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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第四章 対決編
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『水竜』

 そこは、真夏であるにもかかわらず、ひんやりとしていた。ギサロたちの住処同様、住居部分は海底に掘られた洞窟にあったので、じっとりと湿った岩壁からしんしんと海水の冷たさを伝えてくるようだった。

《帝国の冬も寒いでがすが、こいつは全く芯から冷えるでがすなあ》

 今でこそ地上で生きているウマルであったが、やはり地熱の燃える地底国人の性分は変えられないらしい。先ほどから猪首をすぼめ、しきりに手をもみ合わせている。

《確かに寒いわね。暖房か何かないかしら…あるわけないか》

 朱音も寒いのは苦手である。

 すると、思いがけず、ふわりと肩に何かがかけられたのを感じ、彼女はハッと目を上げた。

《ないよりましだろう? 着ていろ》

 と、龍児が淡々と言い、すたすたと先頭集団に向かって歩き出していた。

 朱音は、肩にかけられた龍児の青いジレをしばし複雑な表情で見つめていたが、レンが腕を引っ張ったので我に返った。

《師匠! なにぼやっとしてるんスか? まじで水竜っていたんですねえ! ボク、さっきからもうどっきどきのわっくわくでしょうがないっス!》

 小躍りするような足取りで腕を引っ張られて進みながら、彼女はアルディドの微笑ましげな表情とかちあった。途端に、身体の中からカァーッとした火照りが湧き上がり、寒さなどどこかへ消えてしまった。

 朱音は脳天気にはしゃぐレンにつられたかのように明るく言った。

《そういうあんただって、半分はドラゴンと同じ時期を生きてきた種族じゃないの。もっと誇らしくしていいのよ》

《ボク、そういうことにあんまし興味ないっスよ。それに、ボクにとっちゃ、エルフなんてもんは、邪魔なもんでしかなかったし…》

《だけど》

 とにこやかにアルディドが会話に参加してきた。

《そういう君だったからこそ、アカネと出会えたのだと思うがね。自分の生まれた落ちた宿星はおろそかにはできないものだよ》

《あら、エルフもヴォルガ族のようなことを言うのね。彼らはすべてが運命の輪に連なって成り立っているという思想というか、信条を持っているのよ。だから結束も硬いし、一度信用されれば、裏切ることもない。逆に彼らに害なすものとみなされれば、それは排除すべきものであり、それこそが運命の天秤をただすという、崇高な目的になりうるのよ。だから敵に回すのはやめた方がいい種族ね》

 とドナテラが生来の好奇心を抑えきれずに話に入ってきた。アルディドはそんな男勝りな彼女を見やり、自嘲するような苦笑を返した。

《なにせ、僕自身が自分の生まれ落ちた星に逆らえずにいるからね。でなければ、こんなところにエルフがいるはずがない》

 岩壁や足元に蝋燭やランタンがかけられた緩やかな勾配の道を進んだ先で、ギサロが早く来いと手をこまねいていた。やや遅れていた彼らは話をやめ、速足でそちらへと向かった。

 そこは、非常に天井の高い大広間だった。元は海底洞窟だったところを、北のマーフォークたちの仮の住処として使っているのだろう。少しは手を入れているようだったが、広間のあちこちには石筍がにょきにょきと突っ立っていたし、ほとんど暗くて見えない天井からもつららのように幾本もの鍾乳石が伸びていた。

 灯りとりの穴はなかったので、無数の蝋燭と燭台が置かれてはいたが、広間の隅まで照らし出すことはできていなかった。

 その薄暗い中でも、すでに上座におさまっていた水竜の化身の存在は、冷たく重い暗闇をものともせず、鈍く輝いていた。

 座卓の上には酒や料理の皿が並び、当然のことながら大牙は食べ物を口に頬張っていた。

《早く来いよ、お前ら。これ、イクラみてえですっげー美味い》

 と、不気味な緑色をした魚卵をスプーンですくい、ぱくりと口の中に放り込む。朱音がそれを見て呟く。「いつだってああなんだから…全くどうしてあんなのが選ばれたんだか…」

