表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第五章 砂漠の国グリアナン編
69/103

『影法師』

 その灰色の空間には特に監禁するための格子や、分厚い金属の扉などと言うものは全くなかった。簡単に言えば、コンクリートの壁がコの字型に囲っているだけの空間だった。

 しかし、大きく解放されているように見える一辺には目に見えない壁があり、何度か無駄な努力をして体当たりをしたイーサンは、不満たっぷりの表情で壁際で胡坐をかいている。

 これといった照明器具はなく、首長たちが閉じ込められている空間に張られた障壁の外周に何かのエネルギーが流れてでもいるのか、ケミカルライトのような発光がその場をいよいよ非人間的で、現実感を感じさせない場所に見せていた。

 そんな場所だから、彼らは全く時間の経過を感じることができなかった。それに、疼痛の走る胸に、彼らの理解をはるかに超えた何かに遭遇しているという現実は、彼らを緊張と切迫と脅迫の真っ只中に落とし込み、眠るなどと言う行為を完全に阻害していた。

 そんな中で、唐突に牧歌的ながら、どこか物悲しい音色が流れ、首長たちは音のした方を見た。

 イヴリンがオカリナのような丸っこい笛でワンフレーズを奏でると、鼻歌程度の声量で静かに歌い出した。


-陽炎揺らめく地平の向こうに

-まほろばのように

-塔の立ち並ぶ街が浮かぶ

-砂に埋もれ、黄昏に飲まれながら

-乾いた風が砂を波立たせ

-行く手に大砂丘を築いては

-私の脚は虚しく砂の沼を進むがごとく

-物憂い一歩を踏み出し続ける

-そして落日の一瞬、今一度

-まるで夢のようにあかあかと

-私にあの場所を見せてくれる

-私が最愛のひとを失い、失意に胸を焦がした場所を


 イヴリンの歌声は、少しの間だったが、その場の無味乾燥で不気味な空気を払いのけた。

 準備の良いマリウスの器用な手で、とりあえずの手当てをしてもらったレスリーがぶつり、と言った。

《お前は死にかけた母親から取り上げられたんだっけな》

 イヴリンは哀しげな微笑を唇に漂わせ、笛をベルトに戻しながら応えた。

《…どちらを生かすかで父は悩んだそうだよ。私を生かすには、母親の腹を裂くしかなかったそうだから。父は寵姫を持たなかった。それを、母も受け入れていた。二人は自分たちの愛を貫くために、犠牲と責任を果たしただけのことさ…この私がその証明さ》

《でもそのことが、お前が今になっても妻を取らない理由にはならねえな。それとも、お前は顔も覚えてない母親に対して何か思うところがあるのか? 俺たちはグリアナンを支える首長だ。旧首都が滅んでから15人いたのが、9人まで減った。赤ん坊は産まれても、すぐに死ぬか、死産の回数が増えてる。妻たちの身体も弱くなってる気がする。俺たちは国を亡ぼすわけはいかねえんだ。詩なんか作ってる暇はねえんだよ》

 とイーサンが言うと、この危機的な状況の中でも比較的楽観的な物腰で壁に寄りかかっていたエステルが言った。

《じゃ、あの『運命の女』をイヴリンがもらえばいいんじゃないかい? あの娘、相当変わってるし、砂漠の毒にも全く動じない感じがするよ》

《あらぁ、それはきっと無理だと思うわよ》

 ローレンツが何の面白みもない天井を向いたまま、気の抜けた口調で言った。

《あの娘の心の中にはすでに強い愛の実がなっているもの。残念だけど、あのお嬢ちゃんはアタシたちの誰のものにもならないわよ》

《だが、星母は言っていたではないか、「運命の女が運命の糸をより合わせる」と》

 ヴァレンティンが指摘すると、マリウスが考え深げに応えた。

《きっとあのお告げは、僕たちの国についてではなく、あの星母と名乗ったものの都合に合わせたものだったんじゃないですか?》

《わかるように話せよ》

 とルークがイライラとした口調で言った。マリウスはぐるりと四角い空間を見回し、

《こんなエルフの技術をも超えたものを作れる人々が、僕たちの未来や行く末を案じると思いますか? たまたま、あの存在がこの大陸にいたというだけで、僕たちはあの存在にとってはちょっとした「道具」として使われ続けてきたんじゃないでしょうか。穿って考えれば、旧首都が砂津波に飲まれたのも、もしかすると、この上で座っているものが引き起こしたことかもしれないません》

