確認することにした。

 こういう不慮の事故で助けた貴族からは、神殿や孤児院に多額の寄付がもらえることが多いから、助ける価値があるのだ。


 現場には、大破した馬車に乗っていたと思われる、夫婦と子どもが倒れていた。少し離れた場所に投げ出されて絶命していた者は、雨具をつけていたことから御者だろう。

 なだらかな斜面を降りて、転落した馬車に乗っていた貴族を眺める。

 あの髪の色であの体格は……光の侯爵家、リヒトベルクの人間だろう。馬車の紋章も、リヒトベルク侯爵家のものだった。


「総大司教! まだ侯爵夫妻に、息があります!」

 

「構わん。放っておけ」

 

「し、しかし……!」


 私としては、光の侯爵家は、かねてより邪魔だと思っていた。奴らは上級貴族ゆえに、光属性の子どもが生まれやすい。そして、貴重な光属性の子どもが何人生まれたとしても、神殿が関与することは許されない。侯爵家で育て、国の管轄である騎士団や魔導師団に入るのが通例となっている。

 神殿が関与できない光属性を生む家など潰れてしまえば良い。そうすれば、光属性の人間は全て、神殿が管理することになるのだ。

 

 まさか、慈悲深いと思われている神殿の人間が、今にも死にそうな者たちを見殺しにしたとは思うまい。

 私はおろおろと怪我人の周りをうろつく部下に向かって少しだけ声を荒らげ、諦めるように促す。こいつは私に多額の借金があるから、逆らうことはできないのだ。

 

「崖の下からどうやって助けるんだ。ましてや、まだ雨も止んでいないのだから、こちらが二次災害に巻き込まれる可能性だってある。そうなってしまっては元も子も無い。意味が無いんだ。分かるだろう? さっさと帰るぞ。時間の無駄だ!」


 あの子どもだけは、まだしっかりと息がある。私の管轄にある、聖オーグ孤児院に預けて育てさせるか。孤児として育てれば、プライドの高い貴族より扱いやすいだろう。

 そして、光属性が現れたなら、神殿で死ぬまで使い倒せば良い。辺境の神殿に送り込めば、光の侯爵家出身だなんて知られることもなく生涯を終えることになる。


「私と神殿へ戻った後、救助を要請しろ。子どもだけはまだ息がある。回収したら、いつもの孤児院へ運ばせるんだ」


「……か、かしこまりました」

 

 青い顔で仕方なく頷いた部下に背を向け、崖の上の馬車に戻る。部下と共に神殿へ着いた頃には、すでに空は暗くなり、救助は困難な状況になっていた。


「……総大司教様。あの子どもは、聖オーグ孤児院へ預けてまいりました」


「両親は駄目だったか」


「……はい」


「ご苦労だったな。これはチップだ。取っておくが良い」


 私は金貨を数枚、部下の手に握らせた。彼の手は、冷や汗でぐっしょりと濡れていた。

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