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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第五章 砂漠の国グリアナン編
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『星の導き』

 朱音は一つため息をつくと、少し飲みすぎたか、ふわふわとした足取りで中庭にあったベンチに腰を下ろし、もう一度ため息をついた。

 日中のカンカン照りからは想像できない、ひんやりとした夜風が彼女の長く紅い髪を梳くように流れていく。

 彼女たちは先に記したとおり、ヴァレンティンの招きで昼餉のもてなしを受けた。その間に、他の首長たちにも使いが出されていたらしく、次々と見眼麗しく、装束も絢爛な男たちがやってきた。

 元々、長い時間をかけて食事をするのが習慣らしく、昼食はそのまま夜の宴に移行し、こうして延々と食べ、飲み、会話が続いていた。

 朱音以外は、それぞれの満足を得ているのか、別段変わりなく、この長すぎる会食を楽しんでいるようだったが、朱音は違った。

 なぜか。

 そのことに気付いたのは、螺鈿のような細工が細かくなされた大テーブルが置かれ、食べきれないほどの御馳走の皿が並ぶ大広間に明かりが灯され始めた時だった。

 きらびやかな装束に身を包んだ男たちのあからさまな好奇の視線が、自分に集中していたのである。

 いくら宇宙時代になったとは言え、日本人気質(彼女の場合ハーフではあるが)はなかなかにDNAから抜けきらないらしく、見知らぬ男性から見つめられるのは慣れていなかった。

 それに、その宴に女性は彼女だけであった。使用人も少年か若い青年で、朱音は急に居心地が悪くなり、こうして外へ出て来てしまったのである。

 レイジュウジャーとして紅一点を張り続けている彼女にしては、と思われるかもしれないが、この仲間たちとの関係は性別を超えたものであったし、何よりも増して、四神の結束があってのことだった。レンジャーとしてスカウトされる以前も、周りは少年ばかりだったが、彼女をそのような目で見る者はいなかった。彼女の他の追随を許さないケンカ技と気の強さに心酔し、彼女を慕ってのことだったのだ。こんな彼女だから、仲間の一人に特別な気持ちを持ってしまったことに気付いた時は何も手がつかなくなったし、今も一人密かにこっそり撮った龍児の画像を眺めてはため息をつく以外に何もできないでいる。

 それが、自分の一方通行の片思いならともかく、どんな思惑があるのかも見当がつかない視線を浴びせかけられ、彼女はすっかり取りのぼせてしまったのだった。

 朱音はぽっぽっと火照る頬に手をおき、熱っぽいため息を夜空に向けてついた。そして自分を納得させるように独り言ちた。

「そうよ、あたしは十人並なのよ。だからこれはちょっとうぬぼれただけ。あんなに綺麗な人たちが、あたしなんかに…」

 ここで朱音はハッとして口をつぐんだ。

《あらまぁ、ごめんあそばせ、何か考え事をしていたのを邪魔してしまったかしら? それとも、アタシの香油の匂いがきつすぎたかしら?》

 その人物は両手に脚付きグラスを二つと、デカンタのようなボトルを持ち、月明かりにも映える混じりけのない金髪を貴婦人のように結い上げていた。

 彼は朱音の返答を待たず、当然のなりゆきだと言わんげに彼女の隣に腰を下ろし、グラスを置いてシャンパン色の酒を注ぎながら言った。

《いきなり星母に名指しされたんじゃ、誰でも驚くわよね。それに、貴女は少し変わってる。イヴリンのように詩人の才はないけれど、貴女には普通の女性にはない意志の強さがあるようね。なんだかアタシが誰だかわからないっていう顔をしているわねぇ。無理もないけれど。似たり寄ったりのばっかりだものね。でも仕方ないの、彼らはみんな血がどこかでつながっているから。アタシはローレンツ。酔いどれの落伍者よ。うふふ、でも、みんなが思っているほど、腑抜けちゃいないわ。むしろ、自分がどれだけ愚かで怠惰であるかを自覚しているだけ、物事をきちんと見抜けると思っているわ。彼らが不躾な眼差しをして貴女を見ていたことには気づいていたわ。確かに貴女は風変わりで魅力的だからね。それに加えて星母の言葉もあるじゃない? 貴女は太鼓判を押されたようなものね。権威主義のレスリーやイーサンは先を争って貴女に言い寄るかもしれない。だからアタシが先に貴女を独り占めしたのよ。悪い奴じゃないけれど、不愉快なことを平気で口走れる失礼なところのある二人だからね》

