『脅威?』
レイジュウジャーたちが、宴場に招かれたころ、ファリーダはその狭苦しい制御台と言うべき小さな空間から這い出るようにして外へ出た。空気の薄さを感じたが、彼女は構わず何度も深呼吸をし、結果、さらに息切れを起こした。苛立ちがつのる。
乗り心地は最低だった。そしてここまで来るのに、どれだけマナポーションを飲んだか知れない。口中魔法増強剤のえぐみのある味で充満している。
そんな彼女の不機嫌な心持など鑑みることなく、その奇天烈な荷馬車(馬はいなかったが)の中ほどから、非難がましいワリードの声が飛んできた。
《ちょっ、止めないでくださいよ、ファリーダ様。目的地まではあと少しなんですぜ》
ファリーダは聞く耳を持たない様子で長い煙管を取り出すと、その優雅とも言える指でラディウム末と闇夜草と一夜茸の黄金比ブレンド煙草を詰め込みながら、薄青い大空を見上げて言った。
《私の身にもおなり。確かにお前の発明する物には感服するよ。だけどね、こうも私の魔力が必要になる仕様じゃ、ギルド長から量産の許しが出なかったのは当然だよ。全く、いざ戦闘って時に、私の魔力が枯渇していたら、どうするんだい》
《いえいえ、ファリーダ様に限ってそのようなことは…》
ワリードが調子よく言ったが、ファリーダは内心でため息を盛大についていた。そして最後尾で汗を拭っているウマルを見やり、ぷかーっと煙を吐いた。その時、この乗り物の全様が視界に入り、なんとも言えない気分になった。
とにかく外観のデザインからして無駄が多い。
端的に言えば、荷台をいくつも連ねた貨物列車のようなものだ。その荷台にワリード渾身の一作のパーツが乗せられていて、このような険しい山道でもしっかり進める小さめの車輪が3つついてワンセットの変わった車輪を用いているところなど、決してワリードの創造力は馬鹿にできないものだった。
しかし、そのプラス面を一気にマイナスに持って行くのが、今彼女が寄りかかっている運転台とでもいうべきものだった。
ワリードはこれを発明した時、嬉々として言ったものだった。《壁を這い回る『転がり虫』を見て思いついたんでさ。あいつらは垂直だろうとなんだろうとどこでも這い回れる。それでピンと来たんでさ。帝国はいまだに山を越える手段を開発しきれてない。空に活路を見出そうとしてますが、そんなことしたら、格好の標的になるにきまってまさ。俺なら順当に地道をいきます。それも足の速い移動手段を使ってでござんすよ。蜈蚣やヤスデをご覧なせえ。あいつらの足の速さたるや、人には真似できねえ能力でがす。そこを、俺は軍隊や武器を運ぶ移動手段に応用したわけでして。こいつぁ、画期的な乗り物ですぜ。へへん、魔法生物がなんぼのもんだって言いたいでござんすよ》
と御大層なことを言った結果が、ファリーダの背後にある。
《でもね、どうしてここまで芋虫に似せる必要があったんだい。この前脚みたいなもの、私はぞっとするよ》
ファリーダの漆黒の瞳が嫌悪感もあらわに足元にあるわさわさとブラシのように生える、節足動物のような脚部を見下ろした。よく見ると、その無数の足の一本一本に、さらに三つまたに分かれた小さな爪のような足がついていて、これらがでこぼこで急勾配の道でもしっかりと地面を掴み、前進させることに繋がっていた。
《じゃ、なんの飾りもないのっぺらぼうでも良かったんですかい? んにゃ、そいつは俺がお断りですぜ。『転がり虫』にも失礼ってもんでして》
どういう思考なのかさっぱりわからない、とファリーダは肩をすくめた。そして吸い終わった吸殻をぽん、と叩き落とし、言った。
《思うんだけれど、あまり集落には近づかない方がいいと思うね》
《それだと、ファリーダ様の負担が大きくなりやすぜ》
ウマルが青々と剃り上げた顎をなでながら、やや懸念を見せた。ファリーダは「ふん」と鼻であしらい、
