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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
Intermission 3
99/103

『ネバー・ギブ・アップ、そこに愛ある限り』

 いくらレイジュウジャーたちがこの世界に馴染んできたとは言え、やはり、こうしてファンロンに戻ると無意識に緊張の張り通しであったことがわかる。そして同時に、直面していることの重大性が異世界と言う特殊なフィルター抜きで感じ取られ、彼らは別の意味合いで心が締め付けられた。

 何かを話し合う時、いつも集まる艦長室兼会議室兼談話室の空気は決して明るいものではなかったのは、無理もない。たった一人、キリルの存在がいないだけで、そこは味気ない場所になり、しおれたままの花が花瓶にさされっぱなしにされたような衰退感が漂っていた。その証拠に、大牙が何も食べずに椅子に腰かけ、両脚をテーブルの端に引っ掛けて椅子をゆらゆらとさせ続けていた。

 ついに、このような鬱々とした沈黙に耐え切れなくなったように、朱音が言った。

「で、あたしたちはどうしたらいいの? 何ができるの? ボスをのっとったあいつらがどこかで悪さをするのを駆けずり回って探すしかないの?」

「正直、俺には何にも思いつかねえ。ファンロンからのスキャンもできねえんだろ?」

 と大牙がどこか投げやりに言ったのを、他の三人は「いつも作戦をたてるようなことをしないくせに」と同じようなことを感じながら、玄人が応えた。

「さっき、ジルコンとヴィッキーが言ったとおり、スキャンをするには遮蔽を解かんとならん。一瞬ですむような座標なら問題はないが、ボスをのっとった奴は時空を飛び越えられる。加えて悪いことに、シャッテンという種族は地上に出られんつう縛りがある。この世界が多次元構造でなりたっていることは実体験しとる。いくつもの亜空間を超えてのスキャニングは今のファンロンの状況からすると、できん。遮蔽を長時間解除することはできんけえな。この世界の人々にわしらの異質性で余計に驚かせるのは、よくないと思うからじゃ」

「じゃ、どうやってボスを見つけるってんだよ。俺はじっと相手が出てくるのを待つなんていうのはまっぴらだ」

 大牙らしいまっすぐで単純な意見に、似たもの同士でありながらも、少し方向性の違う朱音が言い返した。

「あんたの気持ちもわかるけど、あたしたちがボスを取り戻そうとしてることは、相手の強みにもなるんじゃない? あたしたちはボスを探さざるを得ないんだから、向こうがあたしたちに網を張ることは簡単だと思うの。ボスをのっとった奴は自分の身体の自由を得たのと一緒に、あたしたちを釣り出す餌を手に入れたのよ」

「…昔、ハンターが木に子羊をつないでおいて、自分は木の上で獲物が誘い出されるのを待ったそうだ。タイガ、昔の虎狩りはそんなふうにやっていたって聞いたことがある。お前は虎の敷き皮になりたいか?」

 龍児がなんとなくとげとげしく言った。大牙はむすっと顔をしかめ、椅子をゆらゆらとし続けた。

 その空気の悪さに、玄人がけりをつけるように言った。

「ろくなデータがない状態で考えを巡らせるんは、いろんな面でマイナスになる。ここ最近立て続けに事件に巻き込まれて、ゆっくり休むこともできんかったじゃろ。それに、データを解析したりするのは、ジルコンたちコンピュータの方がずっと優秀じゃ。タイガ、はやる気持ちはようわかるが、ボスがいなくなった今、わしらはより結束を強くせんといかん。単独行動は禁物じゃ」

 大牙はむっつりとした表情で聞いていたが、不意に思い出したように言った。

「ちょっとリナの村まで行ってくる。あのパリスってやつのこと、話しておかないと…」

 彼にしては悄然とした眼差しになったが、彼はすっくと立ちあがった。

「大丈夫、ちゃんと戻るから。俺だって何が不利になるかくらいの判断はできる」

「信じてるとも。それに、そうやって気遣う心も持っていることもじゃ」

 と玄人が言うと、大牙はその場から立ち去った。

 すると、朱音も立ち上がり、

「あたしもグレイウォールの盗賊ギルドの〈夜兎〉さんに話をしてこようと思ってたの。もちろん、イーディアス隊長にも。あの人たちにはほんと、助けられたもの」

 そうして朱音も行ってしまい、残された玄人と龍児は沈黙の中にしばらくいた。

 唐突に、玄人が言った。

「わしがその場にいたわけじゃないけえ、お前が感じたことをわかることはできんがな、お前がなにかしらの矛盾に突き当たっとるんは、想像できる。お前は四角四面に物事に決着をつけたがるけえな」

