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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第六章 地底都市セラドン編
78/103

『Cogito ergo sum』

 玄人が目覚めたときにまず目に入ったのは、すべてがモノトーンの世界だった。いや、かすかに色彩はあるようだったが、灰色の方がそれを突き抜けて何もかも現実感のない、寒々とした光景を生み出していた。

 いきなりの瞬間移動で現状を把握するのに少々手間取ったが、玄人は粗末なベッドに寝かされていることがわかり、ここがある程度現実的な場所であることを知った。

 その小部屋に扉はなく、代わりにほつれが目立つ粗布が垂れており、それがふわっと動いたかと思うと、見覚えのある人物が入ってきたのである。

《ここに我々一族と亡者以外のものがやってくるとは珍しいこともあるものだ》

 そしてその者も、玄人のことを怪訝に見つめ、何かを思い出すように顎を撫でた。

《…君とはどこかで会っている気がするのだが…》

 両者の視線がぶつかり、それで互いに合点がいったようにそろって言った。

《あんさんは、地底回廊のバリアジェネレータを止めてくれた人だったかのう?》

《その声はやはり、あの場所で出会った…? あの姿は武装だったのだね》

 玄人はのっそりとベッドから降りると、丁寧に頭を下げて言った。

《あんさんのおかげでこの星はすべての命がそのものらしく生きる星としてあり続けることができおった。ありがとう》

 相手は、少し困ったような表情になり、

《君こそ、この大地で起きてきたことには関わりがないのに、尽力してくれた。あれをすることは、我々の義務であり、これからも蔭ながら我が種族が縦横無尽に覆してきたものごとに対し、修正を加えていくつもりだ》

 ここで、その人物は垂れ布の方を見返しながら、話を変えた。

《ところで、君のほかに、ドワーフが二人、やはり君のようにこのデュースの町の門前に倒れていたのだが、一体どういういきさつがあったのだね? ここは、かつての支配者が反逆者や手に負えない生き物たちを堕天させ、閉じ込めるために利用された場所だ。したがってその他の空間からは隔絶されている。もちろん、地底回廊の最深奧にある「幽谷の森」から、この冥府に入ることはできるが、我らのような旧き種族でもない君たちに、地底回廊を踏破しきるとは考えにくい。それに、君には仲間がいたのではないかね? 何が君たちに起きたのだ?》

 玄人は先ほどから仲間たちの存在をキャッチできず、内心で動揺していた。だから、素直に応えた。

《地底回廊の最上層にドワーフの国があることは知っとると思うが、そこで厄介なもんが現れてのう。それを追ってわしらは回廊に降りたんじゃ。その途中で「冥府の門番」っつうけったいなもんに会ってのう。鍵を奪われたと言っておった、土竜の眠る最深部に入るための鍵とか言っとったわい。で、そのけったいなもんが、わしらに頼んだんじゃ、鍵を取り返すか奪ったもんを倒すかしてくれと。もちろんわしらに否やはなかったんじゃが、いきなり転送されて、こういうことになっとる。仲間との連絡はつかん。わしにはさっぱりわからんけえ、さすがにどうしたらええか慌てとる》

 これを聞き、相手は深刻に眉根を寄せた。

門番(カムペロス)から鍵を奪った?! ううーむ!》

 少しの間、焦げ茶色のぼさぼさ頭をした男は考え込むように、しきりに顎を撫でていたが、考えが決まったのか、きっぱりと言った。

《ドラゴンの存在は、この星を維持する大きな要素の一つになっているのは、昔から変わらない。それが脅かされることは一大事につながる。それに、君の仲間たちは、おそらくいずれかの冥府の圏に堕ちていると思われる。自力で抜け出すのはなかなかに難しい場所だ。君とドワーフの二人がここに運ばれたのは、君たちに下すべき罪科が見当たらず、己を知るということを体得していたからだと思う。この場所は自分を意識し、それこそが自分の存在であると知っていなければ、君のように自意識を保つことができないのだ。よし、まずは君の仲間たちを救い出すのが先決だな。君の名を聞いてもいいかね? 私はベアル、ベアル・グラドだ》

