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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第四章 対決編
44/103

『二の矢』

 朝市で賑わっていたシークレストの中央広場は、今やデッサンの狂った前衛絵画のような惨状を呈していた。

《そぉらっ! もうひとついかがザマスか?》

 まるでバレエダンサーのようにつま先を下向きに揃え、片腕を大きく肩の上にかかげた奇怪な風体の人物の気障な指先から、次々と氷塊が出現し、それが市場の屋台や石畳を破壊し、抉った。人々は悲鳴を上げてコの字型に列柱が立つ広場の端へと避難した。

《おーや、ワタクシの(グラニテ)はお気に召さなかったのザマスのかしら? では、丸焼き(バーベキュー)なら満足していただけザマスかしらん?》

 まさにアロンジェ(バレエの姿勢のひとつ。肩の位置より両腕を外側に広げて掲げる)のポーズをとった魔道士の掌が熱気で揺らめいた。これを見たライアンが頭を抱えるようにして呻いた。若いクロフトはすっかり総毛立ち、ぶるぶると膝を震わせている。

《何てことだ! 市場が、街が! これが帝国の魔道士の力?!》

《ちょっと! はた迷惑なことをしないでもらえる?!》

 凛とした朱音の一言は、どんな魔法にも負けない貫通力があった。空中からまさに火焔の津波を押し寄せんとしていた奇天烈な容貌をした魔道士の注意さえも途切れさせるほどにだ。

《なんだよ、あいつ? あれで強いやつなんかよ?》

 大牙の言葉も当然だった。空中の賢者は聞き捨てならないと言いたげに片脚をタンジュ(つま先を伸ばして脚をピンと伸ばす姿勢)のポーズをとると、(エポールマン)をぐっと傾け、頭をやや傾げるようにして地上の者たちを見下ろし、上向きにした右手指を順繰りに開いて彼らを指さして、調子の狂った甲高い声で言った。

《ワタクシこそは帝国の至宝、氷と炎の芸術家、第三賢者エイリノス・マーキュリーザマス。ワタクシの高名を知らぬとは不愉快千万なことザマスけれど、お前たちはここでワタクシのもとにひれ伏し、帝国のためにその身を捧げることになるのだから、特別に非礼は許して差し上げますでザマス。おお、私のなんと慈悲深いことでザマス! 我ながら賛美したくなる情け深さに涙がこぼれるでザマス!》

 と、自分でこしらえたのか、左右対称の色違いになっている金きらのローブの袖を顔にあて、誰から見てもウソ泣きとわかるゼスチュアをした。

 大牙は皆を振り返り、頭の脇で指をくるくると描いて見せた。ファリーダが肩をすくめ、

《あいつは七賢者の中でも飛び抜けてイカれ野郎だよ》

 この声を聞き、正確に左右対称に赤と青に染めたオールバックの髪を撫でつけたエイリノスは、白塗りでもしているかのような顔をパッと上げ、邪悪に歪めた。乱暴に塗りたくったような紅を引いた大きすぎる口の隙間から異様に白い歯列がのぞく。

《帝国人の誇りをなくした屑共が! よくもおめおめとこの場に姿を現わせたものザマスね! 消し炭にでもしてやろうかと思ってましたけれど、氷漬けにして持ち帰り、ゆっくりいたぶりたくなりましたでザマス。その美しい身体は色々と使い道があるでザマス、フォーッフォッフォッフォッフォッ! 面白い、面白くて仕方ないザマス、ワタクシは!》

 身体をのけぞらせ、両手指を綺麗に撫でつけてある髪の中に突っ込むと、賢者はぐしゃぐしゃとかき回し、身体をよじりながら高笑いした。そして唐突に笑いを止めると、乱れた髪のまま、黒に近い紺色の眼差しを獣のように底光りさせ、言った。眼窩の周りを黒塗りしているのでその輝きは余計に際立って見えた。