《はあ? ますます意味がわからねえ》

 イーサンがマリウスに突っかかるように言うと、イヴリンが両者の間に入るように話を引き継いだ。

《私たちの想像も及ばない何かの計画があって、私たちは一か所に集められる必要があったということなのかな? そして新首都が内海際に再建されて、グリアナンはオーランジュ大陸とのかかわりが強くなった。つまり、人の出入りが多くなったということだ。人々の流れが多くなればなるほど、あの星母と名乗ったものが求める何かがやってくる確率はあがる》

《くそっ、つまり、俺たちはエサにされたってことか?》

 レスリーが忌々しく言い放ち、怪我をしていることも忘れたように見えない壁にドン、と両拳を打ち付けたが、これまでに何度か味わったびりびりとする衝撃波につんのめり、ますます彼の激情はつのった。

《何か打つ手はないのか?! 俺は死ぬことなど恐れはしない。死を恐れる者に命を賭ける資格はないんだ。この状況はどう見たって、俺たちの国の存亡の核心にある。それなのに、俺たちには何の手立てもないのか?! それとも、俺たちに与えられた役目は、こうして意気地なく時を待つしかないのか?!》

 これに応えたのは、その場にいる誰でもなかった。

《どうやらあなた方は綺麗な顔をしているだけの首長殿ではないようですね》

 首長たちは、ぎくりとして辺りを見回したが、自分たち以外には誰も見えない。

 するとその声は申し訳なさそうに言った。

《声だけですまないと思っていますが、現在、この場所の監視システムにダミー映像を送るためにデータ分析をしています。それと、この隔壁の解除をするためのスキャンをかけているところですので、少し時間がかかります》

 察しよく、ヴァレンティンが言った。

《貴殿は、あの奇妙なスーツを着た者たちの仲間か?》

 声はきっぱりと否定した。

《いいえ、違います。ですが、あなた方のことは知っています。そして今どのような状態になっているかも。私はあなた方の体内にある「星」を無効化し、できればこの建造物自体の機能を凍結することの助けとなりたいと思っています》

 すると、イヴリンが眉をひそめ、疑いもこめて言った。

《ひょっとして、あなたは、あの風変わりな冒険者の仲間の一人か?》

 声は少しの間を置き、突然に彼らの前に姿を現わして応えた。

《イエスともノーとも言える、微妙な立場にありますね、首長殿。しかし、目的は同じです。信じて下さい、私はあなた方の味方です》

 キリルの優雅な容姿は、麗々しい容貌をしている首長たちの中にあっても全く遜色がなかった。彼が首長たちのような服装をしていたら、違う世界から来た存在だとは思えなかっただろう。

 キリルは上着の内ポケットから銀色のケースを取り出すと、唖然としている首長たちに言った。

《あなた方の中の一人の方から得たデータから作った「星」の機能を停止させるごくごく小さなものをあなた方の体内に注射することをお許し願いたい。痛みは全くありません》

《…一体、貴殿はどこから…?!》

 ヴァレンティンは優美なラインをえがくロングジャケットスーツ姿のキリルを呆然として見つめながら、そこにいる者たちの共通の大きな疑問を口にした。

《そこには何か見えない壁があるはずだ。いくら体当たりをしてもびくともしなかったんだぞ。それをどうしてお前のような何の変哲もない男が通り抜けられるというんだ?》

 イーサンが警戒心もあらわに言うと、キリルは銀色のケースからハイポ注射(スプレー)を取り出した。すでに人数分の抗体はセットされていたので、彼はできるだけ穏やかに応えた。

《どうやって私がここにやってきたかを説明している時間はありません。相手の能力(スペック)を完全に把握しきれていないので、どのくらいこのダミーがもつかわからないからです。おそらく相手は何か「異物」が侵入したことは察知しているはずです。つまり、どちらが速いか、競争なのです。そして私たちは先んじなければならない》

 すると、エステルが脳天気に言った。

《僕たちを助けてくれるというんだから、どう考えたって、この麗人の話に乗る方が最善だと思うんだけど。それに、この胸の痛み、いい加減我慢できないよ。僕は、この人を信じる方に賭けるね》

《それがいいかもねぇ? にしても、あなた、すっごく素敵ぃ…こんな場所じゃなかったら、アタシ、真っ先にキスの雨を降らしちゃうわぁ》

 ローレンツのピントのずれた言葉で、首長たちの間にわだかまっていた新たな未知の人物に対する疑念が薄らいだ。

 血族の同調を察したように、ヴァレンティンが言った。

《私たちがここに囚われていては、あの冒険者たちやアレンを逃がしてくれた不思議な二人組の動きを制限することになる。それに、私たちはグリアナンを支えなければならない。おめおめ囚われているわけにはゆかぬ。貴殿の助けを受け入れよう》

