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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第三章 オーカー魔道帝国編
36/103

『一番弟子?』

 当然のことながら、小さな宿場町モーリータウンは大騒ぎになった。

 それも仕方のないことだ。今、あちこちの街や都で噂になっている冒険者の戦いを間近で見られたこと、それも相手は北の帝国の魔道士らしいとくれば、滅多に経験できるものではなかった。

 四人は変身を解いたが、町のどこもかしこも人だかりで、町の中に入ろうものなら、大混乱が起こることは間違いなかった。

 幸運だったのは、人々が地面に散乱している帝国の産物に対して恐れをもっているせいか、すぐには彼らに近寄ってこなかったことだ。

「どうしよ。町を通り抜けるのは無理よ」

 と朱音が困ったように言った時、背後の茂みに何かの気配を感じ、振り返った。すると、ぴょこん、とぼさぼさの黒っぽい頭が現れ、「こっちこっち」と手招きしているではないか。

《あら、あんた! そんなとこで何してるの?!》

 先ほどのスリ、レンだった。他の三人は、朱音がその少年のように見える子供と顔見知りの様子に驚いている。

 朱音は肩をすくめ、

「ほら、さっきあたしのバックパック盗った子よ」

 そしてなんのためらいもなくその子のいる茂みへと近づき、話しかけた。

《あんた、いつからそこにいたの。危ないから離れててって言ったよね》

 だが相手はまるで朱音の言葉など耳に入っていない様子だった。顔は上気し、眼差しは興奮にきらきらとし、唇は何か言いたくてうずうずとしていた。そしてそれがどっと流れ出た。

《これまで、色々冒険者をみてきたっスけど、アカネ師匠みたいに超カッコいいのは、初めてっス!! ボク、もう、全身、痺れたみたいになっちゃって、ああ、ボク、感激してわかんなくなっちゃってます》

 目を潤ませ、身体をふるふると震わせて朱音を見つめるレンを見、龍児が首を傾げた。

《この子、エルフ…? それも女の子だ。少年に見えるけど。それになんでお前を「師匠」なんて呼んでるんだ?》

《知らないわよ! ちょっと、レン、あんた、この町から抜け出す道とか知らない? スリのあんたなら、わかるんじゃない?》

 レンは朱音から頼みごとをされたことがよほどうれしかったらしく、パッと顔を輝かせて頷いた。

《任してくださいよ! この町の裏道はもうボクのメインストリートみたいなもんス。それに、師匠をあんなやじ馬連中にさらすなんて、冗談じゃないっス》

 というわけで、四人はレンの先導で町の「裏口」から中に入り、お決まりの下水道を通り抜け、誰が掘り抜いたかわからないトンネルを通って、無事、モーヴ側の町の外に出ることができた。

《この町で適当な旅商人の馬車にでも便乗させてもらうつもりだったんだがな》

 と、歩き出しながら龍児がまだざわつきが聞こえるようなモーリータウンを背後にしながら呟いた。これを聞きつけ、レンが口を出した。

《どこに行くつもりっスか》

《おい、お前、お前こそ、どこまでついてくる気だよ》

 大牙が自分とどっこいどっこいの背丈のレンをじろじろとねめつけ、言った。レンはそんな彼に両手を奇妙な構えにし、敵対心もあらわに言った。

《お前みたいなチビスケに応える義理はねえっス》

そして朱音にくるっと振り向き、態度を一変させて続けた。

《ボクの行くところ、師匠の行くところっス。ボクはどこまで師匠についていくと決めたんス》

 これを聞いて一番驚いたのは朱音当人である。

《ちょっと! いつからあたしが師匠とかになってんのよ? 第一、あんたはあたしから物を盗ったスリよ? それがどうしてこうなっちゃうわけ?》

 レンはどこか誇らしげに応えた。

《スリ取ったのは、ボクの運命がそうさせたに違いないっス。つまり、今日からボクはアカネ師匠の一番弟子って事っス》

《そんなこと勝手に決められても困るわ。それにあたしたちはただぶらぶらモンスター退治をして回ってるわけじゃないの。あんたの気まぐれに付き合ってる暇はないのよ》

 と朱音がやや語気を強めて言うと、レンの大きな灰色の瞳がどことなく嘘くさくウルウルとなった。

《ハーフエルフだからやっぱりだめなんスね? 師匠はすごい冒険者なんでしょ? それなのに、差別するんスか? こんな子供のボクを見捨てるんスか?》

 朱音はこういうシチュエーションに弱い。かつて、自分も孤独な子供時代を過ごし、その代わり、強くならざるを得なかった。だから、強さの中の弱さには敏感になってしまうところがあった。

