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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第六章 地底都市セラドン編
75/103

『欲望の果て』

 ペトロイオス・スィーティマンは、時折咳き込みながらも、話をすることで何がしかの重しをおろせるかのごとく、まだ誰にも話したことのない自らが犯した大罪を打ち明けた。

《…あれはお前の爺様、フォボス・ハーディ・アンティキスが健在で、次期パラディン主席の選出が求められたころだった…わしはまだ若く、野心に燃えていた…お前も知っての通り、わしの家系はアンティキス一族の分家だが、わしの親父の代で『円卓の騎士』の座を失っていた…親父はどちらかと言うと学究肌で、なぜ代々パラディンになってきた家系に生まれてきたかわからないが、わしは若く、気性も激しかったから、親父を恨み、さげすんだ。そして必ずパラディンの要職に、いや、トップにのぼりつめてやると言う野望を誓った。

 今思えば、わしはその頃からドワーフの戦士としての誇りと名誉を汚していたのだろうが、同じ血筋のお前の爺様が崇め奉られ、すでに英霊となっているかごとくの名誉を得ていることが許せなかった。わしは、父を憎み、そしてお前の爺様を憎んだ。

 この妄執が呼び寄せたのかはわからないが、このとき、一つの依頼がパラディンたちに申し込まれた。歴史編纂家(ヒストリアン)たちがある地底回廊の深部への道を見つけ、そこを地図にしたいということで、護衛を頼んできたのだ。こういうことはよくあることで、銀行家(バンカー)が金を別の集落へ運ぶ際の護衛や、鉱脈の傍に危険な魔物がいれば討伐するなど、わしたちは国の防衛の他にも仕事をかかえていた。

 わしは若かったし、地底回廊の深部まではまだ行ったことがなかったので、勇んでこの探検隊に参加を希望し、同行することになった。もちろん、好奇心の他に、ここで何かめざましい活躍をすれば、今あるパラディンの下っ端の地位ではなく、もっと上に行けると信じたからだ。

 学者どもが机にしがみつき、かび臭い本の中に埋もれている様子を、親父の内向的な様子とだぶらせ、あざ笑っていたものだが、奴らの研究は伊達ではなかった。奴らは本物の宝を見つけたのだ…》

 ここで、ペトロイオスは枯れ木のようにすっかり肉の削げ落ちた細い腕を伸ばし、ベッドサイドの小卓に置かれていた水差しを取ろうとしたが、寝台が大きすぎるせいで、手指をぶるぶると震えさせるだけでそこまで届かなかった。これを見て、ディミトリが陽気さのなりをひそめた物腰で水差しからグラスに水をそそぎ、そのグラスを変わり果てた姿の叔父に手渡した。両手でそれを受け取ったペトロイオスは、骨格と、異様に膨らんだ静脈の浮いた手でグラスを必死に掴み、カツカツと歯をグラスにぶつけながら喉を潤した。だが半ば飲み込めず、かさかさの唇の端から無様に水がこぼれた。

 とがった喉仏がごくり、ごくり、と動き、水を飲み終えたパラディンの主席は、片手に力なくグラスを持ったまま、話を再開した。

《…その宝は、厳重に閉ざされた扉の向こうにあった。魔法の封印だったが、わしたちドワーフにはラディウムを加工する技術がある。魔力はラディウムが気化した時の状態に似ている。だから様々なラディウムから精製したエンチャント系の道具で、盗賊共が錠前破りをするかのように、ラディウムの反作用を利用して封印をといた。

 しかし、よく考えれば、封印されていたというからには、それを目に触れさせない理由があったはずなのに、わしらはどういうわけかその危険性に考え至らず、ひたすらに宝を暴きたいという欲求にとりつかれていた。