 朱音は腿の上でいつの間にか握り締めていた手のひらを開き、男か女かわからない容姿をしている男をちらっと見やり、

《あの黒髪の人が事情を説明してくれたけど、曖昧すぎて全然わからなかったわ。一体、この国はどうなってるの? あたしたちが何をしたって言うの?》

 ローレンツは『デザート・ブラン』を一息に飲むと、トクトクと新たに注ぎ直しながら応えた。

《アタシはその場にいたわけじゃないから、星母がじきじきにお出ましになったことには驚いたわ。むしろ、アタシが尋ねたいくらいよ、「貴女たちは何者なのか?」ってね》

 朱音の視線が腿の上の自分の手に落ちる。胸がどきどきしていた。ローレンツの美貌が眩しく、誘惑的な香りは別の部分を酔わせるに十分だった。

 彼女が黙っていると、ローレンツは意外にもあっさりと言った。

《アタシたちは貴女たちにとっては異国人だものねぇ。それも、自国の異変を貴女たちに負わせようとしている落ちぶれたちの一人。応えなくていいわ。でも、打ち明ける気が起きたら聞かせてほしいわ。なんたって、アタシたちは時間を持て余していて、変化に乏しい毎日を惰性で過ごしているんだもの》

 ここで、ローレンツの視線が離れた。つられて朱音もそちらを見ると、見慣れた黒髪が見え、自然とため息が出た。

《ふふ、貴女を心配して探しにきたのかしらん? アタシは退散した方がよさそうね。でも、貴女に一つ言っておくわ。貴女はとても魅力的だとね。もちろんお世辞なんかじゃないわよ。このアタシが言うのだから、間違いないの。さて、あの彼は舌鋒鋭く鋭敏な考えを持っている。アタシの苦手なタイプ。でも、あの眼鏡は良く似合っているわね。ちょっと遊んでみたいけれど、火傷しそうだからやめておくわ》

 最後の言葉の意味がわからないまま、龍児と入れ替わるようにローレンツが去って行くのを見ていた朱音は、近寄ってきた龍児に言った。

「変な人…男か女かわかんない…でも、あんたは苦手だって。遊びたいけどやめとくって。にしても、この国はどうなってるの? あたしたちが来ることをすっかり知っていたみたいじゃない」

 龍児は朱音の隣に座ると、眉をしかめてみせた。

「正直、あの説明ではなんのことやらわからなかったね。ただ、僕たちに備わっている四神のパワーは、古代の陰陽五行の考え方に通じているから、星の並び方から予見することは可能かもしれない。なんだか、ただ聖木を見に行くための下準備程度のつもりで寄ったはずが、この国の中枢を揺るがす事件の発端になってしまったようだ」

 朱音は説明口調で淡々と話す龍児の体温を、ひんやりとした夜気の中で感じながら、言った。

「…運命の女って、なんのことだと思う?」

 龍児は、彼女にしては意気地のない口振りであるのに気付き、

「そのことはあの奇妙な乗り物に乗ってきた人物に直接問いたださなくてはならないと思っているよ。僕の想像通りなら、冷血な行動をとらないとならないとも思っている」

「どういうこと?」

 龍児はちら、と朱音を見やり、腿の上でまた握り締められている彼女の手に自分の手を置いて言った。

「くよくよするなんて、お前らしくもない。そうだ、ほら、僕たちが港で会った二人がいただろう? あの二人の小さい方の彼が、かわいいペットを飼っているそうだよ。それに、サンドワームという巨大生物にも乗れるんだそうだ」

 朱音は龍児の励ましにもしゅんとしたままで応えた。

「なんとなく、あっちに戻りたくないのよね…」

「ここに一人でいたら、また誰かがお前のところにやってくると思うぞ。どうやらこの国は女性は表に出ない、出さないならわしのようだからね。街にも女性の姿はほとんどみかけなかったし。時々よそ者らしい女性は見たけれどね。だからお前は物珍しいし、僕たちの姿は特別風変わりだ。余計に興味を持たれて当然だよ」

