『懲りない連中』
彼らは再び都市連邦に戻ってきていた。
龍児は昨夜遅く戻り、ドラゴンから聞いた話を仲間たちとキリルに報告した。もちろん、フランメから提示されたとても個人的な問題については割愛してであるが。
「あの火竜がファンロンに気付いたのはやむを得ないことだったようです。偶然にも彼らに宿る属性が、五行機構と非常に近いものだからです。火、水、土、白金、そして木…。これは僕たちの力の源とも合致します。ということは、一番手っ取り早い方法は、各ドラゴンに会いに行き、その力を分けてもらうことになるのですが、居場所が特定できるものは、すでに竜力を半ば失い、姿を巨木に変えてしまっている緑竜だけです。次に手がかりを得るとすれば、水竜だと思います。幸運なことに、僕たちは海の住民マーフォーク族と親しくなっています。彼らもドラゴニアン族と同様に、水竜を崇め、守っていると思われます。教えてくれるか、ないしは、知っているかわかりませんが、これはひとつ、彼らに会いに行き、ある程度の事情を説明して水竜の居場所を探るのがよいと思うのですが、いかがでしょうか」
キリルが「ふーむ」と考え、
「ファンロンのエネルギー波に気付く存在がこの世界にあるということは、決して気を抜いてはならぬということだな。あまり高エネルギーを使用するような行動は避けた方がよいな」
「はい。すでに帝国に僕たちは目を付けられています。帝国の魔道士というものが、どこまでの感応力を持っているか未知数ですし、人造人間や巨人を生み出せる技術があるのなら、強力な魔法増幅器のようなものもあってもおかしくありません。きっと僕たちの落下についても知っているはずです。空に目を向けないということはないでしょう」
「つまり、また歩けってことね」
朱音が会議室の壁に寄りかかり、ため息まじりに言った。そんな彼女にキリルが苦笑を投げる。
「微速ながら移動はするが、こうなってしまった以上、再び普通の「冒険者」に戻ってもらうしかないな」
というわけで、彼らは都市境の町、モーリータウンの宿屋の食堂で、住民や冒険者たちの好奇の的になっているところだった。
《おお! お前たちがあの『闇騎士』を倒したっていう冒険者だろ? 噂通り、奇妙なかっこをしてるなあ!》
《でも君たち、都市連邦評議会からお尋ね者になっているようじゃないか? やたら衛士たちに聞かれたぜ》
《モーヴの海を荒らしてたって言う怪物は、マーフォークに殺された漁師の怨霊だったって本当かい?》
《なあ、一体どんな得物で戦うんだい? 見せてくれよ。それに、鎧櫃とかそういうのはないのか? 本当にその小さな袋一つで旅をしてるのかい?》
様々な地方の訛りのある共通語(おそらくそういう範疇の言語だろうと推測した)の嵐にもみくちゃになりながら、朱音はぎろり、と大牙を睨みつけた。
「あんたがお腹すいたなんていうからいけないのよ!」
そうなのだ。せっかくキリルがファンロンをギサロたちの住む洞窟のある岩場に降ろしてくれると言ったのに、大牙がそれを断ったのである。
理由はただ一つ。「あそこのメシは生魚ばっかりで嫌だ」。
大牙はモーヴの怪物を倒した後、マーフォークたちの招きを受けたわけだが、その時の馳走の種類に不満を持ったらしい。好き嫌いは少ない方だが、全部が全部、生魚というのに閉口したのだ。
そこで、子供のようにぐずる大牙に負け、彼らはかなり手前でファンロンから地上に転送された。これも大牙の強引な提案である。ビューアに映る地上の地図を見、人間の集落らしいかたまりを見つけ、「ここ、行ったことねえよな? ここにしよ、ここ、ここ」とまるでお出かけ気分である。
こういうモードになってしまったら、一食は何か食べさせないとおさまらないことを学んでいた他の三人は、キリルの大人な苦笑いを受けつつ、大牙の示した地点に転送されたわけだが、結果、食事どころではない状態になっていた。
いや、大牙はしっかり食べていた。