 どういうわけか、玄人にはどんな言いつくろいも効かない気がし、龍児は小さくため息をついてから応えた。

「僕たちがこの世界に飛ばされてから、色々なことが起きた……平和を乱すものをただすのは僕たちの使命だし、霊獣の加護がある限り、それは義務なんだ……最初は気にならなかった……だけど、今はボスが連れ去られて、むしろ僕たちがこの世界に危険な種を蒔いてしまうことになった……僕たちは出過ぎたことをしたのか? それに、不正義を糾弾すべき僕たちには何もできずに、全く無関係なひとたちを殉じさせてしまった……これで僕たちは正義の使者と言えるのか? 僕たちの到来はこの世界のバランスを崩す余計者だったのではないか?」

 玄人は、固く組み合わせた手をテーブルの上に置き、背中を丸めて座り、すっかり消沈している龍児の隣に腰かけて言った。

「お前は完璧を求めすぎるんが欠点じゃな。物事はそうそう方程式みたいに一つしか答えがあるようなもんやない。わしらが来たことで、確かに何かの歯車が回り始めたのはわかるがの。じゃが、それがネガティヴな変数だとは限らん。この世界はいろんなことが相対しとる。わしらの感覚からすれば、五行相剋と五行相生の力関係がそのまんま反映される世界じゃ。良くも悪くもどんなことも起きる可能性は数知れん。そのことで頭を悩ませるんは、全くの無駄と思うがのう。それとも、何か名案が浮かんだんか?」

 龍児はちらりと眼鏡の端から玄人を見やり、苦く唇を曲げた。

「なにも。そのことが僕を苛立たせる。何かできるはずなのに、できるべきなのに、しなければならないのに、できることと言えば、こうしていらいらと思考を空転させるだけだ」

 そして彼は玄人の間延びした表情に乏しい四角い顔を見直し、

「どうしてお前はそうやって冷静でいられるんだ? ここに落とされてからというもの、僕は毎晩、似たような悪夢を見る……足の下の地面がなくなって、永遠に落下し続ける……僕はあがくが、全く効果はない……そして強烈な自由落下の悪寒で僕は目覚める……そして一瞬だけ、すべては僕の夢の中のことだったんじゃないかと期待するが、目の前にはこの世界が広がっているんだ……ここが不快だというわけじゃないし、とりたてて地球が恋しいわけでもない……けれど、このままこの星の呪縛から逃れられないと思うと、すごく不安になる……」

 玄人は、激しい闘志と傷つきやすい感受性をあわせもった友に応えた。

「わしは田舎で畑仕事やらなんやらを手伝ってたけえな、気が長いんじゃろうな。それに、自然つうもんは、どんなに科学が進んでも、完全に自由に操ることはできん。気候制御システムは宇宙コロニーならうまく機能するが、地球ではどういうわけかうまく機能せん。わしが覚えとる限り、何回かあちこちで異常な天災が起きたんは、気候制御システムを機能させようとして失敗したからじゃ。つまり、ひとの考え及ばないなにかが必ずあるっつうことなんじゃよ。それを踏まえれば、自然と平穏な日々が巡ってくるし、変わり映えのない毎日の中にちょっとした幸せを見つけられるようになる。極端なことを言えば、宇宙時代になったことで失われたものはたくさんある気がするのう。まあ、わしらもその宇宙時代の寵児みたいなもんじゃけえ、大きなことは言えんがの」

 龍児が黙っているので、玄人はその彼の腕をとって立ち上がり、なんの底意もない口調で提案した。

「アカネとタイガはしばらく戻らんじゃろ。もし、『世界樹(ワームホール)』が機能することがあった時、わしらの専用機も万全にしておきたいけえ、どうじゃ、ちと青龍王の修理でもせんかの? まだ終わっとらんのじゃろ?」

