『Down, Down, and Away』
ドワーフの鉱石掘りにも使われる、岩壁に着脱が可能な昇降機に、二人の学者ドワーフとディミトリ、そしてレイジュウジャーたちが乗り込むと、設置をしてくれた鉱山関係のドワーフが声をかけた。
《こいつぁ、ブルーラディウムが掘れる深さなんか及ばねえ竪穴だぜ。地下に潜れば潜る程、空気が薄くなるし、毒を吐く鉱脈が走ってるかもしれねえ。爺、マスクは持ってるのかよ?》
すると、ウィラーディヌスは胸を張って何やらたくさん詰め込んだ背負い袋から、鉱石掘りが使う防毒マスクを取り出して見せて言った。
《まだ耄碌はしとらんぞ。用意は万全じゃ。それも、これは鉱山用のものより多くの毒素を中和できるように改造しておる。では参ろう、そこのでかいの、昇降機のハンドルを回してくれ。さあ、いざ、未踏の暗黒へ!》
まるで遠足が楽しくて仕方のない子供のような浮かれ具合の博士は、玄人に昇降機の角にある丸いハンドルを示した。玄人は言われたとおり、それを慎重に回し始めると、わずかにきしみながら、昇降機は下降し始めた。
頭上から声援や励ましの言葉が投げられ、それが遠のく頃、周囲はすっかり暗闇に包まれていた。
無言でノルディスが、師事している博士と同様に膨らんだ荷物の中から大きめのランタンを取り出し、彼らの真ん中に置き、スイッチをひねった。火を使わずに灯された明かりは、熱くもなかった。
《ドワーフの手先が器用なのは聞いていましたが、これほどの発明力や、そのランタンのようなものも、初めて見ます》
と龍児が、灯りに照らされるごつごつとした岩壁や、底の見えない暗黒を見下ろしながら言うと、博士は気楽な様子で応えた。
《ノルディスのような『エンチャンター』の存在は、ほとんど外の世界には知られておらんからな。いや、知られてはまずいのだ。彼らの能力は利用価値が高い。人間どもの欲望は尽きることがない。悪用されることは想像に難くない。彼らは純粋無垢そのものなのだ。それだからこそ、彼らには特別な才能を与えられたと思っておる。それを穢してはならんのだよ。そんなことより、お前たちこそ、あの戦い振りはどういうわけだ? 人間のくせに、まるで英霊が乗り移ったようだった》
こういう時の言い繕いは、龍児の担当である。ぼわぁっとした灯りの中、彼は馴れたものと言わんばかりに応えた。
《そうですね…あなた方の表現を借りれば、僕たちにも『エンチャント』がかかっているようなものでしょうか。僕たちの故郷にも、『パラディン』にあたるような職につく者たちがいます。そうです、僕たちもそういう境遇にあるんです。ですが、アクシデントが起きて、僕たちは故郷から遠く離れたこの地へ飛ばされてしまったのです。僕たちは故郷に戻るための方法を探し、旅をしています。しかしその時々に問題ごとがあれば、僕たちはそれを見逃すことはできません。どこの地に居ても、僕たちは正しいことのために戦うのが使命ですから》
すると、ウィラード博士は大仰に感心して見せ、彼らを連れてきた旧知の故人の孫であるディミトリを見やり、言った。
《一体どういう因縁でこんなに殊勝で驕ることのない優れた戦士たちと知り合ったんだね? ドワーフなら即パラディンの『円卓の騎士』入り間違いなしだ》
《そんな難しいことなんかなかったのよ》
と朱音がレールが続く限り下降し続ける中、あっけらかんと言い、大牙の腕を引っ張りながら続けた。
《ただ、この食いしん坊の「胃袋センサー」に従っていたら、おじさんの宿屋の前にいたってわけ。知ってた? おじさんの料理ってすごくおいしいのよ》
ウィラーディヌスは呆れ返ったようにその場の者たちを眺め回し、
《こやつは家名にふりかかった汚名を返上する努力をするどころか、パラディンの下層に列せられるのを嫌がって、好き勝手をやっておったんじゃ。ゾルタン…ディミトリの父親だが…がいくら説得しても無駄でのう。結局決裂して、こやつめは地上に出奔してしまった》
ディミトリは太い腕を組み、やや不満そうに言い返した。
《そりゃ名誉を挽回することは大切かもしれないが、この命はわしのもんでもあるんだ。それにドワーフ社会の最下層に落とされた身分でやれることなんかたかが知れてる。だからわしは自分の命を楽しむ方を選んだだけだ。英霊がなんだ。死んじまったら、それでおしまい。英雄も宿屋のオヤジも、同じ、土に還るだけだ》
と言ってから、ディミトリは少し間を開け、レイジュウジャーたちを見上げて続けた。
《…だが、今わしは故郷に戻り、名誉を挽回する機会に巡り合わせている。不思議なもんだなあ。あれほど避けてきたセラドンを揺るがす大事件に首を突っ込んじまった。お前らは本当に妙な連中だよ》
この時、どれだけの深さまで降下しているかを興味本位で計っていた龍児が投げやりにスキャナをしまったので、朱音が尋ねた。
《どうしたの? あんたらしくないじゃない。何か講釈を垂れる頃だと思ってたのに》