都市境ということから、物流もよいらしく、食材は豊富だった。背後に山脈が枝葉のように分かれてそびえており、そこから流れるクリスタル河の水質はこの世界にしては珍しいくらい良く、作物の出来もよいのだろう。また、わざわざここの水を飲みに来る旅人もいるほどで、小さな宿場町にしてはかなりの賑わいであった。
だから、食事の量も種類もそろっていた。モーヴとグレイウォールだけでなく、あちこちからやってくる旅人たちの舌を満足させるために、必然的にそうなった。そして、大牙の胃袋を満足させているのである。
片っ端から料理をぱくつく大牙を尻目に、龍児が控えめにフォークを使いながら、言った。
「これでは何が主眼かわからないぞ、タイガ」
淡々とした口ぶりだったが、相当になじりをこめた言葉にも関わらず、大牙は特大の肉の一切れ(何の肉かはどうでもいいらしい)を口の中に押し込んで言い返した。
「むががが、もががふぇってが、ぼうぎがげげぇんがお」
玄人がうんざりと太い眉を下げる。龍児もこれ以上何を言っても始まらないと首を振り、煮豆が添えられたカツレツのようなものを食べ始めた。
と、その時、朱音は何となく違和感を覚え、さっと背後を振り返った。そして、尻の辺りに身体で挟むようにして置いていたバックパックがなくなっていることに気付いたのである。
「あっ、やられた!!」
「どうした?!」
大牙以外が瞬時に緊張した声をかけてくる。朱音はパッと立ち上がると、紅い髪を翻して人混みを掻き分けながら、言葉だけ残して宿屋を出た。
「バックパック、盗られちゃったのよ! ちょっと、取り返してくる!」
地球では久しく見られなくなった犯罪である。ここかしこに監視カメラが設置され、良くも悪くも規律正しい世界になっているからだ。ヒトの倫理観も、宇宙時代に入り、高まったせいもあるだろう。その代わり、外宇宙から、その倫理観が当てはまらない者たちによる襲撃と言う大きな「犯罪」が人々を危機に陥れているのではあるが。
だから朱音に隙があったのは仕方ないのかもしれない。しかし、後を追う能力においては全く劣っていなかった。宿を出た時に、素早く走り去る影が白昼の陰影濃い街並みの中に吸い込まれるのを、見逃さなかった。
「へえっ、意外にやるじゃない。でもあたしを狙ったのが運のつきね」
そう独り言ちた朱音は、初めての町であるにも関わらず、スリが走り去った方向を先読みするようにひょいっと通りの向かい側の屋根の上に飛び上がった。そして見当をつけた方向へとオレンジ色の瓦屋根の上を風のように走った。
「見ぃつけた」
建物の端で立ち止まった朱音は、スリがすっかり警戒心を解いてしらじらと歩いているのを、見下ろしていた。その人物は素知らぬ顔でさらに細い路地に入り込んだ。強い日差しで、そこはすっかり黒々とした影になっている。
だが朱音にはよく見えていた。
ぼさぼさの黒っぽい髪をした少年が用心深い眼差しを周囲に投げてから、どこか余裕ぶったため息をついてバックパックの中身をあらためようとしたが、ファスナーの開け方がわからないらしく、戸惑っていた。
《それ、開けてあげようか?》
少年スリはいきなりの朱音の声に、ぎょっとなって顔を上げた。小振りの顔には大きすぎる灰色の瞳が印象的だった。
《ちっ! こんなとこで取り返されてたまるかってんでス!》
と、スリはバックパックを小脇に抱え、軽業師のような身のこなしで狭い路地の両側の壁に足をついて段々に跳躍し、屋根の軒下に手をかけた。そしてよいしょ、と身体を引き上げる。これで追って来れないだろうと内心でほくそ笑んだスリは、その目の前に両手を腰に当てて仁王立ちに立っている朱音を見つけ、あやうく屋根から転げ落ちそうになるほど驚いた。
《て、てめえ…》
《そんなもの盗っても、あんたにとっちゃなんの役にも立たないわよ。だから返してちょうだい》
スリはまだあきらめなかった。腰のベルトからすらっと短剣を抜くと、なかなかの身構えで朱音に挑んだ。
《嫌だね。返してほしけりゃ、力づくで取りな》
たあっとばかりにナイフを突き出し、薙ぎ払ってきた相手の右手をぐい、と掴んだ朱音は、やすやすと栄養不良気味の細い身体をしたスリを屋根の上に押し込めていた。