 龍児の心の中で感情の綾が巡り巡ったが、玄人から発せられる穏やかな雰囲気は、彼のこまごまと考え込んでしまう頭の中に蓄積している不活性な重しを取り去るように思われた。

「そうだな、あまりここに長居することはできないし、時間は有効に使おう」

 立ち上がって応えた龍児に、玄人は大きな笑顔を投げ、うなづいた。

「タイガもいないし、とっておきのスイーツでも食べながら、のんびりとりかかろう。やつがいると、どんなに極上のスイーツでも駄菓子みたいに食われるけえ、プログラムした甲斐がないからのう」

 これを聞き、もともと尖った顔つきをしているところへ、心痛のせいでさらに陰りを上塗りさせていた龍児の目元がうっすらと笑んだ。

「へえ、それは楽しみだな。お前の味覚のセンスは一級品だから」

 二人はそろって艦長室を出ると、年相応の他愛のなさであれこれスイーツ談義をしながら、彼らの専用機の格納庫へと向かったのだった。もちろん、危機はむしろ肥大化していることは忘れてはいない。しかし、その危機感に思考をミスディレクションされないよう、平常心を保つため、玄人は龍児の危うい精神状態を引っ張り上げたことは、玄人本人にも無意識のことだったようである。


*****


 朱音はグレイウォールの衛士隊の兵舎から出ると、あれほど分厚く低く垂れこめていた雪雲が薄れていることに安堵感を強めたように、大きく深呼吸をした。雪はまだちらついていたが、それから攻撃的なものは感じ取れなかった。それを証明するように、それまでにどっさりと降り積もった雪が通りの端にかかれて山積みになっているところで、子供たちが純真に雪遊びをしていた。

 イーディアスは寛容な人物だった。グレイウォールの聖アウロラ教団の長がカーマインで不可思議な死に遭ったことを聞き及び、同時に、この聖人を崇めるものたちの全てが狂信的な信条をもっていないことを確認すると、慎重に聴取を行い、過度な行動に出る可能性のあるものたちを街から追放処分にしただけで、その他の教団の裏の顔に無関係のものたちはそのままにしたのである。聖人を祀る教会の存在自体は決して悪ではないのだし、街人たちの心の慰安にもなっているものを壊してしまうことはたやすいが、そうすることで失われるのは物質的なものより、人々が持つ無形で様々な感情的なものの方が大きく、重大であると考えたからだ。

 朱音は、その生まれ育ちのせいで、権力側に対する根深い不信感を持っていたが、イーディアスのした後始末のつけ方をとても気に入った。

 えっと、なんていうんだっけ……あ、そうそう、「罪を憎んで人憎まず」だっけか。やっぱりいい人だわ、隊長さんて。

 彼女はもう一つの目的地に向かってグレイウォールの通りを歩きながら、住人たちが普段の生活を取り戻しているのを眺め、心が和んだ。

 普通のこと。そうね、あたしが一番欲しかったのはたぶんそのことなんだわ。

 この世に産まれた瞬間からあたしは普通じゃなかった。そのことで恨んだこともあったけれど、ここにあたしがいる限り、その事実は変えられない。最初からひん曲がった道を進むしかなかったけど、そんな中でも、こうやって誰かが普通の毎日を送ってるのを見るのが好きだった。もちろん、あたしが実際に見たのは、歓楽街の夜の街の中でだけれど。あんなところでも、人間として本能的に湧き出すものが確かにあったわ。それは、収容施設では絶対に見られない。だからあたしは夜な夜な抜け出してはいかがわしい街をさまよっていたのよ。あそこには人間臭さがあった。虐げられ、蔑まされるような人たちばかりだったけれど、施設の連中なんかよりずっと人間としての感覚を残していたわ。

 でも、結局あたしはもっと普通じゃないところに自分をおいてしまったわ。

 ひょっとして、あたしはレンジャーになったことを後悔してるの?

