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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第四章 対決編
53/103

『いざ、帝国へ』

 ファリーダはその日の日没前には戻ってきた。そして誰かから慰めや憐憫の言葉をかけられるのに先んじて、一同に言った。

《残りの賢者はあと二人だよ。こうなったら、こちらから仕掛けるべきじゃないかねえ。私はいつまでも追われるような立場は嫌だし、あんたらだってそうだろう?》

 夕食のために勢ぞろいしていた皆々は、この提案に対して考える間をおいた。

 最初に口火を切ったのは、レンだった。

《ボクもそうした方がいいと思うっス。だけど、どうやって帝国に忍び込むのかはわからないっスけどね》

 アルディドが仲間たちを見回し、苦笑する。

《これだけ風変わりな一行だったら、どこの街でも注目されて当然だね。帝国ならなおのことだ》

《魔法でどうにかならないの? 姿を消す、とかそういうの》

 朱音が短絡的に言うと、ファリーダは「ふん」と小ばかにしたように応えた。

《その「魔法」こそが、私たちを判別する材料になるのさ。私たちギルド員は、皆、血を保管されてるんだ。何か不祥事が起きた時、その人物を特定するのに使うためさ。姿を消すなんてことをしたら、たちどころに魔力を察知されて監獄行きさ》

 すると、遠くを見つめるようにして記憶をたぐっていたらしいアルディドが言った。

《別に正攻法で乗り込むことはない。帝国の東側に広がっている湿地帯だが、今はどうなってるんだ? 僕が知っているのはラミア共の巣窟だったはずだが》

 ファリーダは、宿の使用人そこのけで給仕するバージルから受け取った濃い紅茶を飲みながら、片眉を上げて言った。

《無駄に長生きしてないのね。でも、もうあそこは人の入るような場所ではなくなってしまったわ。沼地は毒沼になり、あそこをねぐらにしていたもの共は廃ラディウムに汚染されて死んでいったの。その中で生き残ったものは、ラディウムと同化して変異し、元の姿を想像できないまでのグロテスクな生物に成り下がったわ。今ではあそこは毒を吐き、廃ラディウムで強化された魔物の巣窟ね。でも帝国はそんなことなどお構いなしで不要になったラディウム屑や魔法の産物の失敗作を廃棄する場所として使い続けているけれどね。その毒の沼と帝国の境には魔法防壁を備えた岩壁を隔てているから安心してそんなおおざっぱなことをしていられるのね》

 この話を聞き、龍児が何かにピンときたように持っていたゴブレットを置いて言った。

《その廃棄場?ですが、そこへごみ屑を捨てに行くのはどういう人たちなんですか?》

 すると、ウマルがぽん、と自分の狭い額を叩き、当たり籤でも引いたかのように身を乗り出して応えた。

《それよ、それ! 忘れとったがすよ! あのうす汚ねえ屑置き場に行かされるのは俺らドワーフでがす。それも、ギルドから処罰を受けた連中でがす。もちろん、ラディウムの毒素にあてられない体質を持っているせいもありやすが、魔道士共のおもちゃにされて結局捨てられる羽目になったのを押し付けられてあの沼まで運ばされるのは、やっぱりドワーフにとっちゃ悔しい限りでがす。左遷みたいなもんでがすからね》

《じゃ、お前、その運び屋のドワーフに知り合いでもあるんか?》

 ワリードが尋ねると、ウマルは強く頷き、

《俺たちドワーフの結束はどの種族にも負けはしませんて。もちろんあるでがすよ。それに、これはドワーフ以外に漏らしちゃいけねえ秘密なんでがすが……》

 と、ちらちらと面々を伺うウマルに、ファリーダの一喝が突き刺さる。

《ウマル! 今は四の五の言ってる場合じゃないくらいわかるだろ? 言っておしまい!》

 ウマルは猪首をすぼめて小さく口の中で「へーい」と応えると、無意識に声の調子を落としてひそひそと言った。《ドワーフにとっちゃ、トンネル掘りは無意識の意識で掘っちまうもんでがす。つまり、帝国にも、ドワーフたちが掘ったトンネルが網目のように広がってるってことなんでがす。もちろん、あのゴミ捨て場にもトンネルは続いてるでがす。それを使えば、帝都に入るのに邪魔は入りません》