 キリルは頷き、筒形のハイポ注射を右手に持ち、まずはヴァレンティンの何枚も布が重なっているような袖口をまくった。当然注射器など存在しない世界で、奇妙な筒の道具を腕に押し当てられ、微かな圧縮音がした時は、さすがに腰が引けたようだったが、それは一秒もかからず完了し、他の首長たちにも同じようにしているキリルと、何かを注入された腕を見比べて、ヴァレンティンは言った。

《確かに、胸の痛みが消えている…しかし、どうやってここから脱出するつもりだ? 連れてこられた時のことを思い出すと、ここはかなり地下深く、途中には厚い扉がいくつもあったが》

 最後にローレンツの腕に抗体の入った薬液を注入したキリルは、ローレンツのなよなよとした腕に引き寄せられて危うく唇を吸われそうになったのを絶妙な素早さで逃れながら応えた。

《そのことはご心配なく。下調べで全容はわかっています》

 しかし、ここでキリルの高貴な貌にわずかな懸念が走った。彼は首長たちに手で待つよう制しながら、右耳のコミュニケータに触れながら言った。

『どうした、ジルコン?』

 ファンロンからダミーデータやありとあらゆる攪乱プログラムをコントロールしていたドロイドが、すっかり板についた乱暴な口振りで応えた。

『その建物にうようよいたシーツを被った連中がごっそりいなくなったぜ』

『転送先の座標は?』

 ジルコンは「ケッ」と不遜極まりなく短く鳴くと、

『ダミーに遮蔽、宇宙連邦の規格外のシステムへのハッキングにトラッププログラムの形成、これだけでどんだけエネルギーを無駄遣いしたかってんだ。それに加えて敵の転送先まで教えろときたもんだ。へっ、これじゃあいつになってもアルファ宙域に戻るなんてクソッタレな妄想になるってもんよ』

『だがお前はもちろんスキャンしたんだろう?』

『ったりめえよ。あのシーツ野郎はあのでかい木の方角へ向かったぜ。あそこには小僧共がいるんじゃないか?』

 キリルはわずかの間口をつぐみ、ジルコンが恩着せがましく喚いているのを無視して交信を切ると、ハンディスキャナを不可視の壁があるところにかざしながら言った。

《どうやら新たな動きが生じたようです。これが吉と出るか凶と出るかはわかりませんが、今、この建物の中の警備兵の数が少なくなっています。これは少なくとも好機とみるべきです。いいですか、私のあとから着いてきてください。決して離れないように》

 スキャナからは首長たちを監禁していた障壁を無効にするビームが照射されており、ごくごく薄い皮膜がはがれ、崩れていくような模様を描いて消滅していくのが、首長たちにも見えた。

 キリルはすぐにスキャナをポケットに滑り込ませ、別のものを取り出した。滑らかな流線型をしたそれが、強力なビームガンであるとは、首長たちには想像もできなかった。

 キリルはもう一度コミュニケータを開通させ、言った。

『移動を開始する。敵と交戦するような場合は必ずパーソナルフォースフィールドの発動を頼むぞ、ジルコン。今は己の道だけを進むべき時ではない。エネルギーのことは考えず、当座の問題に集中してくれ』

『この俺様に命令なんて百億年はえぇぜ、キリル。とっととその陰気くせえ場所からずらかりやがれ』

『了解、艦長代理』

 ぷつり、と回線を閉じると、キリルはスキャナを発動させることなく、完璧に記憶したこの建造物の未来的でいてグロテスクな通路を、その場に全くそぐわない者たちを連れて、確固とした足取りで進みだした。


*****


 クイーンがうつらうつらと意識不明と覚醒の狭間に揺れているのを、ケイとヌーノの二人は旅慣れた者が身に着ける静かな放心状態で見守っていた。壁側には何体かの雄アリがぴくりとも動かずに立ち尽くし、何事か起これば真っ先にクイーンの身の安全をはかれるようにしていた。

 時折、ケイは携帯容器に入った栄養食を太い吸い口からすすり、自然とため息をついた。手首の万能スキャナを監視していたヌーノが、感情に流されない性質の相棒にしては感傷的な様子に気付き、尋ねた。