 それは、古代(エンシェント)コンクリートで四方を囲まれた小部屋の中心に、列柱を思わせる脚付きの台座があり、その上にかぎづめのような留め具に挟まれていた。あれをどのように形容すればいいか…わしには赤黒いラディウムの原石のように見えたが、エンチャントのできる学者が言うにはブルーラディウムを超える魔力を要していると警告を発した。ドワーフでさえ、耐えられないほどの強力な魔力、つまり、毒素を撒き散らしていると言うのだ。

 しかし、この警告は遅かった。

 次に気付いた時には、わしは血や肉が付着したメイスと盾を構え、呆然としていた。床にはドワーフの学者たちともう一人の護衛が血みどろになって倒れていたのだった。頭をたたき割られて薄桃色の脳みそをぶちまけている者、顔面を陥没させている者、首が奇妙な向きになっている者…わしはそれを自分がやったことだとは思えなかったが、実際、わしは返り血を浴び、たったひとり、そこに立っていたのだ。わしが同胞を皆殺しにしたに違いなかった。

 そしてあれはわしに呼び掛けてきたのだった…そうだ、その台座にはまる禍々しい宝石がだ》

 その時のことを思い浮かべたのか、ペトロイオスはぞくり、と身震いした。土気色の顔色がますます血色を失い、聖戦士(パラディン)の長はそのまま息絶えてしまうかと思うほどに生気をなくした。

 ディミトリは、この瀕死の血縁に対する複雑な心境を抱いているに違いない様子で、言った。

《それは、誰かが封印した禁忌の何かだったのか?》

 ペトロイオスは少しの喘鳴のあと、力なく首を振り、

《…わしは学者ではない…だが、あのようなことをわしにさせたのが、そこにあった石くれだったのは信じられる。今になって思えば、確かにあれは禁忌のものだったんだろう…しかし、わしは若かったし、すでにわしはその石にとりこまれていた…足元にはわしが殺した者共が転がっていたんだからな。否定のしようがなかった。

 それはこうもちかけてきた…〔お前の望みをかなえてやろう〕と。わしはぞっとしながらも、抗えなかった。それが何かもわからないのに、頷いていた。するとそれは嗤い、〔お前の欲望は()の欲望なり。互いに代価を払えば、お前も私も望むものを手に入れられよう〕と言い、石は勝手にわしの手の中に飛んできた。近くで見ると、それはまるで心臓のような形をしていて、わしはぞっとなった。投げ捨てようとしたが、どうしてもできない。わしの心はそれを忌まわしい悪霊だと知っていたのに、別の心はそれを欲しくてたまらなかったのだ。わしはこれがあれば、パラディンの頂点に、いや、セラドンの覇者となれると妄信し、あの忌まわしいものと契約をしてしまった…そしてその結果、わしはお前の爺様を破滅に追いやったのだ…あのおぞけのたつスポーンどもの巣窟で奴の小隊を全滅させ、フォボスにも不名誉な死をさせた…いや、これでは語弊があるな。奴は最期まで勇敢だった…それをあの忌まわしい心臓が奴の息の根を止めたのだ…別動隊としてそこへ向かっていたわしは、フォボスがまさにマザースポーンの粘液まみれのアギトに飲み込まれようとして、情けなく、無様に、誇りも捨てて泣き喚いている様子を、わしの部隊の者たちに見せつけた…しかし、これは現実ではなく、あの忌まわしい心臓が見せた虚構の姿であることなど、誰が知ろうか…。而して、お前の爺様は国を守る戦士としての栄光をはぎ取られた。代わりに、地底回廊を脅かす魔物の巣窟を一掃したということで、わしは上昇気流に乗るようにパラディンの中でのし上がった…。その後もわしは戦果を積み上げたが、その背後には、あの忌まわしいものがいた。わしの栄誉の重みと同等の血が流され、命が失われた…》

 一族の不名誉が仕組まれた企みの末であったことを聞かされ、ディミトリの顔色はさらに硬化したが、決して感情走ることはなく、このドワーフの頑健とした精神を感じさせた。それは一介の陸ドワーフではなく、かつては晴れがましい栄光に包まれた一族の一員であることを証明しているかのようだった。