《このろくでもない荷馬車を引かせるために私の魔力がどれだけ使われたか考えれば、ここからゴーレムを操ることくらい、なんてことはないよ。むしろ、あいつらの力を見たろう? 万一、ゴーレムがやられたら、王都から逃げ出すようなわけにはいかない。何せ一本道だからねえ。見つかったら最後さね》
《じゃ、ここで始めますかい?》
ワリードはどこだろうと関係ないらしい。その表情に異常なほどの興奮がたちのぼっている。
ファリーダは素っ気なく頷くと、再びいやったらしい乗り物の運転台のような場所に乗り込んだ。
座席は一つ。空間は丸っこく、なんとなく息苦しい。
その座席の前に地球的に言うならば、占いで使うような透明の球体が置かれ、前面にはビューアになりそうなスペースが設けられていた。
ファリーダは床に散乱しているマナポーションの瓶を足蹴にしながら座席に座ると、たくさん用意してきた魔法薬をもう一本飲み干してから、その両手を丸い球にかかげ、意識を集中した。
と、ふわっと前方の視野が透過され、外の、ごつごつとした岩肌の山道が映し出された。その球体はファリーダの魔力を増幅することもし、同時にこの乗り物のエネルギーに変換する、いわば制御盤だった。
《さあ、いつでもいいよ。お前たちの傑作とやらをお出し》
魔力の球を通じ、乗り物の中にいるファリーダの声が、拡声器から聞こえるように部下たちへと伝わる。
《ワリード、ゴーレムからの視界だけじゃ心もとない。お前の「目」も頼むよ》
《わかってまさ。それも今準備中でして》
と応えたワリードは、せかせかと芋虫状の頭部側面に設置された梯子を上り、頭頂部にあるスイッチを押した。
《ぽちっとな~》
すると、そこからにょきにょきと棒が伸びた。ところどころに足をかける場所があり、一番上にはまるで屋根のように芋虫の頭部が乗り、軽く座れるような大きめの足場がしつらえてあった。
ワリードは心底楽しげにそこをするすると昇ると、ギルドのお仕着せローブをだらしくなく留めているベルトに下げられたツールポケットから細長いものを取り出し、くりくりと回転させた。みるみる長さが変わり、それが望遠鏡であることがわかる。
《おやおや、なんだかぞろぞろと出てきやがったな。奴らも出てくるんだろうか…》
《おい、ワリード、降りて来い、俺一人に運ばせる気か?》
ローブの裾をひっくくり、袖もまくりあげたウマルが文句たらたらに言った。しかし、実際、非力なワリードにはできることがなかった。彼は図太く遠見台から望遠鏡を覗き込んだまま言い返した。
《俺は頭を働かせるのが役目、お前は身体を動かすのが役目。黙って仕事しろ》
《ごちゃごちゃ言ってないで、とっとと準備しないかい!》
ファリーダの一喝は何にも増して威力がある。ウマルは「へーい」と口の中で応えると、どこかの親方かと思うような動きで巨大な金属のパーツをファリーダの視野に入る場所に運んでいった。
ファリーダが狭い空間で煙草を二回ほど吸い、煙で中がもやった頃、ウマルが最後の一つである、ゴーレムの心臓とも言うべき核を真ん中に置いた。それは一抱えほどもあり、ゴーレムの核としては巨大な部類に入った。
《準備はできとります、ファリーダ様。いつでも始めてくださって結構でやんすよ》
とウマルが、ローブの襟ぐりをめいっぱいはだけ、その濃い胸毛を惜しみなくちらつかせながら、汗を拭き拭き言った。
《うーん、例の奴ら、どこに消えちまったんだか…とりあえず目視できねえです》
ワリードが望遠鏡を覗きながら報告するのを聞いたファリーダは、悩むことなく言った。
《とりあえず手ごわい奴らだ。遅れをとるわけにはいかない。出すよ!》
《アイサー!》
ファリーダは魔道士の顔になって球体と対峙した。そこに両手をかざし、口の中で文言を呟きながら精神力を高めていく。
《…造られし空虚なる器よ、我こそは主、我こそは命与える者、お前の中の赤き炎を燃え上がらせよ、そして蹂躙し、焼き尽くし、我らが目的とする者を手中に収めるのだ》
