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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第六章 地底都市セラドン編
80/103

『Der Erlkönig』

 デュースの町に絶対的な存在感でもって建つ城は、まさに冥府を象徴しているかのように地獄の劫火で燃え上がるように陽炎が立ち込め、亡者の魂に報いを与える完全な裁判官のような厳粛さの中に、生者ならば忌避してしまうようなまがまがしさもはらんでいた。

 だがしかし、その時の城はそれだけでない空気をまとっていた。ここがたとえ罪深い亡者たちの行きつく先であるとしても、聖なる霊獣の力をその身に宿すレイジュウジャーたちには、はっきりと悪成す存在を感じ取っていたのである。

《見て! 城門の前で誰か倒れているわ!》

 朱音が目ざとくそちらを指さした。

 一同も、地面に倒れ伏すものたちを確認し、走る速度をあげて駆け寄った。そしてそこに倒れるものを見て、大牙が驚きの声を上げた。

《なんでこんなところに蛇女がいるんだよ?》

 城門の前で折り重なるように倒れていたのは、以前、魔道帝国に侵入するために通った『見捨てられた湿原(ウェストムーア)』で出会った女性の上半身に蛇尾をしたラミア族たちであったのである。その中で、ひときわ目を引くものがあった。それは、漆黒の身体をし、コウモリのような翼をもち、頭髪がすべてうねうねとする蛇の姿をしていた。

《なんと! 『復讐者(フリアエ)』の一柱が力を喪失させられているとは!》

 ベアルがあからさまに驚愕したのを見、龍児が言った。

《ベアルさん、僕たちはこのラミア族とは地上で出会ってるんです。それがどうしてここにいるんです? それに、その、まるで僕たちの故郷に伝わる空想の怪物のような存在は何者ですか?》

 龍児の問いの裏では、すでにベアルの答えの予測がついていた。それほど、この場所の、いや、これまで遭遇してきた出来事において、彼が培ってきた幻想奇譚や神話、SFなどの知識が共通していることが多すぎたからである。

 はたして、ベアルの応えはこうだった。

《この冥府を統括する闇の女王エレボイアは、ラミア族の創造主らしい。したがって、ラミア族は闇の女王の配下であり、眷属でもある。そしてここに倒れているものは、人々の偽誓や親殺しを断罪する『復讐者』の一人、『天秤』だ。ううーむ、このものを打ち倒すなど、普通のものではかなうまい。彼女たちは亡者たちの監視を行うのと同時に、罪を裁く、人智を超えた意識そのものなのだ。それを倒すなど…君たちが追ってきた存在は、考えている以上に強力だ》

《ラミアたちの身体が内側から弾けとんどる。ぐちゃぐちゃじゃ》

 玄人が肉片が飛び散っている様を見、言った。すると、ノルディスから何かを聞いたらしいウィラード博士が言った。

《ロアは死霊魔法を使う。その中には腐食魔法や心を暗黒面に堕とし、自らの傀儡にすることも含まれる。ラミアたちは『腐毒烈爆(コープスボム)』によって殺され、この『復讐者』はおそらく『邪恤救済(イビルマーシー)』によって力を奪われたと思われる。と、まあ、ノルディスが言っておるのだがね》

《ということは》

 と龍児は、その場のまさに地獄絵図のような惨状を見まわし、言った。

《そのロアというダークエルフの魔道士はさらに力を得たということですね? それも、冥府というヴェイドにも似た場所で力を持つものからその精気を奪ったということならば》

《全くその通りだ、若者よ。女王エレボイアはこの死者の国の支配者であり、亡者を正しく先導する存在。そしてこの空間の存在そのものでもある。ここが破壊されれば、亡者たちは居場所を失い、ヴェイドだけでなく、地上にもあふれかえるだろう》