 ディミトリは、太いため息をついて言った。

《で、この現状はどういうことなんだ? 叔父貴のしたことはパラディンとしてあるまじき卑劣な行為だし、血縁殺しの大罪まで犯した。無関係な者の命も奪っている。思うに、その悪霊くさい石を破壊すればすむことなんじゃないのか?》

 すると、ペトロイオスはぐったりと脱力し、すっかり諦めたように言った。

《それをしようして、わしはこうなったんだ…奴は逃げた。すでに多くの命を吸い取っていた奴は、わしが過ちに気付き、破壊しようとするのを見込んで、力をためていたんだろう…すっと消えてしまった…今はどこに奴が潜んでいるかなど、わからない…わしらドワーフは魔力を感知できないし、ここにはたくさんのラディウム鉱石やそれを使ったエンチャントアイテムがある…わしらの嗅覚も役に立たないのだ…その代わり、わしは別のものに追われることになった…『復讐者』に見つかってしまった…いや、すでにあの忌まわしいものにとりつかれた時から、彼らの持つ『天秤』にかけられ、『縄』や『鎌』に狙われていたのだろうが、忌まわしいものが彼らの追及をそらしていたのだ…それがなくなった今、わしは自らの大罪のあがないにこの身をすり減らしているのだ…》

 ディミトリは冷淡にも見える様子で言った。

《叔父貴が招いたことだ、わしは同情しないが、この国が荒れ果てているのは見逃せねえな。『復讐者』の呪いはてめえでつけるしかねえが、その石がやらかしてることはどうにかやめさせねえと、被害が大きくなりそうな予感がするぜ》

 ペトロイオスはすっかり気力を使い果たしたように半眼になりながら言った。

《わしの石化病のことは放っておいていい…だが、あの心臓のような石をどうにかして破壊してほしいのだ。そうすれば、この国に降りかかっている様々な災厄をはらったとして、アンティキス家の名誉も挽回させられる。もし必要なら、わしの言葉を公表し、お前の爺様の勇敢な死に様を国民に伝えてもいい。だが、わしの余命はいくばくもない。どうか、セラドンのために戦ってくれないか、我が甥よ》

 ディミトリはやや困ったように眉根を寄せたが、大牙に肘で小突かれ、ハッとしたように若者たちを見やった。

 パチン、と朱音がウィンクをする。大牙はバシッと掌に拳を叩きつけてみせ、龍児はひとつ頷いた。そして玄人が力強く言った。

《おやっさん、過去は過去のことじゃ。今を変えて、未来を生まれ変わらせようじゃないか》

 ディミトリはスン、と鼻をすするように息を吸うと、改めて自分の叔父を見、頷いた。

《わかった。どんな姑息な奴でもあんたはわしの叔父貴だ。血縁者の頼みを受けないわけにはいかねえ。せいぜいあんたが無間地獄(タルタロス)で火車に縛りつけられて回らせられていても悩むことがないよう、始末はわしがつけてやる》

 ペトロイオスはこの言葉をきき、微かに笑ったようにしわしわの顔を歪ませた。

《…これでひとつ肩の荷が下りた…頼むぞ…拝むぞ…セラドンのために…》

 そしてその落ちくぼんだ眼窩の中で両眼は閉じられた。ペトロイオスは深い昏睡に落ちていた。

 これを見極めたディミトリは、持ち前の陽気さを少しだけ取り戻したように威勢よく椅子から立ち上がった。

《よしっ! くよくよしていても始まらねえ。まずはしっかり食ってから、作戦をたてようじゃねえか! 若僧ども、頼りにしてるぜ?》

 遠慮のない物言いは、返って彼らを高揚させた。動き足りない大牙などは効果てきめんだった。

 一行は、一大事に直面しているとは思えない軽い足取りでパラディン主席の私室から出ると、一路、ディミトリの生家へと向かったのである。


*****


 ディミトリの生家は、立派で、庭の手入れも行き届き、ドワーフ的美と威厳に満ちていたが、それをぶち壊すような金属のパイプがその大きな門の前にぶっ違いにはめこまれていて、アンティキス家がセラドンでの地位を失っていることは、この国家とドワーフの法やならわしを知らないレイジュウジャーたちにも明らかだった。

