第五話 いとしき人
男が騎士団に入団してから数週間が経ち、薔薇小隊は男を連れての初めての任務に出ることになった。街の近くに出るようになった魔物の討伐だ。
馬にまたがり一行は道を行く。街の近くは森がなく、草原が広がっている。
「今回はケルベロスが出たらしい。ズサール、ナステレ、タツベー、私で囲んで倒す。ペペは支援だ」
「ケルベロスなんてこんなところにいたか?」
「今まで聞いたこともありませんね。もしかして最近噂の魔王軍が仕向けたんでしょうか」
「魔王軍がここまで来たという報告はない。群れからはぐれただけだろう」
ケルベロスは三つ頭の犬らしい。牛頭といい、ここには物の怪しかおらんのかと文句を言いたくなるが、地獄なら仕方ないと割り切るしかない。
それに、その物の怪を引き連れる魔王というものがいるらしく、それは閻魔とは違うらしい。魔王は人の住む世界を脅かし、物の怪や鬼を兵とした軍を差し向けているそうだ。近頃はどの国も魔王軍に襲われており、この国も例外ではない。
「仲間とはぐれず森に入りすぎるな。ケルベロスは頭が三つあるぶん賢いぞ」
一行は馬を降り、隊長を先頭にケルベロスを探す。男は太刀を握りしめて森を睨む。
「ペペ、どうだ。魔力場に変化はあったか」
「何もないわ。むしろ静かすぎるくらい。森ならもう少し揺らいでいてもおかしくないんだけれど」
慎重に進んでいく。男は殿様のお供として狩りに出たことはあるが、あの時の獲物は鹿で、しかも大人数であったためこんなに緊張感はなかった。
「あっ。魔力場に変化が。多分ケルベロスよ」
「全員、警戒しろ。どこから来るかわからないぞ」
皆に合わせて男も太刀を抜く。道は森に比べて開けているとはいえど、茂みから飛び出してこられれば一たまりもない。
「…来る」
ペペの言葉で全員が臨戦態勢になる。すると遠くから地響きが聞こえ始めた。
「来るぞっ!作戦通り周りを囲め!」
ドンッと大きな音がしたかと思うと、巨大な獣が空から降ってきた。小隊は散開し、着地点から逃げる。
ものすごい地響きとともに、三つの頭は同時に咆哮を上げた。その声は男の腹の底に響いた。
「ペペ!拘束魔法!」
魔法を唱える間、他4人はケルベロスの気を引くために動き回る。三つの頭が起きている場合、それぞれの頭に別の狙いをつけさせ混乱をまねくために、1人一頭を引き付ける手はずになっている。
狙い通りケルベロスは三つそれぞれが別の獲物を追おうとして混乱している様子だ。その間にペペは詠唱を終わらせる。
「一斉にかかれ!」
動きを封じるや、4人は一度に斬りかかった。その巨大な体は拘束されているにも関わらずよく動く。少し動きが鈍ったくらいであろうか。ケルベロスの蹴りを受け流しながら男も脚を斬りつける。
すると頭の一つが吠え、炎を吹き出した。これには思わず下がる。
「なるべく動き続けろ!ヤツに考える暇を与えさせるな!」
炎を避けながら近づいては一撃を入れるということを繰り返したが、効いている気配はない。
「タツベー!俺がアイツの気を引くから、その隙に体によじ登れ!」
「ズサール殿、何を言っているのでござるか!あの暴れ犬の背に乗ることなどできませぬ!」
「頼んだぞ!」
そう言うとズサールは犬の正面に回って前脚を斬りつけた。三つの頭、六つの目すべてがズサールを見る。
ズサールが犬の炎と前脚の攻撃をかわしながら必死に隙を作ろうとしてくれている。男は期待に応えようと、太刀をしまって犬の体に飛びついた。
毛をしっかりとつかみ、一歩ずつ登っていく。時折、激しく揺れるが、目をつむって体を犬に押し付けて耐える。犬は獣臭かった。
「ペペ!魔法!」
ペペの呪文でケルベロスの動きがまた鈍る。男はこの機を逃すまいと必死に登った。
(犬め!おとなしくせんか!)
