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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第五章 砂漠の国グリアナン編
68/103

『太古の遺産』

 砂漠エルフの集落でまんじりとしない一夜が明けた。

 いまだ意識を取り戻さない龍児を気遣い、彼はセシルの居住する円錐形の建物の空いている客室に寝かされていた。周りには、椅子に腰かけたままうつらうつらとする玄人がおり、長椅子で脳天気な寝息をたてる大牙がいた。そして朱音は、夜とはうってかわるような白熱の陽光を浴びるようにして窓際に寄りかかっていた。

 そこへ、控えめなノックの音が聞こえた。大牙は依然ぐっすり眠り込んでいたが、他の二人はドアの方に視線を向け、玄人が《どうぞ》と言うと、ひ弱そうな男エルフとその彼とは対照的ながっちりとした体形の女エルフが入ってきた。その後ろからアルディドが続き、静かに扉を閉めた。

《まだ目覚めないのかい、彼は?》

 エルフの居室にしては質素なベッドの上で昏々と眠る龍児を見下ろし、アルディドが病理学的な口調で言った。

 すると、ひ弱そうな男エルフが骨ばった手をそっと龍児の額に置き、やはり彼も医者のような冷静さで言った。

《僕は『夢旅人』ではないので夢幻空間でのできごとははっきり掴めません。もちろん、一般の人々が時々かかる『夢攫(さら)い』や『悪夢憑依』などの治療はしたことがあります。ですが、今のこの彼の状態はもっと深い意識下で影響し合っているように感じます。無理に覚醒させるのは、お勧めできません》

 朱音がイライラとした様子で拳で掌を叩くのを見た大柄な女エルフが、連れてきた二人の男エルフを見回し、情けなさそうに言った。

《なんだい、癒し手と薬師が雁首揃えてるってのに、このざまは。あたしなら、一発平手をかまして、たたき起こすけどね》

 冗談とも思えない口調に、玄人がやや慌てて言った。

《彼はちょっと特別なんじゃ。ドラゴンと感応する部分を持っとるんじゃよ。たぶんじゃが、彼が目覚めないのは、彼自身の意思もあるからじゃと思うけえ、もちっと様子を見ようかと思っとるよ》

 女エルフはのんびりと構える玄人の物腰に強い嘆息を投げると、

《そんな悠長にしてる時間があるとも思えない。蟻人はあれだけの軍勢をやられたんだ、次はもっと数を増やして攻めてくるに違いない。にしても、あの白頭巾は一体何者なんだ? お前たちと何か関わりが?》

《あんたたちまで巻き込んじゃったのよね。アントリアンのことで十分困っていたのに、あんな変な奴らも連れてきちゃって。ほんと、ごめんね》

 朱音が素直に謝ると、癒し手のエルフが思い出したように言った。

《あの連中がかぶっていた頭巾に記されていたマーク、あれになんとなく見覚えがあってね、僕、ちょっと調べてみたんだよ》

《もったいぶらずに早く話しな、ルオン》

 頭ごなしの言葉にもめげず、ルオンは頷きながら話した。

《1000年前の戦争が始まる以前の古文書の中に、地底回廊らしきものの地図の断片があってね。それがどこに広がる地底回廊なのかはわからなかったんだけど、その中に、回廊とは別に独立した小部屋のようなものがあったんだ。そこに、あのマークが判を押したように記されていたんだよ。そのことが何を意味するかは分からないけれど、地底回廊が『太古の民』が地底に大都市を築いていた名残りだという伝承からして、何か『太古の民』に関係したことじゃないかって。あの白頭巾の容貌は本当に奇妙だったし、あれだけの軍勢をあっという間に消滅させるなんて、エルフの魔道武器でも無理だよ》

 玄人がこれを聞き、納得したように言った。

《確かにあんさんの考えは当たっとるかもしれん。わしらはあの白頭巾から逃れてきたんじゃ。はっきりとは言わんかったが、あの白頭巾を操っとるんは、『太古の民』の下僕のようなものらしい。その地底回廊っつうのは簡単に行き来できる場所なんじゃろか? わしらがここに来たんは、アントリアンの異常を治すこともあるが、もう一つ、もっと世界規模で大問題になることを止めるためだったんじゃ。なんでも、ここの地下になんや、けったいな装置があるそうなんじゃ。それを止めようとしとるのが、あの白頭巾の集団たちなんじゃ》

