『ファンロンにて』
レンに疑念を持たせないために朱音以外の三人がファンロンに戻ると、キリルは格納庫でレイジュウジャーたちの専用機の調整をしているところだった。
「よう、キリル、若僧どもが御帰還だぜ」
ジルコンの口の悪さは直っていないらしい。
ウェーブした長い金髪をざっくりと束ねていたキリルが振り返ると、一人足りないことに気付いて言った。
「アカネはどうした?」
大牙が床中に散らばっている部品や、様々な波形を表示しているモニタの間を縫うように進みながら応えた。
「妙なおまけがついちまってよ。アカネの奴、そいつから離れられねえんだ」
キリルは長く作業していたらしく、立ち上がって身体を伸ばすと、
「彼女らしいな。彼女には天性の姐御肌が備わっている」
と面白そうに言った。そして龍児と玄人に視線を投げて、
「ここに戻ってきたということは、また何か手に入れたのかな?」
龍児がバックパックから取り出そうとして、あからさまに驚きの表情を浮かべた。
「どうしたんじゃ?」
龍児の動揺が大きいので、玄人が怪訝に声をかける。龍児は思っていたものと違う触感のものを取り出してみせた。
それは髪の毛ではなくなっていた。極彩色の大きな羽根が、彼の手の中にあったのである。
「もらった時は髪の毛だったじゃんか」
大牙が目を丸くして言った。
龍児はその大きな羽根が三枚あることを数えながら、
「よくわからないけど、水の底に沈んでいても、水竜には翼があるのかもしれない。今では使われなくなった翼がね」
「しかし、綺麗な羽根じゃのう。なんとなく、エネルギーに使ってしまうんはもったいないくらいじゃのう」
と玄人が素直に言うと、キリルは龍児が差し出した羽根に触れて見ながら言った。
「これを使えば、玄武王のエネルギーをかなり回復させることはできるだろう。だが、思うのだが、君たちにはやるべきことを抱えている。これはそのことに使うべきだと思う。相手は強敵なのだろう?」
龍児は首を振った。
「わかりませんが、帝国の魔道士のトップに君臨するくらいですから、それ相応の力を持っていると考えます」
キリルは頷き、極彩色の羽根を龍児に押し戻し、
「私もだいぶこの世界の仕組みがわかってきたからな、ドラゴンというものがどれだけ影響力を持ち、威力があるかを理解しているつもりだ。それに、ドラゴンは君と通じる部分があるはずだ。敵と相対する時、君の力となるのではないかな。まずは目の前の事象を解決することが先決だ。この世界の人々の安全を確保するのと同時に、君たちが自由にこの世界からエネルギーとなるものを集めることができるようにするためにだ」
「実際、どのくらい復旧しているんですか」
龍児が羽根をバックパックに戻しながら尋ねた。キリルは各所に散らばっているモニタの電源を落としながら応えた。
「ファンロンの基本的なシステムは回復している。ただ、余分な機能、例えば疑似訓練室などは稼働させていない。専用機については、なかなか難しい状況だ。ファンロンの復旧に部品を転用してしまったからね。ただ、メインコンピュータの方の再構築は進んでいる。もちろん、ジルコンの助けがあってこそなのだがね」
「感謝が足りねえぞ、キリル」
すかさずオウム型ドロイドが嘴を挟んだ。キリルはうっすらと苦笑を浮かべ、
「さすがにぶっ続けの作業は堪えるね。私は艦長室にいる。何か用事があればそちらに来てくれ」
「俺、なんか食いに行く。あっちのメシがまずいってわけじゃねえけど、やっぱり地球の味が欲しくなるんだ」
と大牙がキリルの後に続いて格納庫から出て行くのを、龍児と玄人が見送った。そしてなんとなく二人の視線がかちあった。
先に龍児が言った。
「お前は行かないのか」
玄人は玄武王が格納されている方へと歩き出し、何本ものケーブルで繋がれている黒を基調とした専用機を見上げて言った。
「感傷的になるつもりはないが、やっぱりこれを見ると、地球が懐かしくなってのう。わしらは本当に戻れるんじゃろか」
ため息まじりに龍児が応えた。
「戻るさ。僕たちはいつも戻ってきたじゃないか」
