『Must Act』
柔らかな小雪が降る中、極地での次元を超えた闘いを終えた者たちは、それぞれのあるべき場所へと戻って行ったが、必ずレイジュウジャーたちにこのように念押しをしていった。《何か力を貸せることが起こればいつでも呼んでほしい》と。
そして今、レイジュウジャーたちは、カーマイン王国のマクシミリアン王子の私室にいた。他にはマリー姫、そしてその侍女兼護衛であるオクタヴィア、それからエルフの癒し手エリアスが居合わせている。
王子の精悍な顔は、残念ながら完全勝利の決着にはならなかったことで、やや冴えなかった。つまり、キリルの拉致のことである。
マクシミリアンには魔力とかそういった能力の持ち合わせはなかったが、連綿と続いてきた賢王の資質をしっかりと受け継いでいたので、対峙するものの人柄や性質を見抜く鋭い目と勘を持っていた。だから、キリルが初めて彼の前に忽然と、どこか神々しく現れた時から彼は不可侵の存在で、そのことのために悪しきものがそれを欲する可能性もよくわかった。
同時に、この問題がレイジュウジャーの若者たちを激しく動揺させていることもわかった。マクシミリアンは表面上の同情や励ましは好まなかった。いくら綺麗ごとを並べたり憐れんでみても、現実は変わらない。彼は王者としての風格を感じさせる口調で言った。
《今更起きてしまったことをいくら論じても時間の浪費だ。君たちのつらさや失意はよくわかるが、立ち止まり続ければ続けるだけ、前進する気力が奪われていくものだ。もちろん、どのように君たちの仲間であるあの人物を助け出すか、全くわからない。しかし、それでも第一歩を踏み出さねば、解決のほんの少しのヒントも得られないまま、ますます事態は悪化するだろう》
レイジュウジャーたちは、これ以上この世界の人々を巻き込んでまで身内の問題を解決するのは心苦しいと感じていた。ひょっとすると、自分たちの到来こそが、この世界の根幹に突然の異常をもたらしてしまい、色々な変事を引き起こす原因になっていたのではないかという推測もあながちあり得ないことではないと思っていたからだ。
そんな心の動きを察したように、エルフの癒し手が淡々と言った。
《あなた方が責任を感じることはありません。むしろ、あなた方はミレニアム期の混乱に合わせて現れた英雄であるかもしれないのです。1000年前の人間との大戦争、そしてその以前にも『古代の民』の支配、さらに遡れば、先史時代の巨神たちの大地を揺るがす超戦争……》
エルフはここで言葉を切り、やや自戒的に続けた。
《私たちの種族はかつては優秀な軍隊を構成していたと言われていますが、今は見る影もありません。1000年前の戦いの時でさえ、エルフ軍は人間たちの数の力に圧倒されました。何がエルフの中から闘志を失わせたか…おそらくそれは私たちが長く生きることが一つの原因でしょう。それに伴う優越感。私たちは安穏としすぎました。1000年前の敗北もあり、私たちは自分の殻に閉じこもるようになってしまった。私は不肖の兄のせいでこうして人間たちと関わることになりましたが、改めてエルフの現状は好ましくないと日々、思うようになったのです。このままでは本当に黄昏の対岸へと漕ぎ出してしまうでしょう。それはそれで、閉鎖的なエルフにとっては自分たちの周りだけ美しく平穏な空間が広がっていればいいと思うかもしれません。ですが、それはすでに「生きている」とは言えません。なんの変化もない世界に、めくるめく命の火花があり得るでしょうか。いいえ、ありません。つまり、それは「死」にも似た、停止状態となるでしょう。今回のことでもエルフは助力の申し出を拒みました。そのような思考に支配されている同胞たちに、私は危機感を持っています。そうです、私にも行動に出る時が来たと言えるでしょう。エルフにはまだエルフ文化の知識があります》
エリアスは若者たちをじっと見つめ、