 朱音は一人、きっぱりと首を振った。

 このあたしが「後悔」なんて。振り返るものなんてないのに。

 でも…。

 彼女にしては煮え切らない思いを抱えた状態で、ある一軒の店の前に到着していた。

 洒落た石造りの建物の窓には、どれもふわふわとしたカーテンがかかり、入り口の前の数段のステップの真鍮の手すりは冬空にも負けないくらいぴかぴかに磨かれている。入り口の両開きの扉にも大きなガラスがはめ込まれてていて、透けるほど薄いシェードがひだを作って垂れていた。そしてその扉の取っ手もぴかぴかだった。

 彼女がそこを開けようと手を伸ばした時、思いがけず、内側から扉が開かれ、そこに彼女が会おうとしていた人物が妙にしなを作って立っていた。

《アナタがグレイウォールに来たことはとっくに知ってたんだけれど、きっとアナタの方から来てくれると思って、待っていたのよ》

 と、表向きはドレスメーカーの店主ライオット・アタートン、しかしその真の姿はグレイウォールの盗賊ギルド長〈夜兎〉は、朱音を招き入れながら言った。

 朱音は、地球にいた頃もあまりファッションには関心がなかったので、華美な装飾品や調度品、それから溢れかえる花々と贅沢な匂いに満ちた店内を珍しげに眺めながら、応えた。

《たぶんもう知ってるとは思ったけれど、あたしの口からお礼を言いたかったの》

 〈夜兎〉は朱音を店の最上級の顧客しか通さない奥まった広間に連れて行くと、どっしりとしたカーテンを閉じ、彼女をそこの端にある白い脚をし、深紅の布にぱんぱんに綿を詰められた長椅子に座るよう勧めた。

 てっきりギルドの隠し部屋に連れていかれると思っていた朱音は、〈夜兎〉の思惑を図れず、ぽかんとした。

 すると、〈夜兎〉は表の顔の方も手際がいいことを示すように、綺麗な顔をした店員らしい女性がタイミングよく銀のトレイにカップとポットを乗せて運んできたのを長椅子の脇の卓に置いていくのを見送ってから、ようやく言った。

《そんな他人行儀はやめてちょうだい。アナタは〈銀狐〉のお墨付きだし、アタシもアナタの心意気に参った部類なんだもの。それに、盗賊ギルドにつながるものは、みんな一蓮托生。アナタは身内にみたいなものよ。ミルクと砂糖は?》

 と、〈夜兎〉はカップ&ソーサーを手に、朱音に尋ねた。彼女はまだなんとなく居心地が悪いような気分がしていたが、応えた。

《少し甘めがいいわ。ミルクも》

 〈夜兎〉は小さなポットからミルクを足し、角砂糖を三つばかり入れると、朱音に手渡し、自分は何も入れずにカップに口をつけながら言った。

《〈銀狐〉からの報せではなんだか難しいことが起きたみたいね。それに、アナタのお仲間が危ないことになってしまったことも》

 朱音はそのことを聞くと、甘ったるいはずのミルクティの味が一気に無味乾燥になった気がしたが、現実からは逃げるわけにはいかなかった。

 彼女は紅茶のような飲み物の入ったカップを長椅子の幅広のひじ掛けの上に置くと、ややしゅんとなった。

《そうなの。だからあたしたち、すごく気落ちしてるのよ。その人は、あたしたちをしっかりと繋ぎ止める中心みたいな人なの。こんなこと、初めてなの。どうやって助けたらいいかもわかんないし、第一に、その人の安全が確保されてるかもわかんないの……これまで、たくさん危険な目には会ってきたけれど、こんなに混乱したことはなかったわ。それはその人がいたからよ。でも、今は…》

《その人のことは〈銀狐〉から少し聞いてるわ。とても不思議なひとのようね。なんとなくわかるわ。アナタたちにとって、その人はアナタたちをつなぐ強いリングなのね。でも、アナタたちにはもう一つのリングが残っているわ。失意は時間が癒すし、時間が経つごとに、それは決意に変わるものよ。アナタならわかると思うわ》

 朱音は、混じりけのないブロンドの髪を凝ったウェーブをさせて撫でつけている伊達男を見やり、まだあまり気迫を取り戻せていない様子ではあったが、第三者からの励ましに背中を押されたように唇を引き結んで言った。