 しかし、そんな立場に落とされたことに頓着しない様子で、ディミトリは大きな正門の脇にくぐり戸程度の扉を開けようとして、先にそこが引かれ、年配と思しきドワーフが姿をみせた。

 その者は一瞬にして表情をほころばせ、大仰な身振りでアンティキス家の嫡男を迎え入れた。

《ああ! 坊ちゃま! ええ、きっとお帰りになられると思っておりましたとも! ええ、ええ、そうですとも! アタシは聞き間違えやしません、坊ちゃまがここへ歩いて来るのを聞き分けていたんですからね! さあさ、どうぞお連れさん方もお入んなせえ。今、セラドンは大変なことになってるんですわい。これを解決できるのはセラドン一勇敢で誇り高いアンティキス家の坊ちゃまだけですわい》

 はっきり言って、「坊ちゃま」と呼ばれるには無理があるように思えたが、ディミトリは特に恥ずかしがることもなく、レイジュウジャーたちを先にくぐり戸の中に押し込み(ドワーフ用のくぐり戸であったため、朱音でさえかなり身体を屈めなければならなった。玄人に及んでは、かなりアクロバティックな苦労が必要だった)、ディミトリはくぐり戸をぴたりと閉ざして彼らを案内するように先頭に立ってドワーフらしい歩き方(身体をやや左右に揺らす、船乗りのような歩き方)をするドラン・バディスに尋ねた。

《ペトロ叔父貴に会ってきたんだが、相当悪いようだな、叔父貴は?》

 すると、ドランはすっかり白髪に変わっている髭だらけの顔を使用人としての許容範囲内で侮蔑の表情に歪め、

《ようやく正義の審判があのこすっからい奴に下されたんですわい。アタシは最初から先代様が不名誉な死に遭うなんぞ、これっぽっちも信じちゃいませんでしたわい。あの狡賢い奴が何かあくどい細工をしたに決まってますわい》

 もちろん当時、パラディンの家系の中でも随一の高名を誇っていたアンティキス家の没落は様々な憶測を呼んだのだが、何しろ目撃者が多く、まさか、その裏で妖しい手が作用していたなど、魔力とは無縁のドワーフたちには考えにものぼらなかったのは仕方のないことだった。

《親父はどうしてる?》

 ドランが押し開けた屋敷の表玄関の扉を通りながら、ディミトリは尋ねた。ここの扉は玄人でも身体をかがめずにすむ高さがあった。それにしても、ドワーフサイズであるため、人間族が四人もいると、せまっ苦しい感じがした。

 ドランは彼らをひとまず客間に通し、言った。

《この数年の度重なるグラッジスポーンの襲撃や、ヴェイドホールの出現のせいかはわからんのですが、すっかり弱ってしまわれました。医者が言うには、「呪闇病」とか言うそうで。どうにも打つ手がない病気のようですわい》

《「呪闇病」か…噂には聞いたことがあるが…だがここは地底の中でも浅層だ、そんなに強いグラッジスポーンが攻め込んでくるなど、信じられん》

《アタシらも信じられませんでしたが、実際、この数年はセラドンのここかしこで闇の魔物が跋扈してるんですわい。坊ちゃま、長旅でしたろうから、ひとまず一服つけていてくだせえ。アタシはコックをせかして食事を準備させますわい》

