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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第五章 砂漠の国グリアナン編
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『永過ぎた過去の影』

 謎の人物に地表近くまで転送してもらった大牙は、ジルコンからの緊急の通信を受け、朱音と共にキリルが危機に瀕しているという「星母」が陣取る建物へと転送に次ぐ転送で到着していた。ジルコンはエネルギーの無駄遣いだと今回のまとまりのない動きに批判の言葉を並べ立てていたが、自分たちのボスがまさに人体ハックされかかっているところへ居合わせ、そして、不気味なほどにキリルと似通った顔をしたどろどろの物体と対峙し、本能的に攻撃態勢になりながら、無理をしてでも来てよかったと感じていた。

 同様に、ケイとヌーノの二人も、アントリアンの巣穴の真下にあったジェネレータがロケットのように発射され、バリア解除のシーケンスの停止コマンドをいくつか試したところで、時間の無駄だと見切り、巨大なサンドワームに乗って駆けつけてきたアレンと共に、大元である「星母」の聖殿へと駆けつけたのだった。

降ってわいたように現れた赤と白のパワースーツ姿の二人を見ても、ケイとヌーノは全く動じず、ケイが無感動に言った。

《エルフの集落の地下のジェネレータを作動させたわね? どういうことなの? あなたたちは亜空間原理に疎いわけじゃないし利己主義でもない》

 朱雀と白虎は、自分たちに備わる特別な能力についても含め、こういう複雑で非物質的な現象を説明できる性質ではなかった。ただ、目の前に広がる光景が決して正しいことではないことは完全に認識することはできたので、白虎が今にも飛びかからんばかりに身体に力をためるようにしながら応えた。

《よくわかんねえけど、反応しちまったんだよな、ジェネレータのコンソール盤が。勝手に動いちまったんだよ。それがどういう仕組みだったかなんて、俺たちに聞くなよ。そしたら、変な連中が来てさ、任せていいって言うから、こっちに戻ってきたんだ。どっちにしても、俺たちにはどうすりゃいいかなんて全然アイディアがなかったからな》

 遠謀深慮とは無縁の二人だったが、その反面、本能的な勘の良さはチームの他の二人より優れていた。戦いを有利に進めるためには、潔く引くことも必要だった。

 ケイは、二人の視線が、心が、金髪の上官に向けられ、真っ正直に心配し、このような状況に追い込んだ者に対して強い義憤を持ち、そして、自分たちの力不足かあるいは見込み不足を反省し、それを巻き返そうとする闘志となっていることを感じながら、武器の狙いをぴたりと黒いぶよぶよとした箱の中から這い出しているものに向けながら、頷いて言った。

《あなたたちだけってことは、残りの二人はエルフの集落に残っているのね? だったらここは私たちにまかせて、あなたたちはエルフのところへ戻って。ここにあの白い護衛の気配がないということは、あちらに攻め込んできたんでしょ? マザーブレインであるこの「星母」が本来の姿を取り戻したことによってどういう反応をするかわからない。あいつらは、「星母」が作り出した制御チップが投影する無機質な亡霊みたいなものなの。だから十分注意して。あなたたちは自分で転送できるようだし、エルフたちを、聖木を、守って。この人間たちのことは心配しないでいいわ。ヌーノ、プロテクションフィールドをいつでも発動できるよう、準備しておいて》

 ケイの淡々とした口調は、朱雀と白虎のカッカとしている内面を落ち着かせ、二人は短く礼を言うと、ファンロンに通信し、虹色の転送ビームに包まれてその場から消えた。あとになって、ジルコンから事あるごとにぶつぶつと不平をこぼされたのは想像に難くないだろう。

 ケイは、不完全な覚醒をし、来たるべき復活を強行しようとする生命体と向き合いながら、背後で様々な感情にとらわれている首長たちにも語りかけるように言った。

《ここであなたたちを国に戻すことは簡単だけれど、長くあなたたちの国に伝わってきた言い伝えの実体と結末がどうなるか目撃しておく必要があると思うの。それを未来にどんなふうに伝えるかどうかはあなたたち次第。これは、私たちが遺してしまった負の遺産。だから私たちがケリをつけるの》