すると、彼にしては珍しく「お手上げ」だと言いたげに応えた。
《こういう地底都市実在説は、地球歴の時代から唱えられていたんだけど、もちろん、そんな説はナンセンスで、格好の幻想物語やSFの題材にされた。フィクションとしては面白いからね。でも、視野を広げて、アルファ宙域の惑星を見てみれば、地殻の下にコロニーを築いて生活している種族もいるし、決して珍しいことじゃない。でも、ここは物凄く変わっている。ここは、本当に惑星の内部に空洞がある惑星なのかもしれない。降下するたびに磁場が変わって、データをとるどころじゃないんだ》
《また難しい話かよ~。敵はどこだ? 俺たちは学者じゃねえんだぜ》
大牙が退屈しきったように不平をもらす。
そんな彼の性質はわかりきったことのように玄人が言った。
《地表には呼吸に必要な気体がなく、地殻の中に含まれる加圧されて分子化していたものを減圧して結合させて呼吸できる環境を造っとる連中のことじゃろ? ここもそんなもんじゃないのか?》
龍児は肩をすくめ、
《僕もそういうことだと思っていたんだけど、違うようだよ。磁場が変わると言うことは、いくつかの層があるってことになる。それぞれの地表と言うか、層は何らかの気体で分割されていて、それぞれの磁極でもって自転もしているっていう説があるんだよ。自転までしてるかはにわかに信じられないけれど、これだけ磁場がくるくる変わっていては、正確なデータなんかとれやしないし、当然、ファンロンとの交信はできなくなっている。地底回廊が未踏の迷宮であるのは、もしかすると、それぞれの階層で方向感覚を狂わす作用、つまり磁極の相違や自転による影響があるのかもれない。思っていたよりこの地底は厄介な場所かもしれないよ》
その時だった。
おとなしく昇降機のパイプに掴まっていたノルディスが、ぎくっとして師匠のローブを引っ張ったのである。それだけで博士は弟子の言わんとしていることを察したらしく、ぎゅっと手すりを掴みながら厳しく言った。
《昇降機を止めるんじゃ! 岩壁の薄くなったところから炎熱流が噴出してくるぞ!》
玄人は即座にハンドルを回す手を止めたが、たいていの場合と同様、昇降機の反応は鈍く、足元周辺の壁がみるみる赤黒くなったかと思うと、堰を切ったように燃え盛る火の水が噴き出したのである。
それは昇降機を下へと降ろすレールを焼き切り、昇降機の足場を吹っ飛ばした。
《うひゃあっと!》
大牙だけでなく、それぞれが昇降機のパイプのどこかに掴まって脚をひっこめながら、へんてこな声をあげた。
灼熱の怒涛が奈落の暗黒を切り割るように流れ落ち、吸い込まれていくのを見下ろすしかなかった龍児が、かさばる荷物がずり落ちそうになりながらしがみついているノルディスからそれを片手で受け取って支えながら、言った。ノルディスは感謝の眼差しでにっこりと笑った。
《これ以上下層には行けなくなりましたね。この穴の円周のどこかに運よく地底回廊の通路があいていればいいですが、この岩壁をつたい続けて移動するのには限界があります》
《いや、若者よ》
とウィラーディヌスが年齢を感じさせない力強さで底の抜けた昇降機の残骸に掴まりながら、言った。
《ここから入ればいいのだ。推し量るに、これは地底回廊の中層付近によくある炎熱溜まりが、大穴の出現で弱くなった壁を突き破ったものと思われる。もう少し待てば、足場となる岩板が見えてくるだろう。まあ、熱いのは我慢するしかないがな》
博士の推測は決して当て推量ではなかった。次第に炎熱流は勢いを衰えさせ、外気に触れたところから黒く変色して固まり、それ自体がさらなる噴出を止めることになったのである。
彼らは破壊された昇降機から、外気により冷やされた炎熱流がまだしゅうしゅうと熱気を放つ中へ飛び移った。そこは、まさしく地底回廊の、古代コンクリートの壁と完璧に平らな床面をし、その通路の両側には用水路のように炎熱流が流れる溝が掘られた、謎だらけの空間だった。
《穴が空いて、地底回廊の通路が分断されたのだ。これは、穴の底までたどり着くには、えらい遠回りをしないとならんかもしれん。途中で行き止まりになることも推測できる》
博士が恐れげもなく歩き出した後から、大牙が尋ねた。
《だったらどうすんだよ? やみくもに歩いたって、時間の無駄だぜ? さっきみてえな魔物がまた街を襲うかもしれねえ》
すると、博士はやや心証を害したように白い顎髭を引っ張るように撫でながら応えた。
《このわしがやみくもに地底回廊を歩くなどあり得ん。わしだけがこの広大で謎に満ちた地底回廊をほぼ自由に歩ける権威であるぞ》
《でも、どこも似たような場所よ? 目印になるようなものもないし》
朱音がきょろきょろと周囲を見回し、熱気と、古めかしいにおいに満ちた通路に対し、途方もないと訴えるように言った。
博士はそんな朱音の懸念を払しょくするように、大きな鷲鼻を指先で軽くたたきながら言った。