《…仕方ないわねえ…》

 朱音がため息と共に妥協しようとすると、龍児が割り込むように言った。

《お前、ハーフエルフなら、子供のように見えても、実際にはもっと年上なはずだ。違うか、子供。アカネ、騙されるな、この子供の外見に》

 レンが口の中で「チッ」と舌打ちし、腰のベルトから短剣を抜き去ろうとしたので、朱音は慌てて彼の手を押しとどめて言った。

《ちょっと! 彼も、彼も、彼も、皆あたしの大切な仲間なのよ。あんた、あたしについてきたいんなら、ウソ泣きみたいなことしないでちょうだい。もうちょっと素直になったらどう?》

 レンは、眼鏡の奥から自分を見つめる龍児に「べーっ」と舌を突き出したものの、朱音の言葉にほだされたように小さく息を吐いた。

《他にどうしろってんスか。生まれてこの方、一回だってまともに扱われたことねえんスよ。母ちゃんが生きてる頃はまだ良かったけど、死んじまってからは独りぼっち、だぁれも頼れる者なしの風来坊っス。でも、なりそこない(ハーフエルフ)のボクを、師匠は初めてまともに見てくれたっス。初めてだったんス。だからボク…》

 朱音はため息をつき、仲間たちを見回して言った。

《なんか変なことになっちゃったけど、町から出る手伝いもしてくれたし、しばらく一緒についてこさせていい?》

 すると玄人が現実的に言った。

《ついてくるのは構わんが、わしらには帝国の追手がついて回っとる。足手まといは困るぞ》

 レンはこれを聞き、目を輝かせた。

《馬鹿にしないでほしいっスね。ボクは一流のスリっス。帝国なんか怖くもへちまもないっス。むしろ、ボクは一番弟子っス。アカネ師匠を守るためなら火の中水の…》

《それが一番迷惑なんだ》

 と龍児が釘を指すように言うと、レンの眼差しがむすっと彼を見上げたが、急に何か思いついたらしく、付け足した。

《そうだ、ボク、ちょっと町に戻って、旅商人を当たってみるっスよ。で、どこに行くんスか?》

 朱音は、このハーフエルフのスリの女の子(?)がすっかり仲間気取りになっているのに肩をすくめながら応えた。

《モーヴよ》

《了解っス。すぐ追いつきますんで、先、行っててくださいっス》

 奇妙な敬礼のような仕草をしてから、ターッと走り去ったレンを見送った四人は、それぞれの感想を抱いたような顔をしていた。

 いきなり大牙が「プーッ」と吹き出して笑い出し、終いには腹を抱えて笑いこけた。

「アカネが師匠?! へっ、ガキの考えそうなこったぜ」

 もちろん朱音は気分を害し、ぽかり、と大牙のつんつん頭を叩いた。

「あっちが勝手についてきちゃったんだし、放っておけないわよ。リュウが言うように、あたしたちよりずっと年上だったとしてもよ、ああいうふうになつかれちゃ、なんかねえ…。それにあの子、ギルドに入ってないんだって。どうせモーヴに行くんだし、そこで、〈銀狐〉さんに連絡してみようかって思ってるのよ。ほら、アルディドさんもいるし、そのへんのこともうまくやってくれそうじゃない?」

