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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第三章 オーカー魔道帝国編
30/103

『竜と龍』①

 相変わらずファンロンは最低限のエネルギーで稼働しているため、格納庫の中の灯りはブルーライトの常夜灯のみだった。

 その中で、長い前髪をピンでとめ、手元を照らす永久電池のハンドライトを床において黙々と手作業をしている龍児がいた。ひんやりとした床にはコクピットから外してきた基盤やその他雑多なパーツが並び、その前に座り込んで彼は何台かのターミナルと向き合い、キーパッドをたたいていた。

 基本的な損傷はパーツが揃わないと回復は無理であることはわかっていたが、万魔宮殿の自爆と亜空間転移させられた衝撃で動かなくなった青龍王のメインコンピュータだけでも復帰できればと、彼は地道な努力をしていた。

 ハンディライトが照らす限られた明かりの中で、白く長い指がキーパッドを撫で、ひらめき、時折考え込むように止まるのが、陰影を刻んで映し出される。そしてターミナルのモニタに表示されるウィンドウをのぞく切れ長の目がデータの流れを追って左右に揺れるたびに、微妙に細い眉がしかめられたり、眼鏡の位置を直したり、薄い唇がきゅ、とつぼめられたりした。

 微かなキーパッドを操作する音だけが響いていたその場を乱すような気配が、龍児の皮膚に感じ取られ、彼は作業を中断して入り口の方を振り返った。

「よう、なんだよ、行かなくてよかったのかよ」

 大牙だった。

 龍児はすぐに元の体勢に戻って気のない応えをかえした。

「お前こそ行った方がよかったんじゃないのか」

 大牙の傍若無人な足取りが近づき、傍らに座り込むのを、龍児は横目で見ながら、指はコマンド入力を続けた。

「話聞きに行くのに、ぞろぞろ行っても仕方ねえじゃん」

 ターミナルのデータと、その周りに並ぶパーツ類を眺めながら、大牙はややつっぱった口調で応えた。龍児はモニタを見たまま、言った。

「…あの村にはお前に会いたがっている娘がいたはずだ。せっかく立ち寄ったのに、行ってやらないのは冷たすぎないか」

 大牙は心底驚いたように言い返した。

「へえっ、お前でもそういうこと考えるんだな」

「…どういう意味だよ」

「だって、お前、冷血漢じゃんか。龍だけにってか? 笑える」

 龍児は時々、大牙のこういうところを非難したくなる。もともと、性質が違い過ぎるのだ。

 だが彼はぐっと我慢して言った。

「くだらないことをしゃべりに来たのなら、邪魔だから出て行け」

「ほらー、そういうところが冷血漢だってのよ。まっ、それがお前ってやつだけどな。わあわあ泣きまくるようなお前なんか、想像もできねえよ」

 自分でも想像できない、と思ったところに、龍児はちくり、と胸の奥が痛むのを覚えた。キーパッドをたたいていた指が止まりそうになり、彼は突然沸き起こった記憶と感情をごまかすために会話を続けた。

「そうか、冷やかされるからやめたんだな? 確かに二股は倫理的に問題がある」

 今度は大牙がぷうっとなる番だった。龍児の隣であぐらをかき直すと、ぶうたれた口調で言った。

「なんだよ、それ。別に俺はな、なんにもしてねえし、なんとも思っちゃいねえのによ、勝手に騒ぎやがって、アカネの野郎」

「本当か? その割にあの村の娘も、王女も、お前を見る目に熱がこもっていたように思えたがな」

「お前までそんなふうに言うのかよ。ちぇっ、くそったれだぜ」

「嫌なら出て行っていいんだぞ。僕は青龍王の方に集中したいんだから」

 と言われたにもかかわらず、大牙は堪えた風もなく、龍児に話しかけ続けた。

「なあ、あの岩巨人、カッコ悪かったなあ! 超よえーし」

 龍児はこっそりため息をつくと、いったんデータをセーブし、手元に用意してあったコーヒーの入ったボトルを引き寄せた。そして大牙のために一杯注いでやると、ふんわりと良い香りが機械油の間にまじって漂った。