《それはもってこいじゃが、結局はその沼地に行かなならんのじゃろ? 帝国の鼻先であんさんらの存在が察知されはしないんか?》

 と玄人がやや懸念した声音で言うと、ワリードが薄い胸を精いっぱい張り、言った。

《これまで俺らが帝国の目をかすめてこれたのは、ひとつにこいつのおかげなんでござんすよ》

 と、彼は「ばばーん」とばかりに胸元についているバッジのような物を見せつけた。

《これは俺の発明品で、俺らの血、つまり魔力の波動を追跡されるのを避けるために作った『魔力遮断器』なんでさ。だからこいつさえあれば帝国の鼻先をぶんぶん飛び回っても相手にはさっぱりわからんてぇ具合なんでござんすよ》

《だとすると、その沼地から帝国内に入るのがベストみたいだね。だが、そうなると、エルフの僕とレン、君は行かない方がいいね。エルフの魔力の放射は独特だから》

 と言ったアルディドに、レンはぴょこんと立ち上がって大否定した。

《ボクはどこだろうと師匠と一緒にいるって決めたんス! お前なんかくたばれ、このクソカスじじいエルフ!》

 レンの悪罵にも微笑を返したアルディドは、肩をすくめ、

《君が絶対に行くというのなら、僕も行かないとならない。君が傷つくのを見ていられないからね、君はアカネの友達なのだし、この僕もアカネたちと友達だと思っているから》

 するとワリードが殊勝なことを言った。

《ちょっと時間をもらえるんなら、この街の工房で作ってみるでござんすよ、あんたらの魔力の波動に合う装置を》

 レンがぴょんと飛び上がり、ぱしっとワリードの寝ぐせだらけの髪をはたくようにして言った。

《わお! お前、ただのネクラだと思ってたけど、なかなかいいとこあるっスね!》

《ネクラ? 俺は帝国一の発明家でござんすよ。そこんとこ間違えないでほしいでござんすね》

 奇妙なコンビでわいわいとやっている間に、バージルがひそやかにファリーダに向かって言った。

《お嬢様、わたくしはどうしたらよろしいのでしょうか》

 ファリーダは一息ついてから応えた。

《…そうね…お前はしばらくここにいた方がいいと思うわ。そして何もかもが終わった時、お前は自分ですべきことを決めなさい》

《何もかもが終わった時と、どうしてわかるのでしょうか》

 というバージルの問いに、ファリーダはつい、と顔を背け、応えた。

《…わかるさ、きっとね。とにかく、この後のことは私たちが決着をつけること。お前には関係ないことよ》

 バージルの完璧な使用人らしい感動に乏しい眼差しに、わずかな情が色めいた。だがそれを先に読み取ったファリーダはすっくと立ち上がると、ワリードにきびきびと言った。

《いつまた次の襲撃があるかわからないんだ。早く取り掛かるんだね、そのなんとかってやつを作るために》

 このところ活躍の場がなかったワリードは、嬉しさのあまり挙動不審な身振り手振りをつけながら何度も頷いた。

《へ、へい! ま、ま、任しておくんなせえ! い、一度エルフの魔力の波動ってやつを見てみたかったんでござんすよ! ウマル! お前も手伝え! そこのエルフの二人、俺と一緒に来るでござんす!》

 激しくどもりながらも、喜色満面のワリードに、ウマルとエルフの二人にも否やはなかった。ただし、レンは食後のデザートに未練があったようだったが。

 彼らが行ってしまうと、龍児があまり冴えない顔つきで言った。

《その沼沢地から帝国に潜入するにしても、その筆頭魔道士たる人物のもとに行きつくまでに、邪魔が入ると思うんだ。僕は一般の人々を巻き込むのはどうかと思う》

 これにファリーダが頷き、

《確かにそうね。帝国と言っても、全員が全員、魔道士なわけじゃなし、ましてや帝国が何をしようとしているかなんて知る由もない連中のほうが圧倒的に多いね。別にそういった連中に配慮するわけじゃない、むしろ一般人が私たちの行動を阻害するんじゃないかと危ぶんでいるよ》