《亀梨玄人》

 ベアルは頼もしく頷くと、垂れ布をめくり、言った。

《玄人君、どうやらドワーフの二人組が目を覚ましたようだ。彼らにも事情を説明し、準備ができ次第、君を仲間が迷い込んでいる場所に案内しよう。もちろん、私も同行するよ。冥府は自分を維持することが難しい空間なのだ。それに、ここは私にとっては慣れ親しんだ場所だからね。たとえここが過酷で無慈悲な地獄と称されていてもね》

 玄人は従うしかなかった。他に仲間たちを探し出す手立てはなかったし、この灰色の場所がどうなっているかなど、全くわからなかった。

 ただただ、仲間たちのことを気にかけながら、彼はベアルのあとに続き、ドワーフたちが寝かされている小部屋へとついていったのだった。


*****


 いくら時代が進んだとしても、人間社会のヒエラルキーを完全になくすことはできないらしい。

 なんつったっけ? えーっと、きれいな水に魚は住めねえとかなんとかってやつ。

 そりゃ、いろいろ便利にはなったとは思うよ。でも、完璧な善人なんか、ほんとはいるとは思えねえし、いたとしても、くそつまんねえ奴に決まってる。俺はそういうやつは大っ嫌いだ。

 だってそうだろ? きれいごと並べて、世界平和だの、自然保護だの、健全な家庭生活とか言ってたって、中身はみんなおんなじ「人間」なんだぜ。人間の中身までを総とっかえするなんてことはできねえ。そうさ、きれいすぎる水には住めねえんだよ。住んでるつもりになってるだけ。これって、自分をごまかしてるってことだろ?

だから俺はこんな糞尿くせぇところにいる。ここが俺のいるべき場所だと思うし、かと言って偉ぶってるやつらとなんかつきあってらんねえからさ。

 今日も昼過ぎまで泥みてえに寝てた。

 俺はごろつきどもも寄り付かねえ、最悪に治安が悪い区域の、廃マンションの一室を無断占拠して暮らしてる。ま、無断っつっても、誰も俺を追い出すことはできねえし、追い出す気もねえんだと思う。この辺りは、サイバージャンキーどものたまり場で、それも脳みそが狂った連中だらけだったから、さすがの治安部隊も手が出せねえんだ。所詮地元の治安部隊だから、インプラントしまくってるような連中となんか真っ向勝負できねえってわけよ。

 おっと、俺までそんな連中と一緒にしないでくれよ。

 もちろん、金の面でそんなことができなかったってのもあるが、俺は真っ向勝負派なんだ。チートして勝つような連中は下の下、勝負の場に出る資格なんかねえって考えてるから、そういう人工的なもんを使う気はさらさらないし、俺の拳の方がずっと強いことを知ってるから、そんなことをする必要もねえのさ。

 そうそう、昨夜の「勝負」の戦利品が手垢と埃だらけのテーブルに山と積んである。

 綿のはみ出た長椅子から起き上がると、途端に「ぐう」と腹が鳴った。空腹の衝動にまかせて、テーブルの上から適当な包みを取り、合成食品のハンバーガーに食らいつく。

 冷めた合成食なんかほんとは食えた代物じゃねえんだが、この俺にそれ以上の食いもんがあるはずもねえし、美味いとか不味いとかのハードルなんか蹴倒して、とにかく俺は腹いっぱいになればよかった。

 一体、人間ってやつは、生きるために食うのか、食うために生きてるのか、よくわからなくなる。

 俺は腹がすくから、誰かと「勝負」して勝ち、掛け金をもらってその日暮らしをしてる。金はほとんど食う物に代わる。そしてそれを食ってしまうと、また腹がすくから、この汚らしい街に出て、「勝負」する相手を探す。