 と、ドランが危機感の中に一筋の光明を見つけたような軽々しい足取りで出て行くと、龍児が好奇心を押さえ切れないような口調で尋ねた。

《「呪闇病」とは? 先ほど出会ったドワーフの病とは違うのですか?》

 ディミトリは、勝手知ったる我が家にいるという気楽さで壁際の細長い卓に置かれているボトルとグラスを人数分持ってきながら、応えた。

《ペトロイオスの病気は「石化病」っつってな、ドワーフにとっちゃ職業病みたいなものだな。だがこれはだいたいが鉱山技師とか鉱石掘りがかかるもんで、それも、きちんとインターバルをおけばそうそうかからない病気だ。だが、叔父貴は鉱物とは無縁の戦士(パラディン)だ。それも、あの様子だと、ブルーラディウムでも飲み込んだとしか思えねえほどの病気の進行状態だった。奴が見つけたって言ってた妙な石も関係してるかもしれねえな。それに、もちろん、『復讐者』の鎌がまさに振り下ろされているんだろう。奴はもう助からないし、助けるつもりもない。ドワーフとしての誇りと正義を捨てた報いだ。親父がかかった「呪闇病」は、逆に戦士にとっちゃいつも背中合わせの病気だ。病気というのかもわからんが、グラッジスポーンどもと戦う時は、決して肌身を傷つけられちゃならねえ。もしその傷口から奴らの穢れたものが入り込めば、自分もいずれスポーン共の仲間入りだ。グラッジスポーン共はそうやって仲間を増殖させてるってわけさ。一度これにとりつかれたら、魔物に取り込まれるか、自ら死を選ぶしかない。唯一、助かる道は、グラッジスポーンの精気を飲むことだ。だが、これはものすごく致死率が高い。万一成功すれば、グラッジスポーンに対する抗体ができて、地底で戦うには最高に有利な肉体を手に入れることができるが、俺は今までそんな奴は知らねえな。もしいたとしても…むう?! こりゃあ、何か起きるぞ、身を守れ!》

 とディミトリが言った途端、ズン、と強い縦揺れが地面を揺らし、続いて轟音がどこからか響いた。揺れは横揺れも加わり、室内の壁にかかっている装飾品や窓が落ちたり割れたりした。

《こりゃあ、どこかの地面がどえらく陥没したに違いねえ。確かにセラドンはのっぴきならねえことになっちまってるようだ》

 まだ揺れがおさまらないにもかかわらず、ドランが顔色を変えて客間に飛び込んできた。

《坊ちゃま! ご無事で?!》

 ディミトリは重心を低く踏ん張りながら、宿屋のおやじの顔でなく、れっきとした戦士の顔で言った。

《ドラン、わしの武器は残してあるか?》

 一瞬、この年配の使用人の顔に心配の陰がよぎったが、すぐにそれは年季の入った従卒の誇りで上塗りされた。彼は胸を張って応えた。

《もちろんでございますとも! すぐにご用意しますわい。お待ちになってくだせえ》

 大牙が割れた窓に気を付けながら外を伺いつつ、言った。

《オッサンも行くのかよ? 大丈夫なのかよ?》

 ディミトリは「ふふん」と笑い飛ばし、

《若僧どもとまではいかんが、わしの本当の力を見せてやるぜ。それに、ここはセラドンだ。ドワーフのわしがひよってるわけにゃあいかん》

 そこへ、ドランが二本のトマホークと分厚い革でできた軽装の鎧を持ってきた。それの両方とも、ディミトリが不在の間も手入れがされていたことを示すように、錆びもくもりもなく、革鎧は獣脂で念入りに磨かれ、ひびひとつなかった。

 ディミトリはそれを見て満足そうに笑み、

《これを装備するのは何年…いや何十年ぶりだろうか…さあ、見ろよ、若僧ども、わしの戦い振りを》

 手慣れた手つきで革鎧を着、その刃の鋭さを確かめるように指先を切っ先に走らせてから、両腰のホルダーにトマホークをおさめたディミトリは、パンパンッ、と自分の両頬を叩いて気合を入れると、レイジュウジャーたちに言った。

