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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第六章 地底都市セラドン編
83/103

『Bon voyage』

《なんじゃと?! また地上に戻るというのか、ディミトリ?》

 ウィラーディヌスは、驚きと呆れ返った口振りに仕草を添えて言った。

《アンティキス家の汚名はそそがれたのだ、いや、かつてないほどにアンティキス家は誉れ高く勇敢で、ドワーフの誰も経験のしたことのない世界を探索し、生還した英雄なのだ。それなのに、国を出るとはどういうことだ?》

 ディミトリは居間のテーブルの上においてあった年季の入った雑嚢を手にすると、レイジュウジャーたちが見守る中、決意も固い表情で応えた。

《わしは別に家名の再興のためにここへ戻ったわけじゃない。このことは付随して起きたおまけのようなものだ。むしろ、わしはこの人間の若造たちの願いをきちんとかなえるための手助けがおろそかになったことの方を悔やんでいる。街の真ん中に開いた大穴は、あの連中が閉ざしてしまったし、石の心臓を奪い去ったシャッテンがどこをうろついているかわからない地底回廊を、今の時点でもう一度探索するのはあまり勧められない。奴は、若造たちに備わる不思議なエネルギーを感じ取っていると見た。もちろん、こいつらが負けるなんてことはないと思うが、シャッテンは底なしの狡猾者だ。何か奴の弱みのようなものを持っていないと困った事態になると思う》

《すまんかったのう…わしらが後先考えずにあの青い奴の助けを受け入れてしまったんじゃからのう…そのせいであの石を奪われるままにしてしまった…》

 玄人が首の後ろをしきりに撫でながら、恐縮しきった様子で言うと、ディミトリは嘆息して玄人の広い背中を叩いて励ました。

《即断即決は戦況を大きく変える賭けみたいなものだが、優柔不断に陥るよりはましだ。お前たちなら、よほどのことでない限り、道を誤ることはないとわしは思っとるよ。だが、あのシャッテンは油断がならない。シャッテンに善悪の基準はない。すべては自分の利益が優先される。そこをうまく操れる切り札を用意していかないと、面倒なことになることは間違いない。とりあえずは地底回廊から離れていた方がいい。だが、地底回廊にお前さんたちの役に立つ何かがあるかもしれないことは否定できない。いずれまた訪れることになるだろうから、わしは地上に戻るんだ。わしがセラドンにいたら、この若造どもの動向をどうやって知ることができる? ペトロイオスは死にかけだ。そして、わしをパラディンの円卓の上座に推薦するのは目に見えてる。そんな地位についたら、自由が奪われるだろう。わしはな、博士、この若造どもが好きなんだよ。助けてやりたいんだよ。わしは自分の好きで故郷を捨てたわけだが、故郷を見失う心細さは少しはわかるつもりだ。だから、わしは地上に戻り、セラドンのような閉鎖的でない世界にあふれる情報や噂を聞き取り、こいつらに伝えてやりたいんだよ。人助けは悪いことか? パラディンにわしがならずとも、代わりはいくらでもいる。もちろん、わしほどの技量の立つ奴はなかなかいないだろうがね。だが、この若造どもを助けられるのは? こんな風変りな人間に偏見や疑いを持たずにいられるのは? わししかいない。そしてわはドワーフだ。人間には感じ取れないいろいろなことがある。自分の能力を役に立たせることは、生きることにおいてとても有意義なことだと思うんだ。もちろん、セラドンの在り方を批判してるわけじゃないが、宝の持ち腐れな部分は否定できないだろう、博士? そんなに知識を溜め込んで、それをただ積み重ねていくだけじゃ、せっかくの研究も日の目を見ないことになるだろう? 地上もそれほど居心地が悪いところじゃないぜ、博士。それにな、地上には地底にはない瑞々しい食べ物がたくさんあるんだ。それを使ったわしの手料理を、こいつらはうまいうまいと食べてくれた。そのこと一つをとっても、わしはこいつらのために何か役に立ちたいんだよ》