 料理の皿が全て運ばれ、彼らが全員腰を下ろすと、グンニルは配膳をしていた者たちを下がらせてから、最大の敬意を払って水竜に向かって平伏した。

《我が神よ、永き眠りを妨げたことをどうかお許しください。しかし、我らはあなた様の身の上を案じ続け、日ごと夜ごと祈りを捧げてまいりました。此度、この若者らの願いを聞き、同時に、現在生じようとしている悪事を食い止めるには、あなた様のお力が必要であり、なおかつ、あなた様の身の安全を保つことをお伝えせねばならなかったのです。こうしてご尊顔を拝することができたことは、千載一遇のできごとであります》

 水竜は蒼白い顔をわずかに頷かせると、頭を上げるように手で示し、一同を眺め回して言った。

《いやむしろ、我の落ち度であろうよ。海の中は静かで眠りをさそうたゆたいを我に与える。我は水の竜。地上のことは他の眷属の者に任せておけばよいと、放任しすぎてしまった。無関心は鈍するに通じる。我は、我を崇め仕えるものたちをないがしろにしてきたのかもしれぬ》

 何か否定の言葉を言いだそうとしたグンニルを制するように、彼の妻ネネが神秘的な静けさで言った。

《今は少しの時も無駄にしてはならないのではなくて、あなた? こうして水竜様がお出ましになられたことが、どのように伝播するかわからないのですよ。近くには帝国軍の軍船がいます。物理的には一時的な平穏を見せていますが、海軍の中にも魔道士はいるでしょう。感知されないとも限りません》

《その通りね》

 ファリーダが座卓の上の魚料理に目もくれず、ぴしゃりと言った。

《今私はものすごい魔力の波動を感じているわ。もちろん目の前にいるのだから当然なのだけれど、この波動は抑えることはできない。海軍所属の魔道士でも何かを感じるのは時間の問題よ》

《それは、先ほどお前たちの頭の中に閃いた『魔眼のウラヌス』と申す者と関係があるのか?》

 この問いかけに、誰が応えるのが適任かとわずかな沈黙が流れる。そして毎度のことながら、龍児が口火を切った。

《『光の都市』とは実在するのですか? あなた方ドラゴンは、かつてその都市を守るものであったということですが》

 水竜は赤い両眼を龍児に据え、わずかに片眉を上げた。

《お前はあの火のフランメと通じ合ったのか?》

 この言い回しに、やや龍児は動揺したか、眼鏡を外してレンズをいつもよりしつこく拭きながら、

《あの方からは過分な配慮をいただきました。それで、『光の都市』の実情は…》

 と話を元に戻そうとしたのだが、水竜は蒼白い大理石のような顔をさらに妖しくすがめ、

《あの御婆はしつこかったろう? あれは昔からそうじゃ。若い雄と見ると、時も場所もわきまえずつがいたがる悪い癖をもっておる色魔じゃ》

《それは雄の竜族が地上にしか生息できなかったからでは?》

 アルディドが何気なく言葉を挟んだ。水竜はかつて世界を二分していた種族の片方がいたことに初めて気づいたかのように深紅の眼差しを見開き、頷いた。

《そうじゃ。翼を持つのは雌ドラゴンだけ。雄は地上で群れを成して暮らしておった。人間どもが勢力を持ち始めるまでは世界の天秤は平衡に保たれていた。しかし、人間どもの勢力が強くなるにつれ、雄ドラゴンは格好の獲物になってしまった。そして今に至り、雄ドラゴンはほぼ絶滅しておる。我は永く眠っておった故、逃げ延びた雄がおるかもしれんが、お前のようにあからさまに竜力を感じさせる存在が現れたら、フランメが舌なめずりしたのが目に映るようじゃ》

 朱音のじっとりとした視線を感じながら、龍児は忍耐強く言った。

《帝国の賢者たちが動き出してしまったことは、僕たちに責任があります。しかし、結果的に、僕たちがいなくとも、帝国はその魔手をこの大陸に伸ばしていたでしょう。僕たちはそれを止めたい。いいえ、止めるのが僕たちの役割なんです。そして、僕たちがここに何らかの力で飛ばされてしまったことの原因をつきとめ、すべてを元ある場所に戻すことこそ、僕たちに課せられた最終使命なのです。そのために、あなたの力をお借りしたく、こうして多くの人々の手を借りて、あなたと向かい合えたのです》

