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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第七章 精霊王国編
85/103

『光の一族(リュミエール)』

 人狼と吸血族の血を継いだ『闇の眷属(ノワール)』の出現による、魔道の波動は時空を超えるのかごとく、素早くこの世界に波紋をもたらした。

 それを最も速く、深刻に受け止めたのは、西のエルフが住まうと言われている『緑霧の森』を守るように住まっているものたちだった。

 季節は移り、初秋の冷え込みは次第に強くなり、広葉樹が主の森は画家のパレットのように様々な色に染まっていた。

 朝もやが晴れ切らない早朝に、はらはらと落ち葉が降る中、森の集合所のように円形に開けた場所に集まるものたちがいた。

 それらは皆、蹄を持っていたり、鋭い爪を持っていたり、かわいらしいまるまるとした羽毛にくるまっていたりした。もちろん、この場所は、エルフ以外には知らない秘密の会合所なので、誰の目にも触れてはいけないのだが、もし誰かがこの様を目撃したとしたら、森中の動物たちがのそり、のそり、と集まってきている奇妙な光景だと思ったろう。

 鹿の数が多い。カッポカッポとのどかな蹄の音が響く。その栗色の毛皮の背中にちょこんとシジュウカラの一団が止まっていたりする。鼻息荒くイノシシが現れたと思えば、リスとハリネズミが剣突しながら登場した。そのほかにも小鳥たちやキツツキ、ウサギやキツネ、そんなものたちが森の広場に集合したのである。

〈早く始めてくれんかのう? わしゃあ、眠いんじゃ。こんなに「夜更かし」するのは身体に悪い〉

 という声が、その広場を取り巻く木々の中で一番樹齢が高そうな木の高みから聞こえてきた。

〈すまないね、フクロウのじっさま。だが、このことについてはあなたの意見が求められると思ってね。何せ、私たちの中で一番の古株だから〉

 と応えたのは、立派な角をはやし、威風堂々とした姿をした真っ白な毛皮の大鹿だった。

 次の瞬間、その白い鹿はパッと姿を変え、ギリシア神話に登場する半人半馬のように、上半身はヒトの姿をとり、その胴から下は鹿の四つ足がついているという姿になって集合したものたちを眺めて続けた。

〈皆も気づいたと思うが、昨夜、強い『闇の眷属(ノワール)』の波動を察知した。これまで彼らは我々と同様、人間たちの欲望の対象にならないように息をひそめていたわけだが、先刻、人間の脅威はひとまず去ったという話し合いをしたあとの、この強烈で純粋な闇の波動は、予測していなかった。人間の欲望はきりがなく、私たちのような存在は珍品扱いされ、私たちにしかない「もの」を常に付け狙い、奪おうとしている。ゆえに、これまでどおり、息をひそめていることでこの場を締めくくったわけだが、闇の者たちはその生き方や考え方は私たちとは異なってはいても、光と闇の両極を象徴するものでもある。その均衡を崩すような愚かなことをするとは全く考えていなかった…一体今この時期に純潔に近い闇のものを持ち出して、一体何をしようとしているのか…〉

 見れば、その場にいるものすべてが何らかの変幻をしており、どっしりとした身体に剛毛をはやしている鈍重な感じのする顔をしたものが、「ぶふっ」と鼻息を荒くついてから発言した。

〈奴らは闇夜に紛れて欺き、盗む小悪党だ。わしらと対等に置くなんぞ、鹿の王ランドールよ、あんたも年寄りになって気弱になったのかい?〉

 イノシシの代表バレルが不満もあらわにしているのを、鹿の王は背後の大木に止まっているフクロウがたしなめるように言った。

〈浅慮浅学の極みとはお前のことじゃ、バレル。まあ、イノシシに深慮を求める方が間違いなんじゃがな。わしは夜に生きている。じゃから、闇の世界はむしろわしに身近なものじゃ。夜が来なければ朝は来ない。何事も一対、あるいは世界を取り巻くエーテルのごとく、自然の理によって均衡が保たれているんじゃ。彼らがあさましい行為や性質をしているのはおくとして、彼らがいなくなったら、わしらも消えてしまうぞ〉