《ねえ、考えたんだけど》

 と朱音が運ばれてきた色とりどりのフルーツに早速手を伸ばしながら言った。

《〈銀狐〉さんに連絡を入れるってのはどう? あの人なら、もしかすると、帝国に雇われてるアサシン集団と話をつけられるかもよ? アサシン集団も元は盗賊ギルドの一派なんでしょ? それなら顔見知りかもしれないじゃない?》

《連絡をとってどうするつもりなんじゃ》

 玄人が尋ねると、朱音はあっさりと応えた。

《ドワーフもトンネル掘りが好きみたいだけど、盗賊も大好きだったみたいじゃない? これはあたしの直感なんだけど、きっと私たちを狙い続けてるアサシンのボスと〈銀狐〉さんは知り合いだと思うのよ。もしアサシンたちを言いくるめられたら、あたしたちの行動の幅はぐっと広がると思うのよね》

《このことに無関係な人を巻き込むのはどうかと思うがな…》

 と龍児が否定的に言うと、朱音はワリードと一緒に出て行ったレンを思いながら、

《レンを盗賊ギルドに預ける話、これにも役立つと思うのよね。残念だけど、いつまでも一緒にいることはできないでしょ? なによ、あたしが冷血漢か何かに見えるの? リュウ》

《いや、そうじゃなくて、逆にお前が寂しいのではないかと思っただけだ》

 龍児がわずかに顔の向きを変え、朱音を視野から外したのを、玄人だけが見ていた。

《それだったら、早く連絡とらねえとまずいんじゃね? こっちじゃ亜空間通信もハンディもねえ…おいっ、なにするんだよっ、アカネ! いてえだろ!》

 食べることばかりに集中していた大牙の口から、地球世界での用語が飛び出したので、朱音が思い切り大牙の脚を蹴飛ばしたのである。その彼女は、最後に葡萄の粒を口に放り込んで恍惚の表情を浮かべてから、言った。

《援軍はたくさんある方がいいわ。特にあちらが人海戦術をしてくる集団ならなおさらね。あたし、ドナテラさんのとこに行って、速達で届けられる鳥を貸してくれるよう頼んでくるわ》

《僕も行こうか?》

 龍児が腰を浮かしかけたのを、朱音は素っ気なく首を振り、

《夜は昔からあたしの馴染みなのよ。それに、あたしは誰かに守られるのは嫌なの。そんなにあたしは頼りなく見えるのかしら? だとしたらてんでなってないわ。女は守るべきものだなんていうのは時代錯誤もいいところ。むしろ私が好きなのは、男を守ることよ。じゃ、行ってくるわ》

 赤い髪をひるがえして宿を出て行った朱音をなんの気なしに見送っていると、ファリーダが食後の甘いリキュールを飲みながらテーブルに片肘を突き、そこに端正な輪郭をした顔を乗せ、少しぼんやりとした口調で言った。

《…強さの中には同じだけの弱さも潜んでいる……その弱さを覆い隠すだけの強さが必要になるのよ……あの娘の中にも卵のようにもろく壊れやすいものがある……》

 ここでハッと我に返ったように瞬きをして姿勢を正したファリーダは、一息にリキュールを飲んでしまうと、すっくと立ち上がった。

《あと残っている賢者はウラヌスをのぞいて、第二賢者のイェルガー・プルートーだよ。私の知っている限りでよければ、奴のことを話してやるけれど、ここじゃさすがに賢者の話はできない。私の部屋へ来るかい?》

 返事を待たず、バージルを従えて自分の部屋に向かい始めたファリーダのあとを追うべく立ち上がったが、大牙だけがテーブルにへばりつくようにして皿に残っている食べ物を咀嚼していたので、玄人が力づくで大牙の首根っこを引っ張った。もちろん大牙は不平をぶつけた。