《あなた方は『エルヴィアンの扉』のようなものでこの世界に転移させられたらしいと言っていましたね。1000年前の戦いに臨む時、エルフ軍はこの転移システムを人間に渡すまいと破壊しました。ですが、全てを破壊できたわけではありません。私は、里に戻り、エルフの知識を総動員し、シャッテンを追跡できないか考えてみたいと思います。『エルヴィアンの扉』は『太古の民』が造り出した時空転移装置をエルフの技術で再現したものです。時空を超えるわけですから、理論上は『世界樹』がつなぐ空間にも行けるはずですし、地下世界にも通じることができるでしょう》
そして今度は一気に大人びたようなマリー姫に視線を落とし、
《姫君の神聖魔法の力はほとんど完成に近づいています。私が少しの間留守をしても問題はないと思われます。姫、必ず私は戻りますゆえ、心穏やかにしていらしてください》
とマリー姫に頭を下げたエリアスを、彼女は微妙な顔つきになって見返したが、はっきりしない何かを言葉にできず、頷くしかできなかった。
エリアスはもう一度レイジュウジャーたちに向き直り、言った。
《私が推測するに、あのシャッテンたちは別の『欠片』を求めていずこかの場所に向かうと思われますが、ただ一つ、この地上においては絶対に手出しはできません。しかしながら、ロア・メナースがあなた方のお仲間の身体を乗っ取ったことで、人間の肉体を手に入れたと考えれば、地上にも出られる危険性を取り去ることはできません。ですから、まずはこの地上のどこかにあるはずの『欠片』をあなたたちが見つけることが必要かと思います。『欠片』が集まった時、何が起きるかは全くわかりませんが、あのずる賢いものたちの手に落ちない方がよいはずです》
そのことは、レイジュウジャーたちも考えてはいた。そして、その時にあのあくどいロア・メナースが現れ、キリルを奪い返すチャンスにつながるのではないかと。しかし、『欠片』を見つけ出す方法についても、キリルをどうやって取り返すかもまだ模索中だった。
《それはあたしたちも考えていたの。でも、方法がわからないのよ》
と朱音が言うと、エリアスは考えをめぐらすように瞳を閉じ、
《あなた方は『欠片』を手に入れました。私が予想するに、『欠片』同士は呼び合い、引き寄せ合う気がします。もとはひとつだったのですから。ですが、注意してください。『欠片』は混じりけのないエネルギー体です。少しのことで何色にも染まります》
すると、マリーが癒し手の懸念を払うような確信に満ちた穏やかさで言った。
《エリアス様、そのことは全く心配されなくてもよいと思いますわ。なぜって、この方々は完全な正義と平和の信条を具現したような方々ですから》
だがここでふっと姫の目元に影が落ちる。
《……ですが、あのみ使い様は、ご自分の力をすべて奪われないよう、硬い殻を御作りになってしまった……でも、それを保ち続けるには精神力だけでなく、生命力も削る難行でしょう。あたくしも及ばずながら祈り、み使い様の御心を辿れないか、努力してみます》
熱血漢で男勝りな朱音だったが、それだけ感情的である分、このマリーの言葉に思わず目の中に潤みがたまるのを止められなかった。
朱音は愛くるしいながら、急速に大人になってしまったような姫を抱きしめ、言った。
《ごめんね、あたしたちのことなのに、みんなに気遣わせちゃって! ほんとはあたしたちだけでけりをつけなきゃならないのに!》
マリーは、勝気で恐れ知らずの朱音の中に、同等以上の様々な感情のきらめきが飛び交っていて、その中のいくつかは彼女の外面からは想像もつかないほどの繊細なものが秘められていると感じていた。
姫は朱音の筋肉質な身体を抱き締め返し、言った。
《あたくしはあなたたちのおかげで難を逃れました。それに、あたくしにとって、あなたたちはかけがえのない存在になっています。そうです、お友達です。お友達が困っていて、放っておけませんわ。あなただってそうでしょう?》
まさかどこの宙域かも、次元かもわからない世界の住人から友達だと言われるとは思わなかったレイジュウジャーたちだった。
友情、つまり友愛の心。それは勇気に変わり、堅固な意志に上昇する。
レイジュウジャーたちは厳しい第一歩を、小さなお姫様の一言によって後押しされるように踏み出すことができたのである。