見よ。
地面にばらばらのプラモデルパーツのように並んでいた鋼鉄のひとつひとつが、ずるっと動き、真ん中に置かれた赤黒い核に向かって吸い寄せられていくのを。
ファリーダの魔力放射は続く。
《…お前は、紅蓮の巨人、その手には炎まとう剣を持ち、劫火のごとき…》
バチン、バチン、と磁石に引き寄せられるような感じで各パーツが繋ぎ合わされるのを見ていたファリーダは、途中で呟くのをやめた。いや、やめざるを得なかった。
彼女はバン、と球体の乗っている小さな卓を叩いて立ち上がり、怒鳴りつけた。
《なんだい、この代物は!》
彼女の怒りの所在がわからないワリードは、望遠鏡から目を離し、その陰気な目が今にも魔力の結合力が途切れてぐらつきそうになっているそれを見つけた。
《ファリーダ様、ゴーレムの起動が一番エネルギーを食うんですぜ、ちゃんと保持してくんねえと》
狭苦しい空間の中で、ファリーダは「私に命令する気かい!」とやり返したくなったが、確かに彼の言にも一理あったので、いやいや魔力の注入を再開しながら言った。
《炎の巨人を作るというから、私はもっとこう、見映えのするものを想像していたんだけれどね。これは一体なんだい。ひょろ長いし、それに、ゴーレムに顔の造作が必要かい?》
ワリードは隈の浮いた眼を見開き、心外だと言わんばかりに言った。
《最高に見映えがするでねえですか。こいつは俺の渾身の一作ですぜ。岩巨人よりも可動範囲は広いし、顔があることで、ファリーダ様の透視範囲も広がることになります。首も360度回る仕様にしてますんで、後ろからの攻撃にも…》
《スカポンタン! だったら顔なんかない方がいいってもんだよ! モノアイで十分! 回転させるだけ無駄な動きじゃないか! それによく見たら、この顔、お前に似てるように見えるんだけれど、気のせいかい? まさかお前のくだらない遊び心を充たすためにそんな真似をしたんなら…》
確かにそこに立ち上がったゴーレムの顔はどことなくワリードの面長な顔立ちに似ていなくもなかった。
ワリードはファリーダの堪忍袋の緒が今にもプチン、と切れかけているのを察し、慌てて言った。
《とにかく、早く集落まで動き出させた方がよろしいかと…まだ連中の姿は見えませんがね》
ファリーダは「ふん!」と忌々しげに息をつくと、精神力の波動をその陽炎をまとったような金属製のゴーレムの中に移動させた。
ふわっと少しの違和感と共に、視界が切り替わる。これほど巨大で細かな動きをし、攻撃方法も多彩な魔法巨人を操るには、かなりの精神力と魔力の強さとその魔力の容量の大きさが必要になるはずだった。だから彼女は優れた傀儡使いであるはずなのである。
しかし現状では、どこかデッサンの狂ったようなゴーレムを操り、山道をどしんどしんと移動させているファリーダだった。彼女が悪いのか、それとも部下たちがいけないのか。
いや、きっとギルドが、いやもっと上層部の在り方に歪みがあるんだわ、とファリーダは帝国の魔道士らしくない考えを抱きながら、ゴーレムを動かし続けた。
*****
ドルス・ルニ・アングレスは、しばらく使用したことのなかった大剣を彼の家から取ってくると、幼い子供たちを先ほど宴を催していた岩穴に隠れさせるように、歳のいった女たちに命令した。
《念のため、入り口を岩で塞ぐのだ。あの魔法巨人の火炎放射はかなりのものだ》
女たちが子供たちを抱き、追い立てるようにして去ると、ドルスは再び集落を荒らしまわる炎をまとった鋼鉄巨人を睨みつけた。
《我らは死力を尽くして火竜様を御守り申し上げねばならぬ。だが、もし万一我らが斃れた時は、火竜様にこの山の火種を呼び起こしてもらい、あの巨人もろとも燃え盛る激流にて押し流してもらわねばならぬ》
《しかし、それをすれば、裾野に住む人間たちまで巻き込むことになりませぬか。彼らに我らの災禍の余波を与えるのは忍びませぬ》