《ハッハーッ、なんだか面白いことが始まりそうだねえ》

 と女エルフがさも腕が鳴るという口調で言うと、ルオンがたしめなめた。

《地底回廊はほんの一部しか解明されてない謎だらけの迷宮だよ、レオナ。それに、この場所から地底回廊に降りるためには、かつてエルフたちが使っていたと言われている『エルヴィアンの扉』がなければ無理だ。第一、地図を見る限り、そのマークがされてる場所はどこの層とも通路とも繋がってない独立した空間なんだよ》

《繋がってないんなら、ぶっ壊せばいくね?》

 いつから起きていたのか、大牙があくびをしながら言った。驚いたことに、レオナもこの意見に賛同するように頷いた。

《そうね、どうせ地底回廊なんて、冒険者の連中に荒らされているだろうし、セラドンのドワーフの考古学者たちもあちこち掘り返してるに決まってる》

 アルディドが面白がるように言った。

《『太古の民』もかたなしだね。でも、どうやって地底回廊に入るんだい? セラドンへの道はドワーフにしか明かされていないよ。その場所にあるものは一体なんだい? この世を揺るがすような何かなんて、にわかには信じられないよ》

 玄人は確信をもって応えた。

《わしらも驚いた。じゃが、信じるしかなくなったんじゃ。相手方は人質をとっとる。それだけ、わしらには価値があり、なんとかして言うことを聞かせたいと思われとるんじゃ。魔道帝国の比にもならん不思議な仕組みが地下に長く眠っとる。わしらはその仕組みを停止させることは間違っとると考えたが、相手はその逆をしたがっとる。理由はまだはっきりせんが、それがわしらにとって正しい方向ではないことは確かなんじゃ。おそらく、あの白頭巾の者たちの思惑が達成されれば、この世界は滅ぶか、全く違う世界になってしまうと、わしは考えとる》

 すると全く突然に龍児の瞼が開き、瞬き一つせずに言った。

《わらわにできることが増えたようじゃな。地底回廊への道はわらわがつけて進ぜる。その代わり、もう少しこの者を借り受けることになるが、その点はこの者も納得しておる。回廊にあるその場所に道をつけ次第、この者は返すゆえ、しばし待て》

《リュウ?!》

 朱音がダッとばかりに窓際からベッド脇へ駆け寄ったが、すでに彼はまた深い昏睡に陥っていた。彼女は人目も憚らず大きく舌打ちをし、感情的に呟いた。

《ドラゴンなんてクソッタレのクソババァだわ! リュウのお人よし!》

 仲間たちは朱音を親しみのこもった無関心さでそのままにし、大牙が言った。

《でもよ、そこに目指すなんとかジェネレータがあったとしてもさ、俺たちにどうにかできるのかよ?》

《せっかくここに来て、目の前に目標物があるのに、確認しておかないのはもったいないと思ってのう。あわよくば、あの二人組の手助けができれば、時間も労力も省けるじゃろ》

 と言った玄人の考えは、裏目にでることを、その場の誰も知らなかった。


*****


「おい、キリル、本気か? 貴様、実戦に出るのは久しぶりだろ?」

 ジルコンが相変わらずの悪口で言った。優秀な陽電子頭脳を搭載した鳥型ドロイドは転送室のコンソール台の上に止まり、本物のオウムのように大きなくちばしを持った頭をかしげてじろじろとキリルを見ている。

 そのキリルは、アイボリーのスーツを隙なく着込み、ふんわりとした金髪を惜しげもなく顔の周りに垂らして艶然とも言える微笑を投げ、上着の内ポケットからシガーケースのようなものを出して見せながら応えた。

「最初はお前に頼もうかと思ったが、敵はお前と同じ人工物であるし、私が救うべき者たちはお前など見たことのない人々だ。だから私が行くしかあるまい。当然相手方には驚かれるだろうが、私がインプラントの効果を打ち消すものを持っているとわかれば、きっと理解してもらえるよ。どこの世界でも誠実さをもってすれば通い合うものだよ。それに、私の部下たちは別の場所で任務を遂行しているようだし、彼らはその人工物に捕捉されているはずだからね、私よりずっと困難なミッションになってしまうはずだ」

