表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第三章 オーカー魔道帝国編
28/103

『刺客?』

 オーカー魔道帝国の魔道士ギルド『魔道巨人(ゴーレム)研究セクション』の中でも、最も薄暗く、夏になろうというのにも関わらずひんやりとした陰気な部屋で、ファリーダ・ルルーシュは考え事をするときの癖で長い髪の先を指に巻きつけていた。その髪は艶やかでさらさらとしていたが、かつての射干玉のような黒髪ではなくなり、ラディウム鉱石の排気ガスを浴び続けたために今ではすっかり紫色に変色していた。

 しかし、その美貌は損なわれることなく、時折しかめられる細い眉の下の大きな黒目は長い睫に縁取られ、念入りに化粧をしているせいでさらにその瞳が大きく見える。小振りの鼻は筋が通り、深い紅色に彩られた唇は常にほくそ笑むように口角が上がっていた。

 その印象的な瞳がパッと部屋の入り口に向いた。

 トントン、とノックの音が聞こえ、相手が声をかけてくる前に彼女は言った。

《お入り、二人とも》

 扉が開いて入ってきたのは、思わず笑ってしまいそうなほど対照的で戯画的な二人だった。それはファリーダの美貌と比較するとさらに倍加した。

《聞きましたか、カーマインでのこと》

 ひょろ長い身体つきをした方が内心の興奮を抑えきれない口調で話しかけてきた。ファリーダは指に巻き付けていた髪をぽい、と戻すと椅子に深く腰掛け、足を組んで頷いた。大きなスリットの入ったローブの裾が割れ、白い太腿があらわになる。

《私も今そのことを考えていたところよ、ワリード》

 ワリードと呼ばれた男は、端正ながら、どこか歪みやつれたような顔を珍しく期待で晴れやかにさせて言った。

《ギルドはユースフがすでに死んでいるものと決定したようですぜ。ハッハ、魔法生物セクションの連中の慌てぶりが想像できるってもんです。奴ら、自分たちこそがエリートだと偉そうにしてやがったくせに、このざまだ。あの人造人間の素体を作るのにどれだけ時間とラディウム鉱石がかかったと思ってるんだか。うちらのことを言えたざまぁねえですね》

 するともっさりとした短躯の方が外見を物語るような口ぶりで言った。

《帝国はしばらく王国には手を出さない方針のようです。というより、王国以上に問題が発生したようでして》

 そのことはファリーダは初耳だった。脚を組むのをやめ、デスクの上に乗り出すようにして聞き返した。

《問題? どういうこと、ウマル》

 ウマルと呼ばれたドワーフは、綺麗に剃った顎を撫でながら応えた。

《魔法生物の連中は詳しく話したがらないんですが、俺らドワーフはどのセクションにいようと繋がりをもっとりますんで、情報が入ってくるんです。なんでも、ユースフが呆気なく失敗したのは、例の都市連邦で有名になっている異国から来たらしい冒険者たちの邪魔がはいったからのようです》

 ファリーダは思わず「ああ」と感嘆の声をあげてから、

《そいつらは確か奇妙な発光体が落ちた場所の近くの村に現れたという連中だろう? あの光はまだ何だったのか私たちでもわかっていない。だから私は言っていたんだ。もっと連中に見張りをつけろってね。なのに上の連中は私の言うことなど聞く耳を持たない。その結果がこれだってことに、奴らは気づくのかねえ。全く最近の魔道士共は増長しすぎて、周りが見えなくなってきているのさ。呆れたもんだよ》

《それは仕方ありませんや。俺たちはしがない窓際。誰がまっとうに話を聞いてくれるもんですか》

 大げさにも聞こえるため息をついたワリードに、ファリーダは吃と黒々とアイラインを引いた眼を向け、

《その窓際に追いやったのは誰のせいだと思ってるんだい。お前が下らない発明ばかりしているからじゃないか》

《それはあと少しのところでいつも燃料切れを起こすからじゃねえですか。おい、ウマル、お前の整備がなってねえからラディウム滓が詰まっていざって時に…》

《ひでえな、ワリード、俺はいつも最高のラディウムを用意してるし、最良のカッティングをして燃費をよくしてる。お前が子供じみた発想をするからいつもこけるんじゃねえか》

 部下の二人がつまらないことで言い合いを始めそうになったので、ファリーダはどん、とデスクを叩いて二人を黙らせた。

《うるさいよ、二人とも。よくお考え。魔法生物の連中は最悪の大失態をしでかした。ということはだよ。ここで一発、大成果をあげれば、私たちの立場が良くなるってもんじゃないかい? 私は最初からその異国の冒険者たちには何かあるって踏んでいた。今こそ連中をふんじばって、ギルドの連中の鼻をあかす時が来たのさ》

