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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
Intermission 2
61/103

『明日への道』

《えっ?! この私が、筆頭魔道士に?!》

 魔道士ギルドの会議室で、幹部魔道士たちが集まる中、ギャリオン・マーズはいささか度肝を抜かれたような、少し上ずった声を上げて会議室の楕円形のテーブルの隣に座るケイラン・マグナスを振り返った。

 ケイランは何の疑いもない様子で、一つ頷いて応えた。

《今回の長きにわたる騒乱をもたらしてしまったのは、ひとえに「魔道士」というステータスに付きまとう思惑が錯綜し、ねじ曲がり、本来の「魔道士」の姿を歪めてしまったからだと考えている。ゆえに君にこれからの帝国を支える一本の支柱となってほしいのだ。いや、君だからこそ、適任なのだ》

 ギャリオンは理解できないと言いたげに太い眉を寄せて言った。

《しかし、私はそういったことには向いていない。なぜあなたがなさらない? あなたは当時、人望を集めていた》

 ケイランは物静かに応えた。

《この事件を引き起こした原因に、私と言う存在も関わっていたことを忘れないでほしい。当時の私が完全に正しい行いをしていたかということになれば、「否」であろう。私はどの種族にも偏見を持たず、平等に接してきたつもりだったが、やはり私は異種族であるし、突き詰めれば、エルフとしての価値観や意識を完全にコントロールできていなかったのではないかと思われてならない。もしかすると、善行だと思っていたことが、ただ単に己の理想と満足を充たすためでしかなかったかもしれない。エルフには人々の心の機微を永遠に理解できないのではないか……ゆえに、君に任せてみたいのだ》

 困ったように眉を下げているギャリオンに代わり、ミーガン・ウェヌスが国家の行く末を左右する重大事を話し合っているとは思えない気軽さで言葉を挟んだ。

《でも、この人にできることと言ったら、自分の筋肉を鍛えることくらいよ? 書類のサイン書きだって途中で投げ出すに決まっているわ》

 ケイランは、そんな光景を想像したか、さも面白そうににっこりと笑い、

《そういうところこそが、今、「魔道士」に求められている素質だと考えている》

《全くあなたの思惑がわからないわ。ギャリオンが筆頭魔道士? それこそ、オーカーは迷走するんじゃないかしら?》

《だからこそ、君と言うサポーターがいるのではないかな、ミーガン?》

《え?》

 今度はミーガンが驚く番だった。

 ケイランはにこにことし続けながらも、言葉は真摯に言った。

《君たちは元から互いの魔力を支え合ってきた。そういう互助関係は、社会の中ではとても必要なものだ。それが、これまでの「魔道士」には欠けていたものだと思う。しかし、君たちは他人の力を借り、助け合うことを知っている。明日に向かう帝国を造り上げるには、多くの人々の協力が欠かせない。それには、決して魔道士が強制的にけん引するのではなく、全ての国民が足並みをそろえ、自発的に再建しようとするエネルギーが求められるだろう。その「魔道士」の代表として、ギャリオン、君の魔道士らしくない考え方が活かされると思うのだ。そして、彼の至らぬところを、ミーガン、君が補うのだ。荷が重すぎるかね?》

 ギャリオンは「むぅぅぅ」と唸って考え込んでしまったが、その脇腹を小突きながら、ミーガンは言った。

《そうね、退屈しのぎにはなるかもしれないわ。だめかしら、こんな心構えでは? それに、ギャリオンひとりじゃ何もできないだろうし。ちょっと、脳筋なあんたが考え込んだからって、いい知恵が浮かぶはずがないじゃない。あんたは自分の国を荒れ放題のままにしといて平気なの?》

 ギャリオンはむっつりと唇を曲げて、ケイランに尋ねた。

《あなたこそ、このあとどうするつもりなんだ?》

 ケイランは笑顔をうすらげ、遠くを見るような目つきになって応えた。

《私か…? 私はトルステンが乱したヴェイドの修復をして回るつもりだ。この国が荒れたように、彼の流した血で夢幻世界も均衡を崩している。それに…正直に話すが、あの戦いの最中に精霊が言った言葉、「全き善者が見る夢の草原」ということが気にかかってね。ふふふ、私も『光の都市』伝説に憑りつかれたかな?》

