ピンクの小人(7)
「なによ、こんなとこに呼び出して。」
ここは小人の世界にあるあかの家。数日前あったことを考えると小人の世界にはもう二度と行かないと思ってたのに、あかがここに来るように手紙を寄越すもんだから……。
少し怒気のはらんだ声で目の前に座るあかへと問いかけた。
ちなみに、何故か元気になったみどりがあかの部屋で、きーと一緒に走り回ってるのが、更に私のイラつきを増幅させる。
「実は、美喜さんのことで話があるんだ。」
「美喜のこと?」
私に視線を合わせずにあかは話を切り出した。
そういえばこの間ゆうとさんとあかがやってきた時、私は途中から病室の外に居たからあかとゆうとさんが美喜と何を話してたのか知らないんだった。
あの時、あかがなんだか凄く気落ちして帰って行ったような気がするんだけど。
「うん。ももはさ、美喜さんの病気がなんだかちゃんと知ってる?」
「え?目が見えないんでしょ?」
私の答えに、あかは一瞬動きを止めた。私は訝しげに彼を見る。
「……もも。みどりもこの通り元気だ。記憶も一日分のご飯の記憶が飛んでるくらいだし、まったくもって支障はない。」
真剣に言ってはいるけど、一日分のご飯分の記憶って……。まぁ、重症じゃなかったなら良かったけど。うん、安堵した。
けど、あかはいったい何がいいたいの?みどりが元気でちょっとどうでもいい記憶を失くしてたことがわかったって、私の立場や状況は何一つ変わらないのに。
「だから、もも。君は小人の世界に君はまだ居れるんだ。お願いだからここに居てくれ。」
あかは手をぎゅっと握り締めて搾り出すように私に訴えかけてきた。ここまで必死なあかは見たことがなかった。だけど
「い・や。私は美喜といるって決めたのっ!」
「……美喜さんに、ももはどんな魔法をかけようとしてるんだ?」
私の完全な拒否に、あかは違う話題を持ち出してくる。ここにいる以上、あかの質問に答えるしかなかった。何を言われるかと思うと心臓がどきどきして逃げ出してしまいたくなるけれど、みどりの時に逃げた傷がうずいて私はこの場を立ち去れなかった。
「そ、そりゃあ目が見えるように。」
「どうやって?」
「うっ……。」
あかはため息をついた。そりゃあ私だって考えてなかったけどさ。誰かそういう回復の魔法が使える小人だっているんじゃないかな。とか思ってたりしたわけで。考えが甘かったかしら?
「あのね、もも。確かにそういうことできる小人はいるよ?傷の治癒ができる小人が。」
「じゃあ!」
私は嬉々として身を乗り出した。そこへひょっこり顔を出してきたのは緑の帽子と服に悪戯じみた目のみどり。
私はびっくりして思わず身を引いた。
「ももは知らなかっただろうけど、みどりが修復の魔法を得意とする小人なんだ。」
「えー!?」
ガーン。どうしよう。私ったら知りもせずにみどりにあんなこと……。
ちらりとみどりを見る。みどりはにんまりと意地の悪い笑みを浮かべていた。あぁ……絶対協力なんかしてくれないわよね。そうよね。もし、私がみどりの立場なら絶対しないわよ。
あぁ、もう。どうしよーっ!
「そんな顔すんなよ。協力してやっからよー、ありがたく思え!」
しかし、私の不安はどこへやら、なぜかみどりは明るく協力を申し出てきてくれた。あまりに信じられない言動に、私を口を開けてみどりを見てしまう。
だって、あのみどりがっ!あの意地悪なみどりがっ!!