 探すまでもなく、たいていはそこらにたむろってるんだけどね。奴らも自分の「装備」を自慢したくて、この界隈で有名になってるこの俺を倒すことに躍起になってる。でも、絶対にこの俺が負けるはずがねえ。

 山と積まれてたジャンクフードをどんどん消化しながら、昨夜の「勝負」を思い出す。

 バカみてえな通り名で呼ばれてたやつらだった。なんだっけ? 「地獄の番犬」? へっ、あほくせえ。三人組で、目に視覚強化のバイザーをお揃いでつけていて、片腕にまるまるマニュピレータをくっつけてるどあほもいたな。ダサすぎるにもほどがあるってもんよ。きっと頭ん中にもいろんなチートグッズが差し込まれてたんだろうけど、そんなもんでこの俺のスピードと技についてこられると思ったら大間違い。

 結局ほんとの犬みたいにキャンキャン鳴きながら逃げちまった。もちろんかっこ悪いマニュピレータはぶっ壊してやったし、バイザーもはぎ取ってやった。あっは、目ん玉も一緒に引っこ抜いちまってさ。いい気味さ。

 味の濃いスナック菓子をぼりぼりと食べながら、俺はふと思った。「こんな生活をいつまでするのか」ってさ。

 俺はここをねぐらにするようになって1年くらいだ。それまでは、ちゃんとした家庭があった。

 でも、お袋が死んで、継父(おやじ)との生活が嫌になって家出した。あのくそ野郎の話はあまりしたくない。ほんと、この世の中、うわっぺりばっかりいいように見せて、実際には俺みたいに自棄になってるやつもいるっていう現実を隠してるとしか思えねえ。

 へっ、俺らしくもねえ愚痴を垂れちまったぜ。

 結構、今の生活は気に入ってるんだぜ。

 なんせ、自分勝手に生きられるからな。でも、もちろん、全部が自分の責任になるけどな。そうさ、生き死にも、この俺の拳にかかってるってことよ。

 いつのまにか、テーブルの上の食い物はなくなっていた。

 糞がしたくなる。

 それから眠気。

 糞をしたらまた腹が減る。

 その前にもう一寝入りして、また夜の街に繰り出そう。そして胃袋が喚きだすのを止めるために、金を稼ぎに行こう。

 そうさ、これを延々と繰り返すのが俺の生き方。そして最後は誰かに殺されるか、餓死して死ぬんだ。いいじゃねえか、上等ってもんよ。な? そう思うだろ?

 腹が減って仕方ねえ! ああ! くそったれ! 食い物をくれ! 食い物のために俺は戦う! 食いたい食いたい食いたい食いたい…

「腹が減った!」

 不意に、自分の声がマイクを通して聞こえたように奇妙な違和感でもって聞こえた大牙は、傍らにかがみこむ玄人と、なんとなく記憶しているローブ姿の男を見やり、錯綜する意識をはっきりさせるように眼をごしごしとこすった。

《あれっ? なんだこれ? 俺、どうなってんだ?》

 自分の声が言葉として耳に届き、大牙は彼にしては困惑の濃い口調で尋ねた。周りを見れば、灰色の濃淡でできた空間で、そこかしこでもやもやとしたものたちがしきりに何かをむさぼるようなしぐさをし、その中でひときわ大きく見える、犬のような形をしたものが、そのもやもやとしたものを片っ端から食らっては、糞を出し、そこからまたもやもやとしたものが再生されていた。

《なんだ、ここ?! それに、なんでクロトだけなんだよ? ほかのやつらは?》

 この問いに応えたのは、ローブ姿の男ベアルだった。

《ここは冥府の中の『貪食の圏』だ。食うことに執着を持ちすぎたものがさまよう。ああして飽くことなくむさぼり続け、貪食を象徴する飢狼に食われて糞となり、そこからまた再生させられるという業苦により、魂の浄化を促されている。君の仲間から聞いた君の性格や立ち居振る舞いで、きっとここに飛ばされていると思ったのだ。君はまだ新参で、ここの貪食の循環に入り切っていなかったのが幸いした。でなければ、私たちの呼びかけもなかなかに届かなかっただろう》