《その様子じゃ、もう心に決めているみたいね、元筆頭魔道士》

 同じ『夢旅人』であるミーガンは、ケイランの探求の熱意を察し、肩をすくめて言った。

《でも、ヴェイドを歩き回ってるなら、いざって時に連絡はとりやすいわね》

《そういうことになるね》

 自分の頭の上で会話がなされることには慣れているギャリオンが、唐突に言った。

《私に何ができるかはわからんが、この身で役に立つことができるのなら、精いっぱいやってみせよう。そう望まれているのならば》

《必ず引き受けてくれると思っていたよ、ギャリオン。君には魔道士には珍しく、意志の強さがある。それも熱狂と妄執からではなく、自らの力量に見合ったものを。そしてその力を自らの鍛錬で強めることができる。君が相手とするのは、多くの国民と、周辺地域の国々だ。君は人間らしい魔道士だ。そこにミーガンの才覚が助けに入れば、オーカー帝国の明日は明るい》

 こうしてギャリオン・マーズはその場にいた魔道士たちの満場一致で新筆頭魔道士となり、ミーガン・ウェヌスはその補佐役となったのである。

 そして元筆頭魔道士ケイラン・マグナスは、その後数日して、ひっそりと姿を消していたのだった。


*****


魔道士たちは、大きく破壊された街を復旧すべく、以前ならば考えられない行動に出ていた。つまり、街の復興のために、自らの魔法を使って石畳を直したり、瓦礫を取り除いたりしていたのである。

 帝都の人々はこの様変わりに驚きながらも、長い夜が明けたことの喜びでもって、彼らを歓迎し、力を合わせて働いた。

 そんな中で、ファリーダ・ルルーシュは、部下にドワーフがいる手前、彼らの種族が作ったトンネルの復旧を手伝っていた。爆発で崩れた箇所を、魔法でもって元に戻すのは、大地魔法を得意とする彼女にとってはたいした労力ではなかった。

 つぎつぎと塞がっていた地下通路を直していくファリーダに対し、かつてはセクションごとに分けられていたドワーフたちが、今は種族の結束のもとに再結集できたことの感動もこめて、喝采を送った。

 ワリードが傍らで自動掃除機のような物体を床面に這わせている。その器械の仕組みを聞いても、どうせピントのずれた解説をするのだろうと、ファリーダもウマルも放っていた。しかし、その器械は、ファリーダが魔法で結合させ損ねた細かな塵や石ころを吸い込み、粉砕し、再び吐き出して底面に叩き付けて密着させ、地面をならしており、性能はいいらしかった。

 部下たちの様子を背中で感じながら、ファリーダの心はいつしか別のところに飛翔していた。

 いろいろなことが起きた。最初は純粋に自らの誇りと自己顕示と自信から生じた行動だった。それが今や、全く180度転換してしまった。

 これで良かったのよ。

 ファリーダの心に囁きかける声は、彼女がこうして一人物思いにふけると聞こえてきた。

 私のことは心配しないで。それに、姉さんならきっと私を見つけられる。私、初めて穏やかな気分になっているの。だから姉さんは、姉さんのすべきことをしてちょうだい。私はそれをここから見ているから。結構楽しいのよ。

 ファリーダは、背後でドワーフたちとワリードががやがやと言葉を交わしている中、自らの思念のさらに深い真空の中に没入していた。

 楽しいと言えば、姉さんの男の好みには呆れたわ。オスカーの方が何倍もましじゃなくて? なんであんなもっさりした男なんかと。うふふ、わからないわね、愛ってものは。

 ファリーダの心の鏡面に、いつでも眠そうな四角い顔をした無骨そのものの姿が浮かび上がる。

 でも、愛って、人生の中で決して解き明かされないミステリーよね。まるで根拠もないのに、突然愛の波にさらわれて。自分ではどうにもならないのよね。魔道士としては、そんな心境に陥るのは危険なことなんでしょうけど、姉さんならなんとなくやれてしまえそうね。ねえ、愛って、楽しい? どんな感じなのかしら? 私は、姉さんに惹かれたオスカーを憎むようになってしまったけれど、それはつまり、私が愛に負けたんだと今では思うわ。愛ってとても重いものだもの。私は弱かったんだわ。

 ファリーダは小さく首を振った。

 玄人との別れはあっけなかった。彼らはまるで元から存在していなかったように、忽然と消えてしまった。泣く暇も、別れ惜しむ間もなかった。

 だけど、と彼女は思った。少しでも別れの余韻が長引けば、きっともっとつらい気持ちがつのっただろうと。すっぱりと消えてくれたことで、今、こうして現実と向き合い、自分の足元をしっかりと見ていられるのだと。