《どうしたんだい。これで僕たちの任務がひとまず終結してしまうのが寂しいのかい?》

 ケイはぶかぶかの着ぐるみのような防護服のまま、脚を投げ出して壁に深く寄りかかると、薄暗い穴倉を見つめ、ぽつりと応えた。

《……自分にまだ赤い血が流れてるってこと、今更気付かされた気がしたの。もっと早くにあの冒険者たちに会いたかった。そうなっていたら、もっと楽しかったかも》

 ヌーノは小さく笑い返し、

《確かにそうだったかもしれない。彼らは僕たちが知っている「人間」とは全く違っている。彼らには潤沢な感情の大河が流れているようだからね。僕たちから失われた人間性の一つだ》

 また一つため息をついたケイは穴倉のごつごつとした天井を見上げて言った。

《……私、時々思うのよ……私たちの使命は正しいのかってね。この星が滅ぶとわかり、亜空間バリアを張って人工物に監視を続けさせ、時が満ちた時に再び支配者として君臨しようとする独裁者たちを蘇らせることは、この星を大災害から守った本当の価値を失わせることになる。私たちは当時から「彼ら」の支配に抵抗してきた。だからいまこの「時」が訪れて、私たちは「彼ら」の復活を阻止する任務についている。でも、「彼ら」の復活を阻むことは、同時にこの星を時空のパラレルワールドに閉じ込め続けることになってしまう。星は生きものよ。(そら)との繋がりを断たれれば、星としての力を失わせる。そのことが私を悩ませるの》

 ヌーノは温和な顔立ちをやや考え深げにさせ、

《二兎追う者は一兎も得ずだよ、ケイ。今の僕たちにはこの星を元あった時空に戻しても安全なのか調べる手立てはないんだ。あの大災害からどれだけの時間が経ったかも、僕たちにはわからなくなってしまってるんだよ。それでも、この星には人々や獣や様々な亜人が生きている。決してこの星が減退しているとは思えないよ。それに、君の懸念はあの冒険者たちがどうにかしてくれるかもしれない。彼らにはワープエンジンを搭載した艦がある。亜空間バリアのせいで脱出できないでいるが、ひょっとすると……ん?! ケイ、何かが起きる! クイーンをその場所から退避させて!》

 手首のクロノ型スキャナを見つめ続けていたヌーノが警告し、雄アリたちは即座に弱ったクイーンの身体を台座から抱えて壁際に逃がし、クイーンを守る盾のように取り囲んだ。

 ずぅん、と重い振動と共に、信じられない光景が彼らの前を通り過ぎた。流線型をし、斜めに溝のついた柱のようなものが、まるでミサイルのようにアントリアンの巣穴を貫通していったのである。それはその巣穴いっぱいのサイズだったため、クイーンを守っていた雄アリの何体かがそれに接触し、あっという間に粉砕された。

 それは地上を目指してさらに上層の巣穴をドリルのように突き進み、硬い砂地と岩板の屑が彼らの足元にばらばらと落ちた。

《あれは、ジェネレータだ! どういうこと?!》

 ケイはクイーンの盾になって死んだ雄アリたちに哀悼する間もなく、ヌーノに尋ねた。彼は驚きの表情で応えた。

《あれはすでにバーテロン粒子砲発射のシーケンスに入っている! 誰かが別のジェネレータの起動コマンドを入れたのか?!》

 二人はここで顔を見合わせ、同じ疑問にとらわれた。

《あの冒険者たちが? 確かに亜空間バリアが一部でも解かれれば、宇宙座標をとることはできるかもしれないが…》

《でも彼らがそんな愚かなことをするとは思えないよ。亀裂から覗ける宇宙は歪んだ鏡面に反射した虚像であることの方が多いことくらい、わかるはずだ》

《じゃ、これは何かのアクシデントってこと? でも、発射シーケンスに入ったら、私たちでも止めることは至難の業よ》

《とにかく、地上に出て、詳しくスキャンしてみよう。努力してみてから考えようよ、ケイ》

《そうね》

 二人は頷き合い、そして決死の覚悟でクイーンを守るように立つ雄アリたちに敬意のこもった眼差しを向けてから、暗いアントリアンの巣穴から駆け出して行った。


*****


 きりがなかった。

 四方をぐるりと囲むマグマの中からは、倒しても倒しても次々と紅蓮に燃える腕が生え、焼け焦げて真っ黒になったような眼窩をした魔物が這い上がってくるのである。

 この魔物に知性や自意識があるかどうかはわからなかったが、こうして敵対してしまったからには、彼らが天井に開いた穴から脱出しようとすれば、後を追ってくるのは容易に想像がついた。ただでさえ砂漠エルフの集落には危機が迫っているのに、内側からもこのような魔物の襲撃を受ければ、さすがの聖木でも耐え切れない状況に追い込まれてしまうに違いなかった。そしてその聖木には大切な仲間が意識を繋がれてしまっていた。絶対に聖木を傷つける危険は冒せなかった。