「なんか居心地が悪くって…」

 気弱なセリフを吐いた朱音の手をぎゅ、と龍児は握り、そのまま立ち上がって彼女をベンチから立たせた。

「心配するな。僕の隣にいればいい。それなら平気だろう?」

 朱音はどきりとして龍児を見た。夜気よりは温かいが、ひんやりとした彼の手は彼女をしっかりと掴んでいた。

「……そうね、あんたがいてくれたら、楽しく話せるかも」

「戻ろう。この地方のことを知るためにも戻るべきだ」

「わかったわ」

 龍児に手を引かれて広間に戻りながら、朱音は急に気の抜けた笑い声をもらした。それが次第に確信的な面白さで笑う声に変わった。

「なんだよ、急に笑い出して」

 龍児の怪訝な問いに、朱音はどさくさまぎれに彼の腕に手を回し、応えた。

「馬鹿ね、あたし。これって、今更モテ期がきたってことじゃない?」

「モテ期?」

 龍児がぽかんとして聞き返したが、朱音はいつもの調子を取り戻し、自分から歩き出しながら言った。

「いいのよ、あんたは知らなくって。これはあたしの問題。でも、ありがとね。元気が出たわ」

 広間に戻った彼女が、それまでのいじけた様子とはうってかわっての明朗さでアレンやエステルと会話を始めたのを、龍児は彼女の傍らでほんのわずかな微笑を唇の端に浮かべて見守るのだった。


*****


翌朝は、騒がしい怒鳴り合いの応酬で始まった。

 朱音たちレイジュウジャーは、中庭から聞こえてくる罵詈雑言を聞きつけ、中庭を見下ろせるベランダ状の回廊から下を見下ろした。

 そこでは四人の首長たちが口角泡飛ばす勢いで言い合いをしていた。

 いや、一人はそうではなかった。おそらく仲裁に入ろうとしているらしかったが、全く功を奏しておらず、逆に罵りられ、誰かの手の甲がその者を打ち据えた。

「わっ、ひでえことしやがるな。男なら、手の甲なんかで殴るなんてことはしねえ。真っ向勝負のストレートが決まりってもんよ」

 ケンカに関しては一家言ある大牙が思わずつぶやく。

 そして、やはりケンカのルールには厳しい朱音も、この暴力沙汰に納得がいかないようだった。

 彼女は誰の制止も聞かず、ひらっと三階のベランダから飛び降りて中庭に降り立つと、口の中を切ったらしい乾草色の髪をした、どこか羊を思わせる柔和な感じの青年をかばうようにじろっと他の三人の男たちをにらみつけて言った。

《なんのことでケンカしてるか知らないけど、いい年して、みっともないと思わないの? それに、この人はケンカには向かない人でしょ。そんな人に暴力を振るうなんて、みっともないを通り越して、外道ね。ケンカする資格なんかないわ》

 この者たちが、昨日、後から駆け付けた別の首長たちであることは気づいていたが、朱音は相手がどんな地位や権力を持っていようと、自分を曲げるような性質ではなかった。

 すると、朱音の髪よりもっと燃え上がるような髪色をした男が彼女をじろじろと眺めまわし、傲岸に腕を組んだ。

《これは我々の問題だ。たとえお前が『運命の女』だとしても、口を挟む余地はない》

 そして他の二人に断定的に言った。

《俺は正室を亡くしたばかりだ。寵姫にもまだ子がない。一番権利があるのは俺だ》

《ふん、それはあなたの方に問題があるからじゃないんですか? 一度癒し手に見てもらうべきですよ、きちんと果実を結べる身体なのかどうか》

 とかなりデリケートなことをずけずけと言ったのは、まさに童話に出てきそうな明るい茶色の髪を波打たせた人物である。

 これに対し、赤毛の男が顔色までどす黒く紅潮させたのを見て、地球的に言えばツーブロック風の髪型をした男があざ笑った。

《子も作れず、ろくな戦果もあげたことがないくせに、態度ばかり偉そうに。いいか、その女は俺がもらう。今、この国でまともに首長の役割を果たしているのは俺だけだ。だから権利は俺にある》

《異母兄さんの後宮の悪評は有名じゃないか。そんなところに彼女を入れるわけにはいかないよ。ひとまず僕が…》

 これらの言葉のやり取りを聞き、朱音は徐々にカッカッとしてきた。昨夜の、女心を波立たせたのぼせ方ではない。これは、彼女の存在自体を完全に無視した、全く失礼極まりないものだった。

