第四話 無駄が多い男、辰兵衛
「タツベー入るぞ…って、うわ!どこで寝てるんだ!」
男はエルシー、いや、隊長の声に起こされた。隊長は床に横たわる男を見て驚いている。
「そうか…ベッドも知らないか…。あのな、そこに敷いてあっただろ?次からはその上で寝るようにな」
隊長はあきれた様子で窓を開けた。外で小鳥がさえずる。
「着替えたらすぐに訓練場に来てくれ」
隊長はバタンと戸を閉めて出て行ってしまった。
着替えろと言われても着替えは持っていない。寝ぼけ眼で太刀を探し、かついで部屋を出た。
急いで訓練場に向かうと、そこには隊長以外にも3人がいた。
「遅いぞ、タツベー」
「面目ない。して、ここにおられる方は?」
笑いが起こる。なんの笑いか男には全く理解できなかった。
「昨日、ここにいる全員と会っているはずだがなぁ」
隊長の言葉で、思いだしてみる。
「あっ、其方は昨日の」
「思い出したか。俺はズサール・イルスだ。ズサールと呼んでくれ」
1人は昨日、兜を外して顔を出していた男だ。顔を見て思い出した。しかし他2人の男女は思い出せない。
「アーマーを着て顔を覆っていたからわからないかもな。こっちは魔法が得意なペペ、こっちはタツベーと同じ新入りのナステレだ」
「もう!新入りって呼ぶのやめてくださいよぉ。もう入隊して1年経つんですよ?」
「そうか。もうそんなに経ってたか」
ナステレと呼ばれる男武者はたしかに若い。
「タツベーさん、これからよろしくお願いします」
「ナステレ殿よろしくお願いいたしまする」
「よろしくね、タツベー。私は魔法が専門だから騎士とはちょっと違うのだけど」
「ペペ殿、よろしくお願いいたしまする」
男は深々と頭を下げた。一通り挨拶が済むと、隊長は一人ひとりに木剣を持たせた。
「今日はタツベーの腕を見るのも兼ねて木剣で打ち合いをする。まずはズサールとタツベーだ。2人は前へ」
呼ばれて前に出る。
「今日は木剣だから手加減しないぜ?多少痛くても我慢しろよ」
「望むところでござる」
真剣よりも軽いこの木剣なら、一本取ることなど容易だろうと男は思っていた。2人は対面し、木剣を構える。
「はじめっ」
隊長の掛け声で男は前に踏み込む。
(あの牛頭にくらべれば、この男など乳飲み子に等しいわ)
「やーっ!」
男は木剣を振り上げ、ズサールの面を狙った。
(間合いじゃっ)
振り下ろそうとした時、ズサールがぐっと男の懐に踏み込んできた。
(くっ、このままではやられるっ)
男は身をねじってかわそうとしたが時すでに遅く、ズサールの力いっぱいの一振りが男の脇腹に入った。男は吹き飛ばされ床に倒れた。
「やめ。ズサールの勝ち」
「あの時の活躍が嘘のようだなぁ、タツベー」
「くっ…」
これほどの痛みは吉次郎殿に腹を斬られたとき以来じゃ。そう思っているとペペが近づいてきた。
「…情けは無用でござるよ」
「何言ってるのよ。ズサールの一撃をまともに受けて平気なわけないじゃない。ほら、手をどけて」
腹を抑えていた手をどけると、ペペは何かを唱え始めた。
「ネモラキピネモラスク」
すると腹のあたりが暖かくなり、痛みが引いていくのを感じた。
「これはなんじゃ。奇術か」
「魔法よ。どう?もう痛くない?」
痛みはさっぱりなくなっている。
「かたじけない。痛みは引いたでござる」
男は立ち上がり木剣を取った。
「次を願い申す」
「ナステレ、タツベーの相手をやってやれ」
「えぇっ、僕にできますか?」
「お前は1年前から大きく成長した。もっと自信を持て」
(これだけ弱気であれば容易いな)
男はナステレを前にし、自信たっぷりに木剣を構えた。