《ローランドを殺したことは誉めて差し上げるでザマス。でも、ワタクシはあの子供のようなわけにはいかないでザマス。なんといっても…》

《ごちゃごちゃうるさいっスよ、この赤青野郎!》

 予想もつかないところからレンの悪罵が飛び、ピュッと彼女の投げた短剣が空中の賢者に向かっていく。

《あっ、レン、何してんの?!》

 朱音が咄嗟にレンの細い身体を抱き締め、飛び出しかけていた直情的なハーフエルフを押しとどめた。

 短剣は、エイリノスの一睨みで溶解した。賢者の奇妙な仮面のような顔に嘲りが浮かぶ。

《なぜこのような連中にローランドが負けたのかわからなくなってきたザマス。多少は楽しませてくれるかと思ってましたけれど、それはワタクシの買いかぶりだったザマスか? つまらないことに力の無駄遣いはしたくない性分ザマス。一度で終わらせてさっさと帝国に帰らせていただくことにしたでザマス!》

《させるかってのよ!》

 大牙が鼻に皺を寄せて怒鳴り返すと、ベルトからカード型インターフェースを引き抜いた。

 これと、頭上の魔道士の周りに陽炎がまとわれ始めたのを見た玄人が、ファリーダの腕を強く引き、言った。

《さすがのわしにもこの市場全体を守り切ることはできん。あんさんの魔法でどうにかならんか》

 ファリーダは「ふん」と他人を小馬鹿にするような目つきになり、まずは右手に魔力をためながら応えた。

《誰に物を言ってるんだい? ま、少しこの広場がぐしゃぐしゃにはなるけどね。仕方ない、やってやるよ》

 左手にも魔力をため始めた彼女ににこりと頷き返した玄人は、彼もカードを引き抜き、三人と息をそろえて叫んだ。

「霊獣降臨!」

 四色のオーラがその場に広がり、空中のエイリノスは隈どりをしたような眼差しをやや瞠目させた。そしてきりっと歯噛みをする。

《四色ですって?! それもワタクシの(ルージュ)(アジュール)を使うなど、言語道断! 屹度思い知らせてやるザマス!》

 カッと藍色の眼差しが眼窩の中に光り、エイリノスの身体から魔力の熱気が吹き出した。

 それを変身した四人は見上げながら困ったように顔を見合わせた。

《さて、相も変わらずふわふわしてるわね、どうする? 私の炎舞扇もかする程度よ》

 と朱雀が愚痴のようにこぼすと、背後で激しい衝撃が走ったので驚いて振り返った。

 見れば、列柱の手前にまるで大きなドミノのような石板が連なって立ち、民衆が隠れた場所を完全に覆い隠していた。ただし、地面の石畳はほとんどなくなり、露出した土も掘り返したようになっていた。

《へえっ、あんた、すごいじゃんか》

 白虎の素直な言葉に、ファリーダは「ふん」と高慢な態度を返してそっぽを向いた。が、その眼の端に玄武の姿が残っていたのは言うまでもない。

《魔法も操れない下等な連中をかばうなど、すっかり帝国人のとしての誇りをなくしたみたいザマスねえ、呆れて背中が痒くなるザマス。まあいいザマス(メ・ボン)、下等な者共になど、ワタクシの華麗な技の競演を理解できるはずもないザマスし、理解させるのも無駄というものザマス。さあ、ワタクシの芸術作品を味わうザマス!》