「へえっ、お前って案外世話焼きなのな」

「スリをやっていて、ギルドに入ってないのって、具合悪いんでしょ、リュウ?」

「ああ、そうだね。見つかれば制裁は免れないと思うよ」

「さっき、自分のことを「なりそこない」言っとったが、ハーフエルフっつうのはそんな扱いなんか?」

「うーん、それは世界観にもよるけれど、ここでは差別されるようだね。理由は色々あるんだろうけど、ヒトより優れたものを持ち、しかし、エルフにはなり切れない、という立ち位置が、複雑な思惑を生んでしまうんじゃないかな」

「…じゃ、ほんとにひとりぼっちだったのかな…」

 ぽつり、と呟いた朱音に、玄人がにっこりと言った。

「でも今はお前が「師匠」じゃ。あの娘っこもようやく一人じゃなくなったわいのう」

 またも大牙が「プーッ」と笑い出す。朱音はむすっと口をつぐんで、この状況を面白がる仲間たちに挟まれて歩いていたが、背後から陽気な呼び声が聞こえてきたことに気付き、振り返った。

 見れば、一台の荷馬車がのんびりと進んできている。その御者台に半ば立ち上がって両手を振り回すレンの姿が小さく見止められた。

《おーい! 師匠―! ちょうどいい馬車、見つけてきたっスよー! ボクってすげーっスよねー!》

 かの有名な冒険者たちを手助けするという貴重な経験ができるということもあり、荷馬車の旅商人は礼金もいらないというほどの歓迎ぶりだったらしい。

 荷台に四人が便乗し、そこにぴょん、と調子よく朱音の隣に座り込んだレンは、こじんまりとした鼻の頭をこすり、「へへん」と誇らしげに目を細めて言った。

《ほらー、師匠、ボクを弟子にして良かったでしょ? で、師匠たち、これまでどんな魔物をぶっ倒してきたんスか?》

 がたごとと荷馬車が進み始める中、レンの心から嬉しそうな眼差しが朱音を惚れ惚れとして見つめているのが微笑ましくも、いじましく映った。

 思いがけない旅の同行者を加えた四人は、新たな竜との出会いを求めてモーヴへと向かうのだった。


*****


《ええええーっ?! ボクは置いてけぼりっスか?! そんなの、酷いっスよ!!》

 モーヴに到着した一行は、ひとまずマルセラの宿に向かい、漁から戻って食後の一杯をやっていたニコラにマーフォーク族の住む島まで乗せて行ってほしいと頼んだ。すると彼女は快く引き受けてくれ、

《あんたたちのおかげでね、このごろは連中とつなぎを取りやすくなったんだよ。ほら、覚えてるかい? 青のエドゥル。奴がさ、人間との交易の窓口役を買って出てね。さっき港でうろついてるのを見かけたから、ついでにあんたたちが行くことをギサロに伝えておくように言っておくよ。きっとギサロの奴、喜ぶだろうねえ》

 そして冒頭のレンの悲痛な(?)訴えの悲鳴なのである。

 朱音はマルセラから振る舞われたエールを慣れた物腰で飲みながら、肩をすくめた。

《あんたには関係ないことよ。逆に、あんたはここで、盗賊ギルドからのつなぎを待つことの方が先決。ねえマルセラさん、この街には郵便みたいなものはないの?》

《郵便?》

 マルセラが首を傾げたので、龍児が助け舟を出した。

《伝達使を生業にしている者のことです》

《ああ、そういうことね。もちろんいるよ。何か手紙でも出したいのかい?》

《うん。あ、でもあたし、字、書けないわ》

《私でよければ代筆するけれどね》

《わお、助かった! じゃ、お願いするわ》

 龍児が眉をひそめ、朱音の一人勝手な話に言葉を挟んだ。

《表側からギルドに接触なんてできないぞ》

 朱音は龍児を小馬鹿にするように目を細め、

《いくらあたしだってそのくらいは見当がつくわよ。そっちじゃなくて、アルディドさんに手紙書くのよ。それで、この子、どうにかしてもらう》

《おいおいおいおいおいおいおいおい! ボクをガン無視して話しないでくれないっスかね?! いいっスか、まず第一に、ボクはギルドなんかに入りたくないし、第二に、ボクは誰かの世話になんかなりたくないし、第三に…》