「では参る!」
先ほどの反省を生かして動きを小さくする。ナステレが男の剣を受ける音がコンッコンッと響く。
するとナステレの脇に少しの間ができた。
「隙ありっ」
男は木剣でナステレを突こうとする。
(実戦では卑怯もなにもないんじゃ。学びになされよ、ナステレ殿)
男の切っ先がナステレに触れようとしたとき、ナステレが叫んだ。
「ブオネラ!」
その瞬間、男の顔の前でパンッと何かが破裂し、男は驚いて飛び下がった。隊長ら観衆は「おっ」と声を上げる。
「なんじゃそれは!卑怯であろう!」
「戦場に卑怯もないぞ。最後まで立っていた者が勝者だ」
隊長の言葉に男は黙る。
(油断しておったのはわしの方であったか。攻め方を変えなばならんな)
男はじりじりとナステレとの距離を詰める。そして一閃、ナステレに飛びかかった。
どさっと何かが倒れ、木剣が転がる音が響く。
「やめ。ナステレの勝ち」
男は再び床と対面した。男が飛びかかった瞬間、がら空きになった正面をナステレが突いたのだ。
再びペペの術を受ける。
「どうだタツベー、あとは私とペペだが、まだやるか?」
「…遠慮するでござる。拙者に剣術を教えてくだされ」
そうして男はしばらくぶりに剣術の教えを受けた。幼かった頃、道場で兄弟子からいじめられていたことを思い出す。そういえばあの時、兄弟子から助けてくれたのが木村吉次郎、男の首を落とした者であった。
「やめないか!」
吉次郎が、幼い辰兵衛を囲む兄弟子たちに叫ぶ。
「なんだぁ?師範の孫だか知らねえが、調子に乗るんじゃねえ!」
兄弟子たちの大将が言う。
辰兵衛は鼻をすすりながら吉次郎を見た。木刀を持つ兄弟子たちを前に吉次郎は丸腰である。辰兵衛は助けられた身でありながら、これでは負けると確信した。
「侍たるもの、弱き者に力を使ってはならぬ。そんなに力を示したければ、この吉次郎を相手にするがよい」
「ハッ、もう侍気取りか。弱き者がどのような定めか、その身をもって教えてくれるわ」
「やぁーっ」と兄弟子たちが木刀を振り上げた。吉次郎はすかさず構え、一つ、二つとかわしていく。
「えいっ!」
吉次郎の拳が、兄弟子大将の腹に入った。「うっ」と声を漏らしてうずくまる。大将がやられたのを見て、他の兄弟子は動きを止めた。
「ほら、来ぬか。いつでも相手になるぞ」
吉次郎の気迫に、兄弟子たちは大将を引きずって去っていった。吉次郎は泣く辰兵衛に手を差し伸べた。
「けがはないか」
うなずく辰兵衛。
「名はなんと言う」
「…辰兵衛」
「あいつらも悪いが、やり返さない辰兵衛も悪いぞ。これから侍として生きるというのに、己の身さえ守れねば、上様の役には立てんぞ」
辰兵衛にもわかっていた。しかしそれを同年代から指摘されるのは気に障った。
「もう剣術はやめる」
「何を言うんじゃ。やめれば侍になれんじゃろう」
「なれずともよい」
「良くはない」
吉次郎は辰兵衛の手を引いた。
「吉次郎が教えてやる。一緒に来い」
それからというもの、辰兵衛は吉次郎から剣術や世の中のあれこれを教わったのだった。
夕方。ボロボロになった男は訓練場を出て部屋へと戻ろうとしていた。
「おい!タツベー!今から飯行こうぜ!」
ズサールの剛腕に巻かれ、返事を聞くまでもなく訓練場から連れ出された。反対の腕にはナステレがいる。
「ここの飯はうまいぞ。もし外で食べるならここ一択だ」
返事もないのに、この男はよく喋る。そう思う男であったが、店から漏れ出る匂いに腹が鳴った。
「なんだ。タツベーも腹が減ってるのか。なんにも話さねぇから腹が減ってないのかと思った。よし、入ろう」