 ベアルがこう応えると、まどろっこしそうに銀色のつんつん頭をがりがりとかきむしった大牙が言った。

《とにかく! 行ってみるしかねえだろ? ちっ、ほら、もたもたしてるから、言わんこっちゃねえ! あそこを見ろ!》

 大牙が指さすところに、一同の視線が向けられた。城の周りをぐるりと取り囲む城壁の上に、地球的に表現すれば、悪魔的な姿をし、ほっそりとした姿をした何者かが立っている。そしてその両手には、脱力した蛇の頭髪をしたものが、首根っこを掴まれていたのである。

《うぬ! すでに実体を取り戻したのか、ロア!》

 ベアルが愕然として言うと、相手は身体をのけぞらせて呵々と笑い、両手に掴んでいた『復讐者』二人を投げ捨てるように城壁の上から放り投げながら応えた。

《馬鹿なドワーフのおかげで()は復活を成し遂げたり。そしてついにこの冥府に堕とされていた私の身体を取り戻したのだ。煩い『復讐者』の女どもも黙らせた。いまや、私の力は三体の神格的存在のエネルギーで満ち満ちている。あとはこの陰鬱な世界を牛耳る女王をやれば、私こそが闇の支配者となれる。そして自由に冥府の最深層で巨神族に守られしものを手に入れに行ける。それが手に入れば、地下世界だけでなく、地上も、さらにかつて空中に都市を築いていたという『太古の民』のように全てを統べることが可能になるだろう》

 どさり、と地面に打ち捨てられた『復讐者』の二人の様子を見ていた博士が、助手の顔を見やってから、皆に頷いて見せた。

《完全に精力を吸い尽くされたのではないようだ。気絶をしているようなものだな。時がたてば復活するだろう。それよりも、あの死霊使いの持っている木っ端のようなものじゃが…あれは、おそらく…》

 ウィラーディヌスは最後まで言い切ることはできなかった。ぐわっとした圧迫感が脳内に満ち、激しい眩暈を起こしたように白目をむいて昏倒してしまったのである。ノルディスが慌てて荷物の中から何かを探し始める。

 ロアが言った。

《耳障りなやつは黙れ。ドワーフの分際で私の邪魔をするなど言語道断。それにそこにいる者共。不可思議なものを秘めておるようだが、それを吟味せずにいることは残念であるが仕方あるまい。私の目的を阻むものはすべて排除するのが私の信条》

 博士が何かを忠告しかけた木っ端のようなものが、ロアの手の中でどす黒いエネルギー波を発しながら、金属的でありながら、全く照りのない、漆黒の巨大で残酷な曲線を描く鎌となって現れたのである。

《なんだ、あれ?! なんだか俺たちの武器みてえにいきなり出てきたぜ?》

 大牙が驚きの呟きを漏らすのとほぼ同時に、ピシャーンと雷が降り、彼らは散開してそれを避けた。

 ロアは、自らの攻撃を回避されたことさえも楽しいといった様子で言った。

《ほほう、なかなかやるようだな。そうでなければ楽しめない。お前たちの命の炎は、私が有効に使わせてもらう。光栄に思え。お前たちは我が支配の始まりの礎となるのだから》

 濃い青色の肌をしたシャッテンの魔道士は、城壁の上からすうっと浮き上がり、高慢で自信たっぷりの様子で大鎌を薙ぎ払うように構えた。

《私の魂喰の(ソウルイーター)の一閃で、お前たちなど両断してやる》

「霊獣降臨!」

 レイジュウジャーたちは迷わず変身をしたが、反撃に転じるにはわずかに及ばなかった。咄嗟に玄武の大盾が近くにいたベアルとディミトリを守るように構えられたが、博士とその助手を避難させるのは間に合わなかった。

「くそっ!」

 大牙はオーバードライヴ技でなんとかしようとしたが、地下深くにいるためか、武装の転送だけで精いっぱいであるかのように、手首の霊獣チェンジャーの小さなモニタが赤く警告色を示していた。

