ピンクの小人(6)
次の日、流石に私は驚いた。
はなさんが友達をたくさん連れてきたのだ。流石にびっくりして、美喜のベットの上で仁王立ちをしたまま固まって動けなかった。
どうしたの?なんで動かないの?と美喜もはなさんも含めてみんながそれぞれ口にする。
私は目だけで辺りを一週見回した。
顔、顔、顔、顔、顔、顔……。ぐ、めまいがするわ。自分より大きな顔に囲まれているのは正直怖いものがある。しかも、その目は好奇心でギラギラに光ってて、思わず目を逸らしたくなるものばかりだった。
「どうしたの……?もも?」
美喜が心配そうに私の頭を撫でた。それに少し緊張も和らいだのか、ほっとする。
いよっし、話してみようかな。
そう思って私は口を開いた。
「お邪魔します。美喜さんですよね?」
聞いたことある声が顔だらけの後ろから割って入った。声に私は視線を投げる。
たくさんある顔の一個上に飛び出ている顔、それは私が知っている人だった。他の顔よりもずいぶん大人びているその人は、あかの見える人のゆうとさん。彼に似合わない笑みを浮かべて美喜に話しかけている。
「なにぃ?この人?」
周りに居た子供達が口々に疑問を口にする。それもそのはずだ、彼を知っているのは多分私ぐらいなはずだから。
「いやぁ、おれ……いや、私はマジシャンだよ。今そこにある小人の人形を消して見せよう。それ!」
いつもと違ったというより無理をしているゆうとさんが、頬を引きつらせながら笑顔で言った。かと思うと、私の目の前にあかが飛び降りてきて、私の口を手で押さえてしまう。口に人差し指を当てしーっと合図する。
私には何が何だか分からずに目を白黒させていた。
「うわぁ!すっごい!本当に消えた!」
え?消えた?
周りに居た子供達が大声を上げて辺りをキョロキョロしている。私はさっきの場所から一歩も動いていないのに、そこには何もないというように彼等の目は私をスルーしていく。
「……もも、もうちょっと静かにしてて。」
あかが私の口を手で押さえたままそう言った。声を出そうにも出せない状況なんですけど……。まぁ、文句はおいといて、子供達が凄いと言いながらゆうとさんに群がっているのを目で追った。
美喜が戸惑って彼を見ているのが視界に入ったとき、ズキンと胸が痛む。だから、私はあかの手を引き離そうと必死にもがく。
あかはそれに気付いて慌てて地面を蹴った。いきなり蹴ったもんだから、私ともどもバランスを崩して、私は頭から後ろへ勢いよく倒れこんだ。そのまま視界がよくわからない間に過ぎ去っていく。どうやら私は勢い余ってベットの上をあかと一緒に転がっているようだ。
ドテっという音を耳が捕らえ、顔へ衝撃を受ける。
「いったー……。」
すぐさま起き上がって私は顔を押さえた。きっとところどころ赤くなっているに違いない。青たんにならないといいんだけどな。
「たた。無茶するなよな、もも。」
手に暖かさを覚えて隣を見ると、あかが片方の手で頭を押さえもう片方の手で私の手を握っていた。反射的に手を引っ込めてしまいそうになったが、あかがぎゅっと私の手を握ってそれを許さない。彼にしては真剣な表情が私の顔の前に近づいてくる。
「もも。お前、何やってんのかわかってんのか?」
いつもより低い声は、彼がどんんだけ私に対して怒っているのかを伝えてくれた。ひどく怒っている。痛い視線に耐え切れなくなって私は視線を落とした。
「流石に今回はやりすぎだ。お前は人間のことも小人のことも、何一つわかっちゃいないっ。」
「な、なによっ。その言い方!?」
あかの言葉に、心臓が強くなって思わず言い返してしまった。むかむかとする胃の中で、緊張だけが私を支配する。今度は彼の口から何が飛び出してくるのか?さっきよりも痛い言葉だったら?私が間違ってるって言われたら?
私はあかに繋がれている手じゃない方を胸の前におき、ぎゅっと握り締めた。
「……小人は人間に殺されるんだ。あえていうなら人間にだけ小人を殺すことができる。名前を呼ばれたら死ぬって知ってるだろ?お前はその可能性をぐっと上げてるんだよっ。なんで小人が人間に見えないと思ってる?人間が天敵だからだよ。それすらお前は知らないのか?」
だんだんと荒くなる彼の口調。正直、怖いと思った。こんなにも怒っているあかを、私は見たことがない。
でも、人間が天敵って?いったいどういうことなの?