 これを聞き、部下の二人はけんつくしていたのも忘れ、それぞれ歓声を上げた。

 ファリーダは再び椅子に深く座って足を組むと、にやりと唇を吊り上げて笑った。

《ワリード、ウマル、お前たちの能力を最大限発揮して、最高のゴーレムをお造り。そしてその冒険者たちを右往左往させてやろうじゃないの。さあ、ぼやぼやしてる暇はないよ。とっとと準備にかかりな》

《アイサー!》

 二人は、ファリーダの尻を叩くような口調にも嬉しげに、足早に部屋から出て行った。

 一人残ったファリーダは、彼女も魔道士らしく傲岸な笑みを浮かべたまま、これから起こると信じている勝利の予感に浸るように瞳を閉じた。


*****


《いいんですか? こんなにゆっくりしていて》

 衛士の一人が、カーマイン王都の大門の手前の馬留のベンチに腰掛け、短い葉巻煙草をぼんやりと吸っている上司に向かって恐る恐る尋ねた。

 モーヴ衛士隊副隊長バルトロ・ピッツァーリは、横目で真面目な部下を見上げると、ちょうど吸い終えた吸殻を指先で跳ね飛ばしてから肩をすくめた。

《ここに連中が滞在していることはこれまでの聞き取りでわかっていることだ。どこにいるか我々が見知らぬ街で探し回るより、ここの衛兵に聞いた方が早い。それに、俺はこの街が好かん。ここでのんびり煙草を吸って待っている方がいい》

《しかし、相手は風来坊の冒険者ですよ。いつどこへ姿を消してしまうかわからないのに、これではずっと追いかけ続けることになるかもしれないんですよ》

 バルトロは「ふふん」と衛士らしくないいびつな微笑を浮かべると、もう一本煙草に火をつけ、不遜に煙を吐いた。

《俺はどうにも今回の評議会の決定に納得がいかんのだ。そうは思わんか。彼らは街を救ってくれた。むしろ以前よりも街を豊かにするきっかけも与えてくれた。それなのに、評議会は彼らが何か後ろ暗いところがある者たちのように見、捜索せよと命じた。彼らを連れ戻してどうするつもりなのだ? グレートシルバー山脈に落ちた光は謎だが、謎などこの世にいくらでもある。彼らが退治してくれた怪物もその謎の一つだろうが。だから俺は今回の捜索隊の派遣には気が乗らなかったのだ》

 とそこへ、カーマインの衛兵を伴って部下の一人が戻ってきた。

《副隊長、間一髪でした。かの冒険者たちは今夜の晩餐を最後にカーマインの地を去る予定でいるとのことです》

 最後の一吸いを深く吸い込んだバルトロはため息とともに煙を吐き出して立ち上がった。

《別に俺は大陸中を探し回る旅でも良かったのだがな。衛士なんぞをやっているとゆっくり旅もできん》

 部下たちの呆れたような視線を感じつつ、バルトロはカーマインの衛兵のあとから続きながら、街の中に入る前に吸殻をぽん、と弾き飛ばすのを忘れなかった。

 王都は初めての部下二人が街並みに視線を奪われながら歩くのを苦笑いで見ながら、バルトロは目的の冒険者たちに会ったらなんと切り出すか考えていた。

 聞くところによれば、最初に彼らが評判を集めたグレイウォールの衛士隊長は、彼らについての詳述を避けたと言う。こうなることを予測してのことだったらしい。

 バルトロはその意見に賛成だった。ひょっとすると見込み違いになるかもしれない。しかし、彼自身も、彼らが悪人だとは思えなかった。評議会の審問を受けるようなことはしていないと思った。

 だから彼は捜索の道中をのろのろと進み、ある程度探し回った挙句に見つからず仕舞いでした、という報告をしてお終いにする目算でいた。

 だがその寸前で彼らは見つかってしまった。

 建前は、都市連邦評議会の名の下、彼らを連れて戻ることだった。

 しかし、バルトロの本音は、彼らをこのまま行かせてやりたいというところにあった。

《遠路はるばる都市連邦の方が来られるとは、あの冒険者たちの名は広く知れ渡っているのですね》

 物思いに沈んでいたバルトロの耳に不意打ちをするように、衛兵の声が飛び込んだ。

 衛兵は若く、素朴に見えた。何かを話したくて仕方がないように口元がうずいている。バルトロが先を促すように眉を上げると、若い衛兵は堰を切ったように話し出した。

《先日の王女様のパレードの時、悲劇が起きたんです。でもそれを最悪の事態にしないでとどめたのが、彼らなんです。私はあいにく通りの奥に待機していたので間近で見ることはかなわなかったのですが、聞くところによると、魔道士の呼びつけた禍々しいモンスターを一撃のもとに倒したとか。その魔道士も純白の装束に身を包んだ少年のような冒険者の疾風のような攻撃で反撃できず、今では城の奥深くに幽閉されております。またその装束が変わっているのです。鎧のようでもなくローブでもなく、伝説のエルフの鎧とはあのようなものを言うのでしょうか》

