第40話 国王の呼び出し
レオンハルトたちが辺境から戻り、一週間経ったある日。
ようやくセレナも周りの反応に慣れてきたようで、自ら侍女たちと裏庭へ散歩に行くようになったと報告を受けていた。
「やあ、レオンハルト。父上がお呼びなのだが、時間は大丈夫だろうか?」
私は彼の執務室に来ていた。本来ならば、侍女や近衛騎士に頼んで呼んでもらえば済む話なのだが、父の執務室へ向かう途中にあったので寄り道して向かうことにしたのだ。
「ああ、分かった。……ユリウス、何か企んでいるんじゃないだろうな?」
さすがは幼馴染。私の顔に書いてあるかのような反応に、苦笑いしながらも答える。
「大したことじゃないさ。父上の話の内容にもよるしね」
「……聞いてないのか?」
「ああ、何も聞いていない。レオンハルトまで呼び出したところを見ると、セレナ絡みだろうと推測はしているけれど」
一言「そうか」とつぶやいた彼は、卓上にあった書類を引き出しへしまい、しっかり鍵をかけて立ち上がる。
こういう管理能力は案外しっかりしているんだよね。さすがは代々王族に仕えている家門だと感心する。
「ユリウスが来たということは、すぐに行くのだろう?」
「ああ。行こうか」
★★★
「よく来たね、レオンハルト。二人とも、ソファにかけておくれ」
挨拶をしようと頭を下げたレオンハルトに、父上は手を横に振り、「挨拶は要らない」と二人をソファへ促した。
「セレナのことでしょうか」
低い声で心配そうに尋ねるレオンハルトに、父上が目を丸くして驚いている。普段の彼を知っている人間からは、信じられない光景なのだ。父上の驚きも納得できる。後ろに控えていた宰相と、レオンハルトの父である総長は笑いをこらえるのに必死のようだ。
「ああ、そうだ。セレナ嬢の今後の扱いと、身分についてだな」
レオンハルトの喉が動き、「ゴクリ」と音がする。
父上の決定が覆ることはない。それを理解しているレオンハルトは、何がどう決まったのかを固唾を呑んで見守っていた。
「セレナ嬢は救国の聖女として働いてもらうことになる。所属は騎士団だ。異存はないか?」
「はい、問題ありません」
「そなたに懐いていると報告が上がっている。その厳つい顔を見せれば、五歳の王女ですら泣き出すというのに。まさかと思っていたが……」
「くくっ。父上、聖女様は外面だけではなく、内面をご覧になられたのです」
「そのようだ。矜持の高すぎる聖女たちしか見たことがないから、にわかには信じ難いのだが」
「セレナも落ち着いてきたようですし、そろそろ謁見なさる予定なのではないですか?」
「そうだな。この問題が片付き次第、謁見を予定しようと思っている」
父上のいう「この問題」が何なのか、レオンハルトが集中して考えているのが分かる。眉間に皺を寄せて一点を見つめるのが、彼の考えるときの癖なのだ。
「ははは、レオンハルト。そんなにセレナ嬢が気になるのか? 彼女を守るためには、早めに婚約者を決める必要もあるのだが……」
ガバッ! と、音がするほどの勢いで顔を上げた彼の目が、大きく見開かれていた。
「こ、婚約!? まだ、早い! のでは……ないでしょうか?」
「ぶはっ!」
「がはは! あのレオンがなあ!」
吹き出したのは私と、レオンハルトの父である総長だった。父上は威厳を損なわないように必死に我慢しているが、肩が恐ろしいほど揺れている。宰相は膝に顔を埋めるようにうずくまって、必死に腹を押さえていた。
「ユリウス! なぜ笑うんだ!」
「くくっ。そりゃあねえ? お前の態度が、可愛い娘を嫁に出す前の父親のようだったからだぞ」
「な……っ!?」
自覚のないレオンハルトに、自分の足をバシバシと叩きながら面白がっている総長が、笑いすぎて流した涙を拭きながらニヤリと笑みを浮かべた。
「母ちゃんには報告しとくからな!」
「やめてくれ……」
「いや、言うぞ? こんなに面白いことを黙っていたら、母ちゃんにどつかれるからな! ガッハッハ!」
レオンハルトの実家……武の侯爵家は、その名の通り祖父母だろうが誰でも強い。当然、彼の母親も恐ろしいほど強い。そして、夫である総長まで頭が上がらないことで有名だった。
笑い声が落ち着いた頃、陛下は一人ひとりと視線を合わせた。
「……笑ってばかりもいられぬ」
急に威厳のある声を上げた父上に、皆が視線を向けた。
「一つ、問題がある」
「……問題、ですか」
「彼女の身分だ。本来であれば、平民から聖女が誕生することは少ない。だからこそ調べさせた」
「……そこまで、お調べになったのですか」
レオンハルトは一瞬だけ目を見開いた。
「ああ、セレナ嬢の出生について調べさせた」
その場は、水を打ったように静まり返る。
誰も口を開かない。
我々は固唾を呑み、父上の次の言葉を待った。