《ところが、その目印があるのだよ。わしとノルディスにしかわからない印を要所要所に記しておいてあるのだ》
ちょうど通路が十字に分かれている小部屋に差し掛かると、博士は手振りで弟子に指示した。すると、ノルディスは荷物の中から単眼鏡のような丸いレンズを取り出し、博士に渡した。ウィラーディヌスがそれを左目にはめて辺りを眺め回している間、ノルディスは荷物をかさばらせている原因になっていたらしい、何枚もの羊皮紙のようなものが束ねられた冊子を取り出していた。
《おっ、あったあった。ここはμ-138の三の間だ。ノルディス、地図を出しておくれ》
言われたとおりにノルディスが冊子の中からそのページを見つけ出す間、龍児はドワーフの学者の左目にはまるモノクルを興味津々に見つめて言った。
《それは、何か特別なもので書かれたものを判別できる特殊なレンズなんですか?》
博士は偉ぶるところもなく、頷くと、
《元は鉱山技師が使う鉱脈探し用の探索道具なのだが、より長くマーキングできるよう、少々手を加えた物でな。ほんの思い付きだったのだが、これが意外や意外、地底回廊の地図作りには欠かせなくなってなあ。あ、だが、人間の目ではこのマーキングを読むことはできぬぞ。わしらと人間とでは見えてるものが違うでの》
一体どんな世界がその眼に映っているのか聞きたい衝動に駆られた龍児だったが、ノルディスが目当ての地図のページを広げたので、質問はできず仕舞いになった。
四辻のど真ん中で地図を広げて頭をほっつき合わせている姿はやや滑稽だったが、ウィラーディヌスのフィールドワークは伊達ではなかった。そこに記されている、まさにダンジョンの地図といったものは、丁寧な筆致で書かれ、ところどころに補足事項のように几帳面な文字が並んでいた。それはドワーフ語らしく、人間のレイジュウジャーたちには読めなかった。
ウィラード博士は現在位置と、歩いてきた道筋をたどり、ある一点を指でさしながら言った。
《ということはつまり、この辺り一帯が大穴で破壊されたということになる。穴の直径がどれだけあるか不明なので、反対側がどこまで消滅しているかわからないのが辛いところだな。ほれ、ここに印があるだろう? そこが下の階層に降りる下り坂の通路があるのだが、ここには人間を排除する罠が仕掛けられている。魔力に反応する木偶人形がずらりと並んでいるのだ。魔力を感知すると動き出し、人間どもを撃退するわけだ。だが、そなたらの力量があれば、破壊することもたやすいとは思うが…》
《あら、そういうことなら心配しなくて平気よ、博士。あたしたちに魔力はないの》
朱音がきょとんとして言うと、博士はさらに呆気にとられて問い返した。
《魔力がない? あのような戦い振りができるというのに、魔力がないだと? 信じられん》
ノルディスが柔和な表情をして何語とか、唇に無言の言葉を乗せた。博士は「うーむむむむ」と感嘆するような唸り声をあげて腕を組むと、改めてレイジュウジャーたちを見回して言った。
《確かにそなたらからは物質の根源というべきイデアを見出せる。だがそれは魔力に、つまりヴェイドから引き出されたものではなく、実際にその体内に精霊のごときものを宿しているとノルディスは言っておる。一体そなたらは何者なんだね?》
ディミトリが、知識欲に没頭してしまいそうな老博士の肩を突つき、言った。
《博士、こいつらが何者かなんて悠長に話してる時間はねえぜ? それに、聞いたところで、どうするんだ? わしが思うに、こいつらの故郷はとんでもないところにあるぜ、きっと》
ウィラーディヌスはハッと現実に戻ったようにぱちぱちと奥深い黒目を瞬かせると、立ち上がって北向きの通路に手をかざし、言った。
《未知のことに接するとつい好奇心が勝ってなあ…ではそのくだり通路がある広間まで向かってみよう。もし、そこが破壊されていたら、その時また次善策を練ることにしよう》
モノクルをベルトに下がる薄汚れた袋の中に放り込み、ウィラーディヌスは陽気に歩き出した。彼にとって、地底回廊は散歩道程度のことなのかもしれないと思ったレイジュウジャーたちだったが、その広間に到着するまでには様々なアクシデントがあった。
セラドンの大地の崩落は、地底回廊の土台にも被害を出していて、ところどころで進むべき通路が崩れた瓦礫で塞がっていたり、流れの変わってしまった炎熱が溝から溢れていて進めなかったりして、最短距離では進むことができなかった。
そして、とある小部屋に入った時だった。
突然、三方向に通じていた通路の前に漆黒より黒い、光をも吸収してしまうような闇色の障壁が現れ、彼らの足を止めたのである。
《うぬぬ?! このようなトラップは以前はなかったが?!》
博士が四方を見回し、動揺ではなく、自らの精確無比な地図製作に対する誇りを傷つけられたような口調で言った。ノルディスがそんな博士の袖口を引っ張った。すでにレイジュウジャーたちは戦闘モードになっており、いつでも変身できる体勢になっていた。