《ちょっと、あたしはあんたの師匠じゃなかったっけ? 弟子は師匠の言うことには従うんじゃないの?》

《ぐ》

 レンは反論できず、指を三本たてて突きつけていた手が宙ぶらりんになった。

 そんなレンを見、マルセラが彼女のぼさぼさの髪を撫で、大人の余裕をこめて言った。

《あんたがこの子たちに惚れこんじまうのはわかるよ。でもその前に、あんたは風呂でも入って身綺麗になってきたらどうだい? そのあと、たっぷり飯でも食わしてやるよ》

 レンは自分の身体を見回し、何度かにおいを嗅ぎ、しばらく考えてから、マルセラの提案に乗った。

 マルセラは小枝のようなレンを二階の一室に入れると、すぐ戻ってきた。そして朱音に言った。

《代筆する内容を言っといてくれれば、あんたたちが島に行っている間に書いて出しておくよ。ほら、あの子が風呂から出てくる前に港へ行っちまいな。かわいい子だけど、あんたたちの用事には足手まといだろ? 私がその間面倒見といてやるから安心しな》

 彼らはマルセラの機転に感謝した。レンは面白い存在だったが、それがわかるにつれ、ますます彼らに降りかかることの巻き添えにするわけにはいかないと思い始めていたのである。

 朱音はアルディド宛に、保護し、できればギルドに加えてもらえるように手配してもらえないかという内容でマルセラに代筆を頼み、レンが風呂から上がらないうちに宿から出て行った。

 そしてその数分後、こざっぱりとしたレンが二階から降りてきた。

 ごわついていた濃い灰色の髪は濡れてほとんど黒くなっていたが、薄汚れていた肌はやはり白く、マルセラが用意したらしい新しいチュニックとパンツ姿は以前のような、路地裏の少年のような雰囲気は全く感じられない。ただ、ブーツだけは新調できず、ぼろぼろで片方ずつのブーツを履いていることにマルセラが気付き、石鹸の良い香りをほんわりと漂わせている彼女に言った。

《後で街に出るから、一緒に靴でも見に行くかい?》

 しかし、レンは彼女の言葉を聞いていなかった。ぐるっと食堂を見回し、ちらほらといる客の中に目立つ四人がいないことにすぐ気づいた。

 吃と彼女はマルセラを睨みつけ、噛みつくように言った。

《ボクを風呂に入れてる間に、師匠たちを行かせたっスね? ずるいっス》

 マルセラは仕上がった代筆の文面を眺め直しながら、しらっと応えた。

《人にはそれぞれすべきことがきちんと用意されているものなの。あの子たちにはあの子たちの、あんたには風呂に入って垢を落とすっていうすべきことがね》

《ボクを馬鹿にしない方がいいっスよ》

 レンは本気で怒っているようだったが、長年モーヴで海の男たち相手に宿の女将をしてきたマルセラには効き目はなかった。

《あら、馬鹿になんかしてないわよ。私はどんな相手に対しても敬意をもっているつもりよ》

 そしてそっと小声で付け加えた。

《…その耳、隠しておいた方がよくないかしら? 私に偏見はないけれど、好奇心の目で見られるのは嫌でしょ?》

 濡れた髪はその小さな頭に張り付き、普通より尖っている耳がよく見えていた。

 レンはカァーッと顔を紅潮させると、ぐしゃぐしゃと髪をかき回し、マルセラに「イーッ」としかめ面を投げた。

《うるせぇ、このくそばばぁっ!》

《ばばぁはひどいわね。そういうなら、あんただって「ばばぁ」なんじゃないかしら?》

《ちっ、話になんねぇっス!》

 レンはダッと駆け出し、宿の入り口の扉を派手な音をたてて開けて出ていってしまった。

《あらあら、とんだじゃじゃ馬な子ねぇ…》

 とマルセラは呟いたものの、追う気配もなく、代筆した文を書いた薄い板を革袋に入れ、入れ口を封蝋で止めると、ゆったりとした物腰で立ち上がった。

《さて、これを出しついでに、あの子の靴でも見てきてやるとするか…》

 給仕の女の子に少しの間留守を頼んだマルセラは、まるで自分のことのように楽しい気分になりながら街の中に溶け込んでいった。

 さて。

 レンは初めてのモーヴの街だったが、先ほどの話からして、朱音たちは港の方に行ったと推測した。グレイウォールやモーリータウンよりもずっと道が狭く、見通しが悪かったので、彼女は躊躇わず屋根の上によじ登った。

