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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第三章 オーカー魔道帝国編
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『竜と龍』②

 ファンロンから転送してもらった四人は、そこの光景に少々呆然となった。

 あちこちの惑星で怪人退治に明け暮れてきた彼らだったから、どんな風景にも慣れているはずだったのだが、これほど広大で、人の手が入らず、荒涼としているにもかかわらず、命の原泉のようなものをふつふつと感じる場所は初めてだったのだ。

 人の手と言えば唯一、風化しかけている道標がぽつん、とあったことだろうか。消えかかった文字で《右手、レッドフレイムマウント山頂》と刻まれている。

 それは別に指示されずとも、見上げればすぐにわかった。眼前に赤黒い峻厳な山がそびえていたからである。

「初めての登山でエベレスト級ってのがねえ」

 背後に広がる裾野にはえていた灌木もなくなり、溶岩の慣れの果てなのか、ぶつぶつと穴の開いた黒い石ころでざらざらとした細い道を進み始めた朱音がこぼした一言に、大牙が見下したような言葉を返した。

「へっ、怪人が襲い掛かってくるわけでもなし、こんなん、遠足だぜ、遠足」

 と早速『スニッパーズ』をかじり出した彼にイーッと顔をしかめた朱音だったが、すぐに反撃の材料を見つけたようににんまりとなり、大牙の脇ににじり寄って言った。

「ねえ、どうして村に降りなかったのよ? リナちゃん、すごく寂しそうだったわよ~」

 大牙は歩く速度を上げて朱音を振り切ると、ぶつくさと応えた。

「どうせ俺なんか行ったって役に立たねえし、それになんであのガキのために俺がわざわざ出向かなきゃなんねえのよ」

 朱音は後から続く龍児と玄人の間に入り、二人の同意を得るように視線を交互に投げながら言った。

「わあ、リナちゃんが聞いたら哀しがるだろうなあ~、ねえ、クロト、彼女、あたしたちが来たと知って、目で探してたわよねえ。同じ男として、どう思う、リュウ? 気を持たせといて、別のかわいい子が現れたら、ぽい、みたいなのって、ちょっとひどくない?」

 別段会話好きという二人ではなかったが、この殺風景で変わり映えのない道を進むのなら、朱音の騒々しさに付き合ってもいいという気がしたらしい。朱音のよく通る声でさえ、圧倒的な蒼穹と黒い大地に吸い込まれて自分たちが余計にちっぽけに感じられていたくらいなのだ。

 玄人が彼にしては大きな仕草で顎を撫で、言った。

「また会おうと言っておいて、会える距離にいるのに、会いに行かなかったのは、ちぃっと後ろ暗いもんでもあるのかと詮索したくなるのう」

「後ろ暗いぃ? そんなもん、俺にはこれっぽっちも…」

 大牙が口の中をチョコで満たしたまま、反論しようとすると、龍児が高みから見下ろすような口調でそれを遮った。

「実際、お前はあの王女と何があったんだ?」

「何って、ちっ、くそっ、みんなして俺をおちょくりやがって、覚えてろ?!」

 ずんずん歩いていく大牙を放り、朱音は自然な仕草で二人と腕を組むと、ちょっとした女王様気取りで言った。

「あたしはただ、女の立場として感じたことを言っただけよ。でも、どうしてあんたなのかしら。どう見てもハンサムじゃないし、言葉は乱暴だし、頭は馬鹿だし、背は低いし」

「うるせえ! お前だって女のくせにがさつだし、眉毛は太いし、喧嘩っ早いし、ちっせぇし!」

「あら、何よ、小さいって」

 傍らで玄人が笑いをこらえるような気配がし、朱音の凛々しい眉がぎゅ、と寄った。反対側にいる龍児を見ると、彼も同様に口元にうっすらと面白がるような曲線が浮かんでいる。

 朱音はむうっと顔をしかめると、大牙だけでなく、男性陣を追及した。

「ちょっと、何が言いたいのよ? あたしの何が小さい…」

 と言いかけたところで彼女は気づいた。

 両腕を組んでいたのをぱっと離すと、両拳を握り締め、ふるふると全身を震わせんばかりに感情を昂らせて言った。

「どうせあたしは胸が小さいわよ!! どうして男ってそんなことばっかり! もしかして、最初っからそういうふうに見られてたんだ? ああもう! 知らない! あんたたちなんか、みんな、おっぱい星人なんだわ!」