 まさに自分たちが追っている冒険者たちに間違いないとバルトロは達成感のような、それでいて憂いのようなものも感じた。この衛兵の話しぶりからしても、彼らが王国全体の信頼を得たのは間違いない。それは彼自身も、彼らと出会って感じたことだからだ。

《…私も彼らの実力は知っているつもりだ。それとその無私で謙虚な姿勢もな》

《そうなんですよ。不思議ですよねえ。冒険者など皆、金ずくか欲得ずくでしか腰を上げなくなっているというのに、彼らはそうじゃない。誤解があったとはいえ、彼らの一人を捕えてしまったことを今では恥ずかしい限りですよ。彼らの能力があれば簡単に牢など破れたはずなのに、彼らは複眼的にものをとらえ、結果的には王国の崩壊という大惨事を食い止めてくれたんです。英雄ですよ、彼らは》

 そのとおりだ、とバルトロは頷き、もやもやとしていたものを胸の辺りから追い出すかのように咳ばらいをした。

《我らも彼らには大きな恩を受けてな、その礼の一部を渡し損ねたのでこうして探し回っていたのだ》

 衛兵がその内容を聞きたそうに期待に瞳を輝かせたが、バルトロは部下の二人の怪訝な眼差しを脇から受けていたのでさっさと話を進めた。

《しかし、今彼らは王族のとの晩餐の最中なのだろう? それに割り込んでまで渡す代物でもないので、できれば食事が終わるまで衛兵隊の詰め所かどこかで待たせてもらえればと思うのだが》

 部下が何か反論しかけるが、衛兵がにっこりと微笑みながら頷いてしまったので言葉を挟むことができなくなった。

《ああ、もちろん構いませんよ。あっ、もしよかったら、貴殿の街で起きたことを話してくださいませんか?》

 特に禁じられているわけでもないので、バルトロは気さくに了解すると、城の大門の脇にある衛兵用の通用門から中に入った。できればこの間に冒険者たちが退散してくれることを願いながら。


*****


 ちょうどメインの野ブタの丸焼きの大皿が運ばれてきた時、控えめなノック音が聞こえ、末席についていたオクタヴィアが静かにそれに応じた。

 扉の向こうには城内を警備する近衛兵の金ぴかの鎧姿があり、オクタヴィアを見るとかつん、と踵を鳴らして敬礼してから事務的に報告した。

《衛兵隊詰め所にモーヴからの衛士隊が参っております。そこにおられる冒険者殿らに用件があるそうでして、晩餐のあと、会見したいそうです》

 オクタヴィアは簡潔に頷いて近衛兵をさがらせると、王族たちに一礼してから視線を四者四様に食事にありついている若者たちに向かって言った。

《モーヴの衛士隊がお前たちに用があるそうだ。例の追手ではないのか?》

《追手?》

 そのあたりの事情を知らないマクシミリアンが怪訝に問い返す。オクタヴィアはレイジュウジャーたちに説明をするように目顔で命じた。

 こういう時の説明役は龍児である。彼は事実と虚実をごたまぜにしながら、エルフ顔負けの無表情でこれまでの経緯を話し、自分たちが他者の好奇の目をひくことの理由を説明した。

《なるほど、確かに君たちは少々変わった冒険者ではあるが、帝国の魔法やその産物を目の当たりにした私としては、むしろ君たちは選ばれし者のように思われる。そうではないかね、エリアス殿》