「へっ、デスクワーカーに前線に出させる部下なんて聞いたことがないね!」

 キリルは首筋に手を当てて何かを確認するような仕草をしながら、言った。

「まあ確かに私は事務畑だけれどね、そんなに私は老けたかな?」

 ジルコンは失礼極まりないゲップのような音をたて、

「貴様は化石だよ、か・せ・き! それにそんな洒落込んだかっこで乗り込むつもりか? あほか、貴様」

 このドロイドの口の悪さはますますひどくなっていたが、キリルはそんな口振りの中に人間くさい感情のようなものを見出していたので、すっかりこのやりとりを楽しんでいた。

 たいていの場合、レンジャーたちを管理監督する立場の者は『正義の守り人』の士官ユニフォームを着用している。それには多少の衝撃に耐えられる防護服の機能も備えているからだったが、キリルは決してそれを着なかった。理由は単純で、「自分には似合わない」からだった。確かに、どこの貴族かと見まがう容姿に、飾り気のないユニフォームはそぐわなかっただろう。

 だが彼はこれからレイジュウジャーたちが話してよこした、未確認の人工物が構える場所に転送しようとしていた。ジルコンの危惧も当然だった。

 キリルはそんなドロイドの懸念を微笑で打ち消し、言った。

「防護服だって万能ではない。敵の一斉射撃を受けたら何秒ももちやしないよ。これは潜入任務なんだ。動きやすい方がいい」

「だったらスニーキングスーツを着ろよ、貴様。万一貴様がやられたら、文句を言われるのはこのおいらなんだからな!」

 キリルは全身タイツのような、悪評高い潜入行動向けのスーツを思い浮かべ、渋面を作った。

「絶対に嫌だね、あれを着るなんて。心配するな、私にはこれがある」

 と彼は首筋を指して見せた。ジルコンがオウムらしい仕草で頭を傾げる。

「イメージインデューサーかよ。だけど、それは大儀的に遮蔽システムみたいなもんだぜ。敵に勘づかれやしねえか?」

「まあ、確かにその危険性は否めないが、これが発する少量のテトリオン粒子は、その場所を覆う大規模な遮蔽システムのテトリオン放射に紛れると思われる」

「座標はわかってるのかよ?」

 キリルはうなづき、右耳にコミュニケータを挿し込みながら応えた。

「タキオンスキャンで解析済みだ。あとは正確に人質が囚われている階層に転送できれば、次の段階に移行できる。事の成否はお前の絶妙な転送のタイミングにかかっているんだ」

 ジルコンは自尊心をくすぐられていい気になったようにくちばしを上げ、

「あちらさんがおいらたちを見つけたって言うんなら、こちとらも負けちゃあいねえ。若僧どもが会ったっていう人工物の遮蔽システムなんか目じゃねえ。ここがどこかのド田舎宙域なのがクソッタレだが、おいらは開発しちまったんだぜ、貴様がイメージインデューサーを使ったままで転送できる次世代の転送システムをな! 気付いてなかっただろう? でもきっと貴様がそれを使うと推測したからな! ふはっはっはっ、さすが俺様! 名付けて『ジルコンズ・クローキング・デヴァイス(位相遮蔽装置)』! 貴様は姿を隠したままで転送ビームに捕捉されて、透明人間のままあちらさんに行けるっつう究極の隠密移動手段ってことよ。そのせいでだいぶエネルギータンクが目減りしたがよ、背に腹は変えられねえ。ジルコン様の誇りがかかってるからな! ただ、問題は、貴様が愚図な人質連中に抗体を注射して回ってる間、遮蔽を解かなくちゃならねえってことだ。どんな場所に捕まってるかよく見て、おいらにデータを送ってくれれば、遮蔽を解くタイミングを教えてやんよ。じゃ、キリル、転送の準備に入りな。いっせいのせ、で飛ばしてやるぜ」

「ふふ、お前の威勢のいいところにどれだけ私たちが励まされていることやら」

「威勢がいいだけじゃねえぞ、キリル。おいらは宇宙一のドロイドだぜ。できないことは一つもねえっつうの。転送ビームロックオン、デスクワークでかちこちになった身体をほぐしてきやがれ、この化石野郎」

 虹色の転送ビームが照射される中、首筋に装着した装置を稼働させたキリルはふっと姿を消し、まもなく転送ビームの照射も止まった。

「ほんと、ここがド田舎じゃなけりゃ、おいらの頭脳明晰なところを吹聴して回れたんだがなあっ、ちくしょうったれ」

ジルコンがぶつぶつ不平をこぼし、艦長の代わりを務めるためにメインデッキに戻っていったが、さすがの彼にも、この作戦が予想もつかない展開につながるとは想定外のことだったのである。


*****


 仏頂面をしている朱音に、レンがぴったりと腕を組みながら、話しかけた。

《だいじょぶっスよ、あのヒョロヒョロは結構しぶとそうっスからね》

 今彼らは、聖木の根元の集会所の一番奥まった場所に集まっていた。近くで見ると、正面の壁一面に木肌と根っこが占め、その中の一際太い根が建物の床を貫き、ぽっかりと穴を穿っているのが認められた。