 エイリノスは、両腕を高く掲げ、手首だけを下に曲げて指先をピン、とそらせると、クッとポーズを決めるように尖った顎先を上向きに構えた。

火焔熱壁(フレイムウォール)!》

 ぶわっと熱気が炎に変わり、地上にごおっと業火の壁が出現する。それは次々と繰り出される魔力のコンベアに乗っているかのように地上を滑り、彼らに迫った。

《ひとまず隠れるんじゃ。この魔法が途切れたら、あいつをどうやって空から引きずり下ろすか考えよう》

 玄武の大盾がよっこらしょ、と構えられる。ファリーダと部下、レンとアルディド、アッラード、そして自警団の者たちは石壁の裏側に隠れた。

 真っ赤な壁が熱気を伴って大盾と接触した。と、その瞬間、ぱちん、と弾けるような感覚で、炎の壁が消滅した。それは次の壁が迫ってきた時も同じだった。

《あっ、そうか。お前の盾に炎は完全に無効になるわけか》

 青龍が今更ながらのことで納得する。

 逆に、空中の賢者は自分の目を疑うかのように眼窩いっぱいに目を見開き、白い歯をかちかち言わせながら言った。

《な、な、なぜですの?! ワタクシの魔法が、掻き消えるなんて、信じられないでザマス! キィィィィ! これならどうザマス?!》

 エイリノスは空中で片足でつま先立ちをするようになると、両腕を頭の上に上げた。その両掌の間に、しゅうしゅうと冷気が集約した。

《情けないねえ! 浮かんでるからって何もできないのかい!》

 ファリーダの罵声とも叱責とも激励ともとれる言葉が矢のように飛んでくる。

《うるせいやい! 仕方ねえだろ? 俺たちは鳥じゃねえんだ!》

 白虎がやり返すと、アルディドが万能袋から小さな袋を取り出し、石壁の端からひょっこり顔を出して言った。

《アカネ! これを君の武器に結わえ付けて、奴に投げて見ろ》

 どうして、と問い返すような時間の無駄はしない朱雀だった。アルディドが放って寄越した革袋を受け取った彼女は、手際よく袋の口の紐を炎舞扇にくくりつけると、今にも魔法を放とうとしているエイリノスに向かって投げつけた。

 当然賢者はせせら笑った。

《そんな小さな武器でワタクシを倒せるとでも…な、なにぃぃぃっ?!》

 革袋はエイリノスが発する魔力の波動に触れた瞬間に破れて消滅したが、中に入っていた粉末は彼の周囲にばら撒かれ、どういうわけか、がくっと高度が下がったのである。それに伴い、魔法の集中が途切れ、エイリノスの手の中に集約していた冷気がつかの間、消えた。

《魔力を生み出す力があるとすれば、それを打ち消す力も存在しなければ、この世のバランスは崩れてしまうってことだよ。君たちは魔力を引き出すことしか考えていないから、こういうことになるのさ》

 アルディドがしてやったりとにんまりしながら言った。そして続ける。

《『封結の粉』の効果は長くは続かないよ。始末をつけるならスピード勝負だ》

《サンキュ! やるじゃん、あんたもな!》

 白虎は親指を上げてアルディドを称賛すると、小さな身体にエネルギーをためるように踏ん張りながら言った。

《さーて、ハンデなしの殴り合いといこうぜ、ピエロさんよう》

 タンッと彼は地面を蹴った。防護壁を造り出したせいで土があらわになった地表がわずかにたわむようにめりこみ、ぼわんっと土埃が舞う。

《最近動き足りなくて仕方ねえんだよ、俺はさぁ!》

 土煙の中からびゅん、と白虎の身体が弾丸のように飛び出したかと思うと、エイリノスの尖った顎先に強烈な頭突きをし、続けて右拳が頬にめり込み、左拳が伸び上がった態勢になっている魔道士の下腹を抉るように突き上げた。

《ぐほっ、げふぅぅぅっ!》

 エイリノスは口の中を切ったか、歯でも折れたか、血を吐きながら後方に弧を描いて落下した。が、さすが賢者というだけあり、ペッと口の中の血を吐き出すと、自分の血で汚れ、ますます凶悪な顔立ちになりながら立ち上がって言った。すでに次の魔法の準備をしている。