 国王の背後で食事もとらずにじっと椅子に腰かけていたエルフの癒し手は、王子の問いかけに対してひっそりと応えた。

《私の感ずるところ、追われるような要因はありません。しかし、逆の要素として考えれば、特筆すべきものを持っていると応えねばなりません》

《わかるように話せ》

 マクシミリアンの催促に、若者たちはひそひそと内線で話した。

『大丈夫かしら……そりゃ、あたしたちは王家を救ったにはかわりないけど』

『エルフっつうのはなんか妙な感覚を持っとるみたいじゃからのう…』

『でもこれまで僕たちを放っておいてくれたのだから、悪いことにはならないと思うんだがなあ』

『とりあえずこの肉、食らっちまおう。このあとまたいつ合成食じゃないメシにありつけるかわからねえからな』

 エリアスは相変わらず冷めた口調で応えた。

《はっきり申しましょう。彼らはあなた方人間とは異なる種族です。外見は全く同じに見えますが、内面の構造が全く異なっています。人間とドワーフ、人間とエルフ、人間と獣人族、それくらいかけ離れた違いのある者たちです。しかしその内面はその誰よりも澄み切り、平らかですが、時に唸り牙をむく牙虎のようにも、火を噴く竜のごとくにも変幻し、それこそが彼らの命の炎となっているのです。そのことは決して悪に染まることはなく、絶対善とでも言うべき性質をもっています。このことに気付けるのはおそらく強力な魔力保持者か歳を重ねたエルフくらいでしょうから、傍目からはただ特異な存在として映ることでしょう。むしろ得体の知れない要注意人物とされ、こうして追手がかかったのでしょう》

《なりませんわ!》

 いきなりマリーが立ち上がり、訴えるように言った。

《あたくしにもエリアス様のおっしゃることがわかります。この方々は悪とは相いれない人たちです。決してそのような俗世のわずらわしさに巻き込まれて、その手に刻まれた大切な定めを疎かにすることはあってはならないのです。お父様、お兄様、この方たちを逃がしてさしあげて?》

 マクシミリアンが国王を振り返る。数日の癒し手による介抱でみるみる健康を取り戻しつつあるダリウス王は、血色のよくなった顔を一同に向けてから、ひとつ頷いて言った。

《都市評議会がどのような決議をしたかは、我々王国とは関係のないこと。この者たちは王国のために大きな働きをしてくれた。その者たちに煩わしさをもたらすことはわしの本意ではない。その追手とやらはわしらに任せて良い。そなたらの進む道に邪魔はさせぬ。だが…この際だ、ひとつ頼まれてくれないか》

 と少し言い淀んだ国王は、自分の右手の小指から幅広の指輪をはずすと、それを息子に押しやりながら続けた。

《…もしどこかで次男を見つけることができたら、それを見せて連れ帰ってくれないだろうか…国の危機を救ってもらった上にこのような頼み事までするのは心苦しいのであるが、やはり息子のことが気になって仕方ないのだ…》

 マクシミリアンはぎゅ、と唇を引き結び、それを隣に座っていた朱音に差し出し、王子らしくなく頭を垂れて父親の言葉を継いだ。

《冒険者の君たちならひょっとするとセドリックを見つけられるかもしれん…私からも頼む》

 朱音は仲間たちの視線を受けながら、肩をすくめ、

《見つけられる保証はできないけど、それでよければいいわよ》

 あとで色々と言われるだろうなあ、と朱音は思ったが、彼らの気持ちを無下にできなかった。彼女に肉親と言うものは記憶になかったが、今はそれに代わる仲間たちがいる。彼らがもしそんな目に会ったとしたら、彼女は全力で助けに走るはずだった。

 特にその中の一人が捕らえられたことを想像(すぐにそんな凡ミスを彼がするはずがないわ、と否定したが)し、胸が強く打つのと同時にさあーっと血の気が引くような脱力感も感じた朱音の耳に、遠くで何かが破壊され、崩れる音が聞こえ、それは仲間たちにも、オクタヴィアにも聞こえたらしかった。続いて、どすーん、という重い振動が王家の食堂にまで伝わり、一同に緊張が走った。

《地震にしては妙な揺れ方ね》

という朱音に、エリアスが厳しい皺を眉間に寄せて意識を集中するように瞳を閉じながら言った。

《…まさか援軍を呼ぶほど愚かとは思いませんでしたが、これは明らかに傀儡魔法の波動です。今の衝撃はおそらく魔法巨人を呼び出し、城に攻め入ろうとでもしているのでしょう》

《なんと! 帝国か!》

 ずさっと勢い込んで立ち上がったマクシミリアンの精悍な面差しに朱がのぼっている。その手は好戦的に剣の柄にかかっていた。そして言った。

《これ以上帝国の好きにはさせん! オクタヴィア、マリーと父上を頼む。冒険者たちよ、申し訳ないが助勢を頼む。エリアス殿、怪我人が出ているかもしれん。共にきてくれるか》

 もちろん一同に否やはなかった。

 彼らは二手に分かれて食堂を出ると、それぞれ機敏に動いた。ただ心は一つ、もうこれ以上悲劇は繰り返さないという一念の元に集中していた。


*****


 少し時間は遡る。

 王都から離れた草藪の中で、ファリーダたちは少々みっともない格好で地面に転がっていた。

 見上げれば、そんな彼らをあざ笑うかのように巨大な鴉のような飛行体が「グギャアッ」と一鳴きして北の空へと羽ばたいていくのが見えた。

《あんちくしょう!》

 美貌にそぐわない悪罵をついたファリーダは、土や草切れで汚れたローブを払いながら立ち上がった。あの「鴉」から荷物のように落とされた時にどこか打ったのか、腰の辺りがずきずきとする。