 やっぱり姉さんは強いわね。

《もう少しであっち側とつながるんで、気を付けてやっておくんなさいよ、ファリーダ様》

 ウマルの言葉で、ファリーダは現実に立ち返った。彼女の内世界に聞こえていた声はなりをひそめた。

《そんなこと、百も承知だよ。これでいいだろ。あとはお前たちが手加減しながら掘るんだね。私は一服つけたいよ》

 魔力をとめたファリーダは後方に下がり、腰の革ポケットから洒落たシガーホルダーを取り出すと、ドワーフたちが手際よく土塊を掘り返していくのを眺めながら煙草を挿し込んだ。そして指先に小さく魔法の炎をともすと、煙草の先につけた。

《俺はてっきりあのでかぶつについていっちまうと思ってたでござんすよ》

 いつの間にか隣にワリードがいた。

 ファリーダはふうっと煙を吐き、つん、と細目になって言った。

《私はそんな夢見がちなネンネじゃないさ。あの連中とは生きる世界が違うことくらい、わかる頭を持ってるつもりさね。それに》

 と彼女は、陰性植物のような雰囲気をまとい、不健康に痩せた身体をしたワリードを見、続けた。

《私はゴーレムを操るのが何にもまして好きなんだよ。あいつらについていっちまっちゃ、それができなくなっちまう》

 ワリードは表情に乏しい顔にぎくしゃくとしたひきつりを浮かべたが、これが彼の精いっぱいの笑顔であることを、ファリーダは知っていた。

 彼は「ひっひっひひ」と奇妙な声で笑い、

《それでこそファリーダ様でござんすね。よかった、俺たち、おっぽりだされると思ってたもんで》

《馬鹿だねえ、ワリード。言ったろ? 私たちは最強のゴーレム使いのチームなんだよ。これまでも、これからもね》

 ファリーダは煙草を盛大に吸いながら、傍らの猫背の男を見ながら、ひとり、小さく苦笑した。

 そうなのだ、これも愛の形のひとつ。自分は彼らに愛されている。その愛に応えるべきだった。

 その時、ぼこっと空洞ができた音が響き、目の前を塞いでいた瓦礫や土の壁に穴があき、向こう側からあれ嬉しやとばかりの喝采が聞こえてきた。

 ファリーダは、ドワーフたちが忙しなくその穴を広げていくのを眺め、独り言ちた。

《…ありがとうよ……お前たちのおかげで、魔道士にも人間らしい感動を感じられるようになりそうだよ。いつかこの礼をできるといいんだけどね…はてさて、今お前は一体どこにいるんだい?》

《ファリーダ様? 何かお言いになったでござんすか?》

 ワリードがつながりかけている壁の方に歩き出しながら尋ねたので、ファリーダは吸い終わった吸殻をぽい、と捨てると、肩をすくめて首を振ってから言った。

《さて、お次はどこだい? 私の気分が変わらないうちに頼まないと、はかどらなくなるよ》

 

*****


キリルは会議室兼談話室兼艦長室で、レイジュウジャーたちからの報告を聞き、ひとり、深くため息をついて感想を述べた。

「魔法というものは、我々の科学をもってしても測れないものだと、今回の戦いで思い知ったよ。特に、君たちが奇妙な亜空間フィルードの多重層に潜り込んでしまった時にね。しかし、あのバーテロン粒子のようなもので満ちていた場所でフォトンキャノンを使うとは、よく考え付いたものだ」

 玄人はのんびりとわらび餅と緑茶をたしなんでいたのを中断し、首を振った。

「特別考えがあったわけじゃあないんじゃ、ボス。じゃが、『レイジュウフォトンキャノン』なら、亜空間の壁を突き抜けることができる推進力があるんじゃないかと思っただけじゃ」

「確かに、フォトンキャノンは最大光速の75%くらいまで加速可能でしたよね。それでも、あの多重空間から脱出できたのは奇跡でした」

 と龍児はブラックコーヒーを飲みながら言った。

 キリルはそんな彼らを見、彼らを誇りに思うように言った。

「いつものことだが、君たちの機転というか、闘いのセンスの良さには脱帽だよ。肝心だった事実は、その場所が強い亜空間で密になっていたことにある。そこに、フォトンキャノンの推進フィールドが作用し、偶然か必然か、超光速を引き出すソリトンウェーブが発生した。亜空間を突破するのは当然ながら、密集していた亜空間素粒子に負荷がかかり、亜空間にはフォトン砲が進むにつれて亀裂が入り、そして最終的には亜空間自体を破壊したという解釈ができる」

