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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第七章 精霊王国編
86/103

『キツネとカラスとキリン』

 マクシミリアン王子が、夜更けの街中で死んだ弟の姿をしたものと遭遇してから、カーマイン王国で起きていた怪奇現象はぴたりと止まり、通常の活気を取り戻したかのように思われたのだが、そんなある夜、王子の私室の扉が特徴のあるノックの音で叩かれたので、彼は夜ごとの巡回のせいでたまっていた王国の統治者としての書類仕事を書き物机に向かってしていたのを中断し、ペンを置きながら言った。

《入りなさい、マリー》

 そっと扉が押し開かれ、ナイトドレスに透き通るようなピンク色のガウンを着た妹マリーと、その背後に影のように付き従う黒いドレスのオクタヴィアが入ってきた。

 マクシミリアンは朴訥で、どちらかというと思索家ではなかったが、この二人が何かに気を取られていることに気づいた。

 おそらくそれは、彼女たちにとっても漠然としているのだろう、マリーはもじもじとし、なんといって切り出そうか悩んでいるようだったので、兄王子がにっこりと笑いかけてから尋ねた。

《こんな時間にやってくるのだから、きっと大事なことなのだろう? さあ、感じたことを話してごらん》

 マリーがそれでもまだ言葉に詰まっていると、オクタヴィアがそんな姫を励ますようにそっと手を握りながら、話を切り出した。

《このところ、殿下が夜の巡回に同行していることは存じておりました。したがって、私も〈銀狐〉に報せを入れたのですが、彼はすでに街の中で奇妙なものがうろついていたことを知っておりました。しかしながら、盗賊ギルドは幽霊や化生のものについては不得手です。それを、マリー様がお感じになったというとのことで、こうして参ったのです》

 マクシミリアンは、妹がそういう方面に秀でているということを、彼女の指導を引き受けているエルフの癒し手から聞いていた。だから、マリーの可憐な唇が勇気を振り絞るように言葉を発するのを優しく待った。

 マリーは、自分の中でタイミングを計るように息を整えてから、ようやく話し出した。

《よくわからないの…夜霧に紛れているみたいに、とらえどころがないの…でも、それはいたことは確かなんですわ。そのひとの声を聞いた気がするの…》

《なんと話してきたんだね?》

 とマクシミリアンが尋ねると、マリーはオクタヴィアを振り返って励ましを受け取ると、応えた。

《…「兄君に伝えなさい。これから闇と光が入り混じり、宵と明けの明星が暗雲の中に隠れてしまうかもしれない。人間たちは動揺するだろう。我々は決して人間たちを軽んじてはいない。この世界でともに「生きる」もの同士、いさかいを起こす気は毛頭ないということを、どうか伝えてほしい。そして闇と光の攻防の余波に備えてくれ」……夜の闇が似合うお声でしたわ…もしかするとあたくしの空耳かも……いいえ、違うわ。そのひとは確かにそう言ったのです》

 マクシミリアンは、先日の夜更けに出会ったものを思い出していた。セドリックの姿を借りたなにものか。彼もあれと出会い、不気味さや恐怖より、好奇心を抱いた。きっとマリーに言葉を伝えたものと同じものに違いない。

 王子は、妹の頬を愛しげに撫でると、頷いた。

《私もそのものには出会っている気がする。あれは確かに人外のもの。王国で先日まで起きていた変事は今は収まっているが、そのものがそのような警告を発したということは、王国近隣の村や町でも何か事件が起きる可能性がある》

 ここで視線をオクタヴィアに向け、

《盗賊ギルドに協力を仰げないかな? 私が乗り出してみたいところだが、体調を回復したとは言え、父君をひとり置いていくわけにはいかぬ……こういう時、セドリックが生きていればと切なく思う》

 オクタヴィアは有能なローグらしい鋭敏さで頷くと、

《すでに王国内の村、町、集落に向けて使いを出してあります。そろそろ何羽か使い鳥が戻っているかもしれません。私は失礼して、ギルドに行ってまいります》

 と彼女がきびきびと退室しようとしたところに、ベランダに出られるフランス窓を叩く音がし、三人はそちらを見た。

 それが誰か一番にわかったオクタヴィアがさっと扉を開き、三階にあるマクシミリアンの私室のベランダまで這い登ってきた盗賊ギルド長〈銀狐〉を室内に入れた。

《こんなふうにお伺いするのは失礼を承知だが、今大変な事実を知ったのでな。朝が来るのを待てなかった》

 と、〈銀狐〉は背後から黒いマントに身体を包んだ青年を振り返り、言った。王子は直感的にその顔の半分を隠すように前髪を垂らした、やや陰気な様子の人物を奇妙に思ったが、〈銀狐〉のことは信頼を置いていたので、その者に発言を促した。