《なるほど、これはワタクシの誤算ザマス。やはりエルフは目障りでザマスね。これを機に、エルフは根絶やしにすべきと進言するザマス》

《おやおや、僕も恨みを買ってしまったかな》

 当のアルディドは全く堪えていない。そんな様子に、ライアンが、若い部下の手前、内心の動揺を隠しながらも隠し切れずに瞳を彷徨わせるようにして言った。

《い、一体、これはどういう戦いなんだ?! それに、あの四人のいでたちは?! 帝国を敵に回すほどの「何か」とは、なんなのだ?!》

《ふーむ、これは興味深い。あの者たちが助けを求めるくらいならば、相当に困難な問題なのだろうな。面白くなってきた。何と言っても毎日が退屈で仕方がなかったからな》

 アッラードもどこか飄々として賢者とレイジュウジャーの対峙を眺めている。ライアンはますます混乱し、言いつのろうとしたのを、レンの吃とした言葉で遮られた。

《ちょっと、うるさいっスよ。それに、そんなに前に出られちゃ、師匠が見えないっス。あっ、そうだ、ボクを肩車してくれないっスか?》

 ライアンの了承も得ず、レンはぴょんと彼の肩に乗ると、満足げに言った。

《ひゃあっ、カッコいいっスねえ! 師匠! ファイトー!》

 と言うレンの声援が届いているのかどうか、朱雀の連続キックが賢者の周りをぐるぐると回る氷の刃を打ち砕いていた。

「あっ、一つ洩らしたわ! そっち、いくわよ!」

 彼女の警告通り、巨大なつららのような氷刃がシュッと青龍に向かって飛んでいく。

「大丈夫だ。お前とタイガで本体を叩け」

 くるっと手首を返し、青龍はたやすくその氷の来襲を撃退した。そんな彼を見て朱雀は頷き、

「オッケー、あんなへんてこな奴、ぎったぎたにしてやるわよ。そうだ、リュウ、例のアレ、やってみる?」

「ん? ああ、アレ? ここで試すのかい? まあ、やってみようか」

 一方のエイリノスは、自分の身を守りつつ、マシンガンのように氷の(コーン・オブ・コールド)を繰り出す魔法をたやすく攻略され、さらに憤怒の表情になっていた。ヒステリックに髪の毛をかき回すと、尖った爪先をたてて白塗りの顔をやたらめったらにかきむしった。ひっかき傷から血が滲み、眼窩の黒い染粉や口紅とまじりあい、ますます狂人の態をなした。

《ワタクシを本気にさせたザマスね?! この炎と氷の芸術を見た者は二度とその眼を開けることはできないザマス! モード・リバーシブル・スペル(連続詠唱)!》

 トン、と片脚でつま先立ちになったエイリノスは、バレエダンサーのようにターンをしながら、その掌に魔力の塊を出現させた。

《フォーッフォッフォッフォッフォッ! 火炎と冷気の地獄をとくと味わうザマス! 火焔地獄(ヘルファイア)! 氷結冷擁(コールドスクィーズ)!》

 赤と青の色味が、賢者の早まっていくターンの残像ににじんで見え、魔力の膨張が大気を圧するようになった。

《リキャストなしの大魔法が飛んでくるよ! 早くやらないと、この石壁の耐久力がもたなくなる!》

 ファリーダの忠告に、玄武の大盾が応えるように、ひときわ気合の入った物腰で構えられる。

《わしの防壁で少しはやわらげられるはずじゃ。アカネ、リュウ、一発仕掛けたら、わしの後ろに戻ってこい。タイガ、お前はやめとけ。相手は炎の魔法を使おうとしとる。お前と炎は相性が悪い》

 朱雀と青龍が何かのコンビネーション技を仕掛けようとしているのを見、アドリブで何かしたくてたまらなさげにしていた白虎の首根っこを押さえるようにして、玄武が言った。

《なにぼさっとしてるんだよ! ほんとに消し炭になりたいのかい?!》

 ファリーダの叱咤の声とほぼ同時に、地面が異様な様を呈した。が、それをきちんと確認する間もなく、広場のあちこちでどぉん、と火柱が上がり、その間を縫うように氷の稲妻がぴしぴしと大気を割りながら走ったのである。

《リュウ、アカネ!》

 玄武の視界から二人は消えてしまった。大盾はこの大災害のような魔法の真っ只中にあってもびくともしなかったが、まさに周囲は地獄絵だった。屋台は瞬時に燃え尽き、氷の触手が絡みついて押しつぶした。首をひねって背後を振り向くと、火柱と冷気が石壁にぶちあたっているのが見えた。玄武の目にも、その壁がこの間断のない魔法攻撃にいつまでも耐えるとは思えなかった。

