『Burn』
フランメは、さすがに幼女の姿で道案内をするのに不便を感じたか、大人の女性の外見に変え、レイジュウジャーたちを引き連れてまさにマグマが勢いよく流れる河岸を歩いていた。
《ふむ、ここを歩くのは久方ぶりじゃ……1000年前の戦いで我らが眷属はことごとく人間どもに狩り出されたからのう、うかうか火の河の散歩なぞしておられんかった。人間とは恐ろしいいきものぞ。どんなに我ら眷属がすべてにおいて勝っていようと、挑んでくる。炎のブレスで焼き払ったかと思えば、すぐに次の者どもが群がってきて、そういうことを繰り返すうち、人間どもは我らが眷属に対抗する手段を発明してしまうのじゃ。そのせいでどれだけの同胞が命を散らせ、人間どもの欲を満たしたものか》
河幅はかなりある。おそらくドラゴンの姿で自由に飛行できるくらいあるだろう。ところどころに黒々と照りのある岩石があり、マグマの表面部分が空気に触れて一瞬温度変化を見せるように赤黒く変色するところを、そういう障害物が乱し、超自然の美とでも言うべきマーブル模様をそこかしこで見せていた。
両端は断崖絶壁である。岩壁の色はほぼ黒で、この場所の高熱と岩石が化合してできたらしい何かの結晶体のようなものがひさしのように突き出ている場所もあった。そこに下側からマグマの河の赤々とした発光が反射して、ドラゴンやそれに匹敵する古代生物でなければ見ることのできない貴重な美のあり方を目撃できた。そういう結晶体は足元にも岩壁の際にも小さなものが点在し、もしこれを人間が見つければ、きっとすべて採り尽くさずにはいられないだろうと、レイジュウジャーたちは何とも言えない気分になった。
《そうだよな、たいていドラゴンとかって、勇者に倒されるってのが決まりだもんなあ?》
と大牙が数知れないゲーム経験から言うと、フランメは赤と黄色の混じった髪をかき上げながら応えた。
《前に言ったとおり、わらわたち眷属はエーテルの集合体の具現であるゆえ、負のエーテルを具現したものもおった。そういう眷属が人間にとっては「悪」として映るのは仕方ないことじゃ。そしてそのイメージがドラゴン全般にしみついてしまったら、もうどうしようもない。わらわたちは自然と協調し、むしろこの大地を守るものであるが、残念なことに、所詮人間は狭隘な視野しか持ち合わせておらぬ。わらわたちが怒るわけを邪悪であるとしか理解できんのじゃ。しかし、今のような時代になってしまったことにも何かしらの理由があるのじゃろ。もしわらわたち眷属が消えることになっても、あがきはせん。それが時の流れというものなのならばな》
朱音が、妖艶な美女姿で歩くフランメをやや後方から見ながら、言った。
《なんか、ドラゴンってもっと好戦的だと思ってたけど、違うのね》
フランメは肩越しに朱音を見やり、紅をしっかりと引いた唇をぐい、と不興に歪めて応えた。
《ドラゴンは決して平和を乱すものではないぞよ、燃える心を持つおなごよ。人間が、わらわたちの平安を乱すのじゃ。煩い蠅をぴしゃりとしただけに思ったら、次には蠅どもの軍勢が群れを成して襲い掛かってくる。そういうものなんじゃよ、人間とは》
《人間が持つ闘争心は、どのようにしてもなくならないもののようです。まるで、それこそが人間が生きる活力にもつながっていると思いたくなるほどにです》
と龍児が残念そうに言うと、フランメは若者たちを見回し、応えた。
《それだからこそ、そなたらのようなものたちがおるのかもな。この世はすべてが釣り合っておる。ゆえに、生まれながらにして正義と平和の信条をもっているものが現れるのかもしれん。自然の理の奥深さは誰の理解をも超えておるものじゃ》
そしてフランメはちら、と朱音を見やり、呟くように続けた。
《…そのような星のもとに生まれたことで、ささやかな己の幸福を犠牲にすることを強要するような状況下に置かれるのはいささか不憫な気もするがのう…》
これは若者たちの耳には入らなかったと見えて、龍児が頭上を臨めないほどの切り立った両側の断崖を見上げながら、言った。
《ここは以前はもっとたくさんのファイアドラゴンたちが生息していたのでしょうね?》
フランメは懐かしさと言うより、何かに対する不満をもったような口ぶりで応えた。