 博士は旧知の友の熱弁をじっと聞き入っていたが、そんなディミトリの意気込みに負けたようにため息をついた。

《停滞は衰退の温床となることがままある。変化のない日々は平和で安穏ではあるが、臨機応変な対応力を減衰させる。今回の大穴が開いた時のパラディンたちの鈍重さがそれを証明している。わしは幸運にもこの目で土のドラゴンを見、ヴェイドとも違う精神世界を目の当たりにした。しかし、そのことを他の学者たちは信じないだろう。知識は積み重なるほどに固定観念となり、柔軟な思考を阻害する。確かに、お前の考えは間違ってはいない。しかし、病床の父親をおいていくのか?》

 ディミトリはやや表情を陰らせたが、決意のほどは揺るがないようだった。

《親父とは話し合った。わしの意志が固いこともわかってくれた。親父の面倒はドランに任せてある。もしかすると、地上ならば、親父を治せる何かが見つかるかもしれないしな。それに、親父はわしが完全に家を潰すような真似をしないことを見抜いているのかもしれんな。いつとは言えないが、わしもいずれはここに戻る日がくるだろう》

 博士は神妙な顔つきで聞いていたが、なんとも言い難い様子で言った。

《ディミトリの頑固さはわかっているつもりだが、今のセラドンにはお前のように種族を超えた思考を持ったドワーフが必要である気がするのだ。わしらもエルフ同様、人間が主役になる前の旧い種であるからの。新しいものを取り入れなければ、どんなものも弱く、そしていずれは立ち枯れて消えてしまう。わしの危惧ももっともだと思うだろう、ディミトリ?》

《地上に暮らしてきたわしだぜ、博士。セラドンがどれほど活気をなくしているかくらいは感じることはできる。わしが求められる時がくれば、それもきっと感じることができるだろう。わしはドワーフが黄昏の河岸から最果ての土地へ旅立つようなことになるのは絶対に避けたいと思ってるさ。エルフと違ってな》

 すると、博士はおもむろにレイジュウジャーたちに向き直り、懐から布にくるまれたものを差し出して言った。

《変化と言えば、そなたらこそまさにこの世界を変化の大渦を作り出した張本人であると思われる。これは、そなたらが持っている方が役に立つとノルディスと話し合ってのう。受け取ってくれるか?》

 はらり、と布がめくられると、そこには虫食いだらけの朽ちた木っ端のようなものがあった。

《『世界樹の破片』ではないですか?! そんな大切なものを…?!》

 龍児がびっくりして言うと、ウィラード博士は布ごとそれを龍児の手の中に押し付け、言った。

《これはわしとノルディスの推測でしかないが、この破片を9つ集めれば、『世界樹』は蘇る…完全な形ではないにせよ、元の姿を垣間見せるのではないかと考えたのだ。そなたらは『世界樹』が支える9つの世界のことに関心を示していた。そしてその両極に通じる幹についても。そなたらがどこからやってきたか、わしらの思考も及ばぬことではあるが、世界を支えていた『世界樹』がつなぐ世界のいずれかであったとすれば、そなたらの旅の終着点に結び付く重要なものになると思ったのだ。フォッフォッ、わしもそなたらが好きになったようじゃな。あてのない旅ほど心細いことはない。少しでもそなたらの希望が強く太くあるために、わしらができることをしたまでじゃ》

 ディミトリがレイジュウジャーたちと博士を見比べてニヤッと笑った。

《博士だってこいつらの魅力にはかなわなかったな。面白い連中だろう? ついつい助けたくなっちまうのさ》

 そして居間から歩き出しながら続けた。

《お前らは故郷への旅路を続け、わしは自分の命を楽しませる旅を続ける…まさに良い旅(Bon voyage)を!だな》

《本当にこれをもらっていいのですか? あなたの研究の妨げになりませんか?》

 龍児が恐縮しきって尋ねると、博士は全く執着心のない様子で頷いた。

《わしらの地底回廊探索の際には少々役には立ったが、それよりもそなたらが持っている方が効果的だと思うのだ。そなたらはドラゴンから唯一現存している『世界樹』の根の一片をもらっている。つまり、この破片を含めて2つもったことになる。あとはシャッテンが手に入れた破片のほかに6つあることになる。手持ちが多いほうがいいに決まっている。わしらのことは構わんでいい。そなたらの故郷への道をたどる旅を続けよ若者たちよ》