「ちっとばかし、やばくね?」

 白虎の虎王撃の爪が、灼熱に揺らめく炎の魔物の胴体部分を銀色の一閃で薙ぎ払い、燃え上がる身体を鎮火させるようにして掻き消えるのを待たず、別の魔物の頭部に強烈な突き上げが繰り出される。これもまた赤黒く火焔の勢いを衰えさせ、煤煙のようなものを立ち昇らせて消えた。

 玄武は甲鉄盾を大きく振り回し、まとめてその炎の魔物を打ち倒していた。物理的な衝撃もあったが、霊獣の加護を受けたその盾からは何物にも揺るがない闘志が噴き出し、それが重い衝撃波となって彼の周囲からさらに魔物たちを退けていた。

「確かにちぃっとも数が減らんな。わしらは早く地上に戻って、エルフたちを、いや、聖木を守るために白い布を被った連中を追い払わんとならん。敵の攻撃を受ければ、それだけ竜力の防壁が傷つく。その分、リュウにダメージがいってしまうからの」

 と玄武が言った傍から、魔物たちはきりなく出現した。

 その時だった。

 まるで風向きが変わるようにその場の暑く、淀み、赤黒いマグマと、エネルギー波を真っ直ぐ頭上に放つ水色のオブジェの発する幻想的でありながら心の通っていない発光の中に、ほぼ同時に何者かが侵入してきたのである。

 それは、互いの存在にも気づいたらしく、先に青灰色の肌をし、大昔の地球で北の海の覇者として君臨していたというヴァイキングを思わせる毛量の多い金色の三つ編みを背中に垂らし、尖った耳をした者が先に口を開いた。

《こんな深くまでどんな連中が入り込んだかと思ったら、なんとも奇妙な奴らだね。それに、あの天井に開いた穴からのぞいてるのは、竜力の気配をぷんぷんさせてる。この妙な柱も嫌な波動を発してるし、一体地上で何が起きてるんだか》

 すると、もう一人の人物が青い肌をしたエルフらしき者に穏やかながら、どこか邪魔に思っているように言った。

《シャッテン(ダーク・エルフ)の出る幕はない。お前はさっさと自分のねぐらへ帰れ》

 だがシャッテンと呼ばれたエルフの亜種と思われる者は、口元に好奇心と狡猾さを交えた笑いを浮かべ、マグマの流れる周囲から湧き出してくる魔物を見ながら言い返した。

《あんたがここへ来たのは、この妙なものが動き出したからだ。炎の魔物(フレイムサーヴァント)がいるってことは、この柱があんたにとって不都合なものだからさ。違うかい? グリゴリ教団の誰かさん?》

 ぼろぼろに着古したようなローブ姿の方が、厳しい口調で言った。

《逆にお前たちはかつてのエルフの時代を取り戻し、人間を駆逐するという妄想に駆られた愚か者だ。己の身の程を知り、この暗い地底で生きることを受け入れるんだな》

 そしてその者は、どう対処していいかわからず、二人のやりとりを聞いていた白虎と玄武に視線を向けて言った。

《このシステムが解除されたということは、お前たちは私たちと近しい存在なのだろう。だが、私にはわかる。お前たちに傲慢さはない。あるのは全き善意だ。この事態は予期せず起きたことと考える。この炎の者たちは決してお前たちに敵意を持ったのではない。ただ、このシステムを起動した「存在」に対して排除するように命じられた兵士でしかない。むしろ、このような状況になった今、彼らには別の役目をしてもらわねばならないだろう》

 ここで、玄武が疑問を投げた。

《あんさんにはこの装置を止めることができるんか? つまり、あんさんは「流浪の民」なんか?》

 ぼろぼろのローブ姿をし、焦げ茶色の髪も無造作に切り刻んだような男は、わずかに自嘲するような吐息をつき、

《かつては一つの種族であったはずが、少しのものの見方の違いで、我々の生きる道は枝分かれしてしまった。お前たちはかなり事情を知っているようだが、今は詳しく説明している時間はない。お前たちは地上に戻り、自分たちの問題にとりかかれ。ここは地底回廊、私たちの住む場所で起きた問題だ。私たちが何とかするしかない。成功するかどうかはわからないが》

