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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第四章 対決編
56/103

『破壊の始まり』

 『火トカゲのレティス』は、筆頭魔道士の公的な部屋で、彼女に冷酷な背中を向けている男の返答をじっと待っていた。

 しばらく重く息詰まるような沈黙が流れる。それでも彼女は根気よく待った。

《……では、シークレストから彼奴等の足取りを追えなくなったということなのだな?》

 人を不快にさせるざらついた低い声が、背中を向けたまま、発せられた。

 レティスは、筆頭魔道士と言う地位にある男を前にしても動じずに簡潔に応えた。

《おそらく海峡を渡り、『見捨てられた湿原』を横切って帝国領内に入ったと思われるね。さすがの私の部下たちでもあの沼地を追って行くのは無理よ》

 トルステンが小さく舌打ちをしたのを聞きながら、レティスは続けた。

《あの沼にはドワーフ共が屑を捨てに行くトンネルが続いている。地下に潜られちゃ、それもドワーフのトンネルに入られちゃ、人間のローグにも手に余るね》

《……あの土竜どもめが……》

 憎々しげに呻いた男に、レティスはやや口調を和らげて言った。

《なぜそんなにその冒険者にこだわるんだい? 確かに腕の立つ連中のようだけれど、こちらから仕掛けなければ、別にそこまで執着する必要はないと思うけれどね》

 トルステンはこのレティスの言にカッとなったように振り向くと、眉間に激怒の皺を深く刻んだ顔で激しく言い返した。

《お前はただ私の命令に従って動いていればいいのだ! それも、帝国内に入られた上に追跡できないなど、もってのほか! お前は私の計画を台無しにすることに手を貸そうとしているのだ!》

 怒鳴られたこと以上に、誤解を受けたことに対し、レティスは顔をわずかに蒼ざめさせて反論した。

《まさか、この私があんたを裏切ると思ってるのかい?》

 白髪交じりの髪を幾本かの三つ編みにして背中に垂らしたレティスは、若い頃は怖いくらいに美しかったであろう顔に悲しげな皺を加えた。

 この言葉に沈黙で応えた男に、レティスはため息をついて言った。

《……私は魔道士じゃない。だからあんたの心模様が普通の人間とどう違うかなんかわからない。だけど、同じ赤い血が流れてるんだから、少しは感じることを共有できると思ってた……だけど、あんたはやっぱり変わっちまったんだね…その眼帯…そこには何があるんだい? それのせいであんたはあんたでなくなっちまったのかい? だとしたら、私はあんたのそれを憎むよ。それがあんたを私から奪ったんだからね》

 トルステンの右目がぎらりと光り、その右手が何かを掴むようにぐっと力がこめられた。

 その拍子に、レティスの顔が赤黒くむくみ、苦しげな呻きが唇から漏れる。

 腕が持ち上がると、レティスの両脚が床から浮き上がり、ますます彼女の顔はむくみ、歪んだ。

《う……っ、ステン……あ、あんたは、わ、私の、ステンじゃ、ない…っ!》

 魔力の念動力で窒息させられながらも、レティスは非難した。しかし、目の前が真っ赤に染まり、それもまもなく暗くなりかけた時、どっと酸素が肺に入ってきた。

 どたり、と床に座り込み、何度もむせ返るレティスに、トルステンは感情を押し殺すような声音で言った。

《…私の計画にもうお前たちは必要ない。目障りだ。殺されたくなかったら早々に帝都から去れ》

 喉を押さえながら立ち上がったレティスは、哀しさと愛しさと自分ではどうにもならないことへの苛立ちのこもった声で低く言い捨てた。

《……これが今生の別れかもしれないね、ステン……せめてわずかでも昔のあんたを忘れないでおくれよ…》

 心身ともに衝撃を受け、よろよろとした足取りで出て行った女盗賊を見送ることもなく、トルステンは何かに責め立てられているような苦渋の表情でデスクの前の椅子に腰を下ろした。そして左目の眼帯に手をかけ、何かを堪えるように唇から呻きが漏れた。