《あたしが女だからって、甘く見ないことね。さ、返してちょうだい》
《いたたた…っ! か、返すから、離してよ! 腕が、腕が折れちゃう!》
この悲鳴にも似た声に、朱音は改めてこのスリを見つめて言った。
《あんた、女の子だったの》
朱音にねじられて痛む腕をさすりながら立ち上がったスリは、彼女より頭一つ低いところから不機嫌な眼差しを投げつけて言った。
《それが悪いっスか》
確かに朱音が勘違いしたのも無理はない。
濃い灰色の髪は、自分で切っているのか、ぼさぼさだし、着ている物も、どこからかかっぱらってきたような統一感のないチュニックと下ばき姿である。ブーツは片方ずつ違っていたし、その片方の踵は今にも外れそうでぶらぶらとしていた。
だが、その肌は汚れを取れば透き通るように白く、こじんまりとした鼻とぷっくりとした唇は、彼女の中に美の原石が眠っていることを表しているように思えた。
少年のようなスリは意外に素直にバックパックを朱音に戻すと、オレンジ色の瓦が乱れるのもいとわず、屋根を蹴りながら愚痴った。
《ちぇっ、せっかく噂の冒険者から盗ってやったと思ったのによ。しくったっス》
《あら、あんた、そうとわかってんなら、あたしに見つかってよかったんじゃないかしら。あたし、王国の盗賊ギルド長とは顔なじみなのよ》
《え?! お、王国の盗賊ギルド?!》
見るからに動揺し、今にも逃げ出そうとしたスリの手首を、朱音は掴んでいた。何故かはわからない。ただ、なんとなくこのまま放っておけない気がした。
《ちょっ、離してくださいよ! 返したじゃないっスか?! 離してよ!》
《ちょっとあんた、スリやってんのに、ギルドに入ってないの?》
最近はようやくこの世界の仕組みがわかってき始めた朱音である。
スリはぷいっと顔をそむけ、不貞腐れたように言った。
《あんな規則だらけのとこ、誰が入るかってのよ。ボクは自由が性に合ってるんス》
《だけど、もし見つかったら、あんた、酷い目にあうんじゃないの?》
《なんスか、余計な気遣いみてえなこと言わないでくれっス。ボクはボクのやり方でやってきたっス。ボクの生き方をどうこう言われたくないっス》
《強がってもだめよ。あたしにもそういう頃があったからね、わかるのよ。あんた、どうしてスリなんかになったの。見たとこ、あんた、根っからのワルじゃないと思うんだけど》
《ほっといてもらえないスかね? ボクはつるむのが大嫌いなんス》
《へえ? じゃあ、あんたのこと、ギルドに通報してもいいのよ。別にあたしにはあんたに義理どころか、仕返しする理由まであるんだから》
スリは言い返す言葉に詰まったらしく、むすっと可愛い唇をへの字に曲げた。
が、スリは啖呵を切る間合いを逃したように気を削がれ、代わりに緊張した気配を漂わせた。
《どうしたの?》
スリは悪びれた態度を一変させ、耳を澄ませるように瞳を閉じながら言った。
《なんだろ、これ。遠いけど、何か近づいて来るっス。すごい振動ですよ。岩? 違うな。金属かな。でも、そんなものが街道を走ってきたりするっスかねえ?》
朱音はすぐにピンときた。
《あんた、耳がいいのね》
《そりゃそうっスよ》
と、スリは自分の耳を見せた。その耳は人間のものより少しだけ長く、尖っていた。
朱音はたいして感慨も受けず、
《あら、あんた、エルフなの》
《半分だけっス。だからギルドにも入りたくないんス。ハーフエルフはどこに行っても一人前扱いされないんス》
《ふぅ~ん? あたしにはそういう感覚、よくわかんないわ。結局赤い血が流れてるのには変わりないでしょ》
朱音は、スリが複雑な表情になっているのをろくに見ず、遠方を臨んだ。隣にいつの間にかスリが立っていた。
《あれかしらね、あんたの言ってるやつは》
朱音が指を指す方向に、スリは視線を向けた。
《うん。なんスかねえ、あれ。ずいぶん金ぴかっスねえ》
《なんだかはわからないけど、何をしに来たかはわかってるわ。あたしたちを狙いに来たのよ》
《えっ? あんなのに狙われてるんスか? あれ、すげえでかいスよ? 重さもハンパねえス》
