第12話 前線の惨状
魔物と兵士たちの血の臭いが、森と土の匂いに混じって漂う。 スタンピードの前線では、今日も大量の魔物が兵士たちを傷つけ続けていた。
「殿下! このままでは、王都に魔物がなだれ込んでしまいます!」
「分かっているっ!」
剣を振りながら返事をするが、スタンピード発生から三ヶ月以上が経っている現場では、限界を迎えようとしていた。
私の近衛騎士であるレオンハルトが前線を離れてからというもの、騎士や兵士たちの隊列が崩れやすくなり、的確な指示を出せる者たちも怪我で前線から退いているのだ。
「殿下、馬車が向かってきているようです! 物資の補給でしょうか」
「何だって? 私が迎えよう」
「はっ!」
物資は先日も届いたばかりだ。レオンハルトが無理して戻ってきたのだろうか? あの傷では、まだ起き上がることすら難しいはずだ。
本当に戻って来たのであれば、追い返さなければと思いつつ馬車を見つめる。
「お手を」
「……ありがとうございます」
何と、馬車から降りて来たのは、まだ幼い少女だった。年の頃は……十歳か、その前後だろうか。
「申し訳ありませんが、怪我人のいるテントはどちらになりますでしょうか?」
私が王族であることを知らないらしい少女は、名を名乗るでもなく、怪我人のテントへ向かおうとしていた。と、いうことは……。
「お嬢さんは聖女様でいらっしゃるのか?」
「はい、私は……先日、聖女として覚醒しました。お役に立てるよう励みますので、テントの場所を教えてください」
きょろきょろと辺りを見渡して、悲しそうな顔つきになったのは、辺り一帯に飛び散った血飛沫のせいだろうか。
「分かった。テントへ案内しよう」
私は彼女に背を向け、早足でテントに向かう。本当に聖女なのであれば、今は怪我人を少しでも回復させてもらえると助かる。
年齢や神殿の対応など気になることも多いが、今はそれどころではない。
ここは前線だ。一人でも多くの兵士が動けるようにと願わずにはいられない。さすがに経験の浅いであろう小さな聖女が、救護テントの者たちを完治させられないことなど考えていないが、それほどに現状は厳しく、こんなにも小さな少女にまで縋りたくなるほどなのだ。
「着いたよ。私が手伝うことはあるかい?」
「重傷の患者さんはどちらか分かりますか? 私は『痛み』は完全に取ることができます。まずは苦しみから解放して差し上げたいのです」
「何だって……? いや、分かった。案内しよう」
それが本当であれば、彼女は救世主だ。そんな能力の持ち主を、神殿は手放したというのか?
疑問を抱えながらも、私は重傷者のテントへ彼女を連れて行く。
「ここだ。かなり酷い裂傷もあるが……大丈夫だろうか?」
「問題ありません。いつも見ていますから」
いつも見ているだと? そんな仕事をしていたとは……にわかに信じがたいが、それが本当なら安心して任せられる。
そんな矛盾する心持ちで彼女がしゃがみ込んだのを眺めていた。
「大丈夫ですよ、今、痛みを取りますからね」
痛みで唸り声を上げつつ暴れる騎士の腕をさすり、肋の骨が見える胸辺りに手をかざして祈り始めた。その瞬間——!
騎士の周りを白い光が覆い、金色の粒が舞っている。
幻想的な美しい輝きに、目を細めつつもしっかりと見つめた。
すぐに光は収まった。
先ほどまで苦痛に顔を歪めていた騎士アレンが、静かに涙を流していた。