「お前のはミルクも砂糖も入ってねえからなあ」

「嫌なら飲むな」

「飲む飲む。これと一緒なら、ブラックでも甘くなるぜぇ」

 と、大牙はじゃじゃーん、とばかりにジージャンのポケットから『スニッパーズ』を取り出し、ぴりっと袋を破いた。

 もぐもぐと極甘のチョコバーを食べ始めた大牙を尻目に、龍児は自分にもコーヒーを注ぎ、一口飲むと、話し相手を求めてやってきた仲間に対して応えた。

「だが、あれだけのゴーレムを二体も操れるということは、かなりすごい魔道士だったと思うよ。何か核になるようなものがあったとしても、あれだけの大きさの無機物を結合させて自由に操るには、強い精神力と魔力が必要だと思う」

「じゃ、あの凸凹野郎どもは、強敵ってことなのかよ?」

「油断はしない方がいいと思うね」

 大牙はなんとも言えない顔でチョコバーとコーヒーを交互にかじっては飲んでいたが、不意に話題を変えた。

「ところで、なんでお前は村に行かなかったんだよ。お前だったら話を直接聞きたかったんじゃねえのか?」

 龍児は携帯用の小さなカップをぐっと傾けて大牙から視線を外すと、無関心に言った。

「あの村での情報収集なら、クロトがいれば十分だ。いつも僕が情報の窓口になる必要はないだろ」

「ふぅ~ん」

 大牙は白々とした顔で龍児をじっと見た。

「…お前さ、もしかして、俺のこと、気に食わねえとか思ってる?」

 いきなり大きく話題が変わり、それも微妙な問題に抵触してきたので、龍児の表情はますます無表情になった。

「そんなことあるはずあるはずないだろう。お前は仲間だ」

 大牙は龍児を覗き込むように下から見ながら続けた。

「俺がこのチームに入った時、すでにお前たち三人は組んでた。一度聞きてえと思ってたんだ。俺の前に、『白虎』がいたんじゃねえかってね。どうなんだよ、リュウ」

「…だったらどうだと言うんだ」

 大牙はじっと視線を龍児に注いだまま、言った。

「これは俺の想像でしかねえが、お前は俺を前任者と比べてるんじゃねえかなってな。だけどな、何があったか知らねえが、俺は俺だ。お前の知ってる白虎じゃねえし、なりたくもねえ。そのことを言いたくてな」

「…そうか」

「コーヒー、ありがとな。ついでに白虎王のメンテもしといてくんねえ?」

「自分でやれ」

「ちぇっ」

 大牙が立ち上がり、来た時と同様の、悪びれていてどこか子供っぽい足取りで格納庫から去ろうとするのを、龍児は声だけで引き止めた。

「タイガ」

「ん?」

「…お前でよかったよ」

「へ?」

「…またあとでな。僕はもう少しやっていく。一段落したら、『龍虎の爪2』でもやろう」

「おうよ。また勝ちはもらったぜ」

 大牙が去ると、龍児は深いため息をつきながら髪を止めていたピンを取り去った。はらり、と黒髪が横顔にかかる。眼鏡を外す白い指が微かに震えていた。

 不意に、感情的に手を振り払い、その手に持っていた眼鏡が床を滑った。

「…くそっ」

 呻きに近い呟きが龍児の唇から漏れ、彼は両手で顔を覆ってしまった。

 薄青い空間の中で一人、重く冷たい想いを抱えるように、龍児は肩をすぼめて座り続けた。こんなことを思い出すくらいなら、村に行けばよかったと後悔しながら。


*****


 村から玄人と朱音が戻ってきたのは、陽もすっかり暮れ、大牙がデザートのアイスクリームを食べ、龍児が食後のコーヒーを飲んでいるところだった。

 食堂に入ってきた朱音は、ひょい、と首を傾げ、いつもの食事風景を眺めてから、唐突に言った。

「なんか、あった?」

 すると、アイスを舐めて満足げに緩んでいた大牙の顔がむすっと曇り、逆に龍児の唇がにっと笑んだ。

「なによ、何があったのよ。言いなさいよ」

 しらっとコーヒーを飲んでいる龍児をじろっとねめつけてから、大牙は粗雑にスプーンをガラスの器に放り入れ、応えた。

「今日のリュウはチート級だったんだよ。『龍虎の爪2』っていうレトロ格ゲーやってたんだけど、俺がいつも勝つの。んでも、今日はぜーんぜんうまくいかなくってよ。おい、リュウ、青龍王のトリートメントのついでにゲームデータ、いじくってねえだろうな」