 朱音はレンの気遣いに素っ気なく応えた。そこにアルディドがいないことに彼女はホッとしていた。彼は癒し手のルオンと共に昏睡状態を続ける龍児の傍に残っているのである。

《別に関係ないわよ。余計な気を回さないでちょうだい》

 レンは肩をすくめ、

《ボク、想像してみたっスよ。もし、師匠が動かなくなっちゃったら、どう思うかって。だからわかるっス。何も手がつかなくなって、イライラして、それなのに哀しくて、わーっと喚き散らしたくなって、そして自分が情けなくなって、結局何にもできないんス》

 レンの表現は拙かったが、まさに朱音の心境を表していた。昨夜は何度も寝返りを打ち、ほとんど熟睡できなかったのだった。

 レンは朱音の眼がはれぼったく、うっすら隈が浮いているのを見ながら、続けた。

《でも、師匠にはできることがあるっスよ。ほら、あの穴。あそこはヒョロヒョロのおかげでもあるんスよね? だったら、あそこの中にあるものに全力でとりかからなくちゃならないっス。師匠たちならできると信頼して、あのヒョロヒョロはすべてを任せたんだと思うっスよ》

 朱音は「クスッ」と少し投げやりな笑いを漏らし、レンの灰色のぼさぼさ頭を撫でた。

《いっちょまえなこと言うようになったわね、レン。まさかあんたに励まされるとは思わなかったわ》

《ボクは最初からいっちょまえっスよ? ひどいなあっ》

 すると、玄人が「早く来い」と手を振り上げているのが見え、朱音は歩き出したが、レンが当然のごとく腕を組んだままで着いてきたので、言った。

《だめよ、あんたは。この下に何があるのか、エルフにもあたしたちにもわかんないのよ。そんなとこに連れて行けるはずがないわ》

 と、その時、慌てた様子のエルフが、聖木の根が開けた空洞の中に入りかけていたセシルに報告した。

《大変です、セシル殿! あの奇妙な白頭巾をかぶった者たちが大挙してこちらへやってきています!》

《なんと?!》

 とセシルが焦燥に駆られたように慨嘆すると、遥か頭上からまたあの声が聞こえてきた。

〔わらわが開いた道が彼奴等には不都合なことだったようじゃの。残念ながらあの者共の武装に対抗する手段はそなたらにはない。集落の者たちを全てこの広間に集めよ。わらわが盾になるゆえ、その間に聖なる加護を受けし者たちよ、なすべきことを成し遂げよ。ただし、迅速にじゃ。わかったかえ?〕

 セシルは畏まるように頭を下げたが、娘の肩をぐっと掴むと、断固とした口振りで言った。

《お前は彼らと共に行け。お前の力が役に立つかもしれん》

 レオナは自信たっぷりに頷き返し、聖木の根に手をかけて穴の中に潜り込みながら言った。

《もちろん役に立つつもりよ、あたしは。さあ、時間がないよ、さっさと行って、お前たちの用事とやらを済ませちまおうじゃないか》

 レンに引っ張られるようにして根元に開いた穴の縁に立った朱音は、吃と建物の屋根を突き抜けてそそり立つ大木に向かって言った。

《あんたがリュウに何か酷いことをしてるってわかったら、覚悟しておくことね。相手がドラゴンだろうと神様だろうと、あたしは手加減なんかしない》

 彼女とレンの姿が木のうろのように開いた穴の中に滑り込むと、すばしこく広間に走り込んできたアレンが、きょろきょろと辺りを見回して言った。

《あの冒険者たちは?》

 セシルは来たるべき脅威に備えて指示をしていたのを中断し、若い首長に応えた。

《彼らは聖木様のお言葉に従って地底回廊に向かった。そしてたった今、報せがあったのだ。そなたもここにいるといい。あの得体の知れぬ白頭巾の集団がこちらへ押し寄せているらしい》

《そいつらのことはどうでもいいんだ。彼らはそこへ行っちゃいけないと伝えに来たんだよ!》

《なぜそうと断言できる?》

 アレンはもどかしそうに両拳をかため、

《わかんないよ! でも、だめなんだ! 感じるんだよ!》

 とその時、ずずん、と地響きがし、それまでの砂漠の熱気と乾燥した空気がさあっと流れ出した。その代わりに森林の中で感じるような清涼な空気が満ち、同時に木々の迷路に押し込められたような閉塞感を感じた。