 朱音は、自分が助けた気弱そうな彼の引き留めるような手を振り払い、一歩前に出ると、自分より頭一つは背の高い男たちに怯むことなく、言った。

《ちょっと! 勝手にあたしのことをどうこうするとか、やめてもらえないかしら? あんたたちの国のしきたりは知らないけど、あたしはあたしなのよ。万にひとつ、あたしの心が動いたとしても、あんたたちではないことは確かね。だって、まともなケンカ一つできない男がろくでもない卑怯者だってことを、よぉく知ってるんだもの》

《卑怯者だと?》

 ツーブロックの人物が眉尻を吊り上げ、感情を昂らせたような声音で言った。背後で気弱な青年があたふたとし始めたのが感じられたが、朱音は馴れたものよと言わんげに昂然と言い返した。

《そうよ。卑怯者。弱いものに暴力を振るうなんて最低の最低。本当に自分が強いことを知っている人はね、決して力を誇示しないのよ。そんなことしなくても、強いってわかるものを発散してるからよ。あんたたちにはそういうのを全然感じないわ。ま、顔はイケメンだけど、それだけ。チャラチャラしてるだけのチャラ男。うわっ、あたしの大っ嫌いなタイプ》

 これだけ言われて黙っている彼らではなかった。たとえ相手が国家の存亡を見守り続ける神秘的な存在に認められた者だとしても、代々特権階級を受け継いできた者たちの、女性という存在の人権の重さについての認識を変えることは難しかった。彼らにとって、朱音は目新しく、そして秘密を持った宝物であり、それを獲得することは首長として当然の欲求なのだった。

《いくら星母に認められたとは言え、俺たちを愚弄することは許さん》

 赤毛が好戦的に言い、腰に下げていた曲刀をすらっと抜いた。陽光がぎらっと刀身を輝かせる。

 さすがにツーブロックの人物の弟が止めに入ろうとしたが、柄頭で腹を突かれて尻餅をついた。

《引っ込んでろ、ルーク。卑怯者となじられて、ただですませるものか》

 と赤毛は言い、ぴた、と切っ先を朱音に向けた。

『おい、アカネ、事を面倒にするな』

 龍児からの内線が入るが、朱音の頭には血が昇っていた。それも当然である。女としての尊厳がかかっていた。

『全部のしちまえ、アカネ。俺もそいつらみてえな空威張り野郎は大嫌いだ』

 大牙のはやしたてるような言葉で、朱音の喧嘩魂に火が点いた。

《そんなお飾りぶん回してあたしがしおらしくなるとでも思ってんなら、あんた、全然女のことをわかってないわね。特にこのあたしについてはね。どっからでもかかってきなさいよ、相手になってあげる》

《後悔するなよ、その言葉を!》

 赤毛の男は大きく一歩踏み出し、切っ先を朱音の喉元に突き出した。もちろんこれを朱音は低い姿勢になってかわすと、一足踏み出されていた赤毛の脚をすくった。

《むっ》

 そのまま態勢を崩すかと思われたが、赤毛はそれなりに戦いの経験があるらしく、後方に引いた足だけでバランスを戻し、下段から刀を振り上げた。朱音は転身して避け、がら空きになっている体側に上段蹴りを見舞った。

 力をセーブはしていたが、朱音の蹴りである。赤毛は蹴られた方の腕から力が抜けたようにだらりとさせると、それでもまだ攻勢に出ようと臍下丹田に力をこめるように口を引き結んだその時、いつの間にかその場からいなくなっていた気弱な青年が、黒髪のヴァレンティンを連れて戻ってきたのである。

 ヴァレンティンは中庭の刃傷沙汰を見、厳しく言った。

《これから星母の天球の間に参ると言うのに、このざまはどういうことだ。君たちはこの国を支える首長であるということを忘れたのか? それも、我が国の浮沈も左右するかもしれない客人に対し、なんという振る舞いをしたのだ。恥を知れ、レスリー》

 反論する者はいなかった。そういう雰囲気を、この黒髪の首長はもっていた。そして彼は、息ひとつ乱していない朱音に謝罪した。

《彼らは私の血族、彼らのしたことは私の罪でもある。代々首長と言う立場にある家系に生まれついた者の傲慢さを取り払うことは難しい。君に不愉快な思いをさせたことをどうか許してほしい》