ズサールは腕を解き、店の戸を開ける。すると中にはすでに隊長とペペがいた。
「お、ちゃんと連れてきたか」
「え!これなんなんですか!」
「ああ、ナステレには言ってなかったか。タツベーの入隊祝いパーティーだ」
ぱぁてぃが何かはわからなかったが、机上にはうまそうな料理が並べられている。
「祝ってくれるのでござるか」
「当り前よ。今日は私たちの奢りだから遠慮なく食べてね」
「ちょっと、俺はそんなの聞いてないぞ!ただでさえ給料少ないのに」
「いいの!あんたも入隊した時は祝ってやったんだから。今度は祝う番よ」
男は祝宴の席についた。食べるものはどれも絶品で、経験したことのない味わいであった。
「この泡の浮かぶ液体はなんじゃ?」
「試しに飲んでみろ。おもしろいぞ」
隊長が言うので、男は恐る恐る口をつけた。
「…ッ!これは酒ではないか!」
「はっはっはっ。どうだ、うまいだろ」
「口にしたことのない味であります故、今はなんとも」
「まあ飲んでれば慣れる。ほら、飲め飲め」
隊長の横にあった酒も男の下に回ってくる。
しばらくし、酔いも回ってきた頃、男はペペに聞いた。
「ペペ殿。其方が使われるマホウとはなんなんじゃ?拙者、あれが不思議でなりませぬ。あれさえなければナステレ殿にも勝てたやも知れませぬのに」
「タツベーさん!ひどいですよぉ」
ナステレはむにゃむにゃ言いながら男に文句を言っている。酔っているのだろう。
「そうね、ちゃんと時間を設けて教えるつもりだったけど、簡単なことだけでも教えておくわ」
そう言うと、ペペは紙きれを手に取った。
「いい?見ててね」
ペペは紙きれをつまんで男にみせた。
「ネラ」
じわっと紙切れの先端が燃えたかと思うとその火は一気に広がった。
「おお。火をつけたのでござるか」
「じゃあ次ね」
ペペは再び紙切れを手に取るとふっと空中に投げた。
「ブオエル」
すると紙切れは右へ左へ風にあおられながら上へと昇って行った。
「すごい。風も操れるのでござるか」
「これで最後よ」
ペペはひらひらと舞う紙切れを指さした。
「キピラスク」
唱えると同時に指先から紙切れに向けて稲妻が走った。紙切れは燃えながら机の上に落ちる。
「これは…」
男は息をのんだ。
「この3つが理論魔法の基本よ。世の中で使われてる魔法のほとんどはこの3つを組み合わせて作られているの」
「それを覚えれば誰でも奇術が使えるというわけでござるな」
ペペは男の顔の前で指を振った。
「ちっちっち。それが、そういうわけでもないのよ。人はそれぞれ限られた量の魔力というものを蓄えていて、それを消費して魔法を使っているの。魔力は食事を取ることで補給できることはわかってるんだけど、飲まず食わずでしばらくいたり魔法を使いすぎると、魔力を使い果たして動けなくなって最後には死ぬらしいわ」
前世ではそんなもの聞いたことがない。しかし、思うように火を起こし、風を操り、雷を起こせたらどれだけ楽しいであろうか。男はその未来を想像して少しうれしくなった。
「拙者にその魔法というのを教えていただけませぬか」
「うーん。でもその前に、タツベーは自分の魔法って持ってる?」
「今日初めて魔法を知ったのでござる。そんなもの持ってるはずなかろう」
「なら、まずは自分の魔法を手に入れるとこからね」
ペペは隊長を呼んだ。
「ねえエルシー。タツベーに古代魔法を覚えてもらうために明日は教会に行っていいかしら」
「それはいいな。私も行こう」
そして次の日はオース教の教会に行くことになった。
朝。男は詰所の門の前で待っていた。遅れて隊長、ペペが来る。
「教会に行くということでござったが、古代魔法というのは何なのでござるか」