 アレンはダッとばかりに駆け出すと、広間の奥の聖木の幹がのぞいている壁際に寄った。そしてそこに一際太い根が地面に突き立っているのを見つけた。しかしもうそこには空洞はなかった。

《くそっ! 遅かった! 僕の感覚がもっと鋭ければサンドワームたちの動揺の意味を正確に理解できただろうに!》

 セシルが次から次へと訪れる異変に驚く暇もないと言った様子で言った。

《どういう意味だね、それは?》

 アレンは見切りよく広間から立ち去ろうと足早に歩きながら応えた。

《下手すると、最悪の事態になるってことさ! 僕は至急アントリアンの巣穴に戻るよ。今の変な感覚は、聖木が霊力の障壁を張ったせいだろ? それなら少しはもつ。ここで起ころうとしてる事態をあっちにも知らせないと、全てが後手に回ってしまう》

 と言い残すと、アレンは清涼な空気の広間から飛び出し、熱気以上に不吉なものを漂わせ始めている集落を突っ切りながら、独特の波長と音域の口笛を鳴らして言った。

《僕のデザートハリケーン! 頼むから、お前の一族で一番脚の速いのを呼んでくれないか! 僕はものすごく急いでいるんだ! この世界を守りたいんだよ!》

 これに応えるように、砂地がもこもこもこっと盛り上がり、ずさあっと砂丘の一山がたらいをひっくり返したように砂を撒き散らした。

 そこに首をもたげたのは、いつも彼が騎乗しているサンドワームの三倍はありそうな巨大なものだった。

 アレンはその圧倒的な姿に心を打たれたように呟いた。

《…君は…キングだね? ああ、なんてすごいんだ…僕の願いを聞いてくれてありがとう》

〔……ちいさきものよ…不毛となりし地なれど、守るべき大地なりしは、共にこの混沌の中に希望の明星を見つけようぞ〕

 アレンはするするとサンドワームの王の頭の上によじ登ると、きっぱりと言った。

《あの聖木の力が尽きる前にアントリアンの巣について、あの二人に事情を説明しなくちゃ! ああっ、人質になってるみんなもどうなってしまうのか?! だめだめ、とにかく今は一つのことに集中だ。頼んだよ、キング、全力で走っておくれよ!》

 アレンを乗せた巨大なサンドワームは自身が巻き上げた砂塵で姿が見えなくなるほどのスピードで、砂丘の尾根をものともせず、疾駆した。


*****


 聖木の根は、かなり危険な角度で下へと彼らを誘っていた。もともと薄暗かった広間から何メートルも潜らないうちに、彼らは完全に闇の中に包まれてしまった。

 先頭を行っていたレオナが悔やむように言った。

《ごたごたしちまったから、灯りを忘れたよ。あたしには「音」が聞こえるからいいが、それにしたって、降りる速度が落ちる》

 こういう時、必ず龍児が用意周到な何かを提案しただろうと思うと、朱音は胸の中がきゅん、と痛んだ。

《だったらこれ、使えば?》

 気のおけない口調で大牙がバックパックからハンディライトを取り出し、蝋燭の灯りに慣れた目にはシャープな明度で光る筒形のそれを無造作にレオナに手渡した。女エルフは、その熱くない携帯灯を見て少しだけ驚いたようだったが、かつて一大文明を築いていただけはある種族らしく、すぐに順応し、ライトの尻の部分を軽くくわえて下降を再開した。

 大木の根はしばらく土砂の中を突き行っていたが、レオナが伝い下りるのをやめた。

《見なよ。どうやら地底回廊のどこかの階層の天井に着いたようだ。聖木の力はすごいね。何千年もこの土砂を支えてきた石の天井をものともせず貫通してる》

 と言いながら、彼女は砕かれた石天井から思い切りよく新たにひらけた空間に飛び降りていた。続いてレイジュウジャーたちとレンが飛び降りる。

 レンが小さな鼻をくんくんとさせるようにして言った。

《なんだかお宝のにおいがぷんぷんするっス》

 するとレオナがハンディライトを周囲に向けながら素っ気なく忠告した。

《地底回廊へ探検に入った連中はいるけど、何かお宝を持ち帰って成り上がった奴の話なんか聞いたことがないよ。確かにお宝はあるかもしれないが、それ以上に危険なもんが溢れてるね。とにかく、聖木の根が伸びてる先へ急ごう》