《……「お前」は「私」ではないぞ…! 「私」が主だ! 呼びもしないのに勝手な真似は許さん!》

 彼以外に誰もいない室内に、ぞっとするような何かが響いた。

 トルステンはそれを聞き、さらに呻いて顔を覆ったが、その呻きはいつしか陰湿で残忍な一人笑いに変わっていた。

《…我が身にヴェイドとの繋がりを開いたこの私が、今更何を血迷っておる…帝国がなんだと言うのだ。それ以上に素晴らしい世界が存在していることに誰も気づいていない愚か者共の集合体に、なんの未練もないだろうが。今や私はヒトの枠を超え、かつての太古の民のように自由に空間を超え、大いなる力を手に入れようとしているのだ。それを阻む者は誰であっても排除すべきなのだ。それがたとえ……》

 トルステンは眼帯をぎゅっと掴み締め、奥深い何かが痛むように身体を屈めた。しかしそれも長続きせず、どこか人間離れした動きでゆっくりと顔を上げた。片目しかない琥珀色の瞳には現実は映っておらず、どこか遠くを臨むように渇望的で、虚ろだった。

 トルステンは薄ら笑いを浮かべて呟いた。

《…待っておれ、あさましい者よ。この世の終焉と新たな世界の始まりの混沌を始めようではないか》

 くつくつと笑い続けるトルステンの影がゆらり、と歪み、その何者かが共に哄笑するのが聞こえるようだった。


*****


 快適とは言い難かったが、ドワーフのトンネル掘りの技術は素晴らしいの一言に尽きた。

 てっきり、延々と地下深い暗い道を歩かねばならないと思っていたのだが、なんと、トロッコの線路が引かれていたのである。

《あの沼までごみ屑を背負って運ぶと思ってやしたか? 冗談じゃないでがすよ。いくら左遷されたドワーフとは言え、奴隷じゃねえですからね。それに、人間と違って、こういう仕事は大得意でがす。ちょちょいのちょいで、ドワーフの地下通路の出来上がりでさ》

 ウマルが胸を張るのを否定する者はいなかった。そのトロッコのおかげで、彼らの移動速度は格段に上がったからだ。

《でも、なんか息苦しいわね。レン、あんた、大丈夫?》

 朱音が隣に座るレンに声をかけたが、その灰色の両眼が遊園地に来た子供のようにキラキラとしているのを見、それ以上気にかけるのをやめた。

《これくらいで息苦しいなんて言っとったら、あんたら、ドワーフの国には行けねえでがすよ。それに、ドワーフの国にゃ、地底回廊っつうおまけもついていやがるんで、狭いだの熱いだのなんて言ってる暇はねえでがすね。あんたら、竜を探しとるんでがしょ? だったら、ドワーフの国には行かねえとならなくなると思うでがすよ》

 これを聞いた朱音が思い出したように言った。

《そうよ、そう言えばあんた、そんなこと話してたわね。ドワーフにもドラゴンの言い伝えがあるって》

 初耳だと言いたげな同乗していた龍児を肩をすくめてやり過ごした朱音は、トロッコの先頭でブレーキのレバーを握っているウマルのチュニックの裾を引っ張り、

《どうせ帝都までは時間があるんでしょ? あんたが知ってることを話してよ》

《僕もぜひ聞きたいね》

 と龍児が朱音のうっかりを批判するような眼差しを眼鏡の奥から投げながら言った。朱音は口をへの字に曲げて知らんぷりした。龍児の几帳面さに付き合っていられないとばかりに。

 ウマルはそんな二人に構うことなく、ドライブがてらの他愛のない話のように語りだした。

《俺は(おか)ドワーフになってもう何代目かだもんで、実際にドワーフの国セラドンに行ったことはないんでがすがね、いくら地底にいられなくなった身分でも、種族の国のことは代々伝えられてきとるんでがす。なんでも、セラドンはドワーフが掘り進めて築いた地底都市ではないとか。ドワーフは世界中の地底に住処を持ってるがす。俺らの地底での生き方の術は、誰にも真似できねえもんでがすが、セラドンほどの大都市空間はなかなかにできるもんじゃねえ。どうやら、セラドンはかつて、地底竜の寝床だったんじゃないかっていう仮説が出ましてね。でも、ドラゴンなんて誰も見たことがないし、地底回廊でもドラゴンの痕跡は一度だって見たことがないらしい。んでも、俺は今になると、やっぱりセラドンはドラゴンの寝床だったんじゃないかと思うでがすよ。あんたらが水竜を呼び覚ましたのをこの目で見たんでがすからね。土のドラゴンもいたっておかしくねえでがすよ》