《うん、わかるわ。あたし、くよくよするのは嫌いだし、たとえしたとしても、長続きしないのよ。元から考えるのにむいた頭をしてないのね》

 〈夜兎〉はカップを傾けた向こう側から納得したような眼差しを投げ、

《盗賊にとってもくよくよすることは自分の命を危険にさらすことにつながるわ。だから、アタシ、ちょっとしたサプライズを考えていたのよ》

《サプライズ?》

 と問い返した朱音に、〈夜兎〉はパンパン、と手を叩いた。すると、その広間の横手にあったカーテンが開き、そこからスタイル抜群のモデルがしとやかに歩いてきたのである。そのモデルが着ているドレスに、お洒落に無関心な朱音でも目をひかれた。

 全体的にはシンプルなドレスである。白地のサテンの襟ぐりは広すぎずゆったりと鎖骨の辺りで柔らかなドレープになって垂れ、身体にフィットしたラインのまま、フルレングスの足元にかけてわずかに広がりを見せている。袖はとても長く、ほとんど円形に広がって指先まですっぽりと覆っていた。

 しかし、その背中にごく薄い布地でひらめくケープのようなものと、後方の床に流れる裾の端には、目も覚めるような赤色の模様がごく細い糸で刺しゅうされていた。まるでそれはクジャクかなにかのような羽根を連想させた。

 朱音はどういうことなのかわからず、きょとんとして〈夜兎〉を見て言った。

《綺麗なドレスだけど……》

 〈夜兎〉はモデルに手で指示し、ドレスがよく見えるようにターンさせながら応えた。

《盗賊なんて稼業に手を染めてるアタシだけど、たまには息抜きをしたくなるのよ。それに、アナタには世話になったわけだし、アタシの創造意欲が抑えきれなくてね。その服、まあ確かに動きやすいんでしょうけど、どうにもアタシの審美眼からすると我慢できない代物なのよ。女の子ならたまにはお洒落もしなくちゃ。それで、作ったわけなの。興味がないって顔をしてもだめよ。アナタにはこういうドレスを着て見せたいひとがいることはわかっているんだから。あら、否定しても無駄よ。アタシは毎日ドレスを仕立てに来るたくさんの女性たちを見ているんだもの、女性心理を掴めなくちゃ商売にならないわ》

 強気でさばさばとした態度を常とする朱音の顔にみるみる羞恥の朱が差し、長椅子に腰かける彼女が一回り小さくなったようにもじもじとなった。

 〈夜兎〉はそんな彼女を励ましているのか、批判しているのかよくわからない物腰で言った。

《ギルド内でもたまに恋愛感情に発展するカップルが現れるけれど、なかなか難しいのよね。盗賊ギルドの掟は厳しいものだし、かと言って、完全に恋愛を禁止することはどだい、無理な話。アナタが二の足を踏んでるのはわかるわ。でも、今しかできないこともある。ひとを愛するって言うことは、それだけ愛される可能性があるってことなのよね。もちろん、今でなくても恋愛はできるかもしれない。だけど、「今」とは全然違った恋愛の形に変質してしまう。その「今」の形をイメージしたのが、このドレス。正義の純白と情熱の深紅。アナタらしいでしょ》

 朱音はいつもの威勢のよさはどこへやら、すっかり委縮した様子で小さく言った。

《だめよ、あたしなんか……ただでさえ鈍感だし、彼にはもっと大切なものがあるのよ》

《じゃ、アナタは諦めきれるの?》

《………ううん、できないと思うわ》

 〈夜兎〉はモデルに下がるよう手を振ると、お茶を飲み干してから言った。

《女の愛情ってのはねえ、男のものとは全く違うのよ。どっちかって言うと、男の方が嫉妬深いし、愛情の温度が違うわ。逆に、女の愛は懐が深くて忍耐強いの。アナタは彼が好き。彼が何を心の中に抱えていようと、彼が好き。そうでしょ?》