《仕方ないわよ。有名税ってやつ? ところであんた、何ていうの? せっかく話せたんだし、このままさよならってのも味気ないでしょ》
ハーフエルフのスリは、思わぬ提案に驚いたようだったが、どこか嬉しそうに応えた。
《ボク、カ…ううん、レンってんだ。あんたは?》
《アカネよ。じゃ、ちょっとあのへんてこなやつをぶっ壊してくるから、あんたは安全なところにいるのよ。じゃあね。ギルドに見つかるようなへまはしちゃだめよ》
《一人でやるつもりスか…?!》
《あたしには仲間がいるの、心強い仲間がね。あいつに気付いてくれてありがとね、レン》
朱音はにこっと余裕の笑みをレンに投げると、通りの向こう側に飛び降り、姿を消していた。
屋根の上に突っ立っていたレンは、ふっと力が抜けたようにしゃがみこんだ。そして薄汚れている顔を両手で囲むようにして支えると、紅い旋風のように現れて消えていった朱音を想った。
すべてが初めてのことだった。スリが失敗したことも、女にねじ伏せられたことも、ハーフエルフだと知れても動じず、軽蔑もされなかったことも。
《…なによ、あの女…ちょっとかっこいいとか思っちゃったじゃないの…》
不意にレンは立ち上がり、屋根から飛び降りた。朱音には逃げていろと言われたが、彼女がどんなことをするか見てみたくなったのである。
彼女は当然のごとく町の正門からは出ず、町はずれの木の柵の下が掘り抜かれて抜け道になっているところから出ると、エルフの耳には轟音のように聞こえてくる振動のする方へと駆け出していた。
*****
ファリーダが上機嫌な時などあるのだろうか。
彼女は、そこら中に地響きを鳴り響かせて進む魔法巨人を、モーリータウンの背後にそびえる山脈の裾野に止めたあのいやったらしい芋虫状の運転台の中から眺めながら、眉間に皺を寄せてむっつりとなっていた。
ワリードとウマルがそれぞれ状況報告を時折入れてくるが、おざなりな返答を返すだけで、彼女の表情は不機嫌にしかめられたままだ。
確かに部下たちは有能かもしれない。彼女の忠告(余計な動きやパーツ)も聞くには聞いた。前回、炎が無効だったことから、今回は別の攻撃パターンを組み込んだとワリードが意気揚々と話していたが、この「意気揚々」に騙された。
突貫工事で二日半で仕上げたにしては素晴らしい出来栄えのゴーレムに見えたが、ファリーダは一目見た瞬間、どこの成金趣味な魔道士の玩具かと思った。
とにかく全てが金色なのである。
そうした理由を問うたところ、ワリードは胸を張って応えたものだ。《こいつは雷属性の攻撃をしやすから、紫色でもよかったんですが、ちょいと紫じゃ地味でござんしょ? やっぱり強いものは強そうな色をしてないとなりません。で、前にボツったゴーレムの素材を使ってメッキしたんでがすよ。それに、こいつにはちょっとした仕掛けをしてましてね》
そのお蔵入りになったゴーレムのことを思い出したファリーダは長々とため息をついた。確か、やはり「強そう」という理由から岩巨人をゴールドクロムで造ろうとして、あまりの耐久力のなさに廃棄されたゴーレムがあったのである。当然、当時、無駄にゴールドクロムを仕入れたとしてギルド長からお叱りを受けたファリーダだったので、その時の在庫を転用しての金ぴかメッキには二重にいらいらとさせられるのだった。
《今度こそ、ぬかりはないんだろうね?》
ファリーダは魔力の拡声器を使い、芋虫の頭から伸びる遠見台から町の方を臨む部下たちに尋ねた。
《もちろんでがす。今回のは攻撃範囲がより広がるようになっとりますし、威力も増してますんで。なあ、ウマル?》
ワリードの鼻声が制御室に響く。彼女はなんとなく鼻がむずがゆくなった。
《へい。雷の魔晶石はたっぷり積み込みましたんで、好きなだけぶっ放してええですよ》
ファリーダはため息をつき、
《どうせまた最後は自爆攻撃なんだろ?》
《保険でやんすよ、保険》
《しかしそれではお前の言う、敵のデータをとることができないじゃないか》
ワリードはどすん、どすん、と進んでいく立方体のような形をしたゴーレムが歩いていくのを満足げに監視しながら応えた。