 マントの青年は黄色い眼差しを床のじゅうたんに落としたまま、淡々と話し出した。

《俺はクラウド、特定のギルドに属さないが、それだけ自由に情報を得ることができる。〈銀狐〉のおやじさんとは馴染みでね、だから小耳にはさんだことを報せに寄ったんだ。シアン村は知ってるだろう? そこに『聖アウロラ教団』が乗り込み、村民を皆殺しにしたそうだ。なんと、そこの住人はすべてルー・ガルー一族だったということだ》

 その名称を聞き、マクシミリアンとオクタヴィアは顔を見合わせた。両名とも深刻な顔になっていた。

 〈銀狐〉が嫌悪感もあらわに言った。

《その顔じゃ、奴らが胡散臭い集団だということは知ってるようだな。あの連中はカルトだよ、カルト。盗賊ギルドも閉鎖的だが、あの連中はもっとひどい。だが、表向きは聖アウロラの聖堂を管理し、守るつまらねえ連中だし、奴らが魔性のものを掃討するのは、広い意味で聖なる務めなのかもしれんが、奴らのやり方は好かん》

《シアン村の人々を惨殺した上に、何らかの目的でたった一人、その難を逃れ、山を越えたらしいものがいる。それを追跡するはずだ。『聖アウロラ教団』については、この俺も好きじゃない。たとえ相手が闇の眷属だったとしても、単純に殺せばいいというわけではない》

 と黒マントの青年は言うと、その場の者たちにそっけない一礼をして続けた。

《俺は山の北側で活動してるものとつなぎをつけなければならない。その途中でこの情報を耳にしたから立ち寄っただけだ。王都にもいずれシアン村の惨劇が伝わるだろう。その時、王都に混乱が起きないよう、手配りが必要だな。普通なら、ルー・ガルーが国内に潜んでいたということがわかった時の人間の反応は容易に想像がつくはずだ》

 と言い残し、黒マントの青年は音もなく入ってきた窓から姿を消した。

《……不思議なひと……》

 マリーがぽつり、とつぶやいた。

 だが、この呟きは現実問題に気を取られていた他の三人の耳には届かなかったようだった。

 王子が厳しい表情を崩さず、言った。

《ルー・ガルー一族とは久しく聞かなくなった獣人族だろう?》

 オクタヴィアは頷き、

《この間のストリゴイと言い、今度は人狼…マリー様がお聞きになったという言葉…『聖アウロラ教団』まで乗り出してきたとすれば、これはとても厄介なことになるでしょう》

《一人逃げ延びたっていうやつを早急に見つけ出さないとな。そして何がどうなっているか説明してもらわないとならねえ。よし、俺が行こう。オクタヴィア、お前は国内の『聖アウロラ教団』の動きを見張るんだ》

 と〈銀狐〉はてきぱきと指示し、自分も入ってきた窓から去っていった。

 残された三人は、初秋のひんやりとした夜風がフランス窓にかかるカーテンをひらひらとさせるのをしばらく見つめていたが、マクシミリアンの言葉で我に返った。

《こういう時、あの冒険者たちがいればこんなに悩まずにいられるのではないかと思ってしまう…ははは、王子たる私が気弱になっていてはだめだな。オクタヴィア、お前は盗賊ギルドと協力して、王都に不審なものが紛れ込まないように警戒してくれ。マリー、お前はエリアス殿と一緒にいることだ。オクタヴィアが城を空けてしまうと、お前を守る者がいなくなるのでね》

 マリーはふっと夢見るようなまなざしになった。

《……お兄様…あたくし、思うんですの…きっとあの方たちは現れます……あの方たちは正義と平和をもたらすみ使いですもの…》

 こうして、闇と光の一族の騒動は、王国にも拡大していくことになったのである。


*****


 レイジュウジャーたちは彼らにしては緊迫した面持ちで、ファンロンの艦長室兼会議室兼その他もろもろの用事を済ませる部屋に集まっていた。そこの艦長席に座るキリルの表情も厳しいものだった。魔性の者たちはヴァーチャルームに再現した空間に残していた。

「どこの星でもそうだが、外見やその習性の在り方の相違から生じる偏見や正義感で結束した集団との交渉は非常に難しい。特に人間が生物のピラミッドの頂点にあると思い込んでいるほど、その固定観念は強くなる。確かに、そういった集団の行為は完全に間違ってはいないのだろうが、察するに、その『聖アウロラ教団』というのは秘密結社のようなものらしいし、打倒すべきものとしてるものが人間が本能的に恐れる「魔物」だ。これは微妙な問題になったね」