 イノシシのバレルは不機嫌に鼻を鳴らしたが、いつの間にか大鹿のランドールの傍らに降り、腰が曲がった老人の姿をし、びっくりするほど長い髭を足元まで垂らしているフクロウの長老ザックに言い返すことはできなかった。

 この言葉に、鹿の王、そしてこの『光の一族』のリーダーでもあるランドールは、深刻に同意し、

〈最も手っ取り早いのは、直接『闇の眷属』と会見し、この不均衡をただすことだとは思うのだが、あいにく時節は秋から冬に移ろうとしている。私たちの影響力が減退する時季だ。夜が長くなれば、彼らの力が増すこともあるが、人間たちの眠りが長くなる。つまり、夢幻世界の影響力も増えるということになる。夜は彼らだけでなく、ヴェイドの住人たちにも力を与えることになるだろう〉

〈西のエルフたちはこのことについて、何か言ってないの?〉

 とぞんざいな言葉づかいで尋ねたのは、ふさふさとした尻尾をいじくる、抜け目のない眼差しをした優男だった。

 ランドールは、キツネの若い頭目ルシアンに苦笑を返しながら応えた。

〈エルフたちはもともと人間界に対して関心がないからね。特に、今となっては、さらにその傾向が顕著だ。これ以上は何も言えないよ、ルシアン。私たちの主ともいえる方々なのだからね〉

 ここで、ランドールはぽつん、とやや離れた場所で漆黒のマントにくるまってあぐらをかく者に声をかけた。

〈ワタリガラスのクラウドよ、これは君にしか頼めない。先日ここへ冬を越しに来たばかりなのにすまないが、私たちは北の土地には疎い。是非にも北方の『光の一族』とのつなぎをつけたいのだ。あちらの長、大鷲のジグムントもおそらくこの事象を感じ取っているはず。どこか中間地点で、時節が完全な冬の寒さに覆われる前に会見をしたいのだ〉

 顔の半分を漆黒の髪で覆い隠し、黄色くよく光る眼をじっとランドールに向けたカラスのクラウドは、音もなく立ち上がると言葉少なに応えた。

〈了解した。俺の一族は残していく。世話を頼むよ〉

〈わかっている〉

 すると、ぱっとクラウドのマント姿はくちばしの白い、漆黒の身体をしたカラスに戻った。そしてそっけなくも思えるためらいのなさで、その場から飛び去ったのである。

〈無愛想なやつだなあ、相変わらず〉

 ふわふわした純白の襟巻をした、キツネのルシアンと似たような優男ぶりをしたものがあきれたようにカラスが飛び去った方を見上げて独り言ちた。これに、キツネのルシアンも同意したように肩をすくめる。

〈やつの一族は人間の道具にされたりしてるから、引け目があるのさ。まっ、俺たちも気を付けないと人間たちのシチューになったり毛皮にされたりするんだけどな、そうだろ? レヴィ? おおっ、いやだいやだ〉

 レヴィと呼ばれたウサギ族の代表は、キツネのルシアンと顔をしかめ合った。

〈北の一族と連絡をとるということは、おぬしは極北の闇が濃くなると思っとるのか?〉

 フクロウのザック長老が、キツネとウサギの下世話な人間嫌い話を無視してランドールに尋ねた。鹿の王は考え深く頷き、

〈これはあくまで私の推測だが、これから季節は冬を迎える。これが重要なキーだ。両極はそれだけで極端に傾くことになる。それを平衡に保つのに、私たちや、南の極にいるものたちの影響力が必要とされているわけだが、そこに計算外の闇の影響力が入り込むことになる。冬の勢力が増せば、これまで私たちが出会ったことのない何かを呼んでしまうかもしれないと私は思うのだ。一度くらいは皆も聞いたことがあるだろう、『氷雪の女王』のことを〉 

 そこに集まっていた者たちがざわめき、顔を見合わせ合った。

 フクロウのザックが髭を撫で梳きながら言った。

〈四方をおさめる四季の統治者のことじゃな?〉

 ランドールは頷き、

〈四季の巡りは命の循環の大前提だ。その均衡が崩れることは、命の再生の均衡も崩れることになる。万一そのようなことになれば、この世界は暗く凍り付いた不毛の世界になってしまうだろう〉