 何か手を打たないと、と彼が考えた時、派手に氷が砕ける音がし、聞き慣れた声がその場に響いた。

《この程度でやれたと思ったら大間違いってものよ》

 火柱の中から、まるで不死鳥のように朱雀が飛び出し、両手に炎舞扇を構えて言った。

 続いて、薙ぎ払いの態勢で氷漬けになっていた青龍が、その一閃で自分を閉じ込めていた氷柱を斬り割り、刀を大きく引いて構え、左手で間合いを取りながら言った。

《これ以上暴虐行為はさせない》

《それにね》

 朱雀は炎舞扇を掌に軽く叩きつけながら、高慢に言った。

《赤と青の元祖はあたしたちなんだから。真似しないでくれる?》

 エイリノスはかなり狼狽していた。彼らの背後では強力な魔力の嵐が渦巻いているというのに、この薄っぺらい衣装の冒険者たちは焼け焦げ一つなく、凍傷にもかからずぴんぴんしているのだ。

《なぜザマスか?! なぜワタクシの魔法が効かないんザマスか?! お前たちは一体、何者なんザマスか?!》

《それはね、上には上がいるってことなのよ》

 と朱雀はファリーダもびっくりのすましきった不遜な口調で言うと、顔を青龍に振り向け、続けた。

「あいつが浮かび上がらない前にいくわよ」

「ああ、いつでもいいぞ」

「あんたに合わせるわ」

 青龍がこれに頷き、刀身を後ろ向きに持つと、気合の声と共にエイリノスに突進した。

「たぁぁぁぁぁぁっ」

 魔道士は体術にはえてして弱いものである。エイリノスも、青龍の柄打ちを見事に決められ、面白いぐらいに空中に打ち上げられた。

 その上昇スピードに合わせて朱雀が低い姿勢から跳躍し、賢者の尖った顎に鋭いキックが入った。その勢いで身体を回転させざまに後ろ向きでもう一蹴り。頬を蹴られ、エイリノスの口から小さなものが飛び出した。歯が折れたのだ。ひょっとすると顎の骨も折れたかもしれなかった。

 朱雀は自分の背面蹴りのエネルギーを使って自らを回転させて後方にジャンプし、弧を描いた着地地点には青龍が待ち構えていて、彼女を抱き留めていた。

 エイリノスがずさぁっと地面を滑って倒れ込むのと同時に、辺りを席巻していた炎と氷の魔法がぱたりと途切れ、視野がぽっかりとあいた。

《あっ、お前、師匠に何してるっスか?! その手を放しやがれっス、このひょろひょろ!》

 レンが目ざとく朱雀と青龍の態勢に気付き、罵声を浴びせるのを、アルディドがおしとどめながら広場のレイジュウジャーたちにも聞こえる大声で言った。

《今は昏倒しているみたいだけれど、賢者を捕縛しておくだけの設備はここにはないだろう?》

 ライアンは恐る恐る溶けかかった石壁の隙間から市場の様子を見ながら、頷いた。

《我が街は職工と交易の街だからな。隣りのバーミリオンとは違う。しかし、街をこのようにされた以上、罰を与えるべきではある》

《早くしないとまた血の生贄をするよ。今度もまた甘ちゃんなことを言うのなら、私はお前たちの件から手を引かせてもらうよ》

 ファリーダがつっけんどんに言った。レイジュウジャーたちは一様に、いつから自分たちの旅の目的に必要不可欠な存在であるかのようになっているのかと首をひねりたくなり、黙っていると、アルディドが四次元ポケットのような万能袋から、いやに毒々しい色合いの小箱を取り出しながら、破壊された広場に歩き出した。