 とキリルが言うと、大牙はいらいらとした様子で言った。

「でもよ、ボス、このまま何にもしないでいるなんてできねえよ。リナの村がひどいめに会っちまう」

「わかるわ。だけど、あたしたちも十分不審者よ? 乗り込んでいってもっと状況がめっちゃくちゃにならないかしら」

 朱音の推論に、キリルは頷き、

「そのこともある。君たちの能力は、この世界の者たちからしたら、魔力だけでは片付かないものに映っている。もちろん、相手方が君たちの評判を聞き及び、君たちをいわゆる「勇者」としてとらえていればいいが、逆にとらえることも想定できる」

「見ようによっては、僕たちは「精霊憑き」として映るでしょうね。それこそ、討伐の対象になりかねません」

 龍児のネガティヴな発言も、現実味があるので誰も否定できなかった。

「じゃが、このまま傍観しとることもできんじゃろ? 話を聞くところじゃ、ちょっとでも関りを持っただけで厳しい処遇を受けるっつうことだったじゃろ?」

 玄人の意見は、レイジュウジャーたち共通の気持ちだったのだが、相手とする者たちが、単にものの捉え方が違っているだけの人間であるということが、彼らの意気を下げていた。

 部下たちのテンションが下がっているのは一目瞭然だったので、キリルはひとつ嘆息すると、すっくと立ちあがって言った。

「君たちの風評がどのように影響するかわからない以上、ここは私が単独で行動する方がよい気がする」

 レイジュウジャーたちはそろって驚きの声を上げた。

「えっ?! でも?!」

 キリルは、一見なよやかに見える貴族的な風貌に似合わない毅然とした様子で若者たちの心配を振り払うように首を振った。

「君たちは有名になっている。その名声が悪名に変わるのは、今後私たちが旅を続ける上でよろしくない。だが私はこの世界では全くの無名だ。万一何かが起きても、単独なら打開することは、君たち四人よりも容易だと考える。交渉術もそこそこに自信はある。そこは君たちより長く生きているからね。それに、いざとなれば、ジルコンがなんとかしてくれる。そうだろう? 頼れる私の相棒殿」

 珍しくおとなしくなりゆきを見守っていたドロイドのオウムは、目を半眼にして応えた。

「どうもおいらは嫌な予感しかしねえが、若造どもが行くよりはまだましだとは思うぜ。狂信者の阿呆どもに正論は通用しねえ。お前らみたいな単純バカじゃそういう連中をけむに巻くなんてことはできねえよ」

 言葉は悪かったが、ジルコンの言うことは正しかった。

 レイジュウジャーたちは一様に気がかりに顔色を悪くさせていたが、キリルは艦長室から出ていきながら言った。

「君たちはヴァーチャルームで退屈しているものたちを励ましてやれ。それと、誰かは必ず私の存在をモニタしていてくれ。万一の場合に備えて転送ビームの準備も忘れずに」

「本気なんですね?」

 龍児が去り際の上司の背中に言葉をかけると、キリルは金髪を垂らした肩越しに振り返り、

「私も一応四神戦隊レイジュウジャーの『麒麟』だと自負しているよ。年の功が役に立つことを祈っていてくれ」

 と言ってひらひらと手を振り、キリルは艦長室から出ていった。

 残された若者たちはしばしもやもやとした苛立ちと不安感にとらわれたようにその場で言葉をなくし、ジルコンに尻をひっぱたかれるように言われるまで呆然としていた。

「おい、お前ら! ぼさっとしてねえで自分のできることをしたらどうだ? おいらが思うに、その『ほにゃらら教団』は各都市にあるんじゃねえのか? 大きな街には聖堂があっただろ? ああいう連中はたいがい外面はよくしてるもんなんだ。お前ら、ただあちこちで悪者退治してきただけじゃねえだろ? 頭を使え、狂信者に影響されねえコネがあるだろ? ただ敵を殴り倒すだけが戦いじゃねえ。人心を掴んで、外側から包囲しろ、そしてそいつらを封じ込めるんだ」

 混乱と動揺に思考力を奪われていたかのように、若者たちははっとして顔を見合わせた。

 朱音が言った。

「そうよね、あたしたちにはたくさんの味方がいるんだわ。たまには助けを頼んでもいいわよね?」

「ひょっとすると、他の街でも同様の事件が起きるかもしれない。お互いに助け合うことになるかもしれないよ」

 と龍児が言うと、大牙がみるみる元気を取り戻したように言った。

「俺たちががっくりきてちゃだめなんだよな。まっ、相手が人間っつうのがちょっと嫌だけどさ」

「ファンロンに残るんのも重要じゃ。ボスの動きをモニタしておかないけん。タイガ、お前は居残り組じゃ。そんな顔してもだめじゃ。あの娘はお前に頼り切っとる。アカネとリュウ、至急グレイウォールとカーマインに行け。じゃが、そこで何かが起きていても、深入りは禁物じゃ。わしらが介入するとややこしくなる気がするからの」