《そのことについては、別の方策を練ったんでがすよ》
《説明おし》
《どっちにしても、奴らの素早さや強さを考えると、俺たちが近づくのは危険です。ですから、この場所からでも奴らの「波動」を捕捉する方法を開発したんで》
もしかするとこの男は本当に天才なのかもしれない、とファリーダは思ったが、すぐにその考えを改め、続きを聞いた。
《こいつはあとでファリーダ様にお手伝いを頼むことになると思うんですがね、とにかく画期的なものですぜ。いいですか、人間にはそれぞれ一つしかもってないもんがあります。手指の皺とか、血管の位置とか、目の色とかです。その中で一番きわめつけが、血の中にある、命を組み立ててるパズルのピースみたいなものなんでがすよ》
ファリーダは退屈そうにあくびをした。
《それは『魔法生物セクション』の連中が「生命の螺旋」と呼んでいるやつだろう? 私は門外漢だよ》
《いえいえ、それは違います。見方を変えれば、これはきっとファリーダ様にとっても役にたつものになると思ってるんです。で、この「螺旋」を、今回開発した「ワリード式合金改」で取り込み、それをこの「ワリード式演算計測器」を使って連中に混乱を引き起こそうかと思っているんです》
《お前の話すことは私にはちんぷんかんぷんだよ。とにかく、今回の巨人で奴らをふんじばれればすむことさね》
《お、言ってるそばから出てきやがりましたぜ、ファリーダ様》
《私にも見えているさ。ほほー、あちらもすっかりやる気だねえ》
と言われたレイジュウジャーたちは、巨人が町の傍に近寄らないような位置で待ち構えていた。とは言え、町の入り口や屋根の上にはやじ馬で押し合いへし合い状態ではあったのだが。その中に、あのスリの女の子がいるのを、朱音は気づいていない。
「なんだか今回は寸詰まりね」
朱雀が、それでも巨大な金色の巨人を見上げて言った。
「なんとかセイントのなりそこない? にしては防具がダサすぎらあ」
白虎が言うように、その魔法巨人は手足、肩、背面、顔に四角い盾状の板が張り付いており、決して見映えがするとは言えなかった。
「この金メッキは、僕たちの目をくらませるためか? そんな馬鹿な」
青龍が呆れかえったように言った。
「正直、前回と同様、張りぼてのような気も…」
玄武が途中まで言いかけたところに、そのゴーレムから声が響いた。
《よく怖気ずに出てきたものだね、褒めてやるよ。今度こそお前たちを叩きのめしてその化けの皮をはいでやる》
「あの中の人、頭大丈夫かな」
とこっそり言った朱雀に、青龍が同意を示しながらもこう言った。
「でも今回は防御力を上げてきたところは少し頭を使ったんじゃないかな。それにたぶん、攻撃の属性も変えて来てる」
「防御力ぅ? んなもん、俺様にかかりゃ一発よ」
と白虎が、玄人の言葉を待たずに飛び出していた。
「やみくもに壊しても手間がかかるだけじゃと思うぞ、タイガ」
「平気平気」
白虎は一気に頭頂部まで跳躍すると、瞬時に転送されてきた虎王撃のはまった右手で、ゴーレムの顔面と思しき場所に痛烈なパンチを撃ち込んでいた。
と、白熱したような衝撃が走り、白虎はもんどりうったように地面に戻っていた。
「うへっ、なんだよ、今の。ビリっときやがった」
するとゴーレムからあざ笑いが聞こえた。
《ホーッホッホッホッ、愚か者め。そのような単純な攻撃が通じると思うのか!》
そっちだって単純明快じゃないか、と四人が思った時、ゴーレムの身体が前かがみになり、背中の装甲の隙間から、薄紫色の発光体が花火のように発射されたのである。
「ぬ?!」
玄人が大盾を構えたが、やや散開していたせいで、仲間たちは盾の背後に入ることができなかった。
その発光体は地面にぶつかるとぼわん、と広がって電撃を放った。
「ビリっとくらぁっ!」
「なにこれ、あんたが頭攻撃したから降ってきたんじゃないの?! きゃっ、痺れる!」
「この攻撃がやむまで手出しできないな。クロト、僕と二人で両足の装甲を壊そう。後の二人は腕と肩を頼む」