《賢者なんか俺様の敵じゃねえよっ! 予習復習なんてガラじゃねえし、俺! そういうのはお前たちがやっとけばいいんだ! 俺はいつも出たとこ勝負、それが一番性に合ってるんだよ! 食わせろよ! この、クロトのクソ野郎!》

 大牙の喚き散らす声は二階の客室が並ぶ回廊中に響き渡ったが、バージルが開けていた扉の中に入り、彼が静かに扉を閉めると同時にぴたりと聞こえなくなった。


*****


《……そうか。死んだか》

 トルステン・ウラヌス筆頭魔道士は、自分だけの私室ではない、他の賢者や魔道士たちと会うための方の私室でイェルガーと向かい合っていた。

 黒髪を長く伸ばし、前髪で右目をほとんど覆い隠しているイェルガーは、左目の緑の三白眼をより厳しく凝結させて応えた。

《一瞬、血の流れが変わり、大魔法(EXMエクストリームマジック)の発動が察知されたのですが、それをもとどめられたらしく、結果、死亡したと思われます》

 ウラヌスは奥歯をきりっと噛み、

《あの姉の方が上だったということが証明されたということだな。なんという皮肉か。しかし、ここまで我ら賢者が挑んでも目的を達することができないとなると、よもやと思っていたことを実行せねばならぬかもしれぬ》

 イェルガーの暗い表情にわずかに動揺が走る。

《それはなりません、筆頭魔道士様。あなたの真の力を発現させれば、帝国は焦土と化すでしょう》

 ウラヌスはうすら恐ろしい微笑を口元に浮かべ、手で左目の眼帯を撫でた。

《…帝国など、所詮この世の目で見るしかできない者の狭隘な世界でしかない。世界はここだけではないのだ。いや、もっと素晴らしい世界が広がっているのだ。それを現実のものとするために、私は遣わされ、そしてそこを支配する第一の者となる運命なのだ》

 イェルガーは賛否を曖昧に濁すように言った。

《あなた様が新たな地を支配することは素晴らしいことでしょう。しかし、そのためには確実に『光の都市』が存在すると言う確証がないといけません。あなた様と言う優れた魔道士を一人、ヴェイドの中に失うのは…》

 ここで吃としたウラヌスの言葉が差しはさまれた。

《私が失敗をするとでも言うのか、イェルガー?》

 第二賢者は俯いて応えた。

《…いいえ。ですが、帝国の賢者をものともしない者たちが相手なのです。もっと慎重になられた方が…》

《黙れ! この期に及んでしり込みするか、イェルガー!》

《…いいえ。私は筆頭魔道士様の御為を思い、言ったまでです》

《ならば、お前が必ず目的を完遂してくるのだな。放逐した者共は二の次で良い。とにかく、謎の冒険者たちを捕獲することが先決だ。彼奴等はかならず『光の都市』につながる何かを知っているに違いない》

 イェルガーは陰鬱に頭を下げると、

《例のごとく、冒険者と追放者たちの足取りを追うことはできません。しかし、サトゥルヌスの痕跡がシークレスト付近で消えたことから、まだその辺りにいる可能性は高いと思われます。アサシンたちからの報せを待ってから、行動に移ります》

《今度こそ私を喜ばせる結果を持ってきてほしいものだ》

《もちろんそのつもりでございます、筆頭魔道士様》

 と、イェルガーはその場から出て行った。

 彼はそのまま自室へ帰らず、地下のある一部屋の前に向かった。

 その部屋の扉には、厳重に封印の術が何重にもかけられていたが、イェルガーの一念で、それは霧消した。

 中は、滅多に人の入らない室内特有の、湿っぽく、かび臭く、白けた場所だった。

 一般の魔道士や下位のギルド構成員などには目に入れたくない禁書や秘儀の書物や巻物が乱雑に積み上がっている中に、まるで試験管のようなものがずらりと並んだ細長い卓が壁際にあった。