ディミトリが言った。
《こいつぁ、死臭がぷんぷんするぜ? 穴の中に逃げたやつがわしらの追跡に気付いたに違いねえ》
と、トマホークを軽やかな手つきで握って身構えた。
博士はノルディスが伝えてきたことを知らせた。
《あの黒い障壁は死者の国と繋がっている。ヴェイドと似ているが、こちらは精神体が彷徨うが、死者の国は命の巡りに入れないか、入るのを拒む、精神体にもなれない憐れで浅ましい亡者どもがうろつく場所だ。それがこの障壁と繋がっているとなると…》
博士が話している傍から、その漆黒を潜り抜けてきたものたちが小部屋にじわじわと広がってきた。
《骸骨かいな。まだあちらさんはわしらの力量を知らんらしいのう》
玄人は甲鉄盾をどすん、と威勢よく構えた。
《骸骨とこの盾は相性抜群なんじゃ》
気合の声を発して玄人の持つ大盾が床面に叩きつけられると、あんなに湧いて出ていたスケルトンたちが面白いくらいに結合をなくしてばらばらと飛び散ったのである。
大牙がこれを見てむうっとした顔でのんびり屋の仲間を見やり、言った。
《ええええええっ?! なんだよ、俺にも残しとけよ、クロト! おいしいとこ、持ってくなよ》
どんな種類のトラップにかかったかもわからず、魔物にも囲まれている者の言う言葉ではないことに、ディミトリは豪快に笑いながらも、両手のトマホークを自信たっぷりにくるくると回して挑発するようなしぐさをしながら、言った。
《まだ黒い障壁は消えていない。まだ出てくるぞ、若造。へそに力入れて、叩き壊せ》
ドワーフの言葉は真実だった。スケルトンは無限にも思える数で通路を塞ぐ黒の障壁からすり抜けて現れたのである。
《変身する必要もなさそうな雑魚ね。あたしの華麗な「ダンス」で成仏させてあげるわ》
と朱音が生気にひかれて群がってきた骸骨の亡者たちに目にも鮮やかな多段蹴りを浴びせかけ、それでも残ったものにはひらりと横っ飛びに飛びながら、両足で蹴り飛ばし、爽快感さえ感じる骨が破壊される音に、彼女は猫が満足げに目を細めるような顔になった。
大牙も負けていない。砂漠では行ったり来たりばかりで、大ボスと思しきものは、キリルが始末をつけるような形になってしまった。だから、こうして敵らしい敵に囲まれ、ものすごく張り切っていた。
《俺の拳の速さについてこれる奴なんか、どの宇宙にもいねえっつの。こんな雑魚なんか出してきやがって、なめてんのか、この野郎》
大牙は両拳を胸の前で構え、カクカクと乾いた骨を鳴らして近づいてくるスケルトンにキレのいい正拳突きを繰り出しては、間合いを詰め、腰を落として裏拳に変えて骸骨のむき出しの頸椎を次々と粉砕していった。乾燥し、結合部が丸見えのモンスターは、体術を得意とする朱音と大牙の餌食でしかなかった。
小気味いいと言ってよいのかわからないが、ぐしゃっ、めしゃっと乾ききった音をたててばらばらになって床面に残骸となっていくのを見ながら、ディミトリが重いトマホークをまるで鈍器のように骨の亡者の頭蓋骨に振り下ろし、一発で砕けさせて言った。
《そういや、お前さんたちの戦いぶりは見たことがなかったんだよなあ。聞きしに勝る腕前だ》
すると、青龍刀を斬撃としてではなく、刀の腹や峰、それから柄も使ってスケルトンを粉々にしていた龍児が、嬉々として骨たちを片っ端から壊しまくっている仲間たちを見、苦笑しながら応えた。
《いくら正義のためとは言え、それだけで戦いに勝ち続けるには、彼らのような性質も必要なんだと思います。むしろ、彼らの方が最前線に立つのに向いていると感じています》
ディミトリは、すらりとした、決して戦闘的でない容姿をした彼を見やり、それから他の三人を眺めてから、ついでだと言わんげにスケルトンの肋骨のあたりを叩き切りながら言った。
《わしは地上で色んな人間たちを見てきた。冒険者と名乗ってる山師たちもな。お前さんたちほど、互いに補い合ってるパーティは稀だ。だいたいが自分の欲求を押し通しつつ、金や名声のために動く乱暴者だと思ったよ。だがお前さんの剣の腕は最高だ。これでもわしは戦士の家柄だからな、太刀筋の見極めはつく。今のわしらほど、地底回廊を進むのに適したパーティはないな》
自画自賛も含んで言ったことに見合うように、ディミトリの両手のトマホークは面白いくらいスケルトンの大腿骨を粉砕したり、頭蓋を真っ二つにしたりと、レイジュウジャーたちの戦いにも引けを取らなかった。
しばらくそうして有象無象の骨たちをぐしゃぐしゃと砕き続けていると、ふっとその敵の湧きが止まった。
床面に山と散らばる骨の残骸の中、一瞬の空隙にぽかんとしたように大牙が言った。
《これでうちどめかよ? つまんねえな》
《でも、通路を塞いでる変な黒いのは消えないわよ?》
と朱音がじっと耳を澄ますように集中した様子で言った。そして、彼女の用心は無駄にはならなかった。