 これを聞き、龍児がやや懸念に眉を寄せた。

「亜空間亀裂ですか! 宇宙連邦では禁止になっていることをやってしまったことになる。ここの世界のヴェイドと呼ばれる亜空間に悪影響を及ぼしていなければいいんですが…」

 キリルは、彼らの話そっちのけでアイスだのクッキーだのをおいしそうに食べている朱音と大牙を横目で微笑ましく見ながら、応えた。

「私の調べでは特に異常値は検出されていない。我々は亜空間として認識したが、根本的には似て非なる空間なのだと思うよ。だから気にすることはない。君たちはよくやった」

「そうかしら…」

 朱音がクッキーを手にし、どこかぼんやりとした口調で言った。

「なんだかすっきりしないの…もっとうまくやれたんじゃないかって思ってしまうのよ」

 キリルはぽん、と朱音の肩をたたき、慰めるように優しく言った。

「わかるよ、君の感じることは。それはいつも我々が直面する正義の矛盾だからね。特にここに来てからは、我々は誰かに命じられて行動しているわけではない。命令があれば、それを前提にして善悪の判断基準が設定されるが、今はそうじゃない。すべて、我々の判断にかかっている。君が悩むのも当然のことだ。しかし、悩みすぎるのはよくないな。そういう状態が長引くと、いざ戦わねばならなくなった時、君自身の判断ミスにつながるからね」

「お節介焼きだから余計なことを引きずるんだよ、お前はさ」

 と大牙が言ったのに対し、朱音はぷいっと顔をそむけ、立ち上がりながら言った。

「久しぶりに戻ってきて、なんだか気が抜けちゃったから、先に休むわ。それに、あたしがいても、役に立つことを意見できるとは思えないし」

 すたすたとその部屋から出て行ってしまった彼女の後姿を見送ったキリルが言った。

「今回の地上滞在は長かったからね…人一倍人間思いの彼女には感じることが多かったのだろう」

「そうでしょうね。彼女はまず第一に相手を信じることから始まるようですから。僕とは大違いです」

 龍児の低い声が己に呟きかけるように言ったのに対し、玄人の眠そうな眼差しの中にわずかな反応があったのを、キリルは見た。キリル自身もどこか割り切れないような表情になったが、彼らの心を波立たせることはならないと、別の案件を切り出した。

「それで、次の向かうべき場所は決めているのかな?」

 龍児が頷き、

「はい、南進して、グリアナンと呼ばれる砂漠地帯に行こうと考えています。始めは土の竜の手がかりを求めて地底にあるというドワーフの国に行こうかと思っていたのですが、特に頼まれまして。そこには木の竜の霊力が宿る大木があると言うのです」

「ほほう? 木の竜か。まさに君と相通じる存在だな」

 キリルは黄金色のシェリーのグラスを傾けながら、興味深く言った。

「五行機構を復帰させるのにまさにぴったりなものを発見できるかもしれないが、十分注意することだ。引き合う力が強ければ、それに伴う反発する力も強い」

「よくわかりませんが、その反発勢力として、アントリアンと人々が呼ぶ亜人がこの地域を脅かしているようです」

「アントリアン? まさしく樹木の敵と言わんばかりだな。根を食い荒らし、幹を侵食し、爆発的に増殖する白アリを連想させる」

「ただ、一概に害獣だとは言えない一面もあります。砂漠化したのは人間とその他の種族との大戦争のためで、その砂漠に適合した獣人が勢力を大きくするのは当然のなりゆきだと思われます」

 キリルはため息をつき、

「このような宇宙時代に乗り遅れている世界でも、物事の善悪や正義の在り方は不変なのだと痛感しているよ。むしろ、この惑星の住人は共通の絶対悪に直面していない分だけ、正義の基準は厳しくもあり、曖昧でもある」

「でもよ」

 と全く会話に参加せずにひたすら甘いものを食べまくっていた大牙が、思い出したように口を出した。

「魔法使いの連中が話してた『太古の民』だっけ? ほんとにいたかは知らねえけど、超文化を持ってたって言ってたじゃねえか。もしかすっと、今の世界になる前には俺たちみたいな科学文明があったかもしれねえぜ」