 大牙は嫌そうに口をひんまげ、灰色の中でみじめったらしくがつがつと何かを食らっているものたちを見やり、言った。

《いくら俺が大食だからって、あんなのと一緒にされるのは冗談じゃねえ》

 しかし、彼の心の底にかつての自分の姿がちらりと思い返され、彼にしては短気なところを引っ込め、尋ねた。

《じゃ、クロトはどうしてここにいるんだよ?》

 これにもベアルが応えた。

《彼には冥府の浄化作用が必要がなかったからだ。よく言えば心の迷いがなかったということであり、うがって言い換えれば、物事に対してあまり深刻に考え込まなかったということかな。それが人間としていいか悪いかはその人次第だから、美徳にも短所にもなるがね》

 大牙は、おっとりした玄人を見やり、生来の活発さを取り戻しながら言った。

《お前は鈍いからな。ということはよ、アカネもリュウもドワーフのオッサンも、どこかに消えちまったってことか?》

 玄人は頷き、

《そうじゃ。わしらは三人を見つけ出しにいかんとならん》

 と言った時だった。

 いやに現実的で獣くさいうなり声が聞こえ、彼らはそちらを振り返った。

 モノトーンの世界の中に、忽然と双頭の狼が黒々とした毛並みを逆立て、黄色い牙からよだれを滴らせつつ、彼らを睨みつけていたのである。

 ベアルは腰に下げていた短い錫杖を握ると、二人に言った。

《君たちが追いかけているものも、この冥府にたどり着いているようだ。それも、かなりの死霊使いらしい。地獄の狼をたやすく使役してしまった。あれをもとに戻さないとこの圏は崩壊し、冥府そのものもバランスを崩してしまう。悪いが、君たちにも協力をしてもらうよ》

 当然だと言いたげに二人は頷いたが、果たしてこのような現実世界ではなさそうな空間(ヴェイドは亜空間として認識されているようだが、亡者とベアルのような生者が共存する空間がどのように把握されるかまったく不明である)で、彼らの武装が装着できるかわからないまま、まさに貪欲に獲物を求めてうなり声を上げている巨大な狼と対峙した。信じる仲間たちを助けるため、その一念だけが彼らを奮い立たせ、決して揺るがない勝利の自信をもたらすのだった。


*****


 痛みなんぞは感じなかった。

 だが、それでも自分の内臓や骨が血だまりの中にこぼれて落ちているのを目の当たりにするのはいい気分じゃない。

 少し離れたところにわしの腰から下が、流木みたいに転がっているのが見える。

 いやそれだけじゃない。

 よく見れば、そこいらじゅうにそういったばらばらになった身体をした者共が、のたのたと地面を這いずっていたんだ。中には、悪鬼のようなものに今まさに身体を真っ二つにされようとしているものもいた。

 わしは混乱した。

 ここはどこだ? それにどうしてこんな目に遭っている? ほかの連中は?

 見えるのは灰色のどんよりとした空と、ウジ虫のようにもぞもぞとしたヒトとも思えない者共の酸鼻な姿だけだ。

 不意に、地底回廊で倒れていたものが話していたことを思い出す。

〈何人も心の中に隠している罪科があるが故注意せよ〉

 なんとなく納得した。

 これはわしがしたことの報いなんだ。思い当たることは一つしかない。親父を見限り、アンティキス家の後継ぎとしての役目を放棄し、ドワーフとしての誇りを足蹴にして地上に逃げたことだ。

 ドワーフというものは、家柄を重んじる。財産や職人の卓越した技も誇るが、なにより、その土台となる「家」、そして「血縁」がなければ、何事もなさないからだ。

 そして特に、パラディンの家柄に生まれた者は、死に瀕する際まで誇り高さが求められた。

 今となっては、わしの爺様が受けた不名誉が企みによるものだとわかっているが、当時、わしの家はその不名誉により閉門になり、親父はパラディンの最下級に落とされ、何事からも無視された。