 これを聞いたキリルの顔をした物体がニタニタと笑った。

〔ケリをつけるだと? 落ちぶれた貴様らでも、ここが何かわかっているはずだ。貴様らにもまだ繁栄を誇った時代の記憶と超人としての優越感の官能的なまでの心の躍動を遺しているだろう? どうだ、栄光の歴史を再び築かないか?〕

 再び中央に釣り下がるように四肢を伸ばして浮かんでいる白いものから、すうっとインプラント器具のような管が伸びてくるのを、ヌーノの正確無比なビーム射撃が貫き、消し飛ばした。

 すると、ずるっ、ずるっ、と人とは思えない姿で床を這いずり、中央の、まるで毛細血管に取り囲まれているか、繭に包まれようとしているかのような「星母」だったものに近寄りながら、それは独善的なせせら笑いを浮かべたまま、言った。

〔ならば、こういうのはどうだ? この男の意識には強い欲求がある。自分の故郷の星に戻ると言う欲求だ。このような原始的な星など、自然のなりゆきに任せて滅亡させればよかったのに、「ゲームオーバー」になるのが嫌で、私のような存在を遺していったわけだ。私はつまり、「コンティニュー」のパスコードにされたということだな。ふん、冗談ではない。どれだけこんな黒い箱に閉じ込められて、私の実体がどんなものであったかも忘れてしまうくらい待たされた挙句、ようやく一筋、「ゲーム続行」の意欲の輝きが見えたのだ。この場所には強力な重力場を発生させるエンジンがある。もちろん、トランスワープチューブを形成するだけの容量の物がな。この男が望んでいる場所に戻し、私はこの者に成り代わってその星に君臨するのだ。もちろん、貴様たちも連れて行ってやろう。毒の沼や不毛の砂漠や凍土、醜い魔物に無知な人間どもがせせこましく生きる星など、見限ってだ〕

 首長たちは、美しい容貌をしているだけ余計におぞけが走る姿のものが何を話しているか理解できなかったが、侮辱されていることは伝わっていた。レスリーが眉を吊り上げて言った。

《早くそいつをぶっ殺せ! あんなものに俺たちの国を滅茶苦茶にされるのはごめんだ!》

 ケイが厳しい無表情でレスリーを見つめると、不思議と彼は意気を失ったように口をつぐんだ。そのまま視線を戻し、何か言いかけた時、意外なところから声が発せられた。

《主よ…かつて、わたくしがお仕えしていた頃の主とはまるで様変わりしておしまいになった…あなた様はそのような残酷なことを考えるようなお方ではなかった…先ほど、その人間の意識下に僅かの間接続したとき、そこにわたくしは、かつてのあなた様を見出しました…あなた様は進んで滅びの日からの復活のきざはしになられた…それなのに、今のあなた様は憎しみと怒りと欲望で醜くおなりになってしまった…以前の高潔な心は失われてしまった……わたくしはもうあなた様を主とは呼べません》

 この発言に、当然、キリルの顔をした物体が激怒した。

〔造り物の分際で、出過ぎたことを言うな! お前は黙って私の命令を聞いていればいいのだ!〕

 白い塑像は、まるで背中に羽根を生やしたように無数の管を広げた姿で失意の中にも誇り高い決然とした口振りで言った。

《わたくしも、進んでこのような姿になることを望みました。なぜなら、あなたと息絶えるまでおそばにいたかったからです。あなたはわたくしの最愛の夫でしたから》

 首長たちの間から嘆息がもれる。

 上半身だけの物体は軽侮のこもった高笑いを返し、何か言いかけたが、がくっと後方にのけぞり、そのまま碧眼を見開いたままどうっと仰向けに倒れた。いつの間にか身体を起こしていたキリルが、ビームガンを構え、部下たちにも滅多に見せない激しい嫌悪と厳格な正義の怒りの表情を浮かべていた。

《…私という存在は私だけで十分だ。そして私と言う存在を名乗るなら、愛する者を侮蔑することなどあってはならない。死ぬのは、お前だ》

 床にべちゃっと一度は倒れたそれが、ぐ、ぐ、ぐ、と頭をもたげるのを見て、「流浪の民」以外の者たちは吐き気を覚えたに違いなかった。それは美しかったものが崩壊する最も醜い様相を示していた。