 ざっくりとドワーフの学者たちが大鎌で薙ぎ払われるのをなすすべもなくしていたところに、予想外の展開が起きた。

《我が国で狼藉を働く悪しき信条に魅入られた魔術師め! 永劫の時の中、頭をねじられ、苦痛の涙を背中にこぼし続けていたことを忘れたか?! 今一度冥府の圏に落とし込んでくれよう!》

 ロアが浮かぶ空中よりはるか上空に、闇夜に忽然と月明かりが照らすようなものが現れ、きりきりと弓を引き絞る音が聞こえた。

 それと同時に、ノルディスが荷物の中から取り出した、ロアの持っていた木っ端とよく似たものを手にすると、それはみるみる炎をまとった長い杖に変わり、彼らの周囲を取り囲むようにぐるりと燃え上がった。

《なに?! ドワーフが『世界樹の破片』を持っているとは?!》

 ロアは明らかに新たな展開に動揺したが、それはすぐに悪知恵の素地となった。彼は悪辣にほくそ笑むと、ひゅんっと飛んできた月明かりの色をした矢の弾幕から逃れながら言った。

《不思議な力の存在に引かれて姿を見せてしまったのが不覚であったが、それはそれでよしとしよう、こうして闇の女王を玉座からおびき出せたのだから。女王をやらずとも、この世界を奪うことはできる。私はそこへ向かう、そしてこの大地の力の中心点で得難きものを得るために》

 再び呵々と笑いながら、ロアはふいっと姿を消した。

 月明かりを浴びて浮かび上がるものが厳しい声音で言い放った。

《我が冥府の支柱たる巨神たちよ! 最奥へと続く門を守るのだ! その身を賭してでも、守らねばならぬ! 欲望の餌食にしてはならぬ!》

 すると、足元の奥底で何かが胎動するような振動が伝わり、レイジュウジャーとドワーフたち、そしてベアルは頭上に浮かぶ神秘的でありながら、慈悲ではなく、苛烈な仕置きを断ずるものを見上げ、ベアルが代表して言った。

《冥府の女王エレボイアよ、我々もその最奥に向かわねばならない。あなたの手勢にすべてを任せるわけにはいかないからだ。罪科を裁くあなたであるなら、この事件の発端がどこにあり、誰が責任をとるべきかをはっきり認識しているはず》

 エレボイアは闇夜に冷たく輝く月のように浮かんだまま、応えた。

《無論、事情は察しておる。そこなドワーフの戦士の血縁が招いた災厄であると。そしてまさに裏切りの大罪を犯したそのものは、第二の門をくぐった先の『氷地獄(コキュートス)』の第一の円カイーナに封ぜられようとしてる。それは罪科に応じた当然の報いであるが、そのものが持ち帰ったものを、あそこまでの復活をなしとげさせてしまったことは、わらわの失策である。あのものは、魔術で人々をたぶらかし、めくらましをし、さらに同族に対してもその凶刃を向けた裏切り者でもある。『悪意者の圏』に封じたのがわらわの過ちであったのだろう。してやられたとしかいいようがない。しかし、あのものは裏切り者でもある。第二の門の先は、これまでの冥府とは比較にならぬ過酷な刑場。たとえ卓越した魔力を持つものとはいえ、自らの罪科を帳消しにすることはできぬ。彼奴は第二の円アンテノーラで足止めを食らうはず。冥府に封じられ、同時に冥府の守護となっている巨神たちがおれば、少しは時間をかせげようぞ。ひとまず、そなたらの目的を聞かせてくりゃ。第二の門の守護者であったカムペロスが見込んだ生者たちであるゆえ、必ずあのよこしまなるものを討伐し、再び冥府の鎖につなぐことができよう。ついてまいれ。わらわの闇の城に案内しよう》