 親父はその不遇にも負けず、なんとか名誉を挽回できないかと努力した。時にはまだ若かったわしを連れ、祖父が死んだとされる地底回廊の現場に向かったこともあった。だが何かを見つけることはできず、わしは次第に親父の努力はただの徒労に終わる、無駄な時間だと思うようになった。

 パラディンの栄誉は確かに大切なものだとは思うが、それがなくても生きていける。自分に与えられた生きていられる時間は、この世の理のものさしからしたら、ほんのわずかしかない、限られた貴重な自分の財産なんだ。それを、成功するかもわからないことに浪費するのは、馬鹿らしいとさえ思った。この命はわしのもんで、家柄の体裁を保つためのもんじゃない。

 それでわしは親父と対立した。日々、口論をするようになった。「お前はドワーフの落ちこぼれだ」と罵られ、わしは「親父こそ見込みのないことに人生を空転させてる偏屈屋だ」と言い返した。

 わしと親父の意見は結局折り合うことなく、わしは故郷から出奔した。親父がどうなろうと、アンティキス家がどうなろうと、知ったこっちゃなかった。わしはわしの人生を好きに歩きたかった。

 だが、わしは今、まさに自分の身体を真っ二つにされて転がっている。まるで片方はドワーフとしての名誉を取り返したいという本能的な部分で、もう片方は自分の命を自分のために使おうとするものであるかのように。

 後悔しても始まらないが、残念だった。せっかく、滅多に会えない不思議な力を持った若者たちと知り合い、彼らと楽しい時間を過ごし、なおかつ、わしの国に降りかかる災難を救うために力を貸してくれると言うのに、わしは無為に身体を分断させられて何もできないのだ。

 神を持たないドワーフだが、死に瀕する際にはその生き方の名誉の重さで死後の在り方が違うと言われている。パラディンで言えば、英霊として『休息の(シオン)』で安らかに、かつドワーフ族の守護神的な存在としてあるかどうかである。

 正直、わしは死後の世界など笑い飛ばしていた。もちろん、死人の口から事実を聞ければ信じたかもしれない。だがそんな例は一度も聞いたことがないし、英霊が本当にドワーフの幸福のために見守っているなんてことは、もっと信じられなかった。英霊と奉るのは、生きてるものが都合よく解釈して自分の意志薄弱さを補っているにすぎないと、心の奥底でわしは蔑んでいたくらいだ。

 だがわしは現に死後の世界としか考えられない場所で、胴体を切り離されている。つまり、わしは当然のことながら『休息の地』ではなく、自らの過ちを痛感させられ、その苦しみを体現させられているというわけだ。こんなみっともない姿で。

 この状態から逃れるための、最後の手段である自殺行為もここでは通用しない。そうだろう? こんなふうにぶった切られて生きていられるのはアンデッドだけだ。

 いや、生きているっていうのはおかしいな。やつらはとっくに死んでるんだから。じゃ、わしも死んじまったのか? だったらせめて首のところでぶった切ってほしかったな。それならちょっとはましな格好にならないか? ほら、よく墓場をうろつく首無し騎士の亡霊とかあるじゃないか。そのほうがちっとは今よりましってもんだ。こんな、臓物をひきずってるなんて、ちっ、このわしが落ちたもんさ。

 おい、どこかで見張ってるんだろ? だったらわしをもっと切り刻んで、そこいら悪鬼に食わしちまってくれよ。こんなみじめなのは嫌だ。わしの過ちは認める。だから、せめて…

《…サン! オッサン! しっかりしろよ!》

 突然、鼓膜をびりびりとさせるような声が聞こえ、ディミトリはぎくっと大きく身じろぎして思わず後ずさっていた。が、そこにしっかりとした輪郭をもった人影が数人いることに気づき、彼は動悸のする胸を押さえ、深呼吸しながら言った。