「じゃ、あたし、グレイウォールに戻るわ。隊長さんやディミトリさんが心配なの」

「ならば僕はカーマインに行って、盗賊ギルドと話し合ってみる。彼らなら『聖アウロラ教団』がどんな集団なのか知っているだろうから」

 こういうわけで、レイジュウジャーたちはそれぞれ分かれて行動に移った。もちろん、大牙の機嫌はしばらく直らなかったのだが、心中ではリナを放っておくのもできない、性根はとても優しく心温かい彼なのだった。

 はたして、自陣のキング(キリル)の駒を動かしたことによって、どのように盤面が動くのか、ジルコンにさえも予測のつかない、様々な事象と感情が交錯した問題に行き当たったレイジュウジャーたちであった。


*****


 一羽のワタリガラスが、闇夜にもかかわらず力強く羽ばたき、まっしぐらに向かっていたのは、人の脚ではなかなかに踏破できない、グレートシルバー山脈よりも峻厳で過酷な環境にあるオーカー魔道帝国の西端から北の海にまで伸びるスモーキークォーツ連峰のとある地点だった。

 盗賊ギルドの連絡手段として優秀なワタリガラスの一族たちから、カーマインで起きた悲劇とその魔道帝国の暴走を食い止めることに目覚ましい活躍をしたのが、異国の冒険者たちであることは伝え聞いていた一族の長であるクラウドだった。

 しかし、今度のことはあくまで自分たちの問題であり、人間の介入はむしろ邪魔だと思ってもいた。彼らは光に属する種族ではあったが、人間からすれば自在に変幻し、普通の獣よりもずっと長い刻を生きるそれぞれの一族の長の存在は、人間の底なしの欲望の対象になりかねないからだ。

 先ほどから細かな雪片が、全速で羽ばたく羽根やくちばしにちりちりと当たっている。そろそろ目的の場所が近いことを示していた。

 山々の頂上付近はすでに白く雪がかぶっていたが、高度を下げ、針葉樹の木々のてっぺんが見え始めると、まだ地表にはそれほど降雪していないことがわかった。

 まっすぐ高く生い茂る針葉樹の森の中に、ぽつんと白っぽい岩の塊が見えてきた。そここそがクラウドが目指していた、北の光の一族が集う場所なのだった。もちろん、これは人間の目にはなかなかに触れない場所で、なおかつ、周囲は羽根や、俊敏な身体能力を持つ獣でしか到達できないような傾斜のきつい場所にあった。

 ひゅう、と降下したクラウドは、上空からは岩の塊にしか見えなかったものが、実は洞窟の入り口になっていて、すでにその中に闇の波動が増したことを感じ取ったものたちが集まっていることを察した。

 彼は地面に着地すると、ぱっと黒いマントの青年の姿に変幻し、狭い洞窟の入り口をくぐった。

 中は程よく温かかった。冬の間はこの連峰の南側で越冬するため、クラウドは人心地がついたような気分になりながら、ゆるい下り坂を降りた。

 その先に、かがり火がたかれ、ごつごつとした岩肌に陰影を濃く落とす広場が現れ、そこに様々なものたちが寄り集まっているのが見えたのと同時に、その中央で威厳のある顔つきをしたものが立ち上がり、声をかけてきた。

〈おお、クラウド、鹿の王ランドールからの念話で君の来訪を待ちかねていた。それで急遽こうして集合をかけたのだ。一体何が起きたのか聞かせてくれ〉

 栗色の太い眉が凛々しく、その彫りの深い緑がかったハシバミ色の瞳をしたオオワシのジグムントが、クラウドに円座に加わるよう手をこまねいた。

 クラウドは、季節の半分をほとんどこちら側で過ごすため、馴染みのものたちばかりだったが、彼の常となっているらしく、円座の後方に背中を丸めて座ると、マントを身体にまきつけながら言った。

〈これは俺たちだけではなく、人間たちも巻き込み始めている。実際、俺はここに来るまでにルー・ガルー一族が姿を隠して暮らしていた村が人間によって皆殺しになったのを見た〉