 そこは、彼らの想像を超えた空間と言ってよかった。もっと狭苦しい荒削りなトンネル状の通路を想像していたが、全く違っていた。

 そこはほとんど人の足が踏み込んでいないらしく、壁や床は計り知れない時間の経過による塵埃が積もっていたものの、たった今引いたばかりのコンクリートのように滑らかで、ひびや汚れ一つなかった。天井は高く、ハンディライトの明かりがようやく薄ぼんやりと照らせる程度だった。

《なんか、ぞっとするようなところね》

 朱音が両腕で自分を抱き締め、ぶるっと震えた。

《それに寒いし。ドワーフは地底回廊は暑くてどうしようもないって言ってたけど》

《それは、ドワーフ共が掘りだす鉱物がどこに埋まってるかによるんだと思うよ。それに、ここはまだ浅い。あたしの耳にはまだ地上の気配を感じてるからね》

 とレオナは応え、少し足を速めた。

《次の分岐だ。浅い層にはそれほど魔物らしい魔物はうろついちゃいないって話だけど、ここからさらに下るとなると、十分気を付けた方がいいね》

《どんと着やがれてんだ。俺様の拳が真っ赤に燃えて、勝利を掴めとぉ、轟き叫ぶぅっ!》

 シャドウボクシングをするように大牙が両拳を突き出すのを、レオナがエルフらしくなく笑って言った。

《あっはっ! アルディドから少し話を聞いたけれど、お前たちがあちこちで名声を上げてるなんてなあ。たいてい名を上げた冒険者っていうものは自分を見失う連中が多いのに、お前たちはそうじゃない。あーあ、あたしもあの時、アルディドと一緒にここから出て行っちまえばよかったと思ってるよ。エルフなんて、ほんと、つまらない生き物さ》

 戦うことに慣れている者特有の隙のない仕草で聖木の根が床にめり込んでいるところを覗き込みながら話していたレオナが、ハッと顔を上げて辺りを見回した。

《あたしたち以外の誰かがここにいる。何かに襲われているようだ》

 だがそこはエルフらしい温情のなさで根っこを伝って降りて行こうとするのを、朱音が止めた。

《ちょっと、その人、見放すの?!》

《余計なおせっかいは身を亡ぼすよ、お嬢ちゃん。地底回廊に踏み込んだなら、死は第一に覚悟しておかなきゃならないのが常識だよ》

《だからってねえ!》

 と反論しかけた朱音の腕をレンが引っ張った。

《こっちに逃げてくるっスよ。なんか変な奴らに追われてるっス》

 間もなく、灯りの届かない通路の闇から一人の人間が息を切らせてこちらに走ってくるのが見えた。その背後には、通路の闇と思っていたものがそうではなく、魔物がひしめき合う塊がその人物を捕えようと無数の腕のようなものを伸ばしてはつかみ損ねていたのである。

《あれはグラッジ・スポーンの群れだ。不用意に流血でもしたに違いない。奴らは生命の流れに引き寄せられて捕食行動に出る習性を持っている。そんなことも知らないで回廊に入ったのが愚かだね》

 レオナはあくまで無視しようとしたが、玄人がすでに大盾を構え、言った。

《確かにあんさんの言うことは間違っとらんが、目の前で人が困ってるのを見逃せないのがわしらなんじゃ。それに、あの追われとるもんは、見たことがあるんじゃ。なおさら助けんといかん》