 龍児をはじめ、レイジュウジャーたちは日本人らしく深々と頭を下げたが、ディミトリのせかすような言葉で彼らは現実に戻った。

《さあさあ、いつまでもこんなところでうだうだしてる暇はないだろ、若造ども。セラドンの飯は不味くて仕方ない。早くわしの店に戻って美味い飯を作ってるやるぜ》

 こうしてひとまず地底都市セラドンと、そこから通じる地底回廊から遠ざかった一行であったが、再びこの地下世界に潜る時がくるだろうことは、容易に想像がついた。『世界樹の破片』を集めることにより、レイジュウジャーたちが推測したワームホールを一時的にせよ復活させることができれば、この世界からの脱出策の一端を掴めるかもしれないからだ。そのためには、地上には出られなくなっているシャッテン、つまりロアの心臓を奪い去ったザハエルというシャッテンともう一度相まみえ、どういう手段でかは不明ではあるが、『破片』を譲り受ける必要があるからである。

 はたして彼らの前に「良い旅路」が待っているのだろうか? 『世界樹』は本当に時空をつなぐワームホールの別名なのだろうか? 

 エルフの造った『エルヴィアンの扉』以外の転移システムを想像させるものの発見は、彼らの旅路がまだ長く果てしないことを連想させもし、期待もさせたが、とりあえずはゆっくりおなか一杯美味しいものを食べて、ぐっすり眠りたい気分だった。そこはやはり正義の戦士ではなく、普通の若者の証明でもあった。

 彼らは一路、グレイウォールの『双撃の戦斧亭』へと戻ったのである。


*****


 キリルは顔の前で指をつきあわせ、艦長室の自分のデスクの上に置かれた二つの朽木のようなものを思案深く見つめていた。その艦長シートの背もたれには陽電子頭脳を搭載した口の悪いオウムを模したドロイドがちょこんととまっている。

「さて」

 キリルは集中をといたように言うと、深くシートにもたれ、長くすんなりとした脚を気取った仕草で組んだ。しかし、そんな気障な物腰も、キリルがすると嫌味でもなんでもなくなるのだから、この人物の生い立ちや『麒麟』としての立場にある前に何をしていたかということを問いたくなるのだが、部下たちは全く知らないのだった。はたして、『正義の守り人』自体も彼のなんたるかを把握していないのではないだろうか。そんな疑念を持たせることを、時折垣間見せる不思議な空気をまとった人物、それが彼であった。

「さて、この流木の欠片にしか見えないものに、何をみてとったかね、ジルコン、ヴィッキー?」

 先に応えたのはジルコンである。

「見かけはただの木っ端だな。ただ、重要なのは、こいつからほんのわずかだが、バーテロン粒子が測定できることだ。そのほかにも妙なデータを感知できるが、おいらのデータにはないもんばっかりだな。若造どもが落ち込んだ空間に満ちていた測定不能なものと似てるって言えば似てる」

「ということは、やはりこれは、ワームホールの存在を示す証拠なのかな?」

 今度はヴィッキーが音声だけで応えた。彼女の投影像はメインデッキに固定されているので、別の場所での会話はこうして音声のみとなる。

「わたくしの種族は、自由に宇宙空間を移動できる特殊な生命体であったため、ワープエンジンやワームホールを作り出して移動速度を上げるという思考はあまり発達しなかったのでござる。もちろん、人工的なワームホール、つまりトランスワープチューブを生じさせ、戦艦に人々を乗せて一度に移動をさせることはしてきたのではござるが、その破片からは非常に安定した数値をみてとれるでござる。ワームホールは基本的に不安定で、行先を恒常的に決定することはほとんどないというのが普通でござる。わたくしたちの種族が最初の高度な文明をもたらしたと思い込んでおったが、その考えは覆されたとしか思われないでござるな」