〈いくら連中が馬鹿だとしてもだよ、そんなことになったら自分たちも危うくなるってこと、気づかなかったのかねえ?〉

 キツネのルシアンがあきれたように感想を述べたことは、まさにファンロンのヴァーチャルームで相談をしていたレイジュウジャーたちに直結していたことはおわかりだろう。つまり、彼らの存在が闇の増幅に手を貸してしまったということを、彼らはいずれ知ることになるが、その時の彼らのショックは想像に難くないだろう。なんといっても、彼らは正義の使者、今、エルフが住まうと言われている森で会談をしている者たちと同じ属性にあるはずの彼らが知らずのうちに、闇の支配力を強める方向にシフトさせてしまったのだから。


*****


 そのころ、パリスがヒトとして隠れ住んでいたシアンの村はどうなっていただろうか。

 はたして、それまでの寒村ではなくなり、血みどろの修羅場と化していたのである。

《だめだ、人間を傷つけるわけには…》

 と、痛みをこらえるような声音で言ったものの姿は、普通よりもずっと大きな狼の姿をしていた。その身体には何本か矢が刺さり、片目はつぶれていた。

 すると、別の狼がいらだちと怒り、そして憎しみに両眼を手負いの獣のようにぎらつかせて応えた。

《一族を見捨てることになってもか?! 見ろ、この惨状を! 俺たちが人間に何をした? ひっそり暮らしていただけじゃないか! それなのに…げぼっ》

 そのものの首筋にどすっと太い金属の矢が突き刺さり、それは煤のように掻き消えてしまった。

 その不死者が消えた向こう側に、燃え上がる村の粗末な住居を背にして、真っ白なロングマントとさらさらとした直毛の黒髪を細い銀色のサークレットでとめている者が立っていた。

 赤々とした炎を背に、その者は華奢な容姿には似合わない強力なクロスボウを片手に、ゆっくりと前進しながら言った。その声は中性的な面立ちに似合わない、腹の底に響くような低い声だった。

《聖なる銀の矢は、穢れた肉体を滅ぼす。お前たちの企みはわかっている。20年の潜伏も、それが沈静化するまでのことだ。お前たちがその時を待って、漆黒の化身の成長も見守りながら、闇の勢力を増す計画だったのだ。時節は冬になろうとしている。タイミングは絶好だったわけだ。だがそれに気づかない我々ではない。特に、このコンスタンティン・グレゴリウス四世がいる限り、絶対に貴様らの悪事を見逃さぬ。これを機に、長年の闘争にけりをつけてみせる》

 ボウガンに太い金属の矢がつがえられ、傷ついた人狼にぴたりと矢の先が向けられた。

 狙われた人狼は、昂然とした態度で言った。

《お前が悪名高い『聖アウロラ教団』の首領か。そしてどっちつかずの混血児。その腹いせで俺たちを殺しまわっているということも知っている。そら、その銀の矢で俺を塵にするがいい。だがな、一つ言っておく。お前にも俺たちと同じ闇の眷属の血が半分は流れているということを忘れるな。俺たちを殺し続けることは、お前自身をも殺すことになるだろう》

《黙れ、汚らわしい魔物よ》

 コンスタンティンの感情のない言葉とともに、銀のボルトが射出され、人狼は額の真ん中を射られてぶわっと黒い煙と化した。

 ばさり、とマントをひらめかせ、ボウガンを持つ手を懐に隠した彼の周囲から、やはり白いローブを着た者たちがわらわらと集まり、それぞれかしこまった一礼をして並ぶと、代表らしい者が格式ばった口調で報告をした。

《教団長殿、この村のルー・ガルー一族を一掃したことをご報告いたします。ただし、あなた様がおっしゃっておられた強力な能力を持つものの所在は掴めませんでした。一足先に逃がしたようです》