 ジグムントはきりりとした太い眉尻をさらに吊り上げ、考え込むように言った。

〈なぜ今になって人狼であることが知れ渡ったのだろうか? 此度の魔道帝国での混乱に決着がついたことがきっかけか?〉

 クラウドは淡々と応えた。

〈そのこともあるだろうが、時節は冬になろうとしていて、ちょうど50年周期でやってくる『二重月(ダブルスター)』が重なった。彼らは月の魔精に強く影響される。20年前の帝国の暴走で、本性を隠し続け、それが終わったことの心の緩みがきっかけではなかったかと、俺は考える。だが…〉

 ジグムントのふさふさとした眉がぐい、と上がり、続きを促す。クラウドは続けた。

〈俺はもう少し以前にきっかけがあったんじゃないかと思っているんだ。覚えてるか? 数か月前にものすごい何かが落下してきたような衝撃のことを〉

〈ああ、覚えてるぜ、だいぶ南東よりだったと思うが。グレートシルバー山脈の方だったな〉

 と応えたのは、斑点のある毛皮のミトンとブーツを身に着けた、猫目をしたものだった。

〈私もそれを目撃したと思う。空にまばゆい星のようなものが現れ、どこかに落下していくのを〉

 ジグムントがヤマネコのレニーの言葉に賛同するように言った。

 クラウドは彼らの言葉を補足するように続けた。

〈俺たちは人間たちの手先にも使われているが、それだけをやってるわけじゃない。人間の使いはついでにすぎない。俺たちはそれが何かもちろん調べに行った〉

〈気を持たせるなよ、クラウド。僕たちは君みたいに世界中を飛び回れる翼はないんだからね〉

 と言ったのは真ん丸な目をした、かわいらしい少年だった。クラウドは特に態度を変えることなく、その少年、雪ムササビのムーサをちら、とみてから続けた。

〈俺が仲間たちの連絡を受けて向かった時には何もなくなっていたが、仲間が見た時には、確かに「何か」があったという。この世界で見たこともない「何か」がだ。巨大な金属の塊だが、何かの形をしていたらしい。そしてこれが重要なんだが、その「何か」からは、ものすごく強い光の波動が出ていたというんだ。俺は、これが光と闇の均衡を崩す第一の原因になったんじゃないかと思ってる。闇の眷属は強い光の波動に当たると、正体を暴かれてしまう。20年間の魔道帝国の暴走は、ある意味、未知の光の波動による光のパワーの余剰分を相殺していたのではないか。帝国の脅威が消え、未知の光の力は残った。それで徐々に人狼たちの自制心が崩れ始め、そして『二重月』がやってきた。人狼たちは堪えきれずに正体を現し始め、そのことが人間に知られることになって今回の虐殺につながったのではないか〉

〈ということはつまり〉

 とジグムントが勇壮ながら思索家でもありそうな顔つきで、クラウドの言葉を引き取った。

〈我々がすべきは、闇の波動の増加のことも当然ながら、その未知なる光の波動を発する「何か」についても解決しなければならないということか。しかし、ルー・ガルー一族を虐殺できる人間たちと言えば、あの忌まわしい『聖アウロラ教団』しかいない。彼らは一応聖なる目的のためという大義を掲げてはいるが、私にはあまり好ましく映らない〉

〈ならば、その未知の光の波動を持っているやつと接触してみるというのはいかがか? 属性が同じなら、同調するものを持っていると推測できるのだが〉

 と提案したのは、真っ白な頭髪をし、しなやかな身体つきをしたユキヒョウのユアンだった。すると、ユアンと似たような柔軟で、なおかつより頑健な四肢をしたものが疑問を投げた。

〈でもよ、ユアン、その「やつ」ってのをどうやって見つける?〉

 トパーズ色の眼差しを少しの軽侮をこめてサーベルタイガーのヴォルグに向けたユキヒョウは、後方にひっそりと座るクラウドを見返り、言った。

〈そのものたちが発端だとしたら、きっと人間の町々のどこかにいるはずだし、おそらくは事件の中心にいるのではないかと推測できる。残念ながら私たちには翼がないが、クラウド、君には大勢の仲間がいて、その中の多くは人間の中で暮らしている。最も情報を得られる場所にあるわけだ。もちろん、そのものが特定できれば、私たちも問題解決のために尽力するがね〉

 これを聞き、ジグムントはその場を仕切るように言った。

〈これから冬に入る。『二重月』はまだ続く。早急な解決が求められるな。闇の勢力の拡大は重大事であるし、その発端になったと考えられるものとの接触も必要だと思われる。クラウド、夜が明けたら、問題が起きている場所へ案内してくれ。私も及ばずながら北の光の一族の代表として、力となりたい〉