 キリルは片ひじをシートのひじ掛けに置き、その手の甲に頬を乗せて言った。

「我々の星にも「創造主」と言う概念はある。それは信仰の対象にもなったし、逆に人間自体を尊重することの意識革命にもつながった。もちろん、争いのもとにされたこともあるし、正当か異端かという論議を生み、悲惨で愚かで強欲な行いの原因になったこともある。しかし、宇宙時代がおとずれた今となっても、我々がどこから来て、どこに去るかということは、いまだに解明できていない。その曖昧な部分に救いを求めたり、神聖さを感じるのは当然の成り行きなのかもしれない。むしろ、謎は増えたのかもしれない。実際、我々はこうして不可思議な周波数の余韻を残す木屑を前に、混乱している。これがもし安定したワームホールを形成していたものの残存物であるとしたら、多くの惑星で伝えられている「はじまり」の伝説が決して古代の人々の空想ごとではないということになる」

 ジルコンが不遜な鳴き声を上げてから言った。

「貴様も『創造主の神殿』思考を信じてるのかよ? へっ、オルバ星の連中は狂信者の集まりじゃねえか」

 キリルは片ひじをついていた頬におちたウェーブした髪の一筋を耳にかけ、穏やかに意見した。

「何を信じ、何が正当であるかという基準は決して侵せない部分だよ、ジルコン。しかし、こうしてこの欠片を前にして、完全に否定できるかね? この星には明らかに何らかの大規模なワープホールの入り口、ないしは出口があったのだ。そしてそれはヴィッキーのような高等生命体でも造り出せない時空トンネルだったと仮定できる。我々の星に伝わる『世界樹』も、9つの世界をつないでいたとされている。もちろん、それは古代の人々の豊かな世界観によるフィクションだったかもしれない。だが、一片の真実なくば、生き残るための努力に時間を費やされていたはずの古代の人々の脳裏に、誰も見たことがない世界の在り方を考え出すことは難しかったのではないか。私はこれを見、信ずるよ、『世界樹』は私たちの想像を超えた何者かが造り出したワームホールであり、それはあちこちに出口を持っていたのだと。『世界樹』は時空のインターチェンジだったのだと」

「では、それをすべて集めれば、ワームホールが開くと?」

 ヴィッキーが淡々と問うた。キリルはあいている方の手で一つの欠片を手にして応えた。

「この地上にワームホールが開くことができれば、この惑星を包む亜空間バリアに干渉することなく、空間移動できる。もちろん今の段階では、出口がどこに通じているかは不明だがね。しかし、わずかながら、我々の故郷への道のりをたどるための助けを得た気はしている」

「そんな木屑で、戦艦が通れるようなワームホールが開ける気がしねえ。ったく、この星はどうなってやがんだ」

 ジルコンがふてぶてしく不満を漏らした。自分こそは最高の頭脳を持っていると自負しているので、自尊心を傷つけられたのだ。

 しかし、そんなドロイドにあるまじき態度に、キリルは心和ませるように小さく苦笑いをすると、もう一つの破片も手にし、立ち上がった。

「今回のミッションは少々手ごわかった。この星は相当に入り組んだ時空を持っている。今回のデータを整理し、記録しておくように。今後の我々のためでもあり、我々がアルファ宙域に帰還できたら、きっと役に立つデータになるだろうからね」

「言われなくってもやってらぁ」

 キリルは「くすっ」と笑いを返すと、二つの木の破片を艦長室のセーフティボックスの中にしまいこんだ。そして「うーん」と伸びをすると、

「お前たちと違って私はひ弱な人間だからね、こうも不眠不休で部下たちの動きをモニタし続けてきて、さすがに疲れたよ。彼らもひとまず落ち着いたようだし、私も少し休ませてもらうよ。ジルコン、艦長代理を頼む。ヴィッキーと仲良くな」

「けっ、一言多いんだよ、貴様はよ」

 キリルは生意気なドロイドに親しみのこもった眼差しを投げると、大股で艦長室から立ち去った。そして自室に戻って生成りのロングジャケットを脱いだところで作り付けのベッドに倒れこむように横たわると、あっという間に眠り込んでしまった。手の届かないところで大切な若者たちが悪戦苦闘しているのをただ見ているしかなかったことの心労は、思っていた以上に重かったのだった。