 水竜はじっと耳を傾けていたが、手に持っていたゴブレットをかたん、と置き、言った。

《フランメが心を開いた者の言葉を聞かぬわけにはいかぬなあ。この水のブラウにできることがあるのなら、して進ぜる。『光の都市』と言ったな? 確かにそのように伝わっておるのは頷ける。だが、お前たちが考えているような場所のことではない。お前たちが『太古の民』と呼ぶ種族は、我らと共存しておった。残念ながら、我は彼らがいずこかへ去ってしまった後に生まれたのでな、直接は知らなんだが、竜族の記憶は連綿と受け継がれる。我ら眷属が『光の都市』の守護者であるという言い伝えは、彼らが空中都市や地底都市を築いた際に、空を統べていた我らや、地底にねぐらを構えていた眷属たちと意思の疎通をしていたということが誇大化して伝わったものにすぎぬ。今、『光の都市』と伝わっているものは、暗黒の闇に蠢くこの世に未練を残した意識の集合体が作り出したあさましい欲望でしかない。その『魔眼のウラヌス』たる者も、暗黒に魅入られた愚か者よ。おお、そうじゃな、守護者であるとすれば、その暗黒の叢雲が漏れ出ないように夢幻世界(ヴェイド)の門を支えていることであるな。そうか、それで我を目覚めさせたのじゃな? それほどに『魔眼のウラヌス』なる者は強力なのか?》

 龍児が返答をファリーダに求めようと顔を向けるのも待たずに、彼女はかつては自然界の王者たる者の前でも変わらない不遜さで言った。

《奴は自分の左目を贄に、すでに暗黒面と契約をしているという話よ。もともと魔力の強さはずば抜けているの。もちろん、人間としてという意味だけれど。でも、暗黒面を解放したら、どんな魔物になるかわからないよ》

 水竜ブラウはわずかに眉宇を寄せたが、突然に思い立ったように言った。

《誰か、短剣か何か持っておらぬか》

 すぐさま、グンニルが自分の短剣を差し出す。

 ブラウはそれを受け取ると、長く伸びた緑色の髪の一房をばっさりと切り、龍児に押し付けるように言った。

《我が髪は我が一部。お前たちに危難が迫れば、それは助けになるだろう》

 しっとりとした髪の束を受け取った龍児は、ほんの思い付きで尋ねた。

《一つお尋ねしますが、海底にも過去の遺物はあるのでしょうか?》

 ブラウはあっさり応えた。

《あるぞよ。さすがの魔道士でも海の底は歩けないでな。太古の民の遺跡に興味があるのか、竜の子よ》

 レイジュウジャーたちは顔を見合わせ、龍児は淡々と続けた。

《僕たちはおそらく太古の民の作った移動手段でこの地に飛ばされてしまったようなのです。ですから、僕たちの故郷に戻るには、同じような装置を見つける必要があるのです》

 すると、ブラウは心なしか残念そうに赤い目を伏せ、

《太古の民は海底にも都市を作っておったからのう、地上と行き来する仕掛けはあった。しかし、今ではどこも壊れて水浸しじゃ。動くかどうか、わからぬぞ。それに、我はそれがどのような仕組みなのかもわからぬ。それでもよければいくつか遺跡を教えて進ぜるが》

 すると、御馳走の皿をかき集めて食べ漁っていたレンが、突拍子もなく言った。

《師匠たち、海ん中も行けるんスか?! ひょーっ、そんな人間、いるんスか?!》

《確かにそうだな。私たちでも助けはできんぞ》

 とギサロも首をひねる。

 龍児はもらった髪の束を丁寧にバックパックにしまいこみながら、平然とうそぶいた。

《きっとそのうち方法が見つかりますよ。まずはその前に帝国の追手をどうにかするのが先決ですしね》

 この話の背後では内線でわいわいと会話がなされていたのは言うまでもない。

『たとえ行き先がどこだろうと、空間移動システムが見つかれば、ファンロンで分析して、ワープエンジンの復帰につながる回答を得られるかもしれない』

『海ん中まで探す範囲が広がっちまうんじゃ、ますますエネルギー源の確保が大問題になるじゃねえか。それっぽっちの髪の毛なんかで、足りるかってのよ』

『でもさ、このままこの人たちの世界で起きてしまっていることをほったらかしにして、自分たちのことを優先させるなんて、できないわ。だって、あたしたちがここに墜落しなければ、起きなかったことがたくさんあるのよ』