 そうすると一目瞭然だった。白い壁とオレンジ色の街並みの向こうに水平線が果てしなく続いていた。

 海。

 モーリータウンからも少し行けばそこに広がっていたが、興味がなかったので行ったことはない。それに、いまこうして眺めていると、なんとなくぞくっと寒気がしてきた。足の下に固いものがない場所など、想像もできなかった。

 だが、彼女が心酔した朱音はそこに行こうとしている。

 レンは灰色の瞳に決意を燃え上がらせると、タッタッタッと屋根の上を飛び跳ねながら進み、港へと向かったのである。


*****


 マフムート・ギランは、ファリーダの女性的な後ろ姿から苛立ちと怒りと好戦的な波動をびりびりと感じていた。

 そしてゴーレムセクションのギルド長室の扉がパタン、と閉じるとなんとも言えないため息をついた。

 と、終始部屋のアーチ形の窓辺で背を向けていた少年が、端正な横顔を真昼の逆光にシルエットにしてマフムートに言った。その声は少年にしては不気味なほど低く、どこか陰惨に聞こえた。

《いつまであの女をここに置いておくのかな。僕たちはとうに見放していると何度も通達していたはずだよ》

 マフムートは禿げ頭を撫でながら、わずかに震える声で応えた。

《…はい、ですが、彼女の魔力は比類ないものでして…》

《魔力の大小と役に立つか立たないかは別ものだよ》

 ぴしゃりとギルド長の言訳をはねつけた第五賢者ローランド・ユピテルは、マフムートの斜め前辺りに移動すると、その美少年の白皙の顔は全くの無表情のまま、声音だけその性格を表しているかのような冷酷さで続けた。

《いいかい? あの女はこれまでどれだけ予算を浪費し、物資を無駄にし、さらに、帝国の魔道士としての尊厳を踏みにじるような失態を繰り返してきたと思っているのかな。それに、あの女は国の方針にいまだ従おうとしない。これだけであの女は用済みだ》

《しかしですよ、ユピテル様、あの冒険者の足取りを正確に追えているのは彼らだけなのです》

 ここで、ローランドの強硬な態度にやや緩みが生じた。

《そこが不思議なんだよなあ。いっそのことあの女を拷問にかけ、自白させるという手もあるけれど》

 マフムートは首を振った。

《あなた様が同席しているとわかっていても動じない彼女です。そのような方法をとったとしても、決して言いますまい。そういう女です》

 中性的な顔立ちが初めて感情らしきものを浮かべ、その形の良い唇がむっつりと引き結ばれた。ローランドはやや長すぎる賢者の金銀織り込まれたローブの裾を引きずりながら、ギルド長室をしばしうろついた。パッと見れば、どこの貴族の御曹司かと思うような美少年である。だがそこに人間性と言う温かみを感じさせないのは、色素がほとんどないからだろうか。髪は純白で、耳の辺りで短く切りそろえられている。肌も血管が透けるほどに白く、その両眼は大きく美しかったが、その輝きは不吉に赤かった。

ローランドは血でも舐めたかのように赤い唇をぺろりと舐めてから、ようやく言葉を発した。

《…では、次回彼らが動く時、僕の部下に見張らせることにしよう。最初の一回はまあ大目に見るとしてもだ、二回、彼らは失敗している。それも貴重なエルクロムを大量に使用し、ラディウム鉱石の消費量も尋常ではない。次回、失敗したら、彼らに明日はない。僕たち七賢者にも我慢の限界があるということを示さねば、他の者たちにも示しがつかないからね》

《ちょっと待って、ローランド!》

 突然に部屋の扉が傍若無人に開き、そこから入ってきたのは、ファリーダと似通った顔をした女性だった。ローブがローランドと同じであることから、彼女も賢者であることがわかる。