*****
彼らは、久しぶりにグレートシルバー山脈にある火竜を崇め、守るドラゴニアン一族の集落にやってきていた。
何故か。
ファンロンのシステムで『世界樹の欠片』の分析はある程度はできたのであるが、アルファ宙域では記録されたことのない存在があり、それが刻々と変異し、流動しているため、『欠片』の存在をスキャニングで発見できる見込みはかなり低いということが分かった。さらに、この世界のどこかにあのようにちっぽけなものの在りかを見つけ出すのは、藁の中に落ちた針を見つけ出すようなものである。たとえ、スキャニングで発見できたとしても、それまでどれだけの時間がかかるかわからない。そしてその間は、ファンロンの遮蔽を解かねばならない。上空にドラゴンのごとき姿の、鋼鉄の輝きを見せる戦艦が浮いているのを目撃されれば、この世界の人々に余計な慄きと新たな脅威を抱かせるだろう。
だから、彼らは早くキリルを見つけ出したいと言う焦燥を抑え、おそらくとっつきにくい生粋のエルフに頼るよりは、長命を誇る唯一無二のドラゴンの知識に頼ろうと考えたのである。
火竜フランメは、この突然の若者たちの到来を喜び、彼女が人前で出る時の仮の姿である小生意気な幼女として、ドラゴニアンたちが彼女を拝する祈祷所の上座におさまり、一風変わったご馳走をふるまわせながら、四人の顔をじろじろと眺めて言った。
《これはまた思いがけぬ再会じゃなあ。しばらく見ぬうちにずいぶんこの世の波にもまれ、さらされてきたようじゃな》
毎度のことではあるが、その身に同類の加護を持つ龍児が事情を説明し始めた。
《はい、色々なことが起きました。そしてつい先日まで地上は季節の巡りが狂い、危うく天地がひっくり返るほどの危険にさらされていました。今はどうにか決着を見、いつもよりは長くはなりましたが、おおよそ正常な冬の季節に戻りました》
フランメは小さな身体を大きすぎる座椅子に尊大に寄り掛からせ、応えた。
《それで合点がいったわ。わらわの好物である火喰い鳥の卵がなかったゆえなあ》
ここで、フランメは、その眼差しだけは老獪な火竜の抜け目がなく、人智の及ばない自意識を顕すかのようにじいっと若者たちを凝視し、続けた。
《それで、そなたらは何をわらわに尋ねにきたのじゃ?》
宇宙時代に入っても、日本人らしい謙虚さと言うか、誰かの助けをはっきり求めることを苦手とする気性は健在らしく、龍児を始め、レイジュウジャーたちは図星を突かれて自分たちの図々しさに恐縮するような気分になったが、逆に、ドラゴンの方から彼らの目的を指摘されたことで、切り出しやすくもなった。
龍児は少し肩の力を緩めたような口調で応えた。
《あなたには過分ないただきものをしたというのに、また頼りに来るしか思いつけなかった僕たちは未熟者です。ですが、どうにも進退窮まってしまったのです。僕たちはこの世界では異邦人です。この星がどのような歴史を刻み、どのような形態で成り立っているかも核心には程遠い状態です。それで、長い刻をこの世界で火というエーテルの具現者としてのあなたなら、僕たちが行き当たってしまった袋小路から脱出できる方法を知っておいでではないかと、そう思ってここに来たのです》
フランメは幼女とは思えないなまめかしい眼差しに変え、含み笑いを伴って言った。
《ふーむ、それはどうやらかなり深入りした問題のようじゃな。どうじゃ、わらわに種を宿さぬか、同族の加護を受けた青年よ。そうしたら、相談にのってやってもよいぞ》
瞬間的に朱音の顔色が紅潮し、感情が昂って何かドラゴンに食って掛かりそうになったが、龍児の落ち着き払い、覚悟を決めているような返答で、彼女はへなへなと力が抜けるようになった。
龍児は昂然とドラゴンの化身を見つめ返し、決然と応えた。
《それで僕たちに道が拓けるのなら、どうぞお好きなように》
仲間たちがそれぞれ驚いていると、フランメは本体の老練なドラゴンの片鱗を伺わせるような覇者の哄笑を上げた。