《………うん》

 しょぼんとした中に、きっぱりとした決意を感じさせる朱音の応えに、〈夜兎〉は店員らしいパリッとした正装をした女性が持ってきた包みを朱音に渡し、言った。

《恋愛は戦闘するよりも難しい駆け引きね。その駆け引きの中で、このドレスを着たアナタがどれほど輝くかわかれば、少しはアナタの恋心を後押しできると思うのよ。服って、女にとっては重装の鎧にもなるの。だから女性は着飾るのよ》

 朱音は包みを見下ろし、罪悪感を持ったような眼差しを〈夜兎〉に向けた。

《…こんな素敵なものもらっても着る機会なんかないわ……それに今はあたしの個人的な気持ちを持ち出すような時じゃないし……》

《アナタたちは何か感情的な物事への禁忌の誓いか何かしてるの?》

《……ううん……でも……あたし、なんか押し付けるような気がして…》

 〈夜兎〉は「ああっ」と慨嘆すると、朱音をぎゅっと抱きしめ、彼女の小作りな顔をじっと見て言った。

《女心が複雑なのはわかるけど、アナタほどがらっと変わってしまう女の子は初めてよ。個人があってこそのチームでしょ? アナタならそのバランス配分をわかるはずよ。アタシは少なくともアナタをそう感じたわ。アナタたちが慌てるのもわかるけれど、こういう時こそ冷静に、いつも通りの行動をとらないといけない。むしろ、心を楽にするくらいがいいかもしれない。だから、戻ったら、これを着て、鏡の前でじっくり自分を見つめてみて。きっと何か新しいものを見つけるわ》

 朱音は〈夜兎〉の優男丸出しの顔に、強い優しさが浮かんでいるのを見つけ、思わず心のどこかがじわっと熱くなるのを感じた。

 彼女はそれをぐっと飲みこむように強く瞬きをひとつしてから、言った。

《ありがとう、〈夜兎〉さん……ちょっと凹んでたけど、元気が出たわ》

 〈夜兎〉はもう一度彼女を抱きしめ、今度はその両頬に軽く唇を触れさせてから応えた。

《これでも一応ギルド長だからね。ひとの心の機微を読むことは慣れてるわよ。それに、アタシはアナタがとても好きになっちゃったんだもの、萎れた花みたいになってるアナタを放っておけないわ。だから、何か困ったことがあって、アタシで役に立つなら、いつでも声をかけてね。それとも、アナタが恋焦がれてるひとを連れてこさせて、一言言ってあげましょうか? 「鈍感ねえ!」って》

 朱音は、〈夜兎〉の口調に本気さを感じ取り、慌てて言った。

《だめ、そんなこと絶対だめ!》

 〈夜兎〉はにやにやと笑い、

《アナタの様子からすると、相当にそのひとは鈍感のようね。同情するわ》

 これ以上長居すると、根掘り葉掘り朱音の恋心を聞き出されそうだったので、朱音は不器用な別れの挨拶をすると、すたこらとドレスメーカーの店から出ていったのであった。

 それを見送った〈夜兎〉はにやけ面の中に真剣みを帯びて独り言ちた。

《…愛をためらうことの裏には必ず傷つき壊れた愛がある……若くして相当の修羅場を踏まざるを得なかった彼女らの人生とはいかに……》

 愛する心を持ちながら、互いに傷つけあう争いをやめることのできないひとというものへの矛盾を常に最前線で感じる盗賊の一人として、〈夜兎〉は毎度のことのようにこの解決できない命題から目をそらすかのように店の奥へと姿を消したのだった。


*****


 辺境の農村の村人の家にしては、リナの家は意外に広々としていた。龍児ならば、こういう階層の人々が一室で寝起きしたりするのが当たり前で、子供の個室などがあるのはよほど余裕があるに違いないとのたまったかもしれないが、大牙はたとえどんなに手狭だろうが、ごみごみしてようが一向に気にしなかった。彼自身、今のような最新鋭の設備を備えた空間で起居できる立場になった時間よりも、廃屋のような場所でごろ寝をしていた時間のが長いのだ。

 大牙は、リナの部屋で、手作り感の溢れるベッドの端に腰かけ、隣でじっと自分を見つめてくる少女に何が起きたかを話していた。彼はケンカで挑発の言葉の掛け合いには自信があったが、順序だって物事を話すのはあまり得意ではなかったし、始めから自分の記憶に残っていないこともたくさんあった。