ドルスのそばで両手に短剣を持つ若者が言った。何度か巨人と相まみえたらしく、顔が汚れ、髪がところどころ焼け焦げていた。
《それも致し方あるまい。火竜様に万一のことがあれば、山から命が消え、ひいては、この大地の温もりまで消えてしまうのだぞ、ゼシウス。もちろん我々の生きる目的も消え失せる。氷に閉ざされた不毛の地で死に絶えるしかなくなるのだ》
ゼシウスと呼ばれた若者は、ぎゅ、と太く男らしい眉をしかめ、肉感的な唇を引き結んだ。そして悔しげに巨人を睨みつける。
《とにかくあれを止めなれば。父上、私が引き付けます。きっとまたあれは火炎を吐くでしょうから、それが出尽くした隙に、あの中心にある赤く光っている場所を攻撃してください。きっとあれが急所です》
パッと両手に持っていた短剣の一本を口に挟み、ゼシウスは人間には真似できない脚力で走り出した。
巨人は、その両手に持つ巨大な湾曲した剣を振り回し、集落の建物を壊し、踏み潰していた。
《穢れ切った帝国の奴ばらよ、誇り高き我が民の地を穢した報いを受けてもらうぞ!》
ゼシウスは、裸足に近いサンダルから伸びるかぎづめのある足を力いっぱい踏み込んで跳躍すると、銀色の筋の入った青い髪をひらめかせて身体を回転させながら、巨人の炎まとう胸部に張り付いた。
普通の人間ならそれだけで大やけどを負っていただろうが、ドラゴニアンの彼はそれに耐えた。
口にくわえていた短剣を右手に持つと、渾身の一刺しを赤く光る部分に突き入れた。
カキーン、と虚しく跳ね返される音がし、ゼシウスは唇を噛んだ。
と、巨人の内部で何かが作動するような唸りが感じ取られ、彼は叫んだ。
《来る! 父上!》
ゼシウスはとん、と両足で反動をつけて飛びのいた。
と、巨人の両腕が傀儡とは思えないスムーズさで身体の前で交差され、力をためるように頭部まで腕が上がると、さっと腕が下段に薙ぎ払われた。そしてぶおーっと胸から凄まじい火炎放射が辺りをなめた。
近くにいた者たちが慌てて飛びのき、何人か炎に巻かれて転がり回っている。それを別の者たちが助け起こし、火を消した。
数秒間続いた放射がふっと消えた。
さすがにドラゴンの血を引く種族なのか、その身体能力は人間をはるかに凌いだ。
ドルスは絶妙なタイミングで走り出していた。強そうな濃い銀髪に黒っぽい筋の入った、トライバル風に編み込んだ頭を低くさせて、引き気味に大剣を構えると、まさに放射の止まった瞬間に、胸部に向かって思い切り突き上げた。
ガキン、と重い音がしたが、ドルスはだめだ、と見切った。確かにそこは何のダメージも受けていない。
巨人の頭がぐ、ぐ、ぐ、と傾き、ドルスを見下ろすように動いた。そしてその腕が想像以上に速く動き、ドルスは巨人の持つ剣で薙ぎ払われた。
間一髪、その致命的な一撃を自らの大剣を盾にしてしのいだが、その衝撃はこらえきれず、ドルスは何メートルも跳ね飛ばされ、地面を滑った。
《…クッ》
ドルスが大剣を支えに立ち上がろうとするのを、すっと助けた手があった。
見上げると、先ほどの若者たちだった。
《あんさんらはあいつの攻撃が届かん場所におれ。あとはわしらに任せといていいけえ》
ドラゴニアンにも歯が立たない硬い身体を持つ魔法巨人を相手に、ただの人間に何ができると思ったドルスだったが、すぐにこの考えを捨てた。なぜなら、先ほどは感じなかった覇気のようなものを、非常に強く感じ取れたからである。
そうでなければ、彼らの守護者であり主でもあるものの関心をひくことはないだろうと、ドルスは素直に頷いた。
《客人に手数をかけるなど、心苦しい限りですが、我らには荷が重いようです。どうか火竜様をお守りください》
《平気平気。だから離れてろよ、おっさん。あんな失敗したプラモみたいなやつ、すぐに片づけてやらあ》
ドルスは一つ頷くと、大きく手を振り、種族の者たちに号令して集落の端に移動させた。