《ホッホッホッ、肝の据わった人間だのう。それだけ事情が深刻であることはわかった。そんなに睨むな、紅い髪の娘よ。今のはちょっとした実験じゃ。しかしじゃ、本心はこの地上から消えてしまった雄のドラゴンの悩ましい匂いをあますことなく味わいたいとも思っておるがな》
《この、淫乱ドラゴン! それ以上言ったら子供の姿だろうがドラゴンだろうが、めった蹴りにするわよ!》
フランメは、カッカとした様子で今にも飛び出しそうな朱音に意味深な眼差しを向けてから、その瞳を閉じて言った。
《そなたらはこの世界の根幹というべきものの一部を知り、手に入れたな? そのことでわらわのところに参ったのじゃな?》
《そうです。この世界がいくつもの階層、ないしは並行的に存在していて、おのおの、異なった種族が住まう世界となっていることを知りました。そして、それをつないでいたと言われていた時空を飛び越える道のことも。それは『世界樹』と呼ばれ、先史時代の神々とも言うべき存在たちの戦いの際、破壊されて粉々になり、それが各世界に飛び散ったことも知っています。そして、それは破壊された破片とは言え、強力なエネルギー体で、それを手にした者の影響下に置かれて善にも悪にも変化してしまうものであることも知っています。僕たちはそのいくつかを持ち、他のいくつかがしっかりとその場に確保されていること、そして残念ながら一つは確実に善意のかけらもないものの手に落ちていることも知っています。彼らにこれ以上『世界樹の欠片』を奪われることは断じて避けたいのです。と言うことで、この地上にあると思われる『欠片』の存在を、あなたの膨大な知識と感覚で知ってはいないかと思い、こうしてお聞きしているのです》
フランメはじっと龍児の話を聞いていたが、幼女の姿では大きすぎる座卓に片肘をついてその小さな顔を乗せ、ため息をついた。
《そこまで深入りしておったか。じゃが、残念ながらわらわの目の届く場所にはそういう存在は感じ取れぬ》
レイジュウジャーたちの顔にはっきりと落胆の色が落ちた。それを見て、ドラゴンはもう一つため息をついた。これにはやや心証を害したような苛立ちがこもっていた。
《わらわを見くびるでない、人間の若者たちよ。わらわの目の届かない場所と言えば、この大陸の南半分のこと。『大地のアギト』という場所を知っておるかえ?》
《はい、知っています。ただし、誰もそこを踏破したことがないそうですね》
と龍児が応えると、フランメは「ふん」と傲岸に鼻先で笑い、
《それは当たり前のことじゃ。あそこは大昔の大戦争で破壊されつくした南側から波及するであろう虚無からこちら側を守るための「堀」と「壁」であるからなあ。人間ごときがやすやすと挑める代物ではないのじゃ》
《「堀」と「壁」…ですか? 虚無とは?》
と龍児が尋ね返すと、フランメはしゃべりすぎて喉が渇いたと言いたげにごくごくと独特の臭気を放つ飲み物を飲み下してから、応えた。
《わらわたちドラゴン族は、元はこの世界に漂うエーテル、精霊だったのじゃ。それが、大地を破壊し、崩壊させる巨神同士の戦いの際、天空に住まっていた巨神たちが未来のために、わらわたちを凝縮してこの世界の終焉から逃れさせたのじゃ。わらわたちはそれぞれ「卵」のような状態で戦場の地から離れたこの地域にこっそり隠された。巨神族の戦いは壮絶を極めたと聞いておる。地上の巨神族は敗北の際、『世界樹』を破壊したが、天空の巨神たちはその影響が完全にこの地に及ばぬよう、苛烈な戦場であった南側の地とこちら側を隔てる「壁」と「堀」を作り、彼らは天空の高みに戻って行ったのじゃ。その破壊の痕は、ひとの想像をはるかに超えておる。巨神族の放つ超高熱な波動はブルーラディウム鉱石の比ではない。なにものも焼き尽くし、溶かす。そしてその有毒な波動は、生命を脅かす。『大地のアギト』の向こう側は、完全な無なのじゃ。命あるものは全くない。もちろん、命をはぐくむものも、わらわたちが象徴するエーテルも皆無なのじゃ。ゆえに、わらわの目が届かぬのじゃ》
フランメは、神妙に話を聞いている若者たちの表情を見て取り、「クックッ」と小気味よく笑った。