 だが幸いにも、聞き手側の関心はこの世界の浮沈とかそういうことにではなく、ただ一点、彼女が仲良くしていたパリス少年がどのようになったということだけにしかなかったので、大牙はかなりの部分を端折ることができた。

 リナは一通りのことを聞き終えると、膝の上で握りしめていた手を少しだけ強くさせたように関節を白く際立たせて言った。

《…じゃあ、パリスはもう戻らないのね?》

 天涯孤独の中で生き、友達という存在の価値をよくわからなかったし、相手は女の子だった。こういう時どういう言葉を返せばいいかなど、彼には考えつかなかった。だからただ素直に応えるしかできなかった。

《あいつは闇の眷属っていう連中の中の突然変異みたいなやつだ。それだけエネルギーがつよいんだろうな。それに、あいつが従えちまった騎士のモンスターみたいなやつがいる。そんなもんを連れ歩かれたら、騒動が起こって仕方ない。だからやつは北の真ん中でその騎馬の騎士と一緒に門番になることにしたんだ。今回みたいな妙なことが起こらないようにな》

 リナはちら、と大牙を見ると、小さくため息をついた。

《パリスらしいわ……彼ってすごく優しいのよ。最初はちょっと怖かったけど…。でも、一度話してみたら、外面と全然違うことがわかったわ……。うん、あたし、何となくこうなることをわかっていたわ……パリスには何か特別な役割があるんだなって》

 そして彼女は力をこめて握っていた手をおずおずと大牙の腕にかけ、

《それは、あなたも同じ。怖そうだけど、ほんとは違う。勇気に溢れるすごい人。あたし、そんなひとたちと出会えたことをきっと忘れないし、あたしの心をいつまでも輝かせてくれると思うわ》

 大牙は、リナの様子に少し奇妙な感じを持ち、言った。

《なんかあったのかよ、リナ?》

 リナは目を伏せた。言いよどむ間が開く。

 数秒間も迷ってから、彼女は応えた。

《……あたし、春になったら15になるの……そうしたら、モーヴの野菜商人のところに嫁ぐことになってるの》

 大牙はさすがに驚いたように、その彼の強面の原因になっている鋭い目を見開いた。

《嫁ぐ? 結婚すんのかよ? 15で? まだお前子供じゃんか》

 リナは大牙の反応に、どう対応したらいいか困った顔になって小声で言った。

《もう子供じゃないわ、あたし》

 あいにく、大牙の女性経験は貧弱で、複雑な女心はもとより、女性に関するあらゆることの知識や経験はほぼなかった。

 リナは大牙のぽかんとした顔に逆に励まされたように表情を少しだけ緩ませ、言った。

《あたしはちゃんと子供を産める歳なのよ。だから結婚して、家庭を持って、子孫を残すの》

 大牙の表情がさらに愕然となる。

《えっ、だって、お前、そんなことになったら、自由に遊べなくなるじゃないか。誰だよ、お前が結婚するってやつはよ?》

 リナは、大牙が自分たちとは全く異なった常識の上にあることを薄々感じ取っていたので、大牙がむきになるのをとどめるように冷静に言った。

《男の子は家の仕事を継ぐのが仕事。そして女の子は、血を残して続けることが役目。あたしは少し遅いくらいなのよ。あなたにすべきことがあるように、あたしにはそうすることが割り当てられてるの》

 彼女は、なぜ別の街の商家へ嫁ぐことになったいきさつを大牙に打ち明けるのはやめた。なぜなら、エルダー村のアマイモは質が良く、別の地域ではかなり高値で取引されていて、エルダー村にとっても、リナがモーヴの商人のもとに嫁げば、必然的に販路が確実に増えることになり、村の収入増につながるからである。そのような利得が背後にあることを大牙が知れば、絶対に憤激することをリナは感じていたのだ。それに、結婚相手はかなり年上で前妻が子供を残さず早逝したので、リナは初婚でありながら後妻と言う難しい結婚生活のスタートを切ることが待ち構えていた。そういう現実を大牙に話すことは、彼をいきりたたせるのもあるが、自分の中にまだ吹っ切れていない何かを膨らませてしまうことになると思われた。