《さあ、行こうぜ、わしらの力を見せつけてやろう》

《もち!》

《暴れまくってやるぜ!》

《あなた方の国を荒らす者は排除しなくては》

《わしらは正義の味方じゃからの、平和を乱すもんは見逃せん》

 こうしてディミトリとレイジュウジャーたちは休む間もなく、異変の起きた場所へと急ぎ駆けつけることになったのであるが、その被害甚大さに彼らはしばし立ち尽くすことになる。


*****


 ディミトリの屋敷から飛び出した傍から、この国が大混乱に陥っていることがありありとわかった。赤錆のような色をしたセラドンの空気に交じり、まるで火山灰のような塵埃の細かな粒子が舞い、彼らの鼻と口から入り込んで咳が止まらない。

 往来の通りには、この異常事態に度肝を抜かれたような顔をしたドワーフたちが、手振り身振りをしながら喋りまくっている。そんな中をディミトリとレイジュウジャーたちが走り抜けていくのを止めるように声をかけてくる者もいた。

《こりゃ、相当でかい陥没が起きたに違いない、近寄らないのが一番だぞ!》

 もちろんそんな忠告を聞き入れるわけのない一行は、街の中心に近づくにつれ、恐いもの見たさの人混みが多くなってきた中を掻き分けて進み、揃いの重装鎧を着こんだパラディンたちが人垣のように並ぶ地点まで到達し、これが想像以上に危機的であることを知った。

 なんと、セラドンの広大な地底都市の中央に、小さな町ならいくつ分も入ってしまいそうな巨大な穴が開いていたのである。

 もちろん、そこに建っていた建物はすべて消滅し、穴の際に建っているものも、今にも崩れてしまうほどに傾き、そこにしがみついて助けを呼ぶ必死の声が聞こえてきた。

 朱音が考える間もなく大牙の腕を引っ張り、言った。

《助けられそうな人をまず助けるのが先よ。行くわよ、タイガ》

《おうともよ》

 と、二人が霊獣チェンジャーに手をかけた時、余計な被害を出さないようにその場を遮っていたパラディンの一人が彼らの会話を聞いていたのだろう、厳しく話しかけてきた。

《だめだ、ここは危険だ。それも人間の出る幕ではない》

 朱音は何より頭ごなしに命令されるのが大嫌いだった。彼女はむっとした顔を隠さず、今にも奈落のような穴に落ちそうになっている人々を指さし、突っかかるように言い返した。

《助けられる人をほっといていいわけ? あんたたち、この国の警備兵か何かなんでしょ? だったら、早く助けなさいよ、あたしたち人間にさせたくないんなら》

 パラディンはちら、と意味ありげにディミトリを見てから頑固に言い張った。

《この状況は尋常ではない。ただやみくもに行動しても無駄になるだけだ。まずはこれがどういう要因で引き起こされたかを歴史編纂家の者たちに調べさせてからだな…》

 と言っている間に何人かのドワーフたちが絶望の悲鳴を上げて傾いた家屋から落下した。そしていくつかの建物も、積み木が崩れるようにばらばらになって穴の中に吸い込まれた。

 これを見た大牙が我慢できなくなったように手首のソケットにインターフェースを差し込み、瞬時に変身すると、両手で重装のパラディンたちを押しのけ、

《その鎧は伊達かよ? 国を守りたいんなら、まずはそれを支えるひとりひとりを救うのが、一番なんだぜ! そんなこともわからねえで、偉そうにふんぞりかえるなよ、こんちくしょう!》

 と、穴の縁を疾風のように駆け、ぐらぐらとしている建物の窓から助けを求めるドワーフのもとへ向かった。

 朱音も同様に変身し、大牙とは別方向に走りだしながら痛烈に言った。

《名誉ってのはね、自分の命よりも誰かの命を重く感じるひとが受けるべきものよ! あんたたち、みんな、臆病者の御威光担ぎばっかりね! がっかりだわ!》

 そしてまるで飛ぶように朱音の赤いパワースーツ姿がパラディンたちを飛び越え、穴のごつごつとした壁面のちょっとした足掛かりを踏み台にして跳躍を繰り返し、危険に傾く建物へと移動していくのを、ディミトリが感心しつつも、同族の頑迷なほどの判断力の鈍さにうんざりしたように言った。