「フィクションとしては僕もそのことについては興味を引かれるけれど、実際に見てみないことにはね。それに、なぜその優れた文明を持っていた人々が、すっかり姿を消してしまったわけも伝わっていないし」

 玄人が飲み終えた湯飲みをかたん、とテーブルに置き、言った。

「一つ一つ潰していくしかないじゃろ。焦りは禁物じゃ」

「わかっているよ、クロト。でも時々、考えてしまうんだ。たとえファンロンのワープエンジンが復帰して、宇宙に戻れたとしても、アルファ宙域から何百万光年も離れた座標だとしたら…」

「へっ、まだ確かめてもいないことでくよくよするなんて、馬鹿だっつうの。もしお前が気にしてることがほんとだったとしてもよ、俺たちは前に進むしかねえんだ。違うか、リュウ?」

 龍児は切れ長の瞳を伏せ、小さく言った。

「…そのとおりだ、タイガ。地上にいすぎたせいかな…ここに戻ったら、自分たちの現実の重さを急に感じてしまったみたいだ」

「アカネもそうだけど、起こってもいないことを色々考えすぎるのがお前の悪い癖だよ、リュウ。まっ、頭がいいのは認めるけどよ。でも良すぎるのはどうかと思うぜ」

 龍児はちら、と眼鏡のレンズ越しに大牙を見やり、すぐに視線を外しながら言った。

「…人間としての頭の良さは、きっとお前の方が上だよ」

 そしてすっくと立ち上がると黒髪を翻し、

「僕も休みます。今回の事件は少し疲れました」

 キリルは頷き、

「皆もゆっくりするがいい。肉体の疲れは外的な処方で回復するが、心の疲れは自浄するしかないからね」

 龍児に続き、玄人も出て行くと、一人、クリームたっぷりのシュークリームにかぶりついていた大牙は、残りのシェリーを飲み干したキリルに尋ねた。

「で、ほんとのところ、どうなんだよ、ボス。俺たち、帰れるのか?」

 キリルは気安く彼の隣の椅子に腰かけると、両手を顔の前で組み合わせ、応えた。

「上空からの測定では、何か障壁のようなものがあり、データをとることができないでいる。それが何かもわからない。ただ、惑星全体を包むようなバリアを張る技術は、今の住人達には不可能だ。これは明らかに宇宙的技術の産物だ」

「じゃ、やっぱし『太古の民』っつうのはいたのかな…」

「わからない。しかし、この惑星が謎めいていることはわかってきたよ。希望がもてるのは、そのような高度な宇宙的技術を持っていた何者かが存在していたという事実だ。だが、実際、リュウの懸念ももっともだ。しかしながら、君たちを落胆させないようにするのが私の務めだ。タイガ、君は自分のことに専念していればいい。そうやって口をクリームだらけにするのはいいが、無茶な戦い方は控えるんだぞ。六連星の発動で君の脚は吹っ飛ぶところだったんだからね」

「ああでもしなきゃ、どうにもならなかっただろ」

 キリルは小さく嘆息すると、額にかかっていたウェーブした長いブロンドの髪を撫で上げ、立ち上がった。

「勝つことも大切だが、君たちはチームなんだ。そのことをよく覚えておくことだ。仲間の代償のもとにある勝利は、決して勝利ではない。それは犠牲と呼ばれるだろう」

「……わかったよ。誰かさんは繊細だからな」

「そういうことだ」

 キリルが出て行き、大牙は一人シュークリームを食べ続けた。

「ちぇっ、だから人間相手はやりづらいってのよ」

 大牙の短絡的な不平は、次なるシュークリームの襲撃で飲み込まれた。


*****


レンは、アルディドの後ろで馬に揺られていた。やや前方には〈銀狐〉もいた。彼らはオーカー帝国からカーマイン王国に戻るために馬を駆けさせていたのだった。

 朱音との別れは、レンにとって厳しい試練だったが、彼女たちが目指す場所のことを少しだけ聞き、ついていくと強引に押し切れなかった。レンの直感が、彼女たちは全く自分とは違う存在であると訴えていたからだ。ハーフエルフである自分よりも異種族であると。