《だから魔法生物の連中に頼むのは嫌だったんだよ!》

 顔面から落下したらしいワリードが、その長い鼻をさすりさすり、肩をすくめて言った。

《仕方ありませんや。俺らの「脚」じゃ、山を越えるのに何日かかることやら。それに、頭下げに行ったのは俺っちですぜ。どんだけ嫌味を言われたことやら…》

《うるさいよ! で、ウマル、核は無事なんだろうね?》

 草むらをだいぶ転がったらしく、その全体的に丸っこい身体を汚れだらけにしたウマルは、懐深くにしまっていたらしい革袋を取り出し、その中から二つの赤い宝石のようなものを見せた。

《安心してくだせえ。核は俺らの命みてえなもんです。何があったってなくしやしませんや》

 ファリーダは、その拳大の石を見ると、紅い唇をにんまりと吊り上げたが、ふと真顔に戻り、尋ねた。

《それと、忘れずに偽造通行証も持ってきたんだろうね?》

《は?》

《へ?》

 部下の凸凹コンビがきょとんとなったのを見、ただでさえ、ここまでの道のりを行くのに別セクションの手を借りねばならなかった屈辱に耐えねばならなかったというのに、次は部下の間抜け面を目の当たりにしなくてはならない現実に、ファリーダの切れやすい堪忍袋の緒がみるみる切れかかった。

《お前たち、まさか、忘れたとかお言いでないかい?》

 ワリードが習慣的になっている卑屈な低姿勢で言い訳をした。

《えっと、それは、ウマルがてっきり…俺はゴーレムの結合力の強さを確認して…》

 一方のウマルは獅子鼻を膨らませて言った。

《道程の手配はてっきり全部ワリードが仕切ってるもんだとばっかり…》

《てっきりてっきりうるさいんだよ! つまり、作ってないんだろ? ここまできて門前払いなんかされたら、恥ずかしくてどの面下げて国に戻ればいいってのさ! ああ、もういい! お前たちを叱ってる時間がもったいないよ。とにかく王都に向かう。そこで足止めを食ったら、私がどうにかする。お前たちには任せられないからね》

 しゅん、となった部下二人を連れて、ファリーダは憤然と王都へと向かった。

 通行証があるとないとでは、旅のし易さが変わってくる。

 通行証があれば、身元保証がとれ、目的もある程度明らかになるので、街に入るのに最低限の質問しかされないし、入国税も割安になる。

 一方、持っていなければ、その逆である。この世界、全ての人々が屋根の下で生まれ、血縁や知り合いのいる定住地を持つとは限らない。もちろん、そのような不幸なもとに生まれた者がすべて要注意人物になるわけではないが、やはりまっとうな生き方をするには難しい世の中でもあった。

 したがって、通行証を発行してもらえないような身分の者がすんなりと街に入るにはいろいろと裏の世界と通じることが多くなる。最も簡単なのは、盗賊ギルドを頼ることだが、これは自身がギルド構成員になっている必要があるので、ファリーダたちには論外だった。次に有効なのは通行証の偽造である。これはドワーフのウマルの得意とする分野だった。すでに幾種類もの権威ある通行証の版木を作ってあった。あとはいずれかの版木を刷り、難解な署名をすればすむとばかり思っていたファリーダだったのだが、いつもどこかミスをしでかす部下は案の定やらかしてくれた。

 最後は金がものを言う。通行証がない場合、割高な入国税が必要になるが、そこにさらに袖の下を渡せば、たいていの国では通してくれる。だが、現在のカーマイン王国の状況からすると、よそ者に対する警戒が高まっているはずで、この方法が通じるか不安なところだった。

 と、彼女が悶々と考えを巡らせているうちに、王都の高い城塞に穿たれた北東の門にやってきていた。商人や旅人たちに交じって検閲の列に並ぶ。穏健な王国の番兵の顔が、いつになく厳しく見えるのは気のせいか。いや、その番兵から立ち上る「気」は、敬愛する王家を汚した帝国に対する義憤に満ちていた。

(大金を積めば積んだだけ疑われそうだわ。仕方ない。あまり使いたくなかったけれど…)

 自分たちの番がきた。番兵が二人、長槍を交差させて彼らを止めた。一人はフードを目深にかぶったファリーダに疑い深い眼差しを向けたが、もう一人は彼女の見事なスタイルに見惚れるような視線を投げている。