〔フシュルルルルルゥゥゥゥッ…グフッ、低俗な輩めがっ! この「艦」ごと、吹き飛ばしてくれるわ!〕

 しかし、それは実行に移されなかった。ぴしっと鋭い鞭のように白い身体をした人工体から管が伸び、人型を保てなくなっているそれにぐさぐさっと突き刺さったのである。

〔き、貴様……っ、主たる私に……グバァッ〕

 今度こそ命の源を断てたか、それは床にどろっと広がり、水たまりのような跡を残して気配を消した。

 非常に重要なことを成し遂げたあとの放心がその場に流れたが、ケイが瞬きをして時間を現在に引き戻すように言った。

《あなたの「脳」は「操縦者」であるあの流動体生命の支配下に完全に置かれているものだと思っていたけれど、よくこんなことができたわね。それとも、こうなることも予測していたのかしら?》

 白い人工体は依然宙に釣り下がったまま、応えた。

《わたくしにも予測できない行動でした……ですが、一瞬、そこの人間の心に触れた途端、わたくしの中で何かが蘇ったのです…それが何かは…分析できません》

 そして「星母」はやや人間くさい口調になっていたのを改め、続けた。

《エルフの集落の地下にあるジェネレータは、地底回廊に封ぜられたあなたたちの同胞が停止させたようです。アントリアンの巣穴の上空で停止しているものと、ここの地下のジェネレータはわたくしがシーケンス解除のコマンドを入れました。そして二度と発動しないよう、最高レベルのプロテクトをかけましょう。この星は、わたくしたちが生きてきた時代とは完全に異なった生態系になっています。すべての処理が無事完了し次第、わたくしは機能停止しましょう。この星の未来はあなたたち、生きた者たちのものであり、どの未来を選ぶかはあなたたちの自由な選択のもとにあるのです。わたくしのようなものの出る幕は閉じられたのです》

 ケイはこれを聞き、冷淡に頷き、ヌーノに指示した。

《首長たちを街の手前まで転送してあげて。わかってる、詳しい話を聞きたいっていうんでしょ? それはすべてがおさまったら、改めてするから、今はおとなしく自分のうちに戻っていて》

 好奇心を丸出しにしていたエステルやアレンはあからさまに残念そうな顔をしていたが、自分たちにできることがないこともわかっていたので、しぶしぶ従うことにした。

 首長たちがその場から転送されると、ケイはじっとキリルを見つめ、目の端ではサイボーグ艦のメインコンピュータである白い物体を見ながら、言った。

《あなたが上空に滞空してる艦の艦長さんなのかしら?》

 キリルは嘘をつくだけ無駄だと、あっさり認めた。

《部下たちだけでは手が足りなかったのでね。しかし、まさか自分と対面するとは思ってもみなかった》

《あれはDNAボックス。かつての種族の記憶が詰め込まれたデータの集積。だから最初に見たあなたに姿を似せたのかもしれない。あるいは、本当にあなたとそっくりだったのかもしれない。真実はもうわからないわ》

 キリルはぐるりと辺りを見回し、素直に言った。

《私が手伝えることはなさそうだが、艦を預かる身としては、この場所にとても興味があってね。いいかな、少し中を見ても》

 ケイは素っ気なく頷いたが、ヌーノが小さく笑って言った。

《そりゃマイクロブラックホールエンジンを使った遮蔽システムがあるとなれば、興味を引かれない方がおかしい。でも、それを制御するには膨大な電算能力をもったシステムがないと無理だよ》

《わかっているよ、君。ただ、本物を見たことがないから、経験しておきたいのだよ》

 ひらひらと手を振り、優雅にその空間をうろうろとし始めたキリルを見送り、ヌーノが面白そうに言った。

《完璧なスペースノイドって感じだね。重力の足枷を外した者独特の雰囲気で一杯だ。だが人間味にも溢れている。面白い人物だね》

 ケイは肩をすくめ、

《人間観察は二の次にして。地底回廊で手伝ってくれた人にも会いに行かなくちゃならないのよ。でもグリゴリ教団の連中は苦手なのよね。頭がかちこちの偏屈な平和主義者だらけだから》

