表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第二章 カーマイン王国編
27/103

『新たな道』

 魔道士ユースフは城内の基部にある、カーマインの歴史上でも滅多に使われたことのない幽閉房に終生投獄されることになった。マクシミリアンは即刻斬首刑にすべきだと意見したが、ダリウス王が帝国との摩擦を考え、そのような刑に決定されたのだった。

 魔道士であるがゆえに魔法の使用が危惧されたが、それはアルディドが調合した香を焚くことで解決を見た。エルフの薬師は、漆黒の闇にも近い独房の中で、手燭の明かりのこちら側からその美しい顔をどこか残酷に笑ませて透かし見ながら、言ったものだ。

《僕に魔法は使えないけれど、古代から伝わる薬の知識は帝国の魔道士共に負けるつもりはないよ。ごらんよ。あの傲岸な魔道士がまるでうつけだ》

 ユースフはアルディドの調合した香で、魔力を引き出す精神力の枝葉を断ち切られていたのである。魔道士から魔力を奪うということはつまり、第二の命を奪うことにつながった。

 その問題の帝国からの接触は、パレードが終わって数日しても何もなかった。これを安堵して良いのか危険視し続けるべきなのかは判断の難しいところではあったが、これはレイジュウジャーたちの関知する問題ではなかった。

 さて、その若者たちだが、王子たちの引き留めや、〈銀狐〉の熱烈な勧誘もあったりして、意外と長逗留になってしまった。彼ら自身も、あの魔道士が呼びつけた得体の知れない生物がどんなものか間近でみたかったし、約一名はアルディドの薬草店に入り浸り、エルフの歴史に聞きほれたりしていたので、大牙がマリーに呼び出されても、別に誰も気にかけなかった。

 マリーは初めて大牙と出会った時の、モスグリーンの簡素なドレスを身に着け、しばらく大牙のやや後ろからしおしおとついてきていた。

 困ったのは大牙である。断る理由もないのでつきあっているが、こういうなんとなくもやもやとした雰囲気は苦手だったし、かといって気の利いた会話を提供できる彼でもない。

 と、彼は内心でぽん、と手を打った。見上げれば太陽は夏にさしかかる強さで照り付けている。

《よう、アイス、食いたくねえか?》

 マリーも何かきっかけを待っていたかのように彼の提案に飛びついた。こくこく、と素直に頷いた彼女の手を無造作に掴むと、一度歩けば忘れない通りをいくつか過ぎ、小さな広場に面したアイスクリーム屋に到着した。

 そこでアイスクリームを買った二人は、広場の中央にある噴水の縁に腰掛け、しばらく冷たい菓子を舐めていたのだが、ふと、大牙が隣を見ると、熱気で溶け出すままにアイスを放置し、地面を見つめるマリーがいた。

《おい、全部溶けちまうぜ》

 ハッとしたようにマリーは顔を上げ、慌ててアイスクリームに口を寄せた。彼女が選んだのは前回と同じ味、昔彼女が森で食べたディープフォレストベリーの果汁がたっぷり使われたものだった。

 不意に、ぽろっとマリーの大きな瞳から零れ落ちるものがあった。彼女は構わずアイスを食べ続けた。懐かしい味。森の充足したにおいが思い出されるのと同時に、彼女を取り巻いていた温かい眼差しや仕草が走馬灯のように彼女の脳裏に浮かんでは消えた。

 ぽりぽりと持ち手の部分の固いワッフルコーンまで食べ終えたマリーは、すっかり顔を涙に濡らして大牙を振り返った。

《…あたくし、夢を見ますの…何者かもわからないぼんやりとしたものが、あたくしに両手を広げて、「おいで」と言いますの…でもあたくしの脚は動きませんの…後ろを振り返ると、お父様やマックス兄さまやオクタヴィアが立っていますの…何か言っているのですけれど、声は聞こえません…それでまた前を向くと、そのぼんやりとしたものがだんだんとセディ兄さまに見えてくるんですの……でもそれはまたぼんやりとして、哀しそうに微笑むと、水面の上を静かに歩き去ってしまうのですわ…手を差し伸べても、もう届かないんですの…そこで目が覚めるんですの…そして、現実にもあたくしは泣いているんですの…》

 大牙にとって、このような会話は守備範囲外のものだった。それもマリーは泣いていた。それだけで彼は困り果てていたのに、このような内面的な話をされては、ますます返答に困るだけだった。

 言い繕う技量ももっていないし、黙り込んでいるだけの無関心さもなかったので、大牙はストレートに言った。

《そういうことは、あの魔法使いのエルフに相談した方がいいんじゃねえか? 俺にはさっぱりだからよ》

 マリーは涙を控えめに拭いながら、ぽつりぽつりと応えた。

《…あの方にはもう会いました。あの日からあたくし、頭の中がすっかり変になってしまったような気がして、癒し手様におすがりしましたの。そうしたら、あの方はおっしゃいました、「魔力の制御を学びなさい」と。今のあたくしは、魔力が勝手に跳ね回っていて、自分の意思ではない部分にも魔力が影響してしまっているのだそうです。あたくしがこの頃見る夢も、心が気にかけているところへ魔力がまるで水のように流れて、強い印象を残すような夢にしてしまっているようです》

《魔法って、学校みたいなとこで勉強すんのかよ》

 「勉強」の単語にあからさまな嫌悪感を感じ取ったか、マリーは憂いた表情をやや明るくさせて言った。

《たいていは高名な魔道士に弟子入りするか、帝国にある魔道士ギルドに入ることらしいですが、帝国のギルドは論外ですわね。エリアス様はおっしゃってました、「きちんとした魔法学校が設立されれば、魔力を埋もれさせている人々の能力を開花させられるのに」と。それであたくし…》

 再び悩ましく眉宇を寄せて地面を見つめたマリーは、言い淀みながら続けた。

《…迷っていますの…あたくしは王女です。華やかに聞こえるかもしれませんけれど、たくさん制約があります。こうやって自由に王都を歩くことだってままならないくらい……だからあの時偶然あなたと出会ったことが、あたくしにはとても素晴らしいことに思えるのです。もちろん、セディ兄さまのことや帝国のこともあって、辛く哀しい思いもしましたけれど、あたくしに外の世界を見せてくれたのが、あなたでした》

 大牙は真剣な口調で話すマリーに対し、照れ隠しのような仕草で首の後ろを撫でた。

《たまたま通りかかっただけじゃねえか。大げさに言うなよ》

 マリーは首を振り、大きなガラス玉のような青い眼をひた、と大牙に向け、

《今ならわかるんですの。赤い御使い様もそうですが、あなたからも特別なものを感じます。あたくしを導いてくれたのですね》

 困ったなあ、と言わんばかりに大牙は天を仰いでから、

《お前が何を感じたか知らねえが、俺は俺のやり方でやってきてる。だからお前もお前の足で歩きゃいい。悩むことなんかねえだろ? 王女がなんだよ。それ以前にお前ってやつがいるだろ? お前がしたいことをすればいいのさ》

 マリーはしゅんとなった。

《……マリーがしたいこと……無理ですわ》

《なんではなから諦めちまうんだよ。やってみてから無理かどうか決めろよ》

《だって……》

 つい、と視線が大牙からはずれ、ややはにかむような、それでいて気の強さも伺える口調で、マリーは続けた。

《……あたくし、15です。セディ兄さまのことがあるのですぐにということはないでしょうが、きっと16になる前には誰かのもとに嫁がねばならないでしょう。以前のあたくしなら、そういうものだからと別段抵抗なく成り行きに任せたことでしょう。でも今となっては、そのことにとても疑問と反発があるのです》

《もう結婚?! 早すぎだろ》

 大牙が頓狂に相槌をすると、マリーは上目遣いに彼を見、くすくすと笑った。

《15でも遅いくらいですのよ。これまで何度かお見合いのようなことをしましたけれど、今思えば、魔力があたくしにあったからなんでしょうけれど、どの殿方もピンとこなくてお断りしてまいりましたの。そうこうしているうちにお父様の御身体がお悪くなられて、あたくしの結婚は二の次になってしまいましたの……でももう今は…》

 大牙は表情の冴えないマリーの顔を覗き込むようにして言った。

《お前、結婚なんかしたくないんなら、はっきりそう言やいいじゃんか。王国の跡継ぎはあの王子様がなるんだろ? だったらお前は好きに生きりゃいいじゃねえか》

《それができたら…!》

 パッと顔を上げて勢い込んだマリーと大牙の視線が正面からぶつかった。

 数秒間の沈黙。

 マリーの唇が次第にぎゅ、とつぼみ、瞬きの回数が増えた。

 そして突然張りつめていたものがしぼむようなため息をつき、彼女はか細く言った。

《……あたくしもあなたみたいに世界中を歩き回れたら良かったのに……》

《だから、どうして最初からできないって決めつけるんだよ。お前はお前、誰もためでもなく、お前のための人生なんだぜ》

《……わかっています……でも、あたくしが最も望む人生は絶対に叶いません》

《この世の中、絶対、ってことはあり得ねえぜ。それはやってみもしねえで愚痴ってるやつの使う言葉だ》

 マリーはしょんぼりとしていた表情の中に負けんきな瞳の輝きを見せて言い返した。

《やってみてもいいのですか?》

《やってみろよ。それでだめだったら、次の手を考えりゃいい》

《じゃ、やりますわよ》

《おうとも。お前のしたいようにしろや》

 と言った大牙の身体にまるでぶつかるようにしてマリーの華奢な身体が飛び込んできた。そして彼女の両腕が彼の背中でしっかりと組み合わさる。

《お、おい、お前…?》

 大牙はマリーの体温や感触やほのかに香るにおいや周囲からの視線にたじろいだが、マリーは頑として彼から離れる素振りを見せず、言った。

《あなたはおっしゃいましたわ、やってみろと》

《え? あ? ええっ?!》

 マリーは少しだけ身体を離し、大牙の顔の間近に顔を寄せて言った。

《あたくし、あなたが好き。こんな気持ち、初めてだったから、最初はよくわからなかった……でも、今ならわかります……あたくし、あなたが好きです。あたくし、あなたのお嫁さんになりたいです》

 大牙の目が点のようになり、彼にしては珍しく身体を硬直させた。そんな彼の半開きの唇に、マリーの可憐な花びらのような唇がふわっと触れた。

 語彙の少ない大牙にこの時の感想を表現しろというのは酷というものだろう。ただ彼は、マシュマロのようなサクランボだと、その時感じた。そして今まで感じたことのない感覚が、触れ合っている場所から、まるで水をこぼしたかのように広がった。大牙は目を真ん丸にして、思いもよらないことをしてきた高貴な女の子を見た。見るしかできなかった。白い瞼にうっすら青い血管が透けて、睫は桃色に上気した頬にかぶさるほど長いことを、どこか他人事のような心地で彼は観察していた。

 ちょうどその瞬間である。遠く離れたグレートシルバー山脈の麓の村エルダーで、母親と一緒に針仕事をしていたリナがハッと顔を上げ、その拍子に針が指を突いた。

《…痛っ…》

 ぷ、と血が赤く盛り上がり、彼女は傷ついた中指を口の中に含んだ。

 痛みよりも心の中にちくちくとしたものを感じていた。

 まるで突風が彼女の心の窓をばたん、と開けるかのように、記憶がなだれ込んでくる。

 その風は猛々しくも、心優しい銀色のつむじ風に変わり、リナの心の中でくるくると踊った。

(…タイガ…今頃どこにいるんだろう……)

 だが彼女は村の娘として堅実に躾けられていた。リナはそれ以上心を悩ませる思いにとらわれることなく、止まっていた針仕事に立ち戻った。そんな彼女の顔つきが少女から大人の女に変わりつつあったのを、まだ誰も気づいていなかった。

 時間的にはほんの一瞬の口づけだったが、大牙には時が止まったように感じていた一瞬だった。

 甘いマリーの唇が離れると、夢から覚めたように彼は動揺を抑えきれずに言った。

《ばっ、ばかじゃねえの?! ど、どういうつもりで…?!》

 マリーは逆に落ち着きはらっていた。

《あたくしがしたいことをしましたのよ。それとも、あなたはお嫌でしたの?》

《嫌もくそも…じゃなくて、こういうことはな、いいか、俺はな、そういうつもりでお前をな…》

 支離滅裂に言葉を並べ立てる大牙に、マリーはやや憂いのある微笑みを浮かべ、言った。

《ほら、やっぱり無理でしょう? あなたにはあなたの進む道があって、それはあたくしとは交わらない…一緒に歩くことはできない…最初からわかっていることです。でも、あなたがしたいことをしろとおっしゃるから、できることをしておいたのです。あたくしの思い出のために》

 マリーの青い眼差しが再び潤むかと思った大牙は、慌てて言葉を継いだ。

《お前、誰かと結婚すんのかよ…?》

 彼の予想に反し、マリーは決然とした表情になって彼を真っ直ぐに見た。そんな彼女を見、大牙は、彼女が最初に出会った頃とは少し雰囲気が違っている気がした。

 マリーはきっぱりと言った。

《さっきまで悩んでいたのですが、決めました。あなたもおっしゃいましたよね。あたくし自身の足で歩け、と。あたくしのしたいことをしろと。あたくし、自分のために結婚するのなら何も不満はございません。ですがそれは叶うことのない夢物語。ということは、他にあたくしにできること、すべきこと、したいことはないのだろうか…あります。あたくし、魔法を学びますわ。そして、この国に魔法を学ぶ学校を作ろうと思いますの。うふふ…こちらの方が夢物語かもしれませんけれど、あたくし、やってみようと思いますの。あたくしみたいに、魔力を持っていても使い方がわからないで、何か人と違うという不安に悩んでいる子供がひょっとするとたくさんいるかもしれませんでしょう? それに、今回のことで、あたくしたちは頭の上に強大で残忍な国がのしかかっているということを身をもって知りました。相手は魔法を自在に操れる国です。それに対抗するにはやはり魔法が必要です。遅ればせながら、あたくしが国を守る一端となれれば、王族として生まれた者として本望です》

 大牙は急に大人びたマリーを呆気にとられたように見ながら、

《お前、ちゃんと考えてんだな。それ、いいアイディアだと思うけど、魔法を学ぶってことは、国を出るってことだろ? 兄貴とか親父とか許してくれるのかよ?》

 マリーは膝のあたりで手を組み、石畳を眺めて応えた。

《…これはあたくしの決意です。あたくしの道です。エリアス様はあたくしの決意の助けになるでしょう》

 そして不意に思い出したように大牙をかえりみると、

《前に差し上げた指輪、今持っていらして?》

 大牙は頷き、ジージャンのポケットから小さなカメオの指輪を取り出して見せた。

《持ってるよ。返そうか?》

 マリーは、大牙が差し出した手を押し戻して言った。

《いいえ、持っていらして。聖アウロラ様は再会の御守り。あなたがどこにいても、いつかまたお会いできると信じています》

 そして自分からすっくと立ち上がると、にこっと笑って言った。

《今夜はあなた方のご出発に合わせて晩餐を用意しておりますけれど、実はあたくし、あのケバブが忘れられませんの。もう少し街の中を一緒に散歩してくださいませんこと?》

 食べ物のこととなれば大牙の守備範囲である。彼はにやっと大きく笑い返しながら応えた。

《任せろや。俺も何か食いてえなって思ってたところなんだ》

 歩き出した二人が自然と寄り添い、マリーの細い腕が大牙の腕にかかる後ろ姿は、ごく普通の恋人同士のように見え、まもなく人混みの中に吸い込まれて行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