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職安通いの日々

----- 職業安定所 -----

 街で食っていくためには職を得なければならない。

 女神様の勧めもあって、俺は職業安定所を訪れた。


 冒険者ギルドというのも有るらしいのだが、戦闘系スキルの無い俺では

 城壁の外での荒事を引き受けるのは無理があった。


 職業安定所つまり職安は、市場近くの商店街に有った。

 そこは分所で、大本の職安は官庁街の一角にあるらしい。


 官庁街の方の職安では貴族の屋敷の使用人とか、役所の事務職の仕事も

 あるそうだが、こちらは市場や商店街の仕事が中心になる。


 商店街の角に立つ開放された入り口をくぐると広い待合室になっており

 戸口近くに立っていた事務員に番号札を渡された。

 新参者は別室で面接を受けて、適性を検査されるそうだ。


 一時間近く待たされて案内された部屋には

 でっぷり太ったおばさんの事務員が待っていた。


 待合室で書かされた身上書を提出した。

 名前、身分、出身地から、職歴、身元引受人の有無まで

 詳細に記述するものだ。

 ただし、俺の書いたのには空欄が多かった。


 俺の前世から言って事務関係が望ましいのだが、

 女神に提案された

 『大陸の反対側の辺境の村から来た田舎者で、何の後ろだてもない』

 なんていう肩書では、事務仕事は期待しようがなかった。


 また、この年齢ではガチな肉体労働も難しい。

 いくつかの質疑応答の結果『専門的職業適性無し』と判断され

 軽作業の『荷担ぎ』の仕事を勧められた。


 特定の商店に所属して、市場とその商店のあいだを荷車で往復するのが

 主な仕事で、その他、求めに応じて小間使いや使い走りもあるらしい。


 学生時代に市場のアルバイトで似たことをやっていたこともあり

 なんとかこなせると判断した。


 住み込みで、三度の食事と小遣い程度の給金がでる。

 そんな程度の現金収入で年を取ったらどうなるか考えたくもないが、

 田舎を食い詰めて出てきた「おのぼりさん」など

 いくらでも代えがあるということで、まあそんなものらしい。


----- 最初の職場 -----

 最初に斡旋されたのは50室ほどある、宴会場付きの大きなホテルだった。


 運ぶ荷物はほぼすべてが『薪』だった。

 食材などは、料理長が直接買い付けて、その商店の荷担ぎがホテルに運ぶので

 俺達が運ぶ必要は無かった。


 ホテルは暖房と煮炊きに大量の燃料が必要で、裏庭の薪置き場にうず高く

 積み上げた薪の束を片端からかまどに放り込んでいた。


 それを補充するために同僚の荷担ぎが他に3人ほどおり

 ピストン輸送で市場とホテルの裏庭を往復した。


 薪を運ぶ荷車は薪束を2つ横に積めばはみ出すほど細く

 長さは5メートル程ある細長いものだった。


 大八車のような幅広の荷車を使えば、もっと効率が上がりそうなものだが

 市場やホテル横の路地をすれ違うにはこの幅が限界なようだった。


 これとよく似た荷車を築地の魚河岸で使ったことがある。

 「台車」と言ったっけ?


 また、東南アジアに旅行に行った際、これより倍以上大きいが

 似た形の荷車をオートバイに曳かせているのを見たことが有る。


 世界と洋の東西を問わず、道具というモノは似た形になるのかもしれない。


 荷車自体は重かったが車輪が大きいためかさほど苦にはならなかった。


 この仕事が最初の仕事ということもあり、俺はかなり真面目に働いたと思う。


 日の出から日没まで食事時を除いて休みなく働いた。

 市場の開場時間が、日の出から日没でなければ夜も働かされただろう。


 このホテルでの俺の立場は、調理場の最末端という事になる。

 料理長はそのてっぺんで、ホテルでは支配人に準ずる位置にいる。

 50近くの、白髪がすこし出たみるからに頑丈そうな大男で

 俺のような荷担ぎなどは声をかけられたこともない。


 しかし、1ケ月経つ頃になって、その料理長に呼ばれた。

 俺の運んでくる薪の質が低いのだという。


 ご存じだろうか?