 話に割り込まれたことに対し、あからさまに不快な顔をしたローランドに対し、新たな闖入者はお構いなしに言った。

《その役目、私にさせてくれないかしら》

《はあ? どうしてだい、キア?》

 第四賢者キア・サトゥルヌスは、額に撫でつけている一筋白い髪を掻き上げるようにしながら応えた。

《あなたに理由など言う必要があるかしら? ただ、私の方が適任だと思ったまでよ》

 ローランドは「ははーん」と目を細め、

《私怨であの女を仕留めたいとでも思っているのなら、それは賢者としてあるまじき感情だね》

 キアの完璧な顔立ちにわずかにひびが入るように唇の端がひくついたが、レンガ色の髪を高々と結い上げ、背中に垂らした強いウェーブのかかった一房の髪を昂然と振り上げながら言った。

《見くびらないで欲しいわね、ローランド・ユピテル。私は第四賢者キアよ。分はわきまえているわ。で、その任、私がやっても問題ないわね?》

 ローランドは細い肩をすくめ、

《きちんと任務をまっとうできるのなら、別に僕は構わないよ。ただし、そうやって割り込んできたんだから、それだけの自信はあるんだろうね? あの女はなんと言っても、君と血を分けた姉さんだ》

 キアの美貌に複雑な表情が万華鏡のようにひらめいたが、それは一瞬で賢者の高慢で冷血なものに置き換わった。彼女は顎を引き、ローランドに警告するように言った。

《私は第四賢者キア・サトゥルヌスよ。ルルーシュの家は捨てたわ。あの女は姉でも何でもない。ただの不出来な魔道士の一人でしかないわ。それに制裁を加えるのは私たち賢者の役目。それができないと言われるのは不愉快だわ。私を見くびらないことね、ローランド》

 賢者同士の間で魔力のつばぜり合いが始まりそうになったのを、マフムートが慌てて割って入って止めた。

《とにかく彼女らのことはお任せいたしますので、どうかこの辺で…》

 キアは「ふん!」と踵を返すと、ヒールの音も高らかにギルド長室から出て行った。

 これを見送ったローランドが大っぴらにあざけるような顔をし、

《ああは言っているが、確かに魔力の上では姉の方が勝る。使う魔法も同じ。今はキアが上に立っているが、姉の信念が少し違っていれば、果たして今の立場のままであったかどうか…ふふふ、キアめ、この際に目の上のたんこぶの姉を潰すつもりだな。女の嫉妬は見苦しいが、面白い見物にはなる》