《これほど変わった人間たちがいるとは、長きにわたって存在してきたわらわにも初めてのことじゃ。そなたらが思ったとおり、わらわも、『大地のアギト』の向こう側に何かがある気がする。人間が勢力を持ち始めてすでに1000年。あの小さきものたちの熱望は、その命の短さに反比例するかのように強い。『欠片』は、欲望の強い人間なら垂涎の一品であるはず。だがいまだに発見されていないとすれば、そこしかない。命を拒む世界だとしても、そなたらはゆくのであろうな》
四人はほとんど同時に頷いた。
フランメはカラカラと笑い、
《仕方がない。人間には明かしたことがない秘密を教えようぞ。「堀」はわらわの寝所のさらに下から続く、炎熱の河づたいに続いておるのじゃ。そこにはわらわの縁者とも言える焔蜥蜴どもが巣くっておる。地上におった飛べない雄ドラゴンたちは人間たちの欲望の毒牙にかかり、死滅してしまったが、彼らは『大地のアギト』の裂け目深くに住み着き、万が一にも南側からの虚無が押し寄せてきた時の第一の守りとなるために今に至っておる。そなたらなら、直接「壁」を乗り越えても無事な気もするが、知識があるとないのとではいざという時の状況を左右するであろうからの。それに、あの魔道帝国のあくどいやつばらもいなくなったようだし、多少わらわがここを不在にしてもよかろうて》
《えっ、あなたが? そんな迷惑をかけるわけには…》
龍児が恐縮に顔を染めて言うと、フランメは早速ぴょこんと座椅子から立ち上がり、生意気でおしゃまな、つまり全くいけすかない幼女振りで極めつけた。
《炎熱の河はいくつも支流に分かれておる。それをどうやって進む? それにじゃ、そこの熱さは人間を簡単に燃やしてしまう熱さなのじゃよ。わらわの結界が絶対必要なのじゃ。それに、わらわは退屈しきっておる。そなたらを案内するくらい、許してくれんのか?》
ドラゴン本人に道案内をしてもらうとは思いもよらなかったし、少し回りくどいとも感じていた。なぜなら、ファンロンなら直接『大地のアギト』の向こうにある場所に向かえるからである。
しかし、彼らは思い出していた。『大地のアギト』に向かうと言っていた放蕩エルフのことを。
彼なら、ひょっとするとそこを飛び越える方法を見つけてしまうかもしれない。そしてその向こうが、今聞かされた虚無に満ちていたとすれば、あの風変りで陽気なエルフの命はあっけなく散ってしまうかもしれない。
もちろん、全て推測にすぎなかったが、完全にないとは言い切れなかった。
こうして、レイジュウジャーたちはフランメの半ば興味本位の案内に従い、地下のマグマの河を辿ることになったのである。
*****
これまで、どんなこともやり遂げてきたし、やり遂げられる自信を持ち続けていた自由人アルディドだったが、こうして見渡す限り焼け付く砂地と、風の向きによって様々に形を変える砂丘、そしてなんと言っても頭上から降り注ぐ陽光の容赦ない熱波は、やはり自分は西のエルフの里で意固地な隠者のように存在する一人のエルフでしかないことを痛感させられていた。
加えて、彼は、北側で生じた異常気象を知らなかった。
いや、何かが起きたことだけはわかっていた。と言うのは、明らかに昼間の方が長くなり、時節的には酷暑の砂漠を南進することにはならないはずが、こうして眩暈がするほどの猛暑の中を進む時間が計画より長くなり、結果的に準備してきた水や食料が不足し始めたのである。
仮眠をとる程度の夜の長さしかない数日のうちに、同行者の冒険者の魔道士ヨティスが夜空の星々の位置の変化に気づき、彼らは全くタイミング悪く砂漠を南進すると言う、冒険者ならだれでも成し遂げたい挑戦をしてしまったと気づいた。しかし、すでにその時彼らは進むべき方角を間違っており、この過酷で乾燥しきった砂漠の中で迷子になっていたのである。
そして、彼らが騎乗してきたグリアナンブラックの一羽が脱水と空腹のせいで死んだ。
この燃えるように熱い砂地を徒歩で歩くのは危険すぎた。かと言って、この場所にとどまっても、結局は干からびて命を落とすしかない。
携帯型の簡易テントを張り、その中でアルディドとヨティスは全く途方に暮れて黙り込んでいた。