 コンスタンティンは別段落胆することなく、配下の教団員たちを見まわすと、そっけなく踵を返しながら言った。

《やつらにしては頭が回ったものだ。だが私の目からは逃れることはできぬ。周辺の町村、もちろんグレートシルバー山脈の向こう側も含め、調査せよ。もちろん、私も動く。この度の闇の波動は我ら聖なる志を抱く者にとっては決して見逃せない事件だからだ》

《早速各地の教団員とつなぎをつけましょう。各都市の冒険者ギルドにも協力を頼みますか? 冒険者たちはあさましい盗人根性を持つ者たちばかりですが、人狼や吸血族を討伐することとなれば、きっと乗り気になるはずです。この際、奴どもを倒す手は多い方がよいと思われます》

 コンスタンティンはたいして乗り気でない様子で適当に頷き、

《情報を得るのに役にはたつだろう。返り討ちになっても我らには何の損にもならぬしな。よいように取り計らえ。私は次の行動の計画を立てるために一度王国の聖堂に戻る。最近王国で起きていた事件は、この村のものたちが引き起こしたことではないからだ。王国の事件はストリゴイが引き起こしたものだ。ここにいたのはルー・ガルー一族。ストリゴイの方も後を追わねば》

 と言うと、炎に包まれたシアンの村を後にした。彼にとって、『聖アウロラ教団』という団体が掲げる穢れを祓うという大義は重要ではなかった。もちろん、彼のこの本音は教団員たちは知らなかった。彼の真の目的は、単純に魔性の者たちを討滅することのみだった。最後に消滅させた人狼が言ったとおり、彼は自分の出自を憎み、呪い、そんな生を与えた魔性に対し、復讐することこそが彼の生きる道だった。それがたとえ身を亡ぼすことになってもである。それほど、彼の復讐心は強いものだった。


*****


 場所はファンロンのヴァーチャルームの中に戻る。

 シアンの村での大殺戮を、ヴァーチャルームという完全に科学的な領域にいたものたちは感じ取ることができなかった。もちろん、そのことでこの二人の魔性のリーダーと、そのものたちの能力を備え、闇の純度の高い存在であり、どうやら何かのキーパーソンとなりそうなパリスを危険にさらさなかったことはよかったのかもしれないが。

《本当に血を吸うの? 美味しい?》

 肌の色が不気味なほどに蒼白く、両手の爪が男にしては長すぎることを除き、やや鼻持ちならない態度でワインを飲み続ける美青年に、朱音が素朴に尋ねた。

 ヴァルロイ・フォン・キルシュタイン伯爵は飲み干したグラスを置くと、意外に素直に応えた。

《美味しいとかそういう問題ではないのだよ、お嬢さん(フロイライン)。生き血はストリゴイの活力のもとだ。もちろん、獣と人間の血を比べれば、格段に人間の方が美味しいとは言えるだろうがね。だが、詩人のバラッドや三文芝居で描かれているように、毎夜美女の血をすすりに行くなんてことはない。そんなことをしたら、すぐに目をつけられて狩り出されてしまうよ。必要になったときに、必要な分だけ吸わせてもらう、そんな感じかな。我々が血に飢えた残酷な魔物だという偏見はいい加減にやめてもらいたいと思っているよ》

《ふぅん? なんかあたしが知ってる吸血鬼とは違うわ》

 と何となくつまらなさそうに相槌をうった朱音の顎に、つい、とヴァルロイの細く長い指が添えられ、吸血族の長が半ば本気であるかのように表情をひきしめ、言った。

《だが、例外もある。君のその燃えるような紅い髪…そしてその生き生きとした身体…その中に流れる血の熱さを味わってみたくなる…》

《ちょっと、面白半分にからかうのはおよしよ、ヴァルロイ。その娘、びっくりしてるじゃない》

 人狼のユリアがいまだ意識を取り戻さないパリスの傍らから、一度は契りを結んだ吸血族をたしなめた。

 するとヴァルロイは、人を妖しく惹きつける碧眼をそらし、低く苦笑した。

《先日もつい血を味わいたくなるような人物に出会ってね。あれは真のロイヤルブラッドの持ち主だと感じたのだ。そうだ、お嬢さん、いや、君だけじゃない、他の若者たちにも何か強くて濃い血がどくどくと流れているのがわかる。残念だなあ。君たちさえよければ、ストリゴイの秘儀を…》