《お前さんたちは……わしは死んだんじゃないのか?》

 すると、ディミトリの見知らぬ人物が穏やかに応えた。

《カムペロスによって冥府に転移させられた時に、君の中にある鬱積したものに引かれてこの『離間者の圏』に取り込まれてしまったのだ。冥府とはそういう場所なのだ。自然の理の循環に入るためにはどうしても心をろ過し、不純なものを取り除く必要があるようだからね。ここは決して懲罰を加え続ける場所ではないが、その心の迷いの重さによっては試練の大きさが変化する。そして完全に浄化された時、魂は命の循環の中に戻ることができるのだ》

 ディミトリは、玄人と大牙を見止め、そしてこの見知らぬ男に視線を投げて尋ねた。

《お前さんは誰だい? ずいぶん物知りのようだが?》

 ベアルが応えかけた時、大牙の顔つきが引き締まり、警戒心に満ちた様子で言った。

《自己紹介はあとにしな。見なよ、はらわたぶちまけた奴らがこっちに這いずってきてるぜ》

 ディミトリはその時になって初めて、自分の身体が五体満足であることに気づき、一気に闘志をみなぎらせた。

《よく事情はわからんが、こいつらがわしらの邪魔をしようとしているのはわかるぞ》

《先ほど大牙君を助け出した時も、『貪食の圏』の張り番である双頭の飢狼が操られ、私たちに襲い掛かってきたのだ。君たちが追っているものは、どうあっても私たちを足止めしたいらしい》

 とベアルが応戦の態勢になりながら応えると、ディミトリは改めて彼らを見やり、やや気がかりそうに言った。しかしながら、その手にはすでにトマホークが握られ、戦いの気迫に満ちていた。

《あと二人、若造が足りんようだな。博士たちもいない》

《安心なさい、ドワーフの二人は私たちの住まう場所の庇護下にある。だがあと二人は、まだどこにいるかわからない。とにかく、この場から逃れなければ》

 ベアルの穏やかな声音には似合わず、手にした短い錫杖の先端がちりちりと魔力の火花で輝いた。玄人と大牙の手にも武器が構えられていた。この場所がどういった位置づけなのかはわからなかったが、先ほどの狼との戦いの際、武器の実体化はできたのだから、深く考える必要はなかった。

 そうしている間に、彼らの前で亡霊の魂らしいものが、どろっとした体液を滴らせながら寄せ集まり、ぶよぶよとし、腐敗した肉のゴムまりのようなものに組みあがっていった。

《なんという命の冒涜…許すまじ》

 ベアルの冷静な怒りの呟きは、その吐き気を催すような腐肉の魔物(フレッシュゴーレム)のぞっとするような咆哮でかき消された。

《冥府とは言え、ここも自然の理のあるべき姿。そこを乱すものには容赦はしない》

 錫杖がめらめらと燃えるように白熱し、そこからごおっと炎の壁が肉塊に向かって押し寄せていったのをきっかけに、彼らは一斉に攻撃に移った。

 この間にも、残りの仲間たちが似たような場所で何らかの精神的苦痛を受けていると思うと、浮足立ちそうになるのを、面前に立ちはだかる邪魔者に対して攻撃をすることでこらえながら、レイジュウジャーの二人はひたすらに腐敗臭と汚物にまみれたおぞましいものを打ち倒すことに集中するのだった。