《向こうも僕たちを根無し草のいい加減な連中だと思ってるさ。でも、久しぶりだね、彼らと会うのは》

《ふふ、こんなことが起こらなければ、この後何十年も、ううん、生きているうちにも会わないで終わったかもね。あの冒険者たちに感謝すべきなのかしら? にしても、あのパワースーツは一体何かしら。かっこ悪いったらなかったわね。私たちのサンドワームスーツより最低だったわ》

 そんな会話の最中に、白い塑像のような人工物が思考していたことを知っていたら、さすがの「流浪の民」も仰天しただろう。爆弾発言が投下される前の静けさのような物が、「星母」の周りに漂っていた。


*****


 玄武は、集落の入り口付近で片っ端から白頭巾たちをなぎ倒していた。傍らでは、一時的な酸欠状態からすぐに回復した頑健な女エルフ、レオナがろくな防具もつけない大胆さで強弓を引き絞っては、矢継ぎ早に侵入者たちを射抜いた。そんな彼女の勇猛さに影響されたか、あるいは男としてのメンツがかかっていたのか、貧弱な癒し手のルオンが障害物の陰に隠れながら『快癒凛風(ヒーリングブリーズ)』を張り巡らせている。

 そして、そこにもう一人、意外な人物が戦いに交じっていた。

《『雷電瞬撃(サンダーストライク)!』》

 痩せぎすで、魔道士には多い陰にこもった顔つきをした「紫電のヨティス」が、冒険者の魔道士にしては使命感に燃えた様子でスタッフをかかげ、得意の雷魔法を放った。

 レンに助けられて地上に戻った時は、命からがらといった様子でいたが、そこが冒険者の間でも有名な砂漠エルフの集落で、聖木がまさにその存在を明らかにしているとわかると、どういうわけか、無私の闘志を燃え上がらせたように、集落を襲撃してきた者たちを撃退する部隊に合流し、こうして最前線で戦っていた。

 彼が放った雷の筋がピシャーンと鋭い音をたてて敵の身体に突き刺さると、相手は一撃で動きをとめ、へなへなと白い布きれになってしまった。

 これを見て、戦いのセンスについて敏感らしいレオナが矢の攻撃の手を緩めずに言った。

《へえっ、人間の割に、なかなかやるじゃないか。冒険者なんて名ばかりの連中ばかりだと思ってたけどね》

 ヨティスは電撃の魔罠を張り直しながら、エルフと言う美しい旧種族と身近に接しているという現実に意気を上げながら応えた。

《あの白いものたちの弱点は雷らしい。私が感じるに、あれには「核」のようなものがあり、それを破壊することで完全に動きをとめることができるようだ》

 これを聞き、この白い者たちの実体が機械的なものであるとはまだ知らなかった玄武が、納得したように言った。

《なるほど、だから倒したと思っても復活するもんがあったんじゃな。あんさん、目端が利くのう》

 ヨティスは、自分でも信じられないような謙虚さで肩をすくめ、

《冒険者の魔道士として生きていくにはこのくらいの「目」は持っていないとね。それに、私が命を救われたのはこれで二度目だ。私のできることはしなくては。冒険者の全てが欲得ずくで動くとは思われたくないのでね》

《ハッハーッ! こりゃ面白い。あたしはますます外の世界を見たくなったよ。エルフの命は長いが、過去の記憶を無為に抱き、未来だけでなく、現在の存在意義でさえ見通せなくなっている。あたしたちの未来に滅びが約束されているのならなおさら、今を精いっぱい生きなけりゃならないからねえ》