《不名誉をいただいたドワーフの言葉を聞きたくはないだろうが、確かにお前さんらはものが見えなくなっているようだなあ。穴の検分を待つだと? 馬鹿も休み休み言え。わしもできることなら助けに行きたいが、わしにはできねえ技だ。この若僧どもがいてくれて、どれだけ幸運か、思い知れ、頭の固い連中めが》

 パラディンたちは、ディミトリの愚弄のこもった批判に沈黙を返し、事実、白虎と朱雀が危うく奈落に落下するのを助けたドワーフたちが次々と安全な地面に連れてこられるのを否定できず、頑固なパラディンもようやくやじ馬を退ける以外の動きを見せるようになった。つまり、手近な家々から縄や梯子の類を借り出し、崩れかけの家屋に足場を造ったり、縄を使って引き上げたりなどである。

 しかし、その行動も、次なる災厄とでも言うべきものの襲来で中途にさせられた。

 穴の底から生臭い不吉な風がぐわっと吹き上がり、その気流に乗って気味の悪いものが舞い上がってきたのである。

《なんじゃあ、こりゃあ?!》

 ディミトリが、眼前にまるで雲霞のように薄黒く立ち上ったものを見、呆気にとられたように言った。

 もちろん、それは雲霞のように小さくも、無害そうでもなかった。龍児がコムパッドに取り込んだ画像を玄人に見せ、言った。

《これが決して僕たちに味方するものとは思えないね。まるでハーピーのようだけど、これには目がないし、四つ足を持っている。翼みたいに見えるのは、ムササビのような皮膜だ》

 コムパッドで拡大して見せたそれは、確かにそれは人間の頭部のようなものを持っていたが、目も鼻も耳もなく、唯一、残忍な乱杭歯がのぞく口ばかりが目立っていた。色は灰色のものや緑がかったものなど色々見られたが、どれをとっても、確実に災いをもたらすものであると想像できた。

《目がないっつうことは、地底深い場所におったんじゃろうか? と言うことは、この穴は相当に深いところまで開いてるっつうことになるんじゃろうか?》

 龍児は頷き、すでにセラドンの上空にそれらが拡散して飛行しているのを見上げながら言った。

《これが何かの前兆なのかはわからないけれど、たいていこういう小型のモンスターがばら撒かれたあとには、大型の魔物が控えているというのが定石だ。それがこの街に侵攻すれば、さらに大惨事になる。この穴が開いた理由もさることながら、僕たちの目的さえ、果たせなくなる。行動しなくてはならないよ、クロト》

《もちろんじゃ。それに、この穴がそこまで深いなら、わしらの求めるものが眠ってる可能性もある気がしてのう。ま、これはわしらの都合の話じゃがな》

 と話し合っているところへ、意外に粗末なフード付きローブを来た二人組がフードが脱げるのも構わず、小走りで走り通しだったらしく、息を切らせてやってきたのである。

 片方は真っ白な髪と、同様に白髪の長い顎髭を三つに分けて丁寧に編み込んでおり、明らかに何かの権威者であるらしい雰囲気を醸していた。そして、もう一人はずっと若く、栗色の髪と同じく短めの髭も先の方で紐で結わえられていた。

 白髪の方のドワーフが、いち早くディミトリの存在をみとめ、パラディンの存在など目に入らない様子でぐいぐいとディミトリに近づくと、人目も憚らず、懐旧の念を溢れさせて互いに抱き合い、背中や肩を叩き合った。