 すると龍児が指摘するように言った。

《その可能性も否定できないけれど、ほら、魔道士たちが話す『太古の民』。その者たちが地底にも都市を築いていたと言っていたよね。その線も考えられるんじゃないかな》

《となると、近くに地上への転移装置があるはずよね》

 朱音の思い付きに、龍児は珍しく感心したように彼女を見、

《確かにその通りだ。そういう装置の痕跡のようなものは伝わっていないのかな?》

 ウマルは「うーん」と考え、

《俺は故郷に戻っとらんで、よくわからんでがすが、ドワーフの学者なら何か知っとるかもしれんでがすな。地底回廊は魔物とラディウム鉱と古い遺跡の集合体でがすからね》

《その、地底回廊というのはどういう場所なんだ?》

 と龍児が尋ねると、ウマルは器用にカーブを曲がりながら、応えた。

《それがよくわからねえんでがす。セラドンができた時にはすでにあったと言うし、行ってみりゃわかりやすが、なんつうか、ちょっと変わってるっつうか……ドワーフにも全容を掴み切れてねえ迷宮なんでがす。でも、そこからは良質のラディウム鉱が採れるんで、地上から回廊に降りる穴は知っとります。しっかし、普通の人間にあそこの熱さが耐えられるかどうかあやしいでがすな》

 と言ってから、ウマルは太い眉を上げ下げして言い直した。

《あんたらは普通じゃなかったでがすな。地底回廊に行きてえっつうんなら降りる場所を教えられるでがすが、俺の知ってる場所はみんな帝国領内でして》

 すると朱音がどこか勝ち誇ったような眼差しをきらり、とさせ、

《とにかく、これから向かうところできっちり決着つけてからの話のようね。でしょ、リュウ?》

《そうだな。僕たちの存在がこの世界の事象に思いもよらないずれを生じさせてしまったことの清算をしなければならない》

 すると、ウマルがトロッコの操縦をしたまま、思いを馳せるような口調で言った。

《しかし、誰が筆頭魔道士を倒して、帝国をひっくり返そうなんていう展開になるなんて、考えたこともなかったでがすよ。それも、あんたらがやってくる以前から下地ができあがっていたなんて、びっくりの連続でがすね。でも、確かに前の筆頭魔道士の時代には、魔法生物も魔道武器も今みたいに奨励するようなことはなかったでがすな。思えば、帝国は魔法を良きことに利用することに重きを置いてたでがすよ。俺らもそんなにあくせくラディウム鉱を掘り出してくることもなかった。あんたらの出現は今の帝国の歪んだ方向性を加速させただけでがすよ。気にする必要はないと思うでがすよ》

 ウマルからの励ましの言葉を聞き流していた朱音だったが、ふと、あることに気付いて、隣で無邪気に楽しんでいるレンを見つめ、言った。

《確か、ウラヌスって奴があのエルフの魔道士を追放したのが20年前だったわよね…すると、少なくとも二十歳は越えてるってことよね、レン?》

 薄暗いトンネルの中を快走するトロッコに揺られ、上機嫌のレンが朱音の視線に気づき、唇を突き出して応えた。

《歳なんかわかんねえっス。そのことが何か悪いことっスか?》

 朱音が応えに困っていると、ウマルが面白がるように笑い、代わりに応えてくれた。

《エルフに歳のことを聞いても無駄でがすよ。ま、ドワーフも似たようなもんでがすがね。人間とは時間の感覚が違うんでがすよ》

 朱音はなんとなく納得がいかないような顔で、

《やっぱりあたしにはよくわかんないわ。こんなに小さいのに、あたしとタメとかって、全然わかんない》

《お前さんらの故郷にゃドワーフもエルフもいねえんですかね。おっと、この先からは帝都に近くなってくるんで、ドワーフの知り合いに出会っちまうかもしれねえ。ちぃっとばかし頭ひっこめていておくんなさい》