さて、この光景を、山道に止めたままの芋虫の荷馬車の中でファリーダは見ていた。その唇に会心の笑みが浮かんでいる。彼女は含み笑いをしながら、言った。
《おーや、やっと出てきたね、若僧ども》
彼女の声は、魔力の波動を辿り、まるで拡声器ようにゴーレムからわんわんと響きながら聞こえていた。
《今度こそぎったぎたに…じゃない、人捻りにして捕まえてやるからね!》
レイジュウジャーたちは顔を見合わせて首を傾げた。
「…これ、本当に帝国の人? なんかギャグマンガみたいなんだけど」
「あの顔、なんだよ、一体? 大昔のロボットアニメに出てきそうじゃねえか。それもかっちょわりいし」
「でも侮らない方がいいかもしれないよ? 今回は炎をまとっている」
「本体はどうやら別の場所におるようじゃなあ。そこは頭が回ったんじゃのう」
「で、変身する? しなくても片づけられそうだけど」
「さっさとやっつけた方がいくね? 村ン中、ぐちゃぐちゃだぜ」
「僕たちの姿を帝国に見せるのはちょっと控えたいところだけど…」
「わしらのことは二の次じゃ。とにかくここから奴を追っ払うのが先決じゃと思うがのう」
頭を突き合わせて話していた彼らに、ゴーレムから苛々とした声が響いた。
《何をこそこそしてるんだい! それならこっちから行くよ!》
ずん、ずん、ずん、とゴーレムが前進してきた。近寄ると、その身体にまとわれる炎の熱さや、どこかずれている外見にせよ、精緻な造りが見て取れる。
レイジュウジャーたちは顔を見合わせ、頷き合った。
ベルトに手をかけ、カードを抜き取る。そして息の合った動きで霊獣チェンジャーにそれを挿入した。
「霊獣降臨!!」
四色のオーラが彼らを包む。
これを魔力の五感で見ていたファリーダは、ぞくっとなっていた。
(なに、これは? 魔力でもないのに、私の魔力がざわついている)
この光景は、ドラゴニアンたちも驚かせていた。多くのものは何かの威圧感にあてられたように平伏している。ドルスは唖然としてすっかり姿を変えた若者たちを見つめていた。
(これは、火竜様にも似た波動だ!)
そして山の中心に近い寝所でぼんやりとしていたフランメは、この激変した波動の流れに飛び起きていた。
(ぬぬぬ?! これはなんじゃ?! 眷属の気配の他に様々な気配を感じ取れる?! おおっ、何と言う稀有な体験じゃ! 久々に力が満ち満ちるようじゃ!)
「さて、どこからいこうか」
朱雀がその手に炎舞扇を持ち、好戦的に言った。
「常識的に考えたら、あの胸の赤いところを狙うべきだね」
青龍は刀も抜かず、呆れたように言った。
「急所ですって言ってるようなもんじゃねえか。馬鹿か、あいつ」
白虎が虎王撃の準備もよく、いつでも飛び出せる体勢で言った。
「唯一、炎の攻撃が注意すべきことじゃと思うが、なんとなく気が抜ける図体をしとるのう」
玄武が甲鉄盾を背中に背負ったまま、緊迫感なく言った。
「とりあえず、攻撃パターンを見てみるわ。あとは適当に合わせて」
と、朱雀が近寄ってきた鋼鉄の巨人に向かってタタタっと走った。
しかし、朱雀は炎舞扇をお見舞いすることはできなかった。ゴーレムの長い腕が交互に薙ぎ払ってきて、彼女の足元をすくったからである。
《そらそら、逃げまどえ!》
ゴーレムの剣で地面を耕すようにやたらめったらに腕を操るファリーダの形相は、残忍な楽しみに興じる帝国の魔道士そのものだった。
朱雀は武器を瞬時にしまうと、ずさっ、ずさっ、と長大な剣が左右から振り下ろされ、地面を抉るのを、後方宙返りと転身を織り交ぜて回避しながら言った。
「意外に素早いし、前のよりずっと反応がいいみたい」
「それは、その中心にある「核」のようなものの大きさに比例しているのかもしれないな」
青龍がようやくすらり、と刀を抜くと、白虎が拳を握り締め、わくわくするのを堪えきれないといった様子で言った。
「ボコった方がいくね?」
と、彼は仲間の言葉を待たずに飛び出していた。