 すると、青い肌のシャッテンが親切心からなのか、ただの気まぐれなのかわからない口調で言った。

《時間がないなら、あんたらをすぐにでも地上に戻してやるぜ。もちろんタダってわけにはいかないけどよ》

 太古の民と関わりがありそうな者が太い眉をぎゅ、としかめた。

《シャッテンの口車に乗せられるな。こいつらは人の心の弱みに付け込むのがうまいのだ》

 しかし、実際問題、彼らには時間がなかった。

 玄武は大盾を背中に背負って戦闘態勢を解くと、躊躇うことなく応えた。

《助けを得るのに、その代価を支払うのはある意味当然のことじゃ。わしらに返せるものならなんでもする用意がある。じゃが、どうやってわしらをすぐに戻せるというんじゃ?》

 シャッテンは細長い顔をのけぞらせるほどに大笑いすると、ぱちん、と指を鳴らした。

 と、真っ赤な炎に照らされた空間に、忽然と虹色に輝く四角い窓のようなものが現れたのである。青い肌のエルフは大笑いの余韻の中で言った。

《地上ぎりぎりのところに出られるようにしてあるぜ。地上エルフ共が自ら捨て去ったエルヴィアンの扉を開く能力は、俺たちにはまだ残されてるんだ。だが、残念なことに、地上のことはすっかり忘れちまってね。地底回廊の中でしかこの力は使えない。ほら、行けよ。俺は気が変わりやすいんだ。この恩を忘れるなよ。きっとこの俺を満足させるものを期待してるぜ》

 玄武は日本人らしく丁寧にお辞儀をすると、なんとなく納得がいかない様子でいる白虎の腕を引き、虹色の中に飛び込みながら言った。

《わしらは決して受けた恩は忘れん。今は感謝の言葉しか返せんが、必ずあんさんに報いるように努力すると約束するけえ。ありがとう、見知らぬ人たち》

 二人が虹の渦巻きの中に消えると、ローブ姿の男が奇妙な眼差しでシャッテンを見つめ、言った。

《お前がこんな親切心を見せるとは驚きだ》

 青い肌のエルフは肩をすくめ、

《あんな人間、初めて見たからな。それのせいさ。じゃ、俺は行くぜ。その変な柱は貴様たちの祖先がおったてたもんなんだろ? 後始末はてめえでつけな》

《わかっている。紅蓮の巨人(ネピリム)も呼ぶつもりだ。お前はさっさと出て行け。黒焦げになるぞ》

《その柱がこの世界をぶっ壊そうとしてるのはわかる。こんな暗がりでの暮らしだが、俺は結構楽しく生きてる。せいぜい頑張ってくれよ。じゃあな》

 ぽん、とエルフはその場から消え、残されたローブの男は両手をジェネレータにかざして言った。

《…紅蓮の巨人よ、我が前に出でよ、そしてその劫火で傲慢な過去の遺物の虚妄の鎖を断ち切り、この星の現在から未来の道を平穏の中に保つのだ》

 ずずん、と地響きがし、一際太く長い腕がマグマの流れの中から生えた。そして、その周りからはさらに数を増やした炎の魔物たちが這い上がり、まるでイモリか何かのようにフィールドジェネレータにびっしりととりついたのである。

 今や、巨大な紅蓮の魔物が上半身をマグマから現し、床に両腕をついて頭部を水色の柱に向けていた。その顔面にくわっと黒炭のような色をした穴があき、その奥に赤々としたものが大きくなっていった。

《時間の針を戻すことはならぬ。今こそが現実でありなるべくしてなった理なのだ。巨人よ、今こそお前の力を見せつけろ!》

 コォォォォッと何かのエネルギーが充填されるような気配し、それは紅蓮の巨人の口から白熱した光線となって発射された。

 光線はジェネレータを直撃したが、カウントダウンは依然続いた。

《……バーテロン粒子砲発射まであと2400……》

 男は壁際に寄り、祈るようにしてその場を見つめ、呟いた。

《我らが地底に堕とされた意味がようやくわかった……この時のために我らは生かされてきたのだ……大いなる意思よ、どうか我らに使命を全うさせ、死に臨む時、この暗く閉ざされた生きざまに誇りを持てるようにしてほしい》

 全てが集約していく。ゼロ時間は迫っていた。


*****


 灰色の、機械的で未来的でありながら、ゴシック建築のようなしつこいくらいのレリーフが刻まれた通路を迷わず進んでいたキリルは、建物全体にぶぅん、と強力な動力が稼働したような空気の震えを感じた。右耳のコミュニケータに指を当て、ジルコンに連絡を入れる。