*****


「おい、くそあま、座標がぶれてやがるぞ! こっちで若造どもの武装の実体化を維持してるんだ! こんなにデータに振幅があっちゃ、まともに仕事ができやしねえっ!」

 ジルコンがメインデッキの艦長席に陣取り、人間ならば青筋をたてんばかりに怒鳴っている。

 そこに座っているべき当のファンロンの艦長は、壁面のコンソール台の前でモニタに様々な波形やデータの羅列を見ながら、言った。

「ジルコン、ヴィッキーはよくやっているよ。驚くべきことだが、この星の中には幾層にもわたる空洞があるのだ。そしてそれぞれが自転をしている。我々の物理学や測地学のデータを総動員しても、この星の構造を把握することはかなうまいよ。私が思うに、この星の内部は完璧なアイソスタシーにあり、各空洞部分は地球のマントルにも匹敵する何かでその地殻を支え、下層の空洞部分の天蓋となっているのだ。そしてもちろん、各部分はそれぞれの力学の均衡のもとに、重力場を発生させるだけの自転をし、遠心力を生み出している。全く! なんという惑星なのだ、ここは!」

 すると、まるでドレスデン陶器の人形のようにメインビューアに映し出されているデータの嵐を読み取っている、元はこの星の見守り手であったサイボーグ艦の頭脳であったヴィッキーが淡々と応えた。

「わたくしの「本体」は現在、その空洞部分の第三層に沈めてあるでござる。そのおかげで、空洞部分の地殻となっている場所に走る地底回廊の道筋をたどることは、この艦よりもたやすかっただけでござる。しかしながら、若者たちが今いる場所は現実世界と非現実世界のはざま…ヴェイドとは異なる亜空間のような場所でござる。言うなれば、監獄、あるいは、廃棄場のような場所でござろうか。わたくしの元主の種族が、反逆した者や、自らの手で生み出し、失敗に終わったものを捨てるために利用していた異空間なのでござる。改めて思えば、なんという冒涜的なことをしていたか…その場所がいくら打ち捨てられ、過酷に見えても、自然の理の中にあるものである限り、それを私利私欲で利用することは、傲慢極まりない行為であったと、わたくしは恥じ入るばかりでござる」

「ご託はいいから、さっさと位置を特定しろよ! 食い倒れ野郎の武器が消えかかってるぞ!」

 ジルコンの一喝は、ただ、気に入らない相手に対しての憂さ晴らしではなかった。キリルが見つめるモニタの中で、みるみる波形を下げているデータがあった。

「このままではタイガの虎王撃が消失してしまう。実体化ゲージが激減しすぎている。本人との座標のずれが拡大しているせいだ」

「…座標リロード開始……コンマ08のタイムラグの修正……白虎本人のステータス値とこれまでの戦闘における行動パターンの予測値を加え、第四空洞付近の重力値を再計算し、タイムラグをコンマ006に短縮……」

 早口で報告をする優秀なサイボーグ艦の頭脳のはじき出した数値は、キリルが見つめるモニタの中で再確認できた。大牙の位置座標を示すポイントは再び緑色で点滅を再開し、波形も安定した。

「てっ、気に入らねえ場所だぜ、ここはよ! ヴェイドって場所もくそったれだが、今連中がいる場所はもっと気に入らねえ。元は監獄だったって言ってたな? お前らの種族はほんとに腐れてやがる」

 ジルコンも、レイジュウジャーたちの座標がそこそこ安定したことに安堵したか、やや口調を和らげたものの、辛辣に感想をもらした。

 ヴィッキーは、自らの種族に対する批判に特に苛立つこともなく、メインビューアに流れるデータに顔を向けたまま、応えた。

「こうしてキリル殿に開眼させられなければ、わたくしの考えは変わることはなかったでござる。しかし、今ならはっきり断言できるでござる。わたくしたちは自らを「神」と思い込み、「わたくしはわたくしというものである」と絶対的な存在として、この星にもともといた生命体…人間も獣も何もかも支配するのが当然だと考えていたのでござる。これは大きな矛盾を含んでいることに、わたくしたちは最後まで気づくことはなかった…そういう思考の候補が全くなかったのでござるな。「わたくし」というものが唯一絶対であれば、地上で暮らす個々の人間たちの存在の説明がなりたちませぬ。つまり、人間たちも「私は考える、その考えるという自分が私なのである」という存在の定義を持っているからでござる。その自意識の意識を、我ら種族は、その完璧さと可逆的な在り方から生ずる「わたしこそがわたしである」という意思表明により、すべてを覆してしまうのでござる。それはあまりに命の尊厳を損なうやり方であり、暴挙であると存じる。恥じ入るほかありませぬ」