 それは高位の魔道士、そして賢者たちの血が保存されたものであり、イェルガーはその中から二本、抜き取ってじっと赤黒い液体の入ったガラス管を見つめた。

《……ローランド…そしてキア……私の力になってもらうぞ》

 イェルガーの声はまるで地の底から聞こえてきたように室内に響いた。その蒼ざめた唇をにぃっと邪な悦びに笑ませ、彼はその場から立ち去った。


*****


 『見捨てられた湿原(ウェストムーア)』は、海上からでも、そのおどろおどろしく濁り、重い空気が沈殿している様がはっきりと伺えた。

《普通の人間を連れてこなくて良かったよ。ここからでも()ラディウムの波動が感じ取れるからね。それも属性も何も区別されずにごたまぜに放り出してある。ワリード、いつもより多めにラディウム耐性薬を飲んでおくんだね。薬屋のお前は生粋のエルフだからまあいいとして、その中途半端なガキはどうするつもりだい? 第一、帝国に潜り込もうとしているのに、どうしてこんなガキまで連れてくる必要があったんだい》

 ファリーダがグンニルの真後ろで巨大なイルカのようなものにまたがりながら、背後で必死に取っ手を握り締めている部下や、並んでギサロが操るジュゴンのようなものに乗り、深刻さの欠片もない様子で海上を疾走するのを楽しんでいるレイジュウジャーの若者たちに聞こえるよう、声を張り上げて言った。

 朱音があっけらかんと言い返した。

《仕方ないじゃない。置いていったりしたら、一人で後を追ってきちゃうに決まってるもの。だったら初めから連れてきた方がいいってことよ。それに、アルディドさんもいるし、平気よ。ね? そうでしょ?》

 朱音が乗っている生物の一番後方に座っていたエルフは、それまで感心したように海上を疾駆するマーフォーク族のマウントを撫でたりさすったりしていたのを、朱音に注意を戻して頷いた。

《確かにこれから向かうところの廃ラディウムの波動は強烈だけれど、レンならば少し煎じ薬を飲めば、大丈夫だよ。思うに、彼女には相当の潜在的な魔力が備わっているみたいだね》

《魔道士なんてくそくらえっスよ!》

 レンはむすっと言ったものの、何かに心を奪われているようにすぐにだんまりになってしまった。

 レンの微妙な態度には気づかないまま、彼らは元は控えめながら可憐な花々をつけ、透き通った水と青々とした植物で溢れていたであろう、三角州の一角に到着した。

 グンニルが言った。

《これ以上は水が浅くてマウントを泳がせることができぬ。それに、わしたちは近づけぬ。わしらは人間どもが必要とする毒の石とは無縁ゆえ、抵抗力がない》

《いいえ、ここまで連れて来てくださっただけで感謝しています。あとは僕たちの仕事です。必ずあなた方が元の住処へ帰ることができるよう、努力してきます》

 龍児が四角四面に頭を下げて礼を言うと、グンニルは堂にいった笑みをし、

《わしらこそ礼を言わねばなるまい。なんといっても、我らが信奉する水竜を呼び覚ましてくれたのだからな。おぬしたちには不思議な加護がある。きっと大願を成すと確信しておるぞ。ではしばしの別れだ。さらばだ、人間たちよ》

 ギサロと共にグンニルが大型水生動物と共に水中に消えたのを見送った一同は、振り返って改めてこの場所がどれほど悲惨で絶望的かを思い知った。

《なんだよ、このくっせーの?! それに俺のスニーカー、ぐっしょぐしょだし!》

 大牙がぐずぐずとした泥の地面に文句をつけた。彼が不平をこぼすのも無理はない。まだこの湿原の突端にいるにもかかわらず、腐敗臭のようなものが吹き付けていたからだ。そんな彼の肩をぽんとたたいた玄人が、物おじせずに歩き出しながら言った。