 しかし、彼らの旅はまだ果てしない。水の星地球までは途方もない道のりが続いているのである。


*****


 レイジュウジャーたちがグレイウォールから旅立ってまもなく、『双撃の戦斧亭』に来訪者があったことを、彼らは当然ながら知らなかった。

 二人連れである。

 片方は繕いのあとはあるが、そこそこに上等なフード付きの旅行用外套を着こんだ少女。

 そしてもうひとりは、人目をはばかるようにぐるぐると顔に布を巻きつけていたが、それは逆効果になり、グレイウォールの街人の怪訝な視線を集めてしまっていた。

 そのアンバランスな二人連れは、錠の下りた宿屋の前で、途方に暮れたように立ち尽くしていた。特に、少女の方が肩を落とし、今にも泣き出してしまいそうに可愛い顔をゆがめていた。

 そんな娘を、顔を隠した、おそらく同年齢くらいの人物が励ますように言った。

《いいんだよ、俺は覚悟してるし。これにとりつかれたら、受け入れるしかない》

 泣き出しそうな少女を大牙が見たら、きっと驚いたに違いない。そうなのだ、その少女は、レイジュウジャーたちが初めてこの世界にやってきたときに世話になった山間の村、エルダーの娘リナだったのだ。

 徒歩での旅は大人でも遠い道のりであったと思われるのに、どうしてリナともう一人の少年らしき者だけでこの街にやってきたのか?

 その少年は何もかも乗り越えたもののように鷹揚に言った。

《俺の村でまともなのはもう俺くらいしかいないし、むしろ、全村を焼き払うほうがましだよ。こうして俺とここまでくるのだって、ほんとは反対だったんだぜ。そうだろ? この病は伝染するんだ。お前の村はまだ無事だ。お前が俺の病を自分の村に持ち込んだりすることになったらどうするつもりなんだ?》

 リナは閉ざされた宿屋の入り口に座り込むと、少し怒ったように言い返した。

《伝染るなんて、信じないわ、あたしは。でも、それがあたしたちの住む場所を脅かしてることはわかるわ。だから助けを求めてここまできたんじゃない。きっとそれには何かわけがあるのよ。それを見つけられるのは、あの人たちだけだって思ったのに……》

 布の間から片目だけのぞかせている少年が肩をおとしているリナの隣に微妙な距離感をおいてしゃがみこみ、言った。

《お前が話してたものすごい冒険者のことだろ? 冒険者が一つ所に長居するなんてこと、あり得ないよ。お前が会ったのだって、何か月も前のことなんだろ? ここにいるはずがないよ。それに、冒険者が俺たちを助けてくれると思ってるのかい? 冒険者なんて金が絡んでなきゃ、何もしてくれないよ。ましてや、この病のもとをどうにかしてほしいなんてこと、絶対無理だって》

《あの人たちは普通の冒険者じゃないのよ。本物の勇者なのよ》

 力説するリナに、顔を隠した少年は嘆息交じりの短い笑いを返し、

《どっちにしたって、ここにいないんなら、探しようがないよ。冒険者は根無し草。その冒険者たちの噂や詩人の詩が流行っていても、俺たちに後を追うなんてことはできないよ。それに、俺はあと何晩かしたら、きっとおしまいだ。村のみんながそうなったのを見てきたから、わかるんだ。ここまで来たけど、俺は村に戻って、村のみんなとどこか人里離れた山の中にでも引きこもる方がいいと思うよ。この街に俺の病をまき散らすわけにはいかない》

《すぐに諦めるなんてだめよ、あなたらしくないじゃない。それに、あたしの村に来たってことは、どうにかならないかって期待をつないでいたからでしょう? パリス、最後まで諦めちゃだめよ。希望を捨てたら、絶対にかなわないことになるわ》