「知らない……んだな。」
私の顔があまりにも不思議そうな顔をしていたのだろう、あかはため息をついて私から視線を外した。呆れられた。そう感じた。
「別に小人だけの天敵ってわけじゃない。この人間の世界にいる間は、僕達も人間のルールに従わなきゃいけない。っていうだけだ。この世界にいる限り、僕等は人間には勝てはしない。それが天敵という言葉を使った意味だよ。でもね、もも。君はあの子の願い事を叶えたかっただけなのかもしれない。けれど、それによって生じてくることを、君がまったく予想できていないことに問題があるんだよ。」
私の目から溢れる涙を少しづつ拭いながら、彼は優しく言った。まるで子供をあやすかのように。あの子と言われて私は美喜を見た。きょろきょろと辺りを見回している彼女。
私が黙って彼女を見ていると、彼はなおも続けた。
「言っておくけど、小人は人間の世界では珍しい生き物だ。そんな生き物が見える物として世間に知られてしまえば、君は二度とあの子とは会えなくなるんだぞ?きっと何か箱にでも入れられて、一生その中だ。」
「に、逃げ出せばいいじゃないっ。」
「逃げ出す?小人の世界への入り口は自由に開くことは到底出来ないし、もも。君がみどりにやったこと、あれで完璧に君は小人を味方じゃなくしたんだぞ!?」
優しく言ってくれていたあかに、私は甘えていたのかもしれない。ふいっと顔を逸らして呟いた言葉に、彼は大声で怒鳴った。美喜がそれにこちらに目をやった。美喜には聞こえている。あかの声も、私の声も。
見える小人が他の小人と話しをすれば、その他の小人も見える人に見えてしまうのだから。
「もも。みどりがどうなったか……話しておく。奴は今、熱を出して床に伏せてる。きーが看病してるけど、多分その熱が下がれば、みどりは記憶をなくしてしまっているはず。全部。忘れるときの副作用で今熱を出しているんだ。」
あぁ、そうだ。私がしたことはそういうことだった。わかっていた。そうなる可能性も理解していた。それでも、美喜との約束を私を守りたかった。後悔なんてしないと思ってた。
それなのに、この溢れ出る涙はなんだろう?胸につっかえる、この痛さはなんだろう?
私は大声を上げて泣きたかった。知られてしまった。多分、美喜に知られてしまった。私がどうやって見えるようになったのか。悪いことをしていることを。
「……もも、あの薬を僕に渡してくれ。それを木に返せば、みどりも記憶を取り戻すから。」
「だ、駄目……使っちゃった。使っちゃったの。みどりは全部の記憶取り戻せないっ。」
あかが優しく私の頭を撫でてくれたのが暖かさでわかる。けど、その温もりは私の傷口にしみた。涙が止まらない。止められない。
ごめんなさい。みどり。ほんの少しだと思ったの。大丈夫だと思ったの。
「大丈夫、使ったのは一粒だろ?それなら戻せば多少で済むさ。ほら、もも。出して?」
「……ねぇ、あか。この薬戻したら……私、また見えなくなる?ねぇ、見えなくなっちゃうの?」
薬をポケットから取り出して、胸の前で握り締めた。これを返さないとみどりの記憶は戻らない。けど、これを返してしまったら、話はまた人間に見えなくなってしまうの?
「……残念だけど、もも。一度薬を使ってしまった君は、二度と人間から見えなくならない。僕ら見えない小人が君に触れていない限り。」
首を横に振って、あかは顔を落としてそういった。やるせない。そういう雰囲気があかから出ているけど、私にしてみればそれは嬉しいことだった。思わず顔が緩んで笑みがこぼれてしまう。
「良かった……。」
「よくないよ、もも。人間に見えるようになった小人が、小人の世界に居られると思う?掟破りを君はしたんだよ?」
私から薬を受け取りながら、あかは私にきつい口調で問い詰めた。けれど、私は何故かあかにそういわれても良いと思ってた。別に、小人の世界で暮らさなくても、良いと思ってた。
「いいよ。私は美喜と一緒にいるから。」
「ばっ!何を言ってるんだ!?」
あかは慌てた様子で私の肩に両の手を置き、私を強く揺さぶった。けれど、私の気持ちは変わらない。あかはこうやって私に会いに来てくれる。別に小人の世界に未練はない。
「あかだって、ゆうとさんのところにずっといるじゃない?」
「……いつかは、人間は死ぬぞ?」
あかが真剣に言った。そんなこと知ってる。けど、彼は私のことを心配してるんだと思う。あかは多分、ゆうとさんが亡くなったら泣くかもしれない。だけど、彼は強いから、乗り越えてしまうと思う。
でも、あかは知ってる。
私が弱いことを。
だからね、私は決めてあるの。
一つのことを。
「その時は美喜に殺してもらうわ。」
冷えた口調が自分の口から出て、びっくりした。まるで自分でないような冷たい声に、あかは目を見開いて私を凝視している。
「美喜に、本当の名前を教えて殺してもらうわ。」
私は冷たい口調のまま、あかに笑んだ。
小人は本当の名前を言われると、死んでしまう。それ以外に死ぬ方法はないと言ってもいいかしら。
「ま、待てよっ!」
あかはどうしていいのかわからないでいるのだろう。それ以上台詞を続けることはできなかった。
でも大丈夫。あかには私がいなくたって、ゆうとさんやみどりや、きー。他にもたくさんの小人が回りにいるもの。
きっと、私がいなくなっても寂しくなんてないわ。
きっと、乗り越えてしまうわ。
「あか、ごめんね?」
私はそう一言あかに告げた。あかは何も言わずに私を見てから顔を落とした。
あかは知っている。私が一度決めたことを変えられるほど柔軟ではないことを。だから、これでいい。
私は、踵を返して表へと出た。
今は……あかの顔も、ゆうとさんの顔も、美喜の顔でさえ見たくない。誰にも会いたくない。話したくない。誰の顔も見たくない。
よくわからない感情。後悔も少しあるのかもしれない。でも、もう後戻りできないから、それを見たくないんだと思う。何も考えたくなかった。
私は、病室のドアの前によりかかり、ただぼーっと立っていた。