《すまないねえ…僕の無鉄砲な思い付きにつき合わせてしまって。こいつは本当にいけないよ。さすがの僕にも解決策を考えられない》
このところろくな食事もとっていないせいもあるのだろう、エルフらしい思考の鋭さを鈍らせているアルディドだった。
そんな彼に、ヨティスは世慣れた冒険者らしく潔いくらいに応えた。
《未踏の地に挑む際に危険はつきものです。そして、それを恐れていたら、冒険者として名乗ることはできますまい》
ほんのわずかになってしまった西の森で採れる木の実を旅の道連れに分けてやりながら、アルディドはその一つを口に含み、ゆっくりと噛みながら、このように途方に暮れる状況でも完全に絶望することはないかのような口ぶりで言った。
《方位磁石も妙な天候のせいですっかり狂ってしまったし、もう一羽の鳥の命もあとどれくらいもつかわからない。君は、僕がエルフだから何か奇跡的な技でもってこの状況を覆すと思っているかもしれないが、それは人間の持つ幻想ってものさ。それは確かに一大文化を築いたかもしれないけれど、それはさらに過去に遺されたものを、いわば真似っこしたようなものだからね。エルフとは言え、何も優れた種族じゃないのさ。どうだい、幻滅しただろう?》
ヨティスは、このような苦境の際に追い込まれているにも関わらず、生来の陰鬱とした顔立ちに興に乗ったような明るささえ見せて、応えた。
《幻滅どころか、エルフと言う人々の素顔を目撃できたことは、私にとって貴重な経験ですよ。でも、このままでは私の経験をその後に活かすことは難しいでしょうが》
《全くその通りだ。テントの中にいても暑くてたまらない。もう汗も出ない。ああ、僕の骸はこの砂に埋もれ、いずれ砂と同化して空のかなたに吹き飛ばされていくしかないのか……僕にはこだわりはないけれど、父のことを思うと少し心が痛む。知っているかい、エルフの死は、始まりなんだよ。その骸は里の外れに流れる最果ての河に流されるんだ。それはエルフの魂が漂う世界に続いていて、次なる命の巡りが来るまで平穏に包まれて眠ると言われている。僕は里の閉鎖的なところが気に食わなくて飛び出してしまったけれど、家族をないがしろにしているわけではない。こんなことで僕の親不孝を痛感させられるとはねえ。皮肉なものだ》
《家族があるとは幸せなことですな。私には両親の記憶はありません。一番古い記憶と言えば、ブリックレッドの職人の家庭で下働きをしていたということでしょうか。決して悪い扱いではありませんでしたが、自分の中に何か違和感を覚えたのがきっかけで、私は旅回りの芸人の集団に入り、そこで魔力の存在を感じたのでした。そのあとは、一人、独学で魔法の鍛錬を積んできたのですが、今思い返せば、なんと無味乾燥な生き様であったことか。こうして腹蔵なく話すようなこともほとんどありませんでした。あなたとの出会いは新しい考え方を導き出してくれましたよ》
《フッフッ、僕なんかを参考にするのはよした方がいい。それの証拠に、僕たちはまさに命を落とそうとしているんだよ。エルフはたいていが優越主義で高慢で、同時にものすごく固定観念に凝り固まっているから、きっとこの世界を知り尽くし、制覇できると思ってるかもしれないけれど、それは大間違いだ。エルフとて、この世界の土台の上に生み出された、いわば副産物さ。わかるかい? どんなに頭がよくて、知識に満ちていても、この大地の力をどうにかするなんてことは絶対にできないことなんだよ。僕たちはこの大地によって生かされてる存在なんだからね。あーあ、そういうことをエルフの頭でっかち連中に証明してみせたいが、いよいよ危うくなってきたね…頭がぼうっとしてきたよ……》
アルディドの抜けるようなスカイブルーの眼差しが虚ろに遠のき、自律できない何かによって瞼がぎこちなく閉じかけ、身体の支えもぐらつかせたのを、ヨティスがはっしと抱き留め、言った。
《あなたは、もしかしてご自分の分まで私に食料や水を分けていたのではありませんか?!》
アルディドはうっすらと笑い返した。