 朱音は、ぶらん、と左腕を垂らしているレスリーと呼ばれた赤毛の人物に近づくと、肩をすくめて応えた。

《いいのよ、少し蹴っ飛ばしてすっきりしたから。それに、もうこんなことはないわ》

 と、彼女は複雑な眼差しをして自分を見るレスリーの肩に手を置き、言った。

《肩の骨、外れちゃったでしょ。早く誰かに治してもらうのね。それと一つ忠告しておくわ。今の蹴りがあたしの本気だとは思わないでね》

 一騒動起こしたとは思えない様子でその場から去った朱音を見送るようにしていた首長たちは、少しの忘我ののち、口々に呟いた。

《あんな女、見たことがないな…まるで戦乙女が乗り移っているかのようだ…》

《あの気魄はどんなに修練を積んでも難しい…一体あの女はなんなんだ?》

 そしてレスリーは外れた肩をかばいながら武器を収めると、どこか呆然としたように言った。

《……ますます気に入った……この俺の突きを軽々とかわせるなど、それも女にだ、信じられない…だがそこがまたいい……俺のものにしたい、何に変えてもだ》

 ひと悶着を起こしていた三人がその場から出て行くと、ヴァレンティンはマリウスを見やり、ため息をついた。

《星母の御目覚めだけでも一騒動なのに、あの娘は我々の心を全く異なった何かでかき回してくる。どうしたものかな》

《旧首都が砂に埋没して28年…その時も僕たちは混沌の中に放り込まれました。でも、それは今の新市街の健在ぶりと人々の流れの多さを見れば、グリアナンの再生につながったのだと思います。そして今再びその混沌が降りかかろうとしています。それを導くのが彼らなのではないかと。彼女には何か不思議なものが感じられます。金属を溶かす激しい炎のような、何かです。星母と彼らを信じましょう、ヴァレンティン》

 ヴァレンティンは弱気になった自分をたしなめるような苦笑を返し、マリウスの華奢な腕をとり、

《歴史が動く時は必ず混沌的な状況になるものであることを忘れていたよ。イヴリンの詩にされて恥ずかしくないような結果が出るよう、努力せねばならんな》

《そのとおりです》

 マリウスは淡い微笑で応え、二人もその場から立ち去った。いよいよ星母の口からどんな真実が聞けるのかと好奇心と期待、そして戦々恐々とした心持をして。


*****


街の者や冒険者たちの呆気にとられた眼差しを受け、首長たちとレイジュウジャーたちは砂漠側のゲートから、三台の豪華な装飾のされた砂漠用の馬車とでも言うべき乗り物を四羽の『グリアナンブラック』にそれぞれ引かせて、一路「天球の間」のある場所に向かった。

 ヴァレンティンと同乗していた龍児が、見渡す限りの砂漠に目を奪われながら、尋ねた。

《あなたはその場所へ行ったことがあるのですか? これほど広大な砂漠の中にあるのでは、道に迷うのでは?》

 厚手の麻布の幌で直射日光から遮られた座席にゆったりと腰掛けていたヴァレンティンは、もっともだと頷き返し、

《君たちは内海の向こうから来たようだし、私たちの国のしきたりを知らないのは当然のことだ。しかし、この私にも詳細を説明することはできないのだ。ならわしとして国を治める首長は必ず一度はその場所に行き、「星」に認められる必要があるということだけはわかっているがね。「星」に認められると、どういうまじないなのかわからないが、その場所の位置が自然とわかるようになるようだ。私は産まれた時に父親に連れて行かれたきり、行ったことはないのでね、本当に謎なのだよ》

《では、他の人たちにも無意識下にその場所の位置が刷り込まれているということなんですか》

《そういうことになるだろうね》

 ヴァレンティンの簡潔な言葉に、龍児は物足りなさを覚え、

《僕たちを名指ししてきたこともそうですが、あの人々の奇妙な感じに疑問は持たないのですか? あの人たちもグリアナンの住人なのでしょう?》

 すると、おとなしく視線を下げていたマリウスが舞い込む砂ぼこりを防ぐように袖口で口と鼻を覆いながら言った。

《彼ら「星詠人」についてはわからないことばかりなのです。彼らも話したがりません。それを無理に言わせれば、おそらく彼らはこの地を去るでしょう。それは僕たちにとっては痛手です。彼らの占星術や予知は、幾度もグリアナンの災厄を防いでくれました。彼らの存在は僕たちに害をなすものではありません。ですから余計な詮索をしてこなかったのです》