《馬鹿おっしゃい! こんな時にそんな冗談を…あ…気がつくわ…我が子よ、目覚めなさい。母はここにいますわよ》

 ユリアがそっと白銀の狼の額を撫で、声をかけた。

 一同の視線がそこに集まる。

 白銀の人狼パリスは、ぎくっとしたように身じろぎをしてから、両眼をゆっくりと開いた。黒い縁がくっきりとした、真っ青な眼差しが、自分を見守るものたちを順繰りに見つめていく。

 そして最後に大牙の傍らで両手を祈るように組み合わせているリナに目を止め、悲しげに言った。

《…ほらな? もう俺はもう戻れない…元の俺には…リナ…俺はわかったんだ…この姿になった瞬間に、受け継がれてきた一族の記憶が流れ込んできた…俺は人間じゃない…リナ…俺はもうお前の友達でいることはできない…》

 するとリナは頑固にも思える身振りで首を振り、感情的に言い返した。

《そんなことないわ! あなたはパリスよ、あたしの友達のパリスよ! 姿かたちが変わったからって、あなたの心まで変わったわけじゃないわ! それとも、もうあたしのことなんか忘れてしまったの? ああっ、あたし、悲しいわ!》

 わあっとばかりに大牙にしがみついて泣き出した少女と、まだ疲労感の感じられる様子で身体を起こしたパリスだったものに、大牙は珍しくまじめな様子で言った。

《お前たちが仲良しなのはわかるよ、すごく。でもよ、リナ、こいつの言うことも真実だ。こいつはお前とは住む世界が違う。それに、たぶんだけど、こいつは狙われる。それはきっとお前には耐えれないことだろうし、ものすごく危険だ。お前は村に帰った方がいいと思う。こいつとのことを忘れろとは言わねえ。だけど、今はまだ元の友達同士の関係には戻らない方が…いや、戻れないと思う。こいつはお前を気遣ってああいうことを言ったんだよ。ひとまず、お前は村に戻って、いつも通りの暮らしをしてるんだ。そして、こいつが引き起こしたことの始末がついたら、きっとまた元通りになるんじゃないかな》

 リナは涙でぐしょぐしょになった顔を大牙とパリスに向け、再びわっと泣き出しながら言った。

《おんなじ命なのに、どうして区別されなきゃならないの? パリスがこれからどうするのかって思いながら、自分だけ村に戻っていつも通りになんかしてられないわ!》

《人間のくせにずいぶん心が広いのね。でも、ほとんどの人間があたくしたちを差別し、忌み嫌っていることは確かよ。お嬢ちゃん、もっと大人におなり。子供の純粋さは、時に絶壁に足が落ちかけていてもわからなくさせるものよ。パリスを守りたいなら、しばらくじっとしてなさい。あたくしたちは決して悪いようにはしない。だって、あたくしたちはその子の親なんですからね》

 とユリアが言うと、ヴァルロイも頷き、

《君がパリスをそのように思えるのなら、私たちのことも信頼してくれてもいいと思うよ。私たちは確かに人間世界とは異なった倫理観と生活基盤の上にあるが、「生きている」ということには変わりがない。私たちが人間を襲う魔物であるという固定観念は、人間が勝手に築き上げた生物のピラミッドの上にできあがった狭隘な思考でしかない。どうかここは私たちに任せて、君は安全な場所に戻りなさい。そしてすべてが終わった時、パリスの自由意思が君のもとに戻ることを望むなら、その希望は叶うだろう》

 しゃくりあげて泣いていたリナが、人間が本能的に嫌う闇の象徴のような二人を見比べ、やや涙の乾き始めた眼差しで言った。

《…あたしが一緒だと、パリスが迷惑になるのね? そうよね、あたしには何にもできないもの…あたし、それは嫌だわ…わかったわ…あたし、村に戻って、パリスを待つわ。タイガ、パリスを助けてくれる?》