「僕がお願いしたんだ。」
あかが多少ぎこちない笑みを零す。なるほど、みどりはあかのことを旦那と呼んで慕っている。だから、あかの言うことならほとんど言うことをきくものね。
でも、なんだか私の心に引っかかる物があった。あかもみどりもこんなに優しいというのに、なぜ私はこの二人を疑ってしまうのか。わからない。
「だけどね、もも。みどりが協力するには一つの条件があるんだ。」
「条件?」
あかの真剣な表情にどきっと胸が大きな音を立てた。不安がぐっと押し寄せる。
あかは一瞬目を泳がせ戸惑ったような表情を浮かべる。しかし、すぐに目を吊り上げ顔を引き締めると、まっすぐに私を見つめた。
「美喜さんの目が見えるようになったら。小人の世界に戻ってきてくること。そして、絶対に美喜さんには二度と……二度と会わないこと。」
「な、なんで!?なんでそんなこと言うの!!?」
私はあかの言葉に、思わず彼に食ってかかってしまった。彼の肩を掴み、揺さぶり、大声を張り上げる。頬へは暖かい液体が流れ落ちる。
あかは私から目を逸らして下唇を噛み締めた。何としても譲らない気だ。
嫌だ。そんなの嫌だ。せっかく美喜が目が見えるようになるのに、なぜ私は美喜と会っちゃいけないの?なんであかはそんなに酷いことを言うの?
「なんで?なんでなのよ?ねぇ、あかっ!答えてよっ!!」
顔を落として未だに唇を噛み黙り込んでるあかに、私は悲鳴に近い声をあげた。目からは止まらない涙の滝が地面へと水溜りを作っていく。
「……言えない。」
あかは、私を見ずにそう答えた。私は、キッとみどりへ顔を向ける。
「みどり、あんた知ってるんでしょ!?教えなさいよっ!」
「あぁ?そりゃあ旦那のふかーい同情だろ。何も知らないお嬢様のももを旦那が気遣ってるってぇのに、俺が言ってどうすんだよ。」
興奮して怒鳴り口調になっている私を煽るように、みどりは鼻を鳴らした。
む・か・つ・くっ!!キーっ!もう、どうして二人して教えてくれないわけ!?
「ももぉ。落ち着いてぇ。美喜さんはぁ」
「てめ、きー!美喜さんが心臓の病患ってるとか言うんじゃねぇぞ!?」
「…………。」
きーが間延びして私に近寄ってきた瞬間、慌てたようにみどりが歯止めをかけた。みどりの言葉に辺りが静まり返る。
みどりは慌てて口を押さえるけど、もう遅い。
「美喜が……心臓の病気?それって……治らないの?」
声が震えて、上手く次の言葉が出てこない。心臓の病気。よくわからないけど、命の危険があるのくらい、私にだってわかる。
「治らない。余命がもうないんだ。みどりの力で奇跡を起こせるのは、命に関係のないレベルまで。みどりでは、決して直すことができない。」
あかが、仕方なさげに私に言った。私がこうなることを、あかは予想していたに違いない。
冷たくなって震える手、次から次に溢れてくる涙。気力を失って気絶しそうなほど目眩がする。
「じゃ、じゃあ。くろは?くろなら時間が戻せるじゃない。その病気にかかる前に時間を戻せばっ!」
「駄目だ。時間を戻したところで、どちらにしろ病気は発病する。死ぬのが遅くなるだけ。しかも、くろだって何年も時を戻せるわけじゃない。長くて一年。短くて一日しか無理だよ。」
必死にあかに何か方法がないかと、訴えるが、あかは視線を落として返答する。
知ってた。あかが最初に言ってたことで、何も方法がないのだと。だからこそ、私に言わまいとしていたのだと。知ってた。けどっ……。
「な、ならあの木は?シンデレラの木は?」
「無理。命に関わることはいっさい不可能。無理なんだよ、もも。彼女の死は運命なんだ。避けることは決して出来ない。」
あかの言葉が右の耳から入って左の耳から抜けていく。
無理なんだ。無理。絶望感だけが残った。私が彼女にかけようとしていた魔法。それは何もかも無意味にすぎない。見えるようになっても、彼女は死んでしまうのだから。
「だからもも。約束して。美喜さんの目が見えるようになったら、小人の世界に戻ってきて、絶対に美喜さんには二度と会わないって。」
「……。」
あかが優しくでも悲しそうに笑いながら私に手を差し伸べた。私は、あかの手をしばらく眺めていた。
「ね?」
あかが私を促す。
私は、あかの手をとった。
「もも。」
嬉しそうに、あかが声をあげる。が、私はみどりの腕も引っつかんだ。
「あか、みどり、私につきあって!!」
そういうが、返答を待たずに、私はきーに目配せをして走った。あかとみどりが私に引きずられる。
もちろん、私一人では二人を引きずることをしたって運べないけど、きーが魔法で手助けをしてくれるから連れて行くことができた。