一同は、床面に散乱する骨片がじわじわと動き、不吉な緑色の陽炎が立ち上りだした中で、何かの形を作り出したのを目撃した。
これを、魔道帝国オーカーのゴーレム部門のファリーダたちが見たとしたらなんと評価しただろうか。きっと、こんなものはゴーレムの風上にも置けないと酷評したに違いない。彼らはゴーレムを作成、使役することに長け、好んでもいたが、あくまで無機質のものからできたゴーレムだった。だから今、彼らの目の前で組みあがろうとしているものは、魔導士ギルドの中でも秘密主義の強い屍術魔法の分野に属す、どちらかといえば忌避される方面の技術を用いての、呪わしいものだと思っただろう。いくら魔道士でも、死の平安を奪い、自然の理に従って再生の巡りから逸脱させられて死してもなお使役されることは、倫理観のないものと考えている者が大部分なのだ。
その、呪わしい巨大な骨のブロックで組みあがったようなものが、その小部屋を半ば占有するようにして彼らを睥睨してきたのに対し、大牙がいつでも走り出せるようにスタミナをこめるように踏ん張りながら言った。
《どこの星の怪人どももそうだけど、巨大化すればいいっていう流れって、どうよ? でかくなったからって、たかが骨じゃねえか!》
なんとも言い難いうなり声をあげ、その骨のゴーレムが長い腕をぶぅん、と振り回した。
咄嗟に朱音と龍児は飛び退り、大牙とディミトリは回避しながらぶん回してきた左右の腕にそれぞれとりついていた。そして玄人は大盾を構え、言った。
《これだけ大きいとわしの衝撃波じゃあ怯まんけえ、わしも攻撃に回るぞな》
と、彼は大盾をしっかりと握り、気迫のこもった突進を、このボーンゴーレムの脛に向かって打ち当てた。
さすがに、一度の突進ではボーンゴーレムの強化された脚部を粉砕することはできなかったが、そこらじゅうで長年放置されてからからに乾いている骨が踏みつぶされるような音が満ちた。
この様子をその小部屋の隅っこで小さくなって見入っていたドワーフの学者と弟子は、人間たちとディミトリの戦いぶりに感嘆するように呆然となっていた。博士は、若者たちがそれぞれ手にしている武装を目で追いながら、傍らでやや間の抜けた顔つきをしているノルディスに言った。
《あの人間たちの武器を見たか? あれこそアーティファクト(遺物)とでもいうべきではないか。いや、それ以上だ、オーパーツとしか考えられない。相手はボーンゴーレムだぞ? それをあんなにたやすく…》
と言っているそばから、大牙がとりついていた右腕がぼきっと折れ、左腕にとりついていたディミトリの振るうトマホークがまるで巨木を倒すかのように叩き折った。そして二人は自然に息が合っているかのように巨大な頭蓋に這い登り、顔を突き合わせ、ニヤッと笑い合った。
《やっぱりこうでなくちゃな。久しぶりにスカッと爽快、ぶっ壊そうぜ》
《お前さんに言われなくとも、叩き壊すにきまってるじゃないか》
ぶんぶんと振り回していた腕の攻撃がなくなったので、朱音と龍児はより自由に攻撃に移れた。
《二人とも、その頭蓋骨は硬そうだ。そこは僕に任せて》
と、龍児は言い、湾曲気味の脚部を駆け上るように一気に馳せ、ディミトリと大牙が鋭い戦いの勘と絶妙なタイミングとで飛び降りたのはほとんど同時だった。
龍児はゴーレムの大腿部から垂直に跳躍すると、居合のように青龍刀を逆手で下段から一気に払い上げ、頭蓋骨と身体をつなぐ積み木のように見える頸椎に刀の一閃が見えないほどの素早さで二度、三度と刃を閃かせた。
トン、と彼が跳躍の頂点になっていた鎖骨のあたりをつま先で押すように後方へ飛び、着地すると、なんとも不気味な鈍さで大きな頭蓋骨の重みも手伝い、頭部がごろっと頸椎から切り離された。それでも、この亡者の集合体は消滅せず、残っている脊椎と肋骨、それからどっかりとした腰骨と太い両足でしぶとく、そして命なきものの虚ろさをまとい、異様な姿でのっしのっしと彼らを追い詰めるように前進してきた。
壁際にはなんの攻撃力もない学者の二人がいる。これ以上脚を進めさせるにはいかぬと、玄人の盾が再び突撃を繰り返した。もう片方の脚にも残りの者たちが総力で壊しにかかる。
メリメリッ、ぐしゃっ、という破壊の音が満ちる中、玄人の大盾はひときわ大きな音をたてていた。
《ええ加減、ぽっきりといかんかい! どりゃあああああっ!》
自ら破城槌であるがのごとく、玄人の突進は激しくなった。
そしてついに、ごきっと手ごたえがあり、彼は突進の最後に思いきり盾で骨を薙ぎ払うように振り回した。
膝関節が粉砕され、大腿と脛が支えをなくす。ボーンゴーレムは虚ろな魔物独特の鈍い動きでがくっと身体をかしがせた。
片膝をついたようになった魔物の、残っている方の膝頭に、朱音の横蹴りが決まると、まるでそこだけだるま落としの積み木が吹っ飛ぶように関節が粉々になりながら吹っ飛んだ。再び魔物は支えをなくし、それが何物だったかもわからないようなひどい有様になった。