 振り返って尋ねられたリナに大牙は、少しのためらいもなく頷いた。

《もちろんさ。まだよくわかんねえけど、こいつに悪意がないことはわかる》

 涙で頬を濡らしたリナが、衝動的に子供っぽい仕草で大牙に抱き着いて言った。

《ありがとう、タイガ! あたし、あなたならきっとやってくれると信じてるわ! だって、あなたは凄い英雄(ヒーロー)だもの!》

《えへへ、そんなに偉いもんじゃねえけどよ…でも俺はどんなことだってくじけたりしねえし、まっすぐなもんを捻じ曲げるようなことは大嫌いなんだ。心配すんな。俺たちがいる。だから村に戻っておとなしくしてるんだぜ?》

《うん! あたし、いい子だもの、きちんと約束は守るわ!》

 こうして、ひとまずリナをエルダー村に戻すために、ひそかにヴァーチャルームのホログラム映像の設定を変えていた龍児が、自制心の塊のような彼にしては慌てた口ぶりで「あっ?!」と声をあげたのである。

《どうしたの、リュウ?》

 怪訝な視線は朱音以外からも向けられた。

 龍児は冷たくなった指先で眼鏡の位置を神経質に直しながら応えた。

《…エルダー村に統率の取れた集団が向かっている…これはもしかすると…》

 はっとしたようにくつろいでいた二人の魔性が立ち上がり、こちらまでぴりぴりと感じるような緊張感の空気を放って言った。

《パリスが逃げ出した先を突き止められたか?!》

《となると、そこのお嬢ちゃんの村が危ないよ! 「連中」はあたくしたちを目の敵にしてるからね。かかわりをもった者は、たとえそれが人間だとしても、容赦しない》

《「連中」?》

 と玄人が尋ねると、ヴァルロイは苦々しい表情で応えた。

《『聖アウロラ教団』という、いわば悪霊祓いの集団なんだがね。その実は、我々のようなものを狩り出す異端審問官のようなものだ。その連中がやってきているとすれば、このお嬢さんを村に返すのはやめた方がいい。この子はパリスと関りが深い。それが知れれば…もちろんすぐに知られることになるだろうが…この子の処遇はかなりきわどいことになる》

《異端審問…ということは、エルダー村はその者たちに罰せられる可能性が?》

 と龍児が問うと、ヴァルロイは頷いた。

《十中八九、そうなるだろう。ルー・ガルー一族を受け入れ、それを逃がした罪は決して彼らの基準からすると軽いものではない。処刑されてもおかしくない》

《そんなこと、間違ってるわ! 事情を説明すればどうにかならないの? だって村の人たちは普通の人間なのよ?》

 朱音が義憤に燃えた口調で言ったが、ユリアは苛立たしいため息とともに言った。

《歪曲された正義感と使命感の塊がやつらなのよ》

 そして不意に思い立ったように彼女は宙を見つめて呟いた。

《…パリスがエルダー村に逃げ込んだことを知ったということは…シアンの村は……畜生!》

 龍児は、ぬくもりのない美貌を激情に上気させているルー・ガルー一族の女長を見ながら、やや平静を取り戻した様子で提案した。

《ここであなたたちが出ていくのは逆効果でしょう。僕たちが様子を見てきます。そして、村の人たちに理不尽な行いがされないよう、方法を考えます。苛立たしいでしょうが、ここはじっくりせめていかないと、この少女が立ち寄った場所や人々が巻き込まれます》

 大牙が首をひねって尋ねた。

《でもよ、『聖なんちゃら教団』って言うぐらいなんだから、まっとうなやつらじゃねえのかよ?》

《正義の在り方は、いろいろなんだよ、タイガ》

 と龍児が言うと、玄人が「うーん」と唸って腕組みをした。

《こりゃあ、ちと困った立場にあるんやないか、わしらは》

《どういう意味よ?》

《簡単なことじゃ、アカネ。わしらは今、その教団にとって仇敵とされるものの側におる。わしらだけならまだいい。じゃが、この娘っ子がおる。この子まで仇敵の側にしてしまうことになってしもた。それもじゃ、思い出してみい。このパリスっちう少年を狼にしてしまったのは、わしらのせいだったんじゃないのかな? つまり、発端はわしらっつうことになる。どれだけその教団が大規模かは知らんが、わしらの話にきちんと耳を貸すかどうかはあやしいもんじゃ》