《おおっ、戻っておったとはなあ、ディミトリ! それで早々にこの事件に遭遇するとは、お前も相当に変わった石の巡り合わせを持っとるようじゃな》

《挨拶には行こうと思ってたんだが、いきなりこれだからな。セラドンはわしがいない間にどうなっちまったんだ? ウィラード博士?》

 ウィラード博士と呼ばれたドワーフは、赤と白の、身体にぴったりとしたスーツを着た二人の人間が忙しく危難に遭遇しているドワーフたちを助け出しているのを目で追い、それから、ディミトリのそばで穴の中を覗き込むようにしている青年二人を珍しげに眺めていたが、背後で静かに控えていた若いドワーフに袖口を引っ張られ、振り返った。

 若いドワーフからは声はなく、唇だけを動かして何かを伝えた。

 博士にはそれだけで十分だったらしく、人間の二人に戻した眼差しに信頼の色を上乗せさせて言った。

《助手のノルディスは、これは『復讐者(フリアエ)』の使い魔で、いつもは主たる復讐者の周りを守るガーゴイルのようなものだそうだ。だが、それが穴を造ったわけではないとも言っておる。この穴は、ノルディスにも感じ取れないほどに深く、そこに向かおうとしている何者かがいるそうだ。強力な魔力を持った誰かがだ》

《じゃ、この気味の悪いものどもは、叔父貴が償いを全うしない限り、消えないということなのか?》

 とディミトリがやや気掛かりに尋ねると、ウィラーディヌス・ロンバヌス博士は微妙な表情になり、

《やはりペトロイオスが元凶か…だが奴がお前の爺様を陥れたのはもう何十年も前の話だ。今になってどうしてこのような惨事を引き起こしたのか腑に落ちん》

 ディミトリは、赤と白の姿をした二人が手際よく、そして人間業ではない機敏さで死に直面していたドワーフたちを助け終えて、彼らのもとに戻って来たのを機に、言った。

《そのことについてはここで説明するにはちと憚られる。博士のラボでも、うちでもいいが、今後のことで博士がみとったことを教えてくれ。わしらはあの中に行かないとならん。そうしなくてはならないんだ》

 ウィラード博士は頭上を我が物顔に飛び回り始めた目なしのハーピーのようなものを見上げてから、応えた。

《この使い魔は疫病神だ。ペトロイオスが自ら償うのはいいが、これではいずれ一般人にも被害が出かねない。だが、いきなりこの穴を降りていくには危険が大きい。これまでノルディスの鋭い(センス)で底を探り当てられなかったことはない。つまり、全くの未知な場所に繋がっているのだよ。そんな場所になんの作戦もなく降りていくのは無謀だ。まあ、確かにお前の連れてきた人間たちはかなり変わっているようだが、用心するにこしたことはないからな》

 ディミトリは頷き、汗一筋もなくたくさんの民間ドワーフたちを助けてきた朱音と大牙を称賛の眼差しで見ると、言った。

《よし、決まりだ。博士のところで少し話し合おう。うちより、ずっと地底回廊の話をするなら博士のところの方がいい。だが、のんびりはしてられないぜ》

《わかっとるよ。こんなにたくさんの目なしハーピー(羅刹鳥)を目撃するなど、凶兆以外の何物でもない。これほどの深い穴を穿てる何かも不明であるしな。ここは脳みその使い方を知らんパラディンどもに任せて、わしのところへ来るがいい。しかし、すばらしく有能な人間たちを連れてきたものだな? ノルディスが興味をそそられとるよ。ま、とにかくうちへ戻ろう。きっと役に立つ知識を与えられると思うぞ》

 助けられたドワーフたちが朱音と大牙に涙をこぼさんとする勢いでお礼の言葉を並べ立てる中、二人の学者の先導で、底なしの禍々しい穴に降りる手段や、おそらく誰も足を踏み入れたことのない地底回廊についての知識を得られると思われるウィラーディヌス・ロンバヌス博士の研究所へと一旦引き返すことになった。だが、背後では不吉な鳴き声を響かせ、頭上にもその異様な姿をしたものが飛び回っている現実は、決して楽観的にはなれない災いの前触れを予感させるのだった。


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