とどめを刺そうと彼らが武器を構えた時、傍観していた老博士が待ったをかけた。
《そいつは何者かの魔法で組みあがったアンデットだ。そこに「材料」があればまた復活する。ノルディス、「聖光のタリスマン」をあの骨の残骸にかかげてくるのだ》
従順な弟子は言われた通り、荷物から一つのきんちゃく袋を取り出すと、その中からペンダントトップにできそうな物を手に、すっかり動けなくなった脊椎と腰骨だけになっている物体に近づき、そのお守りを掲げるように腕を伸ばした。
と、どういうからくりなのか、そのお守りからまばゆい輝きが放たれ、彼らは一様に目を閉じていた。
そして、次に目を開いたとき、崩れたゴーレムも、粉砕した骨の屑も、その場から消え去り、通路を塞いでいた黒い障壁もなくなっていた。古めかしいのは変わらなかったが、新鮮な空気の流れが入り込み、一同はため息をつき、夢を見ているような顔つきの若いドワーフがにこにことして師匠のもとに戻るのを、不思議に眺めた。
《ドワーフにこのようなことができるとは思いませんでした…これはまるで、浄化魔法そのものです》
と龍児が、自分の中に蓄積し、枝葉を茂らせているような幻想世界の知識をあちこちに広げて探し回っているような困惑ぶりで言った。
博士はそんな人間族の疑問も当然であり、さらに、そのようなことができる存在を弟子としておけることのすばらしさに誇りを持っているように応えた。
《だから、彼のような存在は公にしてはならんのだよ。人間は欲深いからのう》
再び、博士の道案内に従って下層へと降りる道を歩き始めながら、ウィラーディヌス博士は話を続けた。
《正直、ノルディスの潜在能力がどれほどのものか、全くわからんのだよ。彼は耳が聞こえない。そういう障害を持って生まれたドワーフは、すぐにヒストリアンの手に委ねられる。わしたちの知識が、彼らのような者たちを最適に面倒を見るのらすぐれているからだ。当初はそれだけの理由で預かり受けていたようだが、いつごろからか、彼らに特別な能力が備わっていることがわかってきた。わしら、『歴史編纂家』は、ドワーフ社会の中でも外部との接点が最も少ない。それが幸いしてか、彼らの存在はほとんど外世界には知られないでいる。実を言えば、こうして地底回廊を歩き、地図を作っている時に、何度かノルディスには命を救われているのだ。スポーンどもに囲まれて、さすがにわしの希望も尽きかけたんだが、一瞬の眩暈のような感覚のあと、周りを見ると、うじゃうじゃといた魔物どもがきれいさっぱり消えていたのだ。そこにはわしらしかいなかった。とすると、ノルディスが何かしたとしか思えない。そのことを尋ねても、こやつめはぼんやりと笑っているだけで、応えてくれなんだ。わしは無理強いはしたくないので、放っているが、ノルディスのような存在は謎なのだ》
《この世界は不思議だらけじゃない。それに、そんな優しい目をしてるひとが、悪い心を持っているはずがないわ。謎めいてるのもかわいいわ。そうじゃない?》
朱音が無邪気に言うと、ノルディスは恥ずかしそうに師匠の陰に隠れるようにしてちょこちょこと歩いた。ウィラーディヌスが顎髭をなでながら笑った。
《これ、ノルディスがびっくりしてるではないか。人間族と会うのも滅多にないことなのに、そんなふうに異性から言われて、すっかり困っている》
朱音は愉快そうに笑い返し、
《でも本当のことよ。小さくて、なんかもふもふしてて、ぎゅっとしたくなっちゃうわ》
男性陣がそろって妙なまなざしで彼女を見たが、朱音の「かわいい」の基準を理解することはできなかっただろう。
そんな他愛のない会話をしながら、時折博士がモノクルで位置を確認しながら、一行は着実に前進を再開した。
閑散とした大都会の高速トンネルの中を歩いているような、場違いな感覚になる。それほど、この回廊は人工的な完璧さを呈していた。センターラインさえないが、古代人がここを何かの乗り物に乗り、疾走していても、不思議ではなかった。照明も、緩いカーブを描いたドーム状の天井近くの壁面に、何を光源としているかわからない、オレンジ色の明かりが等間隔で設置されているのである。その通路の両側の溝に炎熱の流れがなければ、そこは完全に幻想世界の建造物ではないと言い切れただろう。
《しかしながら、この地下通路の規模の大きさはものすごいですね。「太古の民」と呼ばれる種族が作ったと言われているようですが、そのあたりのことはどのように解釈しているんですか? 僕は実際にその場にはいなかったのですが、「太古の民」の末裔と接触しているのです。そして彼らが遺したものの一部を回収しましたが、残念ながら、全容を知ることはできませんでした。彼らはこの星に君臨していましたが、大災厄から免れるために脱出し、再びこの世界に戻る日を待つための遺物を置いていきました。しかし、その目論見はこの世界の均衡を大きく崩すことであると認識した者たちと協力し、僕たちはかつての優れた種族の「種」を摘んできたのです。あなたたちはこの回廊の研究探索のプロです。この場所からは様々なことがわかるのではないですか? 例えば、その大災害が一体なんであったかとか、です》