《君たちが怪物以外の命をとることに躊躇いを持つのはよくわかるよ。だからこの役は僕が引き受けよう。ちょうどいい薬も持っているしね》

 やはり、顎の骨を砕かれていたらしいエイリノスは、口中からだらだらと血を流しながら、白目をむいて昏倒していた。近くで見ると、その怪異な外見が際立って見えた。

《…殺すの?》

 朱雀が青龍から離れながら、どこか気づかわし気に尋ねた。アルディドは肩をすくめながら小箱を開けると、紅い丸薬を一粒、掌に取りながら応えた。

《ある意味ではね。だが、肉体的な死は見たくないのだろう?》

《そこが甘ちゃんだっていうんだよ》

 ファリーダの忌々しい言葉が飛んできたが、レイジュウジャーたちは確かにそのような光景は見たくなかった。

 アルディドは彼らの沈黙を答えとし、その丸薬をエイリノスの喉の奥に押し込もうとした。

 と、その拍子にカッと賢者の瞳が見開かれ、顎が砕けているにもかかわらず、血でまだらになった歯ががっきりとアルディドの指を噛んだ。

《…クッ》

 思わずエルフが手をひっこめると、その転瞬、相当のダメージを負っていたはずのエイリノスが血みどろの口をにぃっと不気味に笑ませながら後方に飛び退った。

《第三賢者のワタクシが一般人のカス共の縄につくなど、絶対にありえないことザマス! 残念でザマスが、今回はこのくらいでさようなら(ア・トゥ・タ・ルール)とするザマス。少々ワタクシの美貌が損なわれているザマスからね。でも、これで終わりだとは思わないことザマス。ワタクシは忘れないでザマスよ、お前たちのことを。そしてその身に秘めている何かを必ず解き明かし、我が物にしてみせるでザマス! 炎よ、雪片よ、奴らの足を封じ、しばしその視界を奪うのだ!》

 ごおっとエイリノスとレイジュウジャーたちの間に、紅蓮の炎の壁が立ちふさがり、そこに猛吹雪のように冷たい氷の欠片が横殴りに吹き付けた。

《あっ、逃げるつもり?!》

 朱雀が追いかけようとしたが、それを青龍が引き止めた。

《だめだ、火勢が強いし、奴はもう空中にいる》

 彼の言葉通り、頭上からエイリノスの哄笑が降ってきた。

《フォーッフォッフォッフォッフォッ! 全員が全員、ローランドのように命を投げ出すとでも思っていたのなら大間違いでザマスよ。あの子供は思考の幅が足りなかっただけのことザマス。生きていてこそチャンスは無限大というものザマス。逃げるのが卑怯ザマスか? とんでもない。それも戦いの一計でザマスよ。それがわからないのなら、お前たちもただの駆け出しでザマスね! フォーッフォッフォッフォッフォッ! オー・ヴォワール、マドモワゼル、ムシュー!》

 ホワイトアウトした虚空に、何やら羽ばたきの音が聞こえ、それが遠くに消えていくのが感じられた。

それがわずかな気配になったところで、地上で荒れ狂っていた氷雪と炎の障壁が消えた。

《逃げるなんて思わなかったわ》

 変身を解いた朱音が悔しそうにつぶやいた。

《ちょっと手ぬるかったんじゃねえのか? 完全にダウンとれねえなんてよ》

 大牙がやや批判的に言ってきたが、朱音はその通りだと思っていたので肩を落とした。

《そうね。でも、相手が人間だとなんとなく力が抜けるのよ》

《人間だと思わない方がいいって言ったはずだよ、小娘。だから今みたいなへまをやるのさ》

 ファリーダが痛烈に言葉を投げてくるが、朱音はしょんぼりしたままだ。

 そんな彼女を、レンが顔を真っ赤にしてかばった。

《師匠はちゃんとやったっス! 敵が変態だっただけっス! 師匠を責めるんなら、そこのひょろひょろにだって責任はあるっス! 御大層な剣を持ってるんなら、何かできたはずっス!》

《……確かにその通りだ》

 ぽつりと言った龍児と朱音の肩を抱くように間に入ったアルディドが、その場のもやもやとした雰囲気を払しょくするように言った。

《いずれにしても、撃退はしたのだから、よしとしようじゃないか。もちろん第二撃がくることは念頭に置いておかなくてはならないけれどね。さ、二人とも、くよくよはなしで、ここの始末をしないと、街の人々の生活に支障が出るよ》

 そこへ、タイミングよく、全く冷静で、彼らを現実に戻す呼び声が聞こえた。

《お嬢様とお連れの皆様方、すでにこの街の首長殿には説明をいたしまして、この市場の修繕費用を出してまいりました。もし人手が足りないようでしたらいつでもご用命くださいとも言ってあります。ともあれ、お疲れでしょうから、ひとまず宿で御休息を。宿では食事の用意をしてございます》

 バージルの存在は、ファリーダだけでなく、対人間との戦いに伴う後味の悪さを一時忘れさせてくれるものになった。一同は遠巻きにして一部始終を眺めていた民衆の好奇と畏れの眼差しを受けながら、宿に戻るのだった。


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