「……戻らなかったもんもおるぞ」
玄人の言葉の裏側に込められた意味に、龍児はぴくりと眉根を寄せた。
「そのことと、今回の僕たちのことは別物だ」
ぴりぴりとした雰囲気をかもす龍児の心をこれ以上逆なでするのはやめ、玄人は再び玄武王を見上げて言った。
「なんとなく感じるようになったんじゃが、わしらがここに落ちたのは、必然のことだったんじゃないかと思うようになってのう。そうは思わんか。行く先々で問題や事件が起きる。今では旧時代の生物と交渉を持つまでになってしもた。わしらはこの星に求められてやってきたんじゃないかとまで考えてしまうんじゃ」
龍児は乾いた笑いをし、
「お前は実はあの角付きのヴォルガ族の生まれ変わりなんじゃないのか? 確かに彼らの運命論は、宇宙哲学の『星いずる大渦』の意思によって、全てのものは関連付けられ、命を与えられ、そして死に、それがまた新たな命のはぐくみになるというものと似ている。僕は運命なんて信じないけれどね。過去は変えられないけれど、現在から未来に続く道は自らの手で変えられると信じている」
「では、タケルは望んで死んだということになるのう。それが奴のあの過去の一点であった現在の選択だったわけじゃ。確かにあの時、奴が盾にならなければ、お前は…」
龍児の無表情の仮面にぴしっとひびが入るように歪みが生じる。
「その話はしたくない」
「逃げ続けても、過去は変わらんぞ。むしろ、その救われたお前の命を大切にすることこそ、タケルの死に報いることなんじゃないかのう」
穏やかな玄人の言葉に対し、龍児は反発するようにきりきりとした口振りで言い返した。
「誰かの死の上に立って生き続けることが、どれだけ苦しいか、お前にわかるか?!」
「じゃが、もし立場が逆だったとしても、お前はタケルと同じことをしたじゃろ? それとも、見殺しにするんか?」
龍児の切れ長の瞳が見開かれ、彼にしては感情的に応えた。
「まさか! 僕の命で守れるのなら、何度だって差し出すさ!」
玄人は歳に似合わない苦い微笑を浮かべ、
「…お前たちは無二のコンビじゃった。これほど波長の合うレンジャーはいないと、ボスが話していたのを聞いたことがある。その片方が斃れたことの喪失感は、正直、わしにはわからん。じゃがな、あの過去の事件は、ああなるべくしてなったと思え。そうでなければお前はいずれ潰れる。そんなお前を、タケルは望んでいたじゃろか? お前が地球のために、宇宙の平和のために戦い続けることを望んで、タケルは死んでいったのではないのかな? そうでなければ、タケルは死に損をしたことにならんか」
龍児は何か言い返そうと息を吸ったが、空振りになった。そしてふらふらとした足取りで青龍王の繋がれた壁際に歩いていくと、開いたままのコクピットハッチに横づけにされている移動ステップをのぼった。
青龍王は完全に停止しており、パイロットシートの前のホログラムコンソールパネルも消えていた。あるのはシートと薄青い透過パネルの狭い空間だけだった。
玄人が何か気遣いの言葉をかけようと自分を見上げたのを、龍児は先を制して拒んだ。
「少しここにいる。久しぶりに青龍王のシートで落ち着きたいんだ」
玄人は肩をすくめるようにして了解すると、格納庫から出て行った。
しん、とその場が静けさのヴェールに包まれると、龍児の張りつめていた心はもろくも崩れ去り、シートの上で膝を抱え、顔を伏せてしまった。
微かに肩を震わせ、彼は弱々しく呟いた。
「……なんで僕を一人にした…タケル…残された僕はどうやって君がいないことを埋め合わせたらいいんだ? 一人で死ぬなんて、そしてその死の重みを僕の命に上乗せするなんて、ひどいよ…ひどいよ……」
最低限の照明の中で、龍児のすすり泣きが悲しみと絶望の氷雨のようにしとしとと流れ続けた。
*****
「なあ、ボス、一つ聞きてえんだけど」
艦長室兼談話室兼会議室兼、その他もろもろの物事を取り行う部屋の大テーブルで、特大のハンバーガーに食らいついていた大牙が、口中ソースだらけのまま、艦長席でゆったり紅茶を飲んでいたキリルに唐突に尋ねた。