 見れば、これまで一本道になっていたのが、枝分かれし始めていた。

 風に当たることに喜びを感じていたようだったレンがつまらなさそうに身体を縮こませ、朱音にくっついてきたのに任せ、反対側で龍児が長い手足を折り曲げているのを見ると、自分もこのハーフエルフの娘と同じようにくっついてみたくなったことは、彼女自身しか知らない心の小部屋の中にひっそりとしまいこまれた。

 すると、トロッコはぐいーん、とカーブを曲がり、いよいよ帝都の中心へと走り続けた。


*****


 ドワーフの横のつながりというものは、盗賊ギルドさえも凌ぐかもしれないと、寄せ木細工のような木の壁をした食堂らしき部屋に通された一行は思った。なぜなら、秘密結社的な要素の強い盗賊ギルドに通じるトンネルと当たり前のようにつながっていて、彼らは今こうして二人の人物の前に立たされていたからである。一人は、長旅をしてきたとは思えない溌溂さで出迎えた〈銀狐〉、もう一人は金茶色のウェーブした髪をし、顎に無精ひげをまばらに生やした三十代前後の男が好奇心丸出しの眼差しで彼らを眺め回していた。

 その男はウマルに視線を落とし、苦笑した。

《全くドワーフの結束力には脱帽だね。お前たちの到来をすぐに察知して俺に忠言してきた。もちろん》

 と、彼は〈銀狐〉を振り返り、

《彼がお前たちの身の上を保証したこともある。今の帝国では、この盗賊ギルドくらいしかお前たちが鳴りを潜める場所はないだろう》

《お手間を取らせますが、そんなに長い逗留にはならないと思います》

 龍児が丁寧に頭を下げると、〈銀狐〉が鷹揚に言った。

《そんな恐縮することもねえよ、若いの。この〈猫目〉も、この件に関わってるらしいからな》

《そういうあんただって、関わりがないとは言えない。個人的にあんたはあの女を知ってるんだから》

《あの女?》

 と朱音が聞き返すと、〈猫目〉はやや興じた眼差しになりながら、

《お前さん方も遭ってるだろう? 腕のいいアサシン集団『紅髑髏団』に。その頭目の女、『火トカゲ』のレティスは、

〈銀狐〉の幼馴染みみたいなものだったんだ。ま、惚れてたっていった方がいいのかな、〈銀狐〉のおやっさん》

 〈銀狐〉の目が少しだけ鼻白むように焦点を彷徨わせたが、彼は強気にそれを跳ね返して言った。

《俺の気持ちなんか今更どうでもいい。実際、レティスはあの野心に燃えていた魔道士に心惹かれて帝国までついていっちまったんだからな。男と女の機微は誰にもどうしようもねえさ。ただ、気にならないと言えば嘘になる。賢者たちが次々と倒れていると聞いたぞ。全部お前さんたちがやったのか》

《まあな。でも賢者なんて御大層な肩書ついてたわりに、ちょろかったぜ》

 〈猫目〉は気の強さを体現しているような大牙を始め、異国の服装をしているレイジュウジャーたちを見回し、喜ばしくも、疑いも隠せない口振りで言った。

《〈銀狐〉のおやっさんの話がなければ、にわかに信じられないことだが、現実に今帝国は支柱をなくしている。実は、俺たちも地下組織の助けをしているんだ。20年前の追放事件は知っているね? 魔道士が全員、今の筆頭魔道士に賛同しているわけじゃないんだ。つまり、穏健派さ。俺の子供時代はこんなにぎすぎすとした国ではなかったと記憶している。もちろん、どちらが正しいかということになると、それぞれに考えがあって、一概に決めつけることはできないだろうけど、魔道士だから優性で、その他は魔道士のために存在する付属品だという在り方は、生の概念に外れていると俺は感じた。それに、『紅髑髏団』の横暴な振る舞いも目に余っていた。だから俺のところに魔道士ギルド長が忍んでやってきた時は、一も二もなく協力することにしたのさ》