《叩き潰してやるわ!》
ゴーレムの薙ぎ払い攻撃がやみ、上体だけがぐ、ぐ、と回転して白虎が突進してくる方向に向く。そしてその手に持っていた剣を上段まで振り上げると、血の通わないものの圧倒的な力で振り下ろした。
「うへっ」
どすっ、と大きな剣先が地面にめり込んだ。白虎は数メートル跳び退り、この一撃をかわしていたが、妙に感心したような様子で呟いた。
「駄菓子屋のプラモみたいなくせに、やるじゃねえか」
《ちょこまかと五月蠅い小バエどもだね…まとめてやっつけてやるよ!》
炎をまとった鋼鉄の巨人がまたもポーズをとった。今度は両腕を顔の辺りで十字に交差させ、剣が光を帯びた。
これを見た白虎が場違いな興奮に歓声を上げた。
「おお?!」
白虎はまるで子供に戻ったような心地で、炎をまとった巨体を見上げていた。戦闘中なのに、過去の一点が鮮明に思い出される。
(施設に贈られたクリスマスプレゼント…基本いらねえもんを誰かが匿名で贈ってくれるやつなんだけど、その中のふっるいソフビの赤と銀のヒーロー人形をもらったんだよな。そいつの腕を無理やり交差させて、なんとか光線、ビビーっとかやって遊んでたっけな。でも、なんで地球でもねえのに、こいつ、似たようなモーションしてやがんだよ。それに外見はなんかのロボットアニメみてえだし)
感じ方こそ違っていたが、実は、玄武以外は白虎と似たようなことを考えていた。だから、予想に反し、腕から光線ではなく、単純に胸から火炎放射が放たれたことに、非常にがっかりした。
当然真っ先に異議を唱えたのは白虎である。
「なんだい、ちくしょう、そうやって腕をクロスさせたら、ビームだろ、普通?! 誰だよ、それ作ったの、馬鹿か、お前ら!」
だが、常に動じない玄武が甲鉄盾を構えていてくれたことには感謝した。
炎は大盾に当たると、あっけなく四散した。
がっかりしたのは彼らだけではない。
ファリーダは剣が思わせぶりに光っただけで、それ以外は通常の火炎放射と変わらなかったことに、再びバン、と卓を叩いて怒鳴った。
《ちょっと! これじゃ無駄撃ちだろ? 私は別の動きができるからと思って、違う攻撃パターンを予想していたのに、これは一体なんだい! 第一、無駄な動きと効果が多すぎるよ! それをするにも私の魔力が消費されているってことをわからないのかい?!》
ワリードが望遠鏡から目を放すことなく言い返した。
《ファリーダ様にはわからねえんですよ、男のロマンってもんを》
《何がロマンだい! これは遊びでも模擬戦でもないんだよ! ついでに、炎の威力が弱くなったんじゃないのかい?! 全部あの盾で撥ね返されちまったじゃないか!》
ウマルは自尊心を傷つけられたように言った。
《むしろ回数を重ねるごとにダメージ量が上がるようにカッティングしてあるんですがね。おかしいでやんすなあ…》
てんでお話にならないとばかりにファリーダはぐっと奥歯を噛み締めてから言った。
《こうなったら奴らに火の海で溺れてもらうよ。あんな不思議な鎧をつけた連中を最初に見つけたのは私たちだ。絶対に連れて戻らなくちゃならない。そう、たとえ黒焦げになってもね》
《そいつはどうでがしょ? また別の連中の手を借りるんですかい?》
しばしば別セクションとの折衝に駆り出されるワリードは嫌な顔をした。しかしファリーダは聞く耳を持たず、
《屍術魔道士にとっちゃ、死体を持ち込むだけで大喜びさね。ほら、無駄口はそこまで。ワリード、しっかり集落の中を見張ってるんだよ。ウマル、最悪の場合を考えて、荷台を外しておおき。山を下るのに、そんなものは邪魔なだけだからね》
《へーい》
部下たちのどこか間抜けな返事を聞き流したファリーダは、意識を再集中した。目の前の球体が妖しい輝きを増していく。
一方のレイジュウジャーたちは、巨人が両腕をぶらん、と下げたのを見、何かの前兆と見切った。
白虎がすっかり悪ノリして言った。