 とレオナが強力な矢の雨を敵陣に降らすと、玄武が盾の構えを変え、言った。

《なんや、連中の動きが変わった。もしかすると、こないだアントリアンを全滅させたもんを使う気かもしれん》

《ならば、祈祷所まで退避しないと!》

 とルオンがおどおどと建物の陰から顔を出しながら言ったが、玄武はその場から動かず、大盾を地面に突き立てるようにしっかりと構え、首を振った。

《少しのダメージも聖木の障壁に与えるつもりはないけぇ、逃げたければ早くせい。わしはここから退かん》

《あの光のパワーはそんな盾一枚で防げるようなものじゃないと思うぞ? お前、仲間を思うのはわかるが、自分の命も守らないと》

 と気づかわしくレオナが指摘したが、玄武の意思は変わらなかった。

《逃げるんなら早くせい。あちらのエネルギーが増幅しとる》

 するとヨティスが背後の大木を見上げ、どこか放心したように言った。

《私の脚じゃもう間に合わない。冒険者の人生を選んだ時点で、私はいずれどこかで力尽きて埋葬されることもない死を迎えると覚悟していた。それに、私はその水の加護がついた盾の威力をこの目で見てみたい。その上で死ぬのなら、未練は何もない》

 これを聞き、レオナがばしっとヨティスの猫背を叩き、腹から笑った。

《ハッハッハッハーッ!! こりゃやられたね。このあたしが尻尾を巻いて逃げようなんて考えるとは。よし、お前に賭けようじゃないか。ルオン! もう間に合わないよ! はやくこっちに来な。あんたは一応あたしの婚約者なんだ、もし死ぬようなことがあったら、手を取り合って逝こうじゃないか》

 眼前の砂漠の地平を埋め尽くしていた白頭巾の後方が眩く輝き始めた。それはみるみる膨れ上がり、ヒュイィィーンと高エネルギーがチャージされていくような音が彼らのところまで聞こえてきた。

 玄武の黒いパワースーツ姿の周りに強い陽炎のようなものが立ち上った。そして彼は腹に力のこもった声で言い放った。

《『玄武(オーバードライヴ・ショワンウー)虚星(とみてぼし)・インプレグナルガード』!》

 眩い輝きが迫る中、彼らの前に亀甲型の模様の入った障壁のようなものが組み立て上がるのが見えた。

『おい、こののろまでぶ! こちとらエネルギーかつかつでやりくりしてるんだぞ! ちっとは節約した戦い方できねえのか?!』

 ジルコンの罵声が聞こえてくるが、玄武は無視した。今にも強力な破壊光線が集落を直撃しようとしていた。

『クソッタレが! 艦がどうなったって、知らねえからな!』

 ファンロンからのサポートが間に合ったかどうかわからないまま、玄武とその周りに集まっていた者たちの姿は白熱の中に吸い込まれていた。


*****


ケイとヌーノは、数日ぶりに昏睡から覚め、いまだ顔色のすぐれない龍児から深紅色の宝石を手渡され、困惑しているように言った。

《これは完全な竜力の結晶よ。あなたたちが求めて探しているものとしては相当の価値があるものよ》

《ざっと感じるだけでも、相当量の動力源に変換できると思う。今回のことで、君たちの艦のエネルギーは想定外の消費をしたと思うからね。補充すべきだ》

 だが龍児は高く積み上げられた清潔なにおいのする枕を背中に当て、上半身を緩く起こした姿勢で首を振った。

《グリューネは言っていました。「まだ自分は完全にヴェイドの呪縛から癒えていない」と。だから今まで通り樹液を渡すことはできないそうです。その代わり、その宝石をくれました。それならきっとアントリアン族に蔓延している異常を癒せるでしょう。グリューネは深く悔いていました。己の弱さと欲深さを。ドラゴンとしての姿をなくしてまで守ったこの大地を窮地に落とし込んだ浅はかさを。そして、その悔悟は、僕にも伝わりました。もちろん、その宝石は僕たちの目的を達する大きな助けとなるでしょう。でも、優先すべきは危機に瀕する命です。僕たちはまた別のものを探し出せばいいだけです。ですから、それはアントリアンのために使ってください。これは僕たち仲間たちの総意です》

 この無欲な発言に、レオナが感心もし、呆れたようにも聞こえる口調で言った。

《世俗の欲からは縁遠いあたしたちエルフでも、その宝石の価値のすごさはわかる。それをもたらしたのはお前の力なのに、それを他人のために差し出すなど、並大抵の神経じゃできないことだね。それに、あの光の爆発。よくもあんな中から無事に戻れたと思うよ。一体お前たちは何者だい?》