《……言っただろ? エルフは優越主義者なんだ……人間より耐久力があるはずだと良いカッコをしたのさ……だが、やっぱり僕も所詮赤い血の流れる…いきもの……遠くで砂が巻いているような音が……最悪だね…砂嵐かもしれないよ……ああ……僕のことはいいから……早く…》
かくん、とアルディドの端麗な顔が後方にのけぞり、ヨティスが支える腕の中でぐったりと意識を失ったのがわかる。
雷の魔法を使う魔道士はそっと彼を横たえると、テントの垂れ布の端から外を伺った。確かに遠方に砂塵のようなものが舞い上がっている。
彼はベルトの万能袋から小さな遠眼鏡を取り出し、そちらをもう一度よく見た。そして愕然となる。
《砂嵐の方がまだ何倍もましというものだ……あれは、サンドワーム!》
砂漠を海原のごとく馳せるこの謎に満ちた巨大生物から逃れる手はほぼない。これまではアルディドのエルフの優れた聴覚のおかげか、遭遇することを免れていたが、そのエルフが昏倒した途端に相まみえるとは全くの不運であった。
しかし、ヨティスはみっともなく逃げ出したり、無駄な抵抗をすることはしなかった。彼も、冒険者となった時点で命をどこかに預けているつもりだった。だからそれが猛然と砂を舞い上がらせて近づくのを、むしろこの世の見納めとも言うべき感慨でもって眺めていた。
ところが、その砂漠の覇者とでも言うべき生物は、ちっぽけなテントの前で止まり、芥子粒のようにも見える何者かが巨大生物のてっぺん辺りから飛び降りてくるのが見えたのである。
その者は砂漠慣れしている足取りで駆けながら、ヨティスを驚かせることを叫んできた。
《妙な天気が続いたから、心配になって君たちを探してたんだよ! よかった、見つけられて! 僕のコンパスも狂っちゃうし、砂ハリネズミ(ルル)の天気予報もおかしくなっちゃうし、サンドワーム(デザートハリケーン)もいつもより感度が悪くってね》
《君は確か…グリアナンの…》
とヨティスがあっけにとられながら言うのをよそに、グリアナンの首長たちの一人であるアレンは、簡素なテントの幕をめくり、そこに失神しているアルディドを見つけ、すぐに腰にぶら下げていた革袋の栓を抜き、エルフの半開きになった口の中に飲み口を差し入れた。
アレンは背後で予期しない助けに呆然としている人間の魔道士に言った。
《このエルフはちょっと無理しすぎたみたいだね。早急にもっと涼しい場所で休ませて、からっぽの胃袋にも優しい食べ物を食べさせる必要がある》
《しかし、こんな場所にそのようなところがあるのか?》
とヨティスが尋ねると、アレンはアルディドの白い喉が水を飲み下しているのを確認しつつ、応えた。
《サンドワームには水源を見つける感覚があるんだ。僕もこんなに遠くまで来たことはないけれど、徒歩で探すよりずっと早く見つけられるはずさ。とりあえず、このひとの身体に水分を染み渡らせてから、そのあとのことは考えようよ》
ヨティスはまるで奇跡のような救いに遭い、神というものがあるとすれば、そういうものに感謝したくなった。そして、こういう予測できない幸運に出会う機会があるからこそ、冒険者として生きることの魅力により強く執着してしまうのだろうと、ヨティスは感じていた。もちろん、不運に遭うことも承知の上でである。
冒険者にとって、『大地のアギト』の存在も最大の魅力の一つであったが、サンドワームとの遭遇もその一つに挙げられる。ヨティスは、間近でこのように立派な生物を目の当たりにし、そこへ騎乗するという、これまでどんな熟練の冒険者でも経験したことのない体験をしながら、アレンの巧みな口笛がこの砂漠の覇者を操る様に驚くばかりであった。
そして半刻くらいして、アレンのサンドワームは見事小さめのオアシスを発見し、その近くにほとんど砂地に埋没している建造物を見つけた。
そこをひとまずの休息場所とした彼らは、アレンが持ってきていた砂漠の住人らしいしっかりと断熱できる大きめのテントを張り、その中でアルディドの容体が回復するのを待つことにしたのであった。
この地点が、意外に『大地のアギト』に近いことは、のちほど彼らは知ることになる。




