第三話 石の都の騎士
牛の首、巨人の胴、そして1人の男を馬車に載せ、武者達は出立した。車の音、鎧のこすれる音が森を行く。
「お前、タツベーと言ったな。その剣術の師匠は誰だ?」
花紋の武者が問う。
「木村八兵衛殿でござる。まあしばらく道場には行っておりませぬが」
「キムラ?聞いたことがないな。ナローノショーといい、タツベーは一体どこの国から来たんだ?」
「拙者にもわかりませぬ。気が付いた時には森の中におりました」
「それに変わった形の剣を持ってるしな」
武者は男の太刀を指さした。言われてみれば武者達が持つものは反りがなく、不動尊の持つ剣のように直線的だ。
「これは源平の戦で賜ったものだと聞いておりまする」
「ゲンペー…また知らない名前が出てきた。町に行ってから調べてみよう」
牛頭は賞金首であったらしく、男はその報奨金をもらうために武者達と町に向かっていた。話の中で、武者達は騎士であるということ、騎士ダンという何かに所属していることがわかった。それに国には王がいるという。男は再び仕官できるかもしれないと思い、武者についていくことにしたのだった。
それはそうと、男は気になっていたことを聞いた。
「ここはあの世なのでござるか?」
「は?アノヨ?どこだそれは。ここは陛下が治められるキルタス・オース王国だぞ」
やはりここは男の知る世界ではないらしい。常識がまるで違う。
「ここにあてがないなら、しばらくは町で暮らしたらどうだ?ずっと旅をするのも疲れるだろう」
「そうしていただければありがたい限りでござるが、宿に泊まるだけの持ち合わせもありませぬ」
「金のことなら心配いらない。この首があれば罰金や弁償代を引いてもある程度は残るだろう」
「そんな大金を頂けるのでござるか」
「我々は報奨金を受け取れないことになってるから全額がタツベーのものだ。一生遊んで暮らせるだけの金が支払われるだろうな」
そんな大金が入ってくるなど、自分は幸せ者だと思う男であったが、振り返ると引っかかることがあった。
「罰金でござるか?」
「そうだ。馬車を盗んだ罪を償ってもらう必要があるからな」
「だから、拙者は盗んでおりませぬ。金をとられる筋合いなどござりませんでしょう」
「それは我々もわかっている。だが商人を納得させるために、最後の拾得者が罰金を支払う決まりになってるんだ。私も商人と交渉してみるつもりだが、大金が入るのだから心配いらないだろう」
「そうは言いましてもなぁ」
不服そうな表情を浮かべる男の目に石の壁が映った。
「見えたぞ。あれが町だ」
一行は門の前で止まると、花紋の武者が門番と何かを話し始めた。門番は馬車の荷を見て驚いている。
しかし、男の興味は目の前の城壁にあった。自分の背の何倍も高い城壁は石で作られており、その上を番兵が巡回している。その堅牢さは故郷の城をはるかにしのぐ。幾重にも堀がめぐり、険しい山に築かれた城は確かに難攻不落であるが、これほど高い石壁を備えた城は人間が生み出しうるものの中で最も難攻不落と言うに値するであろう。
男が口を開けて城壁を見上げていると、鉄格子の門が動いた。
「詰所に戻るぞ」
一行は門をくぐり街に入った。建物はすべて石造りで、透明な紙を張った障子戸のようなものが付けられている。街は活気にあふれ、道は石畳だ。
「こんなものを見るのは初めてじゃ…」
目を丸くする男を見て、武者達は笑った。
「そんなに珍しいか」
「かような景色、見たことも聞いたこともござりませぬ。お尋ねしたいことが多すぎて、どれから話せばよいか…」
車を引き連れ、一行は騎士団詰所に入った。そこは城壁よりももっと堅牢に作られており、狭間なども設けられていた。
「タツベー、ここで剣を抜くことは禁じられてるからこの剣の扱いには気を付けてくれよ。他のみんなとあそこに行っててくれ。私も後で行く」
男は太刀を携えて馬車から降りた。他3人の武者と花紋の武者が指さした建物に向かう。
男が戸に手をかけて引こうとしたとき、ガタガタと音が鳴るだけで戸は開かなかった。建付けが悪いのかと思い力いっぱいに戸を引くが開かない。