《かつて、「流浪の民」という種族がいたという。彼らは決して定住せず、あらゆる自然界で生き延びられるという変わった能力をもった人々であったらしい。ここがこのような不毛の地と化しても、彼らは存在していたらしいが、いつごろからか、彼らの姿は見られなくなった。別の大陸に移ったのか、あるいは私たち、普通の人間の脚では及びもつかない砂漠の最深部で生き続けているのかもしれない。そんな者たちの一部が、「星詠人」として命を繋いでいるという見解もあるにはあるが、その謎を解くための労力は、今のグリアナンにはないのが実情だ。迫る砂の脅威を退けることの方が優先されるからね》

 とヴァレンティンが小さくため息をついて言った。そして龍児の隣で窓の外に顔を出して喜ぶ犬のように、砂ぼこりなど気にもせずに砂漠を快走する「馬車」のスピードを楽しんでいる朱音に視線を移し、続けた。

《今朝は本当にすまないことをしたね、君。彼らが血縁だからかばうわけではないが、決して性根は悪くないのだ。ただ、君と言う存在があまりに輝き、希望に満ちているから、彼らの血気をはやらせてしまったのだろう。それにしても、君は優れた戦士のようだね。ここ最近たくさんの冒険者を見てきているが、君のような雰囲気を持つ冒険者は初めてだ》

 朱音は、紅い髪を熱風になびかせながら、視線だけヴァレンティンに向け、気安く応えた。

《もう気になんかしてないわ。男をかさに着た連中には慣れているの。でも、あの赤毛の人もなかなかできるようね。もちろん、性格は良くなさそうだったけど。あんたを手の甲で殴るなんて、ほんと、男としてかっこ悪すぎ》

 マリウスはひそやかにくすくすと笑い、

《彼らを相手にぶたれるのは覚悟していたけれど、あなたのおかげですっきりした気分になりましたよ。でも、逆効果になったかもしれませんよ? レスリーは自分より強い存在、それも女性にねじ伏せられることなんか一度も出会ったことがないはずですから、確実にあなたに対してより強い獲得欲を抱いたに違いありません》

 朱音はぷうっと頬を膨らませ、

《冗談じゃないわ。今時、選択権は女にあるものよ。男なんかの好きにさせないわ。もしまたなんか難癖つけてきたら、肩の骨を外す程度じゃすまないってこと、よく言っておかないと》

《アカネ、僕たちはケンカをしに来たわけじゃないんだぞ》

 龍児がたしなめるように言ったのを、朱音は右から左に聞き流し、「あっ」と声を上げて前方を指さして言った。

《あれが、その目的の場所? なんかすごい建物ね!》

 それは乾ききった灼熱の砂漠の中に、忽然と、意外性の塊のようにあった。

《まるでサグラダファミリアみたいだ…》

 と呟いた龍児の言葉のごとく、それはいくつも尖塔を持ち、曲線と直線、完璧な調和の中に矛盾する混沌があり、完全体のようでいて、未完成の疼きがもやもやと漂っているような、そんな印象を与えた。

《君たちにあれが見えるということは、星母の言葉は正しかったのだな》

 ヴァレンティンの言葉に、龍児が怪訝に聞き直した。

《どういう意味です?》

 マリウスが静かに応えた。

《あれは「星」に認められた者にしか見えないのです。もし、誰にでも見えていたら、あれはすぐに冒険者たちの格好の餌食となったことでしょう。僕たちにしか見えないあれを、あなたたちも見えると言うことは、あなたたちにも「星」があることになります》

 龍児と朱音は顔を見合わせた。

《ますますわからなくなってきたわ…》

《これは、今までの事件とはちょっと毛色が違う気がしてきた…用心してかからないとならないな》

 遺跡のようでいて、近未来的にも見える建造物は次第に近づき、圧倒してきたそれを見上げ、レイジュウジャーたちは一様に気持ちを引き締めるのだった。


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