〈あんたが来てくれるなら心強い。相手はくるくると頭の回るこすからいストリゴイと野蛮な雌狼だ。それと『聖アウロラ教団』。噂程度の話だが、教団のトップはダンピールかもしれないということだ。吸血族のハンターとしてはずば抜けた能力を持つと言われているからな。だから人間の方も油断がならない〉

〈ダンピールか…厄介な。闇の勢力は我々の存在だけでなく、人間の負の感情も影響している。もし教団トップがそうだとしたら、その恩讐や憎悪は相当なものにちがいない。これはすぐにでも行動を起こさねば、面倒なことになる〉

〈まったく、1000年前の戦いで人間なんかを勝たせたのが悪いんだよ〉

 とムササビのムーサが不満もあらわに言ったのを、ジグムントがたしなめた。

〈これ、我々の存在はエルフたちの土台の上にあるのだぞ。1000年前の戦いも、人間が勝ったように見えるが、決してエルフは負けたわけではない。エルフ族を消滅させないために引き際を見極めただけだ〉

 このあと、クラウドは夜明けまでの数刻の間、仮眠をとり、冷えた曙光がさし始めると、オオワシのジグムントとともに、再びグレートシルバー山脈の南側に向かって飛び立ったのである。


*****


 聖アウロラを信奉する集団であるはずなのに、エルダー村にやってきた者たちは全く不気味そのものだった。

 村人たちは問答無用に村の中央にある水汲み場の周辺に集められ、白いローブをまとった者たちに囲まれて戦々恐々としていた。

 陽は夕刻を告げるように赤々と輝きながら、山並みの間へと沈み始めている。

 その中で、いきなりの来訪者たちが無言で家々から無断で集めてきた薪やわらを広場の見通しの良い場所に運び、常に持ち歩いているのだろうか、長い木材を馬車から担ぎ出すと、それを地面に突き立て、その周りに薪とわらを並べだしたのである。

 これを見、村人たちは激しく動揺した。

 聖人を崇める集団として一目を置いていたが、明らかに火刑の準備をしていることの理由がわからないし、こうして問答無用に村を包囲することの真意を見出せず、村長であるユミルが抗議した。

《この扱いはどういうことです? 我々は決して聖なる御人を貶めるような行為はしていない。いくら我々が無学な農民だとしても、この扱いは不当だと…》

《ほほう? 不当であると?》

 と、せっせと火種になる木とわらを積み上げる者たちの間から、過剰な敬虔さから生じる高慢さがにじみ出ているような声が聞こえた。

 その者は白絹に金色の縫い取りで縁取られた優美なローブのすそをひらめかし、村人の前に姿を現し、続けた。

《この村に先日、シアン村からやってきたものがいたのはわかっているのだ。そして、そのものはここの村の娘とともに姿を消したこともだ》

 一見柔和にも見える中性的な顔立ちに似合わない低音の声音は、ユミル村長を始め、村人たちにおぞけをたたせたが、ユミルは腹に力をこめるようにして言い返した。

《そのことがどうして理由になるのか全く理解できない。もちろん、我々としても二人がどこへ向かったか、気がかりです。子供だけで村を出て、どこかへ旅するなど、危険この上ないからです》

《危険! ハッ、確かに危険だ》

 嘲るように身体をそらせて一笑したコンスタンティン・グレゴリウス4世は、陽が陰り始めた宵の中で熾火のように赤く光る眼差しをぐい、と村長に向け、続けた。

《よいか、シアン村は穢れた村だった。闇の穢れに染まった狼どもの隠れ里だったのだ。これでわかるか?》

 これを聞き、ユミルを始め、村人たちから血色が失われた。

 その様子を見、コンスタンティンはその職柄にそぐわない残酷な微笑みを浮かべ、相手の恐怖心をあおるような口ぶりで言った。

《そうだ。人狼の穢れは、彼らとの接触で容易に伝染すると言われている。だから我々はこうしてその穢れを排除するために駆けつけたというわけだ》

 そしてみるみる濃紺の夜の緞帳が降り始めた中で、コンスタンティンは夜空に浮かぶ二重月を見上げた。

《人狼病はその感染度によって発症具合が異なるが、今はまさに月の影響が最大限に及ぶ時。感染が軽度であっても、何らかの症状が現れるはず。だが私は気の長い性質ではない。子供たちが向かった先はグレイウォールしかない。ここで足止めされてグレイウォールを闇の穢れに染ませるわけにはいかないのだ。だからここは浄化する。我々の使命は穢れを祓うこと、それは聖なる義務なのである》