 リナは、不器用にむっつりとして自分を見ている大牙に、自然と微笑みを返して言った。

《そんな顔しないで? これは別に不幸なことじゃないのよ。むしろ、あたしなんかがモーヴの大商人のところに嫁げるんだから、すごくいいことなの。パリスのことが心配だったけれど、そういうことになったのなら、北の方に向けば、彼がそこにいると思えるわ。そしてあなたたちのことも、街にいれば詩人が謡うバラッドで知ることができる。あたしは普通の女の子なんかが経験できないことをしたと思ってる。それで十分よ》

 大牙はむすっとした顔つきのまま、言った。

《なんか納得できねえ。好きな生き方ができねえなんてよ》

《それは、あなただから言えることだわ》

 とリナは大牙の腕にかけていた手を、彼の手の上に重ね、言った。

《自分の道を貫くことができるひとは、ものすごく強いひとにしかできないことだと思うの。だって、全てを自分の意志で決めて進んでいくんでしょう? 自由に生きてる冒険者だって、あなたほどの自由の中で生きてるんじゃないと思うわ。そうね、あなたはゴールっていうちゃんとしたものがなくても、迷わず進んでいけるひと。自由って、とてもすばらしいことのように聞こえるけれど、実際は真っ暗闇の中に放り出されたようなものだと思うわ。なんにでも手を出せるけど、それが良いのか悪いのかわからない、危険だらけなところ。あたしにはそんなことはできないし、あたしに許された範囲内の自由で満足したわ。他の女の子には経験できないことに出会えたんだもの。ここに、あなたがいる。それだけで、あたしはとっても幸せなの》

 リナの眼差しが少し潤んだようになって大牙を見つめた。

 龍児とは別の意味で鈍感極まりない大牙ではあったが、感情の豊かさは彼の中に本能的な衝動を沸き立たせた。彼は何かの無意識に操られるようにリナの小さな身体を少し乱暴に抱き寄せ、しっかりと抱きしめていた。質素だが、清潔な石鹸の匂いがわずかに感じられた。

 リナは驚いたように身体をこわばらせていたが、それはすぐに溶けるように消え、大牙の小柄だが硬く引き締まった身体に包まれることの安心感と幸福感に浸るようにもたれかかった。

《……優しいのね…嬉しい…》

 大牙は、この一言で我に返ったようになったが、身体の方は彼女を離したくないと主張していた。彼は理屈では理解できなくても、直感的に感じることの正確性は人並外れていた。彼は珍しくその口調から年相応の適当さを除き、真剣に言った。

《それをお前が進むべき道だって決めたんなら、俺がくちばしをはさむことじゃねえな。だけど、ちょっと寂しいな。俺には普通の暮らしが一番手に入らないもんだ。そこにお前が行ってしまうのが喜ばしいのかどうか断言できねえ。でも、お前を俺の一存で縛るなんてことは絶対にしたくないし、俺の進む道にはたいてい危険なやつらが立ちはだかってる。そんなことにお前を巻き込むことはできねえからな》

 リナは大牙にしがみつくように抱きしめ合いながら、言った。

《あなたには戻るべき場所があるのでしょう? そのことをやり遂げないといけないわ。きっとそこにはあなたを待ってる誰かがいるでしょう?》

 大牙は身体を離し、リナの目をまっすぐに見、苦笑した。

《俺を待ってるのは、俺にしこたまぶん殴られた負け犬の乱暴者しかいねえさ。でも、故郷には戻りてえな。どうしてだろう、俺の生きてきた時間の大部分はくそったれな毎日の記憶しかねえ場所なんだがな》

《…それは、誰の胸にもある、心の磁石だと思うわ……》

 その時、その心の磁石は、最も近い場所に発生したようだった。

 二人はどちらとも言えず顔を寄せ合うと、なんの知識も経験もないにもかかわらず、自然と唇を重ねていた。

 別離か、出発か、分岐点か。

 そんな一区切りの幼い口づけの味はきっと彼らの記憶に長くとどまることだろう。


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