『逆にわしたちがいなかったら大惨事がこの大陸を席巻していたかもしれんことも忘れちゃいかん。わしたちはどこにいようと、悪に対して正義の剣をふるうのが使命じゃ』

 すると、突然にレヌアが何かにうたれたようにびくっと顔を上げ、警戒の眼差しを兄に向けた。

《どうした、レヌア?》

 ギサロが妹の見開かれた瞳を受け止め、怪訝に尋ねた。レヌアはネネの方も見、応えた。

《わたくしたちの見聞にない生物が猛スピードでこちらへ接近しています。大軍です》

《僕たちのあとをつけていた斥候がいたのか》

 龍児はすでに腰を浮かしかけながら言った。

《おそらくそれは先ほど海上で戦った帝国の魔法生物の軍勢でしょう。賢者たちは引き上げたばかりなので、すぐにはやってこないでしょうが、念のため、水竜殿、あなたはもとの場所にお戻りください。相手方にあなたの存在を知られてはならないからです。それと、戦闘に向かない者たちを避難させてください。皆、一匹たりともここへ入れさせてはならない。行こう》

 龍児の的確な指示は、当然のように受け入れられ、水竜はその場から幻影が消えるようにいなくなり、グンニルは住処の者たちに指示を飛ばしに出て行った。

 すでに戦闘モードに切り替わっている四人の若者に、ギサロは感心したように言った。

《ひょっとすると、英雄というものはお前たちのような者のことを言うのかもしれんな》

《へっ、英雄? しゃらくせえ。俺たちはもっと上。超人大牙様よ。お前も来いよ。そんで、ぬるぬるのくねくねした蛸野郎をぶちのめして遊ぼうぜ》

 けらけらと笑いながら広間を駆け出して行った大牙をしばし見送ってから、ギサロは一人苦笑をした。

《あの者の本気を見たいものだ。よし、ここは一つ私も日ごろ怠けた身体をほぐしに行くとするか》

 と、ギサロも大牙に劣らず弾むような足取りで地上へと出る岩壁の通路を駆け上って言った。


*****


 とことん筆頭魔道士に絞られ、なじられ、罵倒され、嫌味で何度も上塗りされ、ミーガンは正直、無期限の謹慎処分を受けたことに、せいせいしていた。もちろん、ギャリオンも同罪扱いになり、二人はギルド内の謹慎部屋に放り込まれていた。

 魔力を封じる仕掛けはしてあったが、ミーガンほどの魔力の持ち主で、なおかつ自由に夢幻世界を行き来できる『夢旅人』である彼女には子供だましのようなものだった。

 独房の扉の監視窓は彼女の身長には高すぎて、向かい側の独房に押し込められているはずのギャリオンの様子を伺うことはできなかった。だから彼女は別の方法をとった。

 ミーガンは綿のはみ出た固いベッドに腰を掛けると、指と指を合わせて顔の前にかかげた。そして前髪で隠れて見えない瞳をふうっと閉じ、同時に深呼吸を一つした。

 意識が閉じた瞳の奥に吸い込まれていく。そしてその先にある肉体と精神を隔てる硬くもあり、弾力もあるような境界線を潜り抜けると、そこは灰色を基調としたモノクロの世界が広がっていた。

 ギャリオンの意識はすぐに見つかった。さすがにその波動はいつもより弱かったが、直線的なそれはミーガンの馴染みだった。

 声をかけようとした時だった。不意に感じたことのない存在を捉え、彼女は反射的に防御壁を張った。ヴェイドには詳しい彼女だったが、人の数だけ異なるヴェイドがあることを知っているからこそ、それが常に流動的で、減衰もする一方、進化し、未知なるヴェイドになる危険性を常に念頭に置いていた。