《懐古は現実逃避のひとつであるが、確かにそなたの言うように、ここはわらわたち火竜の最大のコロニーであった。繁殖期ともなると、それはそれは騒々しくてな。地上からさらってきた雄ドラゴンを囲い、精を搾り取ったものよ。岩壁にわらわたちの巣の名残があるじゃろ? ああいう窪んだ場所で卵を産んだものじゃ。ごくまれに豪胆な人間どもがわらわたちの卵を盗もうと挑んできたが、成功した試しはなかったのう。もとより、ドラゴンと人間とでは別格じゃ。しかし次第に人間たちはたくみに卵を盗むようになりおった。今思えば、それがエルフとドラゴンの時代、つまり『聖銀期』の終わりの兆しだったのであろうなあ。そして1000年前の大戦争じゃ。時は移ろい、わらわたち眷属は僅か5体。嘆きはせぬ。それが現実で、その現実はわらわたちが選択したひとつの方向だったのであるからの。もちろん、定められた道を歩かされているだけなのかもしれぬが、受容するしかない》
と、覇者たるドラゴンは謙虚に言ったが、不意に進むのを止め、支配者らしい尊大な物腰に戻り、忌々しく言った。
《わらわの不精が面倒なことにしてしまったようじゃ。地底回廊の中におとなしくしていればよいものを、わらわの不在をよいことに、我が物顔で巣食っておる》
《何かおるんか、この先に?》
と玄人が尋ねると、フランメは嫌悪もあらわに応えた。
《この場所は地底回廊と近接する箇所がいくつかある。ゆえに、比較的容易に地上…まあ、ここはグレートシルバー山脈の地底河であるから地下と言うべきだが、やつばらにとっては生きた人間の存在を感ずる地点であると言える。そなたらは地底回廊にも行ったのだろう? ならば、グラッジスポーンどもには出会ったことがあるな? やつばらは地底回廊に住み着く害虫じゃ。機会があれば、地上に侵略してこようと狙い続けておる。最近は力をつけた人間や、常に地底回廊の警戒をしているドワーフの戦士たちのおかげで爆発的侵攻(pandemonium)は起きてはおらぬが、わらわたちがまだ権勢を誇っておった時代には幾度か起きておる。もちろん、勝利してきたゆえに現在が健在でいられるのじゃが、やつばらの侵略の本能は決して消えることがない》
《つまりは、ぶっ倒せばいいってことだろ?》
大牙がうきうきとした様子で言ったのを、フランメは疑念を浮かべた顔で言った。
《やつばらはただ破壊し、食らいつくすことしか頭にない病魔のようなものじゃが、そなたらはわらわの結界によってこの場所の炎熱から守られておる。現状の世界の均衡の在り方を鑑みると、わらわの力を解放するのは少々ためらわれるが、ここはわらわの領域であるゆえに、わらわがけじめをつけるべきじゃと思っておる》
すると、朱音が、大牙以上に自信たっぷりに言った。
《これはあたしの勘なんだけど、ドラゴンの本気を今はまだひっこめておいた方がいい気がするの。よくわかんないけど、ドラゴンの存在は隠しておいた方が、あとあと、あたしたちが有利になると感じるのよ。だからここはあたしたちが掃除するわ》
《しかし、ここは人間には耐えられない熱さに満ちているのじゃよ?》
《大丈夫よ。あたしたちはね、寒いとか熱いとかにはものすごく強くできてるの》
《僕もアカネの意見に賛成です。あなたの力はまだ秘めておいた方がいい。あなたたちは貴重な存在なんですから。雑魚を相手にする必要は全くありません》
と龍児が言うと、フランメは呵々と笑い、威厳あるドラゴン族らしく腕を組んで頷いた。
《そこまで言うなら、わらわは高みの見物といこうかのう?》
レイジュウジャーたちは火竜の化身にそれぞれ了解と自信のほどを示すかのような仕草を返すと、前方に伸びる河岸に沿って走りながら、手首の霊獣チェンジャーに触れていた。
「霊獣降臨!」
四色の光芒が若者たちを包み、それはまもなく見えてきた黒々とした煤煙がたまっているような場所で一際光り輝いて見えた。
この様子を見ていたフランメは、一人呟いた。
〈…あのものたちは、わらわとは逆の、ヒトでありながら偉大な力を宿す何かに化身できる力を持っているようじゃ…これほど生きてきて、初めて出会う不思議な若者たちじゃ…〉
ドラゴンの感嘆をよそに、前方では早速戦いが始まっていた。遠目からでもレイジュウジャーたちの攻撃の閃きが鋭く光り、弾けているのが臨める。
〈わらわの世紀はとっくに通り過ぎ、ただの象徴として不死の命を無為に過ごすだけであると諦めておったが、このような心躍る人間たちに出会えた。どういう運命の巡り合わせかわからぬが、これほど小気味よい心地にさせてくれるとは、惰眠をむさぼってきた甲斐があるというものじゃ。ホッホッ、ますます気に入ったぞ、異国の戦士たちよ〉
フランメの人間離れした美貌に満悦の笑みが広がり、彼女はエーテルの頂点にある存在らしい超然とした様子で、成り行きを見つめるのだった。
*****
それまでの赤黒く、息も詰まるような重々しい熱気に満ちた河岸の光景も決して素敵な場所とは言い難かったが、彼らの前に現れたものはそれ以上に彼らに不愉快さと嫌悪感を抱かせた。
まず最初に目についたのは、マグマの河の紅蓮色の上にいびつな浮腫が盛り上がり、それぞれが不規則に呼吸か鼓動をするように脈動している巨大な軟体だった。このようなものが、マグマの河の両側に点在しているのである。
そしてそれの不気味さを強調していたのは、触手のようなものが断崖をつたいのぼっていることだった。まさに外界に侵食しようとする有害でしかない存在のように見えた。
どういう理屈か自然の掟なのかわからないが、なんの益もないものが出現することは、宇宙を駆け回ってあらゆる戦いの局面を体験してきたレイジュウジャーたちを恐れさせはしなかったが、このような異次元の星であっても同じなのだと言うことに少なからず驚きもし、残念にも思われた。そして同時に、今ここで、地上での平凡な人々の暮らしを将来的に脅かすことになるかもしれない病巣のごときものと対面したことは、自分たちの使命が導いたこととして、むしろ好機だったと思い、平和の戦士たちの意識は一つになった。
「でもさあ、やっぱりこういうぐにゃぐにゃぬるぬるしてるのって、あたし、絶対好きになれないし、好きになりたくもないわ!」
と朱雀が言うのも無理はない。大雑把に肉を叩き切って投げ出されたような軟体生物たちの下側からは、壁を這い伝う触手を小さくしたような蚯蚓か蛭のようなものが無限とも思える勢いで生まれては、地底河の両岸を覆いつくしながらじわじわとこちら側に広がっていたのである。
「こいつらを相手にしてたら、どんだけ時間があったって無理だぜ。大元をぶっつぶすしかねえな」
と白虎が今にも走り出そうとするのを、玄武が冷静な様子で腕をとって引き留めた。
「これだけ炎の強さが勝っとる中じゃ、お前の力は半減されると思うけえ、ちっと待て。わしが道を開くけえな」
その身に四方の霊獣を秘めているということは、彼らを武神のようにも強くしたが、時にこのような壁に突き当たってしまうのは、仕方のないことだった。だからこそ彼らは四人でチームであり、他のレンジャーたちとも一線を画す強さと絆の深さを誇っていたとも言えた。
直情型で戦闘心の強い白虎でさえ、この四神の相互作用には逆らえず、ふてくされたように足元の溶岩の石を蹴飛ばしていたが、玄武がいつものように大盾を構えて足元に蠢くぬらぬらとしながら炎をまとっているような気味の悪いものを張り飛ばしていこうとするのを、今度は朱雀が引き留めた。
「あたし、なんか閃いちゃったんだけど! ちまちま盾で潰しながら近づくなんて、かったるいことしてることなんかないわ!」
白虎と似たような性質をしている彼女に、玄武が怪訝に振り返る。
「わしらの専用機にでも乗っとればこの辺りを一掃するのは簡単じゃが、わしらの手だけじゃそうはいかんじゃろ。先に進みたいのはわかるが…」
朱雀は、暗に白虎のような短気を起こしたせいだと思われているらしいことに気づいたように不機嫌に腰に手を置き、言い返した。
「ちょっと、脳筋タイガと一緒にしないでくれない? あたしは本気で思いついちゃったのよ。もちろん、試したことなんかないからどんなふうになるかはあたしの想像。だけど、ほら、あの暗くて寒い場所でやったじゃない、みんなで連携技。レンジャーでない人たちともできたんだから、きっとうまくいくに決まってる。それに、新しいことに挑戦するってわくわくしない? 成功すれば、また一つ、あたしたちは強くなれるんだし」
朱雀の言い分に批判するところはなかった。もしあるとすれば、彼女の無鉄砲とも思える大胆さだろうか。
玄武は仲間を信じていたし、確かに、戦いの方法の選択肢が増えることは今後の役に立つ。
彼が頷くと、朱雀は炎舞扇をしゃらり、と開いて顔の前で交差させて構え、言った。
「クロト、あんたはオーバードライヴ・斗星をやって。あたしは翼星をやるわ。そのあとはたぶん、勝手に身体が動くと思うの。いい? あんたの波紋の発動に合わせてあたしはいくわ」
「…確かに龍虎の合体技があるくらいだ…四神の性質の反作用エネルギーを利用するエキストラスキルがあの二人にあってもおかしくはない…」
と青龍が呟いたのを、白虎は聞き取っていたが、敢えてそのことについてその時は尋ねなかった。
玄武は、朱雀の身体がオーバードライヴモードになり、ゆらゆらと陽炎をまとう姿になるのを確認しながら、自らも甲鉄盾を両手でしっかりと持ち、魂に宿る霊獣に集中するように意識を高めた。このような不気味で熱気に満ちた場所に、しゅうしゅうと清冽なエネルギーが彼の大盾に吸収されていくのが、見える。
玄武が一際気合のこもった声音で言った。
「『オーバードライヴ・玄武・斗星・武盾波紋』!」
どすん、と甲鉄盾が地面に叩きつけられる。それに合わせて朱雀の炎舞扇が閃くように頭上に振り上げられた。わずかに彼女の身体が宙に浮く。
「『オーバードライヴ・朱雀・翼星・熾炎扇』!」
彼女の背中に燃える六枚の翼が生じ、手の中の炎舞扇も一回り大きく、炎の威力も高まってその場の忌まわしいものを圧倒した。
すると、次の瞬間、マジックのような変化が起きた。
玄武が生じさせた波紋がぐるぐると宙に浮いた朱雀の身体に絡みつき、それが彼女のまとう炎と交じり合って驚くべきものを生んだのである。
朱雀が命令するように両腕にからみついていたそれを振り払うようにしながら、言った。
「『エキストラスキル・雀武流・フレイムサーペント』!」
朱雀が放ったものは、大蛇のごとき身体に炎と水の反作用エネルギーをまとい、まるで水が燃えているような半透明でめらめらとした姿で辺りをなめるように飛び交い、ぐるぐるととぐろを巻いたり、噛みついたりした。それも一体だけでなく、朱雀の羽根の枚数と同じ、六体の大蛇がその場を席巻したのである。
そしてさらにこの大陸の背骨のような山々の命であるかのように流れる赤々と熱した流れが吸い込まれるように彼らの発した霊気と混ざり、まさにその場は火の海と化した。それもただのマグマの爆発ではない。朱雀と玄武の霊力がこもったものなのだ。地底回廊に巣くう妄念と悪意のみで生者の世界を侵食しようとするグラッジスポーンと、それらを生み出し続ける生者の敵であるマザースポーンが、こうして強い純粋な火の属性を得てより強力な亜種となっても、彼らの敵ではなかった。
朱雀の炎と玄武の再生を象徴する蛇が融合したようなものが、その辺り一面に病魔のようにはびこっているマザースポーンのぶよぶよと気味悪く蠢く塊に厳格な天罰を容赦なく浴びせるように飛び、一気に貫き通すと、命あるものの全てに対して無差別に呪怨を放っているようなそれが、形容しがたい悲鳴を上げて一際その身体をぶるぶるとわななかせた。別の霊気を持った蛇が次々と目標の腐った肉塊のごときものに突き刺さると、その悲鳴は耐えがたいほどに大きくなった。
「ひゃあっ、くっそうるせえ!」
と白虎が耳を塞ぐ仕草をして不平をこぼすと、少し前からどことなく上の空になっていた青龍が子供っぽくぶつくさと言っている白虎の腕を引っ張り、言った。
「おい、あれを見ろ。なんだか、妙な感じがしないか?」
「はあ? なんだよ、リュウ?」
「ほら、あれだよ、あのエイリアンの母体みたいなやつらが密集してたところさ。あそこだけ、他のマグマ流とは違ってるように見えないか?」
白虎は青龍が示す方をじっと見たが、わけがわからないと言いたげに首を振った。
「俺にはどれも同じに見えるけどなあ?」
と白虎が仲間の物事をいちいち重大事のように思い込む性質に対して投げやりに言い返した時、まさに青龍が示した場所からスポン、と勢いよく飛び出してきたものがあった。それはマグマより明るい赤色をし、何かでくるまっているようにきゅっと蕾をつぼめた花のようにも見えた。
それがぱっと花開くと、開口一番、言った。
《うぇーい、まだかまだかと思ってたがよ、こんなに長くかかるとは、へっ、こいつぁ、オレの見込み違いだったぜぇ》
その姿と言葉遣いのギャップに、レイジュウジャーたちは唖然として言葉もなかった。しかし、フランメはそのものを知っているらしく、うんざりとした口調で言った。
《そなたの存在を感じられなくなり、どうせまたそなたの悪童心が祟ってどこぞの袋小路にでもはまりこんだと思っておったが、こんなに近い場所で下劣なスポーンどもに取り囲まれておったとはなあ。不死と再生の象徴であるそなたにしては不甲斐ないのう》
《へっ、あんただって魔道帝国の人間魔道士ごときを恐れて隠遁してたじゃねえか。オレのことが言えるかってのよ》
《それを言われると返す言葉もないのじゃがな》
《どっちにしてもよ》
と、まさに伝説や神話などに登場する不死鳥のような姿をしたものが焔の揺らめきをその身体から発しながら、じろじろと辺りを見回し、言った。
《オレを火の河に押し込めやがった腐れどもはいなくなったようだし、残った蛆虫どもはオレが一掃するぜ》
雉のような少々押し付けがましい鳴き声を上げた炎をまとった鳥は、バサバサッと翼をはばたかせた。
それに伴い、炎の波動が地上でもぞもぞとしている母体をなくしたグラッジスポーンの亜種たちを焼き焦がし、瞬間的に蒸発させていた。
行く手を遮っていた地底の妄念の集団が消えてなくなると、フェニックスと酷似する姿をしたものは河岸に降り立ち、変身を解いてこの思いがけない事態に瞠目している若者たちと火竜の化身を眺めまわして言った。
《どうやら人間魔道士の脅威は消えているようだし、あんたがここいらを散歩するのは考えられるがよ、どうしてこのオレたちくらいしか出入りしねえ場所に、四人も人間を連れてきてるかが、わからねえ。まっ、そのおかげでオレは河の中から出られたんだけどさ。感謝はしてるけど、どういういきさつなのか、オレは聞きたくてしょうがねえ。だってそうだろ? この人間どもには何かわけがある。じゃなきゃ、ここで黒焦げにならねえはずがねえ。それにだ》
と、炎をまとう鳥の姿をしていたものはスライドを切り替えるようにさっと姿を変えた。その紅い髪は絶えず形も色も変える炎のように微妙な色合いでさらさらと肩のあたりで揺れ、大きめの隆とした鼻筋から続く口元はどこか不真面目ににやついている。黄色い瞳をした目元は、長い前髪の間に隠れてあまりよく見えなかったが、伝説や神話に登場する聖なる存在としては猥雑な感じを受けさせた。
その目が、朱音に集中し、彼は続けた。
《別にオレが出ていかなくても事は足りたんだろうけどよ、オレの悪い癖だ、妙に心惹かれるものを感じたのさ。ここにいる人間たち、面白い奴らだし、特にお前、そうだよ、そこの赤毛の娘。こりゃあ、めっけもんだと思ったさ。こういうのを、「一目ぼれ」っていうのか?》
《えっ?! は?!》
朱音は素っ頓狂に驚いたが、つかつかと近づいてきた不死を象徴するものの手が彼女を引き寄せ、有無を言わせない素早さで口づけられたことで、ますます動転した。
仲間たちは残念なことに、現実的な男女の駆け引きとか、恋愛の在り方とか、そういうものに対処する方法については今時のティーンネイジャーたちより疎かった。
全くの初対面で、それも人間でもないものにいきなり唇を奪われた朱音は当然ながら、それを彼女以上に硬直して見つめるしかない青年たちを不甲斐なく見ながら、フランメが助け舟を出した。
《これ、フェネクス、そなたの好色は変わらぬと見えるが、時機というものを考えよ。そなたは永遠の命をもつものでありながら、全く学ぶということをせぬ》
これを聞きとがめたフェネクスと呼ばれた人外のものは、愕然としている朱音の唇を解放したが、抱擁は解かずに言い返した。
《20年だぜ? あんただって、もし地上に雄ドラゴンが残っていたら飛んでいってモノにしてただろ? それにな、オレは常に生まれ変わる。学ぶだって? オレにとっちゃ、毎日が始まりで、終わりなんだ。だから目の前にイカした女がいれば、欲しくなるのが普通ってもんよ》
そして再び朱音の唇を吸おうとした不死の存在は、朱音の強烈な平手打ちと膝蹴りが腹に食い込み、怯んだ。そこをすかさず彼女を抱き締めていた両腕を振り払うようにして距離をとると、朱音は瞬間湯沸かし器のように一気にまくしたてた。
《ちょっと! あんた、何様のつもり?! これって、あたしたちの故郷だったら犯罪よ?! もちろんあたしは治安当局になんか突き出さないで、あたし自身の手でぶちのめすけれどね! 不死鳥だかなんだか知らないけど、あんたはあたしたちにお礼を言うべきじゃない? それなのにこれはどういうことよ?! 自分勝手に気持ちを押し付けるなんて、最低! あんたなんかが偉そうな存在だなんて、絶対信じないわ! もう自由になったんだし、さっさとどこかへ消えてよ! そのちゃらちゃらした顔なんか見たくないわ!》
しかし、フェネクスは怒るどころか、ケタケタと笑い転げて言った。
《ヒャアッハッハッハッハーッ! こんなに肝の据わった女はなかなかいねえ。ますます気に入ったぜ。確かに礼は言わなくちゃな。どうだい、言葉の上で礼を言うのはいくらでもできるがよ、その赤毛の豪胆な娘に惚れちまったし、お前たちについていって、手助けするってのはよ? そこの耄碌婆さんよりずっと身軽に立ち回れると思うぜ?》
朱音は憤然として言い返した。
《冗談じゃないわ! あたしにはね、れっきとした……》
思わず本心がこぼれだしそうになったのを危うく止めた彼女を、フェネクスは心を読み取ったかのようににやにやとしながら、
《れったきとした? え? 何か聞こえたみたいだが?》
朱音はまるで四面楚歌になった気分で黙り込んでしまった。玄人は彼女が言いかけて止めたことの中身を勘づいたが、彼女を弁護することでこの少々悪魔的な悪戯心に満ちた存在に追及させる足掛かりをつけてしまうような気がしてか、じっと口を閉ざしていた。
すると、今度もフランメが手助けをしてくれた。
《人間の心を弄んで楽しむのはやめよ。このものらはただの人間ではないゆえな。あまりやりすぎると、本当にそなたはまた生まれ変わりの憂き目に会うかもしれぬぞ》
フェネクスは、その華美な容姿に似合わない悪びれた様子で口をとがらせたが、炎の象徴であるが故か、彼の心境はころころと変わるらしかった。不死の存在はがらりと態度を変え、潔く負けを認めたように肩をすくめて言った。
《わかったわかった、オレの悪ふざけが少し行き過ぎたのは認めるよ。でも、その娘がオレの心にズキューンときちまったのはどうにもならねえことだ。そういうもんだろ? 惚れた女に尽くしたくなるもんさ。だからオレが同行したいってのもわかるだろ? 自分で言うのもなんだが、きっと役に立つぜ》
《それはどうだか?! あんな程度のモンスターに囲まれて身動きができなくなってたじゃない!》
きいっと朱音がやり返すと、フェネクスは素直に応えた。
《アイター! それを言われると立つ瀬がねえが、オレが復活する時はかなりひ弱なんだ。そこを狙われて逆に相手側にオレの身体を食わせるわけにはいかなかった。オレの血や肉は相手に不死性を与えちまうからな》
朱音は決して男嫌いとかそういうわけではなかったし、こうやって正直な告白をされると、長く怒りをためておくことのできない性質だった。だが、すぐに態度を軟化させるのも悔しくて、ぷいっと顔を背け、つっけんどんに言った。
《そういうわけなら仕方ないわね。あたしはもちろんこんな嫌なやつと行くなんて反対だけど、みんなの意見に従うわ》
仲間たちは互いに顔を見合わせたが、龍児が焔の化身のごときものに尋ねた。
《あなたは『大地のアギト』の先がどうなっているか知っていますか?》
フェネクスは、龍児の顔を穴のあくほど見つめてから、何か含むところがあるような顔つきになって応えた。
《ここに閉じ込められる前は気ままに飛び回れる身分だったからな、知ってるさ。そこに行くつもりかい?》
《はい、僕たちの探し物があるかもしれないのです》
《へえ? なら、オレがいた方がいいぜ、必ずな》
この謎めいた応えに、火竜の化身も頷いた。
《確かにそうかもしれぬ。あの場所は虚無に満ちておる。わらわは実体を持ってしまったゆえ、そこまでは行けぬが、フェネクスは炎を具現化しただけの存在。そして翼がある。あの虚無を隔てる絶壁を昇ることもできよう》
この世界のエーテルを代表するものの言葉は、レイジュウジャーたちの決断の方向を決定づけた。
朱音は渋々従うことになったが、折を見ては自分の傍に来て手を握ろうとしたり、腕を肩に回そうとしてきたりする、全く不死の存在とは思えない軟派な行動をとるものに閉口しつつも、再び地底の火の河岸を歩き始めたのであった。
*****
「しかしよ、なんでまたあんな合体技、思いついたんだよ、アカネ」
大牙が、様々なゲーム対戦で培ってきたに違いない、現実の戦闘における優位性からではなく、あくまで「見栄えのするカッコがよくて自分だけのオリジナルであり、その威力も問題ない」技をアドリブのようにぽん、とやってみせたことを感心しながらも、少しだけうらやむような口調で朱音に尋ねた。
彼女は、まとわりついてくるしつこい軟派男を撃退しながら、首をかしげて応えた。
「それがねえ、あたしもよくわかんないのよ。こういうことない? パッとアイディアが閃くようなこと。クロトの技はたいていが防御面の強化が多いけど、『斗星』は盾の叩きつけから水の波紋の衝撃波が出るでしょ? そしてここは火の河。あたしの力が増す場所よね。河っていうくらいだから、水にも通じてると思ったのかも。でもほんと、あたしはそういう相互作用とかを詳しく考えるような性格じゃないし、とにかく、ピンときたのよ」
すると、彼らの星の言葉で話していたにも関わらず、フェネクスが無遠慮に会話に割り込んできた。
《お前たちの言葉は面白いイントネーションなんだなあ? もしオレが生まれ変わる度に記憶がリセットされなきゃ、どこかで聞いたことがあったかもしれねえが、いよいよもってお前たちは面白い連中だ》
朱音はまるで害虫を払いのけるように「シッシッ」と言わんばかりに顔をしかめ、
《あんたには関係ない話よ。いい? あたしがあんたを蹴り飛ばしてまた河の中にぶち込まないでいるのは、あたしの仲間たちがあんたの同行を許したからよ。絶対にあたしはあんたを許さないし、傍に近づかれるのだってすっごく迷惑だってこと、よぉく心得ておくのね》
《おー、こわっ。だけど、お前は怒った顔もなかなか魅力的だぜ? じゃ、お返しに言っておくが、男ってもんは、手に入りにくければそれだけ闘志がわくもんなんだ。もちろん、例外もいるが、たいてい男は逃げる女を追い回さずにはいられねえ。よぉく心に刻んでおけよ、オレのかわいこちゃん》
朱音は、派手な投げキッスを当てられ、無性にいらいらとした。それだけではない。むらむらとこの不死の存在をこてんぱんにしてやりたい衝動に駆られる。それと同時に、仲間たち、特にその中の一人に何か、たとえばちょっとしたたしなめの言葉とかでもいいから、行動をしてほしいとこっそり思っていたが、情けなや、宇宙のどんな凶悪な怪人や侵略者たちと渡り合える力を持っていても、こういう微妙な駆け引きの仕方には通じていなかった。彼らはその思春期やそのあとの大人になりかける初々しい時間をレンジャーとしての訓練と前線での戦いに明け暮れていたのだから、精神的な成熟はかなり遅れていると言えた。そのことも、彼女をいらいらとさせた。
もしそれができると言えば、きっと彼らの上官キリルだけだっただろうが、今彼はいない。
朱音は余計な心配を思い出してしまい、ますますむかむかとしたので、肩を揺すって歩くちゃらけた炎の鳥の化身につっかかろうとしたが、フランメが苦笑いとともに言った。
《フェネクス、おなごを困らせるでない。それも、そのおなごはそなたと似たものをその魂に宿しておるのじゃ。そなたの衝動はわかる。わらわも、そこな若者の中に宿る同朋のごときものに惹かれておるからのう》
朱音が置かれている状態と似たような立場にある龍児が、彼女ほどではないにせよ、緊張したように顔を引き締めたので、フェネクスは彼を見、カラカラと笑い転げた。
《こりゃあ、面白れえ。確かにそいつからは竜族の波動を感じるぜ。だが、ちょっと違うな。毛色の違うドラゴンだ。と言うことは、フランメ婆さん、こいつの尻を追っかけてついてきてるってことか?》
火竜は妖艶な眼差しを不興に細め、
《そのことは否定はせぬが、そなたのような軽々しい衝動と同列にしてほしくはないぞよ》
と言ったところで、偉大な火竜の化身は突然に何かを思いついたように「おお」と感嘆した。
《なるほど、そのように考えればそなたの登場はまさに好機であったのかもしれぬ。そこなおなごとの出会いはあるべくして起きたことかもしれぬ》
《やめてよ、フランメさん。あたしはこんなのとなんか会いたくなかったわ》
《オレのことを「こんなの」扱いする人間なんかどこ探したっていやしねえ。ヒャッハッハッ! オレ、ぞくぞくしてきたぜ》
それまでのやり取りや態度を見てきた玄人が、内線で仲間たちに言った。
『あれはわしらがよく知っとる不死鳥とはかなりイメージが違うと思うんじゃが…』
『僕もそう思ったけれど、たぶんあれはどちらかと言うと、フェニックスが悪魔堕ちした方に近いのかもしれない。この世界には天使とか悪魔とかいうものはいないようだけれど、容易に悪意や妄執に凝り固まったものがうろつく世界に通じているし、光闇の在り方も必ずしも善悪の二局化としてとらえることはできないことがわかったばかりだ。だから、不死だからと言って、必ずしも聖なる存在であるとは限らないのが、この世界がもたらす作用なのかもしれない』
と龍児が応えると、大牙が空気を読まない発言を返した。
『悪い奴だとは思わないけど、どうしてこんなにアカネの奴にべたべたすんだよ? アカネのどこがいいんだか? ただの喧嘩っ早い奴でしかないじゃんか』
当然これを聞き、朱音の苛立ちは最高潮に達した。
『もう! あたしがこれだけ困ってるのに、あんたたちは知らぬ顔して! 目的地までどれだけかかるかわかんないけど、あたし、もう我慢ならないわ! あのチャラ男もだけど、何にも助けてくれないあんたたちにも、すっかり呆れたわ! あたしのこと、「かわいこちゃん」だなんて! 虫唾が走る!』
大牙が笑いを堪えるように口元を押さえる。
『「かわいこちゃん」って柄かよ? あいつ、目が悪いのか?』
『まあ、確かにアカネは不美人ではないけえのう』
『おとなしく黙っていれば、目を惹かれるとは思うけれど、「かわいこちゃん」というのは少し的が外れているかもな』
男性陣の意見に、朱音は派手に頬を膨らませ、今にも炎が弾けそうなほどの勢いでにやにやとしている不死鳥の化身に指を突き付けて言った。
《いい? あたしに指一本でも触れたら、その顎が砕けるくらいの蹴りをしてやるから気を付けることね!》
するとフランメが、彼らの内線の会話さえ聞こえていたかのような面白半分、新たな同行者をたしなめる半分、そのような物腰で言った。
《まあまあ、そうカッカするな、赤毛の娘よ。わらわが感ずるに、先ほどの荒業だが、あれは、フェネクスの影響も少しはあったかもしれぬぞ。そなたは正義の炎を心に宿すもの。そこに、フェネクスの完全な不死と再生の清い火焔の存在が加わり、そなたに新たな意識を、つまり意識の「再生」を促した。その結果、あのような強力な大魔法のごとき現象が起き、フェネクスは蘇った。そなたらは無意識に感応しあい、共鳴したのじゃ。フェネクスの性格の悪さはこの際除いて、そなたらは決して相いれない存在ではないのじゃよ》
《おっ、たまにはいいこと言うじゃねえか、火竜の婆様》
と大げさに喜ぶフェネクスをじろっと睨んで、朱音は言った。
《そういうことが起きるかもしれないのは否定しないわ。でも、だからってつきまとわれるのはすっごく嫌。ちょっと、あたしに恩着せがましいことなんかしないでよ。あたしは別に感謝なんてしないんだから》
すたすたと速足で河岸を歩き出してしまった朱音を追いかけるように仲間たちが続くのを、フランメが龍児の腕をとって言った。
《フェネクスがおれば、『アギト』の谷底まで案内してくれよう。わらわはこの姿で歩くのに飽きた。そなたにおぶわれていくぞ》
龍児が何か言い返す間もなく、フランメはぽんっと幼女の姿になり、身軽に彼の背中にしがみついてしまったのである。
彼は朱音ほど頑固に拒否するだけの感情の強さがなかったし、彼女ほど相手が発する強い好意に対する感受性に乏しかったので、火竜を背負って歩きだした。
そんな彼の黒い長髪に顔をうずめるようにしたドラゴンの化身は、大満足したようなため息を長々とはいて呟いた。
《やはり良い匂いじゃ……どうじゃ、やはりわらわとつがってみぬか?》
《…今の状況ではお断りします》
《では、時局が好転すれば?》
龍児がじっと沈黙を返したのを見、フェネクスはいよいよ楽しげにスキップをするように歩きながら言った。
《あっちもこっちも恋の炎が燃え盛ってるな! 燃えろ~よ、燃えろ! こりゃあ楽しい散歩になりそうだぜ!》
後になって玄人は気づいたのだが、このような場違いの騒ぎが、結果的に彼らの心を侵食していたキリルに対する激しい懸念を追いやり、気力を失わせる事態に陥らせないでいたのは、果たしてこのふたりの大精霊の眼力なのかそうでないのか。いずれにしても、彼らは至って前向きに、あるいはその時限りの発奮材料に意識を向けざるを得ない状況で、着実に『大地のアギト』の底に向かって歩を進めていけたのである。