 これを聞いて朱音がハッとしたように応えた。

《思い出した! 最初に魔晶石をくれた、ちょっと嫌味っぽい魔道士!》

 そして彼女はレンにてきぱきと言った。

《レン、あんただから頼むわ。あの人を逃がしてあげて。根っこを伝えば助かるわ。やってくれるわね? あの黒いのはあたしたちがやっつけるから》

 レンは力強く頷くと、今にも体力が尽きかけようとしている人物に駆け寄り、無理やり引っ張ってきた。思わぬ助けが得られたその人物は、喘鳴の中、ようやく言った。

《ま、まさか、こんな場所で君たちに会うとは…!》

 紫電のヨティスは激しく咳き込み、ぜえぜえと息を切らして続けた。

《ミミックに仲間のローグが殺されたのがいけなかった…わたしたちは道を誤り、そしてあの連中に見つけられてしまった…ここは考えていた以上に呪われた場所だ!》

《人間ごときが地底回廊を踏破できるなんて考える方が大馬鹿者さ。ドワーフでさえ解明しきれない大迷宮なのに》

 レオナが軽蔑した口調で言ったが、背中に背負っていた強弓はすでに手の中で構えられていた。

 朱音が蒼ざめているヨティスに言った。

《その子に従って逃げてちょうだい。ここはあたしたちに任せて。さ、レン、連れて行って!》

 レンは使命感に顔色を紅潮させて頷き、よろよろとしているヨティスを連れ、元来た道を小走りで駆け去って行った。

《わしが奴らを引き付ける。そこにあんさんの矢を打ってくれ。うち洩らしはわしらで片づけるけえ》

《それじゃお前があたしの矢に…》

《わしのことは構わんでええ。さ、行くぞ》

 玄人は短く裂帛の声を上げると、闇色をした影法師のような集団の中に突っ込んだ。

 近くで見るそれは、ゴブリンのようなものや、山犬のようなもの、ぬたぬたとしたコールタールのようなものが寄せ集まりながら、侵入者を排除しようと蠢いていた。

《破ッ!!》

 ドスン、と玄人の大盾が床に叩き付けられると、実体をなくし、影だけの存在になったようなものものが、ゆらゆらっとふらついた。

《今じゃ、撃て!》

 と叫んだ玄人は、その体格からは想像できない身軽さでごろんと転身し、矢の着弾域から退避した。

 レオナも優れた戦士だった。敵の隙と味方との息を合わせるタイミングを見極める目は確かだった。

 彼女は霊体や腐死者などに効果のある霊薬を塗った矢をつがえ、ばすん、ばすん、と狙いたがわず次々と射抜いた。汚濁した魔物たちは、ルオンがレオナのために作った聖なる力の宿った矢に触れるや否や、蒸発するように消えた。

 そして撃ち残した魔物たちに、朱音の蹴り上げからの回転蹴りが空中で決まり、大牙の体当たりとすくい上げるようなアッパーが完璧に相手を打ちのめした。

 忌まわしい空気が消え、とりあえずの危機を脱したと感じたレオナは、いつの間にか現れた玄人の大盾がすでにその手にないわけを聞きたくて仕方なかったが、今は悠長に探検に来ているわけではなかった。彼女はさらなる地下へと下る孔に根伝いで降りながら言った。

《こんな浅い階層でもあんな魔物がうろついているなんて、この地の異変は地下にまで蔓延してるのかねえ? どこまで降りるかわからないが、先が思いやられる。しかし、お前たち、なかなかやるな。傍目から見たらただの子供にしか見えないのに》

 大牙が「へっ」と鼻息荒く言った。

《ガキ扱いするんじゃねえや。あれが俺のマジだと思われちゃ困るってもんよ》

 と言った傍から、彼は聖木の根の出っ張りにつま先をかけ損ねた。ずるっと身体がすべり、慌てて別の手がかりを探すが間に合わず、彼はそのまま下にいた朱音の頭に乗っかるようになった。当然朱音は驚き、そして大牙の落下のせいで手がかりをなくした。

《ちょ、ちょっと! あっ?! 落ちちゃう!》

 二人分の体重と急傾斜の加速もかかり、他の二人も巻き添えになった。まるで超急角度のウォータースライダーのように、四人は聖木が掘り進んだ暗いトンネルを滑り落ちてしまった。

《うっひゃー! こっちのが速くていいじゃんか! おもしれー!》

《ばか! テーマパークじゃないのよ、ここは!》

《確かにこの方が速いが、尻が痛いのう》

《なに暢気なこといってんのよ! レオナさん、何か感じない?》

《だいぶ深いところまで下ったことはわかる。あたしも地底回廊は初めてだからね。奇妙な感じがするとしか言えない》

《落ちた先にとげとげの罠とか仕掛けられてないわよね?!》

 と朱音がほぼ垂直落下していく中、冗談半分で言った時、レオナが短く言った。

《着いたようだ!》

 根はそこで細くなり、途切れていた。

 俊敏な動きで落下の加速をうまく利用して次々とその場に降り立った四人は、そこが意外に広いことを知った。そして暑いことも。

 出入口はなかった。白っぽいセメントのような壁には地模様のような細かな彫刻が施され、真新しい色彩で彩られていた。だがその壁際には、まるでマグマが湧き出しているかのようにふつふつとたぎる猛炎の流れが満ちていて、そのせいでその空間はサウナのように熱しきっていた。

 天井は教会のドームのように丸く、何本かの柱が立っている。その中心に、目的のものがあった。全く知識がなくても、それが亜空間バリアのジェネレータであると確信した。なぜなら、それがこの世界にそぐわない形をしていたからである。