 この言葉に、半ば操られるように一行はラミアたちの凄惨な死骸の間を縫って、鉄灰色の見上げるばかりの巨大な城門がすうっと押し開かれた中に進んだ。

 背後で門がぴたりと閉ざされるのをちらりと振り返って見た朱音は、その視界の端に、場違いに目元をキラキラとさせている龍児に気づき、ため息をついてこっそり話しかけた。

「…またなんかオタク心をくすぐられてるんでしょ。いい? これは現実のことで、うっかりしたら、あたしたちだって危険になる状況なのよ」

 龍児はやや心証を害したように細い眉をしかめ、

「わかっているさ。でもね、いいかい、アカネ、ここは全く神話的な場所なんだよ? ハデスとかゼウスとかくらいは知ってるだろ?」

 朱音は肩をすくめて首を振った。

「あんたと違って、あたしは机に向かって本を読んだりする代わりに、夜の街でけんかをしてたの。そんなこと、知ってるわけないでしょ」

 すげない返答にもめげず(この程度の拒否で自論をひっこめていては本当のオタクではない)、龍児は白皙の顔をほんのり上気させてあちこちを見まわしながら続けた。

「さっき、ダークエルフの魔道士が放り投げた蛇頭の三女神は、地球で言うところのエリニュース三女神とかぶるし、この存在が冥府に在しているのも、ダンテの『神曲』という叙事詩に描かれているんだ。完全に『神曲』の地獄篇とは一致しないけれど、これまでの奇妙な既視感と考え合わせれば、この星の内部に空洞があり、そこが罪科の重さによって住み分けられた『神曲』の地獄の描写と共通点を見出せるわけさ。ドワーフが見せた、すり鉢状の絵図を覚えているだろう? あれはまさに『神曲』の地獄絵そのものだよ。あの女王エレボイアというのも、ギリシア神話にある、原初の神々の一人『幽冥(エレボス)』と似ている。そして第二の門の先は、おそらく『奈落(タルタロス)』につながっているのだろう。最も罪深い人々が封じられている場所だ。巨神族というのをちらっと聞いたが、それも地球の神話と似ているんだよ。『奈落』には多くの巨人族たちが落とされて、オリュンポスの神々に二度と逆らえないようにされたんだ。ギガントマキア……そんなに知らんぷりな顔をするなよ、アカネ」

 すべてが灰色の濃淡で生気のない前庭を通り、まっすぐ目の前に見える大きな両開きの扉に向かって歩きながら、さすがの龍児がやや機嫌を損ねたように、朱音に言った。その朱音は、ちらっと視線を返してため息をついた。

「あんたって、頭がよくて、戦況もきちんと見極める目と勘をもってるくせに、どうしてこういうところにくると、人が変わったみたいに喋りまくってさ。何かと何かが似てるからって何よ。現実にあたしたちはここにいて、悪い魔道士が悪いことをしようとしてるのを止めに行くところなのよ。それ以上でもそれ以下でもない、あたしたちは悪成すものを退治するのが役目でしょ。あんたの楽しみを満足させるためじゃないわ」

 朱音の言うことにも一理あったのは、当然頭の回転が早く、常識も人一倍持っている龍児その人だから、了解するところではあったが、なんにせよ、この空間全体が夢物語としか思えず、その真っただ中にいることの奇跡に興奮しないではいられないのだった。

 朱音はぷいっと歩く速度を上げてしまい、龍児はぽつん、と一人列から離れて立ち尽くしていた。その心の中に様々な空想の妖精たちが飛び回っていた。

 そんな彼の肩を、玄人がぽん、と叩いたので、龍児は夢想から引き戻された。玄人ののんびりとした顔が龍児の飛躍していた心を落ち着かせた。

「お前が好奇心をかきたてられるんはわかる。わしもここが一体全体どんな場所なんかよく知りたい。じゃが、わしらは本当の冒険者じゃあないんじゃ。お前が考えてることを言い当てようか? 第二の門の最奥にはこの星の核があり、そこに土のドラゴンが眠っていると思っとるじゃろ? 違うか?」