 しかし、そのように思うと、比例するように好奇心と愛着がわき上がり、レンはアルディドの胴に寄りかかりながらそわそわとした感覚にとらわれるのだった。

 険しい山道を注意深く進み、山越えをする旅人目当ての小さな宿場町に到着したのは、夜更け近くだった。

 帝国の異変と、新しい筆頭魔道士が就任し、これまでとは全く違う国の在り方を宣言したという噂が、すでにこの宿場町にも届いていた。

《へえ、あの武闘家のような一風変わった賢者が筆頭魔道士に選ばれたのか…僕は君のお父さんがなると思っていたよ》

 宿の厩に馬を繋ぎながら、アルディドが感想を呟くと、レンの胸騒ぎは鉄板の上で豆がはぜるように強くなった。

《お前さんにゃ悪いが、エルフはやっぱりエルフなのさ。人間の国の中心にいるには、ちと難しいと思うぜ》

 と〈銀狐〉が見知った仲の率直さで意見した。アルディドは素っ気なく肩をすくめ、同意した。

《確かにね。エルフの里で異端児でも、やはりエルフには変わりないからなあ。僕たちの存在できる場所はもうほとんど残っていないのではないかと、時折悲観することがあるよ。つまり、時代遅れなのさ、エルフと言う種族は。発展する可能性がなくなったら、あとは衰退するだけ。そして現に、エルフはじわじわと忘れられている。種族の滅亡を予見できるのに、その対策をとらないのも、エルフの死滅の未来を示しているね。命の限りが長すぎるエルフの悪いところさ》

 アルディドは、馬に揺られている間もろくに口を開かなかったレンの肩を抱くようにして宿の方に歩きながら、言った。

《しかし、君のような存在こそ、エルフ族のこれからを明るくするものかもしれないな。君にはエルフと人間の心がある。人間は感情に左右されやすい。欠点になることもあるが、その感情こそが物事に対する能動的なエネルギーとなる。エルフには希薄になってしまったものだよ。確かに1000年以前は高い文明を築いていたのだろうけれど、1000年前の戦争で、自らの文明の利器を破壊しなければならない悲劇に見舞われた。これが引き金となったかはわからないけれど、エルフは立ち止まってしまった。現状を維持するには長すぎる命を持つエルフ族は倦んでしまったのさ。今、里にあるのは諦観と過去の栄光の残り火だけさ》

 〈銀狐〉が宿の扉を押し開けながら、苦笑を投げた。

《随分手厳しいことを言うよ、自分の一族のことを。お前の親父は西のエルフの長だろうが》

 アルディドはレンを連れて宿に入り、自嘲気味に応えた。

《だからこそ、見えてくるのさ、エルフの末路が。あの親父の氷像のような顔にも身飽きたし、里の者たちのガラス玉のような生気のない眼差しになんの未来も映っていないのにもうんざりした。世界は広いんだ。里なんてちっぽけな箱庭さ。確かに美しいし、完璧だよ。だけど、もっと知りたかった。美に反する醜悪さでさえ、エルフの里にいたら、見聞きし、体感することも絶対にない。片方だけしか知らないでいることは、軽薄な知識でしかないと思ったから、僕は今ここにいるのさ》

《全く、俺からしたら、エルフなんてもんはめんどくさいの一言に尽きるな。さ、もう遅いし、明日は早起きして王都まで一気に着きたいから、早く休もう》

 〈銀狐〉は慣れた様子で宿の者と手続きをすませると、二階の二部屋を示した。

《アルディド、お前はそのちっこいのと一緒に休め。そのだんまりは何か企んでいると見た。しっかり見張っとけよ。でないと、あの赤毛の娘との約束を守れねえ》

 くすっと笑ったアルディドは、唇を尖らせてご機嫌斜めのレンを部屋に押し込みながら言った。

《ふぅん? 僕に任せていいのかな? 僕もエルフの常識を破った異端児だよ》

 〈銀狐〉は二人をじろじろと見つめてから、「ふん」と息をつき、自分の部屋に入りながら言った。

《後悔先に立たずってことがないようにするんだな。一度きりの人生だ。大切にしろとしか俺には言えんな》

《十分だよ、おやっさん。じゃ、おやすみ》

《おやすみ、エルフのお二人さん》

 そして〈銀狐〉は数時間後、隣室から人の気配が消えたことを、優秀なローグの感覚で察したのだが、夜具の中で苦笑をしただけで、後を追うことはしなかった。

《…好奇心は猫を、いや、エルフを殺すか? ふふふ、それでもいいではないか。なぜなら、無関心こそ、大きな罪だからだ。進め、そして感じるんだ。楽しんで来い、エルフ共》


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