 クックックッと笑いながらローランドはギルド長室を後にしたのだが、ふと、一抹の懸念がよぎって立ち止まった。

 賢者にも比肩する魔力を持つはずのファリーダがいつも負けて戻る相手とは、一体どれだけの潜在能力があるというのか。

 しかし、すぐに彼はそのような弱気な考えに陥ったことを恥じるように歩き出した。帝国の賢者こそ最高の力を持つ者なのだと再確認しながら。

 そんな高慢な考えに陥っていたローランドの五感は、ひっそりと気配を消して薄暗いギルドの回廊の陰に隠れていたベレー帽をかぶる美少女の存在を捉えることはできなかった。

 少女はまっすぐな眉をややしかめてから、すぐにその場から立ち去った。


*****


 内海は、夏の日差しに照らされ、波頭がまるで揺れる銀細工のようにきらきらと輝いていた。

《あーっ、なんかスイカ割りとかしてぇなっ》

 潮の香りに誘われたか、大牙が唐突に言った。

《あんた、やったことあるの?》

 と朱音が尋ねると、大牙は腕を頭の後ろで組んで応えた。

《一回だけな。施設で海に行ってよ。ちょっと楽しかったんだよな。まっ、俺の腕前だから百発百中なんだけどよっ》

《へーっ、あたしはやったことないな。子供のころって言ったら、そうね、ちょうど…》

 「レンみたいに路上でたむろってた」と言いかけ、彼女は気配を感じた。

 すっくと立ち上がると、ニコラが舵を取っている後ろに積まれている雑多な漁師道具の陰を覗き込んだ。

《レン!! どうしてあんた、こんなとこに!》

 ひょっこり顔を出した当のレンは、悪びれたところもなく、むしろ朱音を批判するように言った。

《ボクを置いていくなんて愚の骨頂ってやつっスよ。いざって時に師匠を守れないっスよ》

 四人が呆れたのは言うまでもなかったが、ニコラは面白そうに笑うと、

《あら、随分かわいい密航者ね。それにしてもよくこの船に潜り込んだわね》

 レンは「へへん」とぺったんこの胸を張り、

《ボクは一流っス。そこら辺の薄らボケな連中と一緒にしないでほしいっス》

 ニコラはからからと笑い、朱音は「はあ」とため息をついて言った。

《ここまで来ちゃったんなら仕方ないわ。いい? 余計なことして、面倒なことにしないでよ? あんた、マーフォークって見たことあるの?》

 レンは記憶を手繰るように視線を宙にさまよわせ、

《名前だけは聞いたことあるっスけど、ボク、あんまり海には興味なくて。でも、怪物みたいなやつらっスよね?》

《あら、それはちょっと固定観念だと思うわ。ま、会ってみればわかるから。でも師匠のあたしの顔を潰すようなことはしないでね》

《いやだなあ、師匠。ボクがそんなことするはずがないっス》

 真顔で応えたレンだったが、岩場が近づくにつれ、出迎えに来ていたギサロを始めとするマーフォーク族の姿がはっきりと見えてくると、次第に顔を子供っぽく興奮させて言った。

《うお?! うおー?! なんスか、あれ! すげー、かっこよくないっスか?! あれ、みんな、師匠の家来なんスか?! すげー!! さすが師匠!!》

 朱音はそのあとしばらくレンを落ち着かせるのに一苦労した。

 以前、大牙と玄人が招かれた、海が見える開放感のある広間に通された四人と一人は、飲み物を若そうなマーフォーク族にふるまわれながら、すでにどっしりと上座に座り、大きなゴブレットで酒をぐいぐいと飲んでいるギサロから懐かしげに話しかけられた。

《あの怪物と戦ったのが一昔前のことのように思えるぞ。西のヴァラドには会ったようだな。どうだ、役に立ったか?》

 どんなものにも興奮を抑えきれない子供のようになっているレンをおとなしくさせるのにかかりきりになっている朱音を尻目に、龍児が応えた。

《あなた方のおかげで過分なもてなしと頂き物を頂戴しました》

 生魚ばかりだから嫌だと不平をこぼしていた大牙だったが、出されたものは何でも食べるのが彼の主義らしく、ぴちぴちとはねる海老のようなものの殻をどうむくか悩んでいる。そんな彼にギサロは視線を投げてから、

《お前たちならできぬことはあるまい? にも反して再び我がもとへ参ったのには訳があろう。我らにできることならば何でもしよう》

 龍児は飲み物を置くと、改まって言った。

《先日、僕たちはレッドフレイムマウントに住む火竜と会ってきました。そして、僕たちの旅を完遂するには、どうしてもドラゴンの力が必要であることがわかったのです。現在、ドラゴンが4体、存在していることを聞きました。その中の水の竜を、あなた方が知っているのではないかと思い、こうしてやってきたのです》

 マーフォーク族の間からため息とも慨嘆ともつかないざわめきが流れる。ギサロもやや虚を突かれたように、その黒目の大きな瞳を刮目し、しばし酒を飲む手を止めたが、かたり、とそれを卓に置くと、胡坐をかいていた大腿に肘をおき、そこに力強い顎を乗せて考え込むように言った。

《水竜ブラウか…私もこの目では見たことがない。ただ、マーフォーク族が神のごとく信じ、守るものとしてあるべきものが水竜であることは間違いない。レヌア、水竜のことなら、お前の方がよく知っているはずだ、話してやれ》