ぴょんぴょんと電撃の雨を避けていた四人は、唐突にぴたりと動きをとめたゴーレムと対峙すると、やや用心深くなりながら装甲破壊に移った。
玄武が甲鉄盾を肩口で押し込むようにして左脚の装甲に撃ち当てる。青龍はその刀を下段から突き上げるようにして斬り上げ、勢いに乗せて斬り伏せた。
朱雀は肘の辺りについている装甲に飛び蹴りを食らわせ、白虎は肩に取り付くと、虎王撃で殴りつけた。
ファリーダの魔力の五感に、今にも破壊されそうなきわどい感覚が伝わる。彼女は部下たちに当たり散らした。
《本当にこれは「第二の傑作」なんだろうね?! 奴らの力、並じゃないよ?!》
《いくつか装甲がやられるのは計算のうちでさ。いやむしろ、壊れてくれないと困るんでさ。なんたって、あのゴーレム自体が記憶媒体のようなもんでして》
《ああ、もう、お前の講釈なんか聞きたくないよ! 私はね、絶対的な破壊力のあるゴーレムが欲しいんだ。小細工したゴーレムなんざ、お断りだね!》
と言っている間に、玄武が壊しにかかっていた脚部の装甲がパキーン、と砕け散った。
「ふーむ、例の核みたいなもんは、全部壊さんと出てこんのかもしれんのう」
「もとよりそのつもりだよ」
と、続いて青龍の一突きが、金色の装甲を真っ二つにした。よろっとゴーレムがよろめく。
「はい、一丁上がり!」
朱雀の前蹴りから軸足を変えての後ろ蹴りで、腕の装甲が粉砕された。
「ちょろすぎね?」
両足で本体にしがみつき、両拳で装甲を連打していた白虎が言う傍から、ちょっと見威嚇的に見える金色のシールドにひびが入り、あっという間に飛び散った。
一方のファリーダはその長い紫色の髪を掻き上げ、苛立ちの青筋をこめかみに浮かべながら歯ぎしりするように言った。
《何秒もかからないうちに四枚の装甲が剥げたじゃないか!》
《いえいえ、大丈夫です。ちゃんと成果はあがってますんで》
ワリードの訳知り口調にますます苛立ちを覚えたファリーダは、魔道士としてはあまりあってはならない感情の昂りに任せてゴーレムに魔力を注いだ。
《この若僧どもめ、なめるんじゃないよ!》
ゴーレムの動きがぴたりと止まった。ここぞとばかりに白虎は肩から腕によじ降りようとしたのだが、コォォォォッと魔法巨人の頭部が輝き始めたので、慌てて飛びのいた。
電撃の放射が辺りをなめる。前回のゴーレムの火炎放射を連想していた白虎は、その放射角度が広かったことでその電撃に引っかかり、「ひゃうあっ」と意味不明な叫び声を上げながら地面に転がった。
「ちくしょう、また俺かよ!」
他の二人は玄武の盾の後ろに退避していて無事であった。
この様子を、ファリーダはマナポーションをぐい飲みしつつ、睨みつけていた。そして薬瓶を壁にバン、と投げつけると、改めて魔力をこめた。
巨人の、何か所か装甲が剥げ、内部構造がむき出しになっている両腕をぶんぶんと左右に振り上げながら、一直線に玄武めがけて突き進ませたのである。
玄武も、自分が狙われたことに気付き、逆に本体の注意が反れたことでさらなる攻撃を加えられることを仲間たちに伝えると、しっかりと甲鉄盾を構え直し、どっしりと腰を落として待ち構えた。
《どんな仕掛けか知らないけれど、その盾もろとも踏み潰してやるよ!》
《さあて、できるもんならやってみい》
初撃がガキン、と盾に激突し、続いてガンガンガン、と玄武の身長以上もありそうな太い金属の腕が玄武を張り飛ばし、叩き潰そうとしてくる。
が、玄武の立ち位置はほとんどずれていない。傍から見ると、巨大な子供が地団駄を踏んでいるようにしか見えなかった。
その最中に、玄武が指示した通り、他の三人が残りの装甲を壊すために身体の各所に攻撃を加えていた。朱雀は右腕を、白虎は左肩を、青龍は背面を。
《ちょっと、なんでダメージを与えられないのよ?! どこか不具合でも?!》
ファリーダが制御台の前で、まさに地団駄を踏みながら喚いた。ウマルのもっさりとした声が返ってくる。
《おかしいでやんすなあ…核の出力は臨界ぎりぎりまで出てますぜ。それに雷の魔晶石も完璧に作用してまっせ。あの黒いのの持ってる盾になんかあるんと違いますか》