 その少年、パリスは宿屋の入り口に胡坐をかいて戸口に寄り掛かると、子供らしくないため息をながながと吐いた。

《俺は単に発症が遅かっただけさ。大人の方が早く進行するんだ。理由はわからないけどな。だから俺はかかってないと思われて、エルダーに使いに出されただけさ。いつお前の村にもこの病が流行るかわからないからってな。でも、やっぱりかかってた。俺も大人たちと同じ運命さ》

 リナは頑固に言い張った。

《どんなことにも理由があるわ。あなたのそれはただの風邪とか腹痛とかじゃない。きっと何か重要なわけがあるのよ。それを解決できるのは、あの人たちだけだわ。それに、何となく感じるのよ。きっとあの人たちはここに戻ってくるって。あたしは待つわ。あたし、あなたを助けたいし、わけを知りたいのよ》

 パリスは布の間から濃紺の瞳をわずかにほほ笑ましく細め、

《お前は変わったなあ…この前会った時とは全然違う。母ちゃんの後ろではにかんでたお前がなあ? 今じゃ俺と二人で平気な顔してグレイウォールまで歩いてきてしまった。大人でさえ怖がる旅の夜もへっちゃらだった。よほどその冒険者たちってのが、お前に影響を与えたみたいだね》

 リナは微かに頬を染めたが、それをパリスが見止めたかはわからない。

 彼女は歩き通しですっかりすり切れた靴のつま先を見つめながら言った。

《うん、そうかもしれないわ…すごく素敵な人たちだったの…強くて優しくて…。もちろん村の人たちはみんな優しいわ。でもそういうのとは違う「何か」があの人たちにはあったの。あたしはそう感じたわ》

《お前の話を聞いてると、俺も少し希望が持てるような気がするよ》

 とパリスが言った時、二人の視界に影が落ちた。見上げると、軽装の革鎧をつけ、腰には剣を下げた、見るからに街の警備兵と思しき二人連れが立っていた。

 反射的にパリスの身体から警戒心が発せられ、リナの手を取って逃げ出そうとするかのように腰を上げかけた。

 それを制するように、その二人連れのうち、若い方が穏やかに言った。

《ちょっと待つんだ、君たち。僕たちは別に君たちに都合の悪いことをしにきたわけじゃない。ただ、子供の二人連れが街にやってきて、そのうちの一人があまり容体がよくなさそうだという報告を城門の衛士から聞いたものでね。グレイウォールは排他的な街じゃないし、ましてや子供だけでここにやってきたことの理由が聞きたいんだ》

 じっとリナとパリスが黙っていると、もう一人の、短いあごひげをはやしている方が、宿屋を見上げながら言った。

《思うに、君たちはここに滞在していた冒険者に用事があったのではないのかな? 何が君たちに起きたかはわからないが、その身なりからするとかなり遠くからやってきたんだろう? 大人が同伴できなかった理由があるわけだ。ここにいた冒険者のことは私もよく知っている。どうかな、事情を私たちに話してみないかね? あの冒険者たちは確かにここに最近やってきた。そしてこの宿屋の主人とともにどこかへ行ってしまった。だが、私は彼らがまたここに戻ってくるのではないかと推測しているのだ。それまで、ここで座り込んで待つつもりかな? まだそんなに冷え込むことはないが、私としては子供を外に放り出したままにしておくことはできない。さあ、来なさい。温かいシチューとパンでも食べながら、話せる範囲でいいから、ここに来て、あの冒険者たちを頼ってきた理由を聞かせてくれ》

 それでも頑固にその場から動かない子供二人に、グレイウォール都市連邦付衛士隊長イーディアス・グラントは苦笑を返し、

《安心しなさい、君たちを衛士隊詰所なんかには泊まらせないから。私の妻が君たちを世話してくれる。詰所のベッドは固いし、食事も決して美味しいとは言えん。妻の作る鹿肉の煮込みは絶品なんだ》

 そこは子供らしい素直さなのか、リナとパリスは思わずごくりと唾をのみ、パリスの腹がぐう、と鳴った。旅路での食料と言えば、味気のない干し肉と道々摘んだベリーくらいだったからだ。