 それは半透明の水色をし、ドーム型の天井の頂点に向かってエネルギー波を放出していた。そのエネルギーが細長い滑らかな溝のついたそれにまといつき、美しい芸術作品のようにも見えたが、切迫した状況でそんなことは考える暇はなかった。

《これが、お前たちが話していた世界を揺るがす何かなのか?》

 レオナは素直な驚きを隠さず尋ねたが、途端にぜえぜえと激しく浅い呼吸をし始め、喉元を押さえた。

《…なんだか、ここは空気が……苦しい》

《そうか! ここは密閉された空間じゃ! 素早くやらんと!》

 レイジュウジャーたちは外宇宙での戦いも想定されているため、ある程度の無酸素状態でも耐えられるだけの酸素を確保しておく器官が内蔵されていた。

 玄人は普段の眠そうな顔を珍しくはっきりと目覚めたように引き締め、一段高い台座にあるジェネレータのコンソール盤らしきものと向き合った。

 そこにあったのは、黒い盤面だけだった。

 玄人はやや躊躇ったが、背後で片膝をついて苦しげにしているエルフのことを考え、そっとその黒い盤面に掌を当ててみた。

 反応は素早かった。「プ、ププ」という電子音が聞こえ、黒い盤面が白熱して玄人の掌を透過した。

『…「鍵」の存在を確認…エネルギー放射を停止し、バーテロン粒子砲発射シーケンスに入る。カウントダウン開始…』

 レイジュウジャーたちは「えっ?!」とばかりに顔を見合わせて驚愕した。

《どういうこと?! あたしたちは止めにきたんじゃないわ!》

《おい、クロト、お前、なんか余計なことしたんじゃねえだろうな?!》

《わしはただ手を置いただけじゃ! いや、それがいけなかったんじゃろか?!》

《ああっ! もう何が何だかわかんないわ! そのシーケンス、止めることはできないの?!》

《ぶっ壊しちまえば何とかなんねえか?!》

《逆効果じゃよ、きっと! この制御盤にはキーパッドもスイッチもレバーもなんにもないんじゃ。一度この状態になったら止められないのかもしれん!》

《レオナさんが倒れそうよ! どうしよう?!》

《さっきからファンロンを呼んどるんじゃが、応答がないんじゃ! この空間があまりに深いところにあるのか、またもや複雑な亜空間の深層に入り込んだかはわからんが、転送は無理じゃ!》

 その時、彼ら以外の気配が感じられ、その場が急に温度を上げたようになった。

《こんな時に敵?! さすがに手詰まりじゃない?!》

 朱音が失神しかけているレオナを抱きかかえながら、周囲の炎の溝から不吉な火炎をまとった腕がにょきっと生えてきたのを見た。

 大牙が霊獣チェンジャーに触れながら、言った。

《おい、アカネ、その女エルフを連れて一足先に戻れ。こいつらを片づけたら、俺たちも戻る》

《でも、そのジェネレータのことはどうすんの?!》

《わしが思うに、これはすべてのジェネレータと連動しとる気がする。あの二人組もこの異変に気付いたはずじゃ。とにかくそのエルフの戦士を無事に連れ帰るんじゃ。あとはなりゆきに任すしかないのう》

 炎の溝から魔物の姿の全容が顕われようとしていた。それは炎の魔人というべき、モンスターとも精霊ともつかない感じのする存在だった。

《あんた、炎は苦手なのよ!》

 と朱音が切羽詰まった口調で言うと、大牙はにやっと笑い、

《この俺様は好き嫌いはねえんだ。うだくだ言ってねえで、早く行けよ! 心配すんな、俺様を信じろ》

 朱音はとっさに玄人と大牙をぎゅ、と抱きしめると、顔つきを引き締めて言った。

《あたしたちはチーム。絶対に崩れない絆。信じてるわ》

 そして彼女も霊獣チェンジャーに触れ、パワースーツに変身すると、軽々と大柄なレオナを背負い、タンッと天井に開いた穴に飛び上がった。そしてその赤いスーツ姿が暗い穴の中に消えるのを見送った玄人と大牙は、彼女を追おうとしていた炎の魔物たちの前に立ちふさがった。

「おーっと、行かせないぜ。お前たちの相手は俺たちだ」

 白と黒のスーツに変身した二人が武器を構え、掴みかかってきた魔物を叩きつけ、投げ飛ばし始める中、バリアジェネレータのカウントダウンの電子音が無慈悲に響いた。

『…粒子砲発射まであと3590…3589…』


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