 龍児は、玄人の言葉に驚いたように眼をみはった。玄人は角刈りの頭をぼりぼりとやりながら、龍児をさりげなく前進させながら続けた。

「わしも多少は本を読んどるからのう。わしの住んでたところはものすごい田舎でなあ。時代から取り残されたようなところじゃった。だから楽しみといえば、古びた図書館から本を借りてきて読むか、ばっちゃの畑仕事を手伝うくらいだったんじゃよ。ははは、エーテル放送の受信機も旧型でのう、最新の映像娯楽も無縁じゃった。ま、お前ほどじゃないが、昔の人の書いたものはおもろいと思ったもんじゃ。わしらよりずっと不便な時代に生きていたはずなのに、頭の中は現代の人間以上に豊かだと感じたよ。じゃから、お前が、この最奥に天使たちと戦い敗れたかつての大天使ルシフェルが氷漬けにされている代わりに、人間たちとの戦いに敗れ、傷ついたドラゴンが眠っていると推測していることはわかっとるよ。巨人族が地下にいることも、さっきお前が言いかけたギガントマキア…つまり巨人族が神々に戦いを挑んで負け、地底に封じられたこと、これも相似点の一つじゃな。この世界に天使とか悪魔とかの概念はないようじゃから、最奥には悪魔軍団の長であり、天界の裏切り者ではなく、ドラゴンが眠ると考えるのは、妥当な思考の過程じゃ」

 玄人の意外な一面と、彼の過去の一部を聞けたことに心を洗われたような顔つきになりながらも、龍児は緊張した声音で言った。

「一つ気がかりなことがあるんだ」

「なんじゃ」

「さっきの魔道士との接触で僕たちは変身したけれど、武装の実体化レベルはかなり危険域だった。ここからさらに僕たちは地下に潜ることになる。そうなると、僕たちは丸腰になってしまう可能性がある。相手は強力な魔道士だ。それも命を操る最悪の部類の。ここからじゃファンロンとの交信も届かない」

「そのことは、ボスも気づいているじゃろ。わしたちを決して見捨てないのは、わしらが妲己の自爆反撃の衝撃波から回避して戻るのを、ぎりぎりまで待っていてくれたことで、わかってることじゃ。きっと対策をしてくれているはずじゃ」

 龍児の表情からこわばりが薄らぎ、小さく息をついた。

「全くそのとおりだ。僕たちはボスに守られてる。そう信じるべきだね」

「そうじゃよ。わしらはとにかく消えた魔道士をどうにかするのが先決じゃ。この世界のために、そして、ゆくゆくはわしらの帰還のために役に立つ何かを得るために、進むしかないんじゃ」

 玄人の言葉はゆっくりとしていて、龍児の胸にいちいち染み渡るようだった。

 見れば、先行していた仲間たちは前方の両開きの扉の中に入っており、ベアルが扉を押さえて「早く来い」と手を振っていた。その足元では、すっかり意識喪失から回復していたウィラード博士がしきりに二人をせかすように手をこまねいている。

「わしらはボスにも恵まれ、その土地土地で常に親切で勇気ある人々と巡り合っとる。それだけあれば何も恐れることはない。じゃが、お前の好奇心は少し控え目にした方がええな。アカネに嫌われるぞ」

 玄人はそう言いながらも、一人内心でほほ笑ましく思った。朱音の性格はほぼ掴んでいた玄人である。決して彼女が思い人の前で本心をさらけ出すことはないだろう。そして彼女が彼を敬遠するようなそぶりをするのは、好意の裏返しであることも。だから、心に防壁を築く龍児が朱音に延々とオタク話をすることも、良い傾向だと思っていた。彼は、龍児が激しい喪失感でうちひしがれた時を知っていたからだ。