 これを聞き、キリルはモニタから目を離し、白々としたサイボーグ艦の頭脳の投影映像を見やり、慨嘆するように言った。

「『我思うゆえに、我あり(Cogito ergo sum)』という命題(テーゼ)はどこの宇宙域でも共通のことなのだろうか? 技術は進歩しても、それを使いこなすのは我々だ。だがその我々の意識はなかなかに進化しないようだな。人間は迷いやすく、感情にたやすく流される生き物だからね。特にこの星のように、無意識の世界と現実世界がこんなに隣り合わせになっているところとなると、さらに自意識を保ち、あらゆる誘惑に惑わさせることなくあることは難しい。しかしながら、逆にこの世界の魔道士のように、無意識空間と強く結びつき、なおかつ自分を保てる精神構造をもつものたちもいる。ふむ、ある意味ではこの星の人々の意識は、私の世界の人々より太く、ゆるぎなく、柔軟であるのかもしれない」

 そして二つの類を見ない「頭脳」たちを見やり、キリルは小さく複雑な思いを感じさせるため息をついて続けた。

「…今、部下たちは奇妙な空間に飛ばされ、アカネとリュウの存在を発見できていない。タイガを見つけた時の感じからすると、自意識を何かに奪われ、埋没させられていたように思われた。残りの二人もそのような状況にあるとすれば、彼らが自らを見失わないうちに助け出す必要がある……自意識を掘り下げれば、誰にでも一つや二つ、心を病ませるものを抱えているはずだ。私の星の旧い聖者の言葉に、『迷わせる不当な思惟の根本を制止し、すべての妄執を正しい方向に向かわせよ』というのがある。彼らの心を蝕ませたくない…身体の傷は治せても、心の悪疫はなかなかに取り払えないものだ」

「おいらを信じろ、キリル。それに…ちっ、こんなことを言うのは悔しいが、そこの白いくそ女のこともな。絶対見つけてやるさ」

 ジルコンがヴィッキーの後姿をいやいやながら見つめ、励ました。

 キリルは微苦笑を返し、再びモニタに視線を戻して言った。

「これまで多くの戦いを潜り抜け、勝利をおさめてきたと言え、これほど難解な体験は初めてだからね。いつも私たちは『正義の守り人』の命に従って平和を取り戻すために働いてきただけにすぎないのだから」

「おいらは結構こういうのは好きだぜ、キリル。誰からの指示もなく、自分の決断力に賭けて行動することのスリルは、おいらの脳みそを大喜びさせてるぜ」

 キリルは小さく笑い、

「お前は言葉遣いだけでなく、感情のようなものまで身に着けたのかな?」

「おいらはおいら。変わったところなんかねえよ。そら、連中が動き出したぜ。武装を解除したサインが出た。さあて、次に向かうのはどこだ? わくわくするぜ」

 キリルは二つの人工物に対し、思った。思考・分析することに特化された陽電子頭脳と戦艦のメインコンピュータとしての生の頭脳を持つこのものたちこそ、コギト命題をまさに具現しているのではないかと。そしてさらに思考の迷宮に落ちて戻れなくさせる要因の大きな一つである「感情」というものを持たない彼らこそ、その存在意義を完璧に認識しているのではと。

 もう一度キリルはこっそりと思い出し笑いのように唇を笑ませた。

 もし部下たちが「自分」を確立するとすれば、それは「我思う」ではなく「我戦う」ではないかと。

 キリルは自らの思いに埒もないと小さく首を振り、モニタと向かい合った。思った以上に難解な地下世界を進んでいる部下たちの無事安全を願いながら。


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