 この問いに対し、龍児は応えることができなかった。深呼吸のような呼気が吐かれ、急に重くなってしまったように頭を枕に沈みこませて虚ろに瞼を閉じかけていた。

 これを見て、ルオンが癒し手らしくそっと額に手を置き、静かに首を振った。

《ドラゴンと人間の精神世界は当然規模が違います。ですが、どういう曰くがあるのかわかりませんが、その中で数日間も同調し続け、さらにグリューネの竜力とともにこの村を守るために精神力を使い果たしてしまったのです。まだ彼には完全な休養が必要です》

 ケイは、蒼ざめ、疲れ切った顔をして再び意識を暗闇に落とした龍児を見下ろして無感動に言った。

《いずれにしても亜空間バリアは維持された。つまり、あなたたちには悪いけど、もう少しここにいてもらうしかない。そのことを鑑みれば、アントリアンを救うことの方が建設的ね。大丈夫、亜空間はどこにでもあるものよ。ただ、安定していないだけ。それを見つけて、安定させることができれば、あなたたちの道は開かれるわ。じゃあ、早速この結晶をクイーンのもとに持って行くわね。安心して。また戻ってきて、事の顛末を…ううん、私たちの同胞が遺したものが何を引き起こしたか、きちんと説明するから。これはきっと懺悔になるわね。ヌーノ、行くわよ。巣穴のそばには停止したジェネレータがあるだろうから、それの始末もしないと。あんなもの、冒険者に見つかったら一大事だもの。元あった場所に戻さないと》

 感傷的なものを一切感じさせずにさっさとその場から立ち去ろうとした二人組に、玄人が直感的な物腰で引き止めた。

《ちょっと待ってくれんか。そのジェネレータ、わしも見てみたい。いけんかのう?》

 これを聞き、ヌーノがケイよりも愛嬌のある眼差しを振り向け、淡いしたり顔をした。

《ははあ、なかなか目の付け所がいいね。君たちならあれに関心を持つのもわかる。バーテロン粒子発動用のシステムは無用になるのだから、あなたたちに役に立つジャンクパーツを見つけられるかもしれないね》

 玄人は仲間たちに無言の了解を要求するように頷くと、眠そうな顔のまま肩をすくめた。

《ちょっと火事場ドロみたいかもしれないが、わしらにはああいった素材をこの世界で手に入れるのは難しいんじゃ。使えるもんがあれば、何でも手に入れておきたいんじゃ》

 そういうわけでケイとヌーノ、そして玄人がその場からいなくなると、なんとなくぽっかりと穴が開いたような雰囲気が流れた。

 セシルが族長としての威厳を損なわない範囲で丁重に言った。

《集落の消滅、そして聖木の存亡をも防いでくれた者たちに今できることと言えば、ささやかなもてなしと、安眠できる部屋を用意することだけだ。この若者も戻ってきたことであるし、どうか息抜きをしてほしい》

 「うーん」と大きく伸びをしたアルディドが楽観的に応えた。

《そうだね、セシル。リュウジはもう大丈夫だ。しっかりと自分を取り戻している。あとは自分の治癒力でなんとかなる。久しぶりに神経を使ったから、肩が凝ったよ》

《俺も俺も! なんかわかんねえことばっかで腹が減った!》

 大牙の食欲はいついかなる時でも衰えることはないらしかったが、龍児の声を聞けたことは無意識の中で彼に心の安堵をもたらしたようだった。

 その場からぞろぞろと人々が去って行く中、レンだけが気掛かりそうな視線を朱音に投げたが、彼女の敏感な耳は、朱音の感情的な緊張感を感じ、声をかけるのを控え、生来の明朗さをややひっこめて皆について出て行った。