 二人は少し歩くのを速めて、大きな広間につながる扉をくぐった。そしてそこの圧倒的な広さにあっけにとられたのであった。

 その一番奥の、おそらく巨大な玉座に、先ほど上空で弓を引き絞っていたものが、象牙色の輝きを放って座していた。冥府の女王エレボイアが。


*****


 そこは、全てが巨大だった。

 サイズさえ普通なら、地球の旧都にある聖堂や教会建築のようにも見えたかもしれない。だが、そこはあまりに大きすぎた。天井は、おそらくドーム状になっていて、その中心点に向かって曲線の梁がわたっていると思われたが、暗闇の中に溶け込んでいて、はたして天井があるのかさえ定かではない。

 壁面には、壁龕が等間隔に掘られ、そこに威風堂々とした石像が立ち並んでいるが、これもまた巨大だった。セラドンの入り口に配置されていた石像と通じるものがある。あれはドワーフでもなく『太古の民』でもなく、ここの場所に石像を築いた、全く別の種族の手によるものなのではないか。そしてそれは、この暗闇の女王が口にした巨神という存在とかかわりがあるのではないか。

 歩いても歩いてもなかなか近づけないほどの広さをした広間を進んでいくと、頂点の見えない天井からさがる、シャンデリアの幽かな明かりがわずかに揺らめいた。

《おお、兄者、屹度参られると思っていた。たった今、そちらに悪しき心を持ったものが飛んでいきおった。そのことで兄者にも協力を仰ごうと思っていたところじゃ》

 その場所に新たな巨大な存在を見止めた一行は、本能的に足が止まった。

 すると、エレボイアは意外にも人間らしいところを見せ、言った。

《恐るるでない。このものはわらわの兄者であり、第二の門の先にある『奈落』を統べるタロースである。あの悪辣な魂を持つものがカムペロスの鍵をもっているとすれば、兄者がおわす『奈落』の中心へとむかったはずであるからの。残念ながら、第二の門の先はわらわの力及ばぬ場所ゆえ、兄者の到来は喜ばしい限りである。そして、兄者よ、巨神たちは察してあの魔道士を止めようとしておるか?》

 という問いに応えたタロースの声は、鼓膜で聞くというより、骨に直接響いて聞こえる太く低い声だった。

《我が支配圏に入り込んだ異物に対する巨神たちの守りは万全だ。しかし、カムペロスをおびき出して鍵を奪い、『復讐者』たちの精気を吸い取ることができたものゆえ、油断はできぬ。今、そやつはこの闇の世界で相当の力を得た状態だ。巨神たちもひょっとすると打ち倒される可能性もある。だが、精気は長くその体内にとどまることはできぬ。それが他者から吸い取ったものであれば、流れ出るのも速い。そやつは必ず『奈落』の第二の円で自らの罪科の足かせにとらわれ、コキュートスの氷の河に閉じ込められるだろう。しかし、なにゆえにこのような事態になったのだ? そこにいる生きたものたちはどういう導きでこの冥府におるのだ?》

 エレボイアが座する玉座の前に長々と敷かれた豪華な敷物まで到達していた一行は、間近でこの冥府を統べる二柱の巨大さと圧倒的な覇気に、まるで突風を身体全体で浴びせかけられているような感じを受けていた。

 エレボイアの顔は、見上げるほどの高さにあり、冷たい輝きに包まれていてはっきりと見ることはできなかった。

 その白々とした輝きに照らされた兄であるという存在は、全く真逆の、黒光りするような兜をかぶり、その身体は、妹の輝きによって筋肉の陰影を浮かび上がらせていて、まさに巨人というべき筋肉をした肉体をしていることがうかがえた。とはいえ、人間とドワーフの視点からだと、せいぜい腰のあたりまでしか臨むことはできなかったのだが。

 この黒々とした『奈落(タロース)』に対し、ディミトリが事の発端となった血縁の大罪について説明をすると、タロースは大木の幹ほどもありそうな腕を組み、床をびりびりと振るわせるようなうなり声を上げて言った。

