第39話 まるで親鳥と雛
国王との謁見を終え、教皇たちと別れた私とレオンハルトは、セレナの通されたドローイングルームへ顔を出すことにした。
国へ貢献してくれた彼女への感謝を示すため、そして平民だと侍女たちに侮られないように、我が国の王城で一番の部屋を用意しておいた。
「……ユリウス、この部屋を使う許可をもらったのか?」
「ああ。彼女は大袈裟ではなく、国を救った聖女だからね。ここなら侍女たちも手出しはできないだろう?」
「そりゃあ、この部屋のメイドは城の中でも高位貴族の令嬢が選ばれる。それ自体が名誉なことだから、客が誰であろうとも、下手なことはしないだろうが」
「くくっ、そういうことだよ」
「……助かる」
「国としても、セレナを守りたいからね。レオンハルトが気にすることではないよ」
「それでも、ありがとう」
幼い頃から見てきたが、こんなに丁寧に礼を言われたのは初めてだった。まあ、私は第二王子とはいえ、世話を焼かれることの方が多かったから、礼を言うなら私の方からだろうが。
「セレナ、入るぞ」
ノックをしたレオンハルトが、すぐに扉を開けようとしたので慌てて止めた。レディの部屋に断りなく入るなんて非常識だ。
彼に睨まれたので苦笑いしながらも、「湯浴みを勧めたのだろう?」と小声で止めた理由を告げる。
目を丸くして、「……あっ」と呟いたレオンハルトは理解したらしく、扉から一歩離れた。
「どうぞ、お入りください」
準備が整ったのだろう、中から侍女の声が聞こえた。
「失礼する」
「レオ様……!」
心細かったのか、不安そうな瞳でレオンハルトを見つめるセレナに、侍女たちが困った顔をしている。
「何かあったのかい?」
小声で侍女に聞くと、侍女は私だけに聞こえる声で、説明してくれた。
「聖女様のお背中に、その……無数の傷がありました。手当てをと申し出たのですが、私のような者には勿体ないと断られました。湯浴みもご自身でなさるとおっしゃいましたが、髪の汚れはお一人では難しいからと、少し強引に洗わせていただきました」
「そうか、ありがとう。君に任せて良かった。助かったよ」
「いえ」
頬をうっすらと赤くしながらも、侍女は壁際まで下がった。さすがは優秀な侍女だと感心しながらレオンハルトに先ほどの内容を耳打ちした。
「……セレナ、お腹は空いていないか? 俺が軽食を持ってきてやろうな。サンドイッチとスープなら食べられるか?」
「あ、は、はい……」
寂しそうに頷いた彼女は、レオンハルトが部屋から出ていくのをじっと視線で追っていた。見えなくなるまで見送ったあと、私をチラリと見上げる。
何を話せば良いのか分からないのだろう。こちらから話題を振りたいが、辺境のことは明日聞くことになっているから、レオンハルトの話をするか。
「そういえば、レオンハルトとの旅は楽しかったかい?」
セレナは少し首を傾げて的外れなことを言い出した。
「はい。レオンハルト様は、とてもお優しい方でした」
私は思わず笑みを浮かべる。彼女はまだ、自分の気持ちに気づいていないのだろう。レオンハルトも鈍いが、こちらも負けないくらいには鈍いようだ。
「優しい、ね。それだけ?」
セレナは困ったように微笑み俯いた。
「私は孤児の平民ですから。あまりご迷惑をおかけしてはいけないと思っています」
「え? 迷惑?」
「はい。レオンハルト様は騎士団長様で、私はただの聖女見習いでしたから……」
「セレナ、君は聖女として覚醒しただろう? 聖女は、上位貴族と同じ地位だと習わなかったのかい?」
「……え? それは、貴族のご息女が聖女になった場合ですよね? 私は見習いの中でも一人だけ平民で、しかも孤児でしたから……」
「なるほど……」
これは、そういう扱いをされてきたということだろう。実力の割に自信がなさすぎるのも、嘘の言葉で虐げられ、背中の傷から察するに、実際に虐待もされていたのだろう。
ちょうど話が終わった頃、レオンハルトは大量の軽食をワゴンで運んできた。
「レオンハルト、軽食だからといって、この量はないだろう……」
「セレナが好きなものが分からなかったからな。パンもスープも果物も持ってきた。セレナが食べ残したものは、俺が食うから無駄にもならんぞ」
「……ふふっ」
やっとセレナの笑顔が見られた。侍女たちも「ほっ」とした顔を見せている。
ここでは、女官や侍女たちが優しく接してくれる。彼女も、「神殿とは違う」と少しずつ気づき、安心した顔を見せてくれた。
少しでも、彼女が安心できる居場所を増やせたらと思うのだった。