「次はなんだろ? ロケットパーンチとか? ルストトルネードとか?」
そんな彼の頭を、朱雀がぽかり、とたたいた。
「ちょっと、まじめになってよ。ばかなこと言わないの!」
「元がアレだぜ? まじめになんか…」
白虎は叩かれた頭をさすりながら反論したが、その足元にぽわーっと赤く光る円陣が現れたのを見つけ、ふざけた気分は消えた。
「足元から攻めてきたか。皆、わしの後ろから動くんやないぞ」
と玄武が言うや否や、一つ目の炎の輪がどぉん、と爆発した。そしていつの間にかそこいらじゅうに設置されていた爆炎輪が次々と起動した。爆炎と地響きが辺りに満ちる。
《ホーッホッホッホッ、黒焦げになったって、手足が吹っ飛んでいたって構わないのさ! 私たちには死人さえ蘇らせる方法があるのだからねえ!》
ファリーダの視界はほぼ紅蓮に燃え上がる炎で占められていた。そしてあと少しで部下たちを珍しく誉めてやろうと思った時、その燃え盛るカーテンが消えた。
そこにいたのは、消し炭になった人型ではなく、全く無傷の四人の姿だった。
「ばーかばーか、通じねーよ、こんな攻撃」
白虎の小馬鹿にした言葉は、ファリーダには未知の言語であったにもかかわらず、何を言われているか大体想像がつき、彼女はこめかみのあたりをぴくぴくと引きつらせて芋虫の運転台の中から彼らを睨みつけていた。
彼女は言った。
《どういうことなの、これは。攻撃が全く通じないなんて、あの鎧のせいかい? それともあのどでかい盾に秘密があるのかい? にしてもだよ、炎の攻撃はあと一回しかできない。ウマル、核を暴走させたら、どのくらいの熱量を生み出せる?》
ウマルは言われた通り、荷台の連結を外していたのだが、これを聞き、飛び上がるように言い返した。
《暴走?! とんでもねえ! あの核は決して使い捨て用じゃねえでがすよ》
《おだまり! この際、奴らをとことん痛めつけないならないんだよ! 四の五の言ってる場合かい? それとも他に方法があるとでも…》
と彼女が部下たちと論争をしている間に、レイジュウジャーたちは突っ立ったままのゴーレムをぽかん、と見上げていた。
「どうなってんの、これ。もう燃料切れかよ? しょっぼいなあ」
白虎が首を傾げ、なんの警戒心もなくすたすたと近づき、タンっと飛んで胸の赤い部分に右拳を叩きこんだ。めりめりっと表面を覆っていたカバーのようなものに亀裂が入り、ばりんっと割れた。同時にゴーレムは支えを失ったかのようにどおん、と仰向けに倒れ込んでしまった。
「へっ、なんだよ、こいつ、やっぱり出来損ないのプラモじゃねえか」
とは言え、間近で見ると、デザインの悪さを差し引けば、丁寧な造りと言えた。
白虎は動かなくなったのをいいことに、じろじろとそれを見て回り、最後に胸の赤い大きな石を指差して言った。
「なんかさ、これ、持って帰ったらエネルギーに変換できそうじゃね?」
「そうかもね~、でもさ、なんかあっけなさすぎない?」
朱雀が彼女にしては用心深く指摘した。これを助けるように青龍が頷く。
「これは何か罠なんじゃないかな」
「へ?」
「その証拠にその赤い石は動きを止めとらん。タイガ、退避せい」
玄武の注意は、一足遅かった。
白虎の背後でゴーレムの胸部がみるみる白熱し、内側からはち切れるように自爆したのである。
「ひょえーっ! タスケテ~!」
ぽーん、と爆発の衝撃で白虎の身体は高く宙に舞い、集落の者たちがはらはらとしながら見守っていた目の前にかなり無様な態勢で落下した。しかし、とりたてて傷を負ったところはなく、「いてて」と言いながら立ち上がった彼を、村の者たちが畏れ多いものでも見るような視線で凝視しているのがわかる。
白虎は「てへへ」と照れ隠しに頭を撫でながら彼らに言った。
《ちょっと最後はしまりが悪かったけどよ、とりあえずこれで一安心だぜ。よう、ドラゴンの婆さんよう、どっかで聞いてんだろ? 済んだから出て来ていいぜ》
一方のファリーダは、自爆させてしまったために視界を奪われていたので、ワリードに現状報告をさせた。これを聞き、次第に彼女の美貌に険悪な陰影が落ちて行く。
《一人、自爆に引っかかりやしたが、たいした怪我もなくへらへら何か喋ってまさ。どうなってるんですかね、あいつら。あれだけの衝撃波を食らったら、どんな重装でも一発でおしゃかのはずですぜ》
《…つまり、失敗したってことだね?》
この声音を聞き、部下たちは嫌な予感がした。ワリードはせかせかと遠見台から降りて台を収納すると、すたこらと荷台を連結する芋虫の後部に飛び乗った。ウマルもそれにならうように乗り込んでくると、そこに設置されてあるまるで自転車のサドルのようなものに腰掛け、ペダルに脚をかけた。
ワリードがファリーダの嫌味と小言の奔流を遮るように言った。
《とりあえずこの場からおさらばしやしょう。あんな奴らに見つかったら、今度こそこっちがひねりつぶされまさ》
《誰のせいだい! 帝国に戻ったらまたお叱りを受けるのは私なんだよ! 今回のゴーレム製作でどれだけのエルクロムとラディウム鉱石を使ったと思うんだい! 何が傑作さ!》
《早くしねえと、奴らに見つかりますぜ。俺らも「こぎ」ますんで、ファリーダ様もどうかお願しやす》
ウマルが前のめりになって今にもペダルを踏みこもうとしている。
ファリーダは苛々としたため息をつきながらも、ここはさっさと退散すべきだと感じていた。ゴーレム使いはその人形がいなくなれば、ただの非力な人間でしかなくなるのである。
彼女は何本飲んだかわからないマナポーションをやけくそになって飲み干すと、魔力を球体に向かって注ぎ始めた。芋虫が動き始める。すると、後部にいた部下二人がなんとも言い難い格好でペダルを踏みこみ始めた。魔力と人力の融合である。こうして、ファリーダたちは滑稽な芋虫の乗り物に乗り、何の成果も得られずに撤退していった。しかし、もちろん、ファリーダの胸の内では、まだ諦める時ではないと告げる彼女だけの自信と誇りがあったのではあるが。
木っ端みじんになった魔法巨人のなれの果てを眺め回していた四人の元へ、ドラゴニアンたちを引き連れたフランメがやってきた。姿は幼女に戻っている。
彼女は、巨人によって破壊されたテントや、抉られた地面などを一渡り見回すと、足元に散乱する物体を見つめた。まだ魔法の残滓でもあるのか、その黄色い瞳に熾火のような強い感情の色が浮かぶ。
《…帝国め…1000年前に人間たちの住む大地まで破壊し、汚すという過ちをしたというのに、またも同じ轍を踏むつもりか?》
が、その呟きもすぐに山を強く吹き抜ける風にかき消され、フランメは四人を満足げに見上げて言った。その周囲にはさらに畏敬と感謝にひざまずくドラゴニアンたちがいた。
《よくぞやってくれた。我が民たちだけではわらわがどうにんせぬとならんかったであろうぞ。そうなればわらわの健在が帝国側に知れ渡ってしまう。感謝するぞ、異国の戦士たちよ。宴の続きを、と言いたいところではあるが、村がこのような状態ではな。どうじゃ、数日のちに改めてわらわの元へ来ぬか。このたびの礼をしたい》
集落の復興の手伝いをしてもよかったのだが、帝国が二の矢三の矢を放ってくるかもしれず、これ以上この場所に被害をもたらすことは彼らの思うところでもなかったので、四人はフランメの言う通り、一旦山を降りることにした。
ファンロンで待機していても良かったのだが、この場所から帝国は近く、転送ビームなどのエネルギー波がどのような影響を先方に与えるか未知数だったので、敢えて戻ることをやめ、麓のエルダー村で待つことにした。
エルダー村に向かうことになったことで、待ってましたとばかりに朱音が大牙を冷やかし始め、帝国の追手をまたも撃退したことにも気分をよくした一行は、年相応の騒々しさでドラゴンの棲む山を下っていった。