《そのことを聞くと、必ずそやつは我が支配圏の中心を目指していると思われる。なぜなら、そこには我らの母なる大地が生み出した巨神族と、彼らが造り出した強力な武器が封ぜられているからだ。そして、その巨神族の一柱は、巨神族と天からやってきたものたちとの戦いで破壊されつくした大地を癒すために、自らを地中深くうずめた。そうだ、そなたらが言うところの土のドラゴンのことだ。そして再び土のドラゴンは、大地を揺るがす戦いにまみえ、自らを盾として多くの命を救い、逃げ延びさせた。結果、ドラゴンは傷つき、深い眠りについている。我は『奈落』であり、大罪人の断罪をする立場にもあるが、母なる大地の意志を受け継ぎ、大地が生んだものを守ることも使命なのである。しかしながら疑問に思うのだが、この我に知らぬことはないはずであるのに、そこの人間の若者たちの中に息づくものが何か見通せないとは何事か。輝きの中に紛れてみることがかなわぬ》

《そのことはわらわも気づいておったが、わらわたちは暗闇の一族。そこな若者たちは聖なる輝きを抱く『光明』の一族につらなる者なのであろう。そうでなければ、ここまで全き善意と正義にあふれているはずがない。わらわたちのことも暗闇の一族とわかっても、挑みかかるような小手先の正義の持ち主ではないからの。そこのドワーフが申した事情からして、そなたらは完全に部外者。そなたらにもここに来る目的があったのであろう? 申してみよ、あの悪辣なものを止めるための一端につながるかもしれぬゆえにな。ここでは何事も明らかにした方がよい場所なのじゃ》

 こういう時の説明役は毎度のことながら、龍児の役目であったが、今回は少し緊張しているようだった。なぜなら、まるでギリシア神話のティターン族のごとき巨人との遭遇に、心が強烈に刺激を受けていたからである。

 彼は一つ大きく深呼吸をすると、応えた。

《ディミトリさんとは知り合いで、僕たち冒険者をとてもよく面倒見てくれました。僕たちは、土のドラゴンの存在の手掛かりと、故郷に戻る手段を地底回廊のどこかに遺されていると思われる過去の不思議な遺物を探すために、セラドンへの道筋をつけてもらう手伝いをディミトリさんにしてもらい、そこでこの事件に遭ったのです。僕たちは悪事を見逃すことができない性分で、それも、恩人のディミトリさんが巻き込まれようとしていました。それで、あのダークエルフの足取りを追うために、ここにいる学者の二人にも手伝ってもらい、ここまで来たのです。そうです、僕たち自身の目的は、土のドラゴンとの遭遇と何かしらの援助をお願いすること、そして地底回廊の探索です》

 すると、これにベアルが言った。

《君たちはどこか風変りだと感じていたが、その遺物とは、現在『エルヴィアンの扉』と呼ばれている、『太古の民』が使っていた空間転移システムのことかね?》

 龍児は頷き、

『そうです。僕たちはこの地域に何らかの偶然の集積で飛ばされてしまったのです。僕たちは帰る場所を見失っているのです。もちろん、この世界の人々はとても親切で、すばらしい場所だとは思いますが、やはり、故郷というバックボーンが失われていることは、不安な気持ちにさせます』

 エレボイアがゆったりとした動きで巨大な玉座のひじ掛けに肘をつき、少しだけその月明かりのような色をした顔が見えたが、冥府を統べるものらしく、その顎先は決然としていた。

《わらわたち巨神族時代の終焉ののちにこの星の支配者となったものの末裔がそこにおるのだし、この地底世界にうずもれてしまった何かを見つけることはできるやもしれぬな。そうか、帰る場所がないとな。それは人間にとっては物悲しいことであろうの。しかし、なぜドラゴンとの接触を求める? ふむ、今ちらりと見えたぞ、そなた、似たものを宿しておるな? ほかのものたちも同様であるな? わらわは闇に暮らすものゆえに、地上で生きていた一族が人間と交わらなかったとは言い切れぬ。半神半人なのか、そなたらは》