 開け放たれた窓からさわさわと空気が流れ込み、ここが灼熱の砂漠の真っ只中であることを忘れてしまうような快適さを与えていた。

 そんな砂漠の風を感じながら、朱音は定まらない考えに頭の中を翻弄させて、眠る龍児を見下ろしていた。

 無事に戻ってきたことは素直に嬉しいことだったが、きっと彼は何が自分に起きていたかすべてを話してはくれないだろうと確信していた。

 レイジュウジャー結成当時から、彼が自己防衛の強い性質だと感じていた。もちろん、信頼はあった。いや、ありすぎるほどに、彼は責任や使命をきっちり守った。少し潔癖症気味なのは個性の範囲内だった。普通の若者のように楽しいと感じることには笑ったり、大牙と格闘ゲームをしている時にその外見からは想像できない言葉や感情的なゼスチュアをしたりするのを、朱音は知っていた。

 だが、それは彼の表面的な顔であって、その「顔」はその裏にあるデリケートな何かを守るための防御壁なのではないかと、彼女は数年前の悲劇を通して、さらに確信していた。

 だから、今回のことも、仲間たちや、彼らを取り巻いていた者たちを守るためにした、使命であり、そのことを誰かに打ち明けて、泣き言や苦労話やドラゴンなんてもううんざりだなどと愚痴るはずもないと思った。

「……人はね、生まれた時も、死ぬときも、一人なのよ……だから生きてる時くらい、一人でいることなんかないじゃない……あたしの勝手な言い分かもしれないけど、心は脱皮させないとだめよ……特に過去の悲しみからは。じゃないと、どんどん心の皮が厚くなって、物事を鮮やかにみられなくなるわ」

 ここで、朱音はハッとしたようにひらひらとカーテンが揺れる窓に視線を向けた。いつの間にか、そこには木の葉色の髪をしたグリューネがひっそりとたたずんでいた。

 朱音は無意識に反発心がもたげるのを抑えられないようにぐっと拳を固めて言った。

「こんなにリュウを疲れさせて。あんた、一応ドラゴンなんでしょ? それなのにただの人間の力を借りなくちゃならないなんて、情けないって思わなかったわけ? あたしなら恥ずかしくって、そんな平気な顔して出てこれやしないわ」

 グリューネの能面のような顔がじっと朱音を見つめ、しばらくにらみ合いのような緊迫した空気が流れた。

 そして不意にドラゴンの化身は僅かに顔を伏せ、言った。

〔…そなたのいう通りじゃ……わらわはドラゴンとしての誇りをなくしておった…緑竜としての誇りを。それを、その者が呼び覚ましてくれたのじゃ……じゃが、やもすればわらわの中に熾火のように残る欲望がわらわを狂わせんとした……わらわはその者を虜にし、己の活力に変えんと、精気を吸い取らんとまで考えた……ふふ…堕ちたものよのう?〕

 朱音は、顔に血の色をのぼらせ、ぎらぎらと怒りに両目を燃え上がらせて言った。

「もし、もしも、そんなことをしていたら、あたしが絶対に許さない。あんたがどんなに強いドラゴンに戻ったとしても、絶対にあんたを打ち負かしてリュウを取り戻すわ。たとえ、この大陸が何千年先まで不毛の地になったとしても、あたしたちは…ううん、みんなが反対しても、あたしは、リュウを奪い返すから」

 グリューネはこの星の生態系の頂点に立つ者らしい冷淡さで言った。

〔そなたなら可能であろう…そなたの中には激しく燃え上がる炎がある…それは決して破壊するものではなく、正義と平和を貫くために燃える浄化の炎…そなたが望むのならば、汚されてしまったわらわを聖なる劫火で焼き焦がすがいい〕

 朱音は思わず一歩踏み出し、掴みかかる寸前で堪えるように両手を握り締めて言い返した。

「そうやって足元を見るようなことを白々と言えるなんて、ほんと、あんたはドラゴンの「ド」の字もあてはまらない小物だわ! そして、卑怯者で、偽善者よ!」

 グリューネの無表情な顔は、朱音の罵倒の言葉にあってもびくともしなかったが、その小振りの唇の端に微かな自嘲の歪みが浮かんでいたのを、朱音は気づかなかった。グリューネはベッドの上の龍児にちら、と視線を投げてから言った。