 赤い髪を翻し、げらげらと大笑いしている大牙の脇を通り過ぎた朱音は、しばらく後ろも見ずにひた歩いた。

 大牙の悪口雑言には慣れている。だが、他の二人、いや、龍児にも面白がられていることに、彼女はショックを受けていた。

(でも、リュウも男だもんね……そりゃボンキュッボンの方がいいわよね…)

 そっと自分の胸元を見下ろす。

 赤いオーバーシャツの下に着こんだアンダーウェアを兼ねたタンクトップの膨らみは、お情け程度でしかない。

(胸の大きさなんか気にしたこともなかった…)

 これまで彼女は女らしい生き方をしてきたとは言えない。むしろ胸など大きかったら煩わしかっただろうし、余計なトラブルを抱え込んだかもしれなかった。

 だからレイジュウジャーという、さらに性別を超えるような任務に就くようになったというのに、むしろ逆に女であるということを意識するようになった運命のいたずらに、彼女は戸惑った。

 そしてその戸惑いの元凶になっている存在が、いつの間に自分の隣に追いついていることに、朱音は気づかなかった。だから、間近で低い声が聞こえたことに、滑稽なほど驚いてしまった。

「アカネ」

「わっ、えっ、な、なに、リュウ?!」

 あまりに驚いたせいで、彼女はざらざらとした地面と急勾配の道に足をとられて後方にひっくり返りそうになった。彼女の身体能力なら体勢を立て直すことなど簡単なはずだったが、それよりも素早く、龍児の腕が彼女を支え起こしていた。

「気を付けろよ。お前らしくもない」

 あんたのせいよ、とも言えないので、朱音はぷいっと龍児の手を振り払って言った。

「一応お礼は言っておくわ。ありがと。で、なによ、いきなり」

 龍児は朱音の態度に気分を害することもない様子で応えた。

「お前はお前だ。気にするな。僕はそれでちょうどいいと思うぞ」

「はあ?」

 まっすぐ前を見て歩く龍児の表情にはなんの感情も浮かんでいない。朱音は彼の言いたいことを図りかね、間抜けな顔で彼を見やった。

 と、その長い前髪がざわ、と波打つのを彼女は見た。

 途端に、龍児の眼差しに不審の色めきが走り、緊張した声が言った。

「そろそろ中腹か?」

 朱音はスキャナを取り出し、高度を計ってみた。そして頷く。

「うん、そのくらいだと思うわ」

「……何か、いる」

 後から歩いてきていた二人を手で止まるよう制した龍児は、じっと前方に続く細い道を見上げた。

「例の少数民族かしら?」

「わからない……お前は何も感じないか?」

「別に何も?」

「うーん……気のせいかな…」

「いや、あながちお前の勘は間違っとらんようじゃよ。何か聞こえんか?」

 彼らは玄人の注意に従い、じっと耳を澄ませた。

 聞こえるのはびょうびょうたる高山を吹き抜ける風の音と、時折転がる石ころの音、そして。

「ん? こりゃ、泣き声か?」

 大牙が意外そうに眼を見開いて言った。確かに、そのような音が前方の、緩くカーブして見えなくなっている道の先から聞こえてくるようだった。

「こんな場所に子供? 変じゃない?」

「山の民の子供かもしれんのう? 遊びに出たはいいが、帰れなくなったとかじゃな」

「…にしても、妙な感じだ…」

 龍児だけは腑に落ちない表情のまま、彼らは歩を速めた。

 果たして、カーブを曲がった場所にちょうどあった古い石柱(龍児には何かの祭壇に見えた)に寄りかかるようにして、5歳児くらいの女の子がか細く泣いていた。

 女らしさとかそういったこととは無縁の朱音だったが、やはり本能的な保護意識が働くのか、とっさに屈みこんでその女の子の顔を覗き込み、優しく声をかけた。

《どうしたの? 迷子?》 

 彼女の声を聞き、泣き声がおさまり、女の子は浅黒い顔を恐る恐る上げた。その両眼が黄色く、瞳孔が縦長であることに気付いた朱音は、すかさず内線で伝えた。

『この子、やっぱり少数民族の子供じゃないかしら』

『そのようじゃのう。その子の手足、鱗がはえとる』

 なるほど、玄人の指摘通り、女の子の粗末なワンピースからのぞく両手両足の先には、柔らかそうではあったが、赤や黄色の鱗でみっしりと覆われていた。

『その子、連れて帰れば、こいつらの種族とうまくやれるきっかけになるんじゃね?』

『なんかそういうダシに使うようなことはしたくないけど……』

『しかし、放っておくわけにもいかないだろう?』

 と龍児が女の子に近寄った時だった。彼はまた何か違和感を覚え、その異種族の女の子をじっと見下ろした。鱗と似たような色合いをしたぼさぼさの髪の間から大きな黄色い眼差しが彼を見上げ、キラッと光った気がする。

