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四神戦隊レイジュウジャー  作者: 沢木佑麗/雲月
第二章 カーマイン王国編
26/103

『ゼロ時間』

 ポン、ポン、ポン、と軽快な花火の音が、衛兵詰所の中にも聞こえ、一人の衛兵が見るからに面倒くさそうな物腰で立ち上がった。

 この若い衛兵の不満も致し方ない。

 昨日、第一王子自らの命令で王都中に捜索命令が下され、あの鉄灰色の髪をした胡散臭い感じのする帝国からの使者を夜を徹して探し回っていたのである。

 結局成果はなく、くたくたになって戻ってきた翌朝、今度は緊迫感のない地下牢の警備の任だった。今、詰め所には彼一人で、他は晴れ晴れしいパレードを無事に成功させるための警備に出ているのである。同じように疲れていて眠気ももよおしてきているなら、せめて衛兵らしく手柄の一つでも、と思うところだったが、残念ながらこの若者はその幸運に恵まれなかった。

 今の花火がパレードの開始の合図であることは知っていた。そして彼にとっては、地下牢の入り口で夜勤にあたっていた者と交代する時間であった。

 上官も同僚もいないので、盛大に大あくびをする。

 と、何の前触れもなく突然に、その衛兵の間延びしたように開けられた口の中へ、短めの矢がひゅっと打ち込まれ、若い衛兵は何が起きたかわからないまま、絶命して倒れた。

 詰め所の入り口がわずかに開いていた。そこに、膝を立てて姿勢を低く小振りの弓を構えていた者が何の感動もなく武器をおろし、次の行動に移るのが見える。続いて何名かの覆面姿の者たちが足音を消した走りで駆け抜けていく。

 普段ならば衛兵たちの兵舎はこれほどまで手薄になることはなかったが、疑惑のかかった魔道士の失踪とパレードの警護のために、衛兵は出払っていた。だから特に見咎められずに侵入者たちは地下牢へとくだる階段の手前まで到達することができた。

 リーダーらしき者がぼそぼそと仲間たちに意思を伝えると、中の一人がこなれた動きで腰のベルトにさげた革袋から掌に収まるほどの素焼きの球を取り出し、狙いを定めて地下牢の階段で交代を待つ二人の衛兵の足元へ投げつけた。

 ぱりん、とそれが割れるのと同時に、衛兵たちがさすがに訓練された物腰で腰の剣に手をかけたが、もわっと広がった白い煙に目と喉を焼かれ、行動を阻害されてしまった。

 煙幕の中で右往左往している衛兵を見、侵入者の一人が覆面で隠れていなかった両目さえも閉じると、両手によく切れそうな短剣を逆手に構え、一呼吸の間で衛兵たちに近寄っていた。そして涙を流し、むせ返っている衛兵の首筋に一薙ぎずつ短剣を一閃させると、再び仲間たちの元へ駆け戻り、目を開いた。

 煙幕が空気の中に紛れ消えていく中で、衛兵二人が喉元からぴゅーっと血風を噴き出しながら倒れるのが確認できた。リーダーが淡々と頷き、手を翻して地下牢へと下る階段へと歩を進めた。

 パレードの開始の花火の音は、地下牢の最下層に押し込められていた大牙にも聞こえていた。

 彼の精神状態は最悪だった。

 と言うのも、結局昨日は昼も夜も食事は運ばれてこず、彼は空腹を抱えてまんじりとしないまま今日を迎えたからである。

 仲間たちを信頼していないわけではない。

 だが、彼にしてみると、どこか物足りなさを感じる日頃である。それに加えてこの数日の監禁状態で、彼のうっ憤は最高潮に達していた。

 それに、と彼は付け加える。

 今回のことは、自分がきっかけになったことである。それを自分なしで解決されるのはなんとなく納得がいかないと感じてもいた。ヒーローになりたいとかそういう問題ではなく、ただ、あのような悪辣なことをしてきた連中に、一発お見舞いしてやらないと気が済まないのだった。

「ちぇっ、やっぱり朝飯も抜きってか」

 大牙はぐう、と鳴った腹に対して忌々しく呟くと、ふと頭に蘇った映像に思いをはせた。

(今頃、あのお姫様はどうしてるかな…『ディステニーランド・ネズミの国』のなんとかパレードみたいに豪華なんかなあ…ちょっと見てみたかったな…)

 くるくるとカールした金髪を肩に垂らし、びっくりするほど大きくて澄んだ瞳で自分を見つめてきた女の子。

 大牙にとっては王女などという堅苦しい肩書などはどうでもよく、ただ、一緒に「美味しい」と喜び合えた楽しい存在だった。

 と、この時、彼の耳の上側にピリリとした感覚が走り、意識が真逆の方向に緊張した。

 微かに火薬の臭いがする。それとぴたりと静止した暗がりの中で僅かに空気を揺らす動きも。

 大牙は考える間もなく、ベルトに装着されているカード型インターフェースを取り出すと、手首の霊獣チェンジャーに挿入していた。

「霊獣降臨!」

 パワースーツを装着すると、大牙の身体能力は何倍にもなる。その力で鉄格子に体当たりをすれば、すでに毎日の憂さ晴らしでたわんで弱っていた格子は枠ごと外側に吹っ飛び、白虎はくるっと前方に転身して牢獄の外に出ると、ぴしぴしと火花を散らしてこちらに転がってくる数個の球を次々と掴んでは、暗闇の向こうに投げ返していた。

 白虎の力で力投されたのだから、それはものすごいスピードで地下牢の回廊を跳び、侵入者たちがその時を待ち伺っていた足元に落下した。

 さすがに敵方も一流らしく、導火線の微かな気配で異常を察していたか、着弾し、球が割れて爆発するのに巻き込まれはしなかった。

 闇の中に轟音と赤々とした炎が手品のように閃く。その向こうに、数名の人影が浮かび上がるのを、白虎は見逃しはしなかった。

「毒の次は爆弾かよ、もう我慢できねえ」

 と毒づくと、彼は地下牢の床が歪むほどの踏み込みで自分を狙った者たちに向かって突進していた。

 まるで一陣の風のように白虎は敵のど真ん中に現れ、相手が武器を構える猶予を与えない素早さで次々と殴りつけ、体当たりをし、拳を叩きつけて一呼吸の間に4人を戦闘不能にしていた。

「どうやっても俺をぶっ殺してえみたいだが、そうはイカのなんとやらだ。この俺様をやっつけてえんなら、もっとやりごたえのある奴をどっさり連れて来いってんだ。にしても、こうも簡単に地下牢に入ってこれたってことは…」

 牢抜けを禁止されていたことも忘れ、白虎はタッタッと階段を上がっていった。

 予想通り、各階に立つ牢番はことごとく殺されており、一番上にいるはずの番兵も喉元の一撃で殺害されているのを見つけた。

 だがすぐに彼はその場から離れた。誰かに見つかれば、彼が襲ったと誤解を受けるはずだからだ。彼は直感を頼りに兵舎の中を走り抜け、兵舎内の中庭に出ると、手近な屋根の上に飛び上がり、屋根や塀伝いに街中に出てパレードが進んでいる方角を探った。仲間たちにとりあえず連絡はしない。牢を破ったことでとやかく言われたくなかったからだ。それに、自分がフリーで動いていることが知られていない方が、もしかすると有利に事を運べるかもしれないと考えたからだ。

 白虎は人々のざわめきが進んでいく方向を捉えると、先回りをするように王都の屋根の上を猫のように飛び移っていった。


*****


 決して狭くはない大通りが、その時はようやく四頭引きの白い馬車が通るのに精いっぱいなほど、通りは見物人で埋め尽くされていた。

 この様子を、龍児と朱音は〈銀狐〉と共に見下ろし、監視していた。

《これじゃあ、下のもんは身動きできねえな》

 〈銀狐〉が呻くように呟く。まさにそのような現実を訴えるような内線が、玄人から入ってきていた。

『まずいことになりそうじゃのう。わしゃ、すっかり人混みに挟まれて、自由に動けんようなってしもた。アルディドはんも同様じゃ。じゃが、馬車の後ろに従う従者に交じってる癒し手はんからは念話っつうのかいな、テレパシーみたいなもんは繋がっとるようじゃ』

 ややぎこちないながらも、王族として、そして今日の主役としての役目を果たしているかのような笑顔で国民に向かって手を振っているマリーが見える。そしてその隣には同じく柔和な表情のセドリックが整然と腰掛けていたが、どことなく蒼ざめて見えるのは気のせいだろうか。その向かいの深紅のシートに、半年ぶりに顔を見せた国王とマクシミリアンが腰掛け、時折王子が介添えながらも、国王は底意のない物腰で国民の喝采や声援に応えている。

 その一見幸福そうな王族の乗った馬車がゆるゆると進むのに合わせて、〈銀狐〉がぴょんと次の屋根に飛び移った。朱音と龍児も後に続く。

《国王様の体調が一時的にしても、よくなったのはよかったわね。それに、なんかよくわかんないけど、あの魔道士がいなくなったって言うじゃない?》

《それが良い方に影響するかはわからないよ。アカネ、魔力の波動はキャッチできないのか》

 龍児が緊張感をはらんだ声音で聞き返す。朱音は腰にぶら下げていたスキャナを稼働させ、首を振った。

《ないわ。ほら、あの偽物王子の部屋で見つけた石が入ってた袋、あれ、石の毒を遮断する特別製の袋だっただろうってオクタヴィアさんが話してたじゃない? だからあの弾も、そういうのに入ってたら、使う直前まで波形を捉えることはできないかもよ》

《うちの連中もそれらしき奴らを見つけちゃいない。一体どこからわいて出てくることやら》

《次の通りを真っ直ぐに進むと、戦勝広場ですよね。そこが第一のターゲット予測地でしたね》

 〈銀狐〉は姿勢を低くして屋根を伝い歩きながら、龍児に頷き返した。

《あそこはロータリー状に通りがぐるっと回っている。馬車は見物人のために二周、そこを回ることになっている。広場は円形になっていて、その円周に店舗や住居が並んでいるから、視界もいいし、どこからでも狙いやすい。その「魔道銃」とやらがどれだけの飛距離があるのか見当もつかんが、弓よりも遠くから狙えそうではあるな》

《まさか、狙撃眼鏡(スコープ)なんかついてないわよね…》

 朱音が今更ながらも推測を口にし、龍児が肩をすくめた。

《魔法でなんでも可能にしてしまう世界だよ。ありうると仮定した方がいいね。魔道士もおそらく狙撃者たちと合流しているだろうし》

《あたしたち、二手に分かれた方がよくない? 狙撃場所が遠かったら、捕まえるのを逃すわ》

《僕が後方から見張るから、お前は狙撃が感知されたら、とにかく阻止しろよ。狙撃手の確保は僕がする》

《任せてよ》

 と相談している間に、馬車は2ブロック程先に進んでいた。広場が前方に見える、真っ直ぐな大通りである。見物人の合間に長身のアルディドと体格の良い玄人の姿が見え隠れしている。

 龍児が狙撃の場所を推測して後方に下がろうとし、〈銀狐〉と朱音が馬車に追いつこうとした時だった。

 朱音の腰のスキャナから鋭いビープ音が発せられ、同時に玄人から内線が入った。

『アルディドはんが魔力の流れを感知したそうじゃ! そっちはどうじゃ?』

『今ちょうどキャッチしたところよ!』

 案の定、発生元の座標は彼らがいる地点よりかなり外れた場所だった。龍児が珍しく小さく舌打ちをし、飛ぶような動きで狙撃手の元へと取って返した。〈銀狐〉がぴゅう、とよく通る口笛を鳴らして近間にいる仲間たちに信号を発すると、彼も龍児に続いて屋根の上を飛んでいった。

 残った朱音は、魔力の発生源と馬車とを頭の中で直線で結んでみた。そしてその弾道をインターセプトする位置へと脱兎のごとく走り出した。

 と、龍児からの内線が危機感をもって伝わってきた。

『くそっ、間に合わなかった!』

 朱音のスキャナに急速な座標点の移動が見られる。だが一発のようである。

『クロト、馬車を護れる?!』

 朱音は走りながら言った。返答はかんばしくなかった。

『見物人が邪魔で、思うように前に動けん!』

『一発なら……ああ! だめ! スーツに着替えればよかったわ!』

 朱音が空を掴むように屋根を蹴り、まさにその指先を掠めるようにして一発の弾丸が魔法の陽炎をまといながら目標点へと飛んでいった。

『誰かに命中しちゃう!!』

 と朱音が呆然と叫んだ、その時。

 白い疾風が目に入った。

『タイガ?!』

『え?!』

 仲間たちが目を耳を疑うようにその場を凝視する中、白いパワースーツに身を包んだ小柄な身体が馬車の縁にトン、と着地すると、事もなげに何かを掴み取るような仕草をし、唖然としている王族の人々に言った。

《あんたらを狙ってる奴がいるから、早くこの狭い通りから出るんだ。さすがの俺たちでもこのごった返しの中じゃ、うまく守り切れねえ》

 白虎は掌に握っていた凶弾を見せた。

 異様な姿をした人物の登場に面食らっていたのは確かだったが、マクシミリアンとマリーはこの声に聞き覚えがあった。王子は一も二もなく御者に指示を出し、マリーは両手を組み合わせて祈るようにしながら彼に声をかけた。

《あなたは、タイガなのですね? またあたくしたちを助けてくれたのですね?》

《悪い奴らをのさばらしておくわけにはいかねえからな》

 と彼はじろっとマリーの隣で白々と座っている第二王子を見やってから、

『そっちはどうなってんだよ?! こっちはとりあえず広場に退避させてる!』

『狙撃手とその取り巻きはこちらで確保した。ギルドマスターが魔道士の行方を聞き出しているところだ』

 龍児は、傍らで〈銀狐〉とその配下たちが自殺を防止させる口輪を暗殺者たちにねじ込み、報告するには憚れるような方法で雇主であるはずの魔道士の動向を白状させようとしているのを見ながら応えた。

『魔力の波動はもう感じられないそうだ。だがどこかに潜んでいるはずじゃな。狙撃が失敗したとなれば、次の手を打ってこないはずはない。この機会こそが王国をのっとる絶好のチャンスなんじゃからな』

 玄人がアルディドとエリアスの感知能力のやり取りを仲介報告してくる。

『となれば』

 白虎は速度を上げて走る馬車の中で、マリーにぎゅ、とその手を握られながら通信した。

『次の攻撃は…』

 馬車が広場に到達した。

 と、突然に馬たちが混乱したいななきを上げ、馬車につながれているのも忘れたかのように暴走し始めたのである。

 がりがりがり、と広場の中央に設置されていた戦勝記念の巨大な像を取り囲む低い石塀に馬車のボディが擦り付けられ、激しく揺れた。

『どこからか馬の神経を狂わす魔法が作用しているらしい! タイガ、王子さんたちを馬車から退避させろ! わしももうすぐそっちに到着するけえ』

 玄人は、馬車が突然に走り出したことで動揺し、ざわめき、ますます足取りが鈍った人混みを掻き分け掻き分け、言った。

 白虎は深く思案を巡らすタイプではない。ただ現実に、馬車が暴走し、このままだと何かに激突して乗っている者たちに重篤な怪我を負わせることになるということだけが、彼の頭の中にあった。

 彼はマリーの眼を真っ直ぐに見ると、彼にしては理路整然と言った。

《馬車は捨てる。兄貴の方は親父を連れてなんとか飛び降りろ。弟の方は一人でやれんだろ? お姫様は俺が》

《きゃーっ! ぶつかるわ!》

 マリーの悲鳴を聞かずとも、白虎の視野にも建物の壁が迫っていた。

《俺にしがみつけ、マリー! ぜってー、離すなよ!》

 ぐい、と白虎はマリーの華奢な身体を抱き締め、馬車の乗り口を開いた。小さな手が必死に彼を掴んでくるのが伝わり、それを合図に彼は馬車から飛び降りた。

《俺に続け! 躊躇うな!》

 馬たちが無軌道に暴走し、車輪が嫌な音をたてた。御者が悲鳴を上げながら御者台から転げるように飛び降りる。

《御父上、お気を確かに》

 マクシミリアンが短く声をかけると、国王は健常な頃を彷彿とさせるような気の強さで頷き、息子の手を借り、続いて飛び降りた。

 最後にセドリックが残ったが、なぜか彼はぐずぐずとしていた。

 このことに一番戸惑っていたのはセドリック本人だったかもしれない。

《セディ、早く、降りるんだ!》

 がらがらと不規則な音を立てている車輪が今にもはじけ飛びそうなのを見たマクシミリアンが、弟の本性などどうでもよいというような真剣さで叫んだ。

 これを聞き、ますますセドリックの足が手が強張った。

《兄さん、私は…!》

 このまま死んだ方がいいんだ、と言いかけた自分に、セドリックは驚いていた。

 いや、もう、「自分」が誰なのかわからなくなっていた。

 パレードの最中に垣間見た平和と愛情に満ちた家族の光景に、彼はセドリックとして参加しながら、彼らを欺き、同時に己自身の虚しさを感じていたのである。

 つまり、彼の中で疑念が生じ始めていた。セドリックとして意識を持つようになる前の己とは一体何であったのかと。

【たわけが! 計画を台無しにするつもりか?!】

 突然にがんがんと念話がセドリックの忘我した意識に入り込んできた。次の瞬間にはどこから飛ばしてきているものやら、背中を押しのけるような圧がかかり、彼は前のめりに馬車から転落した。

《セディ!》

 マクシミリアンが咄嗟に駆け出し、そのままならば手足のどこかを折っていたかもしれないような落ち方をした弟を抱え込み、ごろん、と受け身を取ってセドリックを守った。

 馬が痛々しい鳴き声を上げ、自ら建物の壁に激突した。その勢いで馬車がやや浮き上がり、めりめりばきばきと音を立てて壊れてしまった。

 思わぬ惨事に、見物人も、乗っていた王族たちも言葉を失っていたが、白虎だけはマスクの中の瞳を怒りでぎらぎらとさせながら、ぐるりと周囲を見回し、小柄な身体に似合わない大音声で言った。

《おい、クソ魔道士! こそこそしてねえで出てきやがれ! 黒幕がお前なのは、全てお見通しなんだよ!》

 そこへ、人ごみを押しのけてようやく合流した玄人とアルディド、そしてエリアスがやってきた。

《北東の建物の上にいます》

 とエリアスがスタッフを握りしめ、フードの陰からそっと言った。

『アカネ、そっちから行って、奴をふんじばれ! 北東だ!』

『ラジャ』

 白虎はすたすたとセドリックの元に近寄ると、おもむろにそのレースフリルのたくさんついた襟元を掴むと、玄人に顎で来るように示しながら言った。

《お前も黒幕の一人だ、この偽物め。クロト、こいつの正体を暴いてやれ。そいで、きったねえ企みをおじゃんにしてやんのよ》

 無言で玄人はバックパックから楕円形の鏡を取り出すと、それをセドリックに向けようとした。その時である。

『いやだ、意外にすばしこいのよ! つか、なんか感づかれたっぽい』

 朱音の憤然とした通信と共に、広場の外縁部に黒いローブ姿がぽつん、と浮かび上がり、そこから空気がよじれるような歪みが白虎と玄人には感じられた。そしてそれはエルフの二人にも、マリーにも感知され、それぞれが声を上げた。

重力波(グラビティケージ)です! 狙われているのは、その鏡! この魔法は追尾性があります! それをお捨てなさい! でないと、君が重力に押しつぶされます!》

 エリアスが王族たちを壁際によせながら言った。玄人は「むう」と唸ってから、いちかばちか、ベルトからインターフェースを取り出すと、手首のソケットに差し込み、甲鉄盾を呼び出した。この光景にエルフたちを始め、遠巻きにしていた見物人たちも目を見張る。

《魔法なんぞ、怖くはないけえ》

 どん、と大盾を構えた玄人に向かい、空気の重圧が迫る。

 しかし、予測していた重い衝撃は伝わらず、それは彼が足元に置いた鏡に集中していた。

 ぱりん、と鏡が割れる。

《ああ! 聖なる魔力が、流れ出ていく…!》

 エリアスの慨嘆に対し、玄人はぼりぼりと頭をかき、粉々になってしまった聖遺物を見下ろした。

《しもたなあ…せっかくの道具、だめにしてしまったのう…それに、エネルギー源も無駄にしてしもた》

 そこへ、すたん、と朱音が合流し、ゆるゆるとこちらに近づいてくる黒いローブを睨みつけながら言った。

《どっちにしても、あいつが悪者には違いないわ。やっつけちゃおうよ》

《そのとおりだ、娘》

 屋根の上から声が降り、彼らが見上げると、〈銀狐〉と龍児がよれよれになっている襲撃者の一人を引き連れて立っていた。

 龍児が華麗に一回転して屋根から飛び降り、続いて〈銀狐〉が暗殺者を突き飛ばすようにしながら一緒に着地すると、盗賊ギルドの長は国王に懐かし気な眼差しを向けながら言った。

《ようやく尻尾を掴んだぜ。こいつらは帝国に雇われたイヌさ。何か問題が起きた時に後始末をして回るのが仕事。王女の命を狙ったのは、彼女が第二王子の素性に疑問を持ったからだ。それが失敗に終わり、こいつらもある意味後手後手に回ることになったんだが、今日の狙撃さえ成功させれば問題なく任務完了だったそうだ。ほれ、こいつが摩訶不思議な武器だ。こいつを誰から支給されたか言えば、もう何が起ころうとしていたか、一目瞭然というものだ。さあ、もう一度そいつの名前を言ってみやがれ。そうすれば苦しまないであの世にいかせてやる》

 暗殺者は、自殺用の毒を仕込まれた歯を抜かれたらしく、前歯の何本かが欠けた口をわなわなと開き、言葉を紡ごうとした。

《それは……》

 しかしこれはまたも遮られた。

《親父さん、そいつを捨てろ! 腐食爆裂(コープスボム)だ!》

 アルディドが身を乗り出し、叫んだ。

《なにそれ?! なんかキモっ》

 朱音が心に素直な感想を述べている間に、玄人は素早くパワースーツを装着していた。

「霊獣降臨!」

 黒いオーラが消え切らないうちに、玄武は盾を片手に、煤けたような空間のよじれがとんでいく方に駆け込んでいた。

 できれば誰の命も奪われたくはなかった。その一念の突進だったのだが、黒い魔法の方が一歩先んじていた。

 細菌やウィルスが戯画化されたかのような、浮塵子の群れのような塊がいくつも暗殺者の周りを取り囲んだかと思うと、みるみる暗殺者の柔らかい部分が膨満していき、内圧に耐え切れなくなったようにぶしゃっと血液と内臓物を噴出させた。それに留まらず、その煤のようなものは内側から身体を破壊していくらしく、関節が気味悪く折れ曲がり、嫌な音を立てて頭蓋骨までも陥没させた。かと思うと、腹部が異様に膨らみ始めた。

《爆発すると、腐食性の毒を撒き散らすから、離れるんだ!》

 〈銀狐〉は人間の身体がまるで風船のように膨らんでいくのを嫌悪感もあらわに一瞥すると、何の憐憫も同情もなくすばやくその場から飛びのいた。だが、近くにいた龍児と玄武が動こうとしないのを見、早口で言った。

《巻き添えでお前たちも腐るぞ?!》

 これに対し、龍児がベルトのインターフェースに手をかけながら淡々と応えた。

《ご心配は無用です。クロト、その人間爆弾を投げ返してやれ》

 青いパワースーツに身を包み、ますます冷淡になったような青龍を横目に、玄武はそろそろ破裂寸前になっている人間だったものを軽々と片手で抱え上げると、「たぁっ」とばかりに黒いローブ姿に向かって投げつけていた。

 この投擲の衝撃も加わったせいか、それは慌てて後退した魔道士のもとに到達する前に空中で世にもおぞましい花火を見せた。美しい火花の代わりに赤黒い肉片が、舞い散る火の粉の代わりに気味の悪い色をした体液が、火薬のにおいの代わりに腐敗臭が降り注ぎ、漂った。

 この様子にまず第一声を上げたのは、マクシミリアンだった。彼の性格上、このような陰惨で残忍なやり口は全く受け入れがたかったからだ。

《ユースフ! どう言い繕おうとお前は終いだ! 帝国人なら帝国人らしく、潔く罰を受け、悔い改めよ!》

 広場に通じる各通りには、騒動を聞きつけた衛兵たちが詰めかけており、いつでも魔道士を拘束できる体勢でいた。

 ユースフは全く動じることなく、むしろ尊大に胸を反り返して言った。

《罰? 悔い改める? 何のことやら全くわかりませんな、殿下。むしろあなたの方がご自分の、いや、この王国の行く末をお考えになったらどうです? 私は帝国の友好使節ですぞ。その私をいわれのない咎で責めるとなれば、当然両国の間に亀裂が入るのは必定》

《あら、残念ね。バックレようったってそうはいかないのよ》

 朱音が魔道士の背後に屋根から飛び降り、魔道士にも負けないふんぞり返り方で腕を組んで言った。

《あたしの顔をよーく見なさいよ。思い出さない? 思い出せないなら、あんたは魔法使いとして二流ね》

 ユースフは「二流」と言われてカチンときたらしく、嫌々ながら朱音を振り返った。そしてその奥まった眼差しを険悪にしかめた。

《…あの時の侍女か…!》

《あったり~!》

 朱音は嬌声をあげ、相手の感情を逆なでするように大げさに拍手まですると、今度はがらりと態度を変え、ベルトのインターフェースを抜き去り、それを極めつけるように魔道士に突きつけて言った。

《だから、あたしたちは知ってるのよ。あの武器の出どこがあんただってことも、王様を弱らせたり、王女様を襲わせたり、それを守ったあたしたちの仲間やオクタヴィアさんを殺そうとしたり》

 そして広場の端でかたまって様子をうかがっていた王族の中の一人に視線を合わせ、

《卑劣にも第二王子を偽物とすり替えて潜り込ませていたことも、全部わかっちゃってるのよ》

 朱音はぴしり、とカードの向きを変えると、それを霊獣チェンジャーのソケットに差し込んだ。赤い輝きがその場に溢れ、その中から鳥のくちばしと翼をモチーフにしたマスクをした朱雀が現れると、さすがの帝国の魔道士も息を飲んだ。

 息を飲んだのは魔道士だけではなかった。父親と抱き合うようにして広場にぺたんと座り込んでいたマリーが突然立ち上がり、両手を組み合わせて天を仰いだのである。

《ああっ、やはり御使い様のご化身だったのですわ!》

 傍にいた白虎はなんのことやらわからなかったが、とりあえず魔道士のでっち上げを覆そうと、朱雀の言葉を継いだ。

《このことはこの国とは関係ねえんだ。俺たちは俺たちの正義のもとにお前を追い詰めたにすぎねえ。だからこの国とてめえの国の友好関係とかそういうもんには全然タッチしてねえの。わかる? 俺はね、何日もてめえの悪だくみのせいで暗い牢屋にぶち込まれて、ムカついて仕方ねえんだよ!》

 ぐ、と白虎の身体が力をためるように屈められる。両拳がいつでも打ち込めるように身体の前で構えられている。

 魔道士がその時、奇妙な動作をした。両手をふらふらと前に突き出し、まさに何かを操るような仕草だった。

 白虎の右足が地面を蹴ったその瞬間、色々なことが同時に起こった。

 ひくん、とセドリックの身体がわななき、眼差しがどんよりと曇った。そして棒のように無機質な動きで無造作にマリーの小柄な身体をすくい上げ、生気のない物腰で広場の中央へと歩き出した。

《何か、邪なものを感じます!》

 エリアスがフードが外れているのも忘れて注意した。

 いつの間にか屋根の上に戻っていた〈銀狐〉が、別動隊にいたオクタヴィアと共に魔道士とセドリックの胡乱な動きに注目していた。

《何をする気だ?》

《いずれにしても、あの魔道士が起点になっていることは間違いない》

 オクタヴィアがベルトに何本も差していた投げナイフの一本を取ると、魔道士に向かって投げつけていた。

 そのナイフがユースフの薄汚れた手の甲に突き立った瞬間、いつの間にかその場に満ちていた重々しい空気がさっと薙ぎ払われ、セドリックの歩みも止まった。 

 しかし、魔道士はなんら慌てることなく、むしろこの展開に残酷な喜びを見出したかのように哄笑した。

《愚かなことを! これで姫君を助けることはできなくなりましたぞ。私は最後の取引をしようとしていたのですがね》

《どういう意味だ?!》

 マクシミリアンが咄嗟にマリーの元に駆け出そうとすると、白虎の腕で止められた。

《…なんかやな予感がぷんぷんする》

 ユースフは、相手方が動きを止めたのをにやりと笑って言った。

《いかにもそれは第二王子に瓜二つの生き人形。独自の意識も持ちながら、主人の命令にも服従する影法師だ。こうなってしまったら棄てざるを得ない。今、それの中では心臓として動いている器官が暴走し始めている。それを止める猶予はあったのだが、愚かな行為でそれを逸してしまった》

 と彼は手の甲のナイフを引き抜き、いかにも楽しげに地面に投げ捨てた。そして背後の朱雀がじりっと動いたのを察し、続けた。

《私を殺しても暴走は止まらんぞ、小娘。いや、異国の戦士よ。もうこの国に用はない。むしろお前たちのような知られざる存在がこの世界にあったということがわかったことの方が、より帝国にとって有益なこととなろう》

 魔道士は胸にじゃらじゃらと下げていたペンダントの中から、笛のようなものを手にすると、ぴぃっと甲高く鳴らした。

《ちなみに、それの爆発はこの広場を破壊するだけにはとどまらんだろう。毒も噴霧するから、王都はしばらく死体の山となるはずだ。そこのエルフの手を借りても、命は救いきれんだろう。ハッハッハ、誇り高き種族の手も全能ではないのだ!》

 ばっさばっさと遠くから羽ばたきの音がしてきた。誰もが空を見上げる。城の尖塔の間から黒々とした影が近づいてくるのが見える。

 これを見ていない者がいた。マリーとセドリックである。彼らは広場の中央でまるで抱き合うようにして立っていたが、マリーの両眼からはすでに大粒の涙が零れ落ち、虚ろな兄を見上げていた。

《お兄様…! あなたがお兄様でないのは感じておりましたわ…でも、やはりお兄様なのですわ…! あたくしを見て、セディ兄さま…あなたはお兄様として少しの間でしたが生きていらっしゃいました…だから、お兄様なのです。あのような邪悪な者に負けてはなりません。あなたの命はあなたのものなのです。心を奪われてはなりません。あたくしはあなたの妹なのです。お兄様はあたくしを愛していらっしゃるでしょ? あたくしもお兄様を愛していますわ。だから負けないで。あたくしを見て?》

 セドリックの身体がぎくっと震え、何かに抗うように四肢の筋肉が強張るのをマリーは感じた。両者の青い瞳が合った。セドリックの眼差しは焦点を合わすのに苦労するかのようにしばらく彷徨うと、何度か鈍い瞬きをしてから、ぎくしゃくとした口の動きで言葉を発した。

《…マリー……私を…殺せ……まだ間に合う…私が死ねば暴走は止まる…》

《そんなこと…! できませんわ!》

《時間がない…お前は皆を…国民を…惨事に巻き込みたいのか…?》

《でも、殺すなんて、あたくしには…!》

《簡単だ》

 とセドリックは自由のきかないような手で腰にぶら下げていた儀礼用の短剣をのろのろと引き抜くと、柄の方をマリーに押し付け、続けた。

《これで一突き……さあ…早く…》

 マリーの視野に、蒼白い手が差し出す装飾的な短剣が目に入った。感情がせり上がった。ぶわっと涙が溢れ、言葉が涙の流れの中で溺れるように途切れ途切れに発せられる。

《いや…そんなこと、絶対に、いや!!》

 最後の一言は彼女自身にも突き刺さるような、強い情感の奔流に突き動かされたものだった。

 その瞬間、二人の間に真っ白な輝きが生まれ、反発し合うように両者は離れ、マリーはすとん、と尻餅をついていた。

 これを見ていた白虎が内線でキリルにも通じるように言った。

『何が起こった?! ボス、なんか手品でもやったんすか?!』

 キリルは上空で待機させているジルコンの視覚から状況をモニタリングしていたのだが、予想外の展開に首を振った。

『まだ何もしていない。だがあと数秒のうちにはあの王子をどこか人気のない場所に転送して始末をつけるつもりではいたがね』

『じゃ、自爆するのは確かなんですね?!』

 朱雀が動くに動けない状況にほぞを噛むような口調で言った。キリルは頷き、

『心拍音とは明らかに違うパルスを感知できるのでね。それと、今そちらに向かって特定不能な生物が飛行してきている。推測するに、その魔法使いの乗り(マウント)ではないだろうか』

 この言葉に、レイジュウジャーたちは空を見上げた。先ほどより影は大きくなっている。赤黒く、蝙蝠の羽根のような翼が目立った。

『あんのやろう、逃げる気か?!』

 白虎が勇んで動き出そうとするのを、キリルの冷静な声が引き止めた。

『待て。あの王子の身体に異変が起きそうだ』

 この言葉に、レイジュウジャーたちは広場中央付近で棒立ちになっていたセドリックに視線を集めた。この異変には、その場に居合わせた他の者たちも気づいたらしく、異様なほど静まり返り、時が止まったような雰囲気に包まれていた。

 セドリックは自身から発光するかのように白く輝いていた。まるで先ほど生じた奇妙な反応が身体の中に移ってしまったかのようだった。

 それが次第に皮膚を透過し、内側から光が強まっていくにつれ、まるで紙が燃え、穴があいていくようにセドリックの身体に現実的でない切れ目を作った。そこからあふれ出すように光が差し、あたかも光の矢で射抜かれているようにも見えた。

《お…兄さま…?!》

 マリーは呆然と呟いた。何が起きているかわからない。

 そんな彼女を、背後から近づいていたエリアスがそっと抱き上げ、言った。

《あなたはやはり聖魔法の術者です。まだ制御はできないようですが、これは完全な解呪魔法です。荒削りな分、その聖属性が前面に現れ、術者を倒さずともこの憐れな生き物にかけられた呪いのような術を解くことができました》

 セドリックに痛みなどはないようだった。むしろ、神々しいまでの光に身体を包まれ、脱力さえしているようにも思われた。

 マリーの泣きはらした目に、セドリックの、光に飲まれようとしている顔が本物の兄のように愛しげに笑んだのが映ると、ぱっと支えていたものが消失したようにセドリックだったものは一気に地面へと崩れ去り、光が消えると、そこにはどろっとした水たまりと拳大の魔晶石のような塊が残されていた。

 思わずそこに駆け出そうとするマリーをしっかりと抱き留めたエルフは、白虎の姿かたちなどには目もくれないような口調で言った。

《これでこの街が崩壊することはなくなりました。あとはあの黒い魔道士を捕らえるだけです。逃げられないうちに捕まえなさい、異国の戦士よ》

《言われなくてもやってらあ!》

 白虎はストレスをため込んでいたように一言言い放つと、にわかに形勢の悪くなったユースフに向かって風のように走った。

 一際ばさっと大きな羽ばたきの音が聞こえ、魔道士の背後に赤黒い鱗がみっしりと生えた巨大な馬に蝙蝠の羽根が生え、かぎづめのついた四本足をしたものが降り立った。それに魔道士が飛び乗ろうとする。

《行かせるかってのよ!》

 走りながら両拳に虎王撃が転送装着される。シュッと長い爪が伸び、白虎は魔道士に肉薄する一歩で左下から一突き、それから右手で一薙ぎした。

《ぎゃあっ》

 ローブがざっくりと切り裂かれ、左頬から鼻柱にかけてぱっくりと裂傷が走った。

 白虎は爪を戻すと、仲間たちが得体の知れないつぎはぎだらけの生物を滅多打ちにしている間に、すでに意気阻喪しているらしい自分よりずっと背の高い魔道士の胸ぐらを掴み、ざまあみろと言わんばかりに言った。

《ほんとはな、最初っからてめえをぶっとばすことはできたんだ。だけど、そこのお姫様とかの都合があるから我慢してやってたんだぞ。いいか、この国にちょっかい出すような真似、またしようなんか考えやがったら、俺が承知しねえ。俺は人間の命を取るのは好きじゃねえからあとは王子さんたちにまかすけどよ、この次はねえと思えよ》

 白虎の力は強く、魔道士は息を詰まらせながらも、尊大さを損なわず言い返した。

《私をこのような目に合わせたこと、必ず後悔することになるぞ》

《へえ、脅しのつもりかい。上等だぜ。どっからでもかかってきな。相手になってやる》

 白虎はごみ屑であるかのような手つきで魔道士から手を離すと、マクシミリアンが指示していたのだろう、衛兵たちがわらわらとユースフを取り囲み、捕縛していった。

《覚えておれよ! 帝国万歳!》

 ユースフの、負け惜しみとも思えない喚き声が遠くなっていく中、マクシミリアンの支えで立ち上がったダリウス王が、胸元を押さえながら言った。

《…わしの力不足で帝国につけ狙われ、己も恥をさらすような体たらくであった…許せよ、皆の者…しかしこのままでは帝国の報復が来るのではあるまいか…我が国は魔法に関しては赤子同然…》

《そのことに関しましては私に一計がございます》

 あらかじめパレードの前に服用させた薬効が切れかかってきているのか、喘鳴がひどくなり始めている国王に手を添えながら、エリアスが物静かに言った。

《斜陽とは言え、私どもにもまだ力は残っております。もし帝国がかつてのような魔法戦争を企み、実行しようとするのならば、今度こそ、私どもはこの命を賭しても戦うでしょう。この地を再び魔法の業火で不毛の地にすることは断じてあってならないことですし、私どもも望んではおりません》

《しかし…そなたらはエルフ族…かつては我ら人間と相対したはず…》

 湿った咳をした国王の身体をマクシミリアンから無言で受け取り、エリアスは続けた。

《この世界を汚したくないのですよ。それに…私も人間の傍で暮らすようになり、少しはわかり始めたのかもしれませんね。陛下、あとは他の者たちにまかせて、一足先にお休みになった方がよいかと。思わぬ事件で心が興奮なさっておいでです。殿下、それでよろしいでしょうか?》

 マクシミリアンが頷くと、エリアスは国王を支えて歩き出したのだが、思い出したように振り返り、言った。

《私はしばらく陛下の御身体を癒すために滞在するつもりです。その間に時間ができたら、王女殿下、一度私の元にいらしてくださいませんか。あなた自身も聞きたいことがたくさんあるでしょう》

 セドリックが消失した地点でぺたんと座り込んでいたマリーの細い肩が、ぴくん、と跳ね上がり、もつれた金髪の頭がエルフの長身を見上げた。逆光に当たり、その銀髪はほとんど白く見えた。

《あたくし……混乱していて…》

 影になった顔が僅かに同情の笑みを浮かべ、

《突然の魔力の開花は、誰にとっても精神世界の大爆発のようなものですからね。落ち着いたら来なさい》

《…はい、わかりました》

 エリアスが国王を連れて行ってしまうと、変身を解いた朱音が地面にのびている怪獣のごとき生物を無造作に足蹴にしながら、どこか不満げに言った。

《ところでこのへんてこな奴、どうすんの? まさかお城でペットにするわけにもいかないわよねえ》

 好奇心もあらわに近づいてきたアルディドが、こわごわぬらぬらとした鱗で覆われた身体と昏倒しているにもかかわらずうねうねとたなびいているたてがみに触れながら言った。

《場所さえあれば、僕が飼ってみたいねえ…それにしても、帝国の魔法技術は進歩してるなあ…よくもここまで命の寄せ集めができたものだよ》

《じゃ、これも合成獣(キマイラ)なんか》

 玄人が細い眼をわずかに見開いて問うと、いつの間にか傍にいたオクタヴィアが感嘆と嫌悪のまざった口調で言った。

《さすがにここまで大きなのは初めて見たな。私たちは知らずのうちに巨悪と対峙していたのか…》

《いずれにしても、これで解決したってわけさ》

 〈銀狐〉があっさりと言ったのに対し、遠くから反対の声が上がり、馬の合成獣を取り囲んでいた者たちはそちらを見た。

《まだ終わっちゃいねえ! マリーの兄さんは今どうしてるか、確めないのかよ?!》

 大牙だった。彼は放心気味のマリーのそばで一緒にうずくまり、地面に染みのようになってしまったセドリックだったものから視線を上げ、空に拳を叩きつけるような口調で言った。

《コピーは消えたけどよ、オリジナルはどこだよ? 放っておくのかよ? 見捨てるのかよ? そんなの、あんまりだ》

 これに応えたのは、アルディドだった。エルフらしい感情のこもらない、人を見下ろすような独断的さも伺える口調で、彼は言った。

《カーマインに潜入させた魔道士が期日を過ぎても報告を寄越さないと知れれば、計画が失敗したと帝国は判断するだろう。そうとなれば、王子オリジナルはもう役に立たない。無用のものに労力を使うような民族ではないからね、帝国の魔道士というものは。君たちはとても強いのかもしれないけれど、帝国はそれ自体が負のエネルギーに満ちた場所だ。僕が感じたことにすぎないけれど、君たちの力の源はとても清冽で光り輝くようなエレメントのように思える。それが侵されることはないのかもしれないけれど、帝国を侮ることはやめた方が良い》

《だけどよ…!》

《タイガ、あたし、なんとなく、それ、わかるわ》

 と、朱音がマリーの傍に寄り、そっと立ち上がらせながら言った。彼女にしてはしおらしい口調だった。

《あたしね、あの魔道士と面と向かった時、なんだか足がすくんじゃったのよ。うまく言えないけど、いやーな気分になって、膝がかくんってなりそうになったの。マリーちゃんには悪いけど、何の準備も下調べもしないで帝国に乗り込むのは危ないと思うわ》

 するとマリーは朱音を見上げ、はかなげに首を振った。

《いいんですの……お兄様、最期に微笑んでくださいましたわ…あれはセディ兄さまの笑顔そのもの……きっと本物のお兄様も……うっうっ、セディ兄さま…! マリーは…マリーは哀しゅうございます…!》

 朱音の腕の中に飛び込み、泣きじゃくり始めたマリーを抱き締め、彼女は言った。

《ここにいつまでもいる必要はないわ。マリーちゃんには何かあったかい飲み物でもあげて、休みましょう。せっかくのお誕生日なのに、酷い話だわ》

 朱音の役目をオクタヴィアが取って代わってマリーを連れて城に戻り、衛兵に広場の片づけなどを指示していたマクシミリアンが入れ替わるように彼らのもとへやってきた。そして弟が消えた地点で立ち止まると、しばし黙とうをしてから、そこに転がっていた魔晶石のようなものを手に取ったが、その拍子に「うわっ」と叫んで放り出していた。それを、大牙がうまくキャッチする。

《どうしたんだよ、王子様よう》

 マクシミリアンは何か熱いものでも触れたかのようなちりちりとした刺激の残る掌を撫でさすりながら、逆に問い返した。

《君は何も感じないのか》

《なんも? あ、もしよければ、これ、もらってもいいかい? 俺たち、こういう魔法のこもったものを集めて回ってるんだ》

 マクシミリアンは厄介払いでもできたかのような表情で、

《構わん。そのような気味の悪い物、傍においておきたくもない》

《ありがとよ、王子様》

 大牙はこともなげにそれをバックパックの中に滑り込ませると、顎で赤黒い生物を指しながら言った。

《それよりもあのでかぶつをどうにかすることを考えたらどうだい。あれはさすがに俺たちはいらねえや》

《そのことなら、すでに手を回した》

 とさらりといってのけたのは〈銀狐〉である。彼は顎髭を撫でながら、鼻も高々に続けた。

《手下の奴を冒険者ギルドに向かわしてある。あそこならモンスターを生け捕りにしたのを運ぶ荷馬車もあるだろう。こいつの処分もふまえて、とりあえず預かってもらうつもりだ。そら、来た。あれなら十分運べるな》

 石畳に大きく車輪の回る音を響かせてやってきたのは、農耕馬の二頭立ての荷馬車で、後部は幌の代わりに太い鉄格子の箱が乗っていた。

《さあさ、このでかいのを乗せるのを手伝ってくれよ、お前たち。力が人一倍あるのはしっかりこの目で見たんだからな》

《じゃあ、僕も一緒に行くよ、親父さん。こいつが途中で目を覚まさないよう、鼻薬を嗅がせておくから》

 レイジュウジャーたちは手伝うことになんら異議はなかったのだが、大牙がくるりとマクシミリアンを振り仰いでやや恩着せがましく言った。

《そりゃあ、俺が脱走したのは認めるけどよ、そのおかげであの狙撃から逃れられたんだし、やっぱりここは、御赦免だよな》

 王子はそのようなことをすっかり忘れていたと言いたげな顔で鷹揚に頷いた。

《このようなことにならずとも、君を牢から出すつもりではいた。感謝している》

《感謝ついでによ、俺、昨日からなんも食ってねえの。なんか食わしてくれねえか?》

 マクシミリアンは大牙の単純明快な言葉に思わず笑みを誘われ、ぽん、と彼の肩を叩いて言った。

《妹の誕生日だ。このようなことになってパレードをめちゃくちゃにされてしまったが、せめて内輪で心穏やかに食事でもとろう。マリーは君のことをとても気にかけている。今は心破れているかもしれんが、君がいれば、その傷も早く癒えよう》

 「ちょっと手伝ってよぅ」という朱音の声が聞こえたので、大牙はにやっと笑って返事の代わりにすると、仲間たちが赤黒い生物の重たげな身体を檻の中に押し上げているのに参加した。とは言え、彼の頭の中がすでに食事のことで一杯になっていたのは言うまでもない。


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