第28話 神殿の実情
翌朝――神殿は、昼近くになってようやく動き始めた。
やっと朝食が運び込まれ、食べてすぐに治療が始められた。
……朝の祈りはどうした? 私と枢機卿は日が昇る時間に祈りを済ませている。この辺境の神殿には祈りの間があるはずだった。
「祈りが……省かれております」
「……あり得ない。我らが信仰を蔑ろにしているのか?」
「そう受け止めるしかないかと」
なんてことだ。神殿が祈らずに誰が祈るというのだ! 私はここまで堕落した、信仰心すらない者たちを野放しにしていたというのか! 神へ祈るべき者たちが祈りを忘れた時、その場所はもはや神殿ではない。
「祈りを捧げていたのは、お嬢ちゃんだけじゃったぞ? その時間も、患者が苦しんでいれば駆けつけてきてくれたんじゃ。祈りの間から少し距離があるから、うっすら汗をかいてまで急いで来てくれていたんじゃ」
「申し訳ないとは思いつつも痛みに勝てず、セレナちゃんを走らせてしまったこともあった。最近では、同じ時間に起きていたら、一緒に祈ったりもしていたんだ。ベッドの上からだけどな」
「おっと、次の聖女がきたぞ!」
聖女と聖女見習いがトーマスの前に立ち止まる。なんと、包帯の状態を確認することもなく、その上から治癒魔法をかけ始めた。
そして、トーマスは少し苦しそうな顔をして治療を受けていた。その行動に違和感を覚えた。あとで理由を聞いてみよう。
聖女たちが立ち去った後、私は大きなため息を吐いてからトーマスに話しかけた。
「トーマス殿、どうして聖女からの魔法を受ける時に、苦しそうな顔をなさっていたのですか?」
「ああ、儂は半年以上この神殿に世話になったからのう。魔法をかけられるたび、その後に痛みが走るものじゃった。もう体が覚えてしまっておる」
「……えっ? 治療で痛みを感じるのですか?」
「お嬢ちゃんが治療してくれた時は全く痛くなかったのじゃがな。翌朝痛みで起きることなくよく寝れたことで、やっと傷が完治していると気づいたんじゃ」
治療で痛みを感じるなんて、あってはならないことだ。神殿では最初の教えで修行を怠ると患者側に痛みが出ると習うのだが、その状態だとトーマスは言っているのだ。
「そんなに痛かったのですか?」
副団長のコンラートがトーマスに寄り添う。彼はとても優しい騎士なのだろう、先ほどから患者たちの意見を細かく聞き取って記録させている。
「そうじゃ、まだ昼まで治療して回っているじゃろうから、隣の部屋をこっそり覗いてみたらどうじゃ? ベランダから隣の様子が見えるんじゃよ」
実際の治療の様子を、この目で確かめたいと思っていた。願ってもない申し出だった。私はトーマスに礼を言い、枢機卿と共にベランダ側から隣の部屋を覗いた。
数時間ほど観察していたが、治療されたすべての患者が痛みに顔を歪ませ、皆が「あの娘を呼んでくれ!」とのた打ち回りながら叫んでいた。
「枢機卿、患者たちを助けなければ」
「教皇聖下、気持ちは分かりますが、我々だけで全員を治療することは不可能です」
悔しがる我々に、副団長コンラートが優しい声で話しかける。
「教皇聖下、急ぎ証拠を集めましょう。すべての証拠が揃えば、王都に助けを求めることができます。急ぎ片を付けて、患者たちを助けましょう!」
「ああ、ありがとうございます、コンラート殿。患者たちを救うためにも、ご協力願います」
「任せてください!」
「俺たちも手伝うぜ!」
「教皇聖下、儂らを上手く使ってくだされ。命令していただければ、すぐに動き、成果を上げましょうぞ」
「ありがとう、本当にありがとうございます」
私と枢機卿は、彼らに指示を出し、早急に証拠集めを開始した。
この神殿の聖女や聖女見習いでは患者が苦しむだけだと確信した。聖女セレナがいないことで神殿が崩壊しているのだ。
そしてローレンツたちの目を盗みながら、神殿の腐敗を示す証拠は、一つ、また一つと集まっていった。
その頃には、誰もが確信していた。この神殿は、もう救うべき場所ではない――救うべきなのは、ここで苦しむ患者たちなのだと。