《ギルド長? 誰だい、それは?》

 ファリーダが即座に尋ねると、〈猫目〉は記憶をたぐるように、

《なんていったかな…確かゴーレム部門のギルド長だったことは覚えている》

《あのマフムート・ギランが!》

 驚きを隠せないファリーダに、〈猫目〉は真剣に言った。

《ここ数年で帝国は暗黒面へと加速している。レジスタンスは辛抱強く同志を集め、包囲網を固めてきたが、正直なところ、筆頭魔道士を始め、七賢者の支配力は強力を極めていた。それを、お前さんたちが次々と排除してくれた。今こそ動く時だと、同志たちは皆感じている。筆頭魔道士のウラヌスは強大だ。それでも頼む、どうか力を貸してくれ。そしてこの国に一条の曙光を見せてほしい》

《へっ、そんなこと、言われなくてもやってやらあ。でもその代わり》

 と大牙は何も乗っていない長テーブルを見やり、

《なんか食いもん出してくれねえか? 薄暗いトンネルを走り通しですっかり腹減っちまってよ》

 と言うと、〈猫目〉はすまなそうに笑い、

《確かに客人に何ももてなさないのは非礼だったな。用意させよう》

 と彼は颯爽とその場から出て行った。

《…走ってたのはトロッコでしょ? それにどうせ『スニッパーズ』をたらふく食べてたんじゃない? ここまで来て食べ物なんて、恥ずかしいったらないわ》

 朱音が呆れたように指摘すると、大牙は「ふん」とばかりに言い返した。

《それとこれとは別の問題なんだよ。『スニッパーズ』は『スニッパーズ』で、パンとか肉とかはまた別もんなの。それともいざって時に「力が出ねえ~」とか言っていいのかよ》

 朱音は大牙の大食ぶりに呆れたように肩をすくめると、〈銀狐〉がアルディドと懐かしく会話しているのを見つけ、同時にレンが不機嫌な顔をしているのも見つけた。

 先延ばしにしても結局は同じことだと、朱音はレンのもとに行き、彼女の手を無理やり引っ張って〈銀狐〉に言った。

《前に言っていた盗賊ギルドに入れてほしいっていうのは、この子のことなの》

 当然のことながら、レンが唇をとんがらせて反論した。

《ボクはどこにも行かないっス!》

 〈銀狐〉は面白そうにレンを眺め回し、それからアルディドを見やって言った。

《俺の周りには変わったエルフが集まるようだな》

《エルフだからと言って皆が皆黄昏の時間を受け入れて生きているわけじゃないだけだよ。特にこの子はそれが勝っている。何と言っても、このレジスタンスの決起の首謀者であり、前筆頭魔道士の娘なんだからね》

 〈銀狐〉がぴゅっと口笛を吹き、改めてレンを見下ろした。レンの大きな灰色の眼差しがあからさまに険悪の色に染まるのも構わず、彼は言った。

《魔道士の血を引いているのなら、魔道士の訓練を受けた方がいいんじゃないのかな? 王国では王女がエリアス殿の手ずからの指導で、めきめき魔力の扱い方を伸ばしておられるようだ》

《魔道士! うぇー!》

 レンが完全否定するように変な呻き声を上げた。そんな彼女の視線に合わせるように朱音はしゃがみこむと、レンの両腕をそっと掴んで諭すように言った。

《別にあんたをのけ者にしてるわけじゃないの。あんたのためを思ってのことなのよ。あんたはダイヤの原石みたいなものなの。あんたが輝くには、専門家の手で削られ、磨かれなくちゃだめなのよ。それはあたしにはできないの。あたしはあくまで悪と戦い、平和を取り戻すことしかできないのよ。誰かに物を教えるなんて、それもあんたみたいにまだ未熟で不安定な状態の誰かに、道標をたてるなんてことはできないのよ。わかるかしら。あんたならきっとわかるわよね》