ひとつかみ、ふたつかみ。ついに背まで来た。
「タツベー!火を吹く頭を斬り落としてくれー!」
隊長の声が聞こえる。命令そのまま、男は犬の毛を握りしめながら首へと這っていった。犬は背の辰兵衛に気づいたのか、首をやたらに振っている。
「くぅっ、これでっ」
男は太刀を抜き、犬からみて一番左の首に突き立てた。力いっぱいに首を貫き、雄叫びを上げて刃で首を斬っていく。犬は暴れ、振り落とされないように太刀につかまる。
「これでどうじゃ!」
力を振り絞って首を斬り切る。血まみれの刃と男の服の鮮血がその戦果を物語る。しかし、犬がまだ暴れるので、男は背から振り落とされてしまった。
「どうじゃ!やったか!」
男は犬を見る。首は落とせなかった。だが頭は完全に機能を停止しており、目もうつろになっている。
(な、なんという化け物じゃ)
首の切り口はすでにふさがっており、出血もない。ただ、だらんとさがる首が増えただけであり、他二つの頭は生き生きとしている。
「タツベーよくやった!炎がなくなっただけでもだいぶ戦いやすいぞ!」
隊長はそう言うとナステレを呼んだ。
「真ん中のは私がやる!ナステレはもう一方の気を引け!」
「わ、わかりましたっ」
ナステレがズサールと共に犬の気を引いていたとき、隊長もペペと同じように何かを唱え始めた。
「…世の万物よ、その力を我に貸したまえ。我は正義の代理人である… …我は世を恨まず人を憎まず。ただ悪を嫌うのみ… …いくぞ!ケルベロス!」
長ったらしいものを唱え終わると、隊長は尋常でない速さで走り出し、犬の足元で高く跳び上がった。
「覚悟!」
バンッと犬の真下から剣が切り裂き、一つの首が地に落ちる。そして落ちてくる際に切っ先を下にして、もう一つの頭に突き刺した。ケルベロスの巨体から血が流れる。
「やったぞ!隊長!」
歓声が上がる。隊長は倒れた犬の腹の上で息を切らしている。男は何も言えなかった。
「はぁっはぁっ、タツベー、あれが本来の古代魔法の使い道だぞっ」
名を呼ばれた男は我に返る。
「見とれて声も出せぬほど素晴らしかったでござる。あれほど素晴らしい技も魔法があればこそ成せるのでござるな」
「そうかっ見とれたかっ。ふふっ」
息を切らしているというのに笑顔でおられる。この方は真の化け物じゃ。この方が敵であればどれほど恐ろしいだろう。そう男は思った。
その後、一行は証拠となるケルベロスの爪と歯を持ち帰り、任務を達成した。
数日後、訓練場で木剣を振っていた時、何者かが訓練場に現れた。
「失礼する。エルシー卿はおられるか」
皆が隊長を見る。
「はい。私がそうだが、何か用か?」
「国王陛下からの御言葉がございますので参った次第にございます」
「これは!国王陛下のお使いの方でしたか。そうとは知らず無礼をしましたこと、お許しください。こちらへどうぞ」
そう言うと隊長は国王の使者と名乗る者とどこかへ去っていった。気になった男は近くにいたナステレに尋ねた。
「隊長殿は国王陛下と仲がよろしいのでござりますか?」
「国王陛下は隊長がお気に入りなんですよ。戦場に出れば武勲を立てるし平時では市民に慕われる。まさに理想の騎士像ですよね」
「そうなのでござるか」
(どこの馬の骨ともしれぬわしを拾ってくださったのだから、慕われるのも当然じゃな。そこに気づかれるとは国王も見る目がある)
男は偉そうに納得し、訓練を続けた。
一日が終わり、男は定時報告のために隊長の部屋を訪れた。
「辰兵衛でござる」
「入れ」
「失礼つかまつりまする」
もう慣れた取手を使いこなし、なるべく音を立てないように戸を開ける。
「今日の訓練は問題なかったか」
「何もござりません」
「そうか。他に何か報告することは?」
男は聞くか迷ったが、昼間のことについて聞くことにした。
「あー…特にはござりませぬが、一つお聞きしたいことがござりまして」
「なんだ?」
「国王陛下とは親しいのでござりますか?」
「もしかして昼間のことか?あれはケルベロス退治の感謝をお伝えくださっただけだ。陛下と特に親しいわけではないし、お褒めの言葉をいただくのだってほとんどないことだぞ」
「ですが、隊長殿は国王陛下から目をかけてもらっているとお聞きしたのでござりまする」
正直これを聞くことははばかられたが、男の興味を制止することはできなかった。
「まだあの噂は残っているのか。まあそう思われても仕方ないか」
「訳をお聞きしてもよろしいでござるか」
「長くなるぞ」
「構いませぬ」
隊長は男に椅子に座るよう促し、自分はベッドの上に腰かけた。油の火が部屋を暖かく照らす。
「私はもともと騎士になるつもりなどなかったんだ、田舎の農村生まれで、小作人の両親と3人の弟、妹と暮らしていた」
彼女曰く、幼少の頃から両親や妹弟を支えるために日々働いていたそう。そしてオース教徒として古代魔法を習得する際、さんざん悩み、人の役に立ちたいという一心で祈った。神が与えたのは身体を一時的に強化する魔法であった。その当時、身体強化の魔法を習得する者はおらず一騎当千の力は脅威となったため、報告を受けた国は田舎娘を管理下に置こうと騎士団へ強制的に入団させた。騎士となった娘は家族のために働き、その武勲から国王が直々に薔薇騎士の称号を与えたそうだ。
「今では私をまねて身体強化魔法が使える者も多いし、理論魔法でも似たようなことができるからそんなに珍しいものでもない。だが田舎娘の分際で陛下に称号をもらったということが気に入らない人もいるんだろうな」
男は、なんと不憫な女だろうと思った。武家に生まれたわけでなく、まして女であるのに戦場に駆り出され、必死に働いて功績をあげれば周囲から妬まれる。常にこの女は1人であったのだ。
「いとほしきお人でござるな」
その言葉にエルシーは驚いた。
「な、何を言い出すんだ。突然。いとしいなどと」
「拙者は思ったことを口に出しただけでござる。何かお困りごとがあればいつでも駆け付けます故、すぐに呼んでくだされ。隊長殿を1人には致しませぬ」
男はそう言うと椅子から立ち上がった。
「では拙者はこれで。また明朝お会いいたしましょう」
バタンと戸が閉まる。
「お、おう…」
エルシーの頬は少し赤くなっていた。