 薪という物は完全に乾燥していなければ、煙が多く出て使い物にならない。


 そのためには、一般的に伐採してから2、3年程度

 風にさらしての乾燥が必要になる。


 もちろん、市場で売っている薪は、一様に2年かけて乾燥されたものだが

 全て同じというわけでは無い。


 料理長によると俺の運んだ薪は

 他の同僚に比べて樹皮が付いたものが多かった。

 樹皮が付いていれば、乾燥の度合いはより低くなる。


 樹皮の付かないものというのは、つまり太い丸太を割ったものということ

 になるが、薪自体は薪問屋の店員が割り当てるので俺に選択権は無い。


「そのために毎月手当を出しているんだ。ちっとは頭を使え」

 と料理長は吐き捨てた。


 つまるところ薪問屋の下っ端店員に、袖の下を渡してでも

 いい薪を選んで貰えって話。


 俺はまだ最初の賃金を貰ってないので一文無しなのだが

 それを言うと料理長は首を横に振って、俺を追い払った。


 そして翌日朝...

 俺は、本当に小遣い程度の賃金とともに、解雇された。


----- 再び職業安定所 -----

 解雇されたその日、そのまま職業安定所に向かった。


 たった1ケ月でクビになったのだ。

 次の仕事を斡旋して貰えるだろうか?


 正直ガクブルものだった。

 が、おばさん事務員は事もなげにいった


「気にしないで、アソコはいつもそうなのよ。

 若くてイキがよくて目端の利くやつを寄こせって注文だけどね。

 荷担ぎなんてしけた仕事をイイ若いモンが選ぶわきゃないのよねぇ。」


 そりゃそうだ。

 こんな未来のない仕事、若者が選ぶはずがない。


 危険でも一発逆転が狙える冒険者か、たとえ下積みが長くても

 手堅い大工なり鍛冶屋なり料理人なりに弟子入りするのを選ぶだろう。


 若さは最大の資源なのだから。


 思えば他の3人の荷担ぎも30代半ばぐらいの年だった。

 夢破れても、帰る故郷のない奴らもいるのだろう。


----- 二度目の職場 -----

 次に斡旋されたのは、商店街のはずれの小さな宿屋だった。


 小さい子を持つ若い夫婦が切り盛りする店で、1階が食堂と住宅

 2階が8室の客室になっている。


 なんでもつい先日、若いのが冒険者になると言って辞めたそうで

 なるべく長く勤められそうな人を、という募集だった。


「アソコで一月持つなら大丈夫」

 と職業安定所のおばさんは言ってくれた。


 仕事はやはり、薪の運搬が中心だ。

 だが、今回は薪と一緒に市場の商店の食品を運ぶ仕事も多い。


 小さい宿屋だから買い取る商品も少なく

 商店負担の荷担ぎを頼むわけにいかないのだろう。


 裏庭の物置兼離れが従業員の住宅になっているのだが

 今回は古いながらベッドもあって助かった。

 前のホテルでは、納屋の薪の上に薄い毛布を敷いて寝ていた。


 3度の食事は、宿屋のキッチンで主人家族とともにとる。

 客に提供した料理の残りなのだが、まともな食事はありがたかった。


 前のホテルでは毎日毎食が冷えた芋のスープと小さな黒パンで

 客に見られないよう裏庭の薪の山の陰で取らねばならなかった。

 比較にならなかった。


 身綺麗にするように言われ、井戸端で水浴びが許され、主人の古着を

 下着も含めて与えられた。

 古着とはいえきちんと洗濯がされており、陽光で干した匂いがうれしかった。


 前のホテルでは...もう、止めよう。



 前世でもそうだったのだが

 同じ職種でも職場により待遇は天と地ほどの差がある。

 それは、営業方針という物が職場によりそれぞれ異なるからだ。


 また、規模が大きければ雇用は安定するが

 だからといってそこに長居しても将来を期待できない職場もある。


 自分の将来設計と職場の待遇を天秤にかけながら

 やり直しのきく若いうちに望ましい職場に落ち着くのが大事だ。


 もちろん、新卒より中途は条件が悪くなるので

 最初の転職は慎重になるのは仕方ないが。


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