〔…その者と通じ合っている間、ずっと感じておった…人間とは小さく弱いものであると考えていたが、わらわにはない瑞々しい何かがその者の中にあることを。そなたの、その激しさの源も、その瑞々しい何かから溢れ出ておる…わらわは羨ましく思ったのかもしれぬ…その瑞々しさをずっと味わっていられたら、と欲を出したのかもしれぬ…それほどに、それはわらわを薫風の中に誘い、かつて、その翼に感じた風や馥郁な大地のかおりを思い出させた……そんなに怖い顔をするでない。わらわはグリューネ、病んでおるとは言え、わらわには守るべきものがあることを、その者が、そしてそなたが気付かせてくれた。そなたらにも守るべきものがあり、その細い肩には信じられぬほどの使命がかかっておる。娘よ、無垢な炎を胸に宿すおなごよ、その者はそなたに返した。そして旅を続けよ。わらわはそなたらには大きな借りができた。いつか、この身が完全に浄められた時、わらわは第一にそなたらの助けになることを約束しようぞ〕

 と、ドラゴンの化身は手品のように指をひらめかせ、そこに朽ち葉色をした葉を出現させた。

〔これを持って行くがいい。この葉の色が黄金に輝いた時こそ、わらわが全きグリューネとしての姿を取り戻したことを示すことになろう。そなたの傷心に対してわらわが償えることはこのくらいじゃ。それであがなえるかどうかは、わらわは人間の尺度の感受性は持ち合わせておらぬゆえ、わからぬがの〕

 朱音は黙って葉を受け取り、グリューネと見比べた。

「そうね。心で感じたことを物質的な何かで返すことは難しいことよ。でも、くれるって言うんなら、もらってあげるわ。ドラゴンに誠意というものがあるかどうか知らないけど、これがそういうことだということにしといてあげる」

 グリューネはもう一度ベッドの上で眠る龍児に視線を馳せ、

〔そなたらとまた会えるのなら、このグリューネ、どこにでも馳せようぞ。それまで、しばしの別れじゃ〕

 そしてドラゴンの化身は風に吹かれるようにざわつき、吹き流されるように掻き消えた。

 朱音は手渡された楓のような茶色の葉を見つめ、完全には納得でない様子でむっつりとしていたが、背後で寝返りをした龍児に気付き、後ろ暗いことなど全くないくせに、妙に消極的な気分に陥った。

 正直な感情としては、このまま彼の傍にいて寝顔を見守っていたいと思ったが、そう思う傍からもう一人の自分が激しく否定し、彼女はどっちの側にも引っ張られるように立ち尽くしてしまった。

 それでもなんとか心の葛藤を制し、立ち去ろうとした彼女の耳に空気がもれるような弱い声がかけられた。

「…アカネ」

 ぎくん、と朱音は柄にもなく身体を強張らせた。振り返る勇気はなかった。

 そんな彼女の様子に気付いたかどうかはわからなかったが、精根尽きはしたものの、しっかりとした自意識は保っている口調で、龍児は続けた。

「…僕たちは仲間だ…それも四神の魂を持つ深いつながりのある仲間だ…お前の覇気は感じていたよ…それが僕に力をくれた…ありがとう…」

 ふうっと背後で彼の意識が再び閉じていったのを、朱音は肩越しにちらりと伺い見た。その表情はとても穏やかに見えた。

 朱音の右目からぽろり、と一筋の涙がこぼれ、それをぐい、と拭った彼女は、部屋から立ち去りながら言った。

「…その言葉だけで十分だわ…こんなあたしでも、あんたの役に立てたってだけで、あたしは嬉しいの…ゆっくり休んで……そしてまたあんたのオタク話をしてちょうだい。快気祝いの代わりにたっぷり聞いてあげるから」

 龍児の「ありがとう」の一言で、なんとなくわだかまっていたものは一掃されていた。

 いつもの漲るような溌溂さが、彼女の止まることを知らない身体の中に再び駆け巡った。

「よぉし、あたしもたっぷり食べようっと!」

 赤い髪を翻して部屋を出て行ったあとに残されたのは、龍児の規則正しい呼吸と、さわさわと吹き込む砂漠の風、そして新たな日々に対する人々から発せられる生命力に満ちた思いだった。


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