 ギサロの隣で妖艶にも見える姿で横座りをしていたギサロの妹レヌアは、控えめに頷いて話し出した。

《火竜様にお会いになったのなら、現在大空からドラゴンが消えて久しいことはご存知のことと思います。水竜様も同様に、1000年前の戦いののち、姿を海中深くにお隠しになられたそうです。わたくしたち、マーフォークの女は、水竜様にお仕えする、何と言いましょうか、巫女のようなものだったそうです。というのも、マーフォークの殿方はわたくしたちのように深海に潜ることができません。水竜様の祭壇は海底にございまして、そこにお供えをし、祈りを捧げるのがわたくしたちの役目であり、そこに水竜様がお出ましになれば、お声をきき、一族に伝えるのも大切な役割でした。ですが、記録によれば、1000年前以降、水竜様のお出ましは、どこのマーフォーク一族の祭壇にもなく、おそらくわたくしたちにも行くことのできない超深海にお隠れになってしまっているのではないかと思われます》

《それって、シークレストの海の溝のことじゃねえっスか?》

 いきなりレンが話に割り込んだので、誰もが驚いて彼女を注目した。レンは気後れもせずに大牙ばりに卓の上に並べられた料理を食べている。

 朱音が尋ねた。

《なんであんたがそんなこと知ってるのよ?》

 レンは口の中に魚を頬張ったまま、勝ち誇ったように応えた。

《へへん、ボクは一流っスよ》

《だから、それはわかったから、ちゃんと話して》

 仕方ないなあ、と口の中のものを飲み込んでから、レンはわけを話した。

《ボクがグレイウォールの隣のブリックレッドにいた時の話なんスけどね。あの街は、職人の街なんス。あちこちの大陸から技術を学びに職人が集まってできた街なんスよ。だから、東の海峡を渡った先のシークレストとは仲がいいっつか、必然的につながりが強いんス。シークレストは海運とか造船に力を入れてる国っス。だから、職人の集まるブリックレッドとは切っても切れねえってわけで。それで耳にしたんス。シークレストの北には海の溝があって、海の水も吸い込まれちまうってくらい深い底なしなんだそうっス。それで時々、そこから何か気味の悪いもんが見え隠れするっていう話っス》

 この話を聞き、龍児が問いかけるようにギサロとその妹を見た。ギサロは「うーむ」と唸ってから、

《確かにあそこには深い亀裂がある。しかし、今あの付近は魔道帝国と北方諸島との小競り合いでごたごたしている海域でな。北のマーフォーク族はさらに北へと避難している状態なのだ。それにまず第一に、そこに水竜様がおわしたとしても、さすがのおなごたちでも潜り切ることはできまい。だがそこの小さき者よ、よきところに目を付けたな》

 レンはパッと目を輝かせ、満面の笑顔を作った。

《やっぱボクって一流っスねえ!》

 自画自賛するレンをそのままに、玄人がぼそっと言った。

《となると、海の中に潜らんとあかんのか…》

 四人の誰もがファンロンのことを考えたが、エネルギーを大幅に使用することになりそうな潜水航行は憚られるような気もしていた。

 すると、レヌアが言った。

《とりあえず、北の一族には連絡をつけておきましょう。彼らも水竜様のあり様には気を揉んでいるでしょうから、あなた方の力を貸していただければ、彼らは協力を惜しまないはずです》

《とりあえず行ってみてから、考えたら?》

 大牙のこの短絡的な一言が、結局最も最適な結論だった。

 この後、彼らはしばしご馳走に預かり、ギサロは再び大牙に勝負を挑んで潔い負け方をして豪気に笑い、レンは異形の者たちに囲まれ、自分の姿かたちが人間と少ししか違わないことに気付いて心が軽くなっていた。

 だが、そんなことをしている間にも、帝国の手が彼らに伸びようとしていた。

 にもかかわらず、レイジュウジャーたちの頭からはすっかり帝国のことは抜け落ちていた。久しぶりのマーフォーク族との交流は、彼らに憩いをもたらしていたのである。

 この状況を帝国の賢者たちが知ったら、自尊心を踏みにじられ、憤死する者もいたかもしれない。それくらい、彼らの陽気さは決して追われる者のそれではなかった。


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