量産化
----- 量産化試験 -----
量産化試験を行った。
火入れから窯出しまで、5日のと少しで終了した。
初日の火入れには、ナカエイ会頭と2人の書記が出席した。
窯の構造や、資材、燃料の配置、窯出しまでの工程と手順を説明した。
それを書記たちが書き留めてゆく。
マニュアルに盛り込まれる予定だ。
その後毎日、書記たちは交互にやってきて、技術的質問をしていった。
最終的に300リル(≒kg)の薪から60リル(≒kg)少々の木炭が出来た。
20%ぐらいということになる。
これまで、5回炭焼きを行ったが、今の処これ以上効率は上がらない様だ。
最初、世間で薪を置き換える物にしたいと考えていたが
薪よりかなり高額になりそうで難しそうだ。
正直、こんなことで薪問屋側が満足してくれるか心配だったが
ナカエイ会頭によれば、木炭には安定した熱源としての需要があるそうで
料理だけでなく、特に鍛冶屋での石炭の代替として試用を始めているらしい。
さらに将来的には鉄鉱石の製錬に使いたい、ということだ。
今回の試験で痛感したのは、課題の多さと、俺自身の技能の限界だった。
大規模化については、今までのやり方ではこれが限界の様だった。
登り窯という物を使うといいのではないかと思うのだが
具体的にどうやるか知らなかった。
登り窯は本来、陶磁器製造に使うモノなので
陶芸関係に技術者がいないか、薪問屋に調査してもらい
それまでは現行の窯で、窯の数と人の数を増やして、量産することになった。
現代的な技術があれば、工場で連続的な製炭も出来るのだろうが。
効率化については、ストーブに使われるように
燃焼ガスを2次燃焼することで、燃料の節約ができそうに思う。
それも登り窯の仕様次第でできそうに思えるが、これも調査待ちとなる。
副生成物として「木酢酸」が出来るはずなのだが
俺は「木酢酸」の利用方法の詳細を良く知らない。
100倍~1000倍に希釈して、液肥にしたり
霧吹きでアブラムシ除けや除臭剤になる。ぐらいの知識しかない。
これについては農業試験場のような、官営の研究機関があるそうなので
そちらに研究委託することになるそうだ。
結局のところ、俺の炭焼きの知識は個人レベルのもので
産業化するには多くの他人の助けが必要ということだ。
10年間の雇用というのは、やはり妥当な判断だったようだ。
せめてこれからは、技術改善の研究と、職人の教育に努めていこうと考えた。
----- 薪問屋応接室 -----
量産化試験から1か月後、ナカエイ会頭は加賀谷人志を薪問屋に呼んでいた。
カガヤは、中肉中背、黒髪こげ茶の瞳のこの国ではあまり見かけない風貌だ。
40代半ばと言っていたが30代のように見える。
カガヤの対面にナカエイ会頭、両者の横に二人の書記が座り
脇に事務局長が立っていた。
上座にナカムラヤ侯爵が座っている。
カガヤとナカムラヤ侯爵は初顔合わせだ。
木炭は「薪ギルド」の独占商品として、半年後の「薪ギルド」創設と共に
新発売されることになっている。
そのために人員と製造設備を早く揃え、販売体制を構築せねばならない。
工場を設置するにあたって、その場所を決めるのがこの会合だ。
事務局長が手際よく書類を各人に配っていった。
炭焼き窯といえば、日本では山の中に作るのが一般的だ。
運搬を考えれば、山の中で製造して出来るだけ軽くして
運ぶのが当然といえる。
だが「薪ギルド」の場合、全国に薪の輸送ネットワークが確立している。
人員の手当てのためと、当初は王都での普及を優先するために
比較的王都の近くの幹線路の貯木場から選ぶことになった。
候補は3か所、そのうち王都西の川港カハートの貯木場が選ばれた。
ここは川で材木を運び、薪にして、乾燥させる場所であり
施設がそろっている。
完成した炭は、川船でも陸路でも運ぶことが出来る。
また大きな町に隣接しており、広い面積があり、物資の調達も容易だ。
粘土は川沿いからとれるし、恒久的な窯になるので煉瓦で作ってもいい。
とりあえず、粘土窯を4基と煉瓦窯を2基、作ることになった。
薪の乾燥場の近くが望ましいが、だからといって火災の危険があるほど
近づけるわけにはいかない。
炭焼き職人のための宿舎と食堂は、貯木場の作業員の建物を流用するが
増築は必要になる。
設備や道具の調達は、早め早めに行うことになった。
質疑応答の時間に、カガヤより発言があった。
「この国では、石炭採掘と鉄の製造は国が独占していると伺いました。
木炭が、その対象になる恐れは無いでしょうか?」
「そのために、鉄鉱石からの製鉄については、販売対象から外している。
木炭の製鉄への可用性はすでに確認しているが
君もその件に関して口外しないでほしい。」
ナカエイ会頭が答えた。
----- 会議後 -----
質疑応答が終わって、それまで沈黙していたナカムラヤ侯爵が口を開いた。
「カガヤ君とか言ったかね。
君の身上書は読ませてもらったが、出身はアラニヤ地方という事で
間違いないかね?」
「はい。そうですが。」
「アラニヤの方へは一度行ったことがある。薪ギルドの仕事でね。
たしかにあちらは黒目黒髪が多い土地柄だが
君のような風貌はあまり見たことが無いのだが。」
「そうでしょうか?」
「それに君を見ていると、どこかの役所か商家に勤めていたように
みえるのだが、アラニヤ地方はいたって辺鄙なところだからね。
君みたいな男が務める場所は無いように思うんだが
どこで勤めていたか教えてくれんかね?」
「...誠にもうしわけありませんが、お答えできません。」
カガヤは、身を縮めて頭を下げた。
万一にも誤解を受けぬよう、両手は前で重ねていた。
ナカムラヤ侯爵は、カガヤがこの建物に到着した時から観察していた。
建物の玄関に入る前に外套を脱ぐ作法。
この部屋に招き入れられた時の身のこなし。
侯爵を紹介された時の礼法とセリフ。
席を勧められるまで着席しなかったこと。
茶を勧められた時の作法。
発言を求められた時、発言したい時の作法。
どれも、この国の礼儀作法とは少し違うようだ。
王侯貴族の物とも、商人などの物とも。
それでいながら、明らかに一定の法則にそった物に見えた。
そして何より、理路整然とした議論の論理の運び方は
長く事務か営業の仕事に携わっていた事を感じさせた。
「いや、すまん。あまり、気にしないでくれたまえ。
ただ、我々は時には王族などとも会談する場合もあるのだ。
いつになるかは判らんが、その時同じ質問を受けても困らないように
必ず準備しておいてくれたまえ。」
「...はい。かしこまりました。」
その日は、程なく閉会した。
----- 補足 -----
カガヤの退出後、ナカエイ会頭が口を開いた。
「...どのように、思われます?」
「どうしたもこうしたも、事前に予想した通りじゃないか。
...絶対に逃がすなよ。
おそらく最近の国王や大神官の動静とも関わっているのだろう。
王太子には、私から話を通しておくことにする。」
事態は深いところで、少しづつ進展しつつあった。