《姓名、出身、入国の目的、通行証があれば提示せよ》

 ファリーダの長めに切りそろえられた前髪の間から、黒々とした瞳がじっと番兵を凝視した。彼女の紅い唇が言葉を紡ぐように開くが、声は誰にも聞こえなかった。

 いや、番兵たちには聞こえていた。その声は言った。

【私たちをこのまま通しなさい。そして私たちのことは忘れるのです】

 のろのろとした動きで長槍で遮っていた道をあけた番兵の脇を足早に通り過ぎた三人は、番兵が正気を取り戻す前に通りの小道に入り込んだ。

 ファリーダはふう、とため息をつくと、嫌なものでも食べてしまったかのように顔をしかめて言った。

《命あるものを操るのはいつやっても嫌なもんだねえ。お前たちにはわからないだろうけど、手の中で蠢くのさ、命がね。蜈蚣や蛆どもが這いまわるみたいな感じさ。だから帝国もまだ人間自体を制御する魔法を開発できないでいるのさ。命のエネルギーを抑え込むには膨大な魔力が必要になる。そんな精神力をもった魔道士なんざ、果たしているのかどうか…》

《ファリーダ様ならできるんじゃありませんか? 俺には力をセーブしてるように思えるんですがね》

 ワリードがおためごかしとも本音ともつかない口調で言った。ファリーダは人ごみに流されるように歩きながら、小さく笑い、

《持ち上げても何もでないよ、ワリード。そんなことができていれば、私がとっくに帝国の筆頭魔道士になってるわね。さて、もたもたしてないで問題の冒険者を探すとするか……ユースフが失敗したらしいという一報が入ってもう三日。冒険者は平和な街には長居をしないものだよ。そろそろ引き上げ時だね》

《宿屋をあたるんで? しかし、ここの街は帝都並みに広いですぜ》

 ワリードがうんざりと言うと、ファリーダはそんな彼を見下すように言い返した。

《どうして私たちが馬鹿みたいに動き回らなければならないのさ。あぶりだすんだよ。正義漢面さげた冒険者らしいから、ほんの少し岩巨人どもを暴れさせれば、のこのこ出てくるに違いない。そこがねらい目さ》

 三人は互いに顔を見合わせ、自信たっぷりに頷き合った。そして奇しくも、ユースフが捕らえられた街の中央部にある戦勝記念広場の方角へと歩き始めたのである。


*****


《振動は戦勝広場からのようね》

 朱音がスキャナを片手に全速力に近い速度で走りながら言った。これにエリアスが、その細い身体に似合わない身体能力を見せて遅れることなく走りながら、

《魔力の流れもそこが始点となっています。幽閉した魔道士も強力でしたが、今度のはそれ以上かもしれません》

《しかし、なぜ城を攻めてこないのだ? 私はてっきり城を落とし、ユースフを助けにきたのかと思ったが》

 マクシミリアンも王子にしておくのはもったいないくらいの脚力で走っている。

《これは…陽動ではないでしょうか》

 エリアスが走る風に長い銀髪をなびかせ、言った。

《陽動? ではまだ仲間がいて…》

《いえ、殿下、魔力は広場からしか感じ取れません。城はおそらく無事でしょう。私の予感は、むしろあなた方、異国の戦士たちに強く示されております》

《つまり、計画をおじゃんにした俺たちに仕返ししにきたってことかよ》

《仕返し、というより僕たちを捕獲しにきたんじゃないのかな、タイガ。あの魔道士も言っていただろう? 僕たちの存在は珍しい発見だって》

《なによ、あたしたち、標本なんかじゃないわ》

 憤慨した朱音に、エリアスが諭すように言った。

《魔道士は魔力と言う第二の感覚を持ってしまうため、残念なことですが、人の倫理観など簡単に捨て去ることができてしまう者が現れるのです。確かにあなた方の持つ精神エネルギーは特殊ですからね》

《実験体になるのもごめんじゃが、せっかく直りかけていた広場がまた台無しじゃ。まずはあの積み木のお化けみたいなもんを潰さんとならんの》

 玄人が立ち止まり、指差した先には、無残にも破壊された空間が広がっていた。

《思った通りじゃないか、皆!》

 岩の塊や石くれが寄せ集まってできあがったような二体の岩の巨人の間から、気の強い一声が割り込んだのである。

 瓦礫の足場の悪い中を、針の先のようにとがった踵の膝上まである長靴を大胆なローブのスリットからのぞかせて歩み出たすらりとしていながら肉感的な体つきをした女が、紅い唇を吊り上げて笑いながら続けた。