《それがわかればこんなことを言いやしないよ!》
その時、続けざまに装甲が破壊され、最後に残っていた頭部の装甲が勝手に剥がれ落ちた。赤黒い核が、蛇口の栓のような形をしたボルト状の頭部に埋め込まれるような形でおさまっている。
「全部剥がれたら、なんか変なのになっちゃったわね」
「だから言ってるだろ? こいつも前のとおんなじで、大昔のロボット漫画の見すぎなんだってば」
「経費をかけてるんだかかけてないんだかわからない造りだな」
「わしらを追って来れるだけの能力があるんやから、もちっとこう…」
と玄武が言いかけた時、その身体がすくい上げられるように持ち上がり、さすがに彼は少々慌てた。目の前に赤々とした石が鈍く光っている。
そこが殷々と光りながら言葉を響かせた。
《私たちも馬鹿じゃない。お前がいなくなればお前たちの戦い方は制限される。別に一人欠けても、帝国は構わない。さあ、覚悟おし》
玄武はゴーレムの両手にがっしと握られ、完全に身動きが取れなくなっていた。彼は下から何か攻撃を加えようとしている仲間たちに叫んだ。
「だめじゃ、たぶん、これは自爆する。わしを道連れにするつもりなんじゃ。どのくらいの威力があるかわからん、離れていろ!」
「そんなこと、できるわけないじゃない!」
と叫び返したのは朱音である。彼女は後先考えずにゴーレムの背後から垂直跳びに頭部まで飛び上がると、そのままの勢いでボルトのような頭部がめり込んでいる部分に両足で蹴りつけ、その反動で空中に戻ると、くるっと反回転して身体の位置を戻し、両手に炎舞扇をひらめかせて踊るような動きで同じ場所に斬りつけた。
スタン、と朱雀が地上に戻ると、ゴーレムの首のような辺りが傾いでいるのが見えた。しかし、玄武を放す気配はない。むしろ、頭部の核の色は不気味なほど赤く煌々と輝いていた。
「離れろ! 自爆するぞ!」
玄武の太い警告の声に、三人は従った。優秀な戦士は引き際もわきまえているものだった。それに、彼らは信じていた。彼は決してこれくらいのことでは斃れないと。
《たいした自信だね。そのわけをお前自身から聞き出したかったけれど、残念だわ。さあ、これで「奇妙な冒険者」は三人になるんだよ!》
核から発せられていた輝きが、今や身体全体に拡散し、まるで光が膨満しているように見えた。
そして。
最初は無音だった。それからビリビリバリバリという放電する音が辺りに響き、ゴーレムはバリッ、ゴリッと金属的な音を立ててはじけ飛んだ。
「クロトー!!」
輝きの中で姿が見えなくなっていた玄武らしき黒い影が、光の中から吐き出されるように飛び出すと、仲間たちは一様にはらはらとして見守った。
玄武はそのどっしりとした体躯の割に身軽な動きで衝撃で跳ね上げられた体勢を立て直し、ぴたっと着地すると、大盾をしまいながら言った。仲間たちから口々に安堵の呟きやため息が漏れる。
「残念じゃな。わしらは四人で一つなんじゃ。一人も欠けるわけにはいかんのじゃ」
まるで自分の手で握りしめていたかのように両手を強張らせていたファリーダに、ワリードがおそるおそる言った。
《ファリーダ様…どうやらまた失敗したようでして…》
《は? あれだけの自爆の直撃に耐えたというのかい?》
《はあ…そのようでして…》
ファリーダの手指がかぎづめのように折れ曲がり、ぶるぶると震える。そして最大級のキンキン声で怒鳴り散らした。
《このスカポンタン!! 二度目だよ、二度目! お前たちは学習するということを知らないのかい?!》
《あの、まずはここから撤退した方が…》
ウマルの恐々とした指摘で、ファリーダは怒りに我を忘れていた自分を取り戻した。
《とにかく、何もかも帝国に戻ってからだよ! せいぜいお前の言っていた「成果」とやらがどんな具合か、楽しみにしておくわ》
こうして二度目の敗走劇に屈したファリーダたちだったが、頭のどこかでは次の一手をどうするか考えながら、芋虫を必死に走らせていった。ある意味前向きで好戦的で厄介な者たちであったが、逆に、全く、懲りない連中でもあった。