《だからって、何もしないでいるわけにはいかないわ》

 朱音は断固として言い放ったが、その時のレイジュウジャーたちによい考えは全く浮かんでいないのが事実だった。

 そういうふうにしている間にも、エルダー村には教団の旗印であるロシア正教会で用いられる十字架に似たものを掲げながら、白塗りの箱馬車数台と騎馬隊数十人が向かっていたのである。


*****


《あまりこのような方法はとりたくなかったのですが》

 と、グレイウォール衛士隊の魔道士バーナード・マクレガーは、自らの上司と、街中で最も流行っていない宿屋の主人ドワーフのディミトリを前にして、えらく高圧的に言った。

 二人は薄暗い地下の小部屋で、椅子の背もたれと脚にそれぞれの四肢を縛り付けられていた。

 イーディアスは伊達に衛士隊長の地位にあるわけではないところを証明するかのような毅然とした様子でマクレガーを見上げ、いたって冷静に言った。その口調にほんのわずかに含まれる批判的なものは、相手には気取られなかった。

《お前が『聖アウロラ教団』とつながりがあるとはな。あの集団は聖人の名をかたって無為に人々の恐怖心をあおり、疑心暗鬼にさせる狂信者の集まりだ。衛士隊である者として、偏向した信条をかかげるものに加担するのはよろしくない》

 マクレガーは、椅子に縛り付けられた両名を見下ろして言った。

《確かにあの組織は少々難があるのは認めますが、私が感じた魔力の波動は純粋な闇の波動でした。ただの魔力ではないのです。穢れたそれです。ですから私はグレイウォールの『教団』支部に通報したのです》

《だからって、こんな扱いを受けるいわれはないんじゃないか、え?》

 ディミトリが内心の怒りをふつふつと伺わせるような口ぶりでつっかかった。

《それはどうですかな?》

 その場に、新しい人物が幾人かの供を連れてやってきたのを見、さすがにイーディアスもディミトリも自分たちがかなり不利な状況になっていることを認識した。

 いかにもその小集団を率いているといった仰々しいローブを着こみ、目深にかぶっていたフードをあげた人物は、一目でどこか調律が狂っているようなアンバランスさをかもしていることを思わせる物腰でイーディアスとディミトリの前に進み出て続けた。

《グラント隊長、貴殿は以前、この街を恐怖に陥れた魔物を討伐した者たちについて、都市連邦評議会への報告を怠ったということだったが、今回もその冒険者がかかわっているという。そしてそこのドワーフ、お前はその冒険者たちに宿を提供し、つい先日までこの街から姿を消していた。通行証の提示の記録がないことから、お前たちは地底回廊からドワーフの国へ向かったと想像がつく。そしてその間に、その冒険者を頼って、エルダー村とシアン村から年端のいかぬ子供たちがやってきた。その者たちを引き取り、その冒険者たちが戻るまで自宅に留まらせていたのは、グラント隊長だ。どうだ、どの場合にも闇騎士を倒した冒険者たちが関わっている》

《それがどうだっていうんだ? わしが故郷に戻ってみることになんの問題がある?》

 ディミトリがいけすかないという表情で言い返すと、その者は陰湿そうな眼差しをしんねり強く向け、言った。

《その冒険者が戻って間もなく、闇の波動が感じ取れたことはどう説明する? そしてその者たちは忽然と姿を消してしまった。そのようなことができることは衛士隊としても『教団』としても、決して見逃せないのだよ》

 イーディアスはついレイジュウジャーたちの肩を持ちたくなっての失言に注意を払うように、一言一言ゆっくりと言った。

《あなたが『聖アウロラ教団』の支部長エンリコ・コルテス殿であることは存じている。だからこそ、この扱いに正直驚いているし、怒りも覚えている。確かに私は子供を保護した。それはあくまで彼らが余計なアクシデントに巻き込まれないためにしたことだ。それでどうしてこのような不当な拘束を受けねばならないのか理解できん。即刻我々を解放することを要求する》