龍児の好奇心は尽きない。いや、尽きるどころか増えていくばかりである。
博士も、こういった知識欲をそそられる会話を好んだので、快く応えた。
《ふむ、なるほどなるほど。そのことを聞くと、地上(ここではセラドンの大地が地上となる)からのボーリング調査で、この世界の地下には空洞部分があることが判明しておる。その深さは計り知れず、わしらの機械をもってしても、第一の空洞(セラドン自体も空洞部分に作られた都市であるが、あくまでドワーフの考えを基準にしている)の地殻の表面までが限度だった。つまり、今歩いている場所は、セラドンと第一の空洞とを区切っている地殻ということになる。さて、現在の地殻調査で分かっていることはといえば、第一の空洞の地表面に化石化した何かの堆積物があったことだろうか。それはかなりの密度であったから、一瞬のうちに生体が死滅したことを推測させる。その地層のサンプルももちろん調査した。これまでのサンプルと比較検討した上、その堆積物は1000年戦争以前のいずこかのものという考えにまとまった。残念ながら、1000年以上前の記録となると、戦いのせいで散逸したり消失したりして、ほとんど記録が残っていないのが実情でな。その地下生物を死滅させたものが何かまではわかっていない》
この話を真剣に聞いていたのが龍児だけであったのは、おわかりだろう。他の者たちはそれぞれ気ままに地底回廊のすべすべとしたコンクリートのような通路をてくてくと歩き、天井を見上げたり、お菓子を食べたりと、まるで緊張感がない。
《そのサンプルをぜひ見せていただきたいものですね。もちろん、ここから帰還してからのことですが》
この言葉に、博士が乗り気になったのは言うまでもない。
《いやはや、お前さんを是非にも助手にしたくなった。あれだけ武芸にも長けていて、なおかつ思考できる頭を持っているとはのう》
すると、このことにだけは朱音が敏感に反応し、龍児の腕を引っ張って言った。
《だめよ、だめ、絶対にだめ。リュウはあたしたちの仲間なのよ。かび臭い本の中になんか、うずもれさせないわ》
龍児は、彼女の本音を知ってか知らずか、しらっと言った。
《かび臭い本は嫌いじゃないけどね》
《ちょっと! リュウ、まじめになってよ》
朱音がびっくりしたのを、彼は面白そうに眺め、
《僕は、そのサンプルをスキャンすれば、どのくらいの時代にできた堆積物なのか、そしてそれの含有物がなんなのかわかると思ったからだよ。僕たちが推測している、この星を襲った災厄が超新星爆発であったとすれば、亜空間バリアで瞬時に守ったとしても、すり抜けたガンマ線があると思ったのさ。死滅した何かの堆積物があるということは、バリアでも防げないほどの大爆発だったのかもしれない。それほど大規模な爆発であれば、ファンロンの公式記録の中にあるかもしれないだろう? その超新星の位置が特定できれば、そのそばにあったと思われるこの惑星がなんであるか、わかると思ったんだよ。でも、大規模であればあるほど、この惑星をもとの空間軸に戻すのは危険だね。自分から巨大なブラックホールの中に飛び込むことになりかねないから》
朱音は途中からうんざりだ、と言いたげな顔になっていたが、ふと見下ろした足元の完璧な地面を蹴り、言った。
《でもさあ? この通路、ほんとにすごいわよね? 何百年も前に作られたんでしょ? なのに、ひび一つないわ》
龍児はすらすらと応えた。
《こういうのは、実は地球にもあるんだよ。ローマのコロッセオくらいは知っているだろ? ローマンコンクリートって言ってね、ものすごく硬質な物質を、古代人は作れたんだ。だから今も現存できているんだ。それと同じようなものだと思っているよ。地球人ができたことなんだから、この星の古代人にできないはずがない》
そしてさらに何か付け加えようと龍児が唇を開きかけた時、ノルディスが再び警戒のしぐさをした。
《わかっておる。何か妙だ》
ウィラーディヌスは頷きながら応えると、壁際に身体を寄せて、ちらりと左手にある小部屋を伺った。
いや、正確には小部屋ではない。これまでにもいくつか長方形をした比較的広い空間を通り過ぎてきたが、そこは一段と細長く広かった。
そしてこれまでとは違い、壁の両側に石の塑像が立ち並んでいた。セラドンの大門前に並んでいたものと似ている。だが、こちらのは、あちこち損なわれ、この場所が決して平和な場所ではないことを示しているようだった。
だが、そのことがノルディスに警告を発せさせたことではないことが、すぐにわかった。
目ざとい朱音が、その長細い空間の奥で倒れている何者かを見つけたのである。
《なにかしら、あれは? どう見ても人間じゃないわ》