「タツベー、何やってんだ?そこの取手を回して開けるんだぞ?」
言われた通り取手を回すと、扉が門のように開いた。男は武者たちに笑われたことに少し腹が立った。
(知らぬのじゃから笑うことはないだろう。最初から知っておれば引いたりせぬわ。なんにせよ、笑われぬためには一挙一動に気を使わねばな。真の武士たる者、舐められてはいかん)
そして男は作法に則って草履を脱いで入った。武者達はぽかんとその様子を眺めている。
(どうじゃ。これで少しは見直したじゃろう)
男は振り返り武者を見る。しかし思っていた反応ではなさそうだ。
「タツベーさん…何してるんですか…?」
はっとした。作法というのは身分、地域によって異なると聞く。まさか無礼にあたることをしてしまったのだろうか。
「履き物を脱いだだけでござるが、何か?まさか作法が異なりましたか。これはご無礼つかまつった」
武者の1人がそのまま草履を持って行こうとする男を止めた。
「いや、そうじゃなくて。こんなところで靴を脱ぐ人間なんて初めてみたわ」
武者達はまた笑った。男は顔を赤くしながら草履を履きなおした。
「さあ、行きましょうぞ。拙者はどこへ向かえばよいのじゃ」
「ああ、ふふっ、あそこだ」
男は笑いが堪えられない武者達を置いて部屋に向かった。
(なんたる屈辱じゃ。見知らぬ土地で見知らぬ人にこんなにも笑われるとは。あやつらいずれ斬ってやる)
部屋に入ると、そこにいた者がここで待つように命じてどこかへ行ってしまった。そこには脚の長い机と前世で噂に聞いていた椅子があった。長崎の異人が使っているらしい。
ちょっと座ってみた。違和感がある。こう、ふわふわとするようで落ち着かない。男は椅子の上で正座をして待った。はたから見ればおかしい光景だが、男は椅子の座り方を知らなかったのである。
戸の取手が回り、見慣れない女が入ってきた。
「どうしたんだタツベー。椅子に座ったことないのか?」
女は椅子に座った。男は真似して座りなおす。
「…其方は先ほどの花紋の武者殿でござるか?」
女の声は花紋の武者のものであった。
「ああそうか、ずっと顔を覆っていたからか。そうだ。私が薔薇小隊の隊長、エルシー・リードベルタンだ。そういえば名乗ってもいなかったな」
まさか女だったとは。男は驚きで声が出なかった。
「女が騎士であることがそんなに珍しいか?」
「は、初めてでござる。故郷では見なかったもので」
エルシーは笑った。そんなに男がおかしいのだろうか。
「まあここでは女騎士も珍しいが、隣国や冒険者には戦っている女もいるらしい。私も見たことがあるわけではないがな」
「はあ、そんな国があるのでござるか」
エルシーはまた笑った。
「タツベーは面白いな。ここでの常識がまるで通じないというか」
「拙者は恥じておりまする」
「何も恥じる必要はないだろう。誰だって知らないことはある」
エルシーは紙をまとめながら話を続けた。
「ここに書いてあるのが報奨金の額だ。目を通してくれ」
そこには全く日本語が書かれていなかった。ここがあの世なら梵字かと思ったが、それとも違うようだ。
「面目ない。拙者、これが読めませぬ」
「そうだったか。字が読めないのも珍しくないから気にすることじゃない。額は大体1億モーンだ」
「い、1億文!?そんな大金頂いてもいいのでござるか!」
「ああ。これは全額タツベーのものだ」
天にも昇る思いだった。これほどの大金は江戸の将軍様でさえ持ち得ていないのではないかと思った。
「だが、ここからほとんどが弁償と罰金で消えて、残るのは100万モーンだな」
100万文でさえ前世では手にしたことのない大金である。だが、1億という数字を聞いてからだと気落ちする額であった。
「そんなに取られるのでござるか」
「あの馬車はオース教の専属商人のものだったらしくてな。その分割り増しになってるみたいだ。こればっかりはどうしようもなかった。すまない」
「…大須京でござるか?」
「ああ。初めて聞くか?」