「失礼な。僕は正々堂々闘ったまでさ。お前の腕が落ちたんじゃないのか」

「んなはずねえ。俺のショウ・サカシタは無敵だぜ」

 龍児は鼻を膨らませて憤る大牙を放っておいて、戻ってきた二人に言った。

「ずいぶんかかったみたいだけど、何か食べれば?」

 朱音は首を振り、手近な椅子に腰かけた。そこへ、彼らが戻ってきたのを知り、キリルがやってきた。

「ううん、待ってる間に色々もてなされちゃって…あ、ボス、只今戻りました」

「お帰り。どうだったかね? おや、なんだかタイガとリュウは楽しげだな」

「ちっとも俺は楽しくねえ、ボス。くそったれ、見てろよ、このリベンジはするからな」

「いつでも受けてやるさ。僕のロベルト・ガルシアの妙技を見せてやる」

 朱音が「これだから男の子は」と言った顔つきでキリルを見上げる。キリルは「くすくす」と笑いながら、フードサーバからアールグレイの砂糖抜きを取り出すと、辺りに芳醇な香りを漂わせながら椅子の一つに腰掛け、情報を得に降りていた二人に尋ねた。

「それで、どういったデータがとれたかね?」

 応えたのは玄人である。彼もほうじ茶(数年来ファンロンには乗っているのに今までプログラムしてなかったと先日追加した)を取り出し、ついでに豆大福を二つ追加すると、早速もぐもぐと食べ始めながら応えた。

「どうやら相当他人を避けて生きてきているようじゃ。というのも、最後に目撃されたのが半世紀ほど前だということで、その目撃者が狩りから戻るのを待っとったんで、こんな遅うなってしもたんじゃ」

「目撃者がたったの一人と言うのが心もとないな…それで?」

「その人の話すには、当時、山に生える『火焔苔』っちゅう、薬草にもなる貴重な草を採りに冒険者、たぶん魔道士だと思うんじゃが、その冒険者のガイド兼ポーターとしてその目撃者、今はもうかなりの年じゃったが、雇われたんやな。その冒険者は見聞が広くて退屈しなかったそうじゃ。グレートシルバー山脈の最高峰、レッドフレイムマウントに少数民族が住んでいることも、ドラゴンが棲んでいることも知っているらしかった。リュウ、お前が話していた通り、ここにいるドラゴンは殺すべきではない存在のようじゃよ。なんでも、その冒険者が話していたことには、この世界にはかつてドラゴン族がたくさん生息していたらしい。ドラゴンは人間に姿を変えることができ、その魂を別の人間の身体に移し替えることでほぼ永遠の命を保っていたという。その力や、長命による魔力容量の大きさなどから、1000年前の大戦争の際、エルフ族と同様に人間側からの殲滅対象になったらしい。そのためにドラゴン族の数は激減し、今ではたったの4体しか確認されていないということじゃ」

「ということは、その少数民族も人間に対し、好印象を持っているとは言い難いな」

「その通りじゃ、ボス。その目撃者と冒険者が『火焔苔』の採取地点のレッドフレイムマウントの中腹辺りに到着した時、冒険者が注意を促したんじゃそうや。目撃者の爺さんは全く気付かなかったって言っとったが、いつの間にか異形の集団に囲まれとって、髪の毛一筋動かせば矢が飛んでくるくらいの緊迫感だったそうじゃ」