 暗い蝋燭の明かりにぬらぬらと緑色がかって見える髪を耳にかけながら、エンリコ・コルテスは失笑してから言った。

《ふっ、しらばっくれても無駄ですぞ、隊長殿。我々は長年にわたり、闇の穢れと闘い、浄化してきたのだ。その存在を察知できないとお思いか? それに、ついさきほど、報せを受け取ったばかりなのだがね、シアンの村は全員がルー・ガルー一族であったということだ。そしてただ一人、そこから逃げ出したものがいることもわかっている。すべてが一致するではないか。シアン村は山を挟んだエルダー村と交流がある。その両村からの子供が二人。その二人の子供は、貴殿の家にマクレガー殿が駆けつけた時には消えていた。さあ、真実を言いなさい、隊長殿》

《…断ったら?》

 強気に言い返したイーディアスに、エンリコは目を細めて応えた。

《貴殿たちは闇の穢れと接触している。すでに影響下に置かれている可能性もある。穢れが広がらないようにするのも我々の使命である。強情を張ると、後悔しますぞ?》

 彼の取り巻きが懐から革の包みを取り出し、それをエンリコに手渡した。その包みの紐を解くと、中にはいかにも残虐な行為に用いられそうな道具が鈍い輝きを伴って、椅子に縛られた二人の目に入った。

《このグレイウォールで拷問かよ? へっ、冗談きついぜ》

 とディミトリが豪胆に言うと、エンリコが太めの針のようなものを取り出して見せ、言った。

《我らは聖アウロラの名のもとに、その聖灰を盗んだものを討伐し、それとかかわったものについても厳罰にすることを誓った聖人の使いである。これは拷問ではない。闇の穢れを抜くための正しき行為である》

 ディミトリはその針が何をするものかわかったが、全くひるむことなくふてぶてしく言い返した。

《はなから『聖アウロラ教団』なんてもんはいかがわしいと思っていたが、案の定だったな。狼人間なんかより、よっぽど爪の間に針を突っ込む方が罪深いと思うがね》

《宗教心を持たぬドワーフには決して理解できまい。しかし、この痛みはわかるはずだ》

 エンリコはディミトリのブーツを脱がし、意外に上等な靴下も脱がし、平べったい足の親指にその太い針先がちくりと当たった。

《さて、どこまで耐えられるか、見ものだ、隊長殿?》

 さすがにやや青ざめているイーディアスの隣で、ディミトリがぐっと歯を噛みしめて言った。

《俺はドワーフだ。人間より頑丈にできてる》

 と言い切ったディミトリの親指の爪の間にぐっと針が押し込まれた。その強烈な痛覚を必死に耐え、すでに脂汗を額に浮かべながら、ドワーフは気丈に言った。

《こんな痛み…地底回廊のマグマだまりに足を突っ込んだ程度だぜ…!》

《ふっふっ、強がりがいつまでもつか……まだ指は19本も残っている》

 次の針をエンリコが手にする。

 イーディアスは目まぐるしく考えを巡らせていたが、レイジュウジャーたちがどこにいるか、本当に知らなかったし、あの闇の魔性たちもどうなったか知らなかった。

 しかし、そのことを正直に述べても、信じてもらえないのも確信していた。『聖アウロラ教団』の徹底した闇の魔性に対する敵愾心と偏向した正義の在り方を前に、彼には今のところ打つ手がないように思われ、傍らで次第に苦痛のうめき声を上げ始めたドワーフの足指に突き刺さる残酷な拷問具が目に入ると、気が遠くなる気がした。

 そしてもう一つ感じていた。

 今目の前で起きている残酷な仕打ちをしているのは人間であり、人間を脅かす「魔物」ではないということを。本当の「魔物」は、人間の中に潜んでいるのかもしれないと、彼らを見下ろす者たち、衛士の魔道士マクレガーも含め、この陰惨な行為を正義の上の行為であると上塗りして眺めている者たちを目の当たりにし、イーディアスはますます思考停止してしまうほどの衝撃に打たれるのだった。


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