 龍児はこの言葉を聞き、ぴーんと緊張と興奮に硬直したようになってしまった。そしてその動揺を隠すように眼鏡をはずし、ハンカチでレンズを拭き出したのだが、その手は激しく震え、よくわからない言葉をぶつぶつと言い始めたのである。

 これを見て朱音があきれたように内線で話しかけた。

『ちょっとリュウ、キョドってる場合じゃないでしょ? しっかりしてよ、こんな大きいのと話をするなんて、あたしたちには無理なんだから』

 龍児はひたすらレンズを拭き続けながら応えた。

『わ、わかってるよ…で、で、でも、僕らを、半神半人とかって…ヘ、ヘラクレスとか、えーっとペルセウスとかアキレウスとか……ああっ、巨神族っていうのは絶対ティターン族かギガース族のことだよ! 信じられるかい?! 神々を相手に会話してるんだよ?!』

『だめだ、こりゃ』

 大牙は匙を投げるように言うと、なんの恐れげも気後れもなく、二柱の暗闇の存在そのものに言った。

《で、手伝ってくれるのかよ? それとも、全部俺たちに丸投げかい? ま、それでも俺らならやれるけどな》

 この強気で自信満々な言葉に、『奈落(タロース)』がやけに好感を持ったような口調で応えた。

《確かにやれるかもしれぬな、人間よ。だが、此度のことは冥府としての面子もかかっている。あのものをきっちりと自省させきれなかったのは我らが責任だ。もちろん、協力しよう。そして、全てが解決した暁には、そなたらを我が国の中心へといざなおう。そなたらが期待するものが得られるといいがな》

 大牙は「へへん」と胸を張り、

《結構話がわかるじゃんか。だったら、すぐその『奈落』ってところに連れてってくれよ。俺はちんたらするのは性に合わねえんだ。ぱっとやってぱっと帰る、そしてうまいもんをたらふく食う! ああっ、くそっ、ここに来てからまともなもん食ってねえ! 早く、ぱぱっとやっちまおうぜ!》

《ずいぶん変わった半神だのう。まあよい、兄者よ、わらわの失態の後始末を任せるようで気が引けるが、冥府の秩序を守るためだと思い、どうか頼むぞえ》

《我らは冥府を託された兄妹。互いの協力なくしてこの広大で厳格な暗闇の世界を定めることは難しい。お前は再びそのものがこちら側に引き返さぬよう、第二の門の防御を固めておけ。我が『奈落』から一歩も出さぬ、これは我が誇りに賭けての使命だ》

 そう言い残し、タロースは歩き出したのだが、再び大牙が言葉をかけた。

《ちょっとおっさん、そんなでっけえんじゃ、俺たちついていけねえよ。もちっとどうにかなんねえの?》

 大罪人の亡者たちを相手にし続けてきた冥府の支配者は、大牙の物怖じのない言葉遣いに驚きながらも、面白く思ったのか、その場を揺するような振動を伴って笑った。

《ハッハッハッハッ、人間のくせに肝の座ったやつだ。確かにこの姿では不都合だな》

 タロースはそう言うと、みるみる身体を小さくさせ、玄人より少し背が高いくらいまでに縮んだ。そうすると、この闇の意識そのものの姿が非常に均整がとれていて、なおかつ完璧な肢体をもっていることがわかった。いまだ極度の興奮に見舞われている龍児の言葉を借りれば、「まるでヘレニズム時代の彫刻みたい」な容姿をしていた。

 こうして彼らは冥府の最奥に通じる第二の門に下る、城内の階段を下り始めたのだった。

 冥府の底まではあと少しである。闇の魔王(Erlkönig)たちの導きによって。まさに一行は、過去の傑作の詩の中の主人公のように畏れながらも毅然と、むしろ生気と闘志に満ちて、その道を進むのであった。


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