 ようやく申し出を受け入れるように立ち上がった子供たちを引き連れたイーディアスは、同行させてきた部下のアラン・ギルスターに言った。

《私は自宅に戻り、子供たちの様子を見ているから、お前は詰所に戻ってしばらく私の代理を頼む。この子たちの様子からして、重大事のようだから》

《承知しました、隊長》

 若いアランがぴしり、と踵を合わせて敬礼してから小走りで去ると、イーディアスはこの街を治安を預かる身とは思えない親身さで子供たちを自宅へと向かわせたのであるが、内心では決してただ単に子供の保護をしただけではない予感を抱いていた。そしてそれは的中するのである。


*****


 カーマイン王国では、ここ最近頻々と不気味な出来事が起きていた。

 王国はオーランジュ大陸の中で最も文化度が高く、国の守りも固い安全な場所だと誰もが思っていたから、夜な夜な狼の遠吠えのような鳴き声が聞こえたりすることはかつてなかった。

 そしてその不気味な出来事は、ある貴族のうら若い令嬢の不可思議な死亡事件をきっかけに、街のあちこちで住民が消えたり、闇夜にはたはたと巨大なコウモリが飛んでいるのが目撃されたりした。

 第二王子を巻き込んだ、オーカー魔道帝国による悲惨な事件からようやく立ち直りかけていた王国にとっては、平和な日々を取り戻そうとしていた中での異変は非常に困惑させられることだった。

 そして次第にこの異変は、住民たちの間でこのようにささやかれることになった。「第二王子の魂が浄化されず、さまよい続けているせいなのだ」と。

 もちろん、この噂は根も葉もないことなのだが、人の口に戸は立てられないし、確かに王都に起きている事件は生きた人間の仕業というより、実体のないなにものによって引き起こされているような印象があった。

 王国の平和を乱されることは、王国を背負う王家にとって見逃せないことだった。それがたとえどんな正体をしていたとしてもである。

 カーマイン王国の王子マクシミリアンは、全く魔法や精神世界については無知であったし、知ろうとも思わなかったが、そういった領域のものを恐れる性質ではなかった。今では父親のダリウス・ド・モンテクレール三世も健康を取り戻していたし、妹のマリー王女もエルフの癒し手エリアス・ヴィ・シャルローにより、その潜在的に有していた魔力の発現のための訓練を受ける毎日であったから、彼はある意味安心して国内の警備と安定に専念できた。

 その夜も警備兵を連れての夜間の巡回を王子率先で行っていた。

 普段ならば夜更けまで賑わっている酒場や、裏通りで客を引く女たちなどが出ているのだが、不気味な事件が起き始めたせいで、すっかり早じまいしていて、通りは大陸随一の都市としては閑散としていた。

 ましてや、その夜は初秋にしては冷え込み、薄霧でもやっていた。

 肝の据わった王子は恐れげもなく、油断のない様子で通りを隅々まで巡回していたが、警備兵たちの歩みが次第に鈍くなったのに気づいて振り返った。

 その時、前方を向いていた兵士たちが次々と悲鳴を上げ、王子を前にしてなりふり構わず逃げ出すか、頭を抱えて狂乱の体をしたのである。

《どうした、お前たち?!》

 兵士の一人がカチカチと歯を鳴らしながら、震える手を掲げ、ものすごい恐怖にかられた声音で言った。

《あ、あ、あれを…! あれは、セ、セドリック王子殿下…! やっぱり殿下は成仏できなかったという噂は本当だったんです! ひぃっ、お助けを!》

 脇目もふらず逃げ出した兵士が示した先を振り返ると、月明かりに夜霧が映える中、すらりとした人影がいた。

 マクシミリアンはひるむことなく、その人物をじっと見つめると、平然と話しかけた。

《確かに弟と似てはいるが、私はセドリックの兄だ。お前が別人で、おそらく赤い血も流れていないものだと想像がつく。ここ最近、街を脅かしているのはお前なのか?》

 夜霧を背景に、幻想的にも恐怖をあおるようにも見えるその者は、マクシミリアンの度胸の据わった様子を奇妙な鷹揚さで称えるように言った。

《なるほど、確かにこの者の魂の声が言うように、貴殿はそこらの人間とは違うようだ。その身体には本物の高貴なる血が流れていると思われる。ふむ、この者の魂に呼ばれなければ、その蒼き血を味わっていたところだが、私はあいにく慈悲深い性質でね。それに、私は無為に人間を恐れさせ、敵に回すような愚かな真似を一族に禁じてきたのだが、20年という時間がさすがに一族の喉をからからにさせてしまったようだ。私はもっと穏便に喉を潤すように命じていたのだがね。一族の長たる私が謝罪しよう》