「古代魔法はね、理論魔法ではまだ解明されていない、原理の説明がついていない魔法のことなの。昔の魔法は全部そうだったから古代魔法って呼んでるのよ。今から教会に行くのは、一生に一個しか覚えられない古代魔法を覚えるためよ。教会で祈りを捧げることで、オース神がその人の望む魔法を一つ教えてくれるの」
「それはどんな魔法でもいいのでござるか」
「ああ。だがどんな魔法を覚えたかは教会を通じてすべて国に報告される。実際に過激な魔法を望んだせいで牢に入れられている者もいる」
「一生に一回のチャンスだから、慎重に考えてね」
慎重にと言う割には突然行くことが決まったような気がするが、それを言ってはこの機会を失いそうなのでやめた。
3人は街を歩き、中央にある教会へと向かった。
教会は立派な作りで見る者を圧倒する。入口の者に名と身分を告げると、この前の神父が出てきた。
「今日はタツベーさんが古代魔法を覚えたいとお聞きしました。どうぞ、こちらへ」
赤、青の光が差し込む教会の奥へと進んでいく。男の目はあちこちに奪われていた。
「おい、タツベー。そんなにキョロキョロするな」
「あまりにも美しいので見とれておりました」
「ふふ。そう言っていただけて光栄です」
一行は教会の中でも最深部まで来た。そこまで来るときらびやかな内装はなく、質素な木造の部屋があるだけであった。
「では、ここからはタツベーさんと私のみで入ります。お二人はここでお待ちください。タツベーさん、こちらへ」
神父の後に続く。古そうな木の戸を開けると、中には人の像があり、その前にいかにも祈るための空間があった。
「ではオース神の前へ膝をついてください。この前の時と同じように。ですが、今回はオース神にどんな魔法がほしいか祈ってください」
男は武士として膝をつくのに抵抗があったが、入団するときにもやったのだからと自分に言い聞かせて像の前に膝をつけた。
(神よ。仏かもしれぬが。どうかわしに魔法とやらを授けてくだされ)
しばらく念じていると、頭の奥底から声のような何かが聞こえてきた。
(砂川辰兵衛重孝。お前は何を望む)
おお、これが神の声か。男は驚いた。しかし、男は願いを言わずに神に問うた。
(お主がオース神とやらか。お主には聞きたいことがある。なぜわしをここで生かした)
(一生に一度の機会をそんな質問に使っても良いのか?我は皆があがめる神であるぞ)
(オースなど聞いたこともない。所詮はここであがめられるだけの化け物であろう。なぜわしを生かした。何が目的じゃ)
神は少し考えているようだった。
(目的などない。ただの道楽だ。それ以上、それ以下でもないわ)
その答えに、男はどこか安心した。
(…そうか。なら、わしの好きに生きさせてもらうぞ)
(そうせい。で、お前は何を望む)
男は神に、思いを告白した。
(わしは真の武士になりたい。前世では成しえなかったことを成したいんじゃ)
しかし神は悩んだ。
(そんなに大雑把な願いでは魔法を作ろうにも作れん。もっと具体的に申せ)
男は考えた。武士らしい魔法とはなんであろうか。もっと武を極めるようなものか。だがそれでは武士というより兵法家であろう。男は考えた。
「お、出てきた」
「なんの魔法にしたの?」
神父は苦笑いをしている。部屋から出てきた男は、妙に髪型が整っていた。
「髷をきれいに結える魔法にした。これで床屋に行く必要もない」
男にとって髷とは武士の象徴であり、床屋に行くのは億劫なものであった。ここの利害の一致から、髪を結う魔法にしたのである。
「そんな魔法あってたまるか」
隊長の声が教会に響いた。