《見てみりゃどこにでもいる若僧どもじゃないか。おっと、一人珍しいのがいるね。エルフってのはもうとっくに滅んだもんだと思っていたがねえ》

《おいおいおい、お前ら、そんなずっこけロボットみてえなもん持ち込みやがって、迷惑なんだよ》

 大牙が両拳を固めてやり返した。背後でエリアスが何か文言を呟いているのが聞こえ、マクシミリアンがすらり、と長剣を抜くのが感じ取れた。これを朱音が制するように一歩踏み出すと、大牙と並んで身構えながら言った。

《まるで幼稚園児のらくがきじゃない。センスないわねえ。タイガ、一発で仕留めるわよ》

《おうとも》

 周囲の建物の身の丈ほどもある二体の岩塊のゴーレムを見てもなんとも動じない彼らを見、帝国の三人はきりきりと苛立ちを立ち昇らせ、女魔道士は右手を号令のように振り上げ、叫んだ。

《我が命なき虚しき下僕たちよ、我が意を酌み、その者らを捕えよ! 殺すことはならぬ! 捕らえるのだ!》

 ぐぉぉぉん、と怪物が呻き、のっそりと一足踏み出した時だった。

 大牙の小柄な身体が矢のように飛び、周りの空気が熱しているかのような陽炎を伴った右拳の一発が、ゴーレムの腹の辺りにめり込んだ。

 それとほぼ同時に朱音の横からの蹴りがもう一体のゴーレムの頭らしきものの辺りに激突した。

 ぼこっ、とまるで土くれがくずれるように大牙の拳が向こう側に突き抜け、朱音の方のゴーレムはぽーん、と頭が飛んで広場の建物の壁にべしゃり、とぶつかって見る間に泥になった。

《な、なにぃっ?!》

《なんと! 帝国の魔法巨人をああもたやすく…!》

 最初のは女魔道士たちの愕然とした叫びである。滑稽なほどあんぐりと口をあけ、魔力の結合力が解けてどぉん、と地面に泥塊のようになってしまったものを見つめていた。

 後者はエリアスの慨嘆である。少なからず被害が出ると予想し、魔法防御の陣をひこうとしていたのだが、あまりにあっけなく勝敗がついたことに、良い意味で驚愕したのだった。

 最初に我に返ったのは魔法からも冒険者とも縁遠いマクシミリアンだった。剣を振りかざし、周囲を固めていた衛兵に叫んだ。

《そこの三人組を捕えよ!》

 この言葉で女魔道士は正気を取り戻した。今にも衛兵が近寄ってこようとする中、彼女は部下の尻をひっぱたくような口調で言った。

《このスカポンタン! なんでいつも詰めが甘いんだよ! とにかく今は逃げるが先決! 行くよ!》

《へーい》

 女魔道士の口の中で何やら呪文が唱えられると、むくむくと地面から無数の掌が生え出したのである。

《わっ、なんじゃこりゃ》

 大牙が今にも足首を掴まれそうになり、飛びのく。朱音は果敢にわらわらと地面から伸びる手の間を縫いながら敵を追おうとしたが、三人が通りの一つに消えかけた時、目の前に修繕途中のレンガがパズルのように組み合わさって壁となり、彼女の足を止めさせた。

《んもう! なによ、こんなもの!》

 朱音の上段蹴りが壁に当たると、脆くも壁は崩れたが、追うべき三人の姿は消えていた。

《ああ! なんかムカつく!》

 朱音が地団駄を踏むように呟いたのを、背後から近づいてきていた龍児がそっと慰めた。見れば、地面から生えていたぞっとするような手も消えている。

《無理して追わなくても、きっとまたあちらから僕たちをつけ狙ってくるよ。むしろ、早くこの街を出て、他人に迷惑をかけないようにしないと》

 彼の言葉で、朱音は広場を振り返り、中央にあったはずの立派な銅像がなくなり、建物の屋根や壁に何か所も穴があいているのを見つけた。彼女はため息をつき、皆のいるところに戻ると、ちょうど剣をおさめた王子に向かって言った。

《なんだかあたしたち、余計な迷惑をかけちゃったみたい。またあいつらがやってこないうちに、この街を出た方がいいと思うの》

 マクシミリアンは名残惜しそうだったが、広場の惨状を見れば、朱音の意見が正しいことは明白だった。彼は小さくため息をつき、言った。

《むしろ我々の国の揉め事に巻き込んでしまったことを詫びねばなるまい。本来ならば決着をつけるべきなのは我々だというのに、君たちに押し付けるような形になり、心苦しい》

 すると大牙がマクシミリアンの背中をどん、と叩き(王子はその腕力に思わずよろめいたのだが)、単純明快に言った。

《気にすんなって。ああいう奴らをこらしめるのが俺たちの役目だかんな。それに、あのいやったらしい魔道士と違って、今度のはちょっと面白そうだしよ》

 その時、やじ馬と衛兵のバリケードをくぐりぬけ、場違いな明るさで手を振りながらこちらへ近づいてくる人影があった。

《やあやあやあ、久しぶりだね、君たち。ああ、私を覚えていない? ほら、モーヴで…》

 龍児以外は忘れていた。疑問符を盛大に頭の上に浮かべている仲間たちの間で、龍児はぺこりと頭を下げて応えた。

《覚えていますとも。あなたはモーヴの衛士隊の副隊長さんでしたよね》

 即座に内線通話がレイジュウジャーたちの間で交わされる。

『なんだよ、こいつ、さっき言ってた追手か』

『この騒ぎで藪蛇になっちゃったみたいね』

『別に悪いことはしとらんのじゃから出るとこ出るんはかまへんけど、説明が難儀じゃからのう』

『僕はなんとなくこの人、味方になってくれるんじゃないかって感じているよ』

 そういう龍児の直感の通り、マクシミリアンとバルトロは何語とか話した上で、モーヴの衛士副隊長は職務を忘れたかのような興奮した様子で言った。

《やはり君たちはすごいねえ。あんな巨人を一撃で倒してしまうのだから、評議会が関心を持つのもわかる。だが私は決めたよ。君たちの力は今のまま、自由に発揮されるべきだとね。ははは、これはあくまで私見。正直な話、私は評議会が気に入らんのだよ。あんな頭でっかちの連中の好き勝手にさせるなど愚の骨頂。君たちは生簀じゃ生きていけない回遊魚のようなものだ。そのことを連中が理解することはまずあり得ない。だからそこで建前が登場するわけだ。今まさにその最高の理由になる事件が起きた。君たちは帝国に目を付けられた。君たちのいるところ、帝国の刺客がついて回る。となれば、評議会に連れて戻れば、必然的に帝国の魔道士がくっついてくるということになる。そのようなことを評議会が望むはずもない。どうだね、君たちを放免する完璧な理由ではないかね》

 大牙がにやっと笑い、

《なんだい、なかなかいいやつじゃんか、あんたさ》

《モーヴの男を馬鹿にせんでほしいな。受けた恩は一生忘れん》

 バルトロは苦み走った笑みを返すと、マクシミリアンに向き直り、

《ということで、我々はこれで引き上げさせていただきます。もしかすると評議会から確認の書状が参るかもしれませんが、その時はご面倒をおかけしますが、よしなに御取り計らいをお願いします》

 王子はバルトロのざっくばらんな態度に好感をもったように頷くと、

《彼らのことは任せよ。王国は全面的にこの若者たちを支援し、庇護するつもりでいる。そなたらと同様、我らも受けた恩は忘れぬのでな》

 そしてレイジュウジャーたちの方に向き、言った。

《きちんと君たちを送り出すつもりでいたが、思わぬ邪魔が入ってしまった。しかし、もう引き留めまい。ピッツァーリ殿が申した通り、君たちは水の流れに乗り、木々の間を吹き抜ける風のように、燃え盛る火の山のごとく、そして光り輝く玉石のごとく、あるべき存在だ。君たちの心の中の神がおもむくままに、旅を続けられよ》

 すると、終始沈黙していたエリアスが静かに言った。

《…もし万一エルフの手を借りたくなったら、いつでも『沈黙の森』においでなさい。帝国がどのような兵器を開発しているかはわかりませんが、まだ対抗できるだけの力を持っているはずですから。森は王都の南西にあります》

 こうして彼らはカーマイン王国の後ろ盾と盗賊ギルドのお墨付き、そしてさらにエルフとのコネクションも手に入れ、都市連邦評議会の追及も逃れ得ることになった。

 すっかり日が暮れ、街の灯りがぽつぽつと灯る中、四人は広場で手を振るマクシミリアンたちをかえりみながら立ち去ろうとしたのだが、どこの通りもまだやじ馬だらけで、彼らが通ろうものなら大騒ぎになりそうだった。

 困ったな、と顔を見合わせていると、銅像の後ろ側の台座が微かに擦れる音をたてて開き、ひょっこりと〈銀狐〉が顔を出してにやりと笑った。

《俺に挨拶なしで出て行くつもりかい? 街の外まで送ってやるぜ》

 盗賊、恐るべし。

 四人は盗賊ギルド長の進言に喜んで従い、この十日余りの大騒動を後にしたのである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