『異変を察知した。そちらはどうだ?』

 ドロイドは珍しく自信過剰な口振りをなくし、応えた。

『さすがにおいらでもこれ以上の仕事はオーバーワークってもんよ。でも、何かが稼働したのは確かだな。とにかく早く問題の人工物がいる場所まで行くことだな。でないと、ファンロンの遮蔽が解けるぜ。エネルギーの消費がハンパじゃねえし、艦のコンピュータとおいらの頭も焼ききれちまう』

『では、この人質たちを転送して地上に戻すことは無理だな?』

『無理無理無理無理無理無理無理』

 キーっとばかりに大否定してきたジルコンとの通信を切ったキリルは、無謀とも思える駆け足で方向感覚を失わせるような通路を進み、曲がり、上層階に昇るためのエレベータに恐れげもなく乗り込んだ。

 壁の制御盤がぼんやりと発光し、見たことのない言語がつつーっと表示されて流れていく。

 キリルはたいした躊躇もなく、手慣れた物腰でコンソールパネルに指を走らせた。

 シュッと扉が閉まり、薄青い箱の中で、エステルがキリルに興味津々に声をかけた。

《あなたこそ、この建物の主だったりしないかい? あ、でも、そうだったら僕たちを助けたりしないか》

 エレベータはあまり広くなかったので、キリルは隣にローレンツが擦り寄ってくるのを避けきれず、くねくねと腕が絡みついて来るのに閉口しながら応えた。

《もしそうだとしたら、こんなに手間をかけたりしませんよ。正直なところ、この扉が開いたらどうなるか、全くわからないんですから。あなた方を捕えた白い頭巾の者たちが銃口を向けて待ち構えているかもしれない》

《でも、あなたならどうにかしてくれるんじゃなぁい? アタシ、守られたいわぁ。守ってくれるわよねぇ?》

 ローレンツがべったりとくっついてくるのを振り払えないまま、キリルは盤面の表示が地上につくことを知らせるのを見ながら言った。

《守りますよ、もちろん。それが私たちの使命であり、生きる目的ですからね。しかし、そんなふうにくっつかれては、いざという時に何もできませんよ。あなたはその外見からは想像できない優れた目と俊敏な動きのできる身体を持っている。それならわかるはずでしょう》

 ローレンツはしなを作りながらキリルの腕を離し、まるで紅を引いたような唇を尖らせて言った。

《痛いこと、言われちゃったわねぇ。でも、持ってたはずの武装はあの白い連中に持っていかれちゃったしぃ、アタシは何もできないわよぉ? あなたこそ、何も持ってないじゃない。どうやってアタシたちを守るのかしらぁ?》

《それも、あなたなら、いや、あなた方ならわかるはずです。あなた方は皆、優れた戦士だ》

 エステルが「クスッ」と笑い、

《つまり、出たとこ勝負ってことか。こりゃ面白い》

《言い換えれば、その時々の状況に臨機応変に対応すると言うことです。さあ、扉が開きますよ、何回かの攻撃には耐えられるはずですから、慌てず私の指示の従ってください》

《造り物などにやられてたまるか。この国は俺たち赤い血が流れている者のものだ》

 とレスリーが怒りのこもった呟きをした次の瞬間、扉が開いた。

 誰もが想定していた攻撃網に対して身構える。

 しかし、それは空振りになった。その代わり、目を見張る光景がそこに広がっていた。

 「管理者」が坐していた周りに置かれていた結晶のような物から四方に灰色の管が伸び、それが壁に向かって伸びていた。そしてその中央で、「管理者」は身の丈より長い白い髪を垂らして硬直しているように四肢をぎこちなく伸ばして宙に浮いていた。その陶磁器のように白い額には生々しい臓器が透けて見えていて、天井から伸びた別の管が「管理者」の頭部に突き刺さっていた。

《…これは…?! まさか、サイボーグ艦?!》

 キリルの口から複雑な心持ちをはらんだ呟きが漏れるのと同時に、マリウスが一点を指差し、言った。

《あれを見て! あの黒い箱の蓋が開こうとしています!》

 彼らは中央の白い残酷な彫刻のようなものから視線を転じた。

 キリルはまるでパンドラの箱のようだと感じた。それほど、そこから出現してきたものはおぞましく、妄念に満ちていた。

 いや、その顔立ちは美しいとも言えた。

 箱の中がどうなっているか、彼らのいる場所からはわからなかったが、それは濡れそぼった金色の髪を白い貌にまとわりつかせ、長く均整の取れた腕を突き出して辺りを探るようにしていた。その蒼い眼差しは虚ろで、完全に左右対称な面差しはローマ彫刻のようだったが、生気に欠け、白々とした月のように無慈悲だった。