〔怖がることはない。私も君と同じ『旅人(トラベラー)』。いや、むしろ『彷徨い(ワンダラー)』というべきであろうか〕

 ミーガンは声のした方に意識を集中させた。

 うっすらとした白い影のようなものが、灰色の空間に浮かび、ゆっくりと近づいてきている。

〔誰? ここは私のヴェイドよ。見ず知らずの者が入り込めるようなやわな結界を張ってはいないわ〕

 それは穏やかな微笑のような気配を漂わせた。

〔言っただろう? 私も『旅人』なのだよ。そして、私の力は君より強い〕

 ミーガンの可愛らしい眼差しが尖り、少女らしくない皺が眉間に寄った。

〔私の夢幻空間を操る技を凌ぐのは、筆頭魔道士様くらいの……まさか?!〕

 いつの間にかそれは、ミーガンの眼前にいた。すらりとした身体つきをし、腰より長い白い髪がきっちりと三つ編みに編まれて垂れている。秀でた額は美しく、彫りの深い目鼻は中性的にも見えた。だが、その老成した紫色の瞳だけが、その者の存在してきた時の永さと経験の深さを物語っていた。そしてその細長い顔の両側には、長く尖った耳が伸びていた。

 ミーガンは思わず一歩引いていた。

〔あなたは、もしや、追放されたエルフの魔道士……〕

 その者は意外に愛嬌のこもった仕草で肩をすくめた。

〔別にあのまま争っても良かったのだがね、そうすれば、多くの一般人を巻き込むことになると思ったのだ。だからあまんじて追放されたというわけだ〕

 ミーガンはむっつりと顔をしかめ、相手の正体を知ってもなお、子供っぽい傲岸さで言った。

〔そのせいでウラヌス様は御変わりになったのよ。あなたという重しがいなくなったことでね、ケイラン・マグナス元筆頭魔道士〕

 ケイラン・マグナスと呼ばれたエルフの魔道士は、困ったような微笑を浮かべた。

〔彼がヴェイドの精霊と契約を交わしたのは知っているよ。それをやめさせようと口を酸っぱくして忠言してきたのに、彼は聞く耳を持たなかった。彼が『光の都市』の妄想に駆られているのは、その悪霊たちが見せる幻影でしかない。確かにトルステンの魔力は強い。精霊を制御できるだろう。しかし、それ以上に奴らは人の欲望に取り入ることにたけている。トルステンがヴェイドホールを開けば、彼の魔力に応じた分の精霊、悪鬼があふれ出ることになろう〕

〔じゃ、やっぱり『光の都市』なんてものはないのね?〕

 とミーガンが尋ねると、ケイランは素っ気なく応えた。

〔あったことはあったんだ。私たちがまだろくな文明もなかった時代に『超人』たちがおさめていた国々が、いわゆる『光の都市』として伝わったと、ヴェイドの精霊たちの記憶から知ることになった。だがそれはトルステンが取り付かれている『光の都市』とは別物だ。この夢幻世界に光などありはしない。ましてや、黄金郷のような場所はね〕

 これを聞き、ミーガンはうんざりとため息をついた。

〔なんだか急にやる気なくしちゃったわ。もともと私も『光の都市』なんてものなんかないと思っていたし、たとえヴェイドにそんな場所があったとしても、そこにいるのはいやったらしい悪鬼や精霊が蠢いているに決まってるもの〕

 ケイランは口を尖らせ、不満げに顔をしかめているミーガンに尋ねた。

〔ところで、君はどうしてこんな場所にいる? 君の周囲には妨害波がちらついているが、何か抑制魔法でもかけられているのかな?〕

 ミーガンはギャリオンの意識が漂っているところを指さし、苛立たしげに応えた。

〔私たちは罰を受けているのよ。ウラヌス様の意向に沿えなかったから。でも小汚い独房なんかにいたくなかったから、こっちへ逃げ込んだのよ。まだここのがまし。あんな湿気っぽくてかび臭いところなんかより〕