《今からそんな弱音を吐いていたら、帝国につけんぞ。それにここには得体のしれない生物もいるんじゃろ? ファリーダはん》

 ピンヒールのブーツがずぶり、と沈むのに難儀しながらも、ファリーダも恐れげもなく進みながら応えた。

《魔法のごみ捨て場だからねえ。もともとラミアの巣窟でもあったし。想像でしかないけれど、廃ラディウムが交じり合って突然変異を生んだとしても、私は驚かないね》

《怪物退治ならお手の物よ。このところ人間相手だから、すこーん、と怪人の頭を蹴り飛ばしたくてしょうがないわ》

 朱音がシュッシュッと脚蹴りの型をしながらあとに続く。

 すると龍児がいつの間にか片手にスキャナを持ち、まるで観光客が地図を見て歩くようにきょろきょろと辺りを見回しながら言った。

《ここはずいぶん広いですね。こうなる前はきちんとした街や都があったのでは?》

 ファリーダが「知らないわ」と肩をすくめたので、アルディドが彼の疑問に応えた。

《僕もここが魔物の住処になってしまったとしか知らないんだ。だけど、帝国がこの湿地帯との境界壁を築いたことは知っているよ。ラミアの襲撃を止めるためだったのだろうけれど、だんだんとここの存在意義が変化したんだろう。帝国がこれだけ魔力の増強を図り、なにがしかの野望に熱中しているとすれば、それだけ廃棄物も多くなるというものだ。ラミア自体も、ひょっとすると帝国の負の産物だったのかもしれないな》

《なんだよ、そのラミアってやつ?》

 ぐちゃぐちゃの泥沼と、次第に増えてきた気味の悪い植物から発せられる腐ったごみのようなにおいを紛らわすためか、『スニッパーズ』にかじりついていた大牙が尋ねた。そんな彼を、朱音が「よくこんなところで物が食べられるわね」と呆れた顔で見ている。

 アルディドは足元からひょろひょろと伸びる胞子植物の先端をへし折って眺め回しながら、

《簡単に言えば、マーフォーク族の雌の蛇バージョンかな。上半身は美女、下半身は大蛇の半人半獣族だよ。ただし、彼女たちに雄は産まれない。だから人間の男をさらって、ラミアの女王と交わうと言われているよ。もちろん、その憐れな美男子くんは用が済んだら彼女たちの腹を満たすものになってしまうのだがね》

《まるで蜘蛛みたいなもんじゃな。じゃが、ここまで住処を荒らされてしもたんは、ちぃとひどすぎるのう》

 玄人がひとつ「げほっ」と咳き込んでから言った。今や、周囲には灌木ほどの高さの毒々しい色をした植物やら苔やらがみっしりと生え、時折、「ぼふん」と胞子なのか毒ガスなのか、よくわからないものを吐き出していた。

 朱音は、終始口をつぐんでいるレンが気がかりだった。アルディドの薬がよく効くのは知っていたが、このサイケデリックな場所で気分でも悪くしているのではないかと、そっと彼女の傍に近寄り、声をかけた。

《大丈夫? ムリしてない?》

 レンにしては珍しく晴れない眼差しを朱音に向け、口振りも冴えず、ぽつりぽつりと応えた。

《よくわかんないス……でも、なんかこう…誰かに見られてるような……ここんとこがむずむずするっス》

 と、首の辺りをさすった。

 朱音はアルディドの腕を引き、

《ちょっと、レンの様子見てみてよ、アルディドさん。なんか具合が悪そうなの》

 エルフの薬師はこの要請に首を傾げ、

《おかしいな、僕の調合は間違ってないはずなんだが…》

《師匠、薬は効いてると思うっス。何かがボクの中で扉を叩いている感じがするっス。なんスか、これ?》

 と言うレンの言葉に、ファリーダが反応し、眉根を寄せた。

《それって、もしかすると、お前の心に念じかけている誰かがいるのかもしれないよ。魔道士同士は念話ができるからね。だけどお前は魔力の訓練をしていない。だから聞き取れないのさ》

《なんでボクなんかに?》

《知るかい、そんなこと。それより、ぼやぼやしてないで歩くんだね。でないと突然変異した何かに食い付かれるよ》

 とつっぱねるように言ったファリーダは汚泥の地面もものともせず、さっさと歩き出そうとした。

 その時、龍児がぴたりと足を止め、表情を引き締めて言った。

《何かがこちらに近づいてくる……皆、敵意はないことを示した方が良さそうだ。帝国には勘づかれなくても、人外のものたちには通用しなかったのかもしれないな、その遮断器は》