「異形? まさか、ドラゴニアンとか言わないよな」

 龍児がその好奇心の疼きを必死に隠すような口調で尋ねる。玄人は曖昧な表情で頷き、

「わしゃお前みたいに詳しくないけえ、ようわからんかったが、両手両足に鱗のようなもんがはえとって、頭には角が二本生えとったそうじゃ。目撃者は南無三と目をつぶったが、冒険者は全く恐れていない様子で、聞いたこともない言葉で何か話し出したんだと。しばらくすると、爺さんの肩が叩かれたんで、目を開けると、鱗のある連中は消えていて、冒険者がにこにこして『火焔苔』を籠一杯にもっていたそうじゃ。これで村での情報は終いじゃ。もっと聞けるかと思ったんじゃが、どうやらこの山脈のエベレストみたいな山は、容易に近づけない難所のようじゃ。山の登山口が近いエルダー村でも、レッドフレイムマウントに向かう冒険者や旅人はほとんどいないと言っとったしな。ま、ドラゴンが棲んどるんゆうなら、何か問題が起きてもヒトの手は借りんでもすむやろがの」

「そのドラゴニアンって、一体なに? あたし、話聞いてても、なんかピンとこなくって。マーフォーク族みたいなもの?」

 朱音が両腕をテーブルの上に投げ出しただらしない格好で尋ねた。龍児は考え考え応えた。

「似て非なりってところかな。ドラゴニアンは諸説あるけれど、元は人間と竜のハーフだっていうのが僕の最も信じる説だよ。この世界に棲んでいるドラゴンが人間に変身できるということなら、なおのことその説が濃くなるね。つまり、ドラゴンが人間に変身して、そのまま人間と交われば、ほら、何が産まれる? ドラゴン族が何を考えてそのような種族を生み出そうとしたかまでは僕に聞くなよ。だけど、そうやってドラゴンの仔として生み出されたドラゴニアンが、偉大な血を分けてくれた親を崇拝しないはずがない。崇拝し、献身的に、忠実に、そして勇猛にドラゴンを守るはずだ。たとえが悪いかもしれないけれど、女王アリを守る兵士のようなものなのかもしれない。となると、1000年前の戦争で人間に虐殺されたのならば、人間の僕たちが接触するのはますます難しいことになりそうだね」

「思ったんだけど、その冒険者って、なんかアルディドさんぽくない? エルフならドラゴンとも仲良くできそうじゃない?」

 と思いついたように言った朱音に、玄人が頷き、

「わしもそう思った。じゃが、わしらの問題にあの人を引き込むわけにはいかん」

 ふっと言葉が途切れる。すると自然と視線が龍児に集まっていた。彼は冷えてしまったコーヒーを飲み切りながら、眉をしかめて言った。

「僕に期待を寄せるのはやめてくれよ」

「うん、期待してないわよ。でもよろしくね」

 朱音がにこにことしながら矛盾したことを言った。龍児は「はあ」とため息をつき、キリルに向かって言った。

「いずれにしても、ドラゴンは魔法の塊のような存在です。困難かもしれませんが、向かうしかないでしょう」

「そのようだな。いきなり山頂に転送もできるが、それでは疑惑を招く。面倒かもしれないが、その『火焔苔』なるものを集めにきた冒険者という建前で山を登ってもらうことになろう。背後から帝国の魔道士も追ってきていることも忘れないように。ファンロンはいつでも待機している。連絡を密に、勇み足は禁物だ」

「了解です」

 ということで一同は解散となったのだが、最後に部屋を出て行こうとした龍児を、キリルが引き止め、低い声で言った。

「…大丈夫かね?」

 龍児が顔を振り向けた拍子に眼鏡のレンズがきらっと輝き、その表情を隠した。

「え?」

「…明日は…」

 つい、と龍児の顔がそむけられて長い髪の向こうに見えなくなった。キリルはさらに声を低めて続けた。

「…セラピーは受けているのかね?」

「必要ないです」

 キリルの貴公子然とした顔に懸念の陰がおちる。龍児はそんな上官の心配をはねつけるように言った。

「ジルコンを借りていいでしょうか。青龍王のメインコンピュータの再構築に手間取っているので」

 龍児には聞こえない程度のため息がキリルの唇からもれる。彼はこう応えるしかなかった。

「あの減らず口に耐えられるのならばな」

「構いません。では」

 背中で長い黒髪を揺らして歩み去ってく龍児を見送ったキリルは、去年の彼がどのような精神状態にあったかを思い出し、闘いの只中に彼らを投じることの重責を改めてひしひしと感じるのだった。


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