どれどれとばかりに一同は通路の壁越しに様子を伺った。
確かに何かが倒れていた。すぐに立ち寄りがたかったのは、そのものの外見が奇怪だったからである。
遠目からも、その身体の大きさは人間をはるかにしのぎ、漆黒の翼がだらりと床面に広げられているのがわかる。顔はうつぶせていて判然としないが、その身体の表面を覆っているものが皮膚ではなく、つるつるとしたうろこ状のものであり、彼らが警戒したのも無理はなかった。
《ぴくりともしねえな。死んでるのかな?》
大牙がこそこそするのは性に合わないと言いたげに呟くと、それを聞きつけたかのように倒れた奇怪なものがわずかに身じろぎをした。
《とにかく、事態を把握しよう。僕たちが先に行きます。ディミトリさん、博士たちを頼みましたよ》
と龍児はきっぱりと言い、仲間たちも同意見だったので、足音を忍ばせてそれに近づいて行った。
近寄ると、それの異形さが際立っていることがわかった。アナコンダも敵わないほどの太い蛇状の尾が、今はだらりと床面に伸び、みっしりとうろこが身体を覆っている。その背中には小さな羽が無数にはえた翼があり、特に目を引いたのは、その両腕と、肩に直接埋もれているような頭部である。
《なんか親近感あるなあ…どっかにいそうじゃね? こういう怪人》
と大牙が言うのも無理はない。それの両腕はサソリのようなハサミ状になっており、その間に平べったい頭があって、クモのようにいくつも小さな目がついていたからである。哺乳類には見られない牙が生えているのも、そのものの外見を異様に見せていた。
《これが味方だとは思えないけど…どうしてこんなことになっちゃったのかしら》
朱音が素朴な疑問を呟くと、その異様なものが意外にも言葉を発したので、一同はびっくりした。
〔驚くのも無理はない…我は冥府の番人にして大地を見守るもの…このような有様を見せるとは、我が身なれど、信じられぬ…〕
ドラゴンと何度か接触したことのあるレイジュウジャーたちは、人智を超えたものたちが発する不思議な言葉にも慣れてきていたが、ドワーフたちには聞こえていないようだった。ただ、違和感は感じたらしく、顔色を優れなくさせていた。そしてその驚きをさらに倍増させたのは、次なる言葉が発せられたのが、ノルディスの唇からだったことであった。
《我が言葉を伝達できうるものがいるようなので、その者の唇を拝借いたそう。そなたらは確固たる目的をもってここへやってきたと思われるが、おそらく、我が身をこのような無様に追いやったのものとかかわりがある思われるが、いかに?》
《ってことは、お前は俺たち側の味方ってことなのか? でも、やられてちゃどうにもなんねえけどな》
大牙がじろじろと倒れ伏す巨大な異形のものを眺め、埒もないと言いたげに言葉を投げつけると、相手は自嘲の嘆息をついた。それは決してその外見から判断されるような凶暴な怪物ではなく、何か強い信念を持ったものであることを感じさせた。
門番と自称した怪物は言った。
《この大地を汚そうとせんとするものの意図を察し、それをとどめるために出向いたのが誤りであった…これは罠であった…我は大地の力から分断され、我が力を十分に発揮できず、よこしまなものに奪われてしまった…》
《何をですか?》
龍児が問い返すと、ノルディスの口を借りた番人は応えた。
《我が主である土竜テルース御身のおわす冥府の門の鍵だ。テルース様は自らを大地の結晶の中に閉じ込め、傷ついた身体を休ませておられる。万一、そこへあのよこしまなものが到達すれば、必ずや恐ろしいことが起こる。どうにかして追いつき、鍵を取り返すか、そのものを倒すかせねばならぬ…情けない、番人たる我が倒るるとは…》
そして異形の番人は精魂尽きたように再び床にぐったりと脱力して続けた。
《…テルース様のおわす深層に行きつくまでには、何層もの冥府を踏破せねばならぬ。あのよこしまなものが何者であるかはわからぬが、冥府の者以外が容易に踏破することはできまい。我に残された力で、冥府の入り口にそなたらを送って進ぜる。本来ならば、この地底回廊を延々と下らなければならないほどの深さにある空間であるのだ。しかし注意せよ。生きるものすべて、なにかしらの悪徳を心に持っているはずである。冥府はそれを暴露し、そのものに自省を促し、浄化させる場所である。純真なものだけが、冥府の中心にたどり着き、そこからテルース様のおわす神聖な臥所にいきつくことができるだろう…》
ここでふっと言葉が途切れ、ノルディスの表情が弛緩したかと思うと、一行はぐいっと強烈な加速を受けたような圧力を感じた。
あっという間もなかった。
彼らの姿はその場から掻き消え、残されたのは生気をなくして横たわる異形のものだけだった。
次に彼らが意識を取り戻したときに目にする光景がはたしてどのようなものか、誰にもわからなかった。まさに神のみぞ知ることだったのである。