大須という町があることは尾張の者から聞いたことがある。が、そこに都があったとは聞いたことがない。
「この国の国教はオース神を信仰するオース教だ。だから国王陛下から私、一般市民に至るまで、この国に住むほとんどがオース教徒なんだ」
エルシーは声をひそめて続けた。
「あまり大きな声で言えないが、オース教はこの国で絶対的な力を持っている。国王陛下でさえ力が及ばないところもあるくらいだ。だからオース教には逆らわないほうが身のためだぞ」
「承知いたした」
この世界にも宗教というのがあるのか。死後の世界でも教えを乞う人がいるのはなんともおかしなことじゃと思う男であった。
「それで、これからどうするつもりなんだ?」
エルシーの問いに男は悩んだ。この先、何か考えていることがあるわけではない。100万文もあればこれから不自由なく生きていけるだろうが、ここの物価がわからない以上、あてもなくさまようのは得策とは言い難い。
「何も考えておりませぬ。どこかで職を見つけられれば良いのでござるが」
「なら騎士団に入ってはどうだ?」
その誘いは、どこかで仕官したいと思っていた男にとって願ってもない話だった。
「それには何か条件はござりまするか?」
「そうだな…剣の腕は申し分ないから、国王陛下への忠誠とオース教徒になることぐらいだろうか」
忠義を示す。これは武士にとって当たり前に果たさなければならないことである。しかし、菩提寺がある者が他宗派の教徒となってもよいのであろうか。そういう懸念があったが、そもそも自分は死んだ身なのであまり考える必要もないことであった。
「その話、お受けいたす」
「おおそうか!ならすぐに入団用の書類を持ってくる」
そうして急いで部屋を出たエルシーは、入団用書類とオース教の神父を連れて戻ってきた。
「ではタツベーさん。まずはこれを」
神父は分厚い本を差し出した。手に取るとずっしり重い。
「この聖典にすべての教えが書かれていますが、タツベーさんは文字が読めないそうなので言葉でも説明しますね」
神父はぺらぺらと分厚い本をめくる。
「オース神の最も重要な教えは『汝、世のすべてを信じることなかれ』です。世の中には常に嘘が潜んでいると考えて過ごしなさいということですね」
「されば、身内であっても信用してはならないということでござるか?」
驚いた。死後の極楽を祈ったり、現世の利益を願ったりする宗教ではないのか。それに「何も信じるな」という教えは、神を信じる宗教において少し矛盾があるようにも思える。
「そこで、第二の教えです。『汝、家族を信頼し、家族を増やすべし』です。ここでの家族は信頼できる人たちを表しています。その人たちには絶対に嘘をついてはいけないということですね」
「他の者には嘘をついても良いのでござるか」
「この世に嘘をつかず生きてきた人はいません。ですからオース神は嘘をつくこと自体を否定はしません。ですが家族を増やして嘘をつく機会を減らすように説いているのです。世界中の人が家族になれば誰も嘘をつくことがない世が訪れるからです」
その後も経典にある教えを説かれ、男は晴れてオース教徒となった。
「では次はこっちの番だな」
男はそのまま騎士団に入団した。エルシー率いる薔薇小隊の傘下に入る。
男は騎士団宿舎に案内された。石造りであった詰所に比べ、こちらは木造で簡素な作りとなっている。
「ここがタツベーの部屋だ。横の2部屋と向かいの2部屋は他の薔薇小隊の部屋だ。私は斜め向かいの部屋だから何かあれば呼んでくれ」
男は部屋に入ると、早速草履を脱いだ。屋内で履くのはなんとも心地が悪い。部屋を見渡すと、一つを除いて特に物はない。
「なんだこれは」
布団と思われる布が机のようなものに敷かれている。誰かがここに置いて忘れたのだな、と思った男は、布団を床に敷きなおすとそのまま横になった。
(しかし、ここに来てから大変なことが多かったが、こうして横になれて良かった。こんなわしを拾ってくださった殿のために、これからはご恩を返していかねばな)
そんなことを考えていたら、いつの間にか眠りについた。