 むすっとレンの唇が曲がる。

 その時だった。

 どぉん、と言う遠雷のような轟音がしたかと思うと、それは立て続けに足元で響き渡った。

《なに、これ?!》

 朱音が咄嗟にレンを抱き締め、叫んだ。

《なんや、地下で爆発でも起きたようじゃな》

 と玄人が言うと、すかさずスキャナで床を走査していた龍児が緊迫感をもって言った。

《僕たちが通ってきたトンネルが破壊されているようだよ。それも、ところかまわずだ。僕たちが帝国に潜入したのを勘づかれたのかもしれない》

 と、また別の方角から轟音が鳴り響き、それに伴って何かが崩れる音ががらがらと聞こえてきた。

 〈猫目〉が慌てた様子でその場へ戻ってくるなり、仰天の相で言った。

《お前さんたちが地下から入り込むのを予想していたようだな。あちこちで地下通路が爆破されている。そのせいで街のここかしこで陥没が起きていて、崩れ始めた建物もある》

《自分の国だろ?! 関係ない人も巻き込んで平気なのかよ?!》

 大牙が、徐々に間隔と衝撃が大きくなってきた爆音に負けじと声を張り上げた。

《自分の国だからこそ、自分の好き勝手にしていいって考えてるのさ。今の筆頭魔道士ならさもありなんだね》

 とファリーダが当たり前のように言うと、〈猫目〉が足元からの振動によろよろとしながら、

《とりあえずここは一旦…》

《そんなのだめよ!》

 朱音はレンをアルディドに押し付けるようにすると、きっぱりと言った。

《これはあたしたちをいぶり出したいからやってることなんでしょ? だったらあたしたちが早く出て行かないと、どんどん街は壊れ、人々が死んでいくわ》

《しかし、まだ何の作戦も立てていないじゃないか。それにそんな薄っぺらい服で、武器もなく、どうやって戦うと言うんだ》

 当たり前だが〈猫目〉はあいにく彼らの真実を知らなかった。

 龍児が朱音の言葉のあとを継いだ。

《僕たちが出て行けば、きっと地下の爆発はおさまるでしょう。そうなったら、皆をかくまえる場所に避難させてください。街の人たちにも安全な場所に避難するよう、誘導もしてあげてください》

《私は一緒に行くよ。相手は究極の魔道士だ。魔法のかけらもないお前たちだけじゃ心もとないからね》

 ファリーダが高慢な頑固さで言うと、レンがアルディドに押さえ込まれながら手足をじたばたとさせて訴えた。

《ボクも行くっスよ! ここまできて師匠の傍にいられないなんて、嫌っス!》

《それはやめた方がいいね》

 アルディドが冷静に、そして断固とした口調で言った。

《君が行けば、相手に弱みを見せることになる。わかるかな? 君はあのケイランの娘なんだよ。そのことを相手はすぐに看破するだろう。そうなれば、君はケイランにとって最大最悪の弱みとなる。わかるかい? 君を盾にとれば、ケイランは身動きがとれなくなる。それはまずいんだよ。それとも君は君の師匠が苦戦するのを見たいのかい?》

 ぶすっと頬を膨らませたレンだったが、反論するほどわからず屋ではなかったらしい。

 彼女は八つ当たりをするような物腰で無理やりアルディドの手を振り払うと、ふんぞり返るように腕を組み、言った。

《仕方ないっス。でもボクは絶対に弱っちいから隠れるんじゃないっスからね。あくまで師匠のために隠れるんス。だからなんかボクにしかできないことが起きたら、迷わず大声で呼んでくれっス。師匠の声ならどんなに離れていても聴く自信はあるっスからね》

 こうして〈銀狐〉とアルディド、レン、ファリーダの部下二人は、〈猫目〉のあとに続いて避難するために別のトンネルへと潜っていった。

 残された四人と一人は、つかの間の静寂に包まれたが、すぐに立て続けの轟音で我に返り、頷き合った。

《今がその時よ。相手が誰だろうと、こんな暴虐行為はやめさせなくちゃならない》

 と決意と闘志に燃えた朱音の言葉をきっかけに、彼らはギルドの建物から駆け出して行った。


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