 村人たちがざわめく。この者の言い分はあまりに理不尽極まりなかったが、ルー・ガルー一族と接触したことには代わりがないのだから、彼らの村は焼き払われることは間違いのないことなのだった。

 しかし、一つはっきりしていることは、シアン村からの少年と姿を消したリナのことを決して白状してはいけないということだった。たとえエルダー村がシアン村と同様のことになったとしても、リナだけは助けようという暗黙の了解があった。もちろん、すでにどこかで囚われている可能性も考えられたが、村人にできることはそれしかなかった。

 じっとうつむき、口を閉ざしている村人たちに見切りをつけたようにぎらっと眼差しを燃やしたコンスタンティンは、教団員に手で合図をした。

《おそらく最初に発症するのは、消えた娘の家族だろう。柱に縛り付けよ。そしていつでも穢れを祓えるよう、村中に火種を準備しておくのだ》

 まさにリナの両親が簡単な火刑台に連れていかれようとしたその時、闇を切り裂くような金属の一筋が教団員の目にぐさりと突き刺さったのである。

 悲鳴を上げ、激痛に身体をかがめた教団員の手から、リナの母親がすばやく助け出された。そしてもう一つの人影が、稲妻のような輝きを放つ銀色の道具でもう一人の教団員を昏倒させ、父親の方も奪い返したのである。

 もちろんコンスタンティンは驚き、長い袖の中に持ち歩いている強力なクロスボウを取り出して構えながら、言った。

《我々の邪魔をするものは、聖アウロラの名を穢すことにもなるのだぞ。出て来い、異端者め》

 これに応えたのは、警戒心に毛を逆立てんばかりのカーマインの盗賊ギルド長〈銀狐〉だった。

《残念ながら、俺は盗賊なんで、善き行いだとか背徳だとか、そんなもんははなっから持っちゃいねえんだよ》

 コンスタンティンはぎりっと憎々しく唇をかむと、持っていたクロスボウにボルトを装填しながら言った。

《盗賊ごときに我々の崇高な行いが理解できるはずもない。邪魔者は消えてもらう》

《それはどうかな?》

 どこからか、自信に満ちた一言が聞こえてきた。

〈銀狐〉は、タイミングよくもう一人の助けが現れたことを嬉しく思っていたが、その気配の完璧な消し方に好奇心を駆り立てられていた。そして、その者がアイボリーのロングジャケットに完璧なセンタークリースのついた細身のパンツを着こなし、悠然と夜のとばりを払いのけるように姿を現したのを、じっと眺めた。そして思った。「どこのお貴族様だろう」と。

《誰だ、貴様? どうやらそこの盗賊とは住む世界が違うようだが? 我々の邪魔をすれば、どんなに高貴な生まれでも罰は必定》

 金髪を優美に垂らし、全く恐れていない様子のものを前に、コンスタンティンはやや怯んだようだった。

 そこをすかさずつくようにキリル・リムスキーは言った。

《どこの世界でも魔女狩りのような行為があることは残念なことだ。確かに人狼族と人間族は相いれないのかもしれないが、この大地には様々ないきものたちがおり、それぞれが絶妙な配置で組みあがった大きなパズル、あるいは積み木であるということを、君たちが崇める聖人は説いていないのかね?》

《闇の穢れは我らが崇拝する聖女の聖灰を盗み、不死の命を得たのだ。彼奴等は最大の盗人なのだ》

 とコンスタンティンは言い返したが、キリルがじりじりと近寄ると、そのたびに胸元をぎゅ、と掴み、苦しげに顔を歪めた。

 キリルは理路整然と言った。

《吝嗇家の聖人など聞いたことがないがね。それは、君たちの…いや、君自身の都合でそのような理由付けをし、異形のものたちを狩り出す正当性を作り出しただけにすぎないのではないのかね?》

 いまや、コンスタンティンの顔色はすっかり蒼ざめ、何かを堪えるように額に痛々しいほど青い静脈がぼこぼこと浮き出ていた。

《き、貴様…! なんの妖術を使った? その手に何を持っている?》

 キリルは鷹揚に長い両手を広げ、あっさりと応えた。

《このとおり何も。それに私はただのヒト。一体どうしたのかね? 今にも気絶してしまいそうだが?》

《クッ、それ以上近づいたら…》

 コンスタンティンは、それまでの傲岸なところをすっかりなくし、教団員も見たことがないような慌てぶりで白塗りの箱馬車に乗り込んでしまったのである。

 〈銀狐〉が両手を振り、教団員たちを追い払うようにしながら言った。

《お前らのボスは尻尾をまいて逃げたぜ? お前らもさっさと逃げ出したらどうだ? それとも、俺の投げナイフの的になりたいか?》

 教団長が謎の撤退をしたことで、教団員たちはそれ以上エルダー村の人々に対して追及する力を失った。彼らは文字通り、尻尾をまいてやってきた道を引き返したのである。

 震えあがっていた村人たちをそれぞれの家に戻し、自分も自宅で安堵のため息を長々とついたユミルは、天の助けのように現れた二人の人物を前に、何度目かの礼を述べてから、尋ねた。