 そんな一瞬は、その女の子の尊大極まる物言いで打ち消された。

《探し物を探しにまいったのじゃが、この姿を選んだのが間違いの元じゃ。のう、集落まで連れて行ってはくれまいか。もう足が動かんのじゃ》

《おい、お前、何様のつもりだってぇのよ。他人に物を頼む時はな…》

《控えよ、小童。それともこのような頑是ない子供を捨て置くつもりかえ? 最近の人間はさらに無慈悲になったものじゃ》

 「まあまあ」と龍児が大牙をなだめながら、目線を女の子に合わせるように屈みこみ、言った。

《ちょうど僕たちもその集落に用事があってきたところです。もしよかったら、あなたの村の人々に紹介してもらえませんか》

 突然に彼はその長い前髪をぐい、と掴まれ、女の子の眼前に顔を寄せられていた。そこには全く子供らしくない表情でほくそ笑むような顔があった。そして一つ頷くと、いきなり解放され、龍児はきょとんとなった。

 女の子は泣いていたことなどすっかり忘れたかのような物腰ですっくと立ち上がると、ぴょんと龍児の背中に飛び乗り、一方的に言った。

《ふむ、おぬし、良い匂いがするのう。よし、わらわはおぬしが気に入った。ゆえに特別に集落で歓待して進ぜる。さあ、ついてまいれ》

 と、彼女は歩けとばかりにぽかぽかと龍児の肩を叩き、

《ほれ、集落はまだずっと上まで登らぬとつかぬぞ。もっと気張って歩かぬか、若者》

 五歳児に「若者」呼ばわりされた龍児は閉口したようにため息をついたが、背中でばたばたと手足を暴れられるのも困りものだったので、仕方なく彼女をおんぶし、山道を歩くのを再開した。

「…変な女の子ねえ…」

 朱音が、龍児の背中で満足げにおぶさっている女の子を見やり、呟いた。

「じゃが、そのおかげで山の民との接点ができたのう」

 玄人ののんびりとした物腰に、朱音は首を傾げ、

「でも、なんかちょうど良すぎるっていうか…なんか妙な感じがするのよね…」

「ここまで来たら出たとこ勝負でいいじゃんか。それに、リュウになついてるみたいだし、悪いようにはならねえよ、きっと」

「そこが変だって言うのよ。リュウになつく子供なんか、いるかしら」

 玄人と大牙は「うーん」と考えてから、揃って首を振った。これを見て、当の本人は気分を害したように不興に言った。

「ひどい言われようだな。まるで僕が思いやりの欠片もない人間みたいじゃないか」

「あらだって、あんた、子供なんか好きじゃないでしょ」

 そう言われてみれば好む性質ではないと思う。過去を振り返っても、自分の周りに子供の騒がしい喚き声や笑い声はなかった。

 かといって、独りが好きかと問われれば、そこも確信して頷けない自分がいる。だが、何かが邪魔をして、自分を覆っている卵の殻のようなものを壊せないでいる。だから内側に自分の世界をあたためることになった。時折、その卵の中身が溢れそうになるが、それはこの仲間たちと出会ってからのことだ。

 龍児の心の中で、そのぬくめられ、今にも何かに孵化しそうになっていたものが結局冷たい石化した思い出となってしまったものの角がちりちりと当たり、彼は一人口を引き結んだ。

 と、そんな心の動きを読んでいたのかどうか、背中の子供の手が龍児の長い髪をひっぱり、ぐちゃぐちゃにかき回したので、彼は現実に引き戻された。

《こら、やめろって。痛いから》

《わらわは美しいものが好きなのじゃ。おぬしの髪の毛は美しいのう。黒髪というものもよいものじゃな》

 ひとしきり龍児の髪をいじくって遊んでいた女の子は、最後にその髪の中に顔をうずめて深呼吸した。

《ほほー、良い香りじゃ。若返るようじゃ》

「それ以上若返ってどうするってんだ」

 大牙がぼそっと呟くが、女の子は陶酔したような顔で龍児の背中に身体を預けている。

「変な女の子」

 また同じことを朱音は言った。

 しかし、彼女の感じ方はある意味正しかったのである。


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