 ケイランはギャリオンの意識の方に漂いながら、

〔ずいぶん手傷を負っているようだが? 賢者の君たちをここまで追い込むとは何事が起きているのだ?〕

 ミーガンはぷぅっと頬を膨らませ、

〔私のヴェイドホールも効かない奇妙な連中がいるのよ。そいつらを捕まえたいと思ってるのね、ウラヌス様は。何か秘密を抱えていて、帝国の強化のために使えるんじゃないかって考えてるみたいなの。確かに何か特別なものを持っているのは感じたわ。でも、それを引き出すことなんかできないんじゃないかしら。だって、ヴェイドで自由に動ける魔道士以外の人間なんて、考えられる? それに、私、連中を見て、間違ってるのは私たちの方なんじゃないかって思ってしまったのよ。魔道士が普通の人間にはできないことができるのは確かよ。でも、それだからって、奴隷のように使ったり、簡単に殺してしまったりしていいはずがない。血が流れれば流れるだけ、ヴェイドに生きるものたちを強くすることを筆頭魔道士様はお忘れになったのかしら。1000年前の戦いのせいで、この世界にはモンスターが溢れ出るようになったのでしょ? 血や命の贄は、ヴェイドの勢力を強める恰好の材料なのよ〕

 ケイランが静かに言った。

〔君のその考えは、まさに私たちが抱く信条と似通っている。君は帝国内の魔道士や一般人を含めて、現状の帝国を変えようとしている一派が存在していることを知っているかね?〕

 ミーガンは小生意気に片眉を上げた。

〔追放されてもただでは起きないってことかしらね〕

 ケイランは生命力の落ちたギャリオンの意識体に半透明の手を掲げ、苦笑を返した。

〔私はトルステンを信じていた。今も信じている。だが、彼は精霊の考えと自我を分けていられなくなっている。そんな彼を私は助けたいだけだ〕

〔精霊にのっとられたら、殺すしかないわ。それくらいわかってるでしょ〕

 ケイランの紫色の眼差しが暗く翳る。

〔…だからといって、正道から外れようとしている帝国を見逃すことはできない……必要となれば、親友として彼を倒すしかないだろう。それが唯一の救いとなるのであれば〕

 ケイランが発していた再生の魔力がギャリオンの意識に吸い込まれるのを眺め、ミーガンは一つため息をついて言った。

〔別に誰が死のうと関係ないけど、ヴェイドの魔物がうじゃうじゃと出てくるのは遠慮したいわね。この世界は私たちのもので、ヴェイドの連中は永遠にこの灰色の世界に閉じこもっているべきだわ〕

〔君たちをその場所から脱出させることは可能だ。ギルド内には私たちの仲間は入り込んでいるのでね。だが、今はまだその時ではないと思われる。どうだね、帝国を恐怖の代名詞にしたくなければ、我々に協力しないかね?〕

 ミーガンはしばらく考えていたが、

〔脳筋馬鹿の男だけれど、一応彼の意見も聞かないとね。彼が回復したら、話してみるわ。私、いつまでもこんな場所に閉じ込められるなんて嫌だし〕

 ケイランは低く微笑すると、

〔良い返事を期待している〕

 と言い残し、灰色の空間の中に吸い込まれるように消えてしまった。

 ミーガンは無意識に緊張していた身体をほぐすように首の辺りを触りながら、独り言ちた。

〔…ケイラン・マグナス……ウラヌス様をあそこまで育てた大魔道士……まさかヴェイドに逃げ込んでいたなんて……〕

 賢者の中でも若い部類のミーガンは、ケイランが筆頭魔道士であった長い時代を知らなかったが、今の会話から感じたことからすると、ウラヌスとは真逆の思想を持ち、帝国の在り方も今とは全く異なっていたと思われた。

〔……この謹慎がいつ解かれるかもわからないし、もしかすると最悪の展開もありうるわよね…〕

 ミーガンはまたもため息をつくと、やや乱暴にギャリオンの意識体を小突くようにした。

〔ギャリオン、いつまでもくたばってないで、起きなさいよ。それともいつまでもこんな状態でいたいわけ?〕

 しかし、ギャリオンは反応せず、ミーガンはうんざりとなってその場にしゃがみこんだ。

〔まあいいわ。もう少し時間は残されているはず。それにこのことは、私たちの未来を大きく分ける大決断なんだから〕

 ヴェイドの空は暗く、重々しかったが、ミーガンの心の中はこれまで考えもしなかった選択肢が、まるで明星のようにきらきらと輝いているのだった。


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