《本当にシアン村はルー・ガルー一族の隠れ里だったんですか?》

 〈銀狐〉は頷き、気取った足取りで簡素な村長宅の客間を眺めまわっている金髪の男を横目で見ながら応えた。

《王国で何度か奇妙な事件が起き、そしてシアン村のことを知ったんだが、俺は奴らが何か企てているとは思えんのだ。むしろ、人狼族が本性を現してしまったことで、『聖アウロラ教団』の動きが活発になったことの方が厄介だ。しかし、本当のところは全くわからない。どうだい、そこのお前さん、何か知ってるんじゃないのか? なんだかお前さんからはどことなく知ってるような感じを受けるんだが》

 素朴ながらぬくもりの感じられる室内をうろうろとしていたキリルは、にこりと笑って応えた。

《私もあなたのことは知っているような気がしている。まあそのことはのちのちわかることとして、教団の活発化と、闇の一族の跋扈の問題をどのようにならすか、ということが問題になってくると思われる》

《教団の本部はカーマインにある。俺は盗賊だ。ぶっちゃけた話、法も信仰も聖なる行いもまるで関心がない。さっきのふるまいを見ちまったら、あんな連中は叩き潰すに限ると真剣に思ったね》

 すると、キリルはやや否定的に顎を撫で、

《それもいいだろうが、あの黒髪の男には少々複雑な事情があるように思われた。その出自についてもね。単純に攻め込んでも、うまくいかない可能性が考えられる》

 〈銀狐〉はキリルの意見を不思議がるように見、

《教団員なんぞは雑魚だし、あの陰気な男のクロスボウよりも俺のナイフのが速いぜ?》

《その黒髪の男が問題なのだよ、〈銀狐〉くん》

 盗賊ギルドのマスターは薄い眉を吊り上げ、聞き返した。

《なんで俺の名前を知ってる?》

 キリルは「ふふふ」と微かに笑っただけで明解な答えを与えず、ユミル村長に向き直って言った。

《この村の娘の無事は私が保証する。多少時間がかかるかもしれないが、必ず戻らせる。そしてこの騒動もきちんとかたづけると約束しよう。この問題は私にも原因があるのでね》

 そして彼はじろじろと自分をいぶかしく眺める〈銀狐〉に、

《私が推測するに、このことはグレイウォールにも飛び火している可能性が高い。〈銀狐〉くん、グレイウォールの盗賊ギルドと協力して、教団の動きを警戒してくれないか》

 命令することに慣れた口ぶりに、〈銀狐〉はさらに目を細めてキリルを観察しながら、反対する理由もないので、頷いた。

《それで、お前さんは?》

 キリルは簡潔に応えた。

《カーマインに向かうことにしよう。あの黒髪の男に興味がわいたのでね》

 〈銀狐〉は意外そうに言った。

《お前さん、そういう趣味かよ》

 キリルは顔をのけぞらせて笑った。

《あっは、面白いことをいうねえ、君。残念ながら私はいたって禁欲的にできていてね。ただ、あの人物から発せられているものに気をひかれたのだ。私は人間観察が好きなのだ。人間の感情のあやを紐解くのは私をとても満足させるのだよ。ではユミル殿、私はこれくらいで失礼することにして、早速大陸随一美しいという王都へ向かうことにしよう。〈銀狐〉くん、きっとまた会うことになるだろう。それまでさらばだ》

 すたすたと客間から出て行ってしまったキリルを見送った〈銀狐〉と村長は、互いに顔を見合わせた。

《奇妙なお人ですなあ…以前この村にやってきた冒険者たちも変わっていたが、今の人は違った意味で風変りだ》

《冒険者……うーむ……つまり? しかし…? 俺の名を知っていたということは…? うーむ、わからん》

 〈銀狐〉はしばらく考え込んでいたが、もとより策略を練るにはたけていても、身体を動かす方が性に合っていた。それに、グレイウォールにも大きな聖堂がある。もし、この村の娘がグレイウォールの首都に向かったとしたら、あちらで捕縛されるかもしれなかった。

 すでにグレイウォールでイーディアスとディミトリが教団の厳しい尋問にあっていることは、当然、〈銀狐〉は知らないのだった。さらに、そこへ朱音が向かっていることも。


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