 それが呪言を呟くような声音で言葉を発した。

〔お前か…お前たちが私を覚醒させたのだな? だが遅すぎた…「管理者」は半ば狂っている…バリアを完全に解かねば我らの復活と同胞たちの帰還は叶わぬ。しかし、計画が進んでしまった以上、私は覚醒し、この星に再び栄華を極める礎とならねばならぬ〕

 そこにいる誰にも、この者が発する言葉を理解できなかったが、イヴリンが緊張した面持ちで囁いた。

《この言葉は「太古の民」が使っていたものだ…まさか、あれが、本当に…?!》

 キリルは即座にジルコンに連絡していた。

『ジルコン、最優先でこの言語を翻訳してくれ。おそらくこれは建物自体が宇宙船だ。それも、宇宙連邦では禁止されているサイボーグ艦のようだ。利己的かもしれないが、私たちの今後に役にたつかもしれない』

『とっくにやってるよ! 検索に引っかかったのは、ガンマ宙域のディナラス星の言語だな。おおまかな文法が似ている。詳しく分析する時間はなさそうだから、ディナラス語を元にするぜ』

『ディナラスか。久しく聞かない星の名だな』

『そりゃそうさ。ガンマ宙域なんざ、何万年かかったって行けるもんかっつの。うっかり屋の可変種が不定期のワームホールでやってこなけりゃ、おいらたちは永遠に知らなかっただろうな』

 キリルの思考がくるくると回り、漠然とした推測をはじき出そうとしたが、コミュニケータと連動した翻訳機能が作動し、意識を現実に戻した。

 今や、生まれたてのようにぬらぬらと濡れた裸の上半身を黒い箱の中からのぞかせた者は、キリルに蒼い視線を釘付けにし、言った。

〔まさにうってつけの存在が現れたとあれば、このような崩れかけの身体など捨て、お前の中で私の細胞を増殖し、私自身となろうではないか。お前は私となる栄誉に預かるのだ〕

 ずるっと上半身が箱から引き出されたが、当然あるべき下半身はなかった。いや、あったのだろうが、引き出された時に箱に引っかかり、裂けてしまったのだろう。そしてさらに不気味で禍々しいと感じられたのは、その分断された部分に内臓や骨などの内組織の存在が全く見られなかったことだった。

 どろどろと体液のようなものを垂れ流しながら、床を這いずり、その者は濡れた長い前髪を掻き上げ、キリルを依然じっと見据えて言った。

〔そうだ、お前だ。どうだ、お前は私になるのだ。そしてこの星の支配者となるのだ〕

 その顔は、キリルとほとんど同じ顔をしていた。ぞくっとキリルは悪寒を覚えながら、つぶやいた。

《……ドッペルゲンガー……》

 いまや、無数の管で繋がれ、緊縛されているようになっているものから音もなく数本の管が伸びてきていた。

 自らの影法師(ドッペルゲンガー)を見た者は死ぬ。

 そんな言い伝えを思い出したキリルは、宇宙時代に生きていても容易にはぬぐえない本能的な嫌悪感と忌避感に囚われながら、握り締めていたビームガンを構えた。

《……いや、私は絶対に死ぬわけにはいかない。この星は彼らの住む場所であり、私には守るべき若者たちがいる。滅ぶべきはお前の方だ》

 管がキリルのこめかみや額を狙って迫った。

 キリルの指がトリガーにかかる。

 次の一瞬、様々なことが起き、キリルを始め、首長たちは目をつぶっていた。

《「孵化」したDNAデータの集合体を発見、消去(デリート)する》

《ターゲット対象に少量のDNA転移を確認、対象は意識不明、だけど、なんだろ、この人、自己修復している》

《間に合った?! 間に合った?! ああっ、ボス?!》

《うへぁっ、キモイんたけど! あのこんがらがってるやつ、ぶっ壊していい?》

《壊しちゃだめよ。それにはここのジェネレータを元に戻すのに必要だから》

《壊すなんて、かわいそうだよ…この人からは悲しみを感じるよ…》

 ぼやけた意識の中、キリルは周囲で忙しなく動き回る者たちを感じ、やはりあの箱はパンドラの箱だったのだったと思いながら緊張を解いた。そして意識の暗闇の底に、小さくとも確固とした輝きを放つ「希望」を見つけていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