 マクシミリアンはぎゅ、と凛々しい眉を寄せ、油断のない物腰で、眼前の人外のものを睨みつけて言った。

《お前は血をすする屍喰らいか?》

 この言葉に、セドリックの姿をしたものが誇りを傷つけられたような嘆息を吐いた。

《あんな薄汚い暴食屋と一緒にしないでくれたまえ。私はヴァルロイ・フォン・キルシュタイン伯爵。ストリゴイ一族の真祖を継承する唯一のものだ》

 ここで自ら名乗ったものは余裕の表情をやや曇らせた。

《人間の住処に生粋のエルフのにおいがするとは予想外であった。あやつらの白々しい善人面は好かぬ。人間にしては肝のある者に出会えて私は喜ばしく思うぞ。また会いたいものだ。その時は少し味わわせてくれるといいのだが》

 マクシミリアンは、背後から二組の駆けつける足音を聞きつけ、振り返ると、マリーの侍女であり、有能なローグでもあるオクタヴィアとエルフの癒し手エリアスが緊張した面持ちでやってくるのが見えた。

 そして前方に視線を戻すと、すでにそこにセドリックの姿を借りたものは消えていた。

《遅かったですか! 私が手間取ったせいです、申し訳ない》

 エリアスは片手に赤い実のついた小枝を持っていた。マクシミリアンは肩をすくめ、

《あれはいったいなにものかな? こういうことは私は門外漢だからね。それにその手にしている木は?》

《これはブラッドベリーの枝です。薬にも使うのですが、魔除け、つまり、ストリゴイが嫌うものなのです。しばらく彼らの気配を感じなかったのですが、なぜ今になってこの国に現れたのか…》

《ストリゴイ?》

 マクシミリアンは、駆けつけてくれた助勢たちを城に連れて戻りながら尋ねた。すると、オクタヴィアが応えた。

《アンデッドの一種です、殿下。彼らは自らを高貴な存在だと誇っていますが、死人には変わりありません。ただし、知能は高いので扱いにくい魔物です。聖なる祝福を受けた武器か、エリアス殿が持ってきたような聖なる力を持った道具がないと、彼らをおとなしくさせることはできません》

《彼らは死人ですが、生き血をすすり、活力と変えます。動物の血でもいいのですが、一番好むのが人間の血なのです》

 と付け加えたエリアスの言葉に、マクシミリアンは困ったようにつぶやいた。

《王国もようやく普段のペースを取り戻してきたというのに、生き血をすする魔物に目をつけられては、街人たちは安らかに眠ることができなくなってしまう。どうしたものか…》

《希望的観測にはなりますが》

 とエリアスが言った。

《あのものはストリゴイの真祖だと言っていました。彼らにも階級があるのです。下級なものには通用しなくても、あのものとならひょっとして取引ができるかもしれません。ストリゴイは古くから存在する一族です。闇に属する一族ですから、人間にとっては害成すもののように見えるでしょうが、闇がなければ光も存在しえません。なぜ今になって彼らが活動し始めたかを探ることから始めませんか、殿下》

 マクシミリアンは太く息をつき、苦笑いを返した。

《私はそういう世界とは無縁に生きてきた男だからな。あなたの知識が頼りだ》

《私でお役にたてるのであれば》

 エリアスが小さく頭を下げて言うと、マクシミリアンは王子という立場を少し忘れたように途方に暮れた様子で言った。

《ああ、しかし、次から次へと何かが起こる。こういう時、またあの聖なる戦士たちがいてくれたらと思ってしまうよ。今彼らはどこにいるのだろう?》

 今、再び彼らが臨む先は一つに集まろうとしているのだった。


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