「一つと言わず、疑問に思ったことは何でも聞くがいい」
「なら聞くけど、俺たち、四人でレイジュウジャーだろ? なのに、ここの世界の角生やした連中がさ、五色だって言うんだ。あと一色、黄金があるって。それ、なんのことなんだ?」
キリルは困ったように紅茶のカップを置き、大牙にはわからない微妙なニュアンスで応えた。
「ファンロン、つまり黄竜のことを言っていたのではないかな?」
大牙はがぶり、とソースが垂れるのも構わずにハンバーガーに取り掛かりながら、首をひねった。
「それは俺も思ったんだけどさ、ファンロンは五行機構で動いてるだろ? だから黄金ひとつで片づけられないと思ったんだよね。俺たちの他にも誰かいるのかな」
キリルはますます困ったようになりながら、一本気で短絡的さを絵に描いたような大牙に対し、曖昧に応えた。
「では、私のことかな? 私は一応『麒麟』だからね。だが、私には君たちのような戦闘能力はないし、ただの管理者でしかないからね」
大牙は一瞬食べるのをやめ、優雅な物腰で紅茶を飲むキリルを見た。
レイジュウジャーのような、地球を外敵から守るために特別な訓練と身体能力の強化を施されたエージェントを統括するために、キリルのような存在がどのチームにも配属されていることは知っていた。
だが、知っているのはそれだけで、この目の前の、宇宙怪物と戦う彼らとは全く雰囲気も物腰も異なる人物が、今の職務に当たる前に何をしていたかなど、全くの不明点だったし、誰も疑問に思うことはなかった。
珍しく大牙は神妙な顔つきになって言った。
「五行機構がファンロンを動かしてるってことはさ、俺たちもあと一人いないと、完全じゃないってことなんかな? ボスが『麒麟』と言われてるのは、単にコードネームなんじゃなくて、実際に麒麟の魂を持っていたりするんじゃねえの?」
キリルはカップの向こう側から蒼い眼だけを大牙に向け、優しい失笑に目元を和らげた。
「私はデスクワークと君たちのバックアップをするのが仕事だよ。『正義の守り人』も、全員が戦闘員で構成されていては、てんでばらばらな組織になってしまうだろう?」
大牙はなんとなくはぐらかされたような気がし、むしゃむしゃとハンバーガーを食べ終わると、首をひねりながら言った。
「でもよ、俺たちがここに墜落したのを見た連中が、黄金色に輝く何かを見たって言うんだ。俺たち以外には、ボスしかいねえ。どうしてボスは俺たちのボスになったんだ?」
いつになく追及のしつこい大牙に、キリルは飲み終えたカップを置いて穏やかに応えた。
「スカウトする能力も私たちのような立場の者には求められるスキルでね。東アジア地域は私の担当であったし、君たちを見つけ出したのは幸運だったよ」
大牙にもう少し深い思考力があれば、レンジャーとなる潜在能力を見つけ出すためには自身にもそれに引き合う何かを持っていなければならないことに気付いただろうが、彼は別のことに意識を移行してしまっていた。
彼は思いだしたように言った。
「なあ、ボス、もひとつ聞いていいか?」
キリルは、大牙の純朴で真っ直ぐな眼差しににこりと笑んで頷いた。
「私が応えられることならば何でも聞くがいい」
大牙はペーパータオルで口元をぐいぐいと拭いながら、言った。
「俺がこのチームに入った時、すでにほかの連中は知り合いだった。つまり、俺は補充されたってことだよな? 前の奴ってどんな奴だったんだ?」
ここで初めてキリルの貴公子然とした面差しに陰りが落ちた。彼は椅子から立ち上がると、背後の窓(本当は特殊プラスティックのパネルなのだが、どんな場所、それが宇宙だとしても、外の景色を見られるように透過できるシステムが備わっていた)から異世界の夜空を見ながら応えた。その口振りに苦みがあるのを、大牙は気づかなかった。
「…『白虎』の魂を持つ者は、共通する部分があるのかもしれないね。そう、君と似て、真っ向勝負を好む、熱血漢だった。そしてとても仲間思いの、猛々しくも優しい一面も持ち合わせていた」
「そいつは、死んだのか?」
単刀直入な問いに、キリルはため息と共に天井を仰ぎ、
「そうだ。私の走査不足のせいだった。彼はリュウを守るために…」
大牙の中で、漠然と何かがつながった気がした。彼は続けて尋ねた。
「そいつ、リュウと仲が良かったのかよ?」
キリルは窓の外を見たまま、頷いた。
「これまで幾度も四神の魂を持つ者たちを見てきたが、あれほどに『龍虎』のつながりを強く感じさせる二人はいない。彼らがコンビネーションをすると、その威力は二倍、いや、それ以上になったものだ。それだからこそ、彼はリュウを助けるためにためらうことなくその身を投げ出した…」
大牙のワイルドな眉がぎゅ、としかめられた。
「だからあいつ、妙な態度をとったんだな」
キリルは再度ため息をつき、
「チームメンバーの喪失は、四神の魂でつながりを持つ君たちにとって、表面上の喪失の悲しみ以上に、四神のバランスをも崩してしまう。特に、リュウはタケルと強い絆を持っていた。彼が今も心に傷を負っていることは確かだ」
「タケルっていったのかよ、そいつ」
「城崎虎瑠といった。クロトと同い年だったよ。タイガ、君が気にするのは理解できるが、レイジュウジャーとして活動するとなれば、死と向き合うことは覚悟しなければならない。そして『正義の守り人』はいつまでも『白虎』を欠員のままにしておくことはできないのだ。非人間的だと思われても仕方のないことだが、これが現実なのだ」
大牙はそっけなく肩をすくめた。
「だいじょぶだよ、ボス。俺はそういうことを気にするタイプじゃねえし。ただ、リュウのやつが変な態度したから、気になっただけさ。ボス、俺がこの話聞いたこと、リュウには言わねえでくれよ。あいつ、機嫌が悪くなるととっつきにくくて仕方ねえから」
キリルは肩越しに大牙を見、うっすらと笑んだ。
「言わないでおこう。このことはとてもデリケートな問題だからね。私でも手を焼いているのだ。君のその天性の前向きさと率直さが、彼の心のヴェールを少しずつ開かせることになるといいのだが」
「へっ、そういうのは俺には向いてねえよ、ボス。俺ができるのは、あいつと格ゲーやるくらいさ」
キリルは低く笑い、
「そういうことの積み重ねが彼の心の傷を癒していくかもしれない。君たちはチームだ。そのつながりを大切にしてくれ」
「んなこと、わかってら。じゃ、ボス、そろそろあっち側に戻るよ。ファンロンの方を手伝えなくってごめんな」
「君たちこそ手ごわい魔道士に気を付けて」
大牙はハンバーガーを食い散らかしたまま、仲間たちのもとへ行ってしまった。
キリルは微笑ましくも「まったく…」とため息をついてから、テーブルの上のものをフードサーバーに戻しながら、今話していたことを思い返していた。
「……もう二度とあのような場面には遭遇したくないものだ」
大牙の食べ散らかしたものがフードサーバーで再度分解されてかたづけられると、キリルは一人気分を切り替えるように唇を引き締めた。
「そんなことを考えるより、現実を見るんだ、キリル。私たちの地球はいまだ遠い。さあ、作業に戻ろう。ジルコン! 手伝ってくれ!」
どこからともなくばっさばっさと羽ばたきの音がし、極彩色のオウムがキリルの肩に止まった。
「貴様が手伝うんだろ、キリル」
「ははは、そうかもしれないな。お前がいないと、私はただの事務員さ」
「よく言うよ、俺様は知ってるんだぜ、貴様が昔…」
「またお前の悪い癖が出たか。本部のデータをハッキングするのはいい加減にやめろ。いずれ私が処分しなければならなくなるぞ」
「けっ、そんなもったいないことをするはずがねえな。なんたって俺の陽電子頭脳はアルファ宙域随一なんだろ? まっ、奴らには秘密にしといてやるよ。このツケは高くつくぜ、キリル」
「はいはい、なんでも言うことを聞くよ、ジルコン殿」
一人と一羽が再び格納庫へ戻ると、玄人と龍児の姿はなかった。大牙とともに地上へと戻ったのだろう。
キリルは薄青い空間の中でモニタの電源を入れ直しながらも、遠い昔の自分と現在に思いが脳裏に馳せるのを止めることができなかった。