 彼の言葉は正しかった。しばらくその場でとどまっていると、グロテスクな背景の中に忽然と優美な曲線を持つ生き物が現れ、音もなく近づいてきたのである。

 それは二人連れであった。

一人は、マーフォークの雌と似通っていたが、しかしその下半身はうねうねとした大蛇であり、その顔は残酷なほどに美しかった。

そしてもう一人は、すらりとした長身で、真っ白な長髪を三つ編みにして背中に垂らし、硬質な輝きをみせる紫色の瞳は彼らを読み取りづらい表情で見つめていた。そしてこの人物はどこかアルディドと似通っていた。

 この異色の二人連れを見て、最初に反応したのはレンだった。彼女は無意識に自分の少しだけ尖っている耳をいじりながら、彼女らしくもなく血の気の引いたような顔で言った。

《……お前……お前は何者っスか?! さっきからむずむずするのは、お前のせいっスか?!》

 白髪の人物は顔の脇に垂れているおくれ毛を尖った耳にかけながら、穏やかに応えた。

《その通りだよ、カレン。久しぶりだね。このような状況でなければ、もっと嬉しかったのだが》

 朱音が白髪のエルフとレンを見比べ、驚きを隠せず言った。

《カレン? あんた、カレンていうの?》

 レンはプイっと顔をそむけ、ものすごく不機嫌に言った。

《そんな名前、とっくの昔に忘れたっス!》

 すると、白髪のエルフは泥沼の上をわずかに浮遊しているのか、すいっとレンのすぐ前まで近づき、彼女の首に下がっている革ひもをつ、と引き出して言った。

《私を毛嫌いするのは当然のことだが、こうしてこれを持っているということは、私を忘れないでいてくれた証だ。嬉しいよ、カレン》

 レンはぎろっと長身痩躯のエルフを見上げ、ひったくるようにして紐の先に結わえてある革袋を取り返した。

《これはかあちゃんの形見だ。お前なんか知らねえっス!》

 白髪のエルフはやや寂しそうに眉目を曇らせ、

《知らなくても仕方がない。お前たち母娘を帝国から逃がしたのは、お前がまだ物心つかない頃だったからね》

 一番先にこの会話の中の真意に気付いたのは、追放されたとはいえ、現役の魔道士であるファリーダだった。彼女は珍しくその高慢さをひっこめ、言った。

《あなたは、もしや、前の筆頭魔道士……》

 半人半獣の生物を引き連れてきたエルフは、おどけたように眉を上げ、

《おやおや、私のことを覚えている者がいたとはね。その通り、私は前筆頭魔道士のケイラン・マグナス、そしてそこの娘の父親だよ》

《お前なんか親父なんかじゃないっス! 僕にはかあちゃんだけが全てっス!》

 ケイランは反発するレンをただ愛おしそうに眺めながら、

《その割には私の髪が編み込まれたブレスレットをずっと持ち歩いていたじゃないか。それのおかげでお前の存在を察知し、なぜこのような場所に来ているか問いに来たのだ。そのことは、このラミア族の女王ダルシーも気にかけている》

 ケイランは傍らでじっと成り行きを見守っていた亜人を見やった。

 その姿は艶めかしくも、母系社会の頂点に立つ者の冷徹さと残酷さを含んだ高潔さをうかがわせた。しっとりとした黒髪が背中に流れ、ほぼ全裸の上半身に身に着けているものと言えば、豊満な胸の乳首に下がるボディピアスを思わせる装飾品と黄金色のトルク、上腕部から手首にかけていくつもはまっているブレスレットだった。

 そしてその下半身は、聞いていた通り、蛇のようにとぐろを巻き、時折うねるたびに、ぬめりのある光沢を見せた。

 爬虫類の瞳を思わせる、縦長の瞳孔をした黄色い眼が、侵入者たちを眺め回し、言った。

《この地は我らがようやくたどり着いた安住の地。だが、今は滅びの一途をたどっている。我らは穴倉に隠れ、この腐敗した毒から逃れんとしているが、それも限界に来ている。中にはこの毒に侵食され、死んでゆくものもいる惨状だ。そのような毒が蔓延する中、敢えて帝国に向かわんとしているお前たちの目的を質したいのだ。それはこのマグナスも同じ考えである》

 『蛇女のくせに、なんか偉そうだな』と内線で大牙が言っている中、ケイランがダルシーの言に頷いて続けた。

《最近聞いたところによると、君たちは賢者たちの仕掛けをことごとく撃退したそうだね。そして今、まさに敵の真っ只中に向かおうとしている。君たちは帝国の転覆をなそうとしているのかね?》

《そういうあんたこそ、蛇女なんか引き連れて、なんのつもりだよ》

 大牙がやや反発をこめて言った。そういう雰囲気を、このエルフの魔道士は発していた。

 ケイランはそんな大牙の内心を見通しているかのように苦笑し、

《すまない、君たちの心証を害するつもりはなかった。そうだな、答えを得たければ、こちらから……おっと、これはまずいな。カレンの存在に引き寄せられて現実世界にやって来てしまったが、あちらもなかなかしぶとい連中だ。私が生きて存在していることを彼らに勘づかれることは今はまだあってはならない。ダルシー、あなたも早く巣穴へ戻りなさい。ラミアの女王が地上にいると知れれば、連中は目の色を変えるだろう。生体実験をすることを好む忌まわしい者共の巣窟だからな、帝国は》

 ラミアの女王は否やもなくするすると泥の地面の上を滑るように去って行き、ケイランはレイジュウジャーたちに改めて言った。

《この魔力の強さは賢者のものだ。すまないが私は隠れる。私が標的になるわけにはいかないのだ。あつかましいことだが、カレンを頼む。帝国から呪わしい妄想の闇がのぞかれた時、この不義理な父を好きなだけ詰ってくれ、カレン。では》

 と言い残すと、ケイランは泥の地面に手をつき、念じた。すると、ぱあっと闇色の光芒が円形に放射し、泥より濃い闇色に揺らぐ穴が開いた。そこへ白髪の魔道士は、その三つ編みをひらめかせて飛び込んだ。レンが思わず飛び出そうとするのを、朱音が引き止めた。

《あんたのことはもう少し物事が落ち着いてからにしよう、レン。ううん、カレンだっけか》

《ボクはレンっス! あんな野郎、知らねえっス!》

 これが強がりであるのは、その場の全員が感じたことだったが、誰もそのことを言及する者はなかった。無関心な者もいたし、心乱れている彼女を慮っての者もいた。そして、曇天の空にぽつん、と黒い影が現れたことを目視し、意識をそちらに向けた者もいたからである。

 龍児がスキャナを掲げ、言った。

《形はマンティコアに似ている。きっとマウントだな。しかし、帝都からここまでは相当の距離があるんだろう? 魔力の波動というものはそんなに強力なものなのか?》

 そんな情報までスキャナにデータとして組み込んでいるのかと朱音が呆れていると、ファリーダがこれに応えた。

《元筆頭魔道士でエルフとくれば、それは相当の魔力の持ち主さ。だけど、ちょっと察知されるのが早すぎる気もするね。ちょいとお前たち、役に立たないがらくたを作ったんじゃないだろうね?!》

 部下の二人が彼女の叱咤に首を引っ込めていると、玄人がどんな時でものんびりとした口調で言った。

《ワリードはんたちのせいじゃないかもしれん。単純にシークレストへ向かってる途中なのかもしれんが、こんな寂れた荒原に人影があるのを見られたら……むむ、言った傍から気付かれたようじゃな》

 今や灰色の空に、人面をし、蠍の尾を持った四つ足の生物が切り絵のようにくっきりと浮かび上がっていた。

 アルディドが何も言われずにレンを気味の悪い植物の茂みに連れて行き、ファリーダも部下たちを下がらせた。

 ぐんぐん降下してくる異形の合成獣の姿を見上げた朱音が、腹に力の入った声音でつぶやいた。

《どこからでもかかってこいってのよ。なんだかすごく身体を動かしたい気分なの》


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