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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第七章 精霊王国編
94/103

『転がる、転がる、その真実は今いずこ』

 いまや、艦長室は外気の凍える寒さなど吹っ飛ばすほどの熱意と胆力で満ちていた。

 この稀な状況について、元は貴族だったらしい風変りな感性を持ち続けているヴァルロイが、勝手に酒をやりながら玄人が連れてきた双子のようなケイとヌーノを見、それから飛び入り参加してきた砂漠エルフのルオンを見、気障な仕草で酒のグラスを傾けながら言った。

《確かに私たちが息をひそめていた20年間に、急速に何かが巡り巡っていたようだ。人間というものは蜻蛉のように一瞬で燃え尽きるようなものだと思っていたが、我らやエルフを動かすほどの勢いを持つとは、いやはや驚きだ》

 そしてその人情味のない碧眼をレイジュウジャーたちに向け、

《そしてその発端の多くはおそらくそこの若者たちだ。ふーむ、面白いぞ、これは》

 するとオオワシのジグムントが、この不真面目な吸血族を批判的に見やってたしなめた。

《これはお前たち一族の自堕落な考えですまされぬ大事件なのだ。ふざけるのはいい加減にしてほしい。それができないのなら、むしろここに居合わせる資格はない。出ていけ》

 すると、ナムリスがその場に流れようとしていた険悪なムードを押しとどめるように言葉を挟んだ。

《極地の闇はおそらく今となっては相当な威力にまで高まっていると思われます。あなた方、光の皆さんであってしても、危険なほどにです。そこまで強くなってしまった闇を払うには、逆に闇の力が必要かと思います。ただし、それをどうやるかは、私には見当もつかないのですが…》

 ヴォルガの魔道士は、ルオンを見やり、問いかけるように続けた。

《さきほどあなたは『世界樹』というものについて言及されましたが、それはひょっとして、この世界の創世にかかわるものではないですか?》

 ルオンはどっきりとしたように大きく息を飲み、視線が自分に集中したことでエルフとしても一段と色白の顔に冷や汗をかいたようにしきりに鼻をつまんだり、唇をなめたりと挙動不審な様子をしてから、ようやく曖昧に頷いた。

《え、ええ、ぼ、僕の調べたことの結論として、こ、この世界の始まりについての謎が浮かび上がったことは確かです。く、加えて、この世界はいくつかの別世界とつながっています。た、例えば夢幻世界、それから亡者の世界…これは僕の推測でしかなかったのですが、さっき、ここにいる若者たちから聞くところによって現存していることを知ったばかりです。そうなんです、世界の始まりに生きていた巨神族はまだ存在しているんです、この世界の地下奥深くに。そして、グリアナンの最南にある『大地のアギト』…あの底なしの地溝帯とその向こうには、僕の推論では、この世の始まりを支配していた巨神族がまだ残っているのではないかと考えているんです。この地溝帯がどうしてできたかは、おおよそ見当がついています。僕たちが考えもできないはるか古代の戦いの爪痕なのです》

 話していくうちに熱がこもり、どもりも消えて、むしろ熱に浮かされたような饒舌さで話しとおしたルオンは、息切れしたように何度もため息をついた。

 これに、ナムリスがいちいち納得するように頷きながら言った。

《我々の種族の祖は、はるか昔の巨人だと伝わっています。我々の種族はかつてはこの大陸とは異なる地域で暮らしていたのですが、その古代の戦いでそこは荒廃し、大地は割れ、山は火を噴いて水は涸れました。それで我々の祖は別の定住地を求めて今のクロムマインにたどり着いたわけですが、そこもかつては大陸が広がっていたということですが、その巨神族たちの戦いで今のように大地の破片のようになった島々になったということです。そして我々はそこに奇妙な波動を出す場所を見つけました。一寸の狂いもない正確な極地であることは我々の調査で判明しています。そしてそこがこの世界の均衡を保ち、さらに、ここだけではない世界をつなぐ太い血脈のようなものであるのではないかと考えられています》

 ここで、ケイがこっそりと独り言ちた。

《なるほどね、そういうふうに解釈されていたってこと…いずれにせよ、このバランスをなくした地軸を戻さないと、ワームホールは崩壊する…すでに外殻はほぼ失われ、エキゾチックマターまで流れ出し続ければ、誰が作ったかわからないけれど、この完璧なまでのワームホールでも存在できなくなる…》

 ルオンの、エルフであれば触れてはならない創世の謎を究明することに熱意を燃やしていたらしいのを好ましく思っていない様子で聞いていたエリアスだったが、ケイの独り言を聞きとがめ、尋ねた。

《あなたは先ほど、この事態の原因と解決の道を知っているようなことを言っていたが、そのことについて話してくれませんか?》

 今度は視線が小柄なケイに集中する。

 レイジュウジャーたちの身なりや風貌も目を引いたが、ケイとヌーノの近未来的な身体にフィットした銀色のスーツ姿に、まるで生きた人間とは思えないどこか無機質な印象の強い風貌も、誰の目にも珍しいものに映った。

 ケイは淡白に肩をすくめ、無感情に応えた。

《あなたたちがわかるように説明すれば、闇の力を逆手に使うってことかしらね》

 一同が顔を見合わせる中、珍しく大牙がポン、と手を打って口を出した。

《あっ、わかった気がする!》

 レイジュウジャーたちは、こういうことにアイディアを思いついた彼に奇異の目を投げた。大牙は全員の期待と好奇の視線を受けながら、やや得意げに言った。

《つまりそれって、どんなことも対になってるって考えるとってことだろ? 今は闇が強過ぎて、光が負けてる状態だ。そこに光がさらに加勢しても、むしろ格好の闇の餌食になっちまう。理屈はよくわかんねえけど、闇と対になってるのは光だ。普通ならそれでバランスがとれてるんだろうけど、今は闇が対になってる光を食い荒らしてる状況だ。だから光そのもので闇の比重を戻すのは難しい。なんつうか、光が闇に負けて、自分から反物質、つまり闇ってことだけど、暗黒物質側に変換されちまうんじゃないかって。だから、考えの転換さ。光がだめなら、闇の反物質は? 光さ! どうだい、合ってるだろ?》

 ケイは、大牙の子供っぽい威張りくさった態度を面白がるように目元を和ませ、頷いた。

《その通りよ。あなたってそんなことを考えるような人だと思わなかったけれど、よく核心を掴んでるじゃない》

 大牙は、意外そうに自分を見る仲間たちに「へへん」と胸を張ってから、じろっとケイを見返した。

《一言多くねえか? 俺様が本気出せばこんなもんよ。でも、どうやって闇の反物質を取り出すかはわかんねえけどな。そういうのは他の奴らに任すぜ》

 すると、ヌーノが言った。

《そのことは、僕たちの方でできると思うよ。僕たちの『乗り物』を使えば、闇の波動から反物質である光を発生させることは可能だ。もちろん、ちょっと調整する必要があるからすぐにはできないけれど。だがこれは早急に取り組まなくてはならない。ここにいる一部の人は知っていると思うけれど、一人、この異常事態を引き起こしていると思われるものにより、誘拐された人物がいる。その者の救出は不可欠だ。もちろんその人物の命も重要だけれど、その人物が連れ去られた理由を考えれば、決してその者の潜在的なものを悪用されてはならないからだ》

 今度は、静観していたミーガンがハッとしたように言った。

《ひょっとしてそれって、『光の都市』の『遺物(アーティファクト)』のこと?》

 ユリアとヴァルロイがそろってうんざりとしたため息をついた。

《そんな妄想にとらわれたやつのせいであたくしたちは息をひそめなければならなかったのですわ。全く、またそんな話が出てくるなど、本当に人間と言うものは愚かな生き物ですこと》

 と人狼のユリアが侮蔑もありありと言ったが、ミーガンは全く相手にしないという口ぶりで言った。

《ウラヌスが収集、研究していた書物とか碑文とかを整理方々見た時に、『光の都市』にはこの世を支配できる『遺物』が眠っていて、それがあれば不可能を可能にする絶対的な力を手に入れられるっていう内容のものがあったの。『光の都市』なんて虚構だってことは、あたし自身が『夢旅人』だからわかっていたけれど、ヴェイドの中になんというか、分かれ道のようなものがあるのは感じていたわ。あたしは健全な『夢旅人』だから、そういう分岐点に立ち入ることはしてこなかったわ。ヴェイドは様々な『夢』の集合体。そのひとつに分け入るのは、危険が伴うの。誰かの夢だったりとか、悪鬼の吹き溜まりかもしれないからよ。でも、その話を聞くと、ヴェイドもそのいくつかの世界の一つに入るらしいでしょ? ウラヌスはそのヴェイドの分岐点のどこかしらがどこにつながっているか、見当をつけていたのかもしれない。あるいはヴェイドの精霊から何かを知ったのかもしれない。だからあんなにヴェイドに執着し、『光の都市』、つまりヴェイドからつながっているどこか別の世界にたどり着こうとしていたのかも。そこに絶対支配の『遺物』があると思い込んでね》

《…まさか、『世界樹の欠片』…?》

 と龍児が呆然と呟くと、エリアスが渋々といった物腰で考え込みながら言った。

《『世界樹』と9つの世界の観念は、エルフにとっては禁忌思考です。自分で言うのもなんですが、エルフは唯一我々のみであり、別世界と同様の立場の存在であるという考えは受け入れられないからです。ここがエルフの高慢さにつながるわけですが、先ほど、ルオン殿が言ったとおり、ここはいくつかの世界がつながり合った無限の世界です。そしてその『世界樹』つまり、世界をつなぐ枝や幹が今では虚ろになってしまっていることも、実は私は知っています。ふふふ、私も風来坊の兄と同様、里に残るエルフとは考え方が変わってきてしまったようですね。話を戻しましょう。そうです、『世界樹の欠片』とは、先史時代に起きた戦いの際、破壊された『世界樹』のわずかな木っ端のことで、それらが9つの世界にそれぞれ四散したという言い伝えがあります。そしてそれは、欠片になったとはいえ、元は世界を結んでいた超エネルギー体だったのですから、その威力は計り知れないでしょう。帝国の元筆頭魔道士は、そのことを研究探索のうちにヴェイドのどこかにあるそれを探そうとしていたのではないでしょうか。それは阻止することができましたが、今度は別の世界のなにものかが同じような野望をもって、このような事態を引き起こしているのではないでしょうか。世界のバランスを崩し、まるでどこかに転がってしまったものを手元に戻すかのように世界をぐらつかせているのではないでしょうか》

《そりゃあまるで子供のボール落とし遊びみたいじゃあないか。冗談じゃねえ、俺たちまで落とす気か》

 むっつりと黙り込んで強い酒を飲み続けていた人熊のフンボルトが言うと、弟のダレンがギャリオンに向かって言った。

《で、結局あのくそったれな筆頭魔道士は、『欠片』のありかを知っていたのか?》

 ギャリオンは魔道士の着るローブ姿ではなく、道着のような上着に黒い袴のようなズボンを履いて、その鍛え上げた太い二の腕を組みながら応えた。

《ここにいる四人の若者たちがいなければ、ひょっとすると見つけ出していたかもしれんが、それは今となってはわからん。ただ、もしそれが今回の災厄の動機だとすれば、必ず打ち砕かねばならない》

《じゃ、このことは、『世界樹の欠片』を手に入れようとして起きていることなの?》

 と朱音が問い返すと、エリアスは深刻に頷き返した。

《そのように考えると、この悪意に満ちた波動の意味も理解できる、という程度の推測ですが、おそらく全くの見当違いでもないと思われます。「力」を欲するという意思はなかなか抗えない強い誘惑なのでしょう》

 朱音たちはあの木っ端にしか見えないものの不可思議で強力な力を秘めたものを実際に見たし、所有もしていたから、この意見をよく理解できた。そしてそれが悪用された時の脅威も。

《あたしたち、その『欠片』を知ってるわ。一つは確実にやばいやつに持っていかれてる。たぶん、ヴェイドか地底の空洞で見つけたものね》

 この発言に、より『世界樹』について知識を持つルオンやエリアス、そしてミーガンが特に驚いた。

 ギャリオンはざわつく船室内を鎮めるような口調で言った。

《つまりは、その『欠片』なるものを奪われてはならぬということだな。この重い闇が流れ出しているという場所から、この事態の元凶のもとへは行けるのか? 聞いているだけであると、我ら人の脚では到達できそうもない場所に思われるが》

 するとミーガンがあっけらかんと応えた。

《それは考えがあるわ。でも、それを説明してる暇はなさそうよ》

 と言った傍から、ガクンと大きく艦が急ブレーキをかけたように停止したのである。そしてかなり魔力を使ったらしく、髪の毛を乱れさせ、きりきりとした様子のファリーダが駆け込むように船長室の中に飛び込んでくるなり、腹立たしさもあらわに言った。

《ちっくしょう、私のゴーレムの腕をぽっきり折られちまったよ! 外はやばいくらい重圧がかかってる。氷もまるで鉄の塊さね。あと少しで極地のど真ん前まで行けたんだけどねえ! そこらじゅうが重力のひずみだらけさ! さあ、ギャリオン、あんたならどうする?!》

 現筆頭魔道士は不敵に笑い、応えた。

《答えは一つ、叩き壊す…!》

《それ、いいわね! 久しぶりに運動ができるわ!》

 と朱音が場違いに喜色に顔色を染めて言うと、大牙が両拳を固めて続けた。

《ぶっ壊すのはお手のもんさ!》

 この二人の若者を見た人熊族の兄弟が興味をひかれたように言った。

《おもしれえな、そこの人間は。よし、俺らもいっちょやっつけにいくか》

《あたぼうよ、兄者。俺らの道を塞ぐもんはとりのけるのが常さ》

 ギャリオンはすでに船室から出ていこうとしており、それに続こうとした朱音の腕を龍児が引き留め、小声で忠告した。

「…今僕らは変身できないんだ、気をつけろよ。無謀なことは…」

 朱音は、心の奥深いところで非常にカッカとしながらうずうずとするような思いを感じながら、口ではいつもの彼女らしく強気に応えた。

「だいじょうぶよ。ケンカする時の力配分はわかってるから」

 肉体派の面々が出ていくと、魔力の消費で疲れた身体に力を戻すように強い酒をあおっていたファリーダが呆れたように言った。

《あれで筆頭魔道士なんだからねえ…でもこの魔力の集中を奪うような場所では、あの男はうまくやるだろうよ。皮肉なことさね。私ゃ疲れたから、ここで高みの見物と行こうかしらね。あんたたちも見たいだろ?》

 と彼女は、艦に強い推進力を与え続けていたゴーレムの制御盤に映し出されていた周囲の光景を船室の壁の一枚に投影してみせた。

 暗い空間、黒い吹雪、火傷するほどに冷え、凍り付いた海面が見え、そこにさらに濃い暗黒の触手のないクラゲのように浮遊する何かが見えた。そしてその背後にはより濃い漆黒の暗闇があった。

《…なんという重い暗闇なのだ…これでは光はあっという間に押しつぶされる…そんな中で彼らはどう戦うというのだ…》

 ジグムントが思わずつぶやいたように、その中に微かに動く人影はあまりに小さくひ弱に見えた。

 すると、マリー姫が両手を祈るように組み合わせながら言った。

《…時間は刻々と…あの漆黒こそが入り口…み使い様のためにもどうか…》

 これを聞き、エリアスが愕然と呟いた。

《…そうか…あの人間はそれ自体が「均衡」なのか…だからこの若者たちを…ふぅーむ、いよいよ不可思議だ…エルフの私がこのような考えに陥るなど…しかし…なんという運命のいたずらなのか…いや、これは起きるべくして起きたことなのか…》

《星は告げていました。これは運命(さだめ)なのです》

 ナムリスの断言に、その場の者たちは一瞬言葉を失ったが、ファリーダが投影した外の様子に変化が起きたので、皆の注目はそちらに移った。

 そして彼らが聞いた最初の言葉は、あまりに子供じみていて、これがよもや世界的危機の真っただ中にあるものの言葉かと耳を疑った。

《ヒャッハー! おい、アカネ、俺とどっちがたくさんぶっ潰せるか、競争しようぜ!》

《いいわね、それ。ただ倒していくだけなんて面白くないもん》

 ジグムントがエリアスを見やり、言った。

《彼らは『星河界』から来た『光の戦士』ではないのか? これではまるで…》

 エルフの癒し手は苦笑しながら応えに窮し、代わりにワタリガラスのクラウドが珍しく目元を興じさせて言った。

《深刻な事態はもうわかりきってることだ。これくらい気負いがない方が力を最大限に引き出せるものさ。俺はなかなか気に入ったぜ》

 このようにして船内に残ったものたちは感心や驚きをもって外の様子を見守るのであった。そして外で戦う者たちは…?

《いっちょ上がり! お代わり!》

《ちょっと、あたしのを分捕らないでよ!》

《俺らもその競争に混ぜてくれよ》

《暗黒の波動など、私の覇気にかかればただの黒い霧にすぎん! 足りぬ、足りぬわ!》

 脳筋軍団ここにあり。

 果たして背後にある漆黒の極地への道を無事に開くことはできるのか。

 彼らに「否」という選択肢は皆無だった。


*****


 実際に本物のいわゆる「亡霊」などというものを見たことがない朱音と大牙は、それを恐れる、という神経を培ってこなかった。二人とも、『正義の守り人』になる以前は、自分の身体だけが資本であり、そこに「自分」がいるということしか認識しないような暮らしをしていたから、最も恐るべきは人間の中に渦巻く様々な欲望が引き起こす悪徳であることを、論理的ではなく、実地で熟知していた。

 だから、今彼らを取り巻く悪霊としか表現できないものを次々と霧散させ、消滅させることに少しの怯みもなかったわけである。

《これって、きっとあたしたちをあの向こうにある真っ黒な場所に行かせないように邪魔してるつもりなんでしょ?》

 群がってくる黒いものを薙ぎ払うように回し蹴りをして蹴散らしながら、朱音が顔をその一際漆黒の深い地点に向け、言った。

《そのようだ》

 とギャリオンが極寒の気温にもかかわらず、もろ肌を脱ぎ、あちこちから飛んでくる黒い霊魂のようなものを殴りつけ、時折魔法の衝撃波を伴う裂帛の声を上げてキレのある動きで蹴り倒し、それを無慈悲に踏みにじり、また別の妨害してくるものとの間合いを絶妙に詰め、間断ない拳の突きを繰り出しながら簡潔に応えた。

《でもよ、こいつらキリがないぜ? 無限リスポーンとか冗談じゃねえよ》

 と大牙はすでにやりこんだゲームに対して飽きたというような様子で口を挟んだ。

 すると、人熊族の弟の方、ダレンがその巨体を活かして所かまわず突進し、体当たりをして黒い捉えどころのない、それでいて強い重さを伴っているものを跳ね飛ばし、踏みつけ、膂力の強い腕をぶん回しながら、言った。

《これは冬の訪れに伴ってやってくる氷結の精霊だと思うが、いつもならこれはせいぜい極地とその近域にしか現れねえ。それがここまで来てるってことは、これの背後には大物がいるんじゃねえかな。俺の勘だが、あの真っ黒いところから何かが現れそうな気がするぜ? こいつらは雑魚だが、あそこから出てくる奴は決してあなどれねえ》

 と言った傍から、なんらかの強烈な波動が発せられた。

 これは、船内から様子を伺っていた者たちの幾人かにも感じ取れていた。

 その一人、ナムリスがもともと蒼白い肌をさらに血の気を失って呆然と呟いた。

《……極地の門が極夜のうちに開かれし時、『常夜の支配者』はその配下を引き連れ、この世を夜の中に閉じ込めんとす……『影の軍勢』の闇将軍がその全容を見せんとすれば、そのものはたちどころに首をはねられ、闇将軍の首無し馬の蹄によりて跡形もなく踏みつぶされるであろう…おお…我が民の住む村が無事であればよいだ…》

 魔力によって透過されて見える外の様子をつぶさに観察していた龍児が、ナムリスの呟きを聞き留めて、やはり彼も呟くように言った。

《デュラハンに似ている…? とすれば、僕たちは死の宣告を受けたことになる…これはちょっと厄介な相手だ。あれはアンデッドと混同されているけれど、実は精霊なんだよ。バンシーみたいな、不幸を告げる種類のね。力でねじ伏せられるかどうか、僕にはわからない》

 すると、船をここまで傀儡魔法によって進ませ、終始酒を飲んで沈黙していたファリーダが不遜に踏ん反り返って座ったまま、突然言葉を発した。

《そこにいる御姫様は、ただの物見遊山でついてきたわけじゃないわねえ? それとミーガン、あんた、このくらいのエーテル嵐ですっかりやられちまったなんて言う情けないことにはなってないだろうねえ?》

 ファリーダの、核心をぼかした物言いに、マリーとミーガンは自然と目を合わせた。

 マリーが純朴に応えた。

《はい、あたくしはまだ未熟者ではございますが、きっと必ずお役にたてると信じて参りましたわ。あたくしに何かできることがあるのですか?》

 ファリーダは片眉と唇の端をわずかに持ち上げて納得の相槌とすると、ミーガンの返答を待った。ミーガンはファリーダに劣らず不遜に応えた。

《この程度で魔力を惑わされていたら、元賢者のプライドが…いいえ、このミーガン・ウェヌスのプライドが許さないわ。つまり、なにをさせたいわけ?》

 ファリーダはまだ疲労が残っているような物腰で椅子から立ち上がると、グラスに残っていた強い酒を一息に流し込み、船室の隅っこで全く危機感なく酒と肴を飲み食いして傍観していた部下二人に厳しく言った。

《ワリード、ウマル! まさかこの船に使ったゴーレムの核しか用意してこなかったなんていう間抜けなことをしちゃいないだろうね?》

 ファリーダの詰問に、二人の部下はしゃっちょこばって立ち上がると、ウマルが自分の雑嚢からラディウム鉱石から放たれる有害な成分を遮断する特殊な布で厳重に包まれたものをちらりと見せ、誇らしげに応えた。

《まさかわしらがそんな阿呆な真似をするとでもお言いになるでがすか? ほれ、こうしてとっときのブツを持ってきとるでがすよ》

 ファリーダはまるでせいぜい及第点をとった程度の物腰で部下たちの手配りに対して頷き、その場のものたちに向かって言った。

《とりあえずの目的地を眼前にして、こんなふうに閉じこもってるなんて愚の骨頂だと思わないかい? 私が見るに、こちらに迫ってきているものは、確かにそこの若造が言ったとおり、死人というより、霊魂、ないしは傀儡の術によって動くもののようね。そして、私たちが目指す場所を守っていたものとも思われるね。外で渦巻いている暗黒のエネルギー体のようなものも、この首無し馬に乗っているなにものかが操っているか、あるいはもっと深奥に根本があるかまではわからないけれど、とにかく加勢に行った方がいいことは明白なことね。船を取り巻く氷はまた厚くなってきているし、これはスピーディに行動することが必要よ》

 すると、マリーが心もとない様子で尋ねた。

《あたくしに何ができますの? あたくしはまだ魔力をうまく使いこなせない未熟者でございます。このようなすさまじい環境のもとであたくしごときの力がお役に立てますでしょうか? むしろ脚を引っ張るのでは…》

 ファリーダは、フランス人形のように愛くるしい顔をした王女を見下ろすと、何もかも承知の上だと言わんばかりに応えた。

《その「()」の魔力が役に立つからさ、お姫様。魔力ってもんはねえ、熟達すればするほど不純物が増えるものなのよ。ま、それをどうコントロールするかもその魔道士の力量になるわけだけれど、今はあんたのような、無意識で反応する混じりけのない魔力が有効なのさ》

《じゃ、元賢者だったあたしなんかは濁り切った魔力を持つ魔道士ってことになるわね。そんなあたしがどうせよって言うの?》

 皮肉たっぷりに問いをぶつけたミーガンに、ファリーダはにっと笑い、

《魔道士ってのはなぜか単独行動をとりたがるみたいだけれど、私はずっと以前から魔力の威力をより高める可能性を確信していたのさ。それを今実践するんだよ。あんたも、長くギャリオンと組んでいたくせに、考えつかなかったのかねえ? まっ、私は窓際族だったからねえ、考える時間はたっぷりあったわけだけれど。さ、お姫様とミーガン、行くよ。ワリード、ウマル、準備をおし》

 彼女の部下たちは二言もなく、むしろ嬉々とした様子で荒れ狂っている船外へと飛び出して言った。

《ちょっと待ってください》

 と引き留めたのは、龍児である。

《魔道士のあなた方ならともかく、マリー姫を危険ななにものかと対峙させるのは危険すぎやしませんか? 僕らも一緒に…》

《いいえ、だめよ》

 龍児は、話の腰をぶっつりと折られ、やや不審にケイを見やった。ケイはじっと、その瞳全体が湖水のように蒼い目を龍児と玄人に向け、きっぱりと続けた。

《あなたたちは別の機会まで、相手方にその存在を完全に露呈させてはだめ。それは、そこのひとにもあてはまるわ》

 と、彼女は船室の片隅でひっそりと佇んでいるコンスタンティンに視線を投げた。

 おそらく彼はまだ自分を慕い、従順に使えてくれたマルセルの死の衝撃から立ち直っていないらしく、緩慢にケイを見やり、投げやりに言った。

《私が? ふっ、すでに私は虚ろな存在になってしまった…そこの姫君が言ったとおり、私から復讐を取り上げたら、何もなくなってしまった…そうだ、唯一私を「生きている」と実感させてくれた愛しいマルセルでさえ、私の復讐の巻き添えにして死なせてしまった…私にはもう何の価値もないのだ…》

 この悲観的な呟きに、ユリアがヴァルロイを横目で見やり、嫌味たっぷりに言った。

《だからストリゴイって連中は嫌なのよ。こそこそネズミの血でも吸ってればいいのに、妙な浮気心を出して、人間を孕ませるなんて、全く、なんて破廉恥なんでしょ》

《私たちにはまだ情熱が残っているのだよ、君たちと違ってね。美しいものは美しいと称賛し、愛することのどこが悪い?》

 またまた夫婦喧嘩になりそうな風向きになりかけたのを、元の負けん気な顔つきをした少年の姿に戻っていたパリスがとどめるように、そして同時に何か閃いたかのように目を輝かせて言った。

《あの、俺も一緒に行っていいかな?》

 この発言に真っ先に反対したのは、彼の一応の両親である二人だった。

《あらまあっ! そんなこと絶対にいけませんよ! あなたはあたくしの大切な子供。絶対にそんなことはさせません》

《お前は私たちよりずっと多くの闇の眷属としての覇気を備えている。それを完全に引き出せればよいが、まだお前は目覚めたばかりだ。危険が大きすぎる》

 すると意外なところから声が上がった。

《そいつの好きにさせてみたらどうだ?》

 ワタリガラスのクラウドだった。ユリアが不機嫌極まりなく反論しかけたのだが、パリスの手が母の手を握り、母の感情の爆発を押しとどめた。

 パリスは自分の真の姿に目覚めてから急速に大人びたような様子で、言った。

《よくわからないんだけど、何かできる気がするんだ。それに、今みたいな状況になったのって、俺らの村が発端だろ? だったら俺はそのツケを払わないと気が済まない》

 子供の意思を親だからといって曲げさせるほど一方的な過保護ぶりはせず、両親である魔性の二人は、すっくと立ちあがって今か今かと待っていたファリーダに続いた子供を見送った。しかし、ユリアの苛立ちは治まらなかったらしく、ぐいぐいと酒を飲みながら不平をこぼした。

《年端もいかない魔道士と世間知らずのお姫様、それと不格好な傀儡を操る女魔道士…そんな連中に何ができると言いますの? あたくしの子供に引っかき傷一つでもついたら、決して許しませんよ》

 この親バカ発言に対し、ユリアほどではないにせよ、魔力の訓練を一任され、同時にこの不吉な事件のお守り役として随行してきたエリアスが、姫をこのような魔物の跋扈する中に送り込むことになってしまったことになり、気づかわしい表情で彼女を見ながら言った。

《しかし、本当に大丈夫でしょうか…マリー姫はまだ幼いし、魔力の鍛錬も中途でございます》

 すると、それまで黙り込んでいたルオンが歯切れの悪い口振りで言った。

《姫君の魔力の成長は、ほんの少し前からご一緒させていただいただけですが、信じられないスピードで成長していることが感じられます。それに、あの傀儡使いの言ったとおり、彼女の確信していることを、私も漠然と知りました。きっとこれは成功します。そして革新的な発見になるでしょう》

《それなら、どうしてこの若者たちやコンスタンティン殿はだめなのだ?》

 とレオナが尋ねると、

 ルオンはやや考えてから、まだ不明の点も残しているような曖昧な口調で応えた。

《それはきっと、世界が補い合いながらバランスをとっているせいだからです。おそらく、これから外で行われようとしている、一種の実験的な戦法と通じるものがあると思われます》

《では、パリスは? なぜパリスは行かせたんだね? 彼は闇の眷属としては強力だ。あちら側の勢力として取り込まれはしないのか?》

 とヴァルロイが問いかけると、エリアスは、そのことについてはわからないと言いたげにクラウドを振り返った。

 クラウドは、壁によりかかって門外漢だというような態度でそこに佇んでいたが、素っ気なく応えた。

《俺は光の側だが、人間のことも、そのほかのことも見知る機会が多い。だから勘働きが他の光の一族より働くのさ。奴にはこの事態をひっくり返すようなものを感じただけだ。いずれにしてもだ、早く進まないとこの船ごと凍り付く圧力で潰されるぜ》

《極地の周辺には多くの我らの集落があります。この様子だと希望は持てない…何故このような運命が下されたのか…ああ、どうか勇敢なひとびとよ、この窮地を脱せたまえ…私には祈ることしかできない…》

 ナムリスが勇猛なヴォルガ族にしては意気をなくしたような呟きをもらし、外が透過されて見える中にますます弱弱しい人影がちらちらと見えるのをじっと見つめた。

 船内はハラハラとした雰囲気で満ち、みな、一様に緊張していたが、暗い風雪の中、しゃんとした一声が聞こえ、一同はハッとさせられた。

《我が意に従えし魔人よ、その姿を顕現せよ!》

 と、そこにむくむくと何かが膨れ上がり、ぽんっとまるで風船人形が出来上がるように直立したのである。

 それを見た玄人がさすがに呆気にとられたように言った。

《なんじゃあ、ありゃあ…まるであれやないか…なんつう名前だったかな?》

 龍児が、今でも宇宙連邦共通のグルメガイドとして有名なマスコットキャラクターのことを言おうとして、外からの罵声に邪魔をされた。

《なんだい、このなめた面したぶよぶよのゴーレムは?! こんなものに私が乗れと?》

 きんきん声の背後で、おそらく部下二人がそれぞれの言い分を並べ立てているのを想像し、玄人は何となく笑みが沸いた。それを見て龍児が怪訝に言った。

《笑ってる場合じゃないぞ、クロト。この闇は僕たちの能力を封じるほど危険だし、第一ボスがどうなったのかと思ったら…》

《わかっとるよ、わかっとる、リュウ。じゃがな、ああいうファリーダはんの様子が見られて、わしゃあ、なんか楽観的になれたわい。お前の心配はものすごくわかるが、周りを見てみい。わしらだけじゃないんや。ここはみんなのことを信用して、成り行きに任せるしかないんじゃ。どっしり構えて、いざという時、全力以上の力を出せるような心づもりでいないとな、リュウ》

 龍児の性格上、やきもきするのを完全に取り払うことは難しかったが、透過された外の光景に動きが出たので、そちらに意識を集中することにした。それに、玄人の言い分が極めて正しいことは龍児にも頭の中ではわかっていることだった。

 そしてまさに凍り付いた海面上では、不気味な首無し騎士とそれが乗る首のない馬がその全容を現し、それに対峙するように人間と亜人たちが向き合っていた。

《防御障壁発動! 攻撃増幅発動!》

 ミーガンのかわいらしいながら芯の通った声が聞こえると、その白くてマシュマロのような妙な外観をしたゴーレムに乗ったファリーダが気の張った声で一言、叫んだ。

《魔力流入完了! さあ、本物の魔法ってやつを見せてやるよ! 魔道連携発動!》

 外は極寒の、生命力を否定するような闇の中。しかし、戦いに挑む彼らの周囲にはそれ以上の気迫と生きていることの強い拍動が脈打ち、そのたびにそれは